唯依が篁家から崇宰家になり、率いるホワイトファング隊が大隊に拡大される事になった、ある日の事だった。
「姓が崇宰になったからとて、敬う理由は無い」
「貴様! それが上官に対する態度か!?」
補充要員として回された数人が、唯依に対して不遜な態度と言葉遣いで接し、それを先任副官の雨宮が諌めていた。
だがそれでも、その者達の態度は変わらない。年齢は19歳という唯依や尚人より先に任官した者達だが、少尉のままだから、恐らく素行に問題があって昇進出来ていないのだろう。
「同じ白の家として、恥ずかしいですね……」
「なんだと!?」
尚人の呟きに、一人が反応した。
その問題の者達は、全員が白の家格だった。同じ白の家として、尚人は我慢出来なくなったのだろう。
しかも、階級は尚人の方が上の中尉だ。
「ガキが……! 好き勝手言いやがって……!」
「それでも、僕の方が階級は上です……貴方方の行為は、上官侮辱罪に当たります」
一人の男が怒りながら尚人に詰め寄り、襟首を掴んだ。その直後
「……はぁ」
尚人はため息混じりに、その男を大外刈の要領で投げた。
「離しやがれ……!」
「僕の拘束を放せるなら、どうぞ」
男は逃れようとするが、尚人の拘束から自由になれずにもがくだけだった。すると、唯依がため息を吐いてから
「つまり貴様らは、私が気に入らないという事なんだな?」
と問い掛けた。
「ああ、そうだ! 直系だからか知らんが、崇宰家になったからといい気になるな!!」
「そうだ! 我々が先代崇宰様に貴様が相応しくないと見せつけてやる!」
唯依の言葉に、口々に自分の意思を伝える者達。
そんな相手に、唯依は再びため息を吐いて
「神田中尉、そいつを解放してやれ」
「……は」
唯依からの指示に従い、尚人は男を解放。すると男は即座に立ち上がり、軍服を直した。それを見て
「だったら、模擬戦で決着を付けよう……貴様らは好きなだけ連れてこい。こちらは、この場に居る三人で相手してやる」
と唯依は模擬戦を提案した。しかも、ハンデを与えるという、相手からしたら屈辱的な内容だ。
だからだろう、尚人に投げられた男がギリッと歯を鳴らして
「勝って、吠え面かかせてやるからな!!」
とだけ言って、身を翻した。
「大尉、よろしかったので?」
「問題ない……私たちなら、勝てる」
雨宮からの問い掛けに答えながら、唯依は立ち上がった。それから十数分後、唯依達三人と相手の八人が集まり、シミュレータルームに居た。
武御雷はスピリッツの技術を導入したとはいえ、整備性が悪い機体な為、中々実機での模擬戦の許可は降りない。その為、ほとんどがシミュレーションによる模擬戦だ。
「さて、ルールは至ってシンプルだ。全滅した方が負け……何か異論はあるか」
「無いな。しかし、数的有利もわからないなんざ、これだから訓練未了は」
一人が唯依を見て、馬鹿にしたように嘲笑う。
恐らく、何処かで唯依が繰り上げ任官だという事を知っていたのだろう。だがしかし
「……それでも、貴様らよりかは実戦経験はあるつもりだ」
「この小娘が……!」
唯依の呟きに、青筋を浮かべる男。
しかし、すぐに厭らしい笑みを浮かべ
「勝つのは、俺たちだ」
と言って、シミュレーターに入った。
それを見送った唯依達も、シミュレーターに入って模擬戦が始まった。そして、数分後
「大したことなかったな」
「バカな……! 俺たちが、負ける筈が……!?」
男達は、唯依達に一方的に撃破された。
もし観戦していた者が居たら、哀れに思った程に圧倒的だった。
「イカサマだ! 何か俺達のシミュレーターに小細工したに違いない! でなければ、こんな一方的に……」
「見苦しいぞ、そなたら」
