※この作品はR-18です。

淫姫絶頂したいフォギアIF   作:拙作製造機

14 / 31
シキがタイトル通りになってしまった話。時期的には本編のIF編終了直後辺り。しかも、状況が少々厄介な事に……。


おねしょた編(クリス・翼・マリア)
子供になっちゃった


「ギャラルホルンねぇ……」

 

 公園で空を見上げるのは、要シキと名付けられた青年である。つい先日、平行世界からやってきた彼の妻達そっくりの少女達。それが通ってきた道がその見上げているものだった。

 

「これ通れば会えるらしいけど……」

 

 ギアがない人間は通れないと言われているのか、彼はどこか微妙な顔をしていた。それでも興味がない訳ではない。自分がいなかった事でどうなるのかをその目で見る事が出来るなど、中々出来る事ではないからだ。

 

「ちょ、ちょっとだけ手を近付けてみるとかなら平気かな?」

 

 男はいくつになっても子供のような部分があるものだ。彼もそのようで、誰にでもなくそう告げて、そっとゲートへと手を伸ばしてみた。すると、突然ゲートが活性化。大きさを変えたかと思うとシキを吸いこんだのだ。これに慌てたのはシキである。そんな事が起きるなど聞いてもいないし、思いもしなかったため、完全にパニックとなっていた。

 

「ええっ!? そ、そんな事ってあるのぉ!?」

 

 掴まるものもなく、彼はあっさりとゲートの中へと吸い込まれた。そこからの記憶は彼にない。気付けば、どこかのベッドの上であり、凄まじい気怠さを感じて目を覚ましたのだから。

 

「……ここは……?」

「あら? 気付いたのね」

 

 聞こえた声に彼が目を動かせば、そこにはマリアがいた。ただし、彼の良く知る外見ではなく少々若い頃の。

 

「大丈夫? えっと、名前は言えるかしら? それと、何故あんなにぶかぶかの格好を?」

 

 まるで知らない相手へ話しかけるような、しかも幼い子供を前にしている口調で問いかけるマリアに、シキは内心首を傾げながら当然のように話す。

 

「何言ってるんだ? 俺だよ、イヴさん。その、要シキ」

「…………え?」

「だから、シキだよ。その、ほんの戯れでギャラルホルンだっけ。あのゲートへ手を伸ばしたら勝手に大きさが変化して」

「ちょ、ちょっと待って。貴方、本当に要シキなの?」

「? そうだけど?」

 

 幽霊でも見るかのような表情でシキを見つめるマリアだが、事の重大さを理解してすぐさまナースコールならぬ発令所への通信を入れた。

 

「聞こえる? 今、例の少年が目を覚ましたの。ただ、とんでもない事になったわ。詳しい事は後で話すけど、ギアもない人間がギャラルホルンを通った事に間違いはないみたい」

『分かった。すぐにエルフナイン君をそちらへ向かわせる』

「お願い」

 

 通信を終えたマリアはチラリとシキへ視線を向ける。そこには、どう見ても中学生か小学生高学年程度の外見の少年がいた。

 

「……あの、イヴさん。さっき、少年って」

「分かってくれたようね。そうよ。今の貴方は少年と表現するのが正しい見かけなの。えっと……」

 

 そう言ってマリアは立ち上がるや自分の物だろうバッグから手鏡を取り出すと、それをシキへと向けて見せる。そこに映る自分の姿にシキは黙り込んだ。それは、彼が保護された時の外見そのものだったからだ。

 

「これ、保護された頃ぐらいだ」

「そうなの? どういう事かしら……?」

「えっと、俺はやっぱりギャラルホルンって奴の近くに?」

「ええ。異常な反応を感知して、たまたま本部を訪れていた私が対応したの。で、床に倒れている貴方を見つけた。今、ギャラルホルンは静かになっているらしいけど……」

 

 医務室へ来る前に弦十郎達が話していた事を思い出しての言葉にシキは頭を抱えた。ギャラルホルンを超えてきたのは間違いないが、だからと言って帰れる訳ではないと分かったためだ。ここへ来たのも意図してのものではないし、その結果体が若返ってしまっている。もしそれでいけば、元の世界へ戻った時には赤子か、下手をすれば死んでしまってもおかしくないと考えて。

 

「マリアさん」

「エルフナイン、来てくれたのね」

「はい。それで、何か事情があるそうですが……」

「そうなの。えっと、以前話したわよね? 私達が同じ男性の妻になっている世界は」

「覚えています。その、僕がキャロル達と家族になってる……」

「ええ。彼は、そこからやってきたの。そこで夫や父をしていた要シキという名の」

「……本当なのですか?」

「あー、うん。何でか知らないけどね」

 

 エルフナインの格好が見慣れているものだからか、シキは少しだけ懐かしさを覚えていた。一方のエルフナインは初めて出会うためか、不思議そうにシキを眺めていた。成人の時の彼を見ていないからかもしれないが、目の前の少年が平行世界の自分の親になり、装者達を揃って妻にするとは思えなかったからだ。

 

「とりあえず、色々と質問をさせてもらいますね?」

「うん、いいよ」

「では、まずどうやってギャラルホルンを抜けたのですか?」

「えっと、俺の世界の方にあったゲートで、いいんだよね? あれへ手を伸ばしてみたら、急にゲートが広がって俺を吸いこんだんだ。そこから先は覚えてない」

「ゲートが吸い込んだ? ……そうですか。ご自分の事はちゃんと覚えてますか?」

「うん、それは心配ないよ。しっかり記憶してる」

「えっと、何故ゲートへ手を?」

「あ~……自分がいないとどうなるかがちょっと気になってさ。それで、ほんの出来心で手を伸ばしてみたんだ。届かないから無理だとも思ってたし」

 

