秘密の日記8
「は、はう、エルさん、何だか体の奥から熱いものが、こ、こみ上げてくるような……」
「そ、そうですかハルカさん、よ、よかった(汗」
「だ、だけど、少し休ませていただけませんか、さすがに疲れて……」
「な、何をいってるんですか、ま、まだこれからですよ、ハ、ハルカさんが愛しくてたまらないんだから(汗」
「け、けれど、もうずっと続けていて、その、エルさんもお疲れでは……」
「はは、そ、そんなことはありませんよ、俺はまだまだ元気いっぱいですから(汗」
「あ、そんなに強く胸を……」
「ハルカさんこそ、も、もっと欲しいと思っているんでしょう、さ、さっきから俺は吸い込まれているんだから(汗」
「う、あん、け、結婚て、理性をなくしてしまうものだったんですね、わ、私もミズホの武士として育てられてきましたが、こんな有様では失格ですわ……」
「そ、そうですよ、い、今は俺の奥さんとしてだけ考えていてください、お、お願いします」
(くそ、ヴェル、い、いつまでも終わらないなんて効き過ぎだぞ、こ、腰の感覚がなくなってきた、た、助けてくれ~!)
◇
俺はエルヴィン・フォン・アルニム。ヘルムート王国きっての有名貴族であるバウマイスター伯爵の護衛責任者として、周囲からは家宰のローデリヒさんともども筆頭家臣とみなされている。
伯爵家の家中では最年少だが、主人であるヴェルことヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスター伯爵様とはブライヒブルクの冒険者予備校で最初に友人になって以来の関係があるからな。実家から逃げて遠く離れたブライヒブルクの冒険者予備校までやってきた俺にすれば、思いがけない当たりくじを引き当てたわけだ。
あいつと一緒に古代魔法文明の発掘に携わったおかげで大金持ちになれたし、早速たかってこようとした父や兄たちも撃退できた。そのヴェルが親善訪問団の一員として訪れたアーカート神聖帝国では内乱に巻き込まれて死にそうな目にも遭ったが、そこで俺は嫁をゲットできたのだ!
帝国内で半独立国的な自治領であるミズホ伯国で抜刀隊に所属する美少女剣士、ハルカ・フジバヤシ。一目見た瞬間、俺は恋に落ちてしまった。抜けるような白い肌にくっきりとした瞳。何となくカルラさんを連想させる美貌(あとで彼女との失恋がバレた時は徹底的に問い詰められたが)。ポニーテールにまとめた腰まである長い黒髪(これもカルラさんそっくり)。ルイーゼに言わせればバインバインのスタイル(特に胸はカタリーナ並みだ)。ミズホの民族衣装であるキモノとハカマ(ヴェルが教えてくれたが、なぜ初めて見たはずの外国の服まで知ってるんだ?)姿がピッタリ似合っている。
しかも彼女は刀で俺は剣使いだが、刀剣についても話は合った。唯一の問題は、信じられないほど強烈なシスコンだった兄のタケオミさんだったが、これもヴェルのおかげで解決できた……が、信じられないことに、ハルカさんは俺の気持ちに全く気付いておらず、俺の剣術指南役になるとばかり思い込んでいたのだ。
そんなこんなで苦労の末、ようやく正式婚約までこぎ着けて万々歳だが、俺がカルラさんに手ひどい失恋を味わった現場を見ていたカタリーナやルイーゼ、導師様やブランタークさんは今回も失敗すると思っていたらしく信じられないといった表情だったが。
「エルさんが婚約だなんて、太陽が西から昇るのではありませんか」
「蓼食う虫も好き好きってやつなのかな」
「むむ、天の声にも変な声があるのである!」
「エルの坊主がナンパに成功する日を生きて見られるとはな」
……いくらカルラさんとの件で多少は耐性がついたとはいえ、俺も地味に傷ついてるんですけど。
ようやく王国に戻ってからも、ハルカさんはバウマイスター伯爵領での生活に慣れるため俺と一緒に来ていた。すっかりラブラブになった俺たちは毎日を楽しく過ごしていたのだが……。
