京都攻防戦から、三日後
近衛軍の寮のある一室
そこに、祐輔と結華の二人は居た
「大尉……話とは、一体……」
出されたお茶を一口飲んだ結華は、祐輔にそう問い掛けた
すると、祐輔は神妙な表情で
「結華、僕は……近衛軍を辞めて、家を出るよ」
と告げた
それを聞いた結華は
「な!? 何故ですか!?」
と思わず身を乗り出した
すると、祐輔は
「結華……僕が家で、どういう扱いなのか……覚えてる?」
と問い返した
それを聞いた結華は、思わず表情を歪めて
「ええ……覚えています……」
と返した
祐輔の家、榊原家
五摂家の何れも主君としない、赤の家
本来、赤というのは五摂家の何処かを主君にしている
ならば何故、五摂家の何れも主君にしないで、赤なのか
それは、祐輔の家
榊原家に、理由があった
榊原家は、この帝国を裏から守る家なのだ
手段、方法を問わずに、帝国に害為す敵を排除する
それが、榊原家なのだ
そして祐輔は、その家で異端児扱いをされていた
その最たる理由が、祐輔が優し過ぎたから
榊原家は、時には一族全てを滅ぼすということもやる
だがそれは、冷徹冷酷にならなければならない
しかし祐輔は優し過ぎたために、どうしても冷徹冷酷になれなかった
だから祐輔は、榊原家では異端児として扱われていた
「家は兄さんが継ぐし、僕が家に居ても意味は無い」
「しかし、近衛まで辞める必要は……」
祐輔の言葉を聞いて、結華はそう言った
すると祐輔は、首を振って
「最近分かったんだけど……家が、近衛に干渉している……あの新人達も、ギリギリ衞士訓練課程を卒業出来たという程度の成績だった……」
「まさか……大尉の御実家が、大尉を……?」
祐輔の話を聞いて、結華は顔を蒼白にした
恐ろしい予想に、最後まで言葉にならなかった
その言葉を肯定するように、祐輔は頷き
「父さんの口癖は、役立たずは要らない……だからね……やるだろうね」
と言った
それを聞いた結華は、両手を強く握り締めた
そして、ゆっくりと
「しかし……近衛を去った後は……どうするつもりですか?」
と祐輔に問い掛けた
すると、祐輔は
「うん……スピリッツに、身を寄せようと思ってる」
と言った
それは予想外だったのか、結華は驚いた表情を浮かべた
すると、祐輔は
「この前彼等の船に乗った時、整備士はたった三人だった……小数精鋭なんだろうけど、人材は欲しい筈だ」
と言った
見事な観察眼だろう
祐輔達がアークエンジェルに乗った時間は、ほんの僅か
だが祐輔は、その短い時間でスピリッツの人員数が少ないことを見破ったのだ
「多分だけど、スピリッツは人材に関する交渉をする筈……まあ、今の帝国に人材の余裕はないけれどね……」
祐輔は今の帝国の現状を考えると、後半は小さく呟いた
確かに、今の帝国の現状を鑑みると、スピリッツが人材を求めても即応は無理だろう
近衛軍だけでなく、陸軍でも訓練生の繰り上げ任官が多数居たのだから
それが、予想より早い防衛線瓦解の一因だった
唯依達のように生き残ったのも居るが、マトモに使えるのはどれ程残っているのか
戦争神経症が発症していれば、使い物にならない
薬物投与と後催眠暗示による治療も発展してきているが、それを使っても完治は難しい
中には、その治療で衞士としての能力を失った事例すらある
それらを纏めると、帝国軍は暫くの間は戦力の建て直しを余儀無くされるのは明白だ
もし今BETA群に再上陸されたら、易々と突破を許してしまうだろう
だが、今の帝国には希望があった
今の世界各国の何処よりも、遥かに高い性能の機動兵器
MSを有する傭兵部隊
「スピリッツ……」
祐輔がその名前を言うと、結華はピクリと反応した
「結華だって、MSに乗ったでしょ? どうだった?」
「……比較すら、マトモに出来ません……MSに比べたら、瑞鶴は余りにも……あらゆる面で劣ります……何よりも、私達の操縦に追随してました……」
祐輔の問い掛けに、結華はそう告げた
祐輔と結華の二人は、身体能力がかなり高い
それにより、二人の操縦に瑞鶴が追い付いてないという事態になっていた
「うん……瑞鶴じゃあ、僕達に全然追い付いてなかった……それがあの機体は、タイムラグが殆ど無かった……」
戦闘において、機体が操縦に追い付かないというのは致命的だ
瑞鶴は、既に採用されてから約10年程経過しており、その間も何回も改修されている
それでも、二人には追い付いていなかった
「一応の希望は、あの近衛用新型機……試製98式だったっけ?」
「はい……あの新型は、明らかに第三世代機です。見るからに速そうでした」
二人が言ったのは、京都で斑鳩少佐が乗っていた青い戦術機だった
試製98式、仮称武御雷
そして、第三世代機というのは何か
実は戦術機には、世代があるのだ
アメリカが世界で初めて開発した、最初の戦術機
Fー4戦術機、ファントム
Fー5、フリーダムファイター
これらが、第一世代と呼ばれる戦術機である
重装甲重火力に比重が置かれて開発されていて、当初はBETAの攻撃を耐えようと画策された
