男は移動する。移動の最中に展開した装備を消し、サングラスのみが残った。男はそれを胸ポケットへと差し込む。小走りで歩き、建物へ入り、ある部屋を目指す。
執務室と表記された札の張ってある扉。男はその扉を開ける。部屋に入ると、小柄な女性が男へトテトテと近付いて軽く頭を下げた。
「提督。北上から聞いているかもしれませんが、私の一存で訪問者の来訪を許可しました」
「睦月、君が良しとしたなら問題は無いよ」
「有難う御座います」
ホッとした表情で、先程男を呼び出していた女性、睦月が男へと感謝する。
「君がやる事なら、大事で無ければ許容の範囲内さ」
男は睦月へと寛容な言葉を掛けるが、当の彼女は少しバツが悪い様子だ。
「・・・今回は、私の私情絡みです。罰が有るなら受けます」
「うーむ・・・加古、何か有るか?」
男はソファで寝転がって居る女性、加古へと訊いた。
その加古は「う~ん・・・それについては、彼女が・・・」ともう1人、この部屋に居る女性へと顎をしゃくる。
「もう、考えております。訓練用の移動標的など如何でしょう?」
加古の言葉に、もう1名、その場に居た女性が言った。長い黒髪をそのまま垂らし、髪にワンポイントとして、長い帯を結んでいる。
「・・・あの、大淀、・・・勿論演習弾だよね?」
「お望みなら、実弾にしますよ?訓練用は今、やっと作れるようになって、まだ不足状態ですから。・・・貴女が何処まで粘れるのか・・・見物ですね」
「演習弾にしてください!!」
「では、長良や新人達が待機して居ますので、行ってください」
「ん?もう、何をさせるかは確定済みか?」
「おっと?、今日は新顔の教育をしてもらう予定ですが、提督は睦月に用有りですか?」
大淀の問いに男は肯定。
「明石が第1次を修復する為の
「・・・明石以外でも、第1次用の腕や足の作成が可能になったのですね?」
大淀の言葉に男が「そうなった」と頷く。その様子に大淀と加古が安堵の溜め息を吐いた。
「良かった・・・」
「明石が生き抜いた甲斐があったね・・・」
睦月の方はというと、苦い顔をして口を開いた。
「・・・私は遠慮します。もう、第1次であって、第1次ではありませんので・・・」
「?・・・そうか。後は思い付かないな。睦月、先人として、後人をしっかりと鍛えてやってくれ」
「了解!これより、教導の任に行って参ります」
睦月は男へそう言い、部屋を後にした。
「ちゃんと加減をしてくれると良いですが・・・」
睦月が出て行った後、大淀が心配している。
「そこは弁えているだろうさ。私は見た事が無いがな」
「そうですね。・・・さて、提督」
「何かな?」
「提督が承認する・しない、の書類が残っています。ご確認ください」
大淀が提督へ山となっている書類を指さした。
余りの量に、男は「多い」と呟くが。大淀はエヘンと咳払いをして男をたしなめる。
「貴方の下に所属している、艦娘と妖精達からの申請書が主です。必ず目を通してくださいね」
「hai・・・」と、男は肩を落とし、作業の為に書類のある椅子へと腰を掛けた。
「早く太平の世にならないものかね?」
「それは、我々や、他所の働き次第です」
「・・・少しでも、皆の未来が楽になるようにしなければな」
そう言った男は書類へと目を通し始めた。
「攻略依頼・・・随分と遠方へ行く依頼が来たな。ここから、この星のほぼ反対側か・・・」
「強力な敵個体が島に籠り、手が付けられないそうです。幸い、見張りの艦娘の報告に依ると、敵方は脱出をしようとせず、ここ1年間膠着状態にあります」
「別段、これ等の艦娘に
「提督。他の場所は未だ、ここよりも艦娘という人的資源が多く配置されている所は無いのです」
「この島で活動し始めて、まだ1年だぞ? どうしてそんなに人的資源の差が付いたんだ?」