当然ながらサムライの娘であるハルカさんには、手を出したり同棲するわけにはいかない。キスの一つくらいと思うのだが、手をつなぐ以上はできなかった。ミズホではそのあたりの教育が厳しいようだ。
おまけにタケオミさんは「エルヴィン、ハルカに手を出したらどうなるかわかっているな」と据わった目つきで釘を刺してくるし。正直、あの人は刀の技よりもシスコンぶりの方が怖い。ハルカさんに迫ろうと思っても、将来の義兄の顔を思い浮かべるとげっそりしてしまうんだから。
結婚準備のためハルカさんがミズホへ一時帰郷していた間、俺は冒険者予備校の臨時講師に就任したヴェルの護衛として王都に来ていた。
いつもなら講義の後に食事や買い物をしてすぐバウルブルクへ戻るのだが、その日は王宮でルックナー財務卿やブライヒレーダー辺境伯様とのトンネル利用についての話し合いが長引いたため、疲れたヴェルは王都の屋敷に泊まった。
同行のアマーリエさんと寝室へ消えるヴェルを見送ると、溜息をついて自室へ引きあげる。
「あーあ、俺も女が欲しいよな」
以前、ブランタークさんに綺麗な女の人がいるお店に連れて行ってくれと頼んでいたのだが、酔っ払ったエリーゼにみんなの前で暴露されてからはやりにくくなってしまった。おかげでヴェルが毎晩違う女とお盛んな夜を過ごしているのを横目に、俺は淋しき童貞なんだ。
「このまま結婚まで女を知らずにいるのかよ」とつぶやいていると、携帯魔導通信機が鳴った。
「ようエルの坊主、起きてるか?」
「ブランタークさん、こんな夜にどうしたんです?」
「いい機会だから、以前頼まれていた話を実現してやろうと思ってな」
「え、それってまさか……」
「そのまさかさ。今から屋敷の裏口へ来い。ああ、伯爵家の人間だってわかるものは身に着けてくるなよ」
「は、はい!」
天にも昇る心地だが、誰かに知れたら困る。さりげなく台所へ食い物を探しにいくふりをして裏口へ出ると、角でブランタークさんが手を振っていた。
「あ、あのブランタークさん、本当にいいのですか」
「俺からの結婚祝いだよ。エルの坊主もいろいろ苦労してきたし、お前も女を知っといた方がいいだろうと思ってな。うちのお屋形様にも内緒だぞ」
……俺って人から見てもわかりやすい童貞だったのかな。いや、結婚するまでは遊び人として名高かったブランタークさんの眼力だと思いたいが。
辻馬車を拾って歓楽街へ向かった俺たちは、にぎやかな通りから少し入った館の前に立った。外観は派手ではないが、
ブランタークさんは深紅のサテンと金箔で飾られた肘掛け椅子に慣れた様子で座るが、俺は唾をのんで立ち尽くした。何より階段状になっている周囲には、目にも鮮やかな美女美少女たちが胸や肩をあらわにした煽情的な原色のドレス姿で腰かけて流し目を送ってくるのだから。
これが娼館というやつかと思うと、頭がくらくらしてきた。うう、まさかこんな高級なお店に来るとは予想もしなかったから、完全に浮いちまっている。大丈夫か俺……。
「ブランターク様、お待ちしておりました。ようこそ『
ローデリヒさんを一層完璧に執事化させたような、黒髪の中年男性が深々とお辞儀した。その人が来ただけで、周囲の女の子や店員の空気がピリッと一変する。間違いなく、この店を取り仕切っている人だな。
「久しぶりだな
「はい、すぐ準備が整いますので」
支配人が頷くとワインが運ばれてきた。ようやく座った俺も口をつけたが、さっぱり味がわからない。いや、とても酒を楽しむ気分じゃなかった。
「どうだ坊主、ここが王国でも一、二を争う娼館『胡蝶の夢』だ。あの支配人は俺の知人でな、今夜はお前のために最高の女を用意してもらったぞ」
「そ、そんな、いきなり……」
