トータル・イクリプス ファーイースタンフロント 作:ロートシルト男爵
今回は教官時代のイサークの話(ジャール大隊入る前のみんながまだ訓練兵時代)
ラトロワはまだ少佐、ナスターシャは先に入隊してる設定です。
1995年秋 ソビエト連邦 沿海地方 アルチョーム市 第108教導団官舎
「「
俺のかける号令に合わせてフローラ迷彩に身を包んだ、未だ成人も迎えていない男女の若い背中が潰れたり盛り上がったりを繰り返している。
彼ら訓練兵達は、かつての俺と同じように徴兵され、対BETA戦を勝ち残る為の訓練を受けることとなっている。
足元で這いつくばる顔ぶれを見ると白人の割合は1/3といったところでカフカス系の浅黒い肌の者、モンゴル、テュルクあるいはツングース系の頬骨の出っ張った一重瞼の者も少なくない。
ロシア語での意思疎通も片言な者も中には居るようだ。
そう、我が国——ソ連はかつて人口の大多数を占めていたロシア人が皆アラスカに移住し、俺も含め残された非ロシア系の男女は皆徴兵されているのだ。
「100以上の民族の平等」
我が国が建国当初に掲げた題目は、人類史上未曾有の緊急事態と一部支配層のエゴによって既に形骸化したのだ。
俺の仕事は、そんな不遇の若者達が前線で生き残れるよう、訓練を施し一人前の衛士に鍛え上げることだ。
しかしながら……。
「何をやっとるか貴様ァ!貴様はBETAの前でもそうやって潰れるつもりか?」
「
何百回も続く腕立て伏せにとうとう耐えられなくなったのか、一人の女性兵士——トーニャ・ウスペンスコナ訓練兵がばたりと倒れ、テリニャシカに包まれた、まだ膨らみかけの胸をコンクリの床で潰しながら地面にうつ伏せになっていた。
「貴様のような
BETAの勢いが増すにつれ、我が国では男性人口のかなりの割合が死に絶え、かつて男性のみ18歳からだった徴兵年齢が男女ともに10代前半に引き下げられた。
当然脳機能的にも体力的にも発達段階である子供が徴兵されることにより教育隊全体の練度は右肩下りだ。
無論、ただ戦術機を操縦するだけなら男女の体力歳はさほど意味をなさないし、女性兵士は女性兵士で「子を産む」という身体の構造上男より痛みに強い。
だが、昆虫のような下等生物と違い哺乳類の雌は「産まれたばかりの無力な子供が死なないように乳をやるため生き残らなければならない」といった義務が本能に刻み込まれているためか、恐怖には滅法弱い。
低い平均体力と共に、そうした本能は衛士の適性上、足を引っ張るものだ。
現に経験上、実戦でBETAの大群に襲われた時真っ先に怯み、無駄弾を撃ったり隊列を乱し始めるのは決まって新人の女性衛士だし、そんな女性衛士を見て真っ先に救いの手を差し伸べようとしてBETAに喰われるのは同じく新人で、冷静な判断力の涵養が不十分なヒーロー気取りの男性衛士だ。
全く揃いも揃って……。
こんな練度の兵隊を前線に送り出すばかりで、果たして我々は本当にBETAから祖国を取り戻せるというのか……?
今回の連帯責任での懲罰も、元はといえばそんな練度の低い訓練兵のうち一人の起こしたミスにより行われている。
AKS74U——戦術機や航空機、戦闘車両の操縦者に一挺ずつ配られる、歩兵のAK74より幾分か短いカービン・ライフル。西側で言う
具体的には銃身は錆びだらけ、マガジンキャッチ——5.45mm弾を30発収められるベークライト製のバナナ型弾倉を保持する留め金はヘタり、軽量化とサイズダウンを狙った折り畳み式のワイヤーストックを固定するロック機能はイカレてるときた。
それで俺は「祖国の人民が丹精込めて作った軍銃を粗末に扱うとは何事か?」
「貴様が仮に戦術機から脱出したとして、その文鎮にしかならない銃を担いでどう戦うつもりだ?」
と久々に雷を落としたという訳だ。
だが、そこにも俺なりの思いやりはある。
「一人のミスは皆のミス」
「どんな些細なミスも死に直結する」
一人一人が「自分さえ良ければそれでよい」と独善的にならず、互いにどんな些細な不備も確認し合うことの大切さを、身を以て教えれば彼らが初陣で所謂「死の8分」を生き残れる確率は上がるというものだ。
「時にウスペンスコナ訓練兵、貴様の希望配属先は何処だ?
