※この作品はR-18です。

トータル・イクリプス ファーイースタンフロント   作:ロートシルト男爵

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タイトルでもお分かりの通りなかなかキナ臭くなってきたユーコン基地。
起承転結でいえば転に入ったあたりですかね。


第14話 刺客(ウビィッツァ)

第16話刺客(ウビィッツァ)

 

2100。

国連軍衛士達による飲めや歌えや打てやの大宴会もピークを過ぎ、一人また一人と酔った身体をふらつかせつつ店を出て帰路についてゆく。

 

俺も帰らなければ……。

基地には門限がある。それに、今日は半日ががりの飛行訓練が終わって以降ずっとこのリルフォートを歩きっぱなしで、その後この乱痴気騒ぎに巻き込まれたのだ。俺もイーニァもクリスカもやや疲れ気味だ。

貴重な試験小隊の衛士を西側に連れ出し、あまつさえ風邪でもひかせようものなら俺の監督責任が問われることとなる。

 

「二人とも。そろそろ帰るか」

 

「ああ、帰るとしよう。楽しい時間をありがとう。父さん」

 

「いやはやすまんな。お前たちをほっといて俺ばっか楽しんじまった」

 

実際、俺がヘンリク達に絡みに行ってる最中二人とも付いてくる様子はなかった。

同じテストパイロット同士ということで彼らにライバル意識を持っているのか、或いは相手が西側の人間ということもあり警戒心を抱いているのか、とにかく輪に入ろうとするそぶりすら見せなかった。

 

BETAの侵攻で冷戦は休止した。

アメリカは俺たちソ連に土地を提供し、俺たちソ連は彼らを守る盾となりながら互いの技術力を共有し合うことで今の世界は安定を維持している。

しかし四半世紀以上閉ざし続けた鉄のカーテンの影響力は未だ消えず、人々の心を未だ遮り続けているようだ。

 

「ううん。いいの。ちょっとうるさいとこだけど、パパがたのしければわたしたちもたのしいから」

 

「ありがとう。イーニァ。さぁ、おうちへ帰ろう」

 

「あ〜ちょっと失礼。今日またうちに

来てくれたのも何かの縁だから、記念に一枚撮ってかない?」

 

手荷物を握り席を立とうとした矢先、ポラロイドカメラを持ったナタリーに呼び止められた。

 

「ああ、そうだな。お言葉に甘えるとしよう。さぁ二人とも、俺のそばに寄ってくれ」

 

俺はイーニァとクリスカを両脇に立たせ、両腕で二人の腰に手を回す。

 

イーニァの方は嬉しそうに自分から俺の腰に抱きついてくるが、クリスカは俺の手が自分の細い腰に巻きついた瞬間ピクリと身体を震わせ、伏し目がちに照れている。

 

「あらあら、照れ屋さんね。ほらローゼンフェルド少佐も笑って笑って」

 

クリスカはナタリーに言われるがまま苦笑いを浮かべ、俺もまた何年も笑ってなかったことから「いざ笑え」と言われても対応に困ってしまう。

 

ソ連人の悪い癖だ。「理由の無い微笑みは馬鹿の証」と諺にあるように、我々は本当に面白い事がない限り滅多に笑わない。

尤もBETA侵攻で領土と同胞を失い続け、共産党によるイデオロギー統制に締め付けられ続ける我が国の日常から笑えるような物事を探し出せという方が難しい話だが。

 

俺はとりあえず即席の気持ち悪い作り笑いを浮かべ、ナタリーにシャッターを押すよう促す。

 

 

「3枚くれ。二人の分と合わせてな」

 

「いいわ。大切にしてね」

 

「助かる」

 

俺は現像されたポラロイド写真を二人に手渡し、残った一枚を自分の懐に入れる。

 

「くれるのか……?」

 

「ああ。忘れないようにとっておけ。楽しかった思い出も辛い思い出も、自分自身を作るからな」

 

「ああ。絶対に忘れない。父さんのことも、父さんの好きな、この世界の事も、絶対に」

 

 

 

ナタリーに見送られ店を抜けると、既に帰った筈のヘンリクが店の前で煙草をふかしながらたむろしていた。

 

「お前…みんなと帰らなかったのか?」

 

「ああ、こんな夜更けに大荷物抱えて女二人連れじゃ何かと危ないからな。国境までなら送ってってやるよ」

 

「いや、それはお前に悪い」

 

