トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
みんな飲み過ぎ食い過ぎはイカン!
ほどほどに…
ウラジオストクについては以前住んだ街ということで地名に関しては詳細な描写ができたかと。
1991年 8月
ソビエト連邦 沿海地方 ウラジオストク市 アケアンスキー通り
「ジャール2より各機体。状況を知らせろ」
ジャール大隊副隊長、フィカーツィア・ラトロワはやや焦燥感を露わにしながら頰のヘッドセットに向けて叫んだ。
時は1991年の夏。
数年前の第666戦術機中隊——
すでにルースキー島の
尤も暴徒達の中には戦術機を扱えるソ連軍人もおり、彼らの中にはアメリカや欧州での訓練あるいは実戦経験を持つ衛士も少なくない訳で、鎮圧側にもそれなりの被害が出ていた。
アメリカ独立戦争を経験した後母国で革命を起こしたフランス軍人、
「こちらジャール3。ジャール4と5と共にアケアンスキー通りで歩兵部隊の攻撃を受け戦術機は行動不能。ステパン……ジャール3が負傷!すぐに手当てしなければ!至急後送の必要がある!ラトロワ中佐!退避命令を!」
ジャール4——ステパン・コンドラチェンコもまたそんな衛士達による反撃を受け、腰から下に深刻な怪我を負った一人である。
「駄目だ!ジャール3。我々は予定通り革命戦士像前の決起部隊に対し攻撃を行う。スヴェトランスカヤ通りから到着予定のジャール6と合流し2100までに戦闘準備を整え攻勢に備えよ!」
「そんな…!ステパンはもう歩けないのですよ?ラトロワ大尉…いや、フィカーツィア!彼を見捨てるというのですか?」
「…私だってこんな決断したくはないさ…わかるだろう?同志イヴァノワ。だがここで反乱軍を抑えねば奴等はいずれ共産党本部にまで進撃する。ステパンの死は決して無駄にはならない。だからここは今暫く耐えてくれ…」
「嫌です同志ラトロワ!我々は家族!そう仰ったのは貴方ではありませんか!」
「黙れターシャ!仮に今からネルチンスカヤ、フタラヤ・レチカから南下中の歩兵部隊に貴様らの収容を依頼したとして、決起鎮圧の為の兵力弱体化の責任が貴様に取れるのか?」
「それは…」
ジャール3、ナスターシャ・イヴァノワが言いよどむ。
そう、軍隊というのは古今東西連帯責任が全て。
一兵士に取りきれない限りそこに自己責任は課さないのだ。
「ジャール2‼︎南——ヴェルフネポルトヴァヤ通りから戦術機3機が北上……マローズ小隊——第108教導団の機体です‼︎」
ラトロワはレーダーを確認する。確かに、「ワ」の字型のウラジオストク市の丁度左側の半島から
3機のジュラーブリクはスヴェトランスカヤ通りから匍匐飛行で広場にやってくると、戦闘態勢を取りながらゆっくりと通常歩行で反乱軍に躙り寄る。
「親愛なる我が国の市民に告ぐ。これ以上の貴様らの行為は国家反逆罪として処罰される!直ちに武器を捨てて投降せよ!繰り返す!直ちに武器を捨てて投降せよ!」
機体の主、第18師団108教導団のイサーク・ローゼンフェルド中尉は戦術機のスピーカー越しに冷たく言い放つ。
「うるせぇ!
