トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
戦闘シーン苦手マンです…(疲れた)
ウラン・ウデは流石に行ったことないので休暇取れたら行きたいナァ……
1989年 冬 ソビエト連邦 ブリヤート共和国 ウランウデ
鉛色の空に巨大なレーニン頭像の聳え立つ首都広場。
普段は人通りも多く賑やかな街なのだが、今日ばかりは大通りを歩く民間人の姿は一人も見えず、近くの仏教寺院から聞こえる僧侶達の荘厳な読経の声も、ロシア正教会から響く重層的で優雅な鐘の音も一切聞こえない。
代わりに響くのは3機の戦術機——MiG-21バラライカの奏でるけたたましい稼働音だけである。
所属は第18師団第211戦術機甲大隊——通称ジャール大隊。
皆一様に半壊状態で、ある機体の頭部メインセンサー保護用ワイヤーカッターは千切れ、またある機体は胸部から双肩にかけての装甲を失って静かな曇り空に断続的なスパークを発生させ、あるいは四肢の一部を失っていた。
その場に小隊長クラスの指揮官がいたのならばこの場で自軍の全滅を理解し、撤退命令を出すのだろう。
しかしこの場に居るはずの指揮官——ジャール大隊第1中隊隊長のイサーク・ローゼンフェルド中尉はBETA群第1波との戦闘中、要撃級の攻撃で重傷を受け前線離脱。
残された衛士達の生き残り——ラザーリ・ラビノヴィッツ少尉、ソロモン・リリエンタール少尉、ダヴィド・アプフェルバウム少尉の3人は後退命令もないままに、民間人が首都から撤退するまで迫り来るBETA群の迎撃に駆り出されていた。
本来非ロシア人ばかりで構成される事の多いジャール大隊の例に漏れず、今季の第1中隊の衛士達は中隊長のイサーク・ローゼンフェルドを含めウクライナや極東から駆り出されたユダヤ系が殆どで、「
「総員傾注…9時方向より光線級を含むBETA群の侵攻を確認。ジャール2から4は楔形壱陣で迎撃姿勢を取れ」
「くそッ!まだ来るのかよ!撤退命令はまだかよッ!弾も推進剤も底ついてるってのに!」
最先任——ジャール2のラザーリが震える声で状況を報告すると、ジャール4のダヴィドが忌々しそうに毒づいた。
「仕方ねぇさ。俺たちは所詮捨て駒。向こうに逃げたお偉いさん達の生命を1分1秒でも生き長らえさせる為のな」
ジャール3のソロモンが東の方角を親指で指しながら達観したように言うと、HUD画面の向こうのダヴィドの表情が一層険しくなった。
「冗談じゃねえ!俺は抜けるぞ! 好きでもねえのに軍なんかに入れられて、こんなシベリアの片田舎でくたばるなんて…そんな人生あんまりだ!」
「
ラザーリの制止も虚しく、ダヴィドは半壊状態のバラライカを駆り、なけなしの推進剤を使い鉛色の空に飛び立った。
突如曇天に煌めく白色の光。遅れて響く破裂音。飛散する装甲の破片。
飛び立ったダヴィドの機体を包み込んだのは遥か彼方西方から光線級が放ったレーザーだった。
「ジャール4——ダヴィドがやられた!」
「くそッ!もう近くまで来てるのか………もはや…これまでだな……」
石畳を震わせる振動音。鳴り響く警告音。ソロモンが壊れかけのメインカメラを西の方角へ向けると、計器類が示す通り地平線の彼方より迫り来る無数の突撃級の隊列が確認された。
「なぁラザーリ。お前、生まれはどこだっけ?」
「オデッサだ。風光明媚で賑やかな港町さ。今はどうだか知んねえけどよ。ガキん頃はあの階段でよくエスキモーを食ったもんさ。そういうお前はどこの出だ?」
「セヴァストポリ。クリミアだ。二回も三回も落とされかけた伝説のな。でも今回は駄目だった。もはや過去の街さ」
「くそっ!せめて一回くらいは
