信じて送り出したド淫乱幼馴染みが真人間になって戻ってきた件 作:ナマクラ(18禁)
学園祭の当日。
幸いにも青々と晴れ渡った10月半ばの土曜日に、その祭りはしめやかに開催された。
僕はあまり積極的に学校行事に参加する性格ではない。だが、逆にとことんサボってクラスの顰蹙を買う性格でもない。有体に言えば、僕はいたって平凡な生徒である。
最低限クラスに貢献し、だからと言ってコキ使われることも無く。そんな平穏無事な立ち位置を、僕は獲得していた。
「昼時は、凄く混むと思うから体力のある運動部系でシフトを固める。夕前あたりは空いてそうだから、文化・帰宅部系で固める」
「成程」
「で、君は帰宅部だから、3時からの接客をお願いしたい。その際、制服の貸し出しは前のシフトの男子か体格の近い厨房の女子に頼んでね」
「分かった」
僕のクラスの学園祭委員の生徒により、出来るだけ公平になるようシフトが割り振られた。男子は全員一人当たり1時間ほど、クラスの出店で接客をさせられる計算だ。
「君も怪我をしているから、3時からのシフトとしよう。仲が良い彼にフォローして貰うと良い」
「サンキュー! 一緒の時間だな、よろしく親友!」
「君が一緒か。これは心強い」
そして、足を失った親友もまた忙しい昼時のシフトを外された。妥当な判断だろう。自由に歩けない人間が忙しい時間に割り振られても、きっと足を引っ張るに違いない。
そして、僕としても万々歳だ。彼の様な濃い顔の男が女装していたら、きっと注目は彼に集まる。必然、僕の影は薄くなり余計な恥を掻かずに済む。
「それじゃあ、また3時な。悪いが俺はこれから、他校の生徒をナンパしなければならない」
「だろうね」
そして、この男は相変わらずだった。知り合いの父兄がくるだろう自校の学園祭で堂々ナンパするそのメンタルを、少しで良いから僕に分けてもらいたい。
「親友も付いてくるか? 多分勝率が上がるから、俺としては是非とも頼みたいのだが」
「断固拒否だ。僕は、独り図書館で読書をしているよ」
「いや、学祭回れよ。誰か、知ってる人を誘ってさ」
僕の予定を聞いた親友は、何とも言えぬ目で僕を見つめる。確かに、こういう日は学園祭を回るのが普通だろう。だがあまり社交的ではない僕は、少し親しい程度の人間と共に時間を過ごしても気疲れしてしまうだけなのだ。
残念なことに、僕がこの学校で一番仲が良いのは目の前の馬鹿である。
「いや。君以外と学園祭を回っても、あまり楽しくなさそうだからね。君がナンパに行くのなら、おとなしく僕は読書しているさ」
「……」
もしこの男が僕と学園祭を回ってくれるなら良かっただろう。まぁ、コイツの事だから友情より女を取るのは目に見えていたけど。
「どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」
「……いや、口説かれてんのかと思ってな。もう一度確認するが、お前は男色じゃないんだよな?」
「当たり前だ。気色の悪いことを言わないでくれ」
「だよな。お前の容姿でそんな言葉を言われたら洒落にならん、次から気を付けてくれ」
「何を言ってるんだお前は」
何やら動揺した親友に呆れた目を向けて、僕は彼に背を向けた。
「では、また3時。例えナンパが上手く行ったとしても、シフトは忘れるなよ」
「分かっているさ。お前も、ちょっとは学園祭楽しめよ?」
「人気のない図書館を楽しむさ」
そう言い残し、僕は教室を後にする。今は朝の9時、学園祭の始まりが放送により告げられた直後。今から6時間、僕はゆっくり読書にいそしむとしよう。
だが、現実は残酷だった。
「そんな」
「窃盗対策だ。他校の生徒や一般人も校門をくぐることが出来る今、貴重な蔵書もある図書館は解放されない」
図書館の扉を開けると中には生徒会の運営本部が設置されており、栗色の髪の女が「生徒会に何の用だ」と僕に話しかけてきた。もちろん、僕の淫乱幼馴染である。
そこで話を聞くと、何と学園祭当日は窃盗対策で図書館が解放されていないと言う。
確かに、こんな日に図書館が開いていれば本を盗まれ放題である。少し考えればその可能性に気付けただろうに、僕は中々抜けているらしい。