「遠慮すんなって。さんざ酒に付き合ってもらった礼だ。これでも人民軍にいた頃は格闘の成績結構良かったんだぜ」

 

「成る程。心強いな。じゃあ頼もうか」

 

「おう、任しとけ」

 

 

* * * * *

 

真夜中のリルフォート。

ポールスターだけでなく他の飲み屋も店仕舞いに入ったようで、先程とは打って変わってしんと静まり返った繁華街を4人で歩く。

イーニァとクリスカは一日分の疲れからくる眠気がピークに達したのか段々と無口になり、時折寝ぼけながらも俺とヘンリクの後をついてくる。

 

「なぁイサーク、初めて会ったあの時、覚えてるか?」

 

「ああ、まるで昨日の事みたいに覚えてる。あの時はステラの仲裁があって良かったよ」

 

「ん?何でだ?」

 

「弱い奴を殺さずぶん殴るのは簡単だが、中途半端に強い奴を相手にすると場合によっちゃ殺しちまうからな」

 

「ハァ?何だそりゃ。勢い余って殺しちまうのは俺の方だって」

 

若気の至りか……初々しい。

教官をしていた頃はこういう奴を何人も受け持って来た。

中にはどうにも分を弁えない奴もいて、そいつらに雷帝のごとく拳と怒声で立場を分からせ、一人前の衛士として送り出すのが俺の仕事だった。

 

「しかし……ここは良いよな。なんかこう、ユーラシアの前線みたいに殺すの殺されるのってギスギスが無くてさ。俺は今の世界、結構好きだぜ」

 

「俺もそれには同意だ。ただ……」

 

「何だ?」

 

「俺達がこうしていられるのは何億人もの犠牲のお陰だ。前線で散った兵士や救いきれなくなった難民の方がこの星には多い。それにこうして多大な犠牲と引き換えに手にしたこの安定した社会でも、まだ誰かを平然と食い物に出来る奴らがいる。俺はそんなもの、本当の平和だとは思わない」

 

「なるほどな……RLF(難民解放戦線)の肩を持つつもりはねぇけどよ、俺もそれは思うぜ。なにせ俺も仲間の衛士も、皆その難民だったんだからな」

 

「………もう少しで営門だ。そろそろ別れよう。世話になったな」

 

「ああ、俺もこの辺、あんまうろついちゃまずいしな。ちゃんとそのお二人さん、基地まで連れて帰れよ」

 

「わかった。達者でな——」

 

ふと背中に感じる殺気。第六感というやつか……。

今まで後をつけられてはいなかった。

これは明らかに待ち伏せだ。

 

「……最低2人いる。後方警戒を頼む」

 

「了解。お前はお二人を見張ってろ」

 

俺は両手の荷物を地べたに置くと、寝ぼけた二人の目を覚まさせ、腰のホルスターを軽く触る。

 

「——ッ⁈」

 

足音もなく背後から飛び出す人影。

格好は黒ジーンズに黒ジャケット、黒ニット。

その手にはナイフが握られており、黒い刀身が営門の警衛所へと続く街灯の白い光を受けて鈍く輝きながらヘンリクの方へ突っ込んできた。

 

「喰らえっ‼︎」

 

ヘンリクは咄嗟の判断で前蹴りを刃物男の腰骨に食らわせて奴の突進を挫き、それでも尚下から上へ突き上げてくるナイフを手首ごと左手で制して顔面へのパンチと金的蹴りを矢継ぎ早に繰り出す。

ヘンリクは倒れた刃物男が取り落としナイフを奪い、膝立ちで奴の背を圧しつつ首元に突きつける。

 

「腕は確かなようだな」

 

「ハッ!口だけじゃねえぜ。イサーク‼︎前だッ‼︎」

 

電柱の影から襲ってくるもう一つの人影。

 

俺はその突進を半身になって躱し、両手で敵の手首を極めながらその右腕を左脇に巻き込んでアスファルトの硬い地面に投げ飛ばし、仰向けになった二人目の黒ずくめの両脇を膝で極めながら体幹をフルに使い外側に思い切り捻じる。

 

膝の下の男が「うっ‼︎」と小さく唸るのと同時に肩関節が脱臼し、両手に痛快な手応えを感じた。

少し遅れて握力を失った右手からナイフが落ち、刃先がアスファルトに触れる小さな金属音が闇夜に響く。

 

カドチニコフ・システマ——運動生理学の権威、ニコライ・ベルンシュテインの研究を応用したソ連軍隊格闘技の技の一つだ。

 

