トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
元上官vs部下の対決です。
「なん…だと……?」
アラスカ州、ユーコン基地、米領より約2km地点。
必死の思いで壊れかけの戦術機に鞭打ちながら抜けた谷の先では、いつ先回りしたのか5機のマインドシーカーがホバリング状態で待機し、各々の手に装備された武器をこちらに向けていた。
一機あたり両手両肩のガンマウントに積まれた突撃砲が4挺。
つまり20門の銃口が俺たちに向けられている計算になる。
数世代前の機体であり、尚且つ偵察機であることから1機ずつ潰していけばこの窮地も逃れられなくはないが、相手は歴戦のフサードニク中隊。一騎当千の危険な賭けになるだろう。
『フサードニク7よりイーダル試験小隊の各機に告ぐ。お前達の逃走劇はここで幕引きだ‼︎全員速やかに武装解除し、機体から降りて投降せよ!繰り返す‼︎全員速やかに武装解除し、機体から降りて投降せよ‼︎』
指揮官機から投降を呼びかける冷たくも勇ましい声。それはかつてシベリアで聞き慣れた、戦友のものだった。
『……聞き覚えがあるぞ……その声……ソロモンだな⁈お前生きてたのか⁈』
『ええ…生きてきましたよ……中尉と別れたあの時からずっと変わらず……ハイヴと基地を——生者と死者の世界を行き来しながらずっとね‼︎』
『フサードニクなんかに入って何してるんだ‼︎そしてなぜお前がここにいる⁈分かってんだろ‼︎これが腐れ役人共の打った芝居だって事を‼︎』
『………中尉には分からないでしょうね』
『⁈』
『あなたには分からないと言ったんです‼︎中尉‼︎部下を大勢死なせたあの戦いの後、自分だけ前線から逃げ出して教導団なんかに入り、果ては特権階級の
『俺は‼︎別にそういう訳じゃ……あれも党の命令なんだ‼︎同じ軍人なら分かるだろう⁈ソロモン。お前がそんな事も分からない馬鹿じゃないことは、上官である俺が一番知っている』
『今更上官ぶるな‼︎俺はもうあなたの部下じゃない‼︎』
『……』
『何年も一緒に戦ったから分かる。俺はあんたがどんな人間なのかを‼︎あんたは天才だ……俺たち凡人じゃ一生かかっても辿り着けないような境地に行けて、その間にどんな辱めを受けようと毅然と立ち向かえる天才だ‼︎だがあんたは弱い‼︎あんた本当は弱い人間だ‼︎あんたはいつも目を逸らしてきたんだ‼︎自分より強い者の存在からも!自分より弱い者が辿る末路からも‼︎『勇猛無慈悲な
『……もう十分だろう。確かに俺は弱い人間だ。自分より強い相手からも、自分には解決出来ない問題からも逃げてきた。だから負けなかった……。だから可汗でいられた……。だが、俺だって……俺だってお前達を…この国…この世界の弱者達を救ってやりたかった。ウラン・ウデでお前達を逃したのもそうだ……。俺だって本当はお前達もあの極東戦線からこの安全なアラスカに連れてきたかったんだ。でも出来なかった。許してくれ…これがかつてお前らの慕った上官に出来る事の限界だ』
『聞き飽きましたよ。中尉。あんたにはもうとっくに幻滅しました。後あんたに出来る事は、そこの人形の目の前で死に、俺たちの昇進の踏み台になることだけです』
コクピット内に次々と鳴り響く警告音。
周りを取り囲むマインドシーカーの突撃砲が次々と俺をロックしていく音だ。
『……なぁソロモン 。お前なら分かるだろう?以前の俺なら、こんな状況下に置かれた場合どんな選択をするかを』
俺は自らに突きつけられた複数の銃眼から目を逸らしながら、紅の姉妹のチェルミナートルを片目で確認し、秘話通信回線を開く。
(クリスカ、プラーフカはまだ使えるか?)
