瞬間的に移動した航空機は自分達の拠点である、鎮守府上空へと辿り着く。航空機に乗っている男は急に咳込む。
口を押えたその手には血が混じっていた。
「チョ、チョット、大丈夫?!」
捕虜は自身の安息の地となるかもしれない案内人を心配する。到着した瞬間に射殺されては元も子もない。
「ああ、大丈夫・・・大丈夫だ、少し経てば治る。・・・オス型にはたかれたのは、流石にキツかったな・・・」
「・・・アノ巨体カラノ攻撃ニ、良ク生キテルワネ・・・」
「はたかれる程度なら、生きてる者は生きていたさ。大概、空の彼方まで吹き飛ばされていたがな」
「?・・・生キテイル者ハ居タ?」
「・・・君は、知らないのか?」
「エ、何ヲ?・・・私達ノ間デノ、悪魔ノ伝説ノ様ナ御伽話トカ?」
「・・・そうか。もう、昔話、か」
そう言って男は窓越しに外を見る。日は沈み、陽が少しだけ空の彼方を照らしている。空から反射した光が、男の住む鎮守府を少しだけ照らしている。建物の窓からは薄暗い明かりが外へ漏れ出ており、厨房の近くからは煙が昇っている。明かりが見える事を、男は穏やかな表情で見ていた。
「また、来た当初以上の世になる事を願うばかりか・・・」
男達がこの島へ来た当初、築数十年が経過した建築物ばかりだった。現在は破壊され、その建物は全く無い。
本土も同じ様に、戦争に因って破壊されてしまった建物が多く、現在は再建中である。
男は自身の寿命が来るまでには本土の復興した姿を見たいが、どだい、無理であろう事は分かっている。自身と自身に従ってくれる艦娘達と共に、本土を守る為、明日も戦い続けるのだ。
・・・他鎮守府の艦娘達とは、極力、会わないようにしながら・・・
男を乗せた飛行機は滑走路へと降りる。3キロ程滑走し、停止。出入り口が空き、自動でタラップが飛び出して行く。
『提督。お疲れさまでした』
操縦員の妖怪が男へと労う。
「まだ睦月達が残って居るがな」
『彼女達なら、余程の事が無い限り問題ありませんよ。提督指揮下の精鋭ですからね』
「・・・そうだな」
男はそう言って捕虜を肩で担ぐ。
「アノ、チョット・・・」
「何か?」
「背負ウトカ、ソウイウノハ?」
今、肩で捕虜を背負っている状態。それに捕虜は不満のご様子。
「君の腕と足の状態では無理だ」
ほぼ胴体だけの状態。これを『おんぶ』するならば、紐又は縄が必要。今は無い。
「・・・ソウヨネ。・・・残念ダワ・・・」
「何を言ってー・・・ああ、言わんで良い」
男は呆れ、苦笑する。
「全く、新入りが入る度にこんな調子だな。・・・まあ、誰だって、幸せに暮らしたいよな・・・」
男は担いだまま独り言を口にする。飛行機の出入り口で『ゴチン』という音がし、直ぐに「痛!」という声が聞こえる。
「チョット、私ノコトモ考エテ!」
「ああ、すまんな・・・」
男が飛行機から降りると、大淀が待って居た。大淀が男の傍へと寄り、男を労う。
大淀は嬉しいと思う顔を押し殺した様な表情で男へと近付く。
「提督、お疲れさまでした。・・・提督が戻って来たという事は、作戦終了ですか?」
「ああ、完遂して戻って来た。私は装備を失くしてしまったので、捕虜を連れて戻って来た次第だ」
「無くした?」
「粉々に散ってしまったんだ。見つからなかった」
「・・・毎度の事ですが、提督、貴方よくそんな無茶をして生きてますね?」
呆れた表情を混ぜた大淀に、「運が良いだけさ」と男は今回の事を、運で済ませた。
「運で済ませて良いのでしょうか・・・」
大淀は怪訝な顔をして男の生還を嬉しく思うも訝しむ。
「実力の内さ」
「そういう事にして置きましょう。・・・捕虜をお預かりします」
男は「頼む」と言い、大淀へ捕虜を渡す。そこへ、横から男へと抱き付いて来た者が居る。
