※この作品はR-18です。

トータル・イクリプス ファーイースタンフロント   作:ロートシルト男爵

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第20章 余生

 

長い長い微睡みの中から、俺はようやく目を覚ました。

 

「………⁈目が……」

 

眼窩の奥に異物感を感じ、2、3回瞬きをしたところで俺は、フサードニクとの戦いで失った筈の視力が元どおりになっていることに気付く。

 

病衣の袖から覗く左腕——同じく先の戦闘で喪ったはずのこちらも何故か元どおりになっていた。

 

念のため何度か手を握り、開く。

 

左掌は俺の思いのままに動いた。

ただ、切断面から先には血が通っている感覚がなく、幻肢痛——とでもいうのだろうか。全身に出来た刺し傷の痛みに混ざって、言いようもない鈍痛が残る。

 

「ここは……何処だ」

 

病室内を見回してみる。

最低限生活に必要なものしか置かれていない殺風景な部屋だが、ベッド脇のサイドテーブルには申し訳程度に百合の一輪挿しが置かれていた。

 

窓の外を見ると、黄色の鎌と槌の描かれた赤旗——即ち我が国の国旗が掲揚塔の上で翻っており、ここが鉄のカーテンの向こう——即ちソ連領であることがわかる。

 

「お目覚めですか?少佐。ここはアラスカ、ユーコン基地の北側ですよ」

 

聞き慣れた声がする方を振り向くと、そこには制服姿のサンダークがいた。

 

「北側だと…?俺たちは確か南側に……中尉、俺はあれからどのくらい眠ってた…?」

 

「ざっと2週間くらいですよ。少佐。あの後少佐は米軍の軍病院で応急手術を受け、ようやく移送しても問題ない段になってからこちらに移されました。少佐がお休みになられている間は臨時亡命、反乱事件の揉み消し等でこちらは色々火の車でしたが…なんとかこうして声が聞けて幸いです」

 

「この腕と目は?俺はあの時負傷して……」

 

「お気づきかとは思われますが、その腕は義手、目は義眼です。脳から送られた電気信号を視界、あるいは腕の人工筋肉に反映させるものでして、どちらもこちらで試作したものです。筋電義手(バイオニックアーム)……こういった技術は東側(我々)の得意とする分野ですから……外見は少佐の碧眼を再現致しましたが、やはり気になるようでしたらサングラスなどをご利用下さい」

 

「二人——イーニァとクリスカはどこだ?今どうしている⁈」

 

俺はやや食い気味に、あの逃走劇の最中一時的とはいえその精神を支配されつつも最後まで俺の背中を支え続け二人のことを聞き出す。

 

「人形達……ですか……それについては順を追って説明したかったのですがね…」

 

「前置きはいい!さっさと答えろ!紅の姉妹は今どうしてる?」

 

サンダークはやや言い澱みつつも、ようやく口を開いた。

 

「二人——シェスチナ少尉とビャーチェノワ少尉に関しては、貴官を触媒とした精神制御実験中に不測の事態…つまり今回のクーデタに加えて暴走未遂まで起きたということで、厳重に隔離した上での保護観察下に置かれています」

 

「……二人には、いつ会えるんだ?」

 

「大変申し上げにくいのですが、少佐と彼女達が相見える日はもうないでしょう。また、仮に会えたとしても、彼女らが貴官を覚えているかは…保証しかねます」

 

「何だと⁈俺が…あの子達が何をしたって言うんだ‼︎」

 

「分かりませんか?少佐。衛士の本分は祖国への忠誠。それはいかなる国家の軍に於いても変わりません。しかしいかに戦時体制下に置かれたこの世界に於いても、前線で戦う兵士達もまた人間。皆上部では党や国家に忠誠を誓いつつも、腹の底では各々に自分の信条を抱いているのです」

 

「何が言いたい?あいつらに反体制的思想があるとでも言うのか?むしろ逆だろ⁈あいつらにはソ連を……我が国を守る事に対して、何の疑念も無かった筈だ」

 