(ああ、あと一回なら可能だ)
(よろしい。俺が時間を稼いでいる間にサンダークに繋げ。合図は俺が動いた時だ)
(了解‼︎)
『以前…?今は違うとでも?全く往生際が悪いですね。最新鋭機に乗ってる今なら……F14相手なら勝てるとでも思ってるんですかね?手負いで…この戦力差で……。それとも強くなったのは守りたいものが出来たからとでも?なるほど。やっぱりあんたは変わった。昔なら、こんなリスクの高い選択はしなかった筈だ』
『まぁな。確かに俺は変わったよ。あれから色々あったからな……シベリアで勝てっこないBETAの群れに突っ込んで……ガキ共を前線が前線で死なないように必死に教育して……反乱を起こした海軍の戦術機を部隊ごと鉄クズに変えて……最強の姉妹に出会って……だがな、何も変わっちゃいねえ事が一つだけある』
『……ほう?聞かせてもらいましょう』
『それは……お前らごときが束になってかかって来ても、俺を絶対に殺せないことさ‼︎』
『——なっ⁈発砲しろ‼︎』
『うおぉぉぉっ‼︎』
俺は跳躍ユニットを斜め後方に噴射すると同時にチェルミナートルに蜻蛉を切らせる。
返る天地。黄土色の天——先程俺がいた空間を切り裂く無数の120mm弾頭。
俺はそれを気にも留めず満天の星が煌めく地の上に現れた2つの機影——逆さまになったマインドシーカーのうち1機に向け右腕の突撃砲から36mm徹甲弾をありったけ撃ち込んだ。
『ぐあぁぁぁっ——』
装甲の薄い頭部を貫通してコクピットに到達した無数の弾丸が敵機を貫いてゆく。
俺は宙返りを終えると同時に弾切れになったWS-16C突撃砲を手放す。そしてすぐさまもう一機目の背後に取り付き、そいつを盾にしながら右腕のモーターブレードで左から袈裟斬りにしてゆく。
『い……嫌だ‼︎死にたくな——』
火花を上げながら目の前で真っ二つになってゆく蒼色の機体。
戦術機越しであるため手ごたえは感じなかったが、おそらくコクピット内はミキサーにぶち込んだトマトも同様だろう。
眼前でゆっくりと崩れ落ちる敵機を見送りながら、俺は再び敵を見据える。
これでいい……日頃の飛行訓練が功を喫した。
市街地上空でのコブラ飛行もそうだが、いかに衛士強化装備がGを緩和してくれるとはいえ、天地が返るという異常状態から平衡感覚を戻すのは誰しも苦労する。
故に3次元戦闘を頻繁に行う衛士にとって定期的な鍛錬は必須要素となる。
「訓練で流した汗は戦場で流れる血を減らす」
訓練生時代の教官の言葉は間違いではなかった。
『狼狽えるな‼︎奴の武器は片腕のモーターブレードだけ。推進剤もさっきのでカツカツの筈だ‼︎このまま押し切れ‼︎』
『……散々同じ戦法でやられてまだ気付かないのか?やっぱ駄目だなぁお前。
『な……何⁈ハッ⁈』
ソロモンが急いで俺から銃口を外し、僚機に視点を移す。
だが時すでに遅し。ソロモンの左翼に展開していたマインドシーカーのうち1機が、既にプラーフカを発動した紅の姉妹のチェルミナートルに組み付かれ、胴体を
『『次はお前だ。覚悟しろ』』
機械油の返り血に塗れたチェルミナートルがソロモンの機体に向け吶喊する。
『
『りょ…了解……「抑制‼︎」』
* * * * *
『ハァ…ハァ……やったか⁈ドラガノフ!』
『ああ……人形共は止まった。最終手段だから…出来れば使いたくなかったがな……』
マインドシーカーの暗い複座式コクピットの中、ソロモンは脂汗まみれの顔を背後に積まれた白色の楕円形カプセルに向けた。
いくつものチューブが繋がれ、悍ましいほどの寒々しさ漂うそのカプセルの中央にはキリル文字で
『Пятое поколение формуле Общего назначения Система Управления』
と書かれていた。
『
『な…中には何が入ってるんだろうな』
『
ソロモンは忌々しげにカプセルから正面に顔を戻すと、糸が切れたように立ち尽くす紫のチェルミナートルと、モーターブレードを構えながらこちらに対峙する空色のチェルミナートルをカメラ越しに見据えた。
『さてドラガノフ。最後の仕事だ。とっととあのクソ野郎を葬ってから人形の抑制状態を外し、適当に暴れさせた後奴らの脳波を計測して基地まで連れて帰りゃ任務は達成だ。くれぐれも南側には行かすなよ?』
『了解』
* * * * *
『クリスカ!イーニァ‼︎どうした⁈何をされた⁈返事をしろ‼︎』
『………っ』』