「お、おい。北上?」
「・・・飛行機が飛んで行ったと思ったら、提督が出撃したって聞いて。・・・無事に帰って来てくれて良かった・・・」
「・・・すまない。急を要する事だったのでな。もう戦闘は終了して、睦月達に事後処理を任せた所だ」
「無茶しないでよ・・・。あたしだって死にたくない。けど、それよりも提督を死なせたくない。あたし達艦娘は、その為に戦場へ行くの。あたし達が、提督を戦場へ行かせなくても良い様にしてるから。・・・だから、この島で、あたし達艦娘の活躍を見て居て?」
「私だってまだ戦える。君達艦娘や、妖精達が死ぬのを見たくない。私も体が動く限りは戦場へ行く」
北上は「提督・・・」と、心配そうに男を見る。
男は北上に対して、信じてくれという顔をしている。
「大丈夫。引き際は弁えてるさ。・・・オス型が居なければな・・・」
「大淀。その捕虜は、私の部屋に寝かせて置いてくれ」
「私の部屋でも良いですよ?」
「君は彼女達の部屋に近いだろう?」
「・・・そうですね。如何いう対応を取るか不安ですし、提督の部屋にしましょう」
捕虜を担いでいる大淀は頷き、歩き出そうと・・・
「待ちなさい!!」
した時に、怒りが混じった大声が聞こえる。男達がその声の方を向くと、ノルとその艦娘達が居た。
ノルは殺気を振り撒いているが、ノルの艦娘達は平生を保っている。
「その者を殺しなさい。私の家族を殺した奴を生かして置かないわ!!」
男はそれを気にした様子無く、「大淀、連れて行ってくれ」と言う。
促された大淀は「はい」と言ってその場から立ち去る。
「ま、待ちなさい!!」
ノルは大淀を追い掛けようとするが、自身の艦娘に首を、肩を、腕を掴まれ、その場から動けない。
「ノル提督。止めてください。彼女は、敵ではなくなっています」
「私の生活は奴らの所為で滅茶苦茶になった。父さんと母さんが居なくなったのは、奴らの所為なのに!・・・折角、
「ノル提督。・・・何時も言っているじゃないですか。敵の全てが敵ではない、と。我々は且つての敵と手を取り合ってでも、今日の敵と戦わなければならないんです。今、手段は多い方が良いんです」
「どうして私は、私をこんな目に合わせた奴等を生かさなければならないのよ!!」
「そんな目に合わせた奴は、ほぼ全てが死んでいます」
「そいつ等の子孫を、何故、生かして置かなければならないの?! 今日の敵だった奴を生かして何になると言うのよ?!」
「説得して味方に就けます」
「あんな死に損ないの体で、何が出来ると言うの?!」
「人間とは違い、数ヶ月経てば健常者になります」
「・・・ワカらない。ワカらないわ。・・・私はアイツが憎い。ここで晴らさないで、何時晴らすのか。今よ!!!」
男はノルへと真剣な眼差しを向け、ノルへと詰め寄る。
「ノル提督」
「何よ!!」
「ここは私の・・・家と家族がある。私は家長だ。そしてここは、私の最後の砦であり、都だ。貴女がここで事を起こそうと言うならば、残念だが君の家族の治療を諦めてくれ」
「家なんてまた作れば良い。狙われるのならば引っ越せば良い!!家族を想って何が悪いの?!」
「悪くは無い。だが、他所は他所、うちはうちだ。貴女に都合は有り、私にも都合が有る。都合を押し付けないでくれ。・・・貴女は何故ここに来た? 襲撃から逃げて来た?違う。男性が居るから?違う。君の家族の治療の為、仕方なく私は受け入れた。人から逃げて来た私にとって、この島が最も安全な場所だ。・・・しかしそれは、海の安全が保たれるようになる迄は、だ・・・。この島に来た事は口外して欲しくない。でも、君はこの島に来てしまった。ハッキリ言おう。貴女はこのまま帰れば、この島の事を言い振らす。貴女は自分の家族の為だけに、他の家族を窮地に