「……と言うか。君は学園祭当日に、図書館に何の用事だ?」
「図書館に来たら読書をするに決まっているだろう。僕は騒がしいのが苦手なんだ、今日は一人で読書をすると決めていた」
「成程。君は変わらないな、本当に」
栗色の髪の女は、そんな寂しい青春を送る僕をからかうように笑った。
「諦めて学園祭を回ると良いさ。そんな意固地にならずとも、こういう時に羽目を外せばきっと楽しい思い出になる」
「馬鹿を言え。羽目を外した人間がロクな事をしないのは、経験上よく知っている」
「それを言われると辛いな。……よし、分かった」
僕は、安住の地を失ったショックで不貞腐れて罵声を垂れる。そんな僕を見て、目の前の幼馴染は何かを決意したらしい。
「30分、待っていてくれ。私に割り振られた仕事は、それで終える。今日は私と学園祭を回ろう」
「いやだ」
「まぁそう言うな。君の事だからどうせ、『中途半端に仲が良い友人と学園祭を回るのは疲れる』みたいな事を考えて図書館に来たのだろう?」
その女は、僕の内心を見透かしたような事を言う。……そして悔しいがその通り。
幼少期から最も長い時間を共に過ごしてきた人間なだけはある。幼馴染とは、何と厄介な人間だろうか。
「君は、私に何か気を使うか? 少なくとも気疲れはしないだろう」
「無論、お前に気を遣うつもりはない。……だが、赤の他人となれ合う理由もない」
「理由なんていらないさ。今日は学園祭なんだ」
そして、その女は僕の手をギュっと握りしめて。凛とした声で、口説くように僕に顔を近付けた。
「いつもとは違う非日常で、普段接点のない人間と急に仲良くなる。それが、お祭りと言う奴だ」
「……そんなものか」
「ああ。そんな非日常を少しでも盛り上げるため、我々生徒会は身を粉にして頑張っているんだ」
その言葉は、きっと真剣で。彼女はきっと、本心からそう言っているように見えた。
「君を楽しませるのも、生徒会の仕事さ。だから、ちょっとだけ待っていてくれ」
……そんな彼女の、異様な剣幕に押されてしまったのだろうか。さっさと逃げ出せばいいものを、僕は彼女の仕事が終わるまでの30分間、図書館の片隅で彼女を待ち続けることにしたのだった。
そう、これは一時に気の迷いだ。決して、幼い頃の神童染みた彼女をあの淫乱女に重ね合わせたわけではない。
「君は、何処に行きたい?」
「何処でもいい」
やがて仕事を終えた彼女は、僕を連れだって模擬店の立ち並ぶ校舎へと向かった。
僕は何故、この性欲モンスターと共に学園祭を回っているのだろう。襲ってくれと言っているようなものではないか。
……一応、最近は分別はつけられるようになったみたいだから大丈夫だと思うが。
「なら、行先は私に任せてもらおうか。生徒会の仕事で、全ての模擬店の内容を熟知しているから」
「それは心強い。任せるよ」
「ふふふ。こうやって2人で並んで学校を歩くのはいつ以来だろう。……懐かしいね」
「そうかい。生憎と、僕にはあまりいい思い出はないのだけれど」
「それは悪かった。今日は、いい思い出にして見せるさ」
そう言って微笑む彼女に、僕はぷいと目線を反らした。
念のため、僕は意識して彼女に冷たく対応をしているのだ。こちらから仲良くするつもりは毛頭ないと、遠回しにアピールしているつもりだ。
だけどあまり彼女に効果が無いらしく、僕の隣でニコニコと嬉しそうに栗髪の女子生徒は歩いていた。
何がそんなに嬉しいんだか。
「なぁ、一つだけ聞きたいことが有るんだ。お前さ、この数年で何があったんだ?」
「何、とは?」
「……思い出したくもないが、中学時代のお前はもっと色欲にまみれた屑だったろう。何がそこまでお前を変えたのか、ちょっと気になってな」
「む。隠すつもりはないのだが……、特別な何かがあったわけじゃない。単に自省したんだよ」
とはいえ、確かにこの女と会話をする機会など滅多に無かった訳で。これを機に、思い切って前から気になっていた事を聞いてやろう。
「自省、ね。間違っても当時のお前は自省なんかするような性格じゃなかったはずだ。どういう心境の変化なんだ?」