「ローラ嬢は店でも人気トップの売れっ子でな。宮廷のお偉方や王族を上客にしている有名人だ。おかげで毎晩ごひいき筋だけで予約が埋まっちまうんだが、今夜は急なキャンセルが出たとかで支配人が連絡をくれたのさ。女に慣れてない男の扱いも天下一品だから、安心して任せとけばいい。ただ、坊主がローラ嬢に惚れちまって結婚したいなんて言い出さないか心配だがな」
「ありません、断じて! 俺にはハルカさんだけ……」
声が大きいのに気付いて慌てて口を押えたが、女の子たちはしっかり聞いていたようで意味ありげな微笑を投げてきた。思わず真っ赤になって下を向いてしまう。酒を飲みながらニヤッと笑うブランタークさんは、性悪オヤジの見本みたいだ。結婚後はよき夫よき父になっていると聞いてたけど、本性は変わってないぞ。
「まあ大丈夫か。あらゆる身請け話を断ってきたローラ嬢だから、エルの坊主が熱を上げても軽くいなしてくれるだろう。大貴族や豪商から愛人にならないかと口説かれてるが、すべて断っちまっているし」
「本当ですか? よくわからないけど、こういう世界の女性にとって貴族の愛妾になるのは大出世なんじゃ」
「まあ、人にはそれぞれ価値観があるからな。ほら、ヘルター公爵を覚えているか?」
「ええと、エリーゼを二十何番目かの側室に欲しいとほざいて、ヴェルに決闘を挑んできた人でしたっけ」
正直、完全に忘れていた。あんなバカ貴族が実在するなんて当時は信じられなかったが。
「そのバカ公爵様も、ローラ嬢に妾になれと迫ったことがある。もちろんはねつけられたが、けしからん無礼者だと騒ぎ立てたんだ」
「あー、あの人ならいかにもしそうですね」
きっと「しっ、しっ、娼婦の分際で、公爵たる僕に逆らうのは不敬なんだな」とかわめいたに違いない。そんな場面が容易に想像できてしまうほど、救いがたいバカだったな。
「それである日、今夜こそ言うことをきかせるぞと勇んで彼女のお客に入った公爵様は、出てくるなり真っ青になってぶっ倒れ、あの巨体を馬車に詰め込まれて屋敷に戻ってからは、二度と『胡蝶の夢』に足を運ばなかったのさ」
「ナンデスカソレ、ローラさんて魔女なんじゃ……」
「さてな。それでバカ公爵様は娼婦と喧嘩した挙げ句みじめに負けた貴族として社交界の笑いものになり、ローラ嬢の名声が確立した事件だったな。何があったのか公爵様も口外しなかったから不明だが、とにかくそれからは彼女を金や権力ずくでどうこうしようという奴はいなくなったわけだ」
これから俺は、男を思いのままに操る大年増の魔女とご対面するんじゃないか。思わず背筋に冷や汗が流れたところへ、片膝を着いた店員が「ご用意ができました」と告げてきた。
「気後れすることはない。王国一の美人に相手してもらって、一生の記念になると思えばいいさ」
そんな言葉に送られて店員に案内された俺は、三階の部屋へ足を踏み入れるなり言葉を失った。四季の花模様を複雑に織り込んだカーペットと濃い紫色のベルベットのカーテン。猫足の小卓に載っている壺や花瓶は、似たようなのを王宮内で見たことがある。月光に照らされた密林の湖畔を一頭の白馬が駆けていく場面を描いた大きな絵は、間違いなくブライヒレーダー辺境伯様の本宅にあったのと同じ作者のものだ。
呆気にとられていると、シャンデリアに照らされた天蓋付きベッドから金髪碧眼の女性がゆっくりと現れる。
「あらぁ、ずいぶんカワイイ方がいらっしゃったのね。初めまして、ローラと申します」
え、この人が娼婦なの? 凄く整った美貌と、エリーゼに劣らぬ大きな胸と尻に信じられないほど細い腰(いや、主人の正室の裸なんて見たことないぞ、あくまでも服の上から見た印象だからな)は確かにそれっぽいけど、雰囲気が信じられないほど明るいんだ。見えちゃいけないモノがちらちらするピンクの薄衣一枚という淫靡な恰好なのに、ピチピチした肌と輪っかがまぶしく輝く髪は、健康で清潔な若い女性そのものじゃないか。
