トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
400cc抜かれたので割とフラフラしましたねぇ……。
「ぐはぁっ⁉︎」
この夜何度目かになる喀血。
おそらく、コクピットの床では血でコーティングされた瓦礫の山が築かれているだろう。
だが、それを確かめる術はない。
なぜなら俺の目はすでに光を失っているからだ。
俺はとりあえず頰についた血を拭おうと左手を動かす——が、腕が動かない。
というより、肩から上の感覚がない。
おそらく、先程のCIWSの刺突で巻き込まれたのだろう。
「……畜生…お前とお揃いんなっちまったよ…。チェルミナートル」
出血多量、視力喪失、左腕欠損という大怪我を負いながらも、薄れゆく意識の中俺の頭に思いついたのはそんな下らない洒落だけだった。
『どうだ?もう死んだか?』
『これはさすがに死んだだろ。なにせコクピットに120mmぶち込んでやった挙句CIWSでグサリだ。生きちゃいられねぇな』
『いや、奴は不死身だ。俺が直接手を下さねば』
両頬のヘッドセットから耳に入るソロモンとドラガノフの声。
次いで身体に感じる衝撃と、ベリベリと目の前で鉄板が剥がされてゆく音。
(……まだ俺が生きているか分かってないようだな。よし)
俺は眼窩から流れ出た血が口に入るのも構わず、にぃっと唇を歪め、残された右腕を操縦桿にかけた。
『せーの、よい、しょっと。——なっ、何⁉︎』
ハッチが引き剥がされたことによりむさ苦しいコクピット内に入ってくる新鮮なアラスカの空気。
そして聞こえたソロモンの声。
あれは明らかに動揺している奴の声だ。
おそらく奴はコクピットの向こうから見えない目でこちらを見据える俺を見て怖気付いたのだろう。
『………お前…躊躇ったな?』
『くっ‼︎』
『甘いな‼詰めが甘過ぎる‼︎だから殺せないと言ったんだ。俺はお前に、
『は、離せ‼︎』
俺はまだ動く右腕で腕部を操作し、目の前にいるであろう敵に組み付く。
完全な直感による操作。
確かなのは敵が眼前にいることだけ。
だが、手応えはあった。
『ええぃ‼︎離せと言っている‼︎もう諦めろ‼︎その怪我じゃもうあんたは助からない‼︎あんたはここで死に、人形は俺たちの手に渡る!あんた達のチンケな家族ごっこも、もうオシマイなんだよ‼︎』
まくし立てながら俺の突進に抵抗するソロモン。
機体性能ではこちらが優っているが、やはり半壊状態且つ瀕死の身。
数十秒もしないうちに俺の機体の肘関節から嫌な音が鳴り出し、俺は押し負けてゆく。
『黙れ‼︎俺は約束したんだ!こんな俺を受け入れてくれたあいつらに……もう絶対に寂しい思いはさせねえって‼︎俺があいつらの家族に……父さんになってやるって‼︎』
『『かぞく………、とう…さん』』
『クリスカ!洗脳が解けたのか⁉︎良かった……』
俺はソロモンとの不利な鍔迫り合いを続けつつも、ようやく意識を取り戻したクリスカとイーニァの声を耳に安堵の声を上げた。
『クソっ‼︎あの魔女共‼︎目を覚ましやがった‼︎』
『大尉さんよぉ…そろそろやばくねぇか?早くそいつを始末しねぇと‼︎』
『わかってるさ‼︎今やってる‼︎この!』
ソロモンが組み付く俺に向けて再びCIWSを振り上げたのが感じられた。
なかなか獲物を仕留められないソロモンの苛立つ声。
その中に俺は勝機を見出した。
『今だ‼︎』
俺はCIWSを振り上げてガラ空きになったであろう奴の懐で素早く右回転し、左肩に残った対BETA戦用のカーボンブレードで敵の身体を引き裂いた。
『おのれっ‼︎まだ抵抗するか‼︎』
『……もうしねぇさ。必要ないからな』
『⁉︎』
『
直後鳴り響くSu37UBのモーターブレードの作動音。
それは俺たちの方向へ段々と近づいてゆく。
『————ッ‼︎があああぁぁぁぁっ⁉︎い、痛い‼︎痛い‼︎いた——』
近づいてくるモーターブレードの作動音に戦術機の装甲を巻き込んでゆく聞き慣れた音、そしてその中にいるソロモンが機械の刃に巻き込まれる断末魔が混じり、やがて止まった。
『
おそらくコクピット内で挽肉と化しているであろうかつての部下に向けて、俺は血なのか涙なのか……眼窩から暖かい液体を流しながら遅すぎる懺悔をした。
『おいおい何やられちまってんだよ大尉さんよぉ‼︎これじゃ作戦失敗じゃねぇか‼︎』
最後の一機に乗る衛士——ドラガノフはやや慌てながらも、呆れるような口調でそう言うと、形成逆転を判断してか北の方角へと去っていったようだ。
* * * * *
『パパ、お願い!死なないで‼︎パパが死んじゃったら……わたしは…わたしは‼︎』
『父さん、ごめんなさい‼︎私、あの時…何か私達にそっくりな……恐ろしいものを見て…それでそいつが「動くな」って……それで…助けられなくて……』
『……ああ…お前らか…。大丈夫だ。父さんは死んじゃいない。言ったじゃないか…お前らにもう寂しい思いはさせないって』
『父さん‼︎』
