トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
例によって露語ルビ多め(人名/機体名等の固有名詞は原作そのままの表記で統一します)
あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。
— 『創世記』22:17~18
「同志ローゼンフェルド。当機は40分以内にアメリカ領アラスカ国連軍基地に到着する」
「ああ、同志クロトフ、報告に感謝する」
ほぼ貸切状態のツポレフ——ソ連空軍払い下げの輸送機の中で微睡んでいる自分の目を覚ましたのは、インカムを介して突如耳に入ってきた若い機長——エフゲニー・クロトフ中尉の声だった。
1998年 8月。
アラスカ 国連軍ユーコン基地上空。
生まれて初めて渡る真っ青なベーリング海峡を見下ろしながら唐突に思い出されるのは、熱心なユダヤ教徒だった亡き父が物心付く前から自分に語りかけてくれたトーラーの一説だった。
俺の名はイサーク・ローゼンフェルド。国籍はソ連だが、名前の通り俺はロシア人じゃない。
俺が生まれたのは70年代後半のソ連極東——ユダヤ自治州のビロビジャン。
尤もユダヤ自治州などという大層な州名に違い俺の故郷の人口の大部分はロシア人で、寧ろ俺達は少数派。申し訳程度に町の看板にヘブライ語とロシア語が併記されてるというお粗末な状態だ。
あそこは、一言で言うなら「第2のイスラエルになろうとして失敗した地」と言えよう。
まぁ、先祖の出自を鑑みればあそこに逃げてきたのも道理だ。
祖父は1917年の革命でトロツキーやカーメネフ、ジノヴィエフらと並ぶ革命の元勲。あのレーニンさんからも一目置かれてたそうだが、革命後にスターリンが権力を握るとみるみる落魄れ、終いには政争渦巻くモスクワを離れ、極東の片田舎で開拓民に紛れてその日暮らしというワケだ。
そんな訳で俺にとって複雑な縁のあった故郷のビロビジャンだが、今は州ごと地図上から消えてしまった。
BETA——即ち人類に敵対的な地球外起源種の攻撃に遭ったからだ。
火星や月を侵略して突如地球に降り立った奴等は、手当たり次第建物を壊し、人を喰い、ハイヴと呼ばれる巣を作り増えていく。
BETAは中国
世界一の国土面積を誇った我がソ連邦は滅茶苦茶。首都はモスクワからハバロフスクに遷都されたものの共産党のお偉いさんと一部のロシア人達はアラスカの租借地に避難。俺達少数民族はBETAとの戦いの矢面に立って今まで戦って来たという訳だ。
まぁともかくそんな世相だから親父は自分の子供を火に焚べて信仰心を示そうとしたアブラハムでも気取って俺にイサークなんて名前を付けたんだろう。つまり、「笑いながら試練を乗り越え、後の世代を富ませよ」と。
俺は火に焚べられるより苦しい試練を乗り越えてきた。
軍に入り、同期達と厳しい訓練を乗り切り、戦術機乗りとして空を飛び、
俺の身体に増える創傷が増えて行くのに反比例して、共に出撃する戦友達の平均年齢は明らかに幼くなっている。
同時に、俺の仕事はいつのまにか彼ら年端もいかない子供達と共に戦うことではなく、彼らを人型の棺桶に押し込み、人喰い宇宙人の大群の前に送り出すだけになってしまった。
試練は乗り越えた。
だが結果は聖書とは違い、この世に繁栄は訪れなかった。
いつからだろう…生者が死者を数えるのを辞めたのは…。
人類は確実に衰退の道を歩んでいる。
『
クロトフの発する機内アナウンス通り機体は降下を始めたらしく、機首が僅かに下がる感覚を三半規管で感じる。
俺は窓の外をもう一度眺める。
再び目に入るのは紺碧のベーリング海。そして遥か後方に過ぎ去って行く、巨大な鉈のような形のカムチャツカ半島。
戦友達の涙と血を十分過ぎるほどに吸った祖国の大地が、刻一刻と遠ざかって行く。