秘密の日記7
「ヴェ、ヴェンデリンよ、参ったぞ……」
「やあテレーゼ、いつものようにして」
「ど、どうしても今夜もやれと?」
「望んで俺の女になったのに、今さら何を恥ずかしがってるのさ? もう何度もしているくせに」
「そ、それはヴェンデリンが無理やりに……せめて明かりを消してくれぬか……」
「俺は強制してないぞ。テレーゼが見せたがってるんだろう。それに暗くしたら一番見たいのが見えないじゃないか」
「うう、もう
「そういうことだ。さあ、ネグリジェを脱いで――うん、言いつけ通り下着は着てないね、結構だ。ベッドで四つん這いになって、尻を突き出して両足を広げるんだ。ほうら、お尻の褐色の肉のなかで、そこだけ赤く色づいた花びらが、ひくひく動きながら男を欲しがって蜜を滴らせているよ」
「ああ、ヴェンデリン、妾は貴族の名に値しない淫らで下品な女なのじゃ……」
「口は嫌がっても体は正直だな。次に指で自分で慰めて。そう、もっとよく見えるように」
「そ、そなたにこんな辱めを受けながら悦んでおるとは、妾は何と恥知らずな女なのじゃ、厳しく罰してくれ……」
「罰してほしいんだな。なら」
「う、ヴェンデリン、い、痛いのはいやじゃ――」
「痛くしてほしいんでしょう。悪い子はお尻をね」
「あぅ、痛い、打たないでくれ、い、いや、もっと……」
◇
冷涼で寒さの厳しいアーカート神聖帝国北方のフィリップ公爵領から、ほとんど常夏のヘルムート王国南端にあるバウマイスター伯爵領へ移ってずいぶんたつ。暑い太陽に照らされた濃い緑の森を眺めておると、途方もない運命の変転をしみじみ感じるの。
去る者は日日に疎しと申すが、今頃わが故郷ではテレーゼ・ジークリット・フォン・フィリップの名は忘れられておるやもしれぬな。いや、女の身で帝位を狙った末にペーターとの政争に敗れ、一切を失って外国貴族に下げ渡された愚か者として語り継がれておるか。
将来ニュルンベルク公爵、いや、マックスの起こした内乱について歴史家がどう書こうと異議は唱えられぬが、せめてひとつくらい真実を記してほしいものよ。妾は帝国を去った後、バウマイスター伯爵の愛人として過ごした後半生に満足していたと。死に際のマックスに語った通り、自由に生きられたのじゃから。
バウマイスター伯爵家領主館近くにある小さな屋敷の居間。妾とヴェンデリンだけの穏やかな時間が流れる夜。お茶を飲みながら、自然と二人が知り合ってからの思い出話に移っていった。
「のう、ヴェンデリンよ。こうやって静かに暮らしておると、内乱の頃が夢ではないかと思えてくるのじゃ。今の生活こそ妾にあっていたのだと痛感させられるの」
「フィリップ公爵として権力者の地位に戻りたくはないのか?」
「書類仕事にも気張って取り組んでおったが、何もしないでいいのがこれほど気楽とは思わなんだ。その面倒を引き受けてくれたペーターやアルフォンスに感謝したいほどじゃ」
「そうだな。あの頃のテレーゼはウザいだけの女だったけど、今は別人のようだ。人は背負うものが多いほど面倒くさくなるってのは本当だな」
「言わんでくれ、妾も反省しておるのじゃから……」
先々帝ウィルヘルム十四世陛下にヘルムート王国からの親善訪問団接待役を命じられたのが、すべての始まりであった。そこで初めて、帝国でも名を知られた優秀な魔法使いであるヴェンデリンの参加を知ったのだが――。
「正直その時は興味を持てなかったのじゃ。露骨に妾の婿の座を狙ってすり寄ってくるピーチュ四兄弟にうんざりしておったので、連中と似た自信過剰の愚か者ではと疑っていたからの」
「まあ、あいつらは下衆の極みだったしな」