デクステリティ——簡単に言えば、鍛冶屋や大工が振り下ろす金槌の軌道が毎回違っても打ち付けられる場所は変わらない。

すなわち空手の型のようにA(アー)からЯ(ヤー)まで同じ動きを反復演練して筋肉や運動神経に記憶(インプット)させ、その動きを再現するのではなく、無意識的に身体を敵の攻撃に対して適応させ新たな動きを「創造(アウトプット)」するのだ。

 

俺が戦術機に乗っての対人機動性で滅多に負けないのも教範を再現しながら格闘戦を挑んでくる敵役(アグレッサー)に対しその都度何百万通りの対処法の中から新しい反撃法を創造しているからなのである。

 

 

「……こ、これは…うちの国のナイフじゃないか⁈どうして…」

 

俺は足元に転がったナイフを掴み上げ愕然とする。

НР43(43式偵察ナイフ)——大祖国戦争以来我が国の偵察兵に愛用されている暗殺用ナイフだ。

元になったのはフィンランドの狩猟刀であるプーッコナイフ。

帝政時代にはフィンカ(フィンランド式ナイフ)の渾名で素行の悪い連中に愛用されるようになり、逆手順手どちらでも刺突しやすいようにS字型の鍔や16cmもの長い刃のついた凶悪なものが次々と売られるようになってから一時は所持が禁止されるようになったという。

一方で火器を使えない暗殺、偵察任務に於ける使い勝手の良さから冬戦争の頃には赤軍やНКВД(内務人民委員部)で正式採用され、以来今だに製造され続けている曰く付きのシロモノだ。

 

(こいつら……ただの物盗りじゃない)

 

おかしいのはナイフだけではない。

第一、強盗殺人を起こすならソ連軍基地近くのこんな場所に張らずともリルフォートの方が容易い。それにこんな場所で騒ぎを起こせば警衛が飛んでくるに決まってる。

 

匂う……どうにもキナ臭い。

この一件、我々ソ連側が一枚噛んでいる可能性もあり得る……。

でも何が目的で…。

 

「イサーク!何してる‼︎後ろだ‼︎」

 

「——⁈」

 

背後から感じた殺気。

振り向けば電柱の暗がりから消音器(サプレッサー)が覗いている。

その冷たく黒い銃口が狙う先は俺ではなく、イーニァとクリスカ。

 

「伏せろっ(ラジィーシ)‼︎」

 

「きゃっ⁉︎」

 

俺は足元の刃物男から手を離すと二人に飛びつき、両腕で首根っこを抱えて飛び退いた。

 

ハンマーの落ちる金属音。2発の小さな破裂音。スライドが前後し、薬莢がアスファルトに叩きつけられる音。

 

俺はすぐさま首だけを起こし、銃眼の方を伺う。

 

「——なっ⁈う…嘘だろおい‼︎」

 

気がつけば、ヘンリクが伏せた俺たちと銃眼を結んだ線を遮るように大の字で仁王立ちしていた。

 

肩で息をし、口から血反吐を流しながらも、足を一歩も動かさずに立ち尽くしていた。

 

俺は反射的に腰のホルスターからマカロフを抜きながら初弾を装填し、銃眼めがけて3発撃ち込む。

牽制だ。めちゃくちゃな照準だが、1発は当たったようで、電柱の向こうから未だ硝煙の立ち上る拳銃が転がり落ちてきた。

 

「に…逃げろ!イサーク!二人を連れて営門まで走れ‼︎」

 

「何馬鹿なことを言っている!お前も一緒に来い!」

 

俺は周りを警戒しつつヘンリクの元に駆け寄り、肩を貸してやる。

 

だがヘンリクは俺の手を振り払い、途切れ途切れの声で力なく喋った。

 

「い…いや……お前らだけで逃げろ!は、肺を撃たれた……俺はもうお荷物だ。それに……俺西側(あっち)の人間だ…東側(そっち)には行けねぇし、行きたくもねえ……これまでだ」

 

「ヘンリク⁉︎正気か⁈まだ助かるかもしれないんだぞ?一緒に来い!俺が後から責任を取る」

 

「……お前…ロシア人の癖にいい奴だよな…ソ連は大嫌いだけどよ……そっちにもまだ、お前みたいな奴…居たんだな」

 

「俺はロシア人じゃない!極東生まれだがルーツはお前と同じポーランドのユダヤ人(アシュケナージ)だ」

 

