※この作品はR-18です。

トータル・イクリプス ファーイースタンフロント   作:ロートシルト男爵

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ゆる(くない)キャン△

出張があり間隔が空いてしまった……。



第8話 演習(パドガトフカ)(2)

「……くっ‼︎」

 

「クリスカ!弾が入らないよ‼︎」

 

 

眼前に迫る戦車級——最後の一体。

クリスカとイーニァに任せた重機関銃は、それを目前にして沈黙した。

 

原因は銃身および薬室の過加熱に起因するジャム(弾詰まり)。だがそれを修理している時間はない。

 

どうせ不合格だ。ならせめて……一矢だけでも——

 

俺は照尺(リアサイト)と照星(フロントサイト)の凸凹を迫り来る最後のBETAの感覚器に合わせる。

 

 

 

 

 

シュッ‼︎

 

ドンッ‼︎

 

 

突如響く何かの飛翔音。少し遅れて戦車級の感覚器が爆炎と共に弾け足が止まる。

 

 

「——イーニァ⁈」

 

気づいたらイーニァが、予め壕外に据え置いていたRPG-7——空中投下された物資のうち一つをその細い肩で支え、構えていた。

 

反動制御のためのバックブラストが壕の岸壁で跳ね返ることを考慮してか、イーニァは壕外で仁王立ちのままRPG-7の撃ち殼を握りしめている。

その双眸からはいつもの天真爛漫さは消え去り、光の無い殺戮マシーンのものになっていた。

 

「——何だかわからんが助かる。イーダル2。これより兵士級の掃討を——なっ⁈」

 

最後の戦車級の掃討に気を取られている内に、兵士級の大群と彼我の距離は100mを切っていた。

 

残数80体程——俺やイーニァ、クリスカの持つAK-74の予備弾倉、手榴弾の量でいえば殲滅不可能ではない。

しかし、こうしたBETAの大群を前にして焦る歩兵は少なくなく、その殆どが十分な装備があるにも関わらず防衛線の突破を許してしまう。

 

俺は深呼吸すると、AKを握りながら二人に叫ぶ。

 

「各員!直ちに敵兵士級群に対し狙撃を開始せよ!距離50mで榴弾投擲を行う。慌てるなよ」

 

「「了解」」

 

俺は手近な兵士級から狙いを定め、全自動(フルオート)射撃を浴びせる。

二人もまた、俺に引けをとらない正確無比さで兵士級を仕留めていく。

 

「距離60…55……50…今だ‼︎手榴弾(グラナーティ)‼︎」

 

俺はパイナップル状のF1手榴弾を右手で握りながら、左手でピンを抜き、それを投げる。

後ろに置いた重心の前への移動、手首を上に向けた右手の振りかぶり、胴体の左回転を同時に行い手を離す。

 

教本通りの完璧な投擲だ。

二人の方も、見るからに弱そうな肩をしているにもかかわらずしっかりと手榴弾を投げ、それを見事50m先の敵群の足元に落下させている。

 

ドドドンッ‼︎

 

 

戦士級の足元に投げられた3発の手榴弾が一斉に爆ぜ、白い不気味な身体にその破片が刺さってゆく。

 

「よくやった(マラッツィ)!各員、後は片付けだ。遠路はるばるやってきた奴等の頭に鉛玉の大サービスをくれてやれ‼︎」

 

タタタタッ‼︎タタタッ‼︎タタタッ‼︎

 

 

人海戦術で攻めてくるBETA達を前にテンションを上げた俺はトリガーハッピーでAKを撃ちまくる。

 

勿論弾は潤沢にあるのだが、こうしてジリジリと減ってゆく我々——そして白い頭にマジックで顔を描いたような不気味な風貌の兵士級との距離を見るに精密射撃だ何だとは言っていられないのだ。

 

しかし平常心の欠如は判断を鈍らす。

人間、最も集中した状態でも1000分の3の割合でミスを犯すという。

しかしそこに焦りやプレッシャーが加われば、その確率は10倍にも100倍にも膨れ上がるというもの。

 

タタタッ‼︎タタタッ‼︎

 

 

「——⁈」

 

兵士級を10m先に控え、イーダル2——イーニァのAKが沈黙する。

弾切れ——再装填の必要性が出てしまったようだ。

 

「畜生(チョルト)!」

 

