秘密の日記9
「だ、旦那、やっぱり痛いんだけど……」
「わかってるって。しばらくじっとしているから」
「ううっ、すまねぇ、奥さんとしての役目がまともに果たせないなんて情けない……」
「気にするなよ。いつまでたっても乙女のように初々しい妻なんて、夫としては儲けものだから。それに、この強烈に締めつける感じがたまらないな。まさに名器だよ」
「そ、そのセリフ、ヤりながら言われると物凄くこっ恥ずかしいんだ……」
「でも二人とも静かにしているのに、俺を熱く包んでくれるカチヤが自分から動いているんだ?」
「そ、そんなつもりはないのに、あたいの下半身が勝手に……あ、あう、ま、た奥から何かが湧き出るような感じがしてくる……」
「受け入れる準備ができたようだね、じゃあ」
「あ、そ、んな、急に、動か、ないで、か、体が引っ張られるように、なってきたぁ……」
「この時だけカチヤの
「き、気味の悪ぃこと言わないでくれよ、あたいは旦那と普通に……くぅ、だ、だめだ、旦那を欲しがって体が言うことを聞きやがらねぇ……」
「さあ、いつものように激しくしてあげるから、いつもそう求めるだろう?」
「あ、そ、それを、やられると、本当に、おかしくなっちまうんだよ、ああ、ひいーっ!」
◇
あたいがバウマイスター伯爵家に入って一番嬉しかったのは、うまい食事とお湯がたっぷり使える風呂に入れることだな。特に風呂のおかげで毎日、旦那の開発したシャンプーを使って髪を洗えるようになり、初めて枝毛が消えてパサつかなくなったし光沢も出てきたんだ。あたいみたいに洗髪が大変な女でも、これまでは高価なので手が出なかったけど、ここでは使い放題だし。旦那によると“きゅーてぃくる”ってのが活性化してるそうだが、さっぱり意味がわかんねーな。
人里離れた魔物の領域にこもったり、ろくに町もない荒地を旅するのもしょっちゅうな冒険者稼業では髪がボロボロになっちまったり肌荒れがひどいのも珍しくないから、女の冒険者にとっては深刻な問題なんだ。
リサの姐御は最近になって普及しだした石鹸を――これも旦那の発明品だと、この家に来て知ったが――たくさん買い込んで、僻地でも髪や体を洗ってたな。あれも効果はあるけど、ゆったり浴槽で温まって隅々まで磨くなんてマネはできっこない。まして、故郷のオイレンベルク領では狩ってきた獣の肉を焼いた時に落ちる脂を髪にこすりつけて洗うと、多少きれいになるくらいしかしなかったし。
こんな贅沢ができるだけでも、結婚してよかったとしみじみ思う。この後は旦那が可愛がってくれるし、最近ようやく朝起きても隣に裸の旦那が寝ているのに驚かなくなった……。
つい数か月前まで誰かの妻になる未来なんて、思い描いたこともなかった。恩師である姐御と同じく、一生おひとり様で過ごすものと半ばあきらめてたんだ。オイレンベルク家はファイト兄貴がマリタと結婚して継ぐだろうから、あたいの嫁ぎ先を心配する必要なんてないと。いや、帰郷すると親父は一応気にかけてくれて見合いでもしないかと言ってきたが、こんなちっぽけな騎士爵領にしがみついて生きるのは御免だと返事しといた――。
け、決して結婚したいなんて口にしたら、悪鬼羅刹と化すに違いない姐御が怖いせいじゃないからな。それに、男に抱かれるのが意外と気持ちよくて、く、癖になりそうだなんてことはない、断じて。凍死なんてしたくない……。
幸い、姐御の指導のおかげで身体強化魔法が使えるようになり、魔法の袋を購入できるほどの稼ぎを得て生活も安定したし。出自なんて関係なく稼げれば偉い冒険者の世界は気に入ってたから、この先ずっとやっていくつもりだった。
ところが、リーグ大山脈でのワイバーン狩りが終わって次の仕事を探すためバウルブルクのギルドに顔を出したとき、居合わせた顔見知りの冒険者からとんでもない話を聞かされたんだ。
「ようカチヤ、お前確かオイレンベルクの出身だったよな」
「そうだけど、どうした?」