「だからですよ。少佐。彼女達は純粋過ぎた。故に厄介なのです。貴官のように表向きは党に媚びつつも、実はリベラルな思考を持った人々との接触、そして、現体制を暴力によって転覆できると考えている反乱軍の連中との接触が」

 

「故に無かったことにしなければならないのです。今回の前例が原因で、彼女達最強の衛士が我々に刃を向けるその日を避けるためにも」

 

「俺のせいだというのか?サンダーク中尉!むしろ責められるべきはこんなことをしたあのロクデナシ共じゃないのか⁈」

 

「ロゴフスキー中佐の事ですか?それについてはもう手は打ってあります。今回の一件を有耶無耶にする代わりに中央開発軍団、イーダル試験小隊の統帥権は我々側に完全移譲。今後彼らは我々の活動に口出ししないという形で手打ちとなりました。少佐には随分割りを食わせる結末となりましたが、私ごときの力ではこの大騒動の始末、これが限界です」

 

「ハッ……いくら平等だ何だと抜かしても、結局やっているのは階級支配と馴れ合いか……帝政時代から何も変わらねぇな…この国……もう愛想が尽きたよ」

 

 

鎖である己の本分を自覚しつつも、人形(イーダル)と呼ばれた彼女達に少しでも人間らしい生き方を知って欲しい一心で一緒に飯を食い、共に歩き、身体を重ね、さらには父親まで演じた俺の数ヶ月。

それらが全て無駄に終わったと知らされた俺の心は、まるで鉛を詰めた頭陀袋も同然となった。

 

 

パスカルはかつて『人間は考える葦』なる言葉を残したという。

 

 

何を信じるのか?何が正しくて何が悪いのか?何のために、何をなすべきか。

 

それらを自分の頭で考えることが出来て初めて人間は初めて一本の葦ではなく人間となるのである。

 

それは、いかに厳しい思想統制や軍規で固められた我等ソ連軍人と言えども代わりはない筈だ。

 

しかし、彼女達は違った。

 

オルタネイティヴ3の一環で人口の子宮から産み出された彼女達にとって、祖国に忠を尽くし、BETAを殺すことは産まれながらにして定められた宿命。

そこに善悪や人間らしさ、他人への愛情が介在する余地はなく、あるのは暴走防止の為の誰か特定の人物への依存欲求のみ。

 

そして、俺は今回の一件を原因として依存対象としての任を解かれた。

 

 

もしこの世が平和なら。

もしこの国が自由なら。

 

 

彼女達もまた、自分の意志で誰かを好きになり、本当は何がしたいのか考え、その通りに行動して自分の人生を生きられたのだろう。

 

けれど、結局そうはならなかった。

 

自分も彼女も、本来あるべき立場へと帰ったのだ。

そう思うと、下らない家族ごっこに費やしていた己の過去の思い出に対する未練もようやく捨てる踏ん切りがつくというものだ。

 

 

「少佐におかれましては、新しい身体に慣れるためにもこちらでリハビリを受けて頂いた後、原隊——ペトロパブロフスクのジャール大隊へ復帰するよう上層部から命令が下達されております。お気持ちはお察し致しますが、どうか今は傷ついた身体の治療にご専念下さいませ」

 

「……ああ。そうするとしよう」

 

「では」

 

 

サンダークはそれだけ言うと、敬礼をしてから病室外へ出た。

 

 

ふと外を見る。

掲揚塔に吊られて翻る赤旗は、アラスカの夕日を浴びながら国旗降納の喇叭と共に窓のサッシの下へとゆっくり沈んでゆく。

 

窓際のハンガーラックには俺が着ていたソ連軍の開襟服(キーチェリ)と制帽(フラーシカ)がかけられていた。

 

制服の袖にはИдол(イーダル)の文字、そして糸に吊られた傀儡(マリオネット)をあしらった部隊章が未だ縫い付けられていた。

 

「クソッタレ(チフー ティ)‼︎」

 