暴徒の一人が
「今の投石…我が軍は戦闘行為と見なす」
ダダダダダダダダダダダダダダダッ‼︎
「うあああああっ⁈」
突如鳴り響く突撃砲の断続的な発砲音。
曇天のウラジオストクの夜空に橙色の光を放ちながら、そこにいる者全てを威圧するかのように唸り続ける銃口。
ラトロワは、その轟音に耳を塞ぎながら、されどローゼンフェルドが駆る機体の銃口が天を向いていることを目視で理解した。
「最終警告だ!武器を捨てて投降しろ‼︎次は水平に撃つ‼︎」
「に、逃げろ‼︎こいつら本当に撃ってくるぞ‼︎」
「ち…畜生‼︎それでも同じ人間か⁉︎」
革命戦士像の周りに集まっていた生身の暴徒達は各々の手に持った武器を捨て、
「フッ…鎮圧ってのはこうやるもんだ……しかし反乱軍とはいえ、同志に銃を向けるのはあまり気持ちがいいものではないな…」
「マローズ1。こちらジャール2。協力に感謝する」
「ジャール2、礼はいい。残りの反乱軍共は我々だけで捌ける。そっちは負傷者達を連れて退避しろ」
「マローズ1…なぜそれを….?」
「秘話通信回線にもせずあれだけデカい声で騒いでりゃ嫌でも耳に入るさ」
「面目ない…」
「その面目、立てたいと思うなら無事生きて帰って、次会った時にはストリチナヤの一杯でも奢るんだな。以上、通信終わり」
3機のSu-27はラトロワ機、そして戦意を喪失して片っ端から内務軍兵士や民警達に拘束されてゆく暴徒達を見下ろしつつ浮上すると、金角湾を渡りながら南下しルースキー島——反乱に加わった海軍歩兵達の本拠地へと向かっていった。
* * * * *
アメリカ合衆国 アラスカ 国連軍ユーコン基地 ソ連租借地
「イサークさん‼︎おきて!おきて!」
身体がぐわんぐわんと揺すられる感覚と同時に訪れる眩暈——例えるなら
尤も俺の身体はギチギチの衛士強化装備ではなく寝巻き代わりの
時刻は5:50。
基地内に起床ラッパが鳴り響くにはまだ早い。
俺は言われるがままに寝台から身体を起こす。
頭の辺りにきつい制帽を被らされたかの様な鈍痛がする…それに胃がむかつき食欲もない。倦怠感もある。
「二日酔いか……」
ヘンリクと言ったか…例のポーランド人の奢りで昨日あれだけ酒を食らったのだ。無理もない。しかしウォッカは純粋なエタノールに限りなく近いためか、
「うぇ……お口…くさいよ…」
俺の身体を揺すっていたイーニァが、目を覚ました俺の呼気に思わず顔をしかめた。
「全く…国を守る衛士が二日酔いとは……見下げたものだな。同志ローゼンフェルド」
視線を隣へ移すと、クリスカが軽蔑の眼差しでこちらを見ていた。
「…面目無い……今から風呂でも浴びてこよう。しかし何だ?何故俺の部屋に居るんだ?」
「サンダーク中尉のお達しだ」
「何?」
「理由は分からないが、ローゼンフェルド少佐と一緒にいる時間を増やせとの指令でな。私たちは今日一日、貴官と一緒にいることになった」
「待て待て!俺のプライベートはどうなる?」
「プライベート?何だそれは?」
あのオヤジ……謀りやがったな……。
俺に成人も迎えてないこの少女達と同居しろと申すか。
俺はサンダークの顔を思い浮かべながら枕に掌底を叩き込んだ。
「何を苛立っている?私たちと一緒にいるのが嫌か?」
「…嫌とかそういう理由じゃなくてな……とりあえず風呂でも浴びてくる。それじゃあな」
俺は見苦しくない程度に眉と髪を唾で整えると、昨日浴びたエタノールの残滓のついた身体を清めるべく、着替えとタオルと石鹸を片手に営内のシャワー室へ向かった。
* * * * *
ザアアアアアッ‼︎
営内のシャワー室。
殺風景な打ちっ放しのコンクリートのお陰で寒々しさと狭さを感じるが、それでも成人男性一人が風呂を浴びるには十分だ。
湯を張るためのバスタブまで付いているのもポイントが高い。
「自分に合わせて環境を変えるな。環境に合わせて自分を変えろ」
俺が訓練兵時代に教官に言われていた言葉だ。
衛士の生活は全天候対応が常。
生活環境に拘らず、たとえ野宿となっても「他に適した場所がなければ今日の寝室はそこに決まり」と割り切れる人間は軍でも重宝される。
ザアアアアアアッ‼︎
シャワーヘッドから降り注ぐ温水で身体に纏わり付いた悪いモノを濯いでから、湯気の立つバスタブへ左右の足を入れ、そのまましゃがみ込む。
沁みる……。
体内からも汗腺を通して老廃物が出ていくようで心地よい。
俺はバスタブの中だというのに、そのままうとうとと夢心地で船を漕ぎ始めた。
「気持ちよさそうだな。ローゼンフェルド少佐」
「なっ⁈」
嫌な予感——それは大概的中するものだ。
聞き覚えがある声を耳にし俺が顔を上げると、湯けむりの向こうにはやはり一糸纏わぬクリスカとイーニァの姿があった。
「な、何入ってきてる‼︎ここは男子用だろう?」
「何?私たちは少佐と一緒にいるよう言われただけだが…」
「それとこれとは……第一そんな格好で恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい……?何故恥じる必要がある。私たちの姿に何かおかしな点があるとでも言うのか?」