「……恥ずかしい話だけど。その、ああいった行為は殿方も楽しいものだと信じ込んでいてだな。君だって途中から、あれこれと私に命令し始めただろう? それでてっきり、私は嫌がられていないものだと」
「正面から嫌がっても聞かなかったからな、当時のお前。だから逆にこっちからキツイ要求して逆に嫌われようとしたんだ、その時期」
「そうだったのか、ごめん。……で、だ。例の事件の後、君と学校を離されて、隣に君がいない状況と言うのが思った以上に堪えてな。その、学校で撮られネットに投稿されてしまった君と私の写真を集めて、それをおかずに耐えていたんだ」
「いや、消すように申請しろよ。一生残るぞ、そーいうの」
「消したところで無駄だ。……で、その。やっと気付いたんだ、写真に写る君がとてもとても辛い顔をしていることに」
……ああ。あの写真を撮られたときは、本当に人生最悪の瞬間だった。今でも深いトラウマになっている。
「そもそも、君の笑顔すら何年も見ていない。私は一人よがりに、君を傷つけ続けていたのだろう。思い当たる節は山のようにあった」
「……」
「気付いてしまったら、もう我慢できなかった。私は母に取り上げられた携帯電話を盗み出し、すぐさま君に連絡を取ったんだ。謝ろうと思って」
「でも、繋がらなかっただろ」
「うん。だって君に、着信拒否されていたからね。……私の目の前が真っ暗になったよ」
彼女は、そう言って俯いた。
当然だ、当時の僕は2度とこの女に関わるつもりは無かったのだ。そりゃ着信拒否くらいする。
「君に謝ることも出来ない、関わることも出来ない。そんな事は耐えられなかった、私は彼に謝らしてくれと半狂乱に頼み込んださ」
「そんな事をしてたのか」
「だが父も母も、絶対に君の連絡を取ったりしてくれなかった。それで何もかも諦めていたその時……、新入生挨拶で行動の壇上に立ったあの日、私は君を見つけたよ」
「……たった一人の聴衆でしかない僕に気付いたのか?」
「気付かない筈がないだろう。ずっと、ずっと君を探し続けていたんだから」
あの入学式の日、僕は数多の生徒来賓に紛れていた。壇上に上がりスピーチをした彼女と異なり、僕は目立たぬ1生徒でしか無かった。
どれだけ視野が広いんだ、この女。
「私も聞きたかったんだ。何故、君は私と同じ学校に? ここは君の地元とは随分離れているだろう」
「誰かのせいで、知り合いのいる学校は居づらくてな。好奇の目で見られるのが耐えられず、知人のいない県外の学校を選んだ。……お前がいるのは完全に想定外だったがな」
「……私が居ると知って、この学校を選んだ訳では無いのか」
「知っていたら絶対に来るもんか」
そう言うと彼女の顔は少し曇った。ひょっとして、僕がお前を追いかけてきたなんて幻想を抱いていたのか?
そんなことはあり得ないぞ。
「では今までの謝罪も兼ねて、今日は私が奢ろう。3年C組のフランクフルトの模擬店なんかどうだろう。肉屋の子が在籍していて、かなり良い肉を仕入れているようだった」
「拒否だ。同学年の女生徒に奢られたら、僕の体裁はどうなる。自分の分は自分で出す」
「そうか……」
気を取り直したのか、彼女は僕の手を取り模擬店を指差した。真っ白な彼女の手が、僕の指を握りしめる。
汗が吹き出し、心臓の鼓動が跳ね上がるのが分かった。そして中学時代の忌まわしい記憶がフラッシュバックし、僕の体は一瞬硬直してしまう。
────嗚呼。まだ、僕はこの女を恐れているのか。情けない事この上ない。
「あと、あんまり僕に引っ付くな。親しいと思われたら困る」
「……そうか。分かった、もう引っ付かない。だが今日、私は改めて君と親しくなろうと決めている。それは覚悟しておいてくれ」
「そういう強引なところは変わらずだな、お前」
……ビビっていると、思われたくない。僕はこの女を嫌がっているのであって、恐れている訳ではないのだ。
僕は必至で心に言い訳をして、触れ合った幼馴染の手を振り払い背を向けた。
「……すまない」
「何を謝っているんだ」
「身勝手なのは、こっちだからな」
背中越しに聞こえる彼女の謝罪は、僕にとってはあまりに痛々しかった。