俺はすぐさまイーニァのフォローに回ろうと、大口を開けながら進む兵士級に銃を向ける。

 

 

その時——

 

フォン‼︎

 

ザクッ‼︎

 

 

突如悲鳴を上げる兵士級。

その頭には先程掩体構築に使った円匙(ラパータ)が刺さっていた。

 

隣を盗み見ると、投擲姿勢を取るクリスカの姿があった。

正確無比な投擲——だがこれを咄嗟の判断で行ったというのは驚きである。

やはり只者ではない……。

 

ソ連軍に於ける白兵戦の諸要素のうち最も特徴的なのは銃剣、徒手に加えスコップでの戦闘を重視していることだろう。

 

大抵はサーベル術の要領で敵の攻撃を躱し、反撃としてその刃で文字通り相手をブッタ斬る流れなのだが、空挺軍など特殊部隊では火器が使用できない状況下での殺傷手段として、今クリスカがしたように投擲技術も訓練される。

 

 

 

タタタッ‼︎ ブスッ‼︎ ザクッ‼︎

 

 

「お、おいお前ら——」

 

 

呆気に取られている内に二人は壕外に飛び出し、既に着剣したAKと円匙をその手に兵士級の群へと突貫してゆく。

 

勿論兵士級もただでやられている訳ではなく、眼前で舞う必死に二つのしなやかな影に向かって手を伸ばしたり牙を突き立てようとするのだが、彼女らは恐れることを知らずに奴等の腕を叩き切り、その顎に刺突やゼロ距離射撃を浴びせて黙らせる。

 

「…クソッ!あいつら命令もないのに……俺だって!」

 

俺は彼女らの奮闘に参加すべく円匙を片手に手近な兵士級に突貫する。

 

「死ね‼︎」

 

俺は半身の姿勢で奴の白い土手っ腹によく研いだ円匙の刃をぶつけようとする。

 

————‼︎

 

ダメだ!——足が動かない。

 

 

俺は力の論理の信奉者。

ゆえに、自分より強い相手とは戦えないのだ。

 

初めて見る種とはいえ、俺はこいつらの恐ろしさを知っている。

 

まずその、ヒトの物に酷似した両腕で敵を鷲掴みにし、その強靭な歯で獲物の頭を噛み砕く——最新版の教本にはそういった記録が残されていた。

 

戦術機や火器で闘うならまだしも生身での戦力差は明らか。そもそも白兵戦など無謀だ。

 

俺は興奮とプレッシャーのあまり判断力を失っていた。

 

——く…来るな‼︎

 

 

奴が両腕を伸ばしながら大口を開けて迫り来る。

俺に出来るのは、ただそのままの姿勢で円匙を持つ右腕を力なく振り上げることだけだった。

 

俺はいくら経験を積んだとはいえ戦術機に乗っていない生身の状態の自分が、奴等の前では所詮弱々しいゲーム(被捕食者)でしかない事を改めて思い知らされ、己の無鉄砲さを嘆いた。

 

 

タタタッ‼︎

 

 

突如鳴り響いた発砲音と共に、兵士級は口から血が噴き出しドサリと倒れた。

 

 

振り向くと、そこには硝煙たなびくAKを構えたままのクリスカが居た。

その目もやはりイーニァ同様光がなく、冷たい視線だけをこちらに向けている。

 

「イーダル3。貴官にどのような都合があるにせよ、わざと不合格になるような真似は勘弁してもらいたい。貴官が死亡判定を食らえば我々まで迷惑を被るのでな」

 

 

「な…何だとクリスカ!」

 

 

クリスカの発する、普段では考えられない程冷たく無遠慮な物言いに俺はカッとなる。

 

 

「我々は予定通りBETA群を掃討する。同志ローゼンフェルド。私達の足枷にならない自信が完全に無いならば黙って見ていてもらおう」

 

 

「くっ……了解した……」

 

 

俺は渋々了承する。

 

 

やはり人が変わったような物言いだ……まるで脳に何らかの電波を受信しているかのよう。

 

 

イーニァとクリスカは相変わらず血飛沫にまみれながらも疲れや恐怖など一切感じさせないかの様子で兵士級を撃ち、斬り、突き殺してゆく。

 