しかし、モース硬度15度以上の装甲殻による殴打や、レーザー照射には耐えられなかった
その反省点から開発されたのが、Fー15、イーグルを筆頭とした第二世代戦術機だ
この第二世代戦術機は、装甲を薄くしつつバランスを態と上にずらしてバランス性を悪化させて、それによる機動性の向上が図られた
それは一応の成功を納め、世界各地はその第二世代を更に発展させた機体
第三世代戦術機の開発を開始
そうしていち早く投入したのが、帝国軍だった
世界で最初の第三世代戦術機、94式、不知火
第三世代は、第二世代と同じように上部を重くしてバランス性を引き替えにした機動性の確保
更に、操縦ケーブルをワイヤーから光ファイバーに換装しての送信データの増大による、更なる機動性の確保を為した機体だ
その不知火のデータを流用して、新しい近衛用機
武御雷は開発されている
それに対して、祐輔達が乗っていた瑞鶴は、準第二世代分類の第一世代機である
勿論、フィードバックからの改修はされている
だが、所詮は第一世代機体
その機動性は、隔絶した差があった
「何よりも、パパッと見だけども……かなりコストが高そうだよね」
「はい……分かりづらいですが、数ヵ所にスーパーカーボン製のブレードベーンがあります……それを考えると、かなりコストが掛かるかと」
性能向上によるコストの向上は、もはや避けようがないだろう
世界で最初に第三世代機たる不知火を配備した帝国だが、未だにその戦力の大半は第一世代機の
その最たる理由が、コストの高さ
不知火一機を作るのに、撃震三機分のコストが掛かっていると聞く
ならば、同じ第三世代でも高い近接格闘性能を有する武御雷のコストは、如何程なのか
恐らくだが、撃震三機分では済まない程のコストが掛かっているだろう
「それらと、実家からの圧力……それを考えると、何時新型が僕が率いる部隊に回されるか分からない……僕のせいで、結華達に迷惑を掛けたくないんだ……だったら、僕は近衛を去る……もう、退役届けも用意した」
祐輔のその言葉を聞いて、結華は
(大尉……いえ、祐輔さん……貴方は、やはり優しいですね……自分よりも、私達のために……)
と胸を打たれた
祐輔が優しいことは、結華は重々理解していた
なにせ、長い付き合いなのだ
祐輔の性格は……祐輔の亡くなった母親以外だが……実の家族よりも知っている
それのお陰で、結華は度々救われたのだから
「結華は、近衛に残りな……結華なら、まだ優遇される筈だ……」
祐輔がそう言った
その直後、結華は祐輔に抱きついていた
「ゆ、結……?」
驚きからか、祐輔は懐かしい呼び方をしながら、抱きついてきた結華を受け止めた
「大尉……いえ、祐輔さん……私も、祐輔さんに付いていきます」
「だけど……」
結華の話を聞いて、祐輔は結華に視線を向けた
すると結華は、祐輔が何かを言う前に
「祐輔さんも、私の家での扱いは知っていると思います」
と言った
結華は、色素欠落によるアルビノが原因で、一人を除いて腫れ物扱いをされてきた
そんな中で生きてこれたのは、少し歳の離れた兄と、祐輔が居たからだ
彼女はその祐輔を支えたくて、近衛に入ったのだ
ならば、祐輔が居なくなる近衛に居る理由は無い
「……かなりの確率で、銃口を向けられたり、罵倒されるかもしれないんだよ?」
「構いません……私は、祐輔さんと共に居ます……」
祐輔の言葉に、結華は即座にそう答えた
それを聞いた祐輔は、首を傾げながら
「なんで、そこまで……」
と呟いた
それを聞いた結華は、心中で
(もう、傷付く祐輔さんを見たくないんです……)
と思った
昔、アルビノだからという理由で、結華は度々暴力を振るわれた
その暴力から、祐輔は幾度となく結華を助けた
だがその度に、祐輔も怪我をした
中には、一生残る怪我もあった
それによる恩義も、確かにある
だが、最たる理由は
「……祐輔さん……私は、貴方を愛しています」
結華の告白に、祐輔は目を見開いた
そんな祐輔を見て、結華は笑みを浮かべ
「意外でしたか?」
と問い掛けた
すると、祐輔は
「う、うん……確か、結華のお父さんは、婚約者を宛がうって……」
と言った
すると結華は
「あんな歳の離れた人と、婚姻なんて結びたくありません」
と断言した
「え、そんなに?」
「優に、30は過ぎてました」
祐輔の問い掛けに、結華は吐き捨てるようにそう言った
「それに、あんな欲深い者などお断りです」
更に結華は、思い出すようにそう言った
どうやら、よほど嫌いらしい
そして、祐輔に首筋に腕を回し
「私には、貴方しか居ません……」
と艶やかに、そう言った
そして、ジッと祐輔を見詰めて
「貴方の居場所こそ、私の居場所……私も、連れていってください」
と言った
それを聞いた祐輔は、優しく結華を抱き締めて
「……後悔しないでよ……僕達が進むのは、確実に修羅の道になるよ?」
と言った
それを聞いた結華は、ゆっくりと顔を近付けて
「絶対に、しません……」
と言って、唇を重ねたのだった