男は、ノルが静かになったことを確信し、北上に肩を貸して貰いながら行きたい場所へと歩き始める。
「明石。頼みが有る。一緒に工廠へ行こう」
「はい、提督」
明石はそう言うと、男の肩を担ぐ。
男はノルとその艦娘達と別れ、明石と北上に肩を借りながら共に工廠へと向かう。
「明石。もう1つ予備で貰っていた装備だが・・・」
「本来あれが最新作だったんですけどね・・・」
「あれを使って、戦時中、深海棲艦の本拠地だった所へもう一度乗り込もうと思う」
「・・・危険過ぎます。あの時は運良く首謀者を連れて来れたから良かったものの、こんな事をやった後です。厳重警戒をしていると予想します」
「重々承知しているが、あそこに純種が居た場合、私は今度こそ絶滅させなければならないと思っている」
「今は無茶です! 提督、貴方は先程、吐血する程の内出血を起こしています。体も碌に動かない状態。速度を出した時の負荷に体が耐えられません」
「大丈夫だ、自分の体は解っている。それに、さっきの戦場に居た深海棲艦の大多数が純種だった。2、3名居るくらいだろう。それに、オスも居なくなった。脅威となる者はほぼ居ない筈だ」
男の言葉に、明石は止めるのは無理だと悟る。それならばと、誰かは連れて行くべきと思い口にする。
「確定出来なければ危険です。・・・それでも行くならば、味方の深海棲艦だけでも連れて行くべきです」
「ほむ・・・そうだな。彼女を連れて行こう」
男は自身の鎮守府に居る深海棲艦の1名を思い浮かべる。戦時中の生き残り。彼女が最も適任だと思う。
「新作装備の件ですが、あれを使うより、元々の装備を使った方が良いと思います」
「修理と点検は済んでいるか?」
「AIが入っていませんが、新品同様の状態に直してあります。現在の提督向けに筋力補助装置も新調してあります。但し、記憶媒体の消失に因り、記録は全て真っ白です。・・・提督はあの場所を覚えているんですか?」
男は否定する様に首を動かし、とある1名を思い浮かべる。
「・・・タ級は覚えているかな?・・・」
「さあ・・・訊いてみないと・・・」
話しながら、装備の前まで来た。
男は旧式装備を見る。外見は完全修復がなされた状態に見える。だが、長年付き添っていたAIが居ない。
男は装備の視界部分を触って装備をサングラスのみの状態にし、そのサングラスを懐に入れ、肩を借りていた明石と北上から離れる。
「相棒が喋らないと、こんなにも胸に穴が開いた様な気持ちになるなんてな・・・」
「今は生きて居ますよ?」
「居る場所が別の所だな」
サングラスを持った男は明石に別れを告げ、ゆっくりとした足取りで工廠を後にする。
「戦時中は大きく思えた背中が、頼りなく思えるなんて・・・。時代・・・なんですね・・・」
男のボロボロ・傷だらけの後ろ姿。その背中を見て、明石はそう思えた。
「・・・頼りになるよ。提督は、毎日あんな姿に成りながら、戦い抜いて来たんだから・・・」
北上は言う。『提督はまだ戦える』と。
「それに、またオスが出たら、新調した装備で戦えば良いさ」
(新調しても、装備の装甲はほぼ変わらない)
明石はその言葉を飲み込んで次の言葉を考える。
「・・・提督用に長射程武器でも作っておきますかねぇ」
「オスも撃破出来る?」
北上の言葉に、明石は頷く。
「・・・ま、私でも、数ヶ月掛かりますね」
大淀は男の専用部屋の扉を開ける。男は基本、部屋の鍵を閉めない。男へ悪意を持つ者はこの島に居ない。結果誰かが侵入したり改造されてしまうのだが、男にとって都合の悪い事は起きないので、男は何も言わない。
大淀は捕虜をソファへと座らせる。そのソファは、体を横にすれば、寝る事も出来る大きさが有る。
「今、何かして欲しい事は?」
「・・・ア、アノ。・・・大用ト、オ風呂ヲ///・・・」
「・・・良いでしょう」
大淀は苦笑しながら溜め息を吐いた。
「・・・」
「何でしょう?」
「
「まあ、見慣れて・・・慣れてますから」
