DIAによる尋問と調査が始まってから、三日後。
「クッソ、あいつらめ……ボコボコと殴りやがって……!」
ユウヤは痛む体を労りながら、ベッドに腰かけた。
DIAの尋問は、はっきり言って過激だった。何度も同じ内容を聞いてきて、少しでも自分達が望む内容の答えでなかったら、容赦なく殴ってきた。
ユウヤは傷を備え付けの医療箱の傷薬を使って、自分で治療を始めた。
それが一段落した時、ドアがノックされて
「失礼するよ」
と一人の黒服の捜査官が入ってきた。
「おいおい、DIAには礼儀すらないのか? 普通は返事を待ってから入るもんだぜ?」
ユウヤは少し苛立ちながら、入ってきた捜査官に言った。するとその捜査官、アルバート・ウェスカーが
「おっと、それは失礼した。失念していたよ」
と言って、壁に背中を預けた。そして
「君に、耳寄りな話がある」
と告げた。
「は、仲間を売れってか? だったら、断る。てめぇらに仲間を売る位なら、自殺してやる」
ユウヤはそう言って、机の引き出しから拳銃を取り出して自分の側頭部に突き付けた。
すると、ウェスカーが少し慌てた様子で
「待った待った、早まらないでくれ。そんなことを言うつもりはない」
と否定し、ジェスチャーで拳銃を下ろすように告げた。ユウヤはそのジェスチャーに従い、ゆっくりと拳銃を下ろした。
それを確認したウェスカーは、懐から一枚の写真を取り出して
「クリスカ・ビャーチェノワを、助けたくはないか?」
と言って、ユウヤに見えるように置いた。それには、ベッドに拘束されているクリスカの姿が写されていた。
「……何を考えてやがる……」
ユウヤが睨み付けると、ウェスカーは肩を竦めて
「我々はただ、人道的に助けたいだけだよ」
などと嘯いたが、ユウヤには信じられなかった。
何せアメリカという国は、国益を第一に考え、その為ならばあらゆる手段を取る国だと知っているからに他ならない。
「今彼女は、ソ連から殺されそうになっている」
「……続けろ。話だけは聞いてやる」
ユウヤは何時でも拳銃を撮れるようにしながら、ウェスカーに先を促した。するとウェスカーは、今度は別の写真を取り出した。それは、以前にユウヤがイーニァに連れられて入ってしまったあの建物だった。
「彼女は、この建物に拘束されており、最早何時殺されても可笑しくはない。先にも言ったが、我々は人道的に彼女を助けたい。だが、我々はこの建物に入るのは容易ではない」
「だろうな」
以前に見たクリスカとイーニァの、凄まじい戦闘能力。間違いなく、ソ連の最高機密の一つだろうとユウヤは考えていた。
「彼女を助けられるのは、ブリッジス少尉。君以外には居ないだろう。その為の手助けは、我々が用意するし、今必要な物も用意出来る」
「必要な物?」
「そうだ。指向性蛋白質と言う」
その名前を聞いたユウヤは、思わず眉を潜めた。
指向性蛋白質、その名前はユウヤでも知っていた。キナ臭い物質で、以前にある部隊の衛士が隊長の命令を無視し、他国の戦術機を攻撃。あわや国際問題になりかけた、という話を聞いたことがあった。
その衛士は、治療として指向性蛋白質を投与されていたという話もあり、そこから一部兵士の中では後ろ暗い任務や作戦で使う物質、という認識があった。
「我々は、君のアメリカ合衆国軍人としての忠誠を高く評価している……今回の我々の要請を引き受けてくれるのならば、それ相応のポストも用意しよう。どうかな?」
アメリカ合衆国軍人としての忠誠
確かに、ユーコン基地に来るまでのユウヤは、アメリカ合衆国軍人として任務に務め、それを意識して行動してきた。
だが今は、アメリカ合衆国軍人としての忠誠より、
別にアメリカ合衆国軍人としてのプライドを捨てた訳ではないが、はっきり言ってしまえば、ユーコン基地の方が居心地は遥かに良いのだ。
肌色と日系人だからという差別も無ければ、自分のテストの評価もキチンとされる。
ユウヤは以前、ラプターの開発に携わったことがあり、その際には様々な形で開発計画貢献した。
だが中々評価されず、そのモヤモヤが焦りを生み、居場所を無くす理由になった事故に繋がってしまった。
だがユーコン基地では、それを感じたことは無かった。多少すれ違いはあったが、篁中尉やドーゥル中尉はキチンと評価してくれて、ユウヤと真剣に向き合ってくれた。何より今は、日系アメリカ人だと思っている。