「しかも、事前に知らされた経歴によれば、王国でも最辺境の地で貴族とは名ばかりの家の八男だとか。スラムの住人に身を落としてもおかしくなかったが、異常な魔法の才によって竜退治や古代魔法文明の遺跡発掘など功績を重ね、ついには自分を害そうとした長兄を逆撃して本家を相続し、伯爵にまで成り上がったと申すではないか。幼少時から軍に囲われて甘やかされてきた四兄弟とは反対に、実力だけで地位と権力を獲得したわけじゃ。己の力に驕った傲慢な男であってもおかしくないからの」
「はっきり言うところは大貴族らしさが残っているけど、そう見えても無理はないか。実際、ド辺境の貧乏騎士爵家が成り上がって伯爵など片腹痛いって態度をとられたことも何度かあったし」
「じゃがの、妾も十年間フィリップ公爵であったから、初対面でそのような男ではないとわかったぞ。いくら実力こそすべての世界にいたとはいえ、名実とも大貴族になりながら男女平等が当然と申したではないか。妾も公爵でありながら女だからと下に見られたり、面と向かって生意気だと言われた経験は数え切れなかったからの」
腹違いの兄たちも、爵位を継いだばかりの妾を「十歳の小娘だから自分たちの思う通りに動くだろう」と甘く考えておった。その油断を突いてウィルヘルム陛下の後援を取り付け、主導権争いに勝利して抑え込んでやった。十代初めでドロドロした権力闘争を経験していた妾からすれば、貴族でありながら権力に無関心というのが信じられず、ヴェンデリンへの興味が増した。
「兄たちに妨害されて二十歳になっても婚約者すら決まっておらなんだので、このままでは下衆な四兄弟の誰かとの婚姻を強制されるのではと危機感を抱いておったから、お主のような“普通の男”なら夫にふさわしいのではと考えたのじゃ」
「だけど、あれほどちょっかいをかけてきたのはなぜだい? おかげでエリーゼたちに責め立てられて参ったけどな」
「ま、まあ最初はイタズラ半分であったのは否定はせん。公爵らしからぬ格好で寝室にもぐり込んだり、五人もいる奥方の前で公然と誘惑するのが面白かったのじゃ。周囲に傅かれて望みはすべてかなうのが当然の暮らしが長かったので、お主や奥方たちをからかって怒らせるのも楽しくての」
「そういえば以前の訪問団に加わっていた導師に頼んで、一緒に宿舎を抜け出して遊び回っていたとか」
「……十年前を思い出してワクワクしておったのは認める。妾の遊びに付き合わされて迷惑であったろうが、当時はそんなことにも気付けぬ子供だったのじゃ」
しかし、幸福な時間は必ず終わるものよ。マックスの起こした内乱に対抗した北部諸侯軍の盟主に祭り上げられ、ヴェンデリンたちの助力もあって帝都を奪還したと思ったら生きていた新皇帝に遠ざけられ、内乱にかまけているうちに勢力を強めていた兄たちに次期皇帝候補へ担ぎ上げられてしもうた。あげくペーターの粛清に遭って爵位を失い、反乱鎮圧後は捨て扶持を与えられてヘルムート王国へ事実上の国外追放となったのじゃ。
「帝国の貴族どもからすれば、妾など権力の頂点に手が届く直前に蹴落とされた負け犬であろうよ。だが、あの内乱で政治の恐ろしさ、残酷さを学んだのじゃ。ペーターのように政敵を無慈悲に抹殺できる度胸なぞないと思い知ったからこそ、ヴェンデリンの戦利品になる方がマシだと思うての」
「だけどテレーゼの政治的な立場上、俺は正式な側室として迎えることもできない。王国がテレーゼの子を押し立てて帝国への介入を狙うのではなどと、ペーターや帝国政府の猜疑心をかき立てるわけにはいかないからな。先日うちに来たホーエンハイム枢機卿も、テレーゼが自分の子を俺の後継ぎにしようと画策するのではと警戒していただろう。元フィリップ公爵が単なる愛人の立場に満足しているのかと疑っているぞ」
