これは、尚人が目覚める約二週間程前になる。
帝都東京の一ヶ所にある篁家の屋敷のある一室は、凄まじい緊張感に包まれていた。
その中心に居るのは
「……裕唯さん……何か、言うべき事があるのではないのですか……?」
「…………」
無言で正座して冷や汗を流す裕唯と、その前で仁王立ちしている栴奈。
「えーと……えーと……」
「…………」
裕唯から見て右側には、アタフタしているミラとユウヤのブリッジス親子。
そして
「…………」
「…………」
反対側にて、沈黙を保つ巌谷と唯依の二人。
配置的には
ミラ&ユウヤ
正 栴 裕
面 奈 唯
唯依&巌谷
となっている。
事の発端は、波乱に満ちたXFJ計画が終わってホワイトファング隊での書類等の処理を全て終えた唯依が、久しぶりに実家に帰ってきた時、つまりは約一時間程前になる。
唯依が帰ってきた時、既に家の前には車が停まっていた。
唯依はその車はナンバーから、巌谷のだとすぐに気付いた。しかし唯依には、巌谷が篁家に来る理由が分からなかった。
母に挨拶しようと、居間に入るまでは。
居間を見た唯依は、最初は混乱したが直ぐに察した、父に対する、裁判なのだと。
栴奈は、正座している裕唯から視線を外さずに
『お帰りなさい、唯依……中佐の隣に』
と唯に伝えて、唯依もそれに従った。
正確には、その気迫に逆らえなかったのだが。そして唯依は、小声で巌谷に
「中佐、一体何があったのですか?」
「……いい加減に、一度は話し合わせようと思って連れてきたんだが……」
唯依からの問い掛けに、巌谷は渋面を浮かべた。どうやら、巌谷も予想外だったらしい。
すると栴奈は、一言も喋らない裕唯に盛大にため息を吐いてから、ミラを見て
「ミラ・ブリッジスさん……だったかしら?」
「は、はい。そうですが……」
「……日系人の子供が出来て、苦労なされたでしょう……」
栴奈はそう言いながら、ミラの肩に優しく手を置いた。
まさか優しくされるとは予想してなかったらしく、ミラは驚いている。すると栴奈は
「ユウヤ・ブリッジスさんも……ご苦労なされたでしょう……恐らく、裕唯さんや我々日本人を恨んだ事でしょう……裕唯さんに代わり、謝罪します」
と言って、頭を下げた。
「ああ、いや……貴女が悪い訳じゃ……それに、聞いた限りじゃ……親父もお袋が妊娠したの、知らなかったみたいだし……」
ユウヤはそう言いながら、正座している裕唯を見た。
ユウヤの言葉に、裕唯もコクコクと頷いている。
「知らなかったとはいえ、裕唯さんに非が有るのは確か……以後は、我が家の威信に掛けて、貴方方に理不尽な事はさせないと誓います」
「……感謝します」
栴奈の言葉に、ミラは頭を下げた。すると栴奈は、唯を見て
「さて、唯依」
「は、母上?」
まさか自分に声が掛かるとは思っていなかった唯依は、僅かに狼狽えた。しかし栴奈は、気にした様子もなく
「まずは、XFJ計画の完遂……お疲れ様でした……先日、殿下から書状が届きました」
と言って、唯依に手紙を差し出した。裏には、悠陽の名前が書かれてある。
軽く読むと、XFJ計画の完遂お疲れ様。唯依のおかげで、帝国の戦力は上がるだろう。という物だった。
「さて、唯依……ユウヤ・ブリッジスさんから聞きましたが……緋焔白麗を貸したそうですね」
「あっ……」
裕唯に続き、今度は唯依が冷や汗を流し始めた。
どんな理由が有ろうが、当時アメリカ軍衛士だったユウヤに貸した。
唯依は冷や汗を流しながら、栴奈を見た。
「……確かに、唯依は当時アメリカ軍衛士だったユウヤに貸した事は怒ります……しかし、今回はそれが功を奏しました」
「それは、どういう……」
唯依が困惑していると、栴奈は袖の中から二通の手紙を取り出して
「唯依……貴女は、崇宰家の当主になりなさい」
と言って、その手紙を差し出した。
唯依は困惑しながらも、一通目の手紙を読み始めた。
その差出人は、崇宰家の先代当主からになる。
今現在崇宰家は、崇宰恭子が戦死した為に次期当主が居らず、更には他の分家もまだまだ幼いか既に年が行っている為に当主に相応しくない。
しかし、崇宰家直系の栴奈の娘ならば崇宰家の次期当主になれる。どうか、崇宰家の次期当主になってほしい。
という内容。
そして二通目。これは、驚いた事に斑鳩家当主の斑鳩崇継からだった。
驚いた事に、斑鳩崇継はユウヤ・ブリッジスが篁家の次期当主になる事を承認し、かつ唯依が崇宰家の次期当主になる事を承認する、と書いていた。
それだけでなく、唯依を大尉とし、尚人を中尉に昇進させ、近々ホワイトファング隊を大隊に拡大し、更には尚人を婚約者にする、と書いてあった。
「これは……」
「この帝国を支える五摂家を途絶えさせる訳にはいかず……そして、近衛全体を苛む遺伝子異常を治す……それにより、近衛を……引いては、帝国を強くする……煌武院家と斑鳩家はそう考え、古き慣習を一掃する考えのようです」
実は神田家だが、煌武院家の家臣の家系の一人なのだ。
しかも、家格は白の一般武家。本来山吹色の譜代武家は赤の家に嫁ぐか、五摂家の側役になる事が多い。
そして白は、白同士しか許されていない。
しかしそうなれば、遺伝子異常は加速してしまう。
ならばと、悠陽と崇継はそういった古い慣習を一掃することにし、唯依に好意を抱く尚人を唯依に宛がう事にしたのだ。
「遺伝子異常は、最早近衛全体の問題……崇宰家も、文句は言えないでしょう……」
「母上……」
「神田少尉には、私から伝えます……唯依は、少しの間休みなさい」
「……はい……」
実は遺伝子異常の事は、唯依も知っていた。
実はスピリッツが遺伝子調査に協力し、唯依や裕唯を含めて約100人の遺伝子を回収し、一般人との遺伝子比較を実施し、どういった遺伝子異常が起きているのかを近衛全体に教えたのだ。
それにより、少しずつだが近衛全体で意識改革が起きている。しかし、古き慣習を重視する老人達からは反発がある。
だが、悠陽や崇継という今の近衛を引っ張る人物達が改革派の筆頭な為に、少しずつ老人達の発言力は低下し、一部の家では疎まれているという。
「唯依、緋焔白麗を」
「はい」
言われて唯依は、壁に立て掛けていた刀。緋焔白麗を取り、栴奈に差し出した。緋焔白麗を受け取った栴奈は、ユウヤに歩み寄り
「これを」
と緋焔白麗を、ユウヤの前に出した。
緋焔白麗をユウヤは、少しの間見つめて
「……俺に出来る事は、何でもやってやる」
と言って、緋焔白麗を掴んだ。これにより、事実上ユウヤが次期篁家の当主。篁裕也になる事が決まった。
「唯依……彼に、次期当主の礼儀作法や篁次元流を教えてあげなさい」
「はい、わかりました」
唯依が頷くと、栴奈は裕唯に視線を向けて
「裕唯さんには、まだまだ言いたい事があります」
「……はい……」
栴奈の言葉に、裕唯はただ頷く事しか出来なかった。
篁家家庭裁判の判決が下されるのは、これから数時間後。夕飯の直前になる。
勿論、裕唯の有罪と