※この作品はR-18です。

トータル・イクリプス ファーイースタンフロント   作:ロートシルト男爵

10 / 23
大変ながらくお待たせしました。(仕事の出張で時間が作れない日が多くなってます)
以降不定期更新になりますがよろしくお願いします。


第9話 二本の青い薔薇(ドゥヴェー シーニエ ローズィ)(1)

1998年 アラスカ ユーコン基地 ソ連租借地

 

 

営内の演習場。

 

カンッ!カンッ!と木銃同士が叩きつけられる音と、キュッキュッと上履きのゴム底とワックスの塗られた体育館の床が擦れ合う音だけが響いている。

 

フェンシング用の面(マスク)の網目の向こうで、構えの姿勢でバヨネット・フェンシング用のバネ式木銃を構えているのは、同じく面を装着し、防具(プロテクター)——スポーツフェンシング用とは違う白兵戦訓練用の特注品に袖を通したクリスカ・ビャーチェノワ少尉である。

 

例の野外演習を終え、束の間の休暇を取った俺たちに課されたのは体力錬成や白兵戦訓練など、新隊員時代に行われたものが殆どだった。

勿論少数の兵士(ソルジャー)級や戦車(タンク)級などならば1987年白ロシアのミンスクハイヴに対して行われたパレオロゴス作戦に我がソ連軍の空挺軍が参加したように一定の範囲内ならば対応は可能だ。

しかし最新鋭の戦術機を扱う我々衛士に対する教育として、歩兵戦の基礎教育ばかりさせることに何の意味があるのか……。

まぁそんな疑問の答えは上層部に委ねるとして、俺はとりあえず課せられた課題をこなす毎日を送っている。

 

先日の野外演習——戦術機操縦でも見せた、彼女らにしか扱えない特殊な集中状態……。

 

擬似的とはいえ一度死にかけた俺を救ったのは、殆ど彼女らの力といってよい。

BETA群の猛攻に対し、僅か一挺の機関銃の射撃で戦車級の突進を食い止め、円匙一つで兵士級の手足を砕いていった彼女らの奮戦を見て、俺には教えられる事など何一つないのだと思い知らされた程だ。

 

だというのに……。

 

「ハアッ‼︎」

 

「くっ‼︎」

 

今回の銃剣術教練で、俺は白兵戦に於いても驚異的実力を誇る彼女らに畏怖しながら立ち向かっているというのに、肝心の相手からは覇気がまるで感じられない。

 

クリスカは俺が繰り出す突きや銃床での打撃に対し、防御姿勢を取るばかりで一向に攻撃してこないのだ。

 

「喰らえっ‼︎」

 

「ああっ‼︎」

 

俺はクリスカが苦し紛れに繰り出した中刺突を右側に逸らすと、とどめとばかりに突貫し、その膨らんだ胸の中心——心臓の位置に一突きを食らわせた。

 

体重差もあり、その衝撃に耐えられなくなったクリスカはボールのように跳ね飛ばされ、ゴロゴロと板張りの床を転がっていった後大きく咳き込んだ。

 

「クリスカ!だいじょうぶ⁈」

 

「…ケホッ…ケホッ……ああ、イーニァ、大丈夫だよ」

 

見学中のイーニァが思わず飛び出し、咳き込むクリスカの面を取ってやると、背中をさすってやる。

 

「……ビャーチェノワ少尉…何か悪い物でも食べたのか…?以前の演習では俺さえブッタ斬れるぐらいの白兵戦を見せたというのに…」

 

「ローゼンフェルド少佐。心配はいらない。食事は官舎でいつもどおり摂っているし、注射だって受けている。しかし……以前というのは……?」

 

クリスカが怪訝そうに訊く。

 

 

「——?」

 

 

「以前って……前一緒に演習に行ったじゃないか!忘れたのか?お前は兵士級に襲われた俺を見て——」

 

「演習?少佐が襲われて私が——うっ!…痛い!……頭が…」

 