今まで気丈に振る舞っていたラザーリも、己の短い人生最期の瞬間に、既に喪われた故郷を思い出してか涙声で呟いた。
「全くだ…。こんな呆気なく終わるなんて……何のために生まれて来たんだろうな…俺たち」
近付いてくる無数のBETA群の足音に合わせて震える大地。
時が経つにつれ黒さを増してゆく封じられた
それは、人類が最後に見ることのできた東シベリアの最後の姿だった。
突如、3時方向——既に無人となった筈の東からHUD画面に現れる小さな熱源反応。
2人が慌てて画面を凝視すると、接近する熱源が自軍のものであると識別出来た。
「⁈」
「増援だと?まさか⁈」
2人が思わず振り向くと、そこには匍匐飛行で近づいてくるブルー迷彩のMiG-23チボラシュカの姿があった。
他の機体の例に漏れず半壊しており、特に胴体部の損傷は痛ましく、剥がれた装甲は応急処置のつもりかテープや布切れで申し訳程度に覆っているといった具合だ。
その手に握られた大隊旗も穴と硝煙だらけで、同大隊が戦ってきた前線の厳しさを表しているようだった。
「燃える剣に211の文字……中尉だ!中尉が来てくれたぞ!」
「ジャール1——イサーク・イブラギモヴィッチ・ローゼンフェルド中尉は現刻を以って原隊に復帰する。ジャール2及びジャール3は以降私の指揮下に入れ————皆よく戦ってくれた。待たせてすまなかったな……特にラザーリ、よく頑張った」
「ち、中尉!それよりお怪我は⁈」
モニターに映し出されたイサークの顔を見たラザーリは思わず目を見開いた。
「
実際、イサークの怪我は深刻そのものだった。
要撃級の前腕がコクピットに直撃し、頭を強く打ちつけたことによる脳震盪と頭蓋骨骨折。
加えてコクピット内に飛散した計器類が衛士強化装備の皮膜を貫いて全身に刺さったことによる大量出血。
「死にかけ」——これほどまでにそんな表現がピッタリな光景を2人は見た事がなかった。
こうしている間にも頭に巻いた包帯は真っ赤に滲んでおり、ガーゼ生地で吸いきれなくなった鮮血がイサークの瞼と頬を伝って流れ落ちている。
「中尉!もうやめて下さい!無理ですよそんな体で!撤退命令を‼︎」
「うるせぇ‼︎」
イサークはソロモンの助言に耳を貸さずMiG-23を駆り、2人の3歩後ろに機体を着地させると、大隊旗の石突を石畳に突き立て、同時に両肩の突撃砲をパージした。
「ジャール2及びジャール3、貴官らに私から最後の任務を与える」
「「了解」」
「まず1つ。間もなく後方の砲兵隊の
「はい、中隊長。無事光線級を撃破できた場合、その後の行動はどうなりますか?」
薄々返ってくる言葉に気付きながらもソロモンが尋ねると、イサークは言葉に詰まりつつも口を開いた。
「……光線級撃破後は……敵BETA群の中心を突っ切って戦線離脱。その後は砲兵と爆撃による波状攻撃で残存BETA群を殲滅する。お前達には補給として俺が今置いた突撃砲の弾倉を1つずつ掌握してもらう……いいな?」
「…………」
「全て聞いている。お前達の無線も、弾薬、推進剤の残量も、ダヴィドがどうなったかも。正直言って生きて帰れる確率は僅かだ。お前達が恐れる理由もよく分かる。だが、この大隊旗の向こうには何がある?」
「「我が祖国と我がソビエト人民です‼︎」」
「そう、その通り。我等はソ連軍の衛士。祖国と人民の盾であり、我等人類が掲げる剣の切っ先だ‼︎彼らを守る為にもお前達の命、今暫く俺に預けてくれ。
「「
「
号令と同時に飛び出す3機の壊れかけの戦術機。
時折エンジンから黒煙や異音を響かせながらも果敢に進んで行く。
「
「「
「重金属雲の形成まで残り5カウント。合図で一斉吶喊だ。各機兵装自由。行くぞ!