『クリスカ、あまり自分を責めるな……。敵の攻撃だったんだ…仕方ないだろ……。安心しろ。お前達はよくやってくれた……いい子だ。帰ったら頭を撫でてやるよ』
ユーコン基地、米ソ国境。
『こちらサンダーク!イーダル2、状況報告を頼む‼︎』
朦朧とする意識の中俺の耳に入ったのはサンダークのがなる声、そして戦術機の跳躍ユニットの作動音——おそらくMiG-29ラーストチカのそれだった。
『イーダル2‼︎状況報告を‼︎気を確かに持ってください‼︎このままでは人形が暴走してしまいます‼︎』
『……そんなに怒鳴らんでも聞こえているよ…』
『少佐!』
『ったく……遅えよ…糞中尉』
『少佐、身体の方は……』
『見ての通りだ。でも俺は生きてる。あの二人の方も何かしらの洗脳を受けてたみたいだが、俺の言葉に反応して無事——かはっ⁉︎』
『少佐!もう喋らないで下さい‼︎』
幾度目かの喀血が俺の言葉を遮り、体内に残ったなけなしの体液が失われる。
『……南だ…俺を生きたまま西側へ連れて行け……その後ならどんな命令だって聞いてやる……もし逆らってあいつらに手を出したら……その時は残りの力を振り絞って俺の撃墜リストにお前も加えてやる……』
『ええ、わかってますとも。イーダル1!イーダル2の右翼を支えてくれ。私は左を支える』
『『了解』』
俺のチェルミナートルは右脇が紅の姉妹のチェルミナートル、左脇がサンダークのラーストチカに介抱される形で持ち上げられ、宙に浮きはじめる。
目指すは南——米国側だ。
俺はいい加減ながらも残った右手と口で出来る限りの止血を行いつつ、二人に支えられながら再び空を舞った。
* * * * *
コクピットに空いた大穴から冷たい風を取り込みつつ進む俺のチェルミナートル。
衛士強化装備の防寒機能がある程度緩和してくれるものの、血が出過ぎたのも相まって段々と身体に伝わる寒さが激しくなってゆく。
雪山で死にかけた登山家曰く、凍え死ぬ瞬間というのは、ほんのり身体が暖かく感じるらしいが今の俺がまさにその状態だ。
(だ、駄目だ……ここで死ぬ訳には…)
俺は身体に貼った止血テープを懸命に右手で押さえつけ、血液のロスを少しでも抑えようとする。
『頑張って下さい!ローゼンフェルド少佐!国境まであと少しです‼︎』
「ぇ…?ああ……」
「パパ、もうひといきだから。がまんして」
「だ…大丈夫…だ。約束だからな……」
イーニァの心配を少しでも和らげるべく風前の灯火のような意識に鞭打って気丈に見栄を張る俺。
だが、そんな俺の努力を嘲笑うかのように、まだ生きている計器のスピーカーから警告音が鳴り響く。
『機影……6⁈所属はイーダル試験小隊だと?少佐!寝返り組の追撃です!』
『……瓦礫ん中からようやく目ぇ覚ましたか。しぶてぇ奴らめ』
『少佐‼︎私が相手をします。少佐はどうかイーダル1と先行を‼︎』
『いや……敵は大方スピオトフォズとラーストチカが3機ずつだろう。いくら優秀な貴官でも無事じゃいられないだろ。サンダーク‼︎当初の目的を果たせ。俺を南まで連れて行け‼︎』
鳴り響く被ロック音。
おそらく、敵のスピオトフォズに装備されたAIM-54 フェニックスミサイルによるものだろう。
回避する術はない。
「もはや……これまでか……」
遥か遠く、南側より突如鳴り響く発砲音。
続いて後方より聞こえる戦術機の爆発音。
『——?サンダーク!今何が起きた⁈』
『少佐!南からの砲撃です‼︎おそらく国連軍の援護射撃でしょう』
サンダークが喋っている間にも次々と砲弾——戦術機の120mmの飛翔音が傍を掠め、遅れて後方で爆発が巻き起こる。
『こちらイーダル2。イサーク・ローゼンフェルド少佐だ。何者かは分からんが支援に感謝する』
『イーダル2。こちらはアルゴス試験小隊だ。話の顛末はサンダークのおっさんから聞いてるぜ。早くこっちへ来い』
先程の戦闘で至近弾を喰らい、未だ耳鳴りの止まぬ俺の耳に届いたのはアルゴス3——ヴァレリオ・ジアコーザ少尉の声だった。
『アルゴス4‼︎こちらアルゴス2!ポイントAの2機を撃ち漏らしちまった‼︎』
『アルゴス2、アルゴス4了解。うふふっ、相変わらず射撃がヘタねぇタリサ』
『う、うるせーステラ!この距離じゃなけりゃアクティヴの近接戦で確実に仕留められたよ‼︎』
『はいはいわかったわ………さて、ダメよお二人さん。そっちに行っちゃ』
タリサとステラが朗らかな掛け合いをしつつ、一機また一機と俺たちの方向に向かってくる敵機を撃ち落としてゆく。
『あと少しだ‼︎どうかもってくれよ少佐‼︎』
VGが大声で叫び、俺は倒れかけの上体を最後の力を振り絞って起こし続ける。
今までどのくらい跳び続け、基地まであと何m残っているか、そして俺の体力がいつまで持つか……。
光を失った目ではその全てを確認する術がない。
しかし、これだけは断言できる。
俺は救われた。
紅の姉妹達も、サンダークも。
そう思うとようやく安心でき、俺は引き裂かれるような全身の痛みに身を委ねながら深い微睡みの中へと落ちていった。