「承知しておるよ。兄たちやマックスの最後を見届けた今となっては権力なぞ望まん。アマーリエと同じ扱いで、ヴェンデリンの後宮に加えてもらえればよい。もし子が生まれたら庶子扱いでかまわぬから、バウマイスター伯爵家の家臣にでもしてくれ。政治に関わらぬと決めたからこそ、妾はここにおるのじゃから」
「そうか……」
◇
それから一時間後。
「あぁっ、は、ヴェン、デリン、気持ちが、よいぞ……」
「ああ、温かいよ、テレーゼの
宙に浮いたような快楽のただ中で、妾は初めての時間を迎えていた。ヴェンデリンは最初から濃厚な大人のキスを浴びせてきた。痺れたようになった妾をベッドに横たえ、唇を奪いながら服を脱がせていく。抵抗もできず全裸にされてしまった妾は、文字通り体中を愛撫され、舐められ、揉みしだかれ続けた。
「テレーゼは乳首だけぷっくりしていやらしいね。ここだけ処女じゃないみたいだ」
「そ、そのような
「いや、ここは確かに処女だな。きれいなピンク色に輝いている」
「あ、ひぃ、わ、妾はこんなのは知らぬ、あ、そんなに、激しく舌を使わんでくれ、はうぅーっ……」
いったいどれほどの間、思うがままに弄ばれて声を上げていたのかわからぬ。実際には短かったかもしれぬが、男に愛された経験のない妾には永遠のようじゃった。喉がかわいて声も出なくなったところへ、口移しで飲ませてくれた水の何と甘露であったことか。さすがエリーゼやアマーリエをはじめ七人の女を相手に、日々鍛えておるだけはあるの。
「あ、はぅ、う、んあ……」
両足を大きく開かれ、女の一番敏感な部分を責められてあえいでいるうちに、妾は処女に別れを告げておった。快感のあまり髪を振り乱し、妾に押し入ってきた熱く硬い男をもっと欲しくて必死に腰を振っているのに気付いた時は、自分が自分でないようであった。どのくらい長くつながっていたのか、まるでわからぬ。
「あ、あぅ、もっと、激しくやってくれ、ヴェンデリン、頭が、真っ白になりそうじゃ……」
「テレーゼ、もうイクのを覚えたの? 初体験でここまでなんて才能があるね」
「イ、イクとは、この気持ちよさのことなのか、ならば妾はイキたい、何度でも、いつまでも……」
「そんなに俺が欲しいか?」
「ほ、欲しい、頼む、妾にはもう、お主しかおらんのじゃ、はうぅーっ……」
生まれて初めて味わう、男と女がひとつになって溶け合った瞬間の妾は、心からヴェンデリンと結ばれた幸福を嚙みしめておった――よもや、その晩にあのような目に遭うとは思いもしなかったのだから。ようやく呼吸も落ち着いた妾は、ヴェンデリンに抱きしめられて夢見心地であった。
「妾より年下のはずなのに、ベッドの中ではお主が年長に思えてしまうの。どうも頼りないところがありながら、実は女を思うたように操る才能は抜群なのではないか?」
「そんな才能があったら、もっとエリーゼたちに言うことを聞かせているさ。テレーゼに誘惑されていた頃は、毎晩のように
「さ、さっきも申した通りヴェンデリンをいじめたかったのではないぞ。ちょっと面白かっただけじゃ」
「そうだな。アルフォンスの話だと、テレーゼはいじめられる方が好みらしいし」
ん、何やら聞き捨てならんセリフが聞こえたぞ。
「ア、アルフォンスめが何を申したのじゃ?」
「帝都奪還後にアーカート十七世から追い払われてサーカットに滞在してきた時、彼が訪ねて来たんだ。その時、テレーゼは俺に無理に迫って奥さんたちから手酷く妨害されるのを実は楽しんでいると言ってたな。領地では独裁者である公爵としての自分に疑問を抱いていて、バランスを取るためにあんな真似をしているのだと」
く、アルフォンスめ、意外と妾を注意深く観察しておったようじゃの。
「ま、まあ半分は合っとるの。ヴェンデリンをからかうのが面白くて、エリーゼに拒絶されるのが新鮮だったのじゃ。ストレスもたまっておったから気分転換のつもりであったの」