あれ、でも見たところテレーゼと同年輩くらいだけど、だとしたらヘルター公爵に口説かれたのはまだ十代半ばってところか。その頃から男をシメ上げるほどの娼婦だったなんて信じられないけど、この店で一番の売れっ子なのも納得できる。そんなことを考えていると、まっすぐ抱きついてきたローラさんに、別の生き物みたいな艶めかしい唇から耳に息を吹きかけられて硬直する。
「あ、あのエルです、よろしくお願いします……」
「うふ、よろしく。お姉さんがたっぷりサービスしてあげるから」
そのまま唇が重なって舌が入り込んでくる。初めてのキスは濃厚でディープな……いや、昔アンナとしたことがあるけど、ほんの軽く触れただけだったしな。長い舌に口の中を舐めまわされただけで、俺の理性はどこかへ吹っ飛んでしまった。
夢中になってキスしているうちに、俺の服は足元に散らばっていた。いや、ローラさんも薄衣を滑り落とし、二人とも全裸で立ったまま抱き合っていたのだ。この世のものとは思えない完璧な肉体美とは、まさにローラさんのためにある形容詞だろう。
「う、わぁ、こんな……」
「さあいらっしゃい、こっちよ」
隣の浴室に連れてこられた俺は、全身を石鹸の泡にまみれさせたローラさんに体を洗われ、俺の男を胸に挟まれて揉まれ、お尻の穴まで舐められてしまった。こちらからは何もできず、ひたすらされるままに――というか、彼女相手に何かできるのはヴェルくらいじゃないか。精力回復魔法を使えるあいつは、もはや女にかけてはプロ中のプロだからな。
夢見心地の俺は知らぬうちに天蓋付きベッドに横たわり、ローラさんから全身にキスされていたんだ。もうギンギンになっている俺を冷たい指で撫でられながら、乳首のあたりを思い切り吸い上げられるとイキそうになってしまう。胸や足がこすりつけられるたびに、今すぐ死んでも悔いはないと確信した。
「あ、ひい、ぐぅ、へぁ、はぐ、ごは、くく、ふへ、どぐぅ、ぷはっ、はあぁ……」
「ねえエルさん、私が欲しい?」
「ほ、欲しいです、他の全部を捨てても」
「ふふ、お姉さんも正直な男の子は好きよ。さあ、君の元気なので私を慰めてね」
「は、はい!」
俺は無我夢中でローラさんに伸しかかった。女の体の一番隠された部分に息をのみ、言われるがままに舌で奉仕し、巨大な乳房に顔を埋めた。一瞬戸惑ったが、素早くリードされて下半身が温かい部分に迎えられるのを感じる。
「あ、ああ、こ、これが……」
「うふ、まだまだよ。もっと奥まで来て」
「うわ、す、吸い込まれる、これが女の人なのか……」
俺が童貞なのはバレバレだったが、気にしている暇はなかった。もっともっとこの快感を味わい尽くしたい。今度は俺が動く番だ。一回、二回、三回……え、あれ、何だか変だぞ、もう体の奥で何か痺れたような感覚が広がる。必死に耐えようとした刹那、俺はローラさんの中で爆発してしまった。
「え、え、え……」
「あら、もうイっちゃったの?」
驚くローラさんに、恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。
「す、すみません、俺、女の人は初めてで……」
「気にしないで、よくあることよ。また元気にさせてあげるから」
指や口や胸まで使った、精力回復魔法レベルの高度なテクニックで回復した俺は(いや、それだけでイってしまいそうなほど強烈な体験だったが)、今度こそと挑んだが再び三回でノックアウトしてしまったのだ。
「も、もういいです、俺は……」
「いいえ、私もプロのメンツにかけて放置できないわ。もう一度やるわよ」
「あ、ひぃ、か、く、ごはぁ……」
三回目も……言うまでもない。予定の時間が終わる頃、俺は完全に精気を吸い取られてピクピクと痙攣するばかりだった。意識がもうろうとする直前、ローラさんが困惑したようにつぶやくのが聞こえた。
「おかしいわね、まだ十代で相当鍛えてる人が、ここまで弱いのは珍しいわ。病気なのかしら」