男に捲し立てられたノルは、訳が分からない様子でいる。その中には図星も在り、さらに、男の怒った様子にたじろぐ。
「な、何を言っているのよ?・・・」
男の表情に、ノルは焦った様子で言う。そのノルの様子に呆れたノルの艦娘達は、ノルへと説教を始める。
「・・・ノル提督。私達は言いましたよね? この鎮守府へ来る以上、何を見ても・聞いても、平静を保つ事・自分にとって気に掛かる事柄でも水に流す事。そして、この島を去ったら、この島で起こった事全てを忘れる約束を」
「そ、そんなの・・・忘れられる訳無いじゃない・・・」
「この島での経験全てを、自身が死んでも胸の中にしまって貰わなければ、しかも
ノルの艦娘が言い終わったところで、男が口を手で押えて咳込む。吐血。
咳込んだ後、膝を付く。気付いた北上が男を支える。
「提督、大丈夫?!明石、提督が!!」
北上が明石を呼ぶ声に『何ですって!!』と明石の声が工廠から聞こえる。
工廠から声を聞いて来た
明石が代表して男へと近付いて行く。
「・・・提督、・・・無茶しましたね?」
「明石・・・大丈夫だ、大丈夫。撃たれた箇所が疼くだけだ」
「そうは言っても、血と焦げでボロボロの服は見るに堪えませんよ・・・。はい、腕を出して」
「ああ、頼む」
明石が液体の入った注射器を出すと、男は片腕を明石へ見せ、注射を受け入れる。明石は男の腕に注射針を刺して注入していく。
「隊長、もう戦場は、私達艦娘にお任せください」
男を心配するノルの艦娘達の1名が男へとそう言う。
「ああ、頼むよ。私1人で全てを救う事は無理だからな」
男の答えに、彼女は納得出来なかった。
「もう戦場に出ないで、と言っているんです。我々艦娘が戦えば、事足ります!ですから・・・!?」
「君達も戦地へ赴く必要が無くなったら、そうするよ。まあ、暫く、私の方は装備が無いので戦場へは行けないな」
「この島に住む者達以外、貴方を喪失する事への危機感が足りないんです。・・・どうか、寿命まで生きてください」
「勿論、そのつもりだとも。・・・今回は終えたと思ったんだがな・・・」
「え?」
「いや、何でも無いよ」
ノルの艦娘達は男の言い様に訝しむ。しかし、生還したという事に変わりは無い。これ以上、何も言えなかった。
明石は男からSPの反応が無い事に気付き、質問してみる。
「提督、持って行った装備、SPは如何したんです?」
「砕け散ったよ。今生きているのが不思議な位な」
「本当に・・・よく生きてますよ・・・」
明石は安堵9割、呆れ1割で言う。
・・・生きている。その言葉に男はノルへと掛ける言葉を思い出す。
「・・・そうだ。ノル提督、・・・現地で、生存者は・・・・・・居なかった」
男は重い口を開け、口に出し辛い事柄を、ノルへ対して言う。ノルは唐突な雰囲気に付いていけていなかったが、自分の家族の事を言われ俯く。
「提督、人間側から防衛軍は出動していたんですか?」明石が問う。
「ああ。・・・だが、その全てが墓標と成った。戦車からの生存者は、1人だけだ」
「・・・オスが出たんですね?」
明石の言葉に男は頷く。
「ああ、巨大化したオスだった。やはり、奴は強かった。だが艦娘と妖精なら、物量で押せる程度の相手だ。・・・もしやすると、艦娘だけで、損害無しで斃す事が可能かもしれない。・・・時代は・・・変わったな。戦争当初、戦っていた我々も哀れと思える程に・・・」
男の哀愁を込めた答えに、明石は力を込めて否定。
「提督。・・・貴方達の奮闘は、決して無駄ではありません。艦娘が完成しても、初期の私達では、オスへ決して勝てなかった。深海棲艦と戦った男性、生存者9億分の1という無謀な戦争。それに勝利した真の立役者は、必死に深海棲艦達の進行を押し止めた、貴方達だったのですから・・・」