「それで思ったんだけど、もしかしてテレーゼはマゾじゃないかとね」
ぬ、い、今とてつもなく不穏な単語が耳に入ってきたような。
「ま、まぞとは何じゃ?」
「人にいじめられたり痛めつけられるのを喜ぶ被虐趣味というか性癖の持ち主のことさ」
「ば、馬鹿を申すな、妾はまぞなどではないぞ、断じて!」
「そうかな? 昔、変な貴族がいたんだ。テレーゼと同じく若くして当主となり、領主としては優秀なのに苦労が多くてストレス解消のため若い女に罵られるのを好んだ人が」
「そ、そやつは単なる変態であろうが! 妾は正常じゃぞ!」
「本当かな?」
妾の乳首をいじりながら、ヴェンデリンが唇の端をゆがませる。まずい、こやつ何かたくらんでおるな。思わず這って逃げようとしたが、肩を押さえつけられて組み敷かれたところへ上から伸しかかってきおった。
「は、離せヴェンデリン、何をするつもりじゃ?」
「何って、子供の頃に言われなかったかい? イタズラしたり悪いことをしたら、お尻をぶたれるって。公爵様はそんな経験がないか」
そう言いながら、ヴェンデリンが背後から妾に押し入ってくる。今度は最初のように知らぬ間にではなく、一気に貫かれて息が詰まるかと思うたほどじゃ。
「う、あ、はぁーっ……」
馬や犬と同じ姿で犯されておるのかと思うと体が熱くなる。しかもヴェンデリンは元気いっぱいで、妾の中で熱く大きな男を意志を持っておるように暴れてきた。さっき果てたばかりなのに、これが精力回復魔法なのか。こんなものを続けざまにやられては、どんな女でも陥落してしまうであろう。このままでは妾もじゃが、かといって逃げられん。体が欲しがっておるのだから。
「ず、ずるいぞヴェンデリン、こんなやり方で、女を
「テレーゼの体が俺をねだっているんだろう、違うか?」
そ、その通りじゃ、ヴェンデリンを求める欲望と、危険だと叫ぶ理性が妾の中で必死に戦っておる。もし堕ちたら、身も心もこやつの奴隷となってしまうと一方が叫べば、片方はそれでかまわないだろうと囁く。どちらが天使か悪魔かわからぬ。はっきりしておるのは、ヴェンデリンが与えてくれている強烈な快感が妾の身を支配していることだけじゃ。
「あ、あぅ、き、気持ちいいのじゃ、ま、まだ二度目と言うに、なぜ妾は男に溺れてしまうのじゃ……」
「テレーゼがセックス大好きだからだろう。他に理由はないさ」
振り向いてみると、妾を容赦なく犬のように押さえつけて自分の男を押しつけてくるヴェンデリンが、ドヤ顔で見下ろしているではないか。妾の尻が自分の意志と関係なく動いておる。もっと快感を求めて、自分から尻を振っておったのか。ルイーゼの言っておった“せっくす”とは、まさに麻薬よの。ついに、妾は耐え切れなくなった。
「そ、そうじゃ、妾はせっくすが大好きな女なのじゃ……」
「さあテレーゼ、もっと気持ちよくさせてやるよ」
「ど、どうしようと言うのじゃ?」
ぼんやりした頭で反射的に問うた刹那、右の尻に強烈な痛みが走って思わずのけぞった。
「ヴェ、ヴェンデリン、な、なぜ妾の尻を打つのじゃ……」
「気持ちいいだろ?」
「ば、馬鹿を申すでない、打たれて気持ちよいはずがないであろうが!」
「果たしてそうかな」
今度は左の尻を打ってくる。次は右と交互に。妾は悲鳴を上げて抗ったが、男の力から逃れられるわけもない。元フィリップ公爵の誇りも忘れて、妾は泣きながらヴェンデリンに哀願した。
「い、痛いのじゃ、頼む、許して、やめてくれ……」
「本当にやめてほしい? 気持ちよくなってないの?」
「そんなことが……」
あるわけないと言いかけて、妾は絶句した。打たれるたびに妾の中でわがもの顔のヴェンデリンが大きくうごめき、強烈な快感となってうねる。痛みと悦びがない交ぜになった不思議な感覚にとらわれてしもうた。な、何なのじゃ、これは?
