※この作品はR-18です。

トータル・イクリプス ファーイースタンフロント   作:ロートシルト男爵

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長らくお待たせしました

これにてファーイースタンフロント、終了になります(番外編はかくかも)
マブラヴ、te、原作等を参考に致しましたがなかなか考証不十分なところが多く、その度訂正を頂いた読者の皆様に感謝するばかりてす。
今後はGate(こちらも完成まで長い時間が必要)の方の執筆にも力を入れてまいります

これまで読んで頂いた皆様、ありがとうございました


最終話 記憶( パーミチ)

主はこう仰せられる。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう。」

— ゼカリヤ書 8章3節

 

 

 

古の昔。

磔にされ、ゴルゴダの丘に向かうイエスは、アハシュエロスなるユダヤ人の靴屋に休息を求めたが、彼ははそれを拒絶し、イエスを口汚く侮辱したという。

その靴屋はイエスに「お前達は最後の審判の日まで地上を彷徨い歩き続けることになるであろう」と予言され、以降ユダヤ人は故郷と安息を失い、永遠に彷徨い歩き続けることとなったという。

 

 

アッシリア、バビロニア両王国による二度の捕囚。ローマによる属州化。十字軍の侵攻。オスマン・トルコの支配。帝政ロシアのポグロム。ナチス・ドイツによるホロコースト。

2000年もの時を経て帰還したエルサレム——シオンの丘からも、BETAの侵攻により再び追い返されることとなった。

 

我等流浪の民はイエスの予言通りひと時の安らぎも得られることなく世界中に離散し、ありとあらゆる試練を受け続けてきたし、現在も、そして未来も受け続けるであろう。

 

勿論、生まれも育ちもソ連の俺にとってイスラエルなど見たこともなければ祖国と思った事は一度もない。俺の故郷は極東ソ連——今は無きハバロフスク州のビロビジャンだけだ。

 

『希望(ハティクヴァ)』——シオンへの望郷の念を謳ったイスラエルの国歌を口ずさみながら俺はコクピットの脇から酒瓶を取り出し、キャップを開けて瓶口を咥え傾ける。

 

ラベルには緑のラテン文字でスピリタスと書かれている。

ヘンリクがポールスターでボトルキープしていた形見で、奴が死に、ナタリーに渡されて以来消毒液を兼ねてコクピットに忍ばせていたものだ。

 

度数は96度。勿論飲めたものじゃない。

咽頭から食道、胃にかけて硫酸を流し込まれたような灼熱感を感じ、直後義眼の奥の人工視神経に映し出された風景がぼやけ、傷だらけの身体が揺らぐ。

アルコールの鎮痛作用か、ウランウデで頭蓋骨を割って以来慢性的に続いた偏頭痛も、左腕の幻肢痛も少し和らいだ気がした。

 

酩酊感が強まるにつれ近づいてくる戦車級の足音。

ハッチをこじ開けようとひたすら鉄板を叩く悍ましい轟音。

 

「……いよいよか…もう、長くは持たないな……」

 

ここはカムチャツカ。ペトロパブロフスク。Ц(ツェー)04前線補給基地。

新しい身体にも慣れ、原隊に復帰した俺は基地警衛の任務についていたのだが、何処かの馬鹿が前回BETAの出現した坑道を塞ぎ忘れたらしく、現れたBETA群と交戦した。

俺も乗り慣れたSu27M2に搭乗し、事態の収拾にあたっていた。

ラトロワ指揮下の本隊——教導団で俺が受け持ったクソガキ共も奮戦していたようだが、ロゴフスキーの放った爆撃機の誤爆でその大部分が撃破され、その後出現した光線級に吶喊をかけて全滅したらしい。

俺も基地内に残った衛士達を駆り出し侵入したBETA群の掃討にあたったのだが、集められたのはぬるま湯に浸かった後方勤務の薄鈍と、教本を読んで間もないような新兵の間に合わせ。練度も統率もクソもあったものじゃない。

あっという間に俺を残して迫り来るBETA群に蹂躙され食い散らかされた。

もちろん俺とて無事ではない。

退路も兵站も絶たれ、弾薬も推進剤も使い切った俺のSu37M2は一個中隊規模の要撃級や突撃級を平らげた後、とうとう沈黙した。

小銃弾で撃ち抜かれても、満身創痍で東シベリアの最前線に一人で立たされても、刃物で襲われても、ロゴフスキーにけしかけられた一個中隊規模の戦術機と対峙して目を潰されても死ななかった俺だが、とうとう運が尽きたようだ。

