トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
トータルイクリプスの世界では飲み会シーンが何かと多くて和みますねぇ……
リルフォートの歓楽街。
道行く人々の話す英語。ショッキングピンクのネオンサインに彩られたダイナーの看板。車道を通る車のカーステレオから大音量で流れてくる陽気なジャズのリズム。
ユーコン基地(ソ連側)の営門を抜けて少し歩くと現れるこの資本主義的
勿論俺たちの住むソ連領側はあくまで租借地。鉄のカーテンの東側を忠実に再現した箱庭であるからして、古くからこのアラスカの地に住む米国人達に言わせればこちら側が当たり前の世界。「他所からやって来てお前達は何を言っているのだ」と咎められればぐうの音も出ないところである。
そんな訳で初めて足を踏み入れた時には極東の最前線で十分太った俺の肝っ玉も余りのカルチャーショックに若干震えたが、こうして何度も訪れていれば見慣れたものである。
それに今日は1人じゃない。
愛らしい娘達も一緒だ。
何も恐れる事などない。
俺はいつも通り戦術機の飛行訓練を終え、課業外の空き時間を利用してクリスカとイーニァを街に連れ出した。
外の世界を知らず、営内での生活を当たり前の日常と信じていた彼女達とはいえ、やはり何の娯楽もない営内に閉じ込めて置くのも可愛そうな話である。
それに、「この世にはもっと楽しいものが、美しいものがある」と教えてやるのも父親となった俺の務めだ。
「お買い物、楽しいね。クリスカ」
「あぁ。ちゃんと父さんにお礼を言うんだよ。イーニァ」
「うん。ありがとう、パパ」
オイルと硝煙まみれの営内から出され、初めて目にした歓楽街に心を奪われた二人にあちこち引っ張り回された俺はいつしか二人の荷物持ちと化していた。
始めは菓子屋。次は花屋に洋服屋と、我が国との物価の差に辟易としつつも二人の喜びそうな店を順繰りに回り、気付いたら日用品も含め色々な物を買い込んでいた。
両手に花を抱きながら荷物まで抱え込んで歩いているのだ。周りの羨望の視線も含め、いかに訓練で軽機関銃や対戦車火器を持ち慣れた俺でも心身共に疲弊してきた。
「二人とも小休止だ……少し疲れた」
俺は適当に身体を休ませるため以前寄ったバー「ポールスター」の前で立ち止まった。
安く色々飲み食いできることで国連軍の将兵達に人気の店だ。
1900。丁度いい時間だ。多分奴らもやってきてる頃だろう。
俺は二人を連れて燻んだ真鍮のドアノブに手をかけ、門扉を開いた。
「あらいらっしゃい。また来たのね。ミスター・ジュー。」
店内に入った俺を迎え入れたのは見慣れた顔のそばかす女——この店のバーテン兼ウェイターのナタリー・デュクレール。
飯時ということもあり、今日はお仕着せではなく動きやすそうなタンクトップ姿で注文を取りに行ったり料理や酒をしきりに運んでいる。
「俺の名前はローゼンフェルドだ。ちゃんと呼んでくれ……とりあえずテーブル席を頼む」
「分かったわ。空いてる席に座ってちょうだい。ところで今日は一人じゃないのね」
「まぁ色々あってな。あまり事情は聞かないでくれると助かる」
「オーケー。とりあえず飲み物だけ頼んで頂戴。料理はまた後で注文取るわ」
俺はとりあえずイーニァとクリスカの為にそれぞれノンアルコールのファジーネーブルとチャイナブルーを、自分の分としてポートワインを頼んでおいた。
「「
俺が乾杯の音頭を取り、やや遅れてワイングラスと2つのタンブラーが交わされる。
上官と同席することの多い部隊での宴会の癖が、家族水入らずの娑婆の世界でもやはり出てしまう。
これもまた職業病か……。
ロシア社会に於いてアルコール飲料を摂取する際、特に酒を注文したのが自分だけの場合同席者に対し乾杯も無しに口をつけるのは失礼にあたる。
その為咄嗟に思いついた音頭を口にしたのだが、これが今思い返してみれば何だか気恥ずかしい。
「
まぁ
俺は広口グラスに口をつけ、中のルビー色の液体を軽く口に含んでテイスティングする。
若いワインだ……。甘みに混じって少し雑味が目立つ。
ちなみにワインに関しては俺は特に拘りはない。強いて言うならハンガリーのトカイワインか、カフカスやクリミア、中央アジアで飲まれているような甘口派だ。
BETAの欧州侵攻以来、フランス産をはじめ由緒ある各国のワインやブランデーはダイヤモンドの如く値上がりを繰り返しており、今俺が口にしているのも恐らくカリフォルニアやチリの葡萄を使いポートワインと同じ製法で酒精強化して寝かせたただけの代用品だろう。