クリスカが横になったまま頭を抑え、芋虫のように蹲る。

 

「お、おい!本当に大丈夫か⁈」

 

成る程。やはりあの時、戦闘中に何かしらの力が働いたということか……。

 

詳細に関しては「なるべく一緒に居ろ」と言われているだけの俺が知る筋合いはないのだろうが、やはり特定のある一部分の記憶が抜け落ちるというのは心配になる。

 

エビングハウスの忘却線にもあるように、人間の脳はその瞬間に得た様々な情報を瞬間記憶として海馬に留め、瞬間記憶の反復によってその記憶を長期記憶として保存する。

酔っ払いが飲み屋で起こした騒ぎが瞬間記憶だとしてその内容は忘れても、帰路という長期記憶は失われないためきちんと家に帰れるのと同じ原理だ。

 

故に時間が経てば立つほど瞬間記憶というのは忘れやすいものであるが、彼女らの場合、つい数日前一緒に過ごした記憶まで思い出せないというのは異常だ…。

 

俺はイーニァが介抱するクリスカを抱き寄せると、そのシミ一つない頰を軽く叩きつつ、瞳孔、脈を確認する。

 

頭痛の為か脈拍が上がっているが、命に別状はない。意識もちゃんとある。

 

「……心配ない。偏頭痛の類だろう。上官の許可は取っておく。今日の演習はやめにしよう。水分をきちんと取って、あまり頭に負担をかけぬようにして休め」

 

「……すまない。少佐」

 

「歩いて帰れるか?負ぶって行った方がいいか?」

 

「……んなっ?そ、その必要はない。少佐、そんな事をしたら私の身体が少佐に——はっ?」

 

さっきまでの青白い顔はどこへ行ったやら……クリスカは頰をポッと好調させ、両手で顔を抑えて蹲った。

 

「おいおい。本当に大丈夫か?やはり肩だけでも…」

 

「う、うるさい!————はっ⁈し、失礼した少佐……私はイーニァと帰れるから、暫くそっとしておいてくれないか…?」

 

「あ、ああ…」

 

やれやれ、他人に身体を触られる事に対し羞恥心をようやく感じるようになったか……まるでこれでは俺が楽園でアダムとイブを唆して知恵の実を食べさせた蛇のようではないかと、少し罪悪感を感じる。

 

それでも……奴らも一応女の子だ。遅れてきた思春期とはいえ、自身の身体と心について知っていくこと自体は悪くないだろう。

 

俺は面とプロテクターを脱ぐと、白兵戦でかいた汗をワッフルタオルで拭きながら楕円形のアルミ水筒のスクリューキャップを外し、中の水を一口渇いた口内に含ませた。

 

 

 

* * * * *

 

 

兵舎の廊下。

 

俺はシャワーを浴び、上半身は白のタンクトップ、下半身はカーキ生地の上に陸軍を表す赤色のパイピングが乗った将校用ブリューキ(ストレートズボン)、足には短靴(バチンキ)というフォーマルとカジュアルの混ざった妙ちくりんな格好で廊下を歩く。

 

先程まで誰にも邪魔されずシャワーで入念に汗を流した肌を、傍に丸めた常勤服(キーチェリ)のせいでまた汗まみれにするのは御免だからである。

お堅い東側のことである。クーラーなどという小ブル的な利器は、対岸の米領にしか存在しないのだ。

 

勿論今の格好が上官にでも見つかれば服務規程違反を咎められるので早足で自室に戻る。

 

クリスカが体調を崩したお陰で折角空いた時間を、上官の嫌味ったらしい小言を聞くのに費やすのは御免こうむりたいからな。

 

 

さて……。

 

例のクリスカのことが頭に浮かぶ。

あの後俺は心配だったので念のため医官の診察を勧めたが、「専門の人が来る」とかなんとかで断られてしまった。

 

まぁ身体も頭も普通じゃない彼女らのことだ。サンダークが言っていたナントカ計画の主任面々に任せておけば、何とかなるだろう。

 