男達がなおも喚いていると、新たな声が聞こえた。全員の視線の先に居たのは、男達からしたら予想外な人物だった。
「い、斑鳩大佐!?」
近衛軍第16大隊隊長、斑鳩崇継だった。
「斑鳩大佐……確か、巖谷中佐と何やらお話があるとは聞いていましたが……」
「うむ……我が隊にも、試験兵装の高周波短刀が試験導入される事が決まってな……その運用データを閲覧しに参ったのだ……そうしたら、何やら騒ぎが聞こえてな」
どうやら斑鳩は、高周波短刀に関する話し合いに来ていたらしい。
その途中で、今回の事態に気づいたようだ。
すると、男が
「斑鳩大佐! この崇宰大尉は、イカサマしたのです! 厳罰を願います!」
と斑鳩に願い出た。その口元が笑みを浮かべている事から、どうやら斑鳩が介入すると思っているようだが
「……そなたらが負けたのは、経験の差よ……」
と突き放した。
「い、斑鳩大佐……?」
「崇宰大尉は、過去の京都防衛戦から幾度となく実戦を乗り越えた歴戦の衛士……京都防衛戦の折、病気療養と称してこの帝都に退避していたそなたらとは、圧倒的に違う……そして、副官の雨宮中尉と神田中尉も、何度も実戦を乗り越えた強者……気構えも腕前も、何もかもそなたらとは違う」
斑鳩はそう言って、指を鳴らした。
すると、真壁介六郎を筆頭に近衛軍の警ら隊が入ってきて
「小沢少尉以下八名。貴様らには、上官に対する侮辱罪。並びにデータ改竄、脅迫の容疑で逮捕状が出ている!」
と紙を突きつけた。
「なっ!?」
「そなたらの所業、知らぬとでも思ったか。牢屋で暫く反省した後、懲罰部隊に編成させてもらうぞ」
斑鳩のその言葉の直後、警ら隊は一斉に男達を検挙し、連れていった。
見送った後、斑鳩は
「要らぬ苦労を掛けたな……老人方が要らぬ動きをしていた事に気付いたのが、数日前でな……証拠集めに手間取ってしまったのだ」
「という事は、あの者達の家にも……」
「ああ、今頃捜査隊が押し入っている事だろう……それ次第では、処分は重くなろう」
どうやら、家ぐるみで今まで悪さをしていたらしい。
そう考えた唯依は、男達の事を忘れる事にし
「補充要員を申請しなければ……」
「それならば、問題あるまい……神田中尉、これを」
斑鳩はそう言って、尚人に封筒を差し出した。それを受け取った尚人は、封筒から数枚の書類を出して
「新入衛士……ですか」
「ああ……今年度任官したばかりだが、成績が優秀なのを選抜して、既に宮内庁と巖谷中佐には働きかけておいた。後数日もすれば、配属されるだろう」
どうやら、既に斑鳩が先手を打ったらしい。
恐らく、まだ残っている慣習を重んじる老人達に干渉させない為だと考えられる。
「ありがとうございます、斑鳩大佐」
「君達には期待しているよ、崇宰大尉、雨宮中尉。そして……御剣中尉」
斑鳩はそう言って、離れた。
そして最後に告げた名前に、唯依は驚いていた。
御剣という家名は、ある家直系の名前だった。
「神田中尉……まさか……」
「……僕は、御剣家の次男なんです……神田家は佐渡島攻防戦の最中に、一人息子が戦死……その為、次男だった僕が養子に出されました……」
日本本土でのBETA戦以後、幾つかの家が御家断絶の危機に直面し、幾つかの家は合併したり、養子を取る事で存続してきた。
そして、御剣家の名前と意味は雨宮中尉も知ってる為に、驚いていた。
御剣家は、
「なるほど……」
「黙っていて、申し訳ありません……」
「いや、それでもお前という人間は変わらない……」
尚人が頭を下げると、唯依はそう言って尚人の頭を優しく撫でてシミュレータールームから出て
「さあ、今日はまだまだ書類がある……早く終わらせよう」
と言って、歩き始めた。僅かに遅れて、尚人と雨宮もシミュレータールームを出たのだった。