「他の活動拠点では防衛兵器を作成・毎年更新しています。それで上陸をさせないよう、深海棲艦達を追い払います。通常1拠点につき、艦娘24名居れば多い方です。ここでは、兵器を造るよりも艦娘の建造、人的資源優先で物資を遣り繰りしていたので、他所よりも艦娘の派遣が容易。本島に居る私達艦娘は、適宜派遣され、深海棲艦を叩くのが主になります」
大淀の説明に、むぅ、と男が唸る。
「第3次型は未だ少数であるし、第1次の後期型なら・・・いや、損耗は避けたいな」
「提督。艦娘は戦う事が本分です。そもそも、人を守る事を忘れてやおりませんか?」
「だが、人的資源が死んでは元も子もないだろう?」
「それが本来の戦争です。誰も居なくならない事に慣れ過ぎて居やしませんか?」
「手厳しいな・・・」
「敵を増殖させて本土に上陸されたら、元の木阿弥です。猶予は在れど余裕は無いと思ってください」
「・・・そうだな。大淀、この一件への人選と物資投入量は君に一任するよ」
そう言いつつ、男は大淀へその書類を手渡す。
「承知しました。現在保管されている物資はほぼ全て使用しますので、悪しからず」
大淀の言葉に、男は大淀を見ながら硬直。
「・・・・・・・・・えっ?」
思わず9拍の間を置いて男は疑問の声を発する。
「今現在、建造機を稼働させた為に保管物資が減少。そして、通常なら今の保有している物資を9分の1消費する程度で問題無かったのですが、本作戦では今の貯蔵量9割を使い尽くす必要があります」
「うぅ、新規艦娘の誕生は予想以上の出費なのだな。・・・まあ、やってしまった事は致し方ないか」
「艦娘の建造ではなく、戦闘に消費する物資の量が多いのです。戦闘に於ける消費量に比べれば、艦娘の建造など誤差の範囲です。しかし今現在、建造も控えたい貯蔵量なのですからね?」
大淀は、男が聞き間違えている事を
「ああ、
男の言葉に、大淀は「今度からは第1次か、私に物資貯蔵量を聞いてからにしてください」とたしなめる。
「分かったよ」
男は気を取り直し、次の書類へと目を向ける。
「艦娘用の急速回復薬を本部より取り寄せて欲しい?」
「第3次用の、負傷を即時回復させる、優れ物です。飲む・体に掛ける、どちらでも利用可能。疲労状態で使用すると、万全では無いですが、疲労が無くなります。提督やその他の艦娘には効果が全く在りませんので、絶対に使用しないでください」
「今さっきの攻略作戦に合わせて入り用な物で・・・第3次専用か・・・」
「敵戦力を見極めるには、全員が第3次である必要があります。まだ、分割して行動させるには、第3次艦娘が少数です。緊急時・疲労抜きに、これを使うのも考慮に入れて置いた方が良いかと・・・」
「後で本部へ連絡をして、取り寄せて貰おう」
「事後承諾ですが、要請はしておきました」
「そうか」
男はその書類に『済み』の字を書いた。
次の書類、内容を見て男は疑問に思う。
「なあ大淀。この大量な水分吸収剤の要望は如何言う意味なんだ?」
「さあ?・・・ここが襲撃を受けた際、排泄物の凝固等が目的では?」
「衛生面の要望か。・・・良し」
男はその書類に許可を記した。それを見た大淀は、内心、ほくそ笑んだ。
「この大量な布の要望は?」
「包帯では?衣服の材料としても使えます。ここでの生産量は限りなく少ない物です」
「ゴムは?」
「腕や足の緊急的な止血に・・・」
「原料から?」
「ここの設備なら、原料を加工出来るので何かと便利で・・・」
・・・・・・
男は、男の知らない間に、未来への準備段階に入っている事が解らなかった。
大淀は男を見てニヤニヤと笑い始める。
男は気色が悪くなり、「何なんだ、大淀? 私の顔に何か付いているのか?」と訊いてみる。
「いいえ、別に何も?」大淀はとぼける。
「では、何故私を見て笑う?」
「提督って面白いですね」
「何か
男の疑問に、大淀は「はい」と頷く。
「提督は自身の行動で
「・・・おいィ?」
その問答を聞いていた加古は思わず、内心で、苦笑した。