あぁ、俺も理由は違うけど、バカ公爵様と同じ状況に追い込まれたのか。その夜、どうやってバウマイスター伯爵邸へ戻ったのか記憶にない(後日、ブランタークさんに尋ねたが言葉を濁された)。翌日は体調不良ということで寝込んでしまい、ローデリヒさんから「お屋形様の護衛とあろう者が健康管理に気を付けなくては」と注意されてしまった。
当然の話だが、それどころではない。男として致命的な弱点が発覚してしまったのだ。もうすぐミズホでの結婚式なのに、夫としての役割を果たせない男なんて烙印を押されたら自殺を考えるしかないぞ。こうなったら……。
俺とヴェルは公式の場では「お屋形様」「エルヴィン」と呼び合っているが、二人だけの時は昔と変わらず「ヴェル」「エル」の仲だ。そのため、この非常事態を相談できる相手は他にいない。ローデリヒさんとエリーゼ、テレーゼに囲まれてヒイヒイ言ってた書類仕事の時間が終わったところを見計らって、机にぐったりしているヴェルが残された執務室に突入した。
「ヴェル、助けてくれ!」
「どうしたんだエル、そんな悲愴な顔をして」
「ハルカさんとの結婚がダメになるかどうかの瀬戸際なんだ」
「ダメになるって、ブランタークさんに教えられた女遊びがバレたとか?」
「そうじゃない、まあ関係なくはないんだが」
「意味がわからないぞ」
「実は……」
ブランタークさんに連れて行ってもらったお店で「こんな早撃ちは病気かも」と言われたのを打ち明けると、ヴェルは天を仰いで嘆息した。
「あの人も何やってんだよ、結婚してもチョイ悪オヤジのポジションだな……で、どこの誰にそんなことを?」
「王都の『胡蝶の夢』て店のローラさんて美人なんだけど」
「おいおい、『胡蝶の夢』のローラ嬢といえば王国でも指折りの
「え、ヴェルはローラさんを知ってるのか? まさかお前も……」
「違う、ヴィルマに聞いたんだ。エドガー軍務卿のごひいきで、週に一度は通っていると」
「げ、本当かよ」
ぐ、軍務卿と兄弟になってたのかよ俺は。そういえばブランタークさんが「宮廷のお偉方を上客にしている」と話していたっけ。にしても、知ってる人と同じ女を抱いたってのは結構クルな……。
「エル、この話が洩れたらハルカさんとの結婚がダメになるだけじゃない。タケオミさんが嬉々として、妹を誑かした極悪人であるお前を八つ裂きにしようとするだろう。命が惜しければ女遊びはやめておけ」
「わ、わかってるって」
以前、カルラさんとの失恋を知られた時にさんざん絞られて、ハルカさんが意外にヤキモチ焼きなのは痛感したからな。それに、タケオミさんに刀身を突きつけられて流血した首筋の傷跡は、今も時折うずくんだ。シスコンの業の深さはヌエの鳴く夜よりも怖ろしい……。
「その店へ行ったのは、前に王都で寝込んだ時だな。あれは体調不良じゃなくて腎虚だったわけか」
「ま、まあそれは置いといてだヴェル、お前の精力回復魔法で俺の早撃ちを改善できないか?」
「ないことはないが、実行が難しいな」
「どういう意味だ?」
「精力回復魔法は本来、終わってまたやりたければその都度かけ直すものだ。俺は師匠の教えで効き目が一定期間続く術も使えるけど、二十四時間ずっと盛ってるわけにもいかないから特定の時間に、たとえばこの先三日間は毎日午前零時から二時までの間なら有効なようにと決めてかけるわけだな」
「それのどこが問題なんだ?」
「エルに期間限定の精力回復魔法をかけるのは簡単だけど、ミズホでの結婚式の後に新婚旅行代わりでハルカさんと王都で休暇を過ごす予定だろう。その間は俺がいないから、ずっと最初にかけた魔法のままでなくてはならないぞ。毎日同じ時間に始まり、同じ時間に終わる形で」
「つ、つまりハルカさんとイイことできる時間が限られてしまうと……」