数十体で襲ってきた兵士級BETAが全滅するまで、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 

我々三人以外動くものが居なくなった草原の上。

俺は弾倉に弾薬クリップを押し込みつつ、二人の様子を伺った。

 

二人は先程と打って変わって、糸が切れたように疲弊して塹壕の胸壁にもたれかかりながらも、俺と同じく弾を込めたり、弾を込め終わった弾倉を腰のポーチにねじ込んだりしている。

 

 

「………」

 

 

 

あの剣幕で己のミスを叱責された後だ。この際何か言うのは避けておこう。

俺が上官風を吹かせられる余地などないのは、彼女らの完璧な戦闘技術を見れば明らかだ。

 

俺は水筒(フリャーガ)から水を一口飲み、長靴の中で解けた巻き靴下(ポルチャンキ)を巻き直すと立ち上がり、彼女らに号令をかける。

 

 

「イーダル1およびイーダル2。先程の奮闘、感激するばかりである。これより我々は第2補給地点である森林地帯へ向けて移動。全員準備はいいな?」

 

「こちらイーダル1。準備完了だ」

「こちらイーダル2。わたしもだいじょうぶだよ〜」

 

 

2人が答えるのに合わせて俺は小休止を切り上げ、再び中間地点の森林への行軍を始めた。

 

 

 

 

* * * * *

 

森林地帯 第2補給地点

 

 

「さて、これでよし……っと。

 

 

俺は自分のを含め3人分のテント兼ポンチョ(プラシ・パラトカ)を利用し、仮の野営地を組み立てた。

 

プラシ・パラトカは縦横180cm。

一枚は床に敷き、2枚は立てたテントポールに掛けて山形のテントにする。

 

焚き火の方も二人に命じて薪を拾わせ、灯油を染み込ませた枯れ草に対して銃剣の背の鋸で火打ち石を擦ることにより問題なく起こせた。

 

銃の方も3挺。きちんと又銃してある。

 

これで、今日の宿は完成である。

 

 

「さて、飯にするぞ。2人とも、悪いが水を汲んで来てくれ」

 

「「了解」」

 

 

俺は2人が森の奥へと消え去って行くのを見計らって早速調理にかかる。

 

空中投下物資の中身は鍋、芋、玉ねぎ、人参などの根菜、トマト、ビーツ(スビョークラ)の缶、塩胡椒と脂(サーロ)位だ。

 

 

…ボルシチ位しか作れそうにないな……。

 

 

俺は焚き火の上に作った五徳に鍋を吊るし、サーロを乾煎りしつつ油を出しながら玉ねぎと細かく切った人参、そして汁を切ったビーツ、トマト缶を炒め合わせ、ソフリット(ザジャールカ)を作る。

 

そして、2人が来るまでの間切り株の上で銃剣を振るい、芋の皮を剥いて行く。

 

母親のレシピを見よう見まねだし、具は各家庭、そして地方により無限のバリエーションがあるため「これが本式のボルシチだ」とは言えないが、あながち間違いではないと信じる。

 

ボルシチとシチーを分かつもの——それはビーツ(スビョークラ)の紫色だ。

 

我がソ連でも全土に広がったボルシチだが、その源流は現在のウクライナ——すなわち黒海にあるとされる。

 

露土戦争の最中、アゾフ海で籠城したコサック達がビーツなと手元の食材を使って作ったのがボルシチの起源といわれている。

 

確かにビーツは地中海原産の温帯の植物でロシアの地では育たない作物であるが、コサックが作ったその料理をいざウクライナ料理と位置づけるのはいささか短絡的に過ぎるといえないだろうか……。

 

そんな下らないことを考えているうち、芋の下ごしらえは終わった。

 

「同志ローゼンフェルド。命令通り近くの水源から水を調達してきた」

 

「よろしい(ハラショー)」

 

2人がバケツ一杯の水を運んで来た。

 

俺はクリスカからバケツを受け取ると、ザジャールカと芋の入った鍋に中身をこぼし、背嚢から取り出した肉缶(トゥションカ)の中身を空けて塩胡椒を振る。

 

残りは2人から回収したアルミ水筒に詰め、ティーバッグと共に飯盒に入れて火にかける。

 

まだある分は手洗いうがいなど衛生用途にとっておいた。

 

 

「2人とも、手を洗ったら飯盒とスプーンを出せ。食事の開始だ」

 

 

