「また7位だって?」
「うん......。やっぱり記録を大きく伸ばさないと、入賞は難しかったみたい。私の努力が足りなかったんだよ。」
「っても2年連続で1桁順位なんてのも凄いものでしょ。」
「そうよ。胸を張りなさいよ未希。その陸上部にしてはでっかい胸を、ね。」
「も、もう......!またそうやって胸のことにつなげるんだから!」
1学期も終わるころ。未希は仲の良い女子生徒たちと放課後に雑談をしていた。話題の中心は彼女の競技結果についてである。
「運動神経はうちの学校の女子じゃ勝てる子はいないもんねぇ。」
「なーんかもったいない気もするけど、あんた自身が深く考えない性格みたいだし、程よく腐らせたほうがいいのかもしんないね。」
「ちょ、ちょっと!何よそれ!私がバカみたいな言い方じゃない。」
「うーん......まぁ、実際そうだったりするし?」
「ひどーい!私にだって悩むことくらいあるんだからねっ!」
「ほほう......あの陸上一筋のスポーツ少女である坂下未希さんが悩みねぇ......」
「一体何を悩んでいるんですかねぇ......」
「そ、それは......ああもう!なんだっていいでしょ!」
未希は今年もインターハイへの出場は叶わなかった。自身の記録を伸ばすことには成功したがそれは微々たるものであり、彼女自身もそれを受け入れ、納得していたものであった。
「ん?未希ー。またあんたに依頼人みたいよ。」
「え......また、部長のことでのお願いだったりするの?」
「そりゃあねぇ。あんたんとこの部長、見た目も中身も中々のものだったりするじゃない。」
「そ、そうなのかな?まぁいいっか。行ってくるね。」
陸上部の部長。つまり未希の先輩であり同じ部活の部長でもある彼は、校内でも人気ある男子生徒であった。当然のごとく告白をしたい女子は多く、そんな彼女たちのキューピット役を、同じ陸上部で唯一の女子ある未希が請け負う機会は多かった。
「それじゃあ、明日の放課後に1年生校舎の裏で待っている、って伝えればいいのね。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「うん、がんばってね。」
頭を下げ、駆け足で廊下を足早に去る後輩女子生徒へエールを送って見送る未希。しかし、その顔は浮かないものであった。
「たぶん結果は、私が思う通りになっちゃうんだろうけどね......」
未希は仲介人として一回も成功したケースの無い、自らの立場を苦々しく思っていた。部長に告白した彼女たちは悉く玉砕をしていたからである。
「というか、あの人って既に誰かと......」
柄にもない深く考える素振を見せながら、未希は教室へと戻っていくのであった。
「おつかれさん。早く部長さんにも収まるとこに収まってほしいものだねぇ。」
「う、うん。そうだね。」
「それに色恋沙汰には疎そうなあんたも、ね。」
「なっ......またそうやって私のことをー!」
夏真っ盛りの昼休み。彼女たちの青春は、とても清いものとして輝いていた。
「って、あんなに安請け合いするんじゃなかったぁぁぁぁ!」
放課後の廊下を3年生の教室方面へと走る未希。彼女は後輩の女子生徒との約束通り、陸上部の部長、もとい元部長への言伝に向かっていた。
「3年生は引退しちゃったから、もう部室に来ないんだったよっ。あの子の頼みを先輩が下校する前に早く伝えないと!」
急ぎ元部長のいる教室へと向かう未希。教室前で息を整え、そっと中の様子をうかがう。すると教室内にはまだ多数の生徒が残っており、元部長の姿も確認出来た。
「はぁ~、よかった。あの、すいませ......」
未希が教室内に元部長へ声を掛けようしたその時、彼の傍に1人の女子生徒がいることに彼女は気付く。
「んっ......?」
どことなくぎこちなさが残っているものの、元部長とその女子生徒は親しげに会話をしていた。おそらくは単なるクラスメイトという間柄以上の関係なのだろう。
「......」
未希が彼に声を掛けるのを躊躇っていると、3年生の男子生徒が声を掛けてくる。
「あれ?お前、確か陸上部の......」
「あ、はい。あの......」
「んっ?ああ、そういうことか。いま呼んできてやるよ。」
そういうと彼は、元部長の方へ向かって女子生徒と会話していた彼を廊下へと呼び出してくれた。
「あのっ、部長。」
「もう部長じゃない。先輩でいいだろ。」
「せ、先輩......その、また私、先輩に伝言を頼まれて......」
「あ、ああ。そうか、わかった。」
ばつの悪そうで苦笑いをしながらも、彼は未希の言伝の内容を承諾した。そして、教室へ戻ろうとした時、未希は彼に対して咄嗟に言った。
「あのっ......!断るなら、ちゃんと断ったほうがいいと思います。隠し事をしているのは......よくない......です。」
彼女の言葉に対して、彼は黙って首を縦に振るだけだった。そのあと未希も頭を小さく下げ、その場を去った。
「隠し事はよくない......よ、ね。」
1人で廊下を歩く未希は、つぶやくように先程自らが放った言葉を繰り返した。
「っつ......!!」
放課後の高跳び練習中。未希は美しく整ったベリーロールでバーを跳び越えると、そのままマットへ体を落とす。が、しかし。無情にもわずかな振動でバーは音を立てて地面へと落ちる。
「はぁ......。今の自分という殻をぶち破れ......って感じかな。」
マットへ大の字で倒れると、未希は空を見上げて2つのことを同時に考える。己の実力に限界を感じ始めた高跳びのこと。そして、シャワー室で変わってしまう淫らな自分の行き先。傾き始めた日の光を浴びながら、彼女は自らがどう変わるべきなのかを模索していた。
「あの時言われたように、私がみんなをエッチに気分にさせちゃったんだったら、私はもう......」
淫らな自分に決別をすれば、そこには新しい自分がいるかもしれない。高跳びの選手として輝ける坂下未希がいるのかもしれない。しかしそれは希望であり、単なる願望でありもした。
「そんなことしたって......私、絶対に楽しくなれないよ!」
勢いよく飛び起きると、未希の目には校舎入る。ふと彼女は上階の窓際にいる人影に視線が向く。
「誰だろう......?なんだかこっちを見ている気が......」
マットから降りて校舎のほうへと向かい、一体誰なのかを確認しようとすると、人影は姿を隠してしまった。
「放課後にあそこにいるってことは、部活をやっていたりするんだと思うけど、私のほうを見ていたのって一体......?」
未希が自らに向けられていた視線の主のことを考えると、グラウンドから彼女を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい!坂下。そろそろ今日はそろそろ切り上げるぞ。」
「あ......うん、わかった。すぐ行くよ!」
未希はもう一度校舎のほうを少し見つめると、練習を切り上げて部室へと戻るのであった。
未希が校舎へ背を向けて部室へと戻る姿を、校舎の上階から眺める視線が再び見つめていた。
「坂下......先輩。」
視線の主は、自らの手を下半身へと伸ばしていた。