「今そこが大騒ぎになってるらしいぜ。このバウマイスター伯爵領との間を結ぶ、リーグ大山脈を貫く巨大トンネルの出入り口が発見されたとかで」
「はぁ、なんだってぇ!?」
少し前まで『竜闘団』と一緒に狩りをしたバウマイスター伯爵様だが、そんな話はしてなかったぞ。あたいが領主家の娘と名乗らなかったから、話す必要はないと思われたのか。にしても巨大トンネル? 本当ならバウマイスター領と王国本土が陸路でつながるわけか。だけどよ……。
「あんなマロイモ畑しかない土地に古代魔法文明の遺産が埋もれてたなんて、うちの兄貴が王都の美人女優と結婚するなんてほうが信じられる話だ」
「どれほどの田舎だよ、オイレンベルクは。それで今、バウマイスター伯爵と寄親のブライヒレーダー辺境伯との間で、王家も交えてトンネル利用の協議が進んでるらしいな」
「なら実家の――その、領主様はどうしてんだ?」
「さあな。何の話も聞かねえから、権利はあるが無視されてるんだろうよ。吹けば飛ぶような零細騎士爵家が本物の大貴族様と対等に口をきけるわけねえし、そんな家にトンネルの運営なんてできっこねえだろ」
悔しいが事実だ。貴族のはしくれのはしくれで農業にしか興味のない親父や兄貴が、多くの人を使わなくちゃならないトンネル管理の実務に携わる光景なんて想像の斜め上だしな。
だけど、あたいだって故郷を愛していて、親兄弟を大切に思ってるんだ。いくら王国に認知されているかもあやしい零細貴族だろうと(後で王国が発行している公式地図に載せられてなかったと聞いて、さすがにがっくりきたが)、巨大トンネルの利権はオイレンベルク家のものだ。うまくやれば男爵どころかか子爵にでもなれるチャンスだってのに、食い物にされてたまるか!
あたいはギルドを飛び出すとブライヒブルク行きの魔導飛行船に飛び乗り、そこからスピード強化魔法で実家まで一気に駆け抜けてきた。あたいは竜やワイバーンを一撃で倒す『神速のカチヤ』だからな。
実家で親父たちに「トンネルの権利を譲るな!」と喚き散らしたものの、居合わせたバウマイスター伯爵とブライヒレーダー辺境伯に「オイレンベルク家ではとても無理だ」と論破されちまった。負けを認めたくなかったあたいは逆ギレしてしまい、親父や兄貴がやらないのならあたいが婿を取って管理してやると口にしてしまった。
あとになって「そんな男、どこから探してくりゃいいんだ?」と真っ青になったが、こうなったら意地でもやるしかない。思いついたままに王都で「強い貴族大募集!」なんて演説をやらかして、王室まで巻き込んだ大騒動に発展した揚げ句――バウマイスター伯爵様にあっさり負けちまった。あれだけの魔法量と技でサーベルやナイフを溶かされては、最初から勝負あったようなものだな。
結果、あたいが伯爵様に嫁いでオイレンベルク領は移転することですべて収まる形となった。周囲はテレーゼと同じく「バウマイスター伯爵の戦利品」呼ばわりしているが、あたいより強くて綺麗だと言ってくれた相手と結婚できるのはよかったと思っている。結婚式では領民から祝福してもらったし(腹が減ってつまみ食いしちまったのを笑われたけど)、これで全部終わりか――とはいかなかったんだ。
結婚したら当然、旦那である伯爵様と一緒に寝なきゃならないが(そ、それくらい耳学問だけど知ってるぞ! 経験ないけど……)、風呂に入ろうとして大きな鏡の前に立った時に「え、これってまさか」と気付いてしまった。
長年、冒険者として外を歩き回る生活を続けてきたが、タンクトップと短パンにブーツというスタイルが気に入ってずっと通してきた。そのため、首から上と両手に両足の太腿だけが日焼けして、それ以外の部分が白いというおかしな形で色がついちまってる。まるで森に棲む毒虫か、祭りの夜店で売ってる下手な人形みたいじゃないか。初夜だってのに、旦那が見たら笑われちまうかも。
「どうすりゃいいんだ……」
「あれカチヤ、そんな格好でどうしたの?」