「そ…そうか……それはすまなかった…でも……今更どうでもいいや…民族とか…国籍がどことか……俺はただ…こうしてアラスカにやって来て…色んな国のみんなと平和に暮らせだけで……満足さ、、、」

 

次第に聞き取りにくくなるヘンリクの声に混じって、肺から吸った空気の漏れるヒューヒューとした雑音が聞こえ始める。

 

「ヘンリク!もういい喋るな!クリスカ!救急車を呼んでくれ!」

 

「駄目だ父さん‼︎ここはもう緩衝地帯。西側の車はすぐには来れない‼︎」

 

「くそッ‼︎手詰まりかよッ‼︎」

 

「父さん…か…。お前……子持ちだったんだな……随分別 嬪じゃねぇか。大事にしてやれよ……家族なんだから」

 

 

遥か後方から近づいてくる足音。

総数にして10。拳銃一挺で何とかなる相手ではない。

 

「父さん‼︎敵の増援だ‼︎走ろう‼︎そいつはもう駄目だ‼︎」

 

「ち…畜生ッ‼︎」

 

俺はアスファルトに黒い血溜まりを作りながら横たわるヘンリクから離れると、イーニァとクリスカを連れて力の限り走り始めた。

 

暫くすると、背中から幾度も発砲音が聞こえ、擦過音とともに銃弾の死線が肩やこめかみを掠める。

 

「パパ!こわい…こわいよ‼︎」

イーニァが走りながら恐怖に染まった顔を向けてくる。

 

「大丈夫だ。父さんがついてる。いいから走れ‼︎」

俺は二人との間隔を開かせ、弾除けのため時折ジグザグに蛇行させながら逃げ続ける。

日頃の体力錬成のお陰か疲れはしない。だが、蛇行しながらの移動のため敵との距離は50m、40mと次第に縮んでゆく。

弾種や銃にもよるが拳銃の有効射程は25m。

走りながらの射撃、加えてこんな暗闇の中ならどんな名射手でも当てるのは難しいだろう。

しかし、物事に100パーセントが無ければ0パーセントもあり得ないのが世の理。

 

 

「——ッ⁈」

 

左上腕部に衝撃を感じ、遅れて灼熱感が伝わってくる。

 

 

下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。といったところか……。

 

対人機動戦でも生身での銃撃戦でも、相手がどのタイミングで身を乗り出して照準をつけ、撃ってくるかは長年の経験である程度予想できる。

しかし、滅茶苦茶に撃ってくる弾というのは読めないものである。

 

 

「父さん‼︎撃たれたのか?」

「パパ!」

 

「大丈夫だ。弾は貫通してる。ただのかすり傷だ。気にせず走るぞ‼︎」

 

走っているうちに外出着の袖口から絶えず血が流れ出てくる。

俺は走りながらも適当なハンカチで銃創より心臓に近い方——肩口のあたりをきつく縛り止血を終わらせる。

 

ライフル弾で胴体を何発も撃たれても要撃級にコクピットをぶち抜かれても死ねなかった俺にとってこんなのは怪我のうちに入らない。

 

走り続けるうちに警衛所が近づいてくる。

俺は遠目に吊れ銃の姿勢でAK-74を提げる警衛の姿を確認し、大声で怒鳴った。

 

「おいそこの貴様!何をしとるか‼︎敵の襲撃だ!さっさと門を開けろ‼︎」

 

「あ、ああ…はい少佐︎‼︎」

 

警衛の兵長(エフレイトル)は眠気と戦っていたのか、先程の銃声が聞こえていない様子だった。

 

しかしいちいち指導している暇は無い。

俺は警衛に非常警報の発令と増援の要請を頼み、クリスカとイーニァを連れて共に営門に飛び込んだ。

 

柵の外を見ると、もう追っ手たちの姿はない。てんやわんやの基地内に押し入ってまで俺達を追いかけるのは無意味と判断してか、黒ずくめの男たちはそそくさと退散していったようだ。

 

「一体何なんだ……一体、何が起きているというんだ……」

 

襲われた時から出まくっていたアドレナリンの分泌がようやく落ち着いたのか今更になって痛み出した左腕を抑えつつ、あちこち駆け回る兵士達を眺めながら俺は一人呟いた。




作中に登場した偵察用ナイフですが気になる方はぜひgoogle先生等で画像検索してみて下さい(割と凶悪な外見で筆者的には好き)
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