「お、おかしい、どうして、妾の体が?」
「叩くたびに、テレーゼの膣がキュッと吸いついてくるぞ。口では嫌がってるけど、体は打たれたがっているな」
「そ、そんなはずが……」
いや、間違いない。繰り返し打たれて苦しんでおるうちに、体の奥底から強烈な疼きがわき上がってきおった。い、一体何なのじゃ、この疼きは、信じられない早さで妾の心を侵蝕してくる。だ、だめじゃ、耐えられぬ。
「あ、あぅ、ヴェンデリン、もっと打ってくれ……」
「叩いてほしいんだな、テレーゼ?」
「そ、そうじゃ、打ってほしいのじゃ、頼む……」
返事代わりに左右の尻を同時に打たれ、妾はシーツをつかんで痺れるような快感にのけぞった。
「う、ああ、痛い、気持ちよい、ひぃ、もっと打ってくれ、叩いて……」
「やっぱり、テレーゼはマゾだったようだな」
「そ、そうじゃ、妾はまぞなのじゃ、認める、この哀れなまぞを、罰してくれ、お願いなのじゃ……」
ヴェンデリンは妾の頭をひねらせて強引に口づけをしてきた。その間も絶え間なく腰を打ちつけられ、きつく乳房を揉まれる不自然な恰好に呼吸が苦しくなる。なのに、ようやく解放された唇からは「ああ、いい気持ちなのじゃ」というつぶやきが洩れた。
シーツに突っ伏してしまった妾は、それからも尻を打たれるたびに嬌声を上げ、いっそう激しく尻をのたうたせた。尻を打たれるのを求め、男を求め続けることしか頭にはなくなっておった。
「あ、あ、イキそうなのじゃ、気持ちよいぞ」
「さあテレーゼ、一緒にイってあげるよ」
「あ、や、やめ、あぁイク、もうダメなのじゃ……」
後ろから抱きしめられた格好で頂点に達したのと同時に男の精が爆発し、強烈な快感に満たされてベッドに倒れ込んだ妾は何も考えられなかった。裸のままビクビクと痙攣する姿は、港に水揚げされた魚のようであったろうな。ほんの少し前まで処女であったのが信じられぬほど、妾は完全に男に溺れてしまった自分を自覚した。
「ヴェンデリン、感謝するぞ……」
「何をだい?」
「お主に巡り合い、お主に抱かれて、妾も知らなかった妾の本性を暴いたことに……妾に女の歓びとは何かを教えてくれたことに……妾は公爵でも皇帝でもなく、ただ男に抱かれて愛されるのを求める平凡な女じゃったと気付かせてくれたことにの」
「……それは逆だ、テレーゼ」
ヴェンデリンは枕元の水差しで手拭いを絞ると、氷魔法で軽く冷やして妾の尻に載せた。男と女が交わった直後であるのに、ヴェンデリンの眼差しには情事の余韻はない。内乱中も見たことがない真剣なものに変じておる。
「むしろ俺は、テレーゼに謝らなくてはならない」
「妾に謝りたいと?」
「こんな場所で話すことではないとは思うけど――俺は伯爵様にも領主にもなりたくなかった。エルや気の合う仲間と一緒に気ままな冒険者として生きていければよかったが、強い魔法の力を持ったおかげで国や貴族やらと面倒な
「マックスのようにじゃと?」
「死に際に言ってたけど、あいつは貴族になりたくなくて、自分の望まない領主や将軍への道を進むよう期待されるのが嫌だった。どれだけ優秀で有能であっても。だから与えられた地位と能力を使って、全大陸を支配するなどという途方もない野望に挑んだ。ペーターに言わせれば無意識下の破滅願望らしいけど。結果、無様に敗北したにせよ、やりたいことをやりたいようにやって満足して死んでいった奴がひどくうらやましかった。師匠を殺させたあいつを絶対許さないと誓ったはずなのに」
「だが俺は、あいつみたいな野望を抱くほどプライドが高くもなければ真面目でもない。嫌だと思いつつ現実と折り合いをつけて、バウマイスター伯爵様をやっている。俺を領地開発に追い立てるローデリヒは、国策として未開地開拓を推進する陛下や政府の代理人みたいなものさ。時折すべてを投げ出して逃げたくなる……もっとも、逃げる場所なんてどこにもないけどな」