「・・・エ?」
「先ず、風呂からですか?」
「エ、エェト・・・用ヲタス方カラ、デ」
大淀は見慣れている。・・・だが、初めての体験だ。復讐の連鎖を止める事。無益な殺生を止める事。あんなに居心地悪い事だとは思わなかった。しかし、見たという経験が有る。別段苦には思わなかった。それに此処は男と艦娘達の楽園。ここに居る艦娘は、敵と戦うのは勿論の事、男との絆を確かめ合えればそれで良い。
「コレハ・・・男ノ匂イ?」
「ええ、そうですよ。ここは提督の私室です」
「・・・良イノ?私ヲ貴女達ノ大切ナ殿方ノ傍ニ置イテ?性的ニ襲イ掛カルカモシレナイワヨ?」
「その体で出来るものならやってみてください」
子孫を残す?良いではないか。女の身で生まれたのだ。望まれれば9人でも、それ以上でも産みたいものだ。
「ソウイエバ、ココニハ人間ハ?」
「此処には、あの男性と艦娘、それに深海棲艦が数名いる程度。純粋に人間と呼べる者は・・・赤ん坊位。そもそも、深海棲艦との戦闘に人間は足手まといです」
此処にはただの人など要らぬ。人の心は移ろい易い。自分にとって良い事柄は忘れ、自分にとって不幸な・不都合な出来事ばかり覚えている。それを罵詈雑言にして・怒りに変えて襲い掛かって来る奴等など此処には要らない。
戦うのならば、この大淀の提督の様に、せめて歩兵装備を纏ってそれを手足の様に操って貰わねば困る。
「それに、あのヒトの為に、当鎮守府の艦娘達は戦っているのですから・・・」
艦娘には守るべき者が近くに居てくれる事、提督が必要なのだ。提督からの指揮など別段要らぬ。自身の鎮守府へ戻って来た時に、艦娘以外に出迎えてくれる存在が欲しい。それ故に『艦娘以外の誰かを今日も守れたのだ』という実感を得られる。
一度海へ出れば、対深海棲艦との戦場という、地獄が待ってはいる。
しかし、それが何だ?上等じゃないか。人型兵器として生まれた艦娘として腕が鳴る。あの男に頼られる限り、この鎮守府の艦娘は戦う。
帰れないかもしれない?何を問うているのだ?命の取り合いをする戦場で帰れなくなる事はある。相手が絶望し、完全に尻尾を巻いて逃げ出すまで・・・いや、絶滅させるまで戦争の終了は無い。戦う者は全力を以って敵と殺し合うまで。
「・・・羨マシイ・・・」
「何が?」
「悪魔・・・アノ男ハ、信頼サレテイルノネ」
「私達には・・・ですがね。人間には・・・もう、知る人ぞ知る存在と成り果てました」
「・・・花ノ色ハ 移リニケリナ・・・」
変異体は別の星の知識を口にする。この星には短歌の文化が無い。在ったとしても、とうの昔に廃れた文学である。
「おや?、この星の文学には無い知識をお持ちで?」
「・・・実ヲ言ウト、私、艦娘ダッタノ・・・」
「そうでしたか・・・」
『艦娘だった』という台詞。それは艦娘の変異体である事を意味する。
艦娘の知識を持ったまま変異した個体は艦だった時の記憶を持っている。
戦時中、人間側の敵として、終戦近くに数多く出現した。
変異体と名付けられた理由は、艦娘の特徴を残した者が艦娘を襲う事から。
深海棲艦の特徴が色濃く、艦娘や人を襲った事で深海棲艦と同類の存在と結論付けられた。
変異したからといって昔の事を、艦・艦娘だった時の事を完全に忘れた訳では無い。
別の惑星から来た魂が、元々居た星と国の文学を転生した星へと持ち込む。
それが根付くかどうかは、その時次第である。
「コノ島ヘ、攻撃ノ命ヲ受ケ、艦娘ヲ爆弾1発デ粉砕シタノガ・・・私ダッタ。・・・死ヌトハ思ワナカッタ。・・・空飛ブ人型ノ猛攻カラ逃ゲタ後・・・アノ時ノ私達、自虐ノ念ニ駆ラレタワ。折角、人ノ様ナ器ヲ手ニ入レテ自由ニ動ケルノニ、・・・アノ時・・・仲間ヲ討ッタンダモノ・・・」
「・・・敵対しないのだと誓えるのならば、貴女がこの地に居ても、枕を高くして寝られるというものです」
「誓ウワ。絶対ニコノ鎮守府ニ危害ハ加エナイ。艦娘名--ノ名ニ誓ッテ」
変異体によっては艦娘名を覚えている者が居る。