まぁどんな酒も無いよりはマシだし、こうして良心的な価格で各国の酒を堪能出来るだけでも有難い。何より、「本物かどうか確かめてやるからラベルを見せてみろ」と迫るのも文字通りエチケット違反だ。
それはそうと、面白いのは俺の杯の中身ではなく、クリスカとイーニァだ。
カクテル文化が「酒を割って飲むなど邪道」とばかりに根付かず、気軽に行けるショットバーなど身近に無いソ連側で暮らした二人のことだ。ノンアルコールとはいえこうしてカクテルを目にするのは初めてらしく、各々の手に握られた極彩色の液体を恐る恐る眺めたり、タンブラーの口に唇を近づけて戻しを繰り返している。
「と…父さん……これ本当に飲めるのか……?」
「大丈夫だ。毒なんか入ってない。それに酒じゃないから苦くない。甘くて美味いぞ」
「わ、わかった。では頂くとしよう」
「い、いただきまーす」
二人がタンブラーに口をつけ、こくこくと喉を鳴らしている間俺は周りを見渡す。
探すのは以前顔見知りになった国連軍の衛士や整備兵だ。
特に、前回俺に絡んできたと思ったらすぐ意気投合してきたあの
「おっ、いたいた」
ヘンリクはタリサやステラ、VGといったアルゴス試験小隊の衛士達と共に、一つ向こうのテーブル席を囲んでいた。
卓上では飲み干された沢山のジョッキや食い散らかされた後の皿が散乱しており、特に真ん中の小さい奴——タリサの席の空きジョッキの数はパッと見た感じ10杯を越している。
ヘンリクの席には皿やグラスの合間を縫うように手製の賭博券や配当用のドル札が山積みに置かれていた。
俺は二人に席で待つよう言伝し、彼らの席に向かう。
「おっ、久しぶりだなイサーク。今回は紅の姉妹と逢引しての登場か。アンタ本当に肝が太えな」
「こういう同業者だらけの場所でまた堂々とノミ行為に興じるお前らの肝の方がよっぽど座ってるだろうよ」
「あら、
ステラがワイングラス片手に口を開く。
「いや、やってる奴はやってるさ。ただ周りの目もあるし、こう大っぴらには出来ないって話だ」
「えーつまんねーの。仲間のやってる事くらい黙っててやれないのかよ」
タリサも口を挟む。
ジョッキの数が示す通り割と酔ってるのか言葉遣いがややぶっきらぼうなのは気にしないでおいてやる。
「基地内で気を許した仲間なんてほんの一握りさ。それは人民も同じ。うちの国では賭け事や政談含め人に見られてまずいことをする時は台所が相場と決まってる」
「はーなんじゃそりゃ。窮屈なこった。ねーヘンリク」
「……うちの国でも似たようなもんだったけどな…正直周りに疑われないよう生きるのが必死だったよ」
「あ……そっか…そいやポーランドも社会主義国だっけ。ゴメンなヘンリク」
「秘密は酔っ払いの舌の上」——我が国の良き諺だ。
酒が入ってつい失言したことに対しタリサが詫びると、ヘンリクは少し昔のこと思い出すような顔つきで窓越しの夜景を見つめた後、「気にすんな」とタリサを宥めた。
「なあなぁ、それよかあれよ。紅の姉妹。お前割とムッツリに見えてやり手なんだな。いつモノにしたんだ?」
少し暗くなった雰囲気を誤魔化そうとVGがシャンパンの注がれたフルートグラス片手に茶々を入れてくる。
「人聞きの悪いことを言うな。あいつらは……散々買い物に付き合わされたついでに連れてきただけだ」
「へぇー。買い物ねぇ……言っちゃ悪いけどお前、どっちが本命か決めてんのか?どっちつかずでほっとくと後が面倒だぜ?」
「……お前が言うと割と何だか説得力があるな」
「なんだよそれ、人を見た目で判断すんなってーの」
「そうだそうだ。チビだからってバカにしたら許さねーからなー」
「はいはい。二人とも、宴もたけなわだけどその辺にしましょうねー」
知り合って日の浅い人間に対してはなるべく相手のバックグラウンドに配慮してあまり踏み入った話をしないことを処世術としている俺ではあるが、こうやられっ放しでは面目が立たないので、適当に軽口でも叩いてやると相手も挑発に乗ってくる。
これでいい。やはり人間はこうではなくては。
何一つ心を開いてくれないと思ったらいきなり100までを包み隠さず話してくるクリスカやイーニァを悪く言うつもりはないが、戦術機の操縦と同じく人間関係というのは彼我の距離の探り合いで始まりその後の関係は8割方それで決まると言って良い。
しかしそういうことは口で言っても難しい。
だから俺はアルゴスの面々と楽しげに話している姿を二人に見せることで理解してもらおうと考えた訳である。
あの子達はまだ未完成だ…。
故に俺が育てなければならない。
兵器ではなく人間として。
ヘンリク達の談笑に適当に相槌を打ちつつ二人の席を見やる。
二人は俺と目を合わせると、ニコニコしながらこちらに手を振ってきた。
リルフォートの夜は更けてゆく。