こやつ本当に何もわかっておらなかったのか。ここまで人の心がわからぬとは……。
「柵を拒絶できない俺は、ニュルンベルク公爵に比べれば情けない男だよ。だから、女を抱いている時しか自分に正直でいられない。エリーゼや他のみんなも決して嫌いじゃないけど、どうしてもやりきれなくなってしまう。内乱に遭遇するまでは、毎晩狂ったように女を抱かずにはいられなかった。テレーゼの誘惑に屈しそうになったのも、俺の色狂いのせいで王国と帝国の間に外交問題が起こったら面白い程度にしか考えてなかったのかもな。現に今夜までテレーゼを抱かなかったのも、周囲の政治的な思惑を気にしていたからだ。俺自身が柵を当然と受け止めていたのに気付いて愕然としてしまい、テレーゼをいじめたくなってしまった」
「じゃから妾に謝りたいと……」
「こんなつまらない男だったのかと呆れたのなら、今さらだが好きなところへ移り住んでもいい。生活に不自由しないだけの金は出す。だから……」
「阿呆か、お主は!」
妾は思い切りヴェンデリンを張り飛ばしていた。さんざん妾の尻を打ってきた男が、今度は頬を押さえて呆然とする姿は情けないというより滑稽じゃな。にしても、ここまで自分のことをわかっておらなんだとは呆れるの。
「一歩間違えればマックスと同じであったじゃと? それこそマックスに対する侮辱じゃ! あやつはお主など足元にも及ばぬ、貴族の中の貴族であった。青い血とは、あやつのためにあるような言葉じゃぞ。お主がマックスに近いなどと、増上慢もいいところであろうが」
「いや、それはわかってるけど……」
「まるでわかっておらぬ! 自分がどれだけ恵まれておるかを」
「俺が、恵まれている?」
「千二百年に及ぶニュルンベルク公爵家の歴史がどれだけ重かったか、お主には想像もできまい。千二百年分の柵にがんじがらめになっておったマックスは反逆に走り、すべてを断ち切ろうとした。それに比べれば、初代の貴族でしかないお主の柵なんぞ吹けば飛ぶようなものよ。そんなものは自分が粉砕してやる、逆に利用してやるとなぜ思わぬ?」
ヴェンデリンは沈黙したままじゃが、いつもの軽さはなかった。どうやらマックスと自分の抱えていた重さの違いは理解できたか。
「それに何より、マックスとお主には貴族らしさとは別に決定的な違いがある。わかるか?」
「い、いや……」
「マックスは乱世の男であったが、お主は平時の人なのじゃ」
「乱世と平時――」
「あやつは自分の起こした戦乱での犠牲者なぞ考えもしなかったと、死ぬ直前までうそぶいておったろうが。虐殺者であっても勝てば英雄として賞賛され、負けても望んでいなかった人生が終わるだけと。乱世であればこそ、このような人物は輝く。生まれる時代を間違えた革命家であったがゆえに、平地に乱を起こすのは必然じゃった」
「かもしれないな……」
「お主はどうじゃ? 乱を起こすどころか面倒から逃げ回り、師匠を討ったことで半狂乱になり、周囲の圧力や柵にも愚痴を洩らすだけで結局は従う。こんな者は間違っても乱世では生きられん。ならば平時の状況でどれだけ自分を生きやすくするか、また周囲をどこまで幸せにできるかを考えよ! お主はそれを可能にする魔法の力を持っておるではないか。自分の意志で自分のできることを自分のやれる範囲ですればよかろうて」
「自分のやれる範囲で、か」
「人は結局それしかできん。マックスは破壊を求めて失敗したが、お主は建設の力があるからな。ならば、その力で自分の生きやすい世をつくれ。妾もお主の足らぬところを補ってやるからの」
ヴェンデリンは頭を振って笑った。ずっと苦虫を嚙み潰したような表情であったが、どうやら割り切れたか。
「確かに俺は前提を間違えていたな。何だか霧が晴れた気分だ。不満をため込むより解消する方法を考えろとは、さすが元フィリップ公爵だな。俺みたいな家臣にお任せ領主と違って、真面目に政治に取り組んでいただけはある」
「ふん、少しは感謝せい」