「・・・有難う。・・・そう言ってくれることが、人の未来を願った皆への手向けになるよ・・・」
明石の言に、男は哀愁の表情の中で薄く笑う。
・・・明石は、その男の背後に、ぼんやりとした形で、兵士が1名、苦笑している姿を見た・・・
それは直ぐに消え、明石以外に見えた者は居なかった。
「・・・あ、貴方は・・・」
男は震えた声を聞き取る。「ん?」とその声を向くと、男へと目を向けるノルが居る。
「貴方は、あの隊長だというの?」
「隊長は沢山居た。どの隊長かは判らないな」
戦時中、男が隊員の時には隊長が居た。その他にも隊長は存在する。この男だけが隊長だった訳では無い。
「・・・あの戦争に最後まで戦場に居た、・・・終戦をさせた・・・あの人なの?」
「その問いには答えられない」
彼女が判らないならば、答える必要はない。終戦時、この男は忘れ去られた『英雄』に成っていたのだから・・・。
「だって、人を嫌った筈の第1次達がこんなにも貴方を信頼している」
「日頃の行いが良いだけだろう」
第1次達は忘れない。機械だから。記憶が薄れる事は無いから。『英雄』が居なければ、歩兵達が居なければ、彼女達は人間共々、今の世には居ない存在だから。
自分達では倒せなかったオス型へと、『英雄』とその隊員達が、最後の1名に成り果てても突撃して行った事を・・・。彼女達は彼等が散兵線の花と散る姿を、しかと見届けたのだから。
「貴方は、損傷した第1次達を見てもなんとも思わない」
「人と艦娘、・・・そして深海棲艦も、個々の感情を持った生命体だ。私は味方を区別しない。その者の肉体が、例え人外であろうとも、だ」
本当は、男は深海棲艦を見ると反射的に殺そうと思ってしまう。それは戦争に因り染み込んだこと。
しかし、深海棲艦という艦娘達と互角に戦える者達を、味方に付いてくれた者が居る事を理解している。男は理性によって、時には呼び掛けによって、衝動を抑えている。
「・・・貴方に嫌いな種族は無いと言うの?」
「今嫌いなのは、人の敵として立ちはだかる敵だ。敵として尚も出て来るなら、海の底までも追い掛けて駆逐してやる。・・・だが、1人では出来ない。無双なんて事は出来ないのだから。だから私は艦娘の力を借りて、艦娘の力を信じて、時には艦娘を助け、今も人類の敵と戦っている。戦争で散った戦友達の為にも・・・」
時代が変われば敵は変わる。味方が敵に為ろうと、敵が以前と同じ種族で在ろうと、襲い掛かって来るならば蹴散らすまで。そして、今日の敵と戦う。
男はノルの心情を解る。しかし、男自身も、そしてノルも、守りたい者達が在る。
「ノル提督、今の気持ちを大事にしなさい。経験と記憶は、忘れる事が出来ない物もあるのだから・・・。だが、個での活動は小を救えても大は救えない。深海棲艦は艦娘と同じ位に強い。自身の怒りの気持ちを抑え、且つての敵を利用するんだ。手駒が増える。手駒が増えれば、大を救えるようになる。そうする事が、太平の世へまた一歩前進する事になる、と私は信じている。愛しかった過去が、未来で
ノルは大人しくなる。この男の、未来を見ている・決心を固めている表情を見て、彼と同じくこの先も艦娘達を指揮する者として戦おうと思えた。
ノル自身も本当は解っている。超人的な自身でも力不足。深海棲艦を倒すには艦娘という存在が必要不可欠。
敵を絶滅させるには彼女達に頼らざるを得ないのだ。彼の英雄でさえ、『艦娘や敵に頼れ』と言った。超人的な彼も理解している事をノル自身が分からない道理は無い。
彼女もまた、自身の思い浮かべる未来の為に、艦娘と共に敵との戦いへ挑む覚悟を決める。