「く……速い!?」
『上総! 上!!』
同僚たる和泉の警告を聞き、上総は360度リニアシートの天井を見上げた。その先に見えたのは、死神を彷彿させる黒い機体。
無機質なバイザー越しに、ツインアイが上総機を睨み付け、ビームライフルを構えた。
「つあっ!!」
その直後、上総は直感に従って機体をロールさせた。だが、コクピットがガタガタと大きく揺れて
『機体損傷。左腕、肩から喪失』
とオペレーターから、事実が述べられる。それを聞きながら、上総は必死に機体の制御を試みた。片腕を喪った為に、機体のバランスは崩れてしまっている。OSが全速で計算し、バランサーを調整。それのフィードバックを得て、何とか上総は機体の制御を取り戻した。だが
『自律砲台!!』
「くうっ!?」
30を超える小型の移動砲台が、上総機と和泉機を取り囲んでいた。気付けば、和泉機も片腕を喪失し、更には片足も無い。
何とか移動砲台の包囲から脱出しようとしたが、次の瞬間
「あっ!?」
目の前に光の刃が迫っていた。そして、数秒後
『グランド3、4、大破。機能停止。状況終了』
とオペレーターから、最後の言葉を聞いた。
そして、上総と和泉の二人はコクピットブロックを使ったシミュレーターから出た。
「お疲れ様ですわ」
「お疲れ様」
二人が外に出てヘルメットを外すと、セシリアとシャルロットの二人が飲み物が入ったボトルを差し出した。それを受け取り、上総と和泉は汗まみれの髪を鬱陶し気にかき揚げ
「ありがとうございます……」
「貰います……」
疲労困憊という風体で、二人はボトルを受け取った。
ふと見れば、先ほどの模擬戦相手の直哉は汗一つかかずにデータ検証をオペレーター。エレン・タチバナとしていた。
聞いた話では、スピリッツの隊員達の機体は全員の特性から選ばれた専用機であり、カスタム機。
先ほどの例で言うならば、直哉の機体。ガンダムデルタカイ・フレスベルグは直哉の特性に合わせて機動性を重視しつつ、遠近中、どの距離でも戦えるように改修されている。
つまり、データ検証することで上総と和泉の特性を把握し、専用機を用意するのだ。
実を言えば、祐輔と結華の機体の用意も始まっているという。
今上総、和泉、結華の三人が乗っているのは、スピリッツにある機体の中でも低い性能の機体だ。
それを知った当初は、衝撃を受けたのを覚えている。トルネードガンダムでも、現行のあらゆる戦術機を凌駕している。
火力、機動性、出力、装甲。それら全てが、戦術機を凌駕しており、しかも汎用性が高い。
そして何より驚いたのが、宇宙で行動出来るという点だ。実は先ほどのシミュレーター、宇宙を想定して行っていた。
地上での動きも、彼女達からしたら常識はずれな物だったが、宇宙では更に予想外な動きをしていた。
(しかも……彼らは明らかに、対人戦に慣れてる……というより、対人戦に特化してる……)
上総はそう思いながら、先ほどのシミュレーターの映像を見ていた。上総と和泉は
(……本当に、私の予想以上ですわね……)
スピリッツという組織全てが、上総の予想の悉くを上回ってきた。人材、設備、戦闘技量。
少数精鋭の部隊だからだろう、一人一人が多才な技術を習得している。
新人だという箒達も、MSの操縦だけでなく格闘や射撃、交渉と様々な技量を有している。
上総達も元近衛な為に、近接戦闘には多少の自信はある。だが、エルフリーデ・シュルツ、織斑一夏の二人の格闘戦技能は圧倒的なものだった。
和泉は日頃から時間が有れば、MSの操縦訓練としてシミュレーターを繰り返している。
それは上総も同じで、和泉と二人で連携訓練をしている。
「とりあえず、今日のデータ検証は終了です。お疲れ様でした」
エレンの通知を受けて、二人は一度シミュレータールームを退室。シャワールームに向かった。
シャワールームと言っても、シャワーだけでなく、中は温泉のような様相になっている。
まさか、艦内でお風呂に入れるとは思っていなかったが、やはり日本人としてお風呂は入りたかった。
岩風呂(に見える湯船)に浸かりながら、上総は念入りにマッサージをしている。隣では、和泉が疲れた様子で浸かっている。
そこに、エウクレイデスクルー達が次々と入ってくる。
「あら、お疲れ様。訓練上がりかしら?」
「はい、そうです。エターナさん」
上総達に声を掛けたのは、スピリッツで医療責任者に就いているエターナ・フレイルだ。神秘的な美人で、初対面時の第一印象は女神と思った程だ。
「訓練相手は?」
「神埼隊長です……あの人凄い反応速度で、中々照準が出来ません……」
「ああ……あやつは、LV4のNTだからな……反応速度は、エリスと同等……反応速度ならば、スピリッツでも三位になるな」
和泉の呟きを聞いて、エルフリーデが半ば同意するように教えた。そして上総と和泉は、NTという初めて聞く単語に首を傾げた。
「NT……?」
「ああ、説明されてなかったんですね……では、簡易的ながら」
二人に教え始めたのは、エウクレイデスのMS隊の取り纏め役。スピリッツ第二MS隊隊長のニキ・テイラーだ。そして二人は、人類の宇宙への適応者の存在を知った。NT、イノベイター、Xラウンダー。呼び方は様々だが、反応速度は普通の人間を超えるという。
しかも、その適応者の中にもLVがあるそうだ。
スピリッツのMS隊総隊長のマークはNTのLV5。直哉やエリス・クロードがNTのLV4という具合だ。
「宇宙への適応者……」
「そんな人達が居るんですね……」
ニキの話を聞き、二人は興味深いという様子で頷いた。にわかには信じがたい話だが、その話を聞いてむしろしっくり来た部分もある。
すると、エターナが
「だけどね……だからといって、彼らを化け物として見ないでほしいの……確かに、少し特殊な能力を持ってる……けど、彼らも普通の人間なの……それを、忘れないでね……」
と語った。エターナのその言葉から複雑な感情を感じ取り、二人は頷いた。
シャワールームから出た二人は、着替えてから自分たちの部隊の隊長になった祐輔の部屋に向かった。
その部屋には、祐輔の他に結華も居た。そして上総と和泉の二人は、宇宙に適応した存在の事を話し、最後にエターナが告げた言葉を言った。
すると、それを聞いた祐輔が
「……多分ですが、その宇宙適応者を化け物と蔑み、更に人権を無視して兵器として使おうとした輩が居たのでしょう……例えば、あの自律砲台を使う為だけに……とかでしょう」
と呟くように言った。それを聞き、思わず納得した。確かにあの
そこまで考えた上総と和泉は、それが自分だったらと考えて、震えた。
「それに、僕達も今やスピリッツの隊員……つまりは、家族同然です。その家族を、人間扱いしないでどうするんですか」
「その通りですね……」
「ありがとうございますわ、隊長」
祐輔の言葉を聞き、上総と和泉は敬礼した。
こうして、一段と結束したスピリッツだった。