裸のまま膝を着いて呻いていたら、背後から声をかけられた。あたいは目を丸くしているイーナとルイーゼに抱きついた。
「助けてくれよう、どうすりゃいいのかわかんねえんだ、このままじゃ結婚なんてできねえよ」
「えっと、あの……」
「まあ落ち着いて」
半泣きのあたいを連れ出すのはまずいと、二人も裸になって一緒に風呂へ入り話を聞いてくれた。ぐずぐずしながら今夜になって日焼けに気付いたのを語ると、イーナは呆れたように頭からお湯をかけてきた。
「うわっぷ!」
「さっさと顔を洗いなよ。肌の色なんてヴェル君は気にしないから、むしろ泣いてたのがわかると心配するよ」
「で、でも二人ともきれいな肌してるし、日焼けも目立たねえじゃないか」
「ねえカチヤ、ボクたちだって初めてヴェルと出会ってから結婚するまで一緒に冒険者してたし、本物の戦場で殺した敵の血を浴びたりもしたんだよ。おまけに貴族でもない陪臣家の娘だから家に化粧品なんかなくて、肌の手入れ方法もろくに知らなかったけど、ヴェルは何も言わなかったな。むしろ自分で化粧品をあれこれ考えてくれたから、以前よりマシになったんだよ」
「そういやバウマイスター伯爵様謹製の化粧品が、とんでもない高値で売られてたな。さすがに手が出なかったけど」
「あれは量産できないから、なかなか一般には出回らないんだよね。けどカチヤもこの家じゃ遠慮なく使えるから、安心してヴェル君の奥さんになってきなよ」
「そ、そうか……」
「まあ、その化粧品が本当に効果があるのか実験台にされたようなもんだけどね。エリーゼやカタリーナなんかは手放せなくなってるけど」
二人に励まされて旦那の寝室へ向かったが、その足取りは重かった。冒険者としては自信があったけど、人妻になるのがこんなに気苦労を覚えるとは。
けれど案ずるより生むが易しで、旦那はあたいを優しく扱ってくれた。明かりを落としたベッドの上で愛撫を重ねられ、唇だけでなく服を脱がされた全身にキスされていると、すごい気持ちよくなってくる。こんないいものを、何で姐御は嫌ってたのかな――。
突然、完全に表情の抜け落ちた姐御の顔が思い浮かび、恐怖で全身を震わせた。
「どうしたのさカチヤ?」
「い、いやその、まだ緊張がとれなくて、はは」
「無理はしないからさ、力を抜いていて」
「う、うん、ありがとな……え、そ、そんなとこに指を、入れて、あひ、う、くはぁ、し、痺れちまうよ、は、げしく、しないでぇ……え、こ、今度は、舐めるなんて、あ、あへ、は、恥ずかしいよぅ、気持ち、いいよぅ、こ、怖い、変になっちまうよぅ、おふくろ助けて、あ、あーっ!」
今まで知らなかった強烈な快感に、あたいは陸に放り出された魚のようにビクビクとのたうった。こんな感覚は生まれて初めてだ。
「だ、旦那、し、信じられないほど感じちまって、まるで、自分じゃなくなっちまったようで、怖いんだよ……」
「怖くないさ、とは無責任だよな。今夜だけ耐えてくれとしか言えないけど、カチヤを不幸にはしないから。約束する」
「旦那あ……」
男にこんな優しい言葉をかけてもらったのは初めてだったんで、嬉しくて抱きついちまったよ。旦那と結婚してよかったと心から思いながら男を受け入れたのだけど――。
「いったーいっ!」
頭のてっぺんまで強烈な痛みに貫かれて、あたいは悲鳴を上げてのけぞっちまった。いや、これっぽっちも強引じゃなかったのに、虫歯を引っこ抜くような痛みで涙がこらえきれなかったんだ。
「大丈夫かい、カチヤ?」
「ご、ごめん旦那、魔物と戦ってケガしたこともあるのに、まさかこんな……」
「わかった、しばらく動かないから」
結婚できたと思ったら最悪の初めてになっちまったかと情けない気持ちでいっぱいだったが、しばらく静かにしてもらっていると、どうにか痛みがおさまってきた。ほっとしたが、旦那は不意に眉を寄せた。
「あれカチヤ、動いてるの?」
「ま、まさか、今あたいが動けるわけ……え、いや?」