 

突撃級に足元を攫われ、戦車級に囲まれ、文字通り手も足も出なくなった俺はとうとう自らの命を絶つ準備を始めた。

 

しかし生来の凝り性が災いしてか、いざ死ぬとなると死に方についてあれこれ考えてしまう。

 

かつてクレオパトラは胸を毒蛇に咬ませて死に、ヒットラーは青酸カリ入りカプセルを噛みながら拳銃自殺をしたという。

勿論コクピット内には自衛用のПМ(マカロフ)——ベークライト製のグリップにダヴィデの星とイディッシュ語の刻印が刻まれた特注品があり、それを咥えて引き金を引けば全てを終わらせることが出来る。

 

しかしそれではつまらない。

 

俺は飲みかけのスピリタスを持ち上げ、床に放り投げた。

ガシャリと足元で音がして瓶が割れ、中の中性スピリッツが水溜りとなって床に広がる。

 

コクピットの壁にテープで乱雑に止めた小箱。その中のパピロス(吸い口付き煙草)——いつ撃墜されてもいいように最期の一本として着隊当初から取っておいたため色褪せたものを咥え、同じく箱から取り出したソ連製マッチを擦る。

 

「モスクワのマッチ工場で火事が起こり、マッチだけが燃え残った」というアネクドートが作られる程に粗悪なマッチであるが、当たりを引いたのか問題なく橙色の焔を灯す事が出来た。

それを消えないうちに口元に持ってきて吸い口を軽く吸うと、藁半紙に詰まったマホルカの葉が薫り高く燃え始める。

 

美味い……。

 

ニコアナ・ルスチカ。

煙草は元々南米の作物であるため寒さに弱い。そのため寒さに強く、成長が早くなるようロシアで品種改良した種だ。

アラスカに来て以来探したがどこにもなく、吸うのを諦めていたため久々に吸う。

このなんとも形容しがたい独特の風味はやはり本物でなければ味わえない。

初めてこいつを吸ったのは訓練生時代。訓練の合間に同期達が回し吸いしていたのを分けてもらったのが始まりだ。

最初は噎せに噎せて咳が三日三晩止まらず、消灯後ベッドで眠る同期達に随分迷惑をかけたのを思い出す。

 

懐かしいものだな…。

 

極東からシベリア、果てはベーリング海を股にかけ、幾度もの出会いと別れを繰り返した俺の生涯。

 

故郷は塵に、戦友は皆灰となった。

死の淵から這い上がり、手にした残りの全ての人生を捧げようと思う程に愛した二人——紅の姉妹ももう俺のことを覚えてはいない。

 

そう考えると、自分のクソまみれの人生に対する未練が吹っ切れ、安心して戦友達の待つ常世の国へと旅立つ準備はできた。

 

……折角だ。あれも焼いてしまおう。

 

俺はテープで留めた二枚の紙——一つはイーニァが描いてくれた俺と両親の絵。もう一つはリルフォートで撮った集合写真をコクピットの壁から剥がし、足元の水溜りに落とした。

 

これでいい。

記憶を消されるのをいいことに彼女達の無垢な肢体を辱めた罪。

その罪が赦されることはあり得ないと知りつつも、それでもこうしてあの二人と過ごした日々の結晶を一つずつ灰燼に帰すことで、所詮自己満足に過ぎないが少なくとも己の犯した罪に対する罪悪感から逃れられる気がした。

 

「…そろそろだな……」

 

刻一刻と大きくなる戦車級がハッチを叩く音。

ハッチの方も限界を迎えたのか、暗いコクピット内に一筋二筋と外界の光が差し込み、同時にBETA特有の硫黄に似た腐臭がエタノールと煙草の匂いに混じって鼻につき始める。

俺はまだ紫煙を燻らせる煙草の燃えさしを指から手放す。

するとたちまち橙色の火種にエタノールが引火し、床一面が蒼く美しい焔に包まれていった。

 

「父よ(アーヴ)……」

 