「「
頭上を通り過ぎ、目の前のBETA群に向けて降り注ぐБМ-21のAL弾。
それらが光線級のレーザーにより撃ち落とされるのと同時に眼前に広がるどす黒い重金属雲。
3機の戦術機はそこめがけて匍匐飛行から一気に飛び上がり、黒雲の狭間へと吸い込まれていった。
* * * * *
「ハァ………ハァ……こちらジャール3。残弾ゼロ。推進剤残量2パーセント」
「こちらジャール2。左右腕部欠損。推進剤残量3パーセント。もはや……これまでか………」
重金属雲が消え去り、足元に無数のBETAの死体が横たわるウラン・ウデ中心街。
BETA残存兵力に囲まれた3機の戦術機。
皆各々に疲弊し、推進剤、弾薬を殆ど使い切ったという状態だ。
光線級吶喊は成功した。
しかし退路の確保に必要な戦闘力は痛ましい程に足りなかった。
制空権は取り返した。
されど飛ぶ足がない。
それが今の実情だ。
「ラザーリ・ナタノヴィッチ・ラビノヴィッツ大尉。ソロモン・ミハイロヴィチ・リリエンタール大尉」
「…我々の階級は少尉ですよ。中尉」
最後の最後で鬼神の如き光線級狩りを見せたイサークも、とうとう壊れたかと呆れながらラザーリは答えた。
「……いや、実は言い忘れていたのだが、先程大隊本部より伝達があった。本作戦に参加した衛士全員を2階級特進させるとな」
「ハッ?それはどういう——」
「上はおそらくこの作戦、失敗すると…あるいは成功しても生還は不可能と踏んだんだろう。故にこの戦線に於ける光線級吶喊は記録には残らない。お前達の尽力もな。故にお前らは現刻を以って大尉、俺は少佐に昇任するという訳だ」
「何だよそれ!俺達にここまでやらせて、まだ大隊のメンツが大事ってか‼︎ふざけやがって」
2階級特進——その真意を知ったソロモンが毒づく。
「落ち着けリリエンタール大尉。まだ希望はある」
「希望……そんなもん何処に?」
「なるんだよ。語り部に。お前ら一人一人が今日まで生きてきた軌跡、散っていった部下の生き様。その全てを人任せじゃなく、お前ら自身の口からな」
「語り部……?でも…俺達はこのままじゃ——」
「ラビノヴィッツ大尉。ジャンプは後何回位出来る?」
「…1回か…持って2回が限界です」
「
「ちゅうい……いえ、少佐、まさか…⁈」
「……現時刻を以って撤退命令を出す。貴官らは私と共に出来る限り高度を飛行してBETA群を超躍。その後は貴官らが追い付かれる迄に私が可能な限りのBETA群前衛を叩く」
「そ、それでは少佐は——嫌です!少佐を置いて逃げるなんて!」
「黙れ!これは命令だ!」
「で、でも……」
「生きろ。ラザーリ、ソロモン。生きて……自分の口から伝えろよ。自分の生きた軌跡を」
「
「よし、分かったら行け。エホバが貴方と共におられるように…」
「
すっかり暗くなった空に灯る3つ青白い炎。それらのうち2つは東の彼方へと飛び出し、残りの1つはUターンして西を向いた。
「さて………後は事後処理だな。
周りの空気がビリビリと張り裂けるような轟音で、自分目掛けて迫りくるBETAに向け大祖国戦争時代のスローガンを叫ぶイサーク。
その手には白濁した
敵陣に吶喊するMiG-23。
その両腕部には
グロテスクなBETAの群の真ん中で戦術機が舞い踊る度に、搭乗者たる衛士の名が示すようにBETAの体液で石畳に一面の薔薇畑が描かれてゆく。
「くたばれ‼︎消え去れ‼︎消えろ消えろ消えろ‼︎俺達の
元々整備不良を起こしやすい機体であったのに加えて、イサークが半壊状態のまま近接戦で負担をかけ続けるものだから、やがてガタがきたのかMiG-23は手足の関節を中心にキィキィと壊れたバイオリンのような金切り声を上げ始めた。
炭素の構造物が千切れる音、突撃砲の発砲音、けたたましい戦術機の稼働音。
死への行進曲を思わせる残虐な戦闘音は雪の降り始めたシベリアの大地に響き渡り、やがて消えた。