「はーい」

「了解」

 

俺は2人がバケツの水で手を洗う間、各々の飯盒にお玉で出来上がったボルシチを入れてやり、蓋の方には各々の背嚢に詰められていたビスケットを敷いてやる。

 

 

上出来だ。我ながらよくやった。

 

演習中のサバイバル訓練では火が焚けない場合も少なくなく、食べるのは冷えて煮凝り(ジュレ)状態になったトゥションカ——冬季は肉味のシャーベット状になる——とクラッカーだけ。仮に火が焚けても携行品で作れるのは麦や蕎麦、米の粥(カーシャ)と紅茶(チャイ)くらいのもので、こうして野外でたっぷりの根菜を摂れるだけでも十分贅沢というもの。

 

手抜きに横領が日常茶飯事の絵に描いたような腐れ役人体質のソ連軍上層部だが、訓練する対象がエリート衛士ということもあり、飯と武器だけは大盤振る舞いをしてくれているようだ。こればかりは心の中で感謝しておこう。

 

「いただきまーす」

 

「うむ、頂くとしよう」

 

イーニァ達が食事にありついたのに合わせて俺も飯盒の中のボルシチに手をつける。

 

 

「あったかい……おいしいね。クリスカ」

 

「そうだねイーニァ。こんなに美味しいもの、食べたのは久しぶりだ」

 

「お前ら…普段は何を食ってるんだ?そういえば食堂へ行ってもあまり見かけないが……」

 

「私達か?私達は普段注射を受けているから普段は何も食べなくても死なない。必要な栄養素の摂取はそれで事足りるから心配はいらない」

 

なるほど……彼女らと我々では食べる物すらも違うという事か……。摂取する栄養一切の管理……合理的ではあるが、それが果たして人間らしい営みなのだろうか……?

 

俺はスプーンを止め、彼女らに向き直る。

 

「まぁ……確かにそういうのもありだ。だが、食事という行為は何も栄養補給の為だけではない。一緒に食う相手や料理してくれた相手の感謝があって初めて心身ともに満たされるというものだ」

 

「ほう……それでは、私達は料理をしてくれた貴官に感謝すべきなのか?」

 

「いや……そういう事ではなくてな……まあいい。じきに分かるさ」

 

「……?貴官が何を言いたいのかよく分からないが、感謝すべきならしておこう。礼を言う」

 

何でも機械的に受け止めてしまうクリスカの返事に俺はやや呆れつつ、自分の器に向き直る。

 

別に問題ない。これでいいんだ…。

BETAと闘う為の機械として育てられた彼女らの心に「人間らしい生活を送りたい」という意志の種は蒔いた。それを育て実らせるか、はたまたそれを捨ててしまうかどうかは彼女らの選択に委ねる。

元々彼女らにとっての俺の役目は軛——彼女らの心の中に自由意志や人間性を育む事などは俺の仕事の範疇外だし、本来ならば許されざることなのだから…。

 

 

 

「イサークさん、わたし、りょうりっていうの、やってみたい!」

 

 

「そうか。この演習が終わったらぜひ教えてやる。だから、今日は沢山食べて明日の行軍に備えるんだぞ」

 

「うん!やくそくだよ」

 

 

俺が出過ぎた真似を省みる一方、イーニァの方は俺の持ち込む新たな文物や考え方に対して興味が尽きない様子である。

元々奔放な子だ。

 

「世界はもっと美しくて楽しい物で満ちている」

 

「自分の人生がこの狭い基地で完結しているわけではない」

 

——一度それを知らせてしまった以上、彼女の好奇心を止まらせるのは難しいことだろう。

 

 

まぁ仕方ないか——

明日の苦労は明日すれば良い。

今日取越したからといって、未来の事態が好転するとは限らないのだから…。

 

 

「二人共、食べ終わったら食器は洗っておけ。終わり次第不寝番の順番を決める」

 

 

「了解」

 

俺は無邪気に湯気の立つボルシチに舌鼓を打つ二人を眺めつつもそれだけ伝え、飯盒で煮立った紅茶をホーロー製カップに注いで一口啜った。

 

 

夜は更けてゆく。

 

パチパチと薪が燃える音、そして飯盒とスプーンが奏でるカチャカチャとした金属音だけが濃紺の夜空にただ響いた。

 

 

 

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