ノイズの入った音声からかろうじて聞き取れたのは、クリスカが発した言葉にならない僅かな声だけだった。
『ソロモン‼︎貴様!あの二人に何をした‼︎』
『
『………ソロモンの指輪か』
旧約偽典、ソロモンの遺訓。
古の賢王、ダヴィデが子ソロモンは大天使から授けられた指輪の魔力を利用し、悪魔72柱を使役してエルサレムに神殿を建てさせたという。
奴の譬え話がハッタリでないなら、悪魔に例えられているのはクリスカとイーニァ。そして指輪に例えられているのは彼女達を制御する何らかの装置。
いずれにせよこの状況……最悪だ。
こちらに残されたのはプラーフカを使うどころか意識さえ失った二人の乗ったチェルミナートル。
そして俺の機体に積まれた一振りのモーターブレードだけ。
『さぁて、奴らが眠りこけているうちにこっちはこっちで楽しもうぜぇ⁈』
2機のマインドシーカーが
俺は3次元機動で何とかその呪縛から逃れようとする。
だが……。
『クソっ‼︎もう燃料切れかっ⁈』
やっとのことで2方からの射線から外れ、着陸したところで俺のチェルミナートルの跳躍ユニットは完全に沈黙した。
『ようやく足止め出来たか。とっとと殺しちまうぞ。大尉』
ドラガノフの乗るマインドシーカーが突撃砲を収め、その手にCIWSを構えてゆっくりと躙り寄る。
『まぁ待て。このままあの二人の目が覚めて暴れられてもコトだ。今のうちに武装解除しちまうぞ』
『あぁ、そうだな。クソっ‼︎魔女のクソガキ共め‼︎俺らの仲間を大勢食いやがって‼︎武装解除どころかこの場でコクピットを一突きしてやりてぇ』
『ま、待て‼︎下手に傷つけたらここまで払ってきた犠牲が水の泡だ。俺がやる。お前は離れて突撃砲を構えて見張ってろ』
『さ……触るな……その子達に…』
俺はゆっくりと紫のチェルミナートルに近づき、ドラガノフが構える銃線に自ら入り、残された右腕を構える。
『あぁん?コイツ、人形共を庇う気かよ。不死身だって噂、本当かどうか試してやろうじゃねえか‼︎なぁっ‼︎』
夜空に閃くマズルフラッシュ。
轟音と共に撃ち出された120mm弾。
それは確実に俺のコクピットブロックを貫いた。
『————ッ‼︎ま……まだだ……こっから先へは行かせねぇ……』
風穴の空いたコクピット内。
各種計器類、主要操縦ユニットを破壊しながら機体内を抉り、内部で爆発した砲弾と爆炎が俺の身体を襲う。
『目……目が……ッ』
身体の方は砲弾や計器類、装甲の破片が刺さったものの、当たりどころが良かったからか衛士強化装備のお陰かなんとか守られた。
だが全く無防備な状態の頭部——顔面は酷い状態になっていることだろう。
まず何より眼窩に凄まじい熱を感じる。
頰から首に伝ってヌルヌルとした生暖かい血の感触が伝わる。
そして視界が暗い。
どうやら諸々の破片類が両目目掛けて飛来し、俺の双眸から永遠に光を奪ったようだ。
『……行かせない……この先には…』
『……クソっ‼︎まだ生きてやがる‼︎一体何で出来てやがんだ‼︎』
怖気付いたドラガノフがその手からガシャリと突撃砲を取り落した。
『慌てるな‼︎今度こそトドメを刺してやる‼︎』
ソロモンが俺のチェルミナートルににじり寄り、その手に握ったCIWSを逆手で振り下ろす。
風を切る残酷な音。コクピット中に伝わる衝撃。
左半身を擂り潰されるような激痛。
身体に備えられた痛覚が、俺の思考回路を焼き切るのは時間の問題だった。
(まだ死ねねぇ……だって…俺たちは……あの子達は……三人で一つなのだから)
薄れゆく意識の中、俺は彼女達を想いながら必死に歯を食いしばり、気を持ち続けた。
主人公、またしても瀕死(何回目だろ)
解説:
ババ・ヤーガ(БаБа Яга)とはスラブ民話に登場する、臼に乗って飛び鳥足の家に住む人喰いの老婆で、しばしば「魔女」と訳されます。(螺旋人先生の『靴擦れ戦線』にも登場しますね。
ソロモンの指輪、72柱について偽典のようですね(旧約聖書には記述がないそうな)
ちなみにダヴィド、ラザーリ、イサーク、ソロモンといった命名もユダヤ人の間でよく見られるようです。
姓の方も「ソ連軍の衛士なのに何故ドイツ姓⁈」って感じた読者の方もいらっしゃいますでしょうが、ロシア、ポーランド等において独語の姓(○○フェルド、○○タール、○○シュテイン等)を持つアシュケナージの方も結構いらっしゃいます。(例えばトロツキーの本名はレフ・ダヴィドヴィチ・ブロンシュテイン)