生贄の羊として父アブラハムにより薪をくべられたイサクは父の信仰心によりその命を神に救われ、己の子孫を繁栄させたという。

しかし、父はともかく自ら律法に反し神を冒涜し続けておきながら、その神に今更命乞いをする程俺も虫のいい人間ではない。

 

今度こそ終わりの終わり。

この気違いめいた戯曲のような俺の人生の。

 

次第に燃え盛る炎の中、俺は只管笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

ふとどこかで聞こえる120mm突撃砲の発砲音。

唸るモーターブレードの作動音。

同時にハッチの外から鳴り響くBETA達の断末魔。

 

「⁈」

 

全てを忘れ、全身を焼かれながら只管笑い続けていた俺は外の様子の変化に気付き、ようやく正気に戻った。

計器類に引火し、蒼色から橙色に変わった炎に囲まれながら自分の身体を見てみると、所々炭化した衛士強化装備の皮膜に包まれた自分の皮膚があった。

 

「くそっ……やらかした…」

 

肝心なところでしくじった。

耐熱性のある衛士強化装備を着たまま焼身自殺を図ろうとしたところで、緩やかに熱が通って生きながらに下半身からローストビーフになるのが関の山だ。

 

俺は静かになった外の様子を見ようと一酸化炭素中毒と酸欠でふらつく頭を軽く叩き、時折ノイズが走る義眼のレンズをべこべこになったハッチに向けた。

 

開閉ボタンはとうに沈黙。蹴破れそうにもない。

俺はどうすることも出来ず立ち往生し、手元のマカロフを呆然と見つめていた。

 

突如揺れるコクピット内。ベリベリと剥がれ始めるハッチ。

熱のこもったコクピットに吹き込むカムチャツカの冷たい外気。

壊れかけのハッチを剥がしたのは戦車級の赤い手ではなく、戦術機の巨大なマニュピレーターだった。

 

「これは……チェルミナートル⁈まさか……」

 

ハッチの向こうに現れた紫色迷彩のSu37UB。

間違いない。これは…紅の姉妹のものだ。

 

「こちらイーダル1。友軍の生存を確認。これより回収する」

 

「イーニァ!クリスカ!……お前たちなのか……?って…」

 

「貴様が何故私達の名前を知っているのかは分からない。だが、どこか懐かしい響きだ。貴様、どこかで以前会ったか?」

 

「………いや、今回が初見だ」

 

「そうか……まあいい。早く脱出してこちらへ跳べ」

 

「了解」

 

俺はクリスカに言われるままに、BETAの返り血をべったりと浴びた壊れかけのハッチの奥で待機するチェルミナートルのマニュピレータに飛び移り掴まる。

 

そう。それでいい。

 

俺は名も知らぬ衛士に我が身を助けられ、その衛士達もまた俺の名を知らない。

 

古来よりどの種類の職業についたとしても、もっとも重視されるべきものがある。

 

それは適応力。

 

俺は俺の事を知らない「ことになっている」かつての家族達に救われた。

 

そして、かつて俺を知っていた筈の二人も「目の前の男が誰かわからない」という状況を事実と受け止め、名も知れぬ俺に救いの手を差し伸べたのだ。

 

なんという茶番。悲劇にして喜劇。

次第に笑いがこみ上げてくる。

 

全てを無かったことにしたい当局の連中、そしてかつて生活を共にしながらも全てを忘れさせられた二人を嘲笑うように。

 

 

 

(誰が何を言おうと、俺はここで起きた事を絶対に忘れないからな!)

 

 

「はははっ!はははははははっ‼︎」

 

「友軍!何を笑っている?一体どうしたというんだ⁈」

 

コクピット越しに俺の笑い声を聞いていたクリスカが怪訝そうに尋ねる。

 

「…いや。何でもない。さて、戻るか。俺たちのアラスカ基地へと」

 

「「了解(イェースチ)」」‼︎

 

漆黒の空の中、俺を乗せた一機のチェルミナートルが風を切りながら闇夜へその身を走らせる。

 

その搭乗手(パイロット)が、迫り来るBETAを背に必死に東へと舵をとる姿を想像して俺はほくそ笑みながら、先程の焼身自殺未遂で焼け爛れた背中や肩を冷やすべくチェルミナートルの冷たいマニュピレータに自分の上体を凭れさせた。

 

 

 

完

 

 

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