「手間をかけて、すまないな。ブリッジス少尉」
「気にすんな。アメリカ軍じゃ、友軍は決して見捨てるなって教育されてるからな……しかし、気が抜け過ぎだろうが、ここの基地の連中……ファストエイドキットがE規定に準じてないなんざ、ありえねぇだろ……」
謝罪する唯依に首を振ってからユウヤは、今しがた唯依の治療に使ったファストエイドキットに視線を向けた。それはボートに据え付けられていたファストエイドキットなのだが、国際規定で決められているE規定に準じていなかったのだ。E規定では、痛み止め用の注射が有るのだが、無いので添え木と包帯で挫いた唯依の足を固定する位しか治療出来なかった。
「神田少尉は、大丈夫だろうか……」
「あいつも、手練れだ……余程のことがないかぎり、大丈夫だろ」
簡易的だが、治療が終わると唯依はボートの確認に向かった尚人のことを心配した。多少風の勢いは弱まったようだが、まだ大分強い。
「しかし、国連軍の基地だというのに、ファストエイドキットがE規定に準じていないとは……」
「最後方だからな……だから、リゾート地だなんて揶揄されて、つま弾き者ばかりが配属されるんだ……まあ、後方という意味じゃあ、中尉からしたら、
「いや、ブリッジス少尉は……」
「慰めは要らないさ、中尉……中尉に比べれば俺は、実戦経験は無いからな」
唯依は否定しようとしたが、ユウヤは少し自虐気味に言葉を被せた。そして二人は、未だに意識が戻らないクリスカを見て
「しかし、ビャーチェノワ少尉は大丈夫だろうか……」
「さっき確認したが、外傷は無かった……原因不明だから、迂闊には動かせないな……」
と会話した。唯依の治療をした後、ユウヤはクリスカが負傷してないか確認のために軽く診察したのだ。しかし、負傷は無し。なぜ意識を失ったのか分からなかったので、もし何らかの病気だったら早く帰還したいところだが、今は嵐の真っ只中。迂闊に動く訳にはいかなかった。
「この島は恐らく、戦術機ならば本当にすぐの距離だろうが……」
「この嵐の中飛ぶのは、流石に自殺行為だ」
いくら戦術機とは言えども、嵐レベルの強風の中を飛べばバランスを崩して墜落するのは必至。今四人に出来るのは、嵐が収まるのを待つのみだった。
「ん……ここは……」
「む、起きたか、ビャーチェノワ少尉」
「大丈夫か?」
その時、クリスカが目覚めたようで、唯依とユウヤは声を掛けた。するとクリスカは、二人が居ることに気付いて
「篁中尉……ブリッジス少尉……ここは……」
と二人を見てから、周囲を見ながら首を傾げた。どうやら、何が起きたか把握しきれていないらしい。
「ここは、基地のある島から少し離れた島の洞窟だ」
「ビャーチェノワ少尉は、ボートを使ったレクリエーションの最中に体調を崩し、そこに運悪く嵐が来たから、今はここに避難しているのだ」
「なるほど……」
と二人がクリスカに説明した時、足音がして
「外の嵐、また強くなってきましたね……」
と尚人が入ってきた。
「神田少尉、ボートは……」
「それなんですが……流されたようです」
「なに!?」
「バカな!? 俺達は確かに、結んだはずだぞ!?」
尚人の報告に、唯依とユウヤの二人は驚いた。なにせ、現状ではボートしか移動する方法がなく、しかもボートにはレクリエーション時に位置を知るためのGPSが着いている。尚人はそれが起動しているかの確認も兼ねて、ボートの確認に行っていたのだ。しかし、ボートが無かったという。
「はい、それは僕も一緒にやっていたので、知っています。あの結び方は、簡単にはほどけない筈です……しかし、これを」
尚人が三人に見えるように置いたのは、縄の切れ端。
「両端の端が、何か切れたような痕跡です……もしかしたらですが……基地で誰かがイタズラ目的で切り込みを入れた物を、使ってしまったか……あるいは、鋭い何かが風で飛ばされてきて当たったのか……」
「最悪だ……」
尚人の報告に、ユウヤは思わずといった風体で、額に手を当てて天井を見上げた。緊急時用のビーコンが使えなかったので、頼みの綱はそのGPSだったのだが、ボートが流されたのでは意味がない。
「……こうなったら、暫くこの島に逗留するしかないか……焚き火用の薪を集めないと……」
「中尉は座ってろ……俺達が探してくる」
「そうですよ、篁中尉……篁中尉は足を挫いています。歩くには、不安があります。僕達に任せてください」
立ち上がろうとした唯依を制して、ユウヤと尚人は二人で洞窟から去っていった。今居る洞窟の奥の少し広い空間の中央辺りには焚き火があるのだが、その焚き火に使っている薪は、風で飛ばされたかで洞窟内に有った枯れ木を使っている。しかし、数が少ないので、どう考えても長期間は使えない。だから、薪を集める必要があるのだ。
「一難去ってまた一難……か」
唯依は、どうするべきか悩み始めたのだった。