俺は心配をやめ、とりあえず自室に戻る。

 

 

「ローゼンフェルド少佐!」

 

 

ふと駆け足の足音と共に後ろから飛んできたクリスカの声に、俺は思わず足を止める。

 

「クリスカ!お前…治療は?走って大丈夫なのか?」

 

「そんなことは心配いらない。それより来てくれ!イーニァの調子がおかしい」

 

「何?」

 

 

* * * * *

 

 

彼女らの自室。

入り口を開けてまず目に入る2つの錆びついたパイプベッド。

 

そのうち右側——熊のぬいぐるみ、ミーシャが置かれている側にイーニァは横たわっていた。

 

「イーニァ!どうした?何があった⁈変な治療でも受けたのか⁈」

 

「…ぅぅ……イサークさん……イサークさん……」

 

イーニァは、先程のクリスカの様子とは打って変わって全身を紅潮させ、虚ろな目で俺を見ながらうわ言のように呟く。

 

「先程からずっとああなのだ。ずっと少佐の名前を呼んでいる。医官に聞いても原因を誰も答えてくれない。私はどうしたら……」

 

しょぼくれるクリスカを横目に、俺は彼女に先程したように思いつく限りの診察を行う。

 

脈拍は早く、いつも着ている黒のTシャツは汗びっしょりだが熱はないようだ。

呼吸も穏やかではないが、呼吸音もヒューヒュー、ゼーゼーといった肺炎や喘息に特有のものではない。

 

(ま、まさか発情……?)

 

クリスカが医官に聞いても説明して貰えなかったのも無理もない。

相手は性教育も受けてない子供。加えて我が国にはフリーセックス思想を西側の堕落と考え抑圧している背景がある。

そんな中で性への目覚めについてきちんと説明してやる親切な者など誰一人いなかったのだろう……。

 

「……仕方ない。俺が何とかする。クリスカは俺がいいと言うまで、席を外してくれないか?」

 

「い、嫌だ!クリスカの病名は分からないんだろう?なのに…なのにもし離れ離れになったりしたら私達……」

 

クリスカが半泣きになりながら横たわるイーニァを俺から庇うように押さえつける。

イーニァの方は小さな胸に一回り大きなクリスカの上半身の重みを受けたことによりやや苦しそうにしている。

 

「や、辞めろ!本当に死ぬぞ」

 

「い、嫌だ!私達は家族だ!家族の死に立ち会えずに永遠に別れることになったら私は……私は…」

 

クリスカの態度は変わらない。

 

「——仕方ないな……。よろしい、そこで見ていろ。なぁに、死ぬ病気じゃない。上官を信用しろ。それと、これから何が起きても驚くんじゃないぞ。やりづらい」

 

「わ、わかった」

 

「さてイーニァ。自分の身体がどんな状態かわからないのは…辛いよな?」

 

「イサークさん……わたし…さっきからイサークさんの事考えるとね…おむねがドキドキして……おまたがジンジンして……わたし…びょうきなの…?たすけて……おねがい」

 

「安心しろ。それは人間の本能。誰しも通る道だ。俺だってそういう経験はあったし、みんなそうだ。だから…どこもおかしなことはないよ。だから安心するといい」

 

俺がイーニァの白魚のような小さな指をぎゅっと握りながら語りかけると、イーニァも俺の、操縦桿と銃剣の握り過ぎでマメだらけになった手を縋るように握り返しながらコクリと頷いた。

 

「…さて、イーニァ。念のため確認しておくが、これからするのはお前のその疼きを止める作業に過ぎない。しかし本来ならば、こういう事は本当に好きな相手とその……するときに行う事だ。だから……誰彼構わず頼んじゃいけない。またしたくなったりしたら、今から教える通りに自分でするんだ。約束できるかい?」

 

「うん……約束する」

 

「よろしい(ハラショー)。じゃあ、早い所終わらすとしよう」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。