「バウルブルクにいれば俺が適当に調整してやれるけど、そのためにハルカさんに知られないよう王都へ瞬間移動してエルに接触し、また戻ってくるのを毎日繰り返すのは無理だぞ。エリーゼやローデリヒにも話しておかないとまずいし、この先ハルカさんの耳に入らない保証もない」
うう、どうすればいい。さすがに一週間同じパターンの夜を過ごしたり、いつどこに来てもらうかヴェルと携帯魔導通信機で打ち合わせていたらハルカさんが不審に思うかも。かといって、こんな男の
「ヴェル、それでかまわないから精力回復魔法を頼む」
「いいのか?」
「ハルカさんは何とかごまかす。それより男として失格なんて思われる方が問題だ」
王都での新婚旅行へ行く前に、休暇の間は毎日午後九時から十時までの一時間に限って精力回復魔法を発動させることにした。ヴェルみたいに一晩中なんてのは自信ないし、ハルカさんに無理させるわけにはいかないからな。その結果――。
◇
「あ、エルさん、恥ずかしいです……」
「ハルカさん、好きです、俺と結婚してくれて嬉しい……」
「わ、私も……あ、そこは……」
当然ながらハルカさんは、超絶テクニシャンであるローラさんとは正反対の
初夜では羞恥で頬を染め、初めての苦痛に耐えて結ばれ、涙を流しつつ必死に俺の奥さんになろうと懸命に努めてくれた健気さに感動して頑張ったのだが……。
そこで重大な事実に気付いた。早撃ちの改善を頼んだため、ヴェルは俺が毎晩九時からひたすらハルカさんを抱き続け、効果が切れる直前にイクよう精力回復魔法をかけてくれたのだ。
そ、そりゃ男として恥をかかずにすんだけど(ハルカさんには「エルさん、凄いです」と言われたが)、一時間ずっと休みなく腰を動かし続けるのがあれほどキツイとは予想外だった。ヴェルは治癒魔法とセットで使ったので、一晩中でも女を相手にできたんだな。まさか治癒魔法を忘れていたとは……。
幸いハルカさんは新婚の緊張と疲労のせいか、俺が毎日同じ時間に始まって終わるのを不審がらなかったが、俺は腰痛でダウン寸前だった。マッサージ師を呼ぶわけにもいかず、ヴェルに緊急連絡を入れて助けを乞うしかないと思い詰めたが、王都滞在五日目に突然ハルカさんが気分が悪くなったと寝込んでしまった。慌てて医者を呼んだら、急に「女の子の日」が来たとかで休養が必要との診断だった。
ハルカさんは結構重いようで、発熱して寝たり起きたりが残りの三日間続いた。当然、俺はお預け状態になって腰痛からは免れたが、病床の新妻を放り出して『胡蝶の夢』あたりへ遊びに行くなんてとんでもない。かといってヴェルに来てもらって精力回復魔法を解除してもらうこともできず、俺は毎晩九時からは浴室にこもって空しく自分を慰めながら悶々とした日々を過ごす破目になった。
ハルカさんは「せっかくの旅行中に申し訳ありません」と恐縮しきりだったが、責めるわけにもいかないじゃないか。バウマイスター伯爵家へ戻ってからヴェルに事情を話すと驚いていた。
「うっかりしていたな。だけど治癒魔法はあらかじめかけておけるものじゃないし、精力回復魔法のかけっ放しは要注意だな。師匠の遺した魔法の本に書き加えておこう」
結果的に俺は、魔法技術の進歩のための実験台になってしまったようだ。どちらにせよ、ローラさんとの初体験は永遠に封印される黒歴史とされ、俺は童貞のままハルカさんと結婚したということになった。ヴェルもブランタークさんも口外しないと約束してくれたし、大丈夫だろう(と信じたい。信じるしかないが)。
こうして俺の結婚生活も無事スタート……したのはいいが、間もなくハルカさんの妊娠が判明したのだ。いや、決して嬉しくないわけじゃないが、少なくとも一年はたっぷりイチャイチャしたかったのに。
ヴェルには「結局、エルには早撃ちの才能があったわけか」とからかわれたのが悔しい。もっともヴェルも、奥さんや側室を八人も相次いで妊娠させたのだから、同時多発の才能があるんじゃないのか。