この姉妹……出会った時からそうだが常に目的が最優先…故に人間として社会生活を送る為の常識というのが後回しなようだ。
「イサークさん…私たち……へん?」
「いや、どこもおかしくなんかない。だからあっちへ行こうね。いい子だから」
ダメだ。このまま彼女らの完璧な曲線を描く肢体を目にしていたら俺のサーベルの切っ先が天を向いてしまう。
「いや!私たちはおふろに入りたいの!だからでていかない!」
イーニァが子供のように駄々をこねむくれる。
「……あー分かった分かった。俺は上がる。後は好きにしてくれ——ッ⁈」
俺がなるべく股間に意識を集中させぬようそそくさと風呂場を後にしようとすると、背中からイーニァが抱きついてきた。
「イサークさんのこころ…あったかくて……きれいだよ」
「そ…そうか?」
「うん。だからそんなに…こわがらなくていいんだよ…こわいとね…かなしくなっちゃうから……」
「イーニァ……」
俺はイーニァの柔らかな肌が背筋に絡みついているのも忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「良きソ連人民として模範でなければならない」「教官として将来前線で戦う訓練兵達の前では決して弱みを見せてはならない」「海を越えた先——ユーラシア本土にはハイヴがあり我々こそが人類最後の砦」
生まれてこのかたそれらだけを意識し、逆らう者は誰であろうと捩じ伏せてきた俺に、イーニァは初めて「無理をしなくていい」と語りかけてくれた。
俺は自身がこの最強かつ凶悪な姉妹を繋ぎ止める鎖であるという本分も忘れ、とうに枯れたと思っていた涙を音もなく流し始めた。
「なかないで…イサークさん。かなしくないよ。わたしもクリスカもいっしょだよ。クリスカがいるこの世界に、かなしい事なんてないんだよ」
「イーニァ…」
俺はイーニァの方に向き直ると、出しっ放しのシャワーで濡れた彼女の髪を撫でながらその小さな肩を優しく抱きしめた。
「さぁ、おふろに入ろう。クリスカもいっしょだからぽかぽかだよ」
「…そうだな」
俺はイーニァに背中を預け、クリスカと向き合う形でさほど広くないバスタブに身体を収めた。
* * * * *
「しかし…」
「どうかしたか?同志ローゼンフェルド」
湯船の中で俺は現在、先程から自分の背中に上体をぴったりとつけバシャバシャとバタ足をするイーニァ、そして目の前で乳房や陰部を一切隠そうとせず湯船に浸かったままのクリスカの板挟みになっている。
両手に花といえば聞こえはいいが、どちらかといえば前門の虎後門の狼…どちらに目を向けても目の毒になる状態だ。
「何というか…その…お前たちは綺麗だ。だから…気をつけるんだぞ。そういうの……邪な目で見るやつもいるらしいから……」
俺は自身を棚に上げながら心にもないことをつい口走ってしまった。
「うん?我々の強化装備は、男女の隔たりを無くすデザインで、男性衛士達も皆我々のこのような姿を見るのは慣れていると聞いているが…」
クリスカが首をかしげる。
理論的にはおかしくない。
人間、どんな欲求にも飽きが付き物とされる。
いかにステーキやスシが好物でも、そればかり食わされれば飽きがくるもの。
身体のラインがぴっちりと浮き彫りになる衛士の強化装備——特に日本の訓練兵のものは敢えて肌色にすること羞恥心を麻痺させる効果を狙ったものらしい。
我が国の89式強化装備の意匠も同様の目的で作られたものだし、裸に近いソ連軍女性衛士の姿も教官時代何度も目にした。
それでも、人間の本能というのは理論で完全に説明できるものではない。
特にこう、2人の少女と密着した状態では理論がどうのこうのとは言ってられない。
「ま、まぁあれだ……世の中理屈だけじゃ動かないってこと、それだけだ」
「理屈で説明できない事……例えば何だ?」
「そうだな…例えば、人を愛するということとか……」
「ほう。それは、祖国、人民への愛ということか?それなら案ずるに及ばない。それに、私には家族——イーニァがいる。何も不足はない」
やはり、この少女にとってはイデオロギーが最優先。同時に、互いに植え付けられた依存対象に対する関係を「愛」と思い込まされているようだ。
ソ連本国で俺は様々な人間を見てきた。
皆一様に国家や党への愛を叫んでいたが、腹の中では現体制に舌を出す者、あるいは公共の財産を掠め取って私服を肥やし、与えられた職権を濫用する者ばかりで本心から自国を愛している者など極少数に過ぎなかったように思える。
そういう意味では、所詮刷り込みとはいえ何の抵抗もなくこういう言葉を吐き出すクリスカの存在が一ソ連人として新鮮に思え、同時に人間らしい物の考え方を産まれながらに制限された彼女らに憐れみさえ感じた。
「………まぁ、そういうのもアリだな。じきに分かるさ。さて、俺はそろそろ上がる。お前達はゆっくりしててくれ」
「了解した。ゆっくりさせてもらう」
「ばいばーい」
俺は身体に纏わり付いた水滴をタオルで払いながら、バスルームの外へと出て行った。