俺はその余りの皮肉さと悪趣味さに嫌気が差し、磨き上げられた病室の床にそう吐き捨てながら小さく唾した。

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後

 

 

 

 

 

 

ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地。

第3軍 第18師団 第211戦術機甲部隊 ジャール大隊本部

 

 

 

古来より、軍隊というのは概ね適性が全てだ。

前線に立つか後方支援に飛ぶかは、本人の希望だけではどうにもならず、また、本人がいくら「この分野が得意でこの分野が嫌いだ」と自覚したところで、実際に適性検査を受けてみれば真逆の結果が出ることも少なくない。

 

広大な基地の道路を走る指揮車の後部座席にて、俺は煙草を蒸かしながら隣に座る、フローラ迷彩の戦闘服を着込んだ金髪の女性衛士の姿を見やる。

 

 

フィカーツィア・ラトロワ。

新兵教育で同期だった女だ。

少数民族の中でも被差別階級のユダヤ人に生まれ、常に周りを己の腕っ節のみで黙らせてきた俺とは対照的に、特権階級のロシア人の産まれながらも誰よりも慈愛に満ち、同期を家族のように扱ってきた優しい女だ。

俺も一時は想いを寄せたこともあったが、いつの日か彼女は結婚し、息子を産んだと聞いてからは実ることのなかったその想いを胸の奥にしまい込んだものである。

 

おそらく教育者としては何ら申し分ない資質の持ち主で、俺も彼女の配属先は衛士訓練校になるだろうと踏んでいた。

だが結果は異なり、彼女にはジャール大隊での部隊勤務があてがわれ、一方の俺はアルチョムの衛士訓練校で教官をやらされる羽目になった。

 

俺の新兵教育が成功だったか失敗だったかはあのクソガキ共の部隊での勤務状況を聞く限り少なくとも失敗でないようだが、それでも教官が新兵に撃たれるなどという不祥事が起きるくらいなのだから、やはりいくら戦士の才があったとしても俺には教育者としての才はないのだろう。

 

「久しぶりだな。ローゼンフェルド少佐」

 

「ああ、久しぶりだ。フィカーツィア。おっと、そっちはもう中佐か。偉くなったもんだな」

 

「貴官の昇進が遅かっただけではないのか?前に会った時より増えたその顔の傷を見る限り、また何か無理をしたのだろう」

 

「まぁ…色々とな。多分この先も少佐止まりで、この隊でも大方窓際族だろうな…でも俺にはそっちの方が色々楽だ。教官職も隊長も、もう懲り懲りだよ」

 

「随分と枯れたものだな。髪の方はまだ残っているが、顔もめっきり窶れて……その様子だと、アラスカでの前の仕事は余程応えたのだろうな」

 

「……聞かないでくれると助かるよ。フィカーツィア。どっちにしろ、お前はまだまだ前線で指揮が取れるし、その指揮官を信頼して一緒に戦う若い人材だってこの国にはまだまだいる。もう俺の出る幕はないさ」

 

義手をニギニギと動かしながら、俺は吸い殻を窓から放り投げ、車内に流れ込む春のカムチャツカの新鮮な空気を一吸いした。

 

ふと空を見上げれば、ジャール大隊の部隊章がペイントされたSu-27(ジュラーブリク)一個小隊が、編隊飛行を行いながら俺たちの頭上を通り過ぎていった。

 

「トーニャ‼︎ヤーコフ‼︎俺だ‼︎ローゼンフェルド少佐だ!てめぇらにやられた傷の分、返しに来てやったから今すぐ降りてきやがれ‼︎」

 

跳躍ユニットのジェット音にかき消されて聞こえることはないと知りつつも、俺は天窓から身を乗り出して頭上の戦術機達に手を振った。

 

頭上のSu-27——勘違いでなければおそらく俺の指導した訓練生達が操縦しているであろう戦術機はそのまま後方へと飛び去りつつも、去り際に機械のマニュピレーターで挙手の敬礼を行なっていった。

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