どっちを選ぶか、と問われたら、今のユウヤは間違いなくユーコン基地での勤務を選ぶだろう。
だが、クリスカを助けたいのは事実だった。
だからユウヤは
「……今回だけは、てめぇらの話に乗ってやる……だがな、はっきり言っておくぜ……俺はてめぇらDIAに良い思いはしてないからな。今回の計画もだが、母さんの事でもな」
と言いながら、ウェスカーを睨んだ。
しかしウェスカーは、何処吹く風という様子で
「君の協力に感謝するよ、ブリッジス少尉」
と言って、入ってきた時に置いた鞄を持ち上げて開いてから、中から書類を取り出した。
「ビャーチェノワ少尉を助けられるタイミングは、今夜だ」
「今夜だと!?」
余りにも急な話に、ユウヤは驚いた。
「すまないね。我々も確認が取れたのは、今朝早くでね……ビャーチェノワ少尉に何らかの処置を施し、殺すと分かった……ビャーチェノワ少尉が軟禁されている部屋は、三階の東端の部屋になる……入るにはカードキーとパスワードが必要になる……」
ウェスカーは説明しながら、一枚のカードキーをユウヤに差し出した。それを、ユウヤが受け取ると
「パスワードは、これに書いてある」
と一枚のメモを渡した。
「今夜、2000に機体には動けるように推進材や弾薬は用意させておく」
それを聞いたユウヤは、心中で唯依に謝った。
(すまない、篁中尉……弐型をこんなことに利用して……)
ユウヤの所感では、間違いなく不知火弐型は現段階で世界でも最高峰の戦術機だと確信しており、その計画の責任者は日本帝国である。
本来ならば、その財産権は日本帝国にあるが、アメリカはそれを利用してクリスカを助けさせようとしている。
その行為は。日本帝国への裏切り行為に該当し、最悪は只でさえ悪い日本帝国の対米感情の更なる悪化と国際問題に発展するだろうと思えた。
「ではな、ブリッジス少尉……君の忠誠に感銘を」
ウェスカーはそう言って、ユウヤの部屋を後にした。
そして、夜に事は始まった。
突如として鳴り響く警報音に、ハンガー近くの部屋に待機するように命じられていた整備士達が驚いてハンガーに向かった。
すると、弐型のユウヤ機が動いていたのだ。
「な!? 誰が!?」
ヴィンセントがそう驚く間にも、弐型は開いていた隔壁から外に出て発進した。
そこに、数人のDIA捜査官が現れて
「ユウヤ・ブリッジス少尉が部屋から居なくなっている! 今のは、ユウヤ・ブリッジス少尉だ!」
と騒ぎだし、その内の何人かがヴィンセントに近づき
「貴様が、ユウヤ・ブリッジス少尉機の機付き整備長だな? 貴様には、ユウヤ・ブリッジス少尉の行動に関して聞きたいことがある! 来るんだ!!」
「待て待て!? 俺は何も知らないっての!!」
「うるさい! くちごたえするな! さっさと来い!!」
とヴィンセントを連行しようとした。
「待て!」
だがそれを、いつの間にか来ていた唯依が制止して
「DIA。我々は今から、ブリッジス少尉を追撃する。ローウェル軍曹には、機体の準備を手伝ってもらう必要がある。勝手に連れていくな」
と気丈に告げた。すると一人が
「日本人風情が……我々の邪魔をするのか!?」
と侮蔑的な発言をした。しかし唯依は
「確かにこの土地は、元々貴様らアメリカの土地だが、今は国連とソ連に租借されている……つまり、治外法圏になる。そして私は、確かに日本帝国近衛軍の衛士だが、今は国連軍に出向しており、この計画の責任者だ。我々には、独断行動する衛士を追う権利がある。貴様らの行動が理由で見失い、我々の計画の試験機が奪われたら、我が日本帝国はアメリカ合衆国に責任を追及させてもらうが、如何か!?」
唯依の力強いその言葉に、殆どの捜査官は言葉を失ってしまった。そこに、ウェスカーが現れて
「構わない。追わせてやれ」
と告げた。
「ウェスカー捜査官! しかし!」
「構わない。確かに、篁中尉の言う通りだ。彼らには、追撃する権利があり、機体を奪還する理由がある。行かせてやれ」
ウェスカーの許可が出たと判断した唯依は、周囲に居た整備士達に
「すぐに、アルゴス隊に出撃用意! 二番機には、私が乗る!」
と指示を下した。そして唯依は、他の捜査官に指示を出しているウェスカーを見て
「貴様らの好きにはさせん……アメリカめ」
と言葉を漏らし、一度ハンガーを去った。