今回男が捕虜として連れて来た変異体は自身の艦娘名を覚えていたのだった。
「・・・やはり変異体でしたか・・・」
「私ヲ判ッテイタノ?」
「貴女の様な姿形をした者は、深海棲艦の純種には居ませんでしたから」
「・・・全部ヲ知ッテイルノ?」
「ええ、私は全種類を見ましたからね」
「長生キナノネ」
「知識の上では・・・ですけどね」
「・・・如何言ウ意味?」
捕虜が大淀の言葉に疑問を持つが、大淀は知っているのが当然だという顔をしている。
「言葉通りですよ。長らく最前線に居ましたからね」
大淀の言に対して、捕虜は『凄い自信だ』と感心顔になった。
男は飛行場に残って居た輸送機に近付き、妖怪へ話し掛ける。
「機長。今日、もう一度飛ばせるか?」
『提督、今日はもう無理です。瞬間転移装置が使用限界で整備が必要です。・・・それに、もう日が暮れて、夜の操縦が出来ません。この機体を夜に操縦出来たのは、・・・撃墜された彼だけでした。今現在、夜間飛行が出来る補充要員が来ない限り、夜には飛ばせません』
今日、輸送機を操縦した妖怪は男へそう答える。
男の鎮守府は日没。陽は完全に沈み、少しばかりの陽の光と夜の衛星から反射する光で辺りが微かに見える程度。
今回、急造の設備・機体での出撃だった為、夜間飛行を想定していない作りである。離陸は出来るが、着陸が出来ない。離発着で貴重な熟練パイロットを失う訳にはいかない。
「・・・そうか。・・・今日はご苦労だった。君達の技術の御蔭で敵を倒し、人を守る事が出来た。ありがとう」
『勿体無きお言葉、・・・有難う御座います!』
妖怪は男へ敬礼をする。男は答礼し、飛行場を後にする。
男へ敬礼した妖怪へ別の妖怪が駆け寄ってきて声を掛ける。
『おい、良いのかよ? 提督、ボロボロだぞ・・・』
その言葉に、哀愁を込めた苦笑をする。
『・・・提督が戦った時は、何時だって、ボロボロだったさ。俺は彼に助けられて、まだ生きている』
男はとある部屋の前に立ち、他者の部屋へ入室する為、ドアを複数回叩く。
中から入る事を了承する旨の声が聞こえ、男はドアを開く。
中に入ると、そこには深海棲艦2名が椅子に座りのんびりとして居た。彼女等は提督が来たことに驚く。
男が深海棲艦である自分達を苦手とし、何か問題が在る時以外は滅多に来ないからだ。
彼女等は理由が分かるからこそ何も言わない。ただ彼と、それとなく、話せる事を楽しみにしているのが彼女達。
「提督、如何シタノ?」
「タ級、終戦間際の深海棲艦本拠地を覚えているか?」
「・・・今更如何シテ又。・・・行コウト、言ウノ?」
男の言う事に、タ級は困惑している。
男は話す。先程、ほぼ純種で構成された深海棲艦メス型・オス型との戦闘から自分だけ帰って来た事。深海棲艦の純種達は終戦に合意したのではなかったのか、の確認の為に其処へ行きたい事。合意していないのならば、そこに居る者達全ての息の根を止めようと思っている事。
「外ガ慌シカッタノハ、ソウイウコトダッタノネ・・・」
タ級は暫し考え込んで、声を発する。
「長老ガ今回ノ事ヲ仕組ンダノカシラ?」
「長老?」
深海棲艦は、純種・変異体・知能の無い個体、の3種類に分かれている。
純種はこの星で古くから海に住んで居た深海棲艦の個体。ウ〇トラな特撮で出て来た、「ノ〇マルト」と解釈すれば良い。この星では、陸では陸上生物や人間が、海では海中生物や深海棲艦が
変異体は艦娘が深海棲艦へと変化した個体。
純種とは(純種と遜色ない個体も存在するが)変わった艤装を持ち、純種との区別が容易な者を指す。主に、妖怪が深海棲艦の肉体に近い体細胞を作って建造を行う第3次艦娘が沈没した際、変異体になり易いとされている。
知能の無い個体は、犬やイ級の様に、理知的な深い対話が不可能な種類を指す。変異体もこの中に入ったり、入らなかったりする。