「にしても、さっきまで俺の下でマゾになって
「は? さどとはどういう意味じゃ?」
「マゾの反対の、人をいじめて喜ぶ加虐趣味の持ち主のことさ」
「何じゃと? さっきはまぞで今度はさどとは、ずいぶん勝手じゃの。まあ良い、妾に感謝してくれるのなら、頼みがある」
「俺にできることなら」
「そうか、では……も、もう一度愛してほしいのじゃ。お主の逞しいもので妾を思い切り」
「え? おい、シリアスな話からいきなりそっちかよ?」
人が呆気にとられると、こういう顔になるのか。おそらく内乱で先帝陛下の生存を知った妾も同じであったであろうな。
「ほ、本気でなくてはこんなことは頼めん。お主の女として生きていくのなら、可能な限り楽しんで快楽を求めたいのじゃ。おまけに今はお互い裸であるし、申し分ないであろうが。どうじゃ、妾は見事に自分の主張を実践しておるぞ」
「胸を張って言うことかよ。まあ、その胸は魅力的だけど」
ヴェンデリンが妾の乳首をつまんでくすぐると、また乳房から快感が広がってくる。く、こやつにあってマックスにないのは、女を落とす才能じゃな。ん、唇の端を上げおった。また碌でもないことをたくらんでおるのか。
「自分はマゾだと認めていたよな。なら、また尻を叩いてやろうか」
「い、いや勘弁してくれ、冷やしてくれたが、まだ痛くて熱いのじゃ……」
「じゃあ痛くないやり方で」
「な、何をせよと?」
「後ろ向きになって、お尻を突き出すんだ。そう、そのまま足を開いて、恥ずかしいところをさらけ出して」
「あ、あう、どうするつもりなのじゃ?」
「手を持ってきて、そのまま自分を慰めるんだ」
「そ、そのような辱めを妾に……あ、あ、どうしたのじゃ、う、このようなのを妾は知らぬぞ、ひ、ひぃ、き、気持ちよいのじゃ、う、嘘じゃ、なぜこんな」
「元フィリップ公爵が、最下層の売春婦もしないマネをしてるぞ。もうテレーゼは元には戻れないんだ」
「そ、そうじゃ妾は堕ちてしもうた、どうしようもないほどに……た、頼むヴェンデリン、この哀れな商売女を抱いてくれ、もうお主の慈悲にすがるしかない妾を……」
「さっき俺にビンタして説教をかましたテレーゼが、今度は俺にセックスを懇願するなんて嘘みたいだな」
「そ、そうじゃ、妾はもう男なしでは生きていけん体になってしもうたのじゃ、好きなようにしてくれ……」
再び押し入ってくるヴェンデリンに、妾は嬌声を上げながらすがりついていった。
◇
こうして妾は正式に、ヴェンデリンの非公式の愛人として認められた。やがて本館で一緒に住むようになり、あやつの寝室で“せっくす”するようになったが、鏡部屋の仕掛けには呆れたの。あんなものを考えるとは、あやつこそ変態ではないか。「女と楽しむための努力は怠ってないだろ?」とうそぶく向う脛を蹴り飛ばしてやりたくなったぞ。ま、まあ妾の褐色の肉体とヴェンデリンの白い体が重なって絡みあい、蛇のようにとぐろを巻くのを見ながら抱かれておると、現世から遠い世界に来たようで興奮してしまったがの。
何より驚いたのは、これまでまったく発現しなかった魔法が使えるようになったことであったか。抱いた女を魔法使いにしてしまう力を持っておったとは、道理で妻たちが全員魔法使いのはずじゃ。以前は伯爵家の権力と利権で魔法使いをかき集めたのかと思っていたが、想像を絶する事実よの。生まれた子供も魔法使いになるのか? マックスが使っておった魔族の学者にも理由はわからぬらしいし、つくづく常識外れな男よ。
しかし、あやつの女を操る才能は認めなくてはならぬ。抱かれるたびに、妾は自分がまぞであることを確かめてしまう。尻を打たれて喜ぶだけでなく、あやつの前で自分を慰める姿を見せるのが習慣となってしもうた。もう妾はヴェンデリンとその“せっくす”から離れられぬ。今の妾にとっては、これこそが幸福なのだから。まあ、こんな秘め事を歴史家が知る機会は永遠になかろうがな。