た、確かに、ほんのわずかだが動いてる。あたいの意志とは無関係に、旦那の男に満たされた下半身の部分だけが。かすかだけど、はっきりうごめいている。
「だ、旦那ぁ、何だか変だよ、体の中に別の生き物がいるみたいで……そ、それに、妙に気持ちよく感じちまって、あ、あんなに痛かったのに――」
「いや待て、これは……す、吸い込まれていく、俺に絡みついて、信じられない強さで」
「え、それって」
「す、凄いよカチヤ、まるで生きているように俺を包み込んで引っ張っていく、こ、こんな感じは初めてだ、信じられないよ」
我慢できなくなった旦那は激しく腰を動かした。貫かれるたびに愛撫とは比べものにならない歓びが湧き上がって、体がさらに旦那を欲しがる。痺れるような快感。食べてしまうようなキス。蜜があふれる。ついさっきの苦痛はぬぐったように消え去り、歓びだけに支配されたあたいも夢中で旦那にすがりついた。
そのまま二人とも、愛し合うことに没頭した。言われるがままに腰を振り、いろんな体位で犯され、恥ずかしさも忘れて嬌声を上げ続ける。もうどれくらい、ベッドのきしむ音を聞いているのか。
「うう、おかしくなっちまったよう、男を知らなかったあたいが、たったひと晩でこんな商売女みたいに淫らで……」
「淫らでいいじゃないか、カチヤは女の歓びを知ったのさ。初めてなのに」
「こ、れが、おん、なの……」
こんなに天にも昇る心地があるなんて知らなかったんだ。ああ、もっともっとあたいを責めて、いじめてほしい。それしか願えなくなっている。もう自分の身体じゃねえみてえだ。最後に溶け合ってひとつになってから、旦那の上に横たわったまましばらく動けなかった。これが結婚なのかと思うと、頭の中で割れ鐘が鳴っているような気分だ。
「すまねえ旦那、あたいばかりが楽しんじまって」
「そんなことないさ、カチヤは信じられないほどの名器だよ」
「へ? 名器って……」
「カチヤの膣は、そこだけ強烈に俺を締めつけてくるんだ。もし娼婦だったら、あっという間に王国一の売れっ子になってたろうな。俺もこんな女は初めてだよ」
はあ? 男を締めつける能力が王国一だって?
「そ、そんなの恥ずいじゃねえかよ、まるであたいが人じゃねえみたいで」
「何言ってるんだい、立派な女だよ。男を歓ばすことにかけては右に出る者のない、素晴らしい才能だ。幻の数の子天井を味わえるなんて、俺は幸せ者だよ」
はぁ、カズノコって何だ? そ、そんなこと言われても困る。どうしよう、エリーゼたちはおろか、おふくろにも相談できる話じゃねえし……。
「だからまた欲しくなってしまうんだ、カチヤ」
「え? ええ?」
がっちりと抱きしめられて身動きがとれなくなったあたいに、すっかり元気を回復したまた旦那が侵入してきた。
「あ、あう、終わったばかりなのに、また……」
「もっとカチヤを味わいたくてたまらない、吸い込まれて、絡みつかれて、女に抱かれてる気分になりたい」
「え、それ、どういう、あ、ま、また気持ちいいんだ、ああぁーっ!」
結局、空が白むまで寝かせてくれなかった。冒険者として体力に自信はあったが、とても結婚生活には足りないと思い知らされちまったな。その時は「旦那凄ぇ」と感嘆したけど、後で精力回復魔法を使ったと知って「あたいの純情返せ!」とつぶやいたのは内緒だ。
その後も旦那に抱かれるたびに最初はたまらなく苦しいんだけど、少しすると一転して“せっくす”に溺れてしまう。旦那に意地悪く「はじめは処女のごとく、最後は娼婦のごとく」なんて言われると、真っ赤になっちまうんだ。それがまた新鮮でいいなんて、やめてくれとも言えねえじゃないか。
そんなこんなでバウマイスター伯爵家にもすぐ馴染み、旦那には寝た女の魔力量を増やす謎の能力がある秘密を教えられて驚かされたり、皆と魔の森へ狩りに行ったりで楽しく過ごしていたのだが……。
「カチヤ様にお手紙です。差出人はリサ・クレメンテ・ウルリーケ・エクスラー様からと書かれていますね」
……地獄に叩き落とされた……。