この中で純種は町や集落を形成して暮らしていた。原住民としての出現当初から遠くの仲間との意思疎通が可能だった為、都市を形成する事への進歩・意識改革は無かった。意思疎通はクジラの様な、されど違う方法。音よりも早い遠方への意思疎通が可能。遠くに居ても身近に居るという感覚になる為、家族以外は結構遠くに居る事が多い生活を送っていた。
海中は勿論のこと、陸上でも生活が可能。陸に住む者と恋に落ち、陸上で暮らす者も少なからず居た。
しかし、種族差別に因る迫害、超人的な体を人対人の戦争へと投入しようとする者達からの逃亡。海へと戻る者は居た。陸から海へ戻った者達は地上生物への怨みを忘れなかった。これを子々孫々伝え、陸に住む者達は自分達を生物ではなく差別対象や物としてしか見ないという認識にさせる。
海中で住まう者達で最も問題となったのは海洋汚染。体へ公害等の毒が入り、死者が出始め、次第にその数を減らしていた。更には食料となる魚、海草などにも毒を有する物が発生。これに因り食料難も発生。陸を見た者達は人の仕業であることを断定。これも子々孫々伝え、人間への怨みは頂点へ達する。
とある者の決起により、海中に住むほぼ全員が賛同し地上制圧を開始。少ない物資の中、強行軍で陸上生物と戦いを繰り広げる。約2年半という年月の中、深海棲艦と陸上連合軍との戦いは陸上連合軍の辛勝。
戦場は海へと移る。しかし、戦争当初から、個体数不足であった。陸戦で重要戦力の殆どを消耗していたのだ。
占領していた島を日毎に逆占領され、最後の島を奪還された後、深海に在る家へと逃げた。そこは深海棲艦の長老の家。海戦から約6年半後、純種は降伏。合計9年という年が過ぎていた。最後に残った純種の数は50名。50というその数は長老の家に居た数で、その他の場所に居た者は含まれていない。
今回、男は事を起こした主犯を純種だと断定。長老の家へと殴り込み、可能であれば、そこに居る全員を討とうと考えている。
男は人間の味方をしない深海棲艦は全て敵、討つべき存在だと思っている。降伏を名乗り出れば考えない事もないが、そうする様な者でなければ全てを討つ心持ちで居る。自分の大切だと思うものを守る為には、敵に情けを掛けない。そういう考えでいる。
「それで、場所は覚えているか?」
「・・・エエ、覚エテイルワ。・・・タダ、今モアソコニ居ルノカシラ? 貴方ニ発見サレタノダカラ、住処ヲ移動シテイル可能性モ在ルワヨ?」
「前に話を聞いた限りでは、知られていない様子だったぞ?」
男の鎮守府に居る艦娘の中で、変異体が更に変異して艦娘となった者が居る。その1名が陸上侵攻の切っ掛けを作った者。
作戦立案等、戦時中に於ける純種達の総統の立場に在ったのだから、彼女が深海棲艦の純種に与えた影響はある。
事実、彼女が降伏を宣言をした後、純種と変異体を判別出来る艦娘から、『純種からの攻撃は全く無かった』との報告がある。
純種達は、彼女が誰にも悟られずに逃げたと思い込んでいる。だがそれは違う。男がタ級と共に乗り込み、気付かれずにヒト達の目の届く所へ引きずり出すという、偉業を成し遂げたのだった。
彼女が逃げ出したという誤解を解かず、そして今も解かれていない状態である。
タ級は考えてから、男と共に行く事を肯定。
「分カッタワ。取リ敢エズ行ッテミマショウ」
「私モ一緒ニ行ク!」
もう1名の深海棲艦も名乗りを上げる。彼女は最近に男の仲間になった深海棲艦。潜水カ級。
彼女は変異体、深海棲艦となった者。
「危険だぞ?」
「提督ダッテ危険デショウ?・・・無茶ハ承知シテル・・・」
カ級の言葉に男は暫し沈黙。・・・間を置いて承諾し、3名で外へと歩いて行く。
・・・その3名の後姿を見ていた、ベッドの上で寝ている艦娘が居た。
3名が部屋から出て行き、扉が閉まった後で寝転んで居た彼女は薄目を閉じる。
「・・・艦娘に為った事が、今、こんなにうらめしいだなんて・・・」
彼女は掛け布団を頭まで掛け、行動出来なくて、疲れていない体を寝かせる。
・・・しかし、こんな気持ちでは、眠るのも一苦労だ。