夕呼からIDカードを貰った武は、記憶を頼りに歩いていた。
「懐かしい……ってのは、変なのかね」
何度も同じ世界を繰り返してきた武にとって、横浜基地は勝手知ったるなんとやら、である。
横浜ハイヴのコアを最下層にし、縦長構造になっている横浜基地。
流石に全部は知らないが、かなりの場所を知っている。
そして武は、ある部屋の前で止まり
「……まずは、彼女からだな」
とIDカードを使って、その部屋に入った。
その部屋の中央にあるのは、一つの脳髄が浮かぶ青く光る一つのシリンダーだった。
それは、BETAに捕まり、生きたまま解剖された人間の成れの果てに他ならない。
本来だったら、その中に入っている脳髄は純夏の筈だった。しかし、スピリッツに助けられた為に違う。
しかし、同じ横浜で生きた人には代わりなく、もしかしたら知人かもしれない。
そう考えた武は、そのシリンダーの表面に触れて
「……絶対に、BETAを地球から叩き出す……それで、許してくれ……」
名前も分からぬ誰かに、武は誓った。
そして武は、部屋の奥に視線を向けて
「出てきてくれないか?」
と声を掛けた。
すると奥から、一人の小柄な少女が姿を現した。ツインテールにした長い銀髪に、頭に装着しているウサギの耳を彷彿させる機械的な耳飾りが特徴の
着ているのは、通常の国連軍所属を示すのではなく、オルタネイティヴ4所属を示す服だ。
彼女は、イーニァやクリスカと同じく、ソ連によって産み出された人工ESP体だ。
しかし、第三計画が第四計画に移行したことで戦場に投入されずに夕呼の要請により、横浜基地に来た。
「初めまして。白銀武だ……好きに呼んでくれ」
「……社霞、です……」
霞の身長に合わせて膝を突いた武が名乗ると、霞もたどたどしく名乗った。
「なあ、霞……この人の意識は……」
「……完全に、バラバラです……辛うじて、横浜に住んでいた人、ということしか分かってません……」
武からの問い掛けに、霞はそう言いながらシリンダーを見た。実は、シリンダー内の脳髄はまだ生きているのだ。脳髄の状態だけで生きるというのは、現状の人類の科学技術では不可能である。
つまりこれは、BETA側の非常に高度な技術ということである。
なお純夏の時は、BETAへの怒りや憎しみが強かったのか、自分の名前を覚えていた。
しかし今回の人は、名前すら分からないらしい。
横浜撤退戦での行方不明者は、優に千人を超えている。その中からピンポイントで名前を特定するのは、不可能だろう。
「そうか……」
「……武さんは、国連軍の所属では無いのですか?」
霞のその質問の理由は、武の服装にある。
今の武の服装は、国連軍所属を示すBDUではなく、ほぼ私服に近い。
これは、スピリッツに制服が無いことに起因している。
「俺は今、傭兵部隊のスピリッツって所に所属してる。だが大丈夫だ。スピリッツは全面的にオルタネイティヴ4を支援する為に動いてる。地球を助ける為にな」
「そう、なんですね……」
霞の表情は然程変わってないが、安堵していることは武にも分かった。霞が安堵した理由は、武の思考をリーディング能力で読んだからである。
霞のリーディング・プロジェクション能力は、当時産み出された人工ESP体の中でもトップレベルだったらしい。流石に今のイーニァやクリスカとの差は分からないが、イーニァとクリスカは戦闘力に比重を置かれて調整されているので、恐らくは霞の方がリーディング・プロジェクション能力は高いだろう。
すると霞は、武に
「……武さんは、私が怖くないんですか?」
と問い掛けた。
これは、今まで霞と出会った人物達の大半は、霞に対して恐怖心を抱いていたが、武は霞に対して一切恐怖心を抱いていなかったから聞いたのである。
「全然? 例えどんな力が有ろうが、霞は霞だ。俺が知ってるのは、社霞って個人であって、それ以外は知らない……重要なのは、霞が居るってことだけだ」
武はそう言って、霞の頭を撫でた。
霞は少しの間、その暖かさを享受した。