 シキの最後の一言でマリアが大きくため息を吐いた。彼らしいと感じたのかもしれない。そうしてエルフナインが色々と聞き取りをしていると、医務室へ弦十郎が姿を見せた。彼は入室するなりシキを見て、すぐにマリアへ視線を移す。

 

「マリア君、彼は一体誰か分かったのか?」

「ええ。例の平行世界の最重要人物よ」

「……要シキ、だったか。だが、報告では成人男性だと……」

「ギャラルホルンを抜けた影響で体が退行してしまったようです。要さん曰く、向こうで保護された年齢ぐらいだと言っています」

「大体ざっと十五年ぐらいは若返りました」

 

 さらりと告げられた言葉の重みに弦十郎は小さく唸る。彼が聞いている情報では、シキは複数の妻を持ちながら子供を授かっており、しかも奏とマリアだけでなく響や未来に調と切歌以外の者達も身籠ったと聞いたばかりなのだ。

 

「……出来るだけ早く帰れるよう、こちらでも手を尽くしてみる。すまないが、それまでは待ってもらえるだろうか?」

「あ、いえ、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ないです。俺が馬鹿な事考えなきゃ良かっただけなんで」

 

 真剣な雰囲気で問いかける弦十郎へ、シキは出来るだけ軽い感じで返した。それは彼なりにあまり気にしないで欲しいという合図である。弦十郎もそれは分かったのだが、彼は真面目で情に厚い人間だ。妻達や幼子達を哀しませるを良しとしない。なので、当然答えはこうなる。

 

「君のためだけに言ってるのではない。君の家族のために言っているんだ。一家の大黒柱が長期に渡り不在となれば彼らは困ってしまうだろうし、何より生まれてくる子供達はどうする?」

「……それは」

「君も出産には立ち合いたいだろう。とにかく、気遣いは嬉しいが俺達としてもギアもない人間がギャラルホルンを通過出来たというのは見逃せない。しばらく、色々と協力してもらえるか?」

「それは勿論」

「そうか。ではエルフナイン君、後を頼む」

「分かりました」

 

 言うや否や弦十郎は医務室を後にする。その行動の早さにシキは苦笑しながら納得していた。やはり弦十郎もその在り方などは変わらないのだなと思って。

 

「じゃあ、とりあえずエル……いやエルフナインってここじゃ呼ばれてるんだっけ?」

「好きに呼んでくださって構いませんよ?」

「そう? じゃ、エルちゃんって呼ぶか。うちの義娘と同じじゃ色々とダメだし」

「では、僕はどうお呼びすれば?」

「苗字でも名前でも、さん付けでも呼び捨てでもお好きなように。何せ向こうじゃ父さんだから」

「なら、要さんで」

「……奇妙な光景ね」

 

 マリアから見れば、少年少女が仲良くなろうとしているようにしか見えない。だが、それは本来ならば親子程の年齢差がある組み合わせなのだ。そしてエルフナインも医務室を出て行った。残されたのはマリアとシキのみ。

 

「俺って、外出とかやっぱりダメかな?」

「……外に出たいの?」

「何て言うか、ここだと仕事場って感じで落ち着かなくてさ。それに、外の空気を吸いたい」

「ふぅ、分かったわ。少し待ってて」

 

 どこか苦笑しながらマリアも医務室を後にする。向かうは発令所だ。頭ではシキを大人として認識しているが、どうしても外見が少年であるため、マリアの中の母性本能がくすぐられてしまうのだ。そう、まるで背伸びをしている男の子のように見えるために。

 

(何て言うか、今の彼だと可愛く見えてしまうわね。年下趣味はないけれど、弟がいればこんな気持ちだったのかしら?)

 

 小さく笑みを浮かべながら発令所へ向かうマリア。その頃、医務室へ新しい来訪者が現れていた。

 

「か、要さん、なのですか?」

「嘘だろ……」

「そうだろうね。俺もビックリしたからさ」

 

 翼とクリスは少年となったシキから簡単な事情を聞いて目を見開いていた。最後に見た時は立派な父親をしていた者がどこかにいそうな少年となっていれば無理もない。それに、生身でギャラルホルンを通れた事も驚きに拍車をかけたのだ。

 

「そ、それで向こうへはもう連絡を?」

「いや、それはまだだと思う。俺が子供になっちゃいましたって、今のみんなには言えないってのもあるだろうし」

「そういや、赤ちゃんが産まれるんだよな。たしかに色々不味いかもしれねー」

「だが、だからこそ連絡をしてせめて無事な事だけでも」

「でもな先輩、腹に子供がいる時に旦那がガキになりましたなんて言われて、しかも証拠写真なんて見せられたら悪影響出ねーか?」

「そ、それは……」

「じゃ、こうしてくれる? 連絡入れるとしても俺がここにいて五体満足で健康な事。だけど生身でギャラルホルンを抜けたから、大事を取って精密検査中。これならそこまで嘘も言ってない」

 

 シキの提案にクリスは即賛同。翼もそれならばと賛同し、連絡役として彼女がギャラルホルンへと向かったのだが……

 

「これは、どういう事だ? ギャラルホルンが稼働していない?」

 

 静かすぎる事に気付いた翼がギャラルホルンを観察した結果、その機能が停止したようになっている