「はっ…第211戦術機甲部隊であります。同志教官」
「ジャール大隊か……ククク………フィカーツィアの奴も災難だな。人手不足とはいえ、貴様のような腰抜けを部下に持つことになるとは……俺の見る限り貴様ら全員、ジャール大隊どころか衛士そのものに向いていない。命が惜しくば後方部隊への転属を志願することだな。そうは思わんか?ウスペンスコナ訓練兵」
「い、いえ、同志教官。私達は家族と祖国を奪ったBETAを倒したくて、衛士の訓練過程に参加しました!」
身体が休まったのか潰れていたトーニャが再び身体を起こしながら気丈に返した。
「成る程……。大層な志だ。ところでエフレーモフ訓練兵。そんな闘志満々の同志を、自分の不手際が原因でこんな茶番に付き合わせている自分をどう思う?」
「はっ。 同士教官……自分は…同志の足を引っ張るだけのクソ虫以下であります……」
俺は皮肉を続けながら今回の事故の張本人、キールに水を向ける。
「ほうほう。よく分かってるじゃないか。ならばその懺悔の気持ち、口先だけではなく態度で表してもらわんとな」
「は?……ぐえっ⁈」
俺は腕立てを続けるキールの刈り上げた茶髪を、長靴の底で踏みつけた。
「う…ぅぅ…」
俺が踵をぐりぐりと回す度にキールは小さく唸り、コンクリートの床に額から滲んだ赤い血の跡を薄っすらと描く。
「ちょっと!いい加減にしてよ‼︎このままじゃキールが死んじゃう!」
エスカレートする俺の私的制裁を見ていられなくなったのか、別の訓練兵——イリーナ・バラノワが立ち上がり、今にも俺に掴みかからん勢いで詰め寄りながら吠える。
「バラノワ訓練兵。貴様には二足歩行も発言も許可した覚えはないが……」
「うるさい!
イリーナが殴る構えを見せて俺に足を進める。
だが、相手は体格が俺の半分程の10代の少女の身。加えて度重なる懲罰で手足はフラフラだ。
コマ送りでも見ているかのような速度で迫ってくるイリーナの拳を避けるでもなく、踏み込んできた前足を俺が軽く払ってやると、彼女はバランスを崩しながらぱたりと倒れた。
「「イリーナ‼︎」」
訓練兵達が腕立てを止め、倒れた彼女に思わず声をかける。
「ほう!貴様、徒手格闘訓練の相手が欲しかったようだな。見上げた向学心だ。付き合ってやる」
「この……!」
イリーナが憎しみの目でこちらを見ながら再び立ち上がろうとする。
俺は再び足払いをかけ、覚束ない彼女の重心を崩してやった。
バタンッ‼︎
「う…ぅぅ……」
「何だ?自分から喧嘩を売っておいてたかが2回こかされただけで泣きべそか?やはりお前のような弱い奴は衛士になどなってはいけない。相手が人間ならそうやって泣いて赦しを乞えば何とかなるだろうが、BETAはそんなお前の頭をもぎ取り、容赦無く噛み砕く。いや……お前なぞそうなる前に、この場で殺されてしまった方が幸せかもしれんな。
「ぐえっ‼︎ぐはっ‼︎い、痛い‼︎」
俺がうつ伏せのイリーナの脇腹——人間には鍛えられることのできない部位の一つである肋の辺りを爪先で軽く蹴ってやると、足の動きに合わせてイリーナが悲鳴を上げる。
「どうした?バラノワ訓練兵。戦場でもそんな情けない声を出して蹲っているつもりか?ハッ!情けない。実に情けない。こんな奴らが衛士になろうなどとは!実に情けな————」
タタタンッ‼︎
営内に鳴り響く乾いた破裂音。
腹筋に走る熱っぽさ。
次いで内臓から込み上げるような鈍痛。
波が押し寄せて引くように、その痛みは脈動と共に強くなっていき、俺は蹲るイリーナの眼前で膝をつき、そのまま上体を倒した。
暫しの沈黙。
朦朧とする視界の中、俺が音がした方に目を向けるとそこには、恐怖と後悔の表情で俺を見つめたまま、まだ硝煙の立ち上るAKS74Uを構えたままのヤーコフ・ニジンスキー訓練兵がいた。
「ヤーコフ‼︎あんた……なんてことを………」
金髪と白い肌の上に降り注いだ俺の鮮血を浴びながら、イリーナは開ききった瞳孔でヤーコフを見た。
「だ、だって俺は…このままじゃ……みんなが………う、うぅ………でもこれで終わりだ…俺は…もう……」
ヤーコフはガニ股の姿勢のままAKS74Uの床尾を床に立て、V字型のフラッシュハイダーを顎に向け、引き金に親指をかけた。
「大丈夫。あたしは生きてる!キールもターシャも生きてる!だから馬鹿なことはやめて!」
「イリーナ……」
「みんなで約束したじゃないか!一緒に衛士になって、祖国を取り戻すって‼︎今死んじゃったら、そんなチャンスだって永遠になくなっちゃうよ!」
「トーニャ……」
2人に慰められ、ヤーコフはようやくグリップから手を離した。
「……それでいい。ちゃんと撃てるじゃないか……」
「教官!」
俺が痛みに耐えながらぼそりと呟いたのを聞いた訓練兵らが俺の元に駆け寄り、俺をうつ伏せにし、よく研いだナイフでフローラ迷彩服とテリニャシカを切り、包帯で傷口を止血し始めた。
「教官!
ヤーコフが半狂乱になりながら手持ちのタオルで包帯では止めきれなかった血液を必死に止めようとする。
通常、手足の出血ならばゴム製の止血帯を使えばよい。
だが胴体となるとそうはいかず、こうして必死に患部を押さえつけるしか血を止めるしかないとヤーコフは理解していた。
「……いい判断だ。……手順も俺が教えた通りだ………」
「教官!」
「……このことは上とかけ合って……なんとかする。安心しろ。俺は死なんさ。お前達を
「そんな……教官!目を覚まして下さい!おい誰か‼︎医務官を呼んでくれ!頼む!」
訓練兵達の叫び声を聞きながら、俺は時間と共に強くなる銃創の痛みと出血による無気力感に身を委ねつつ、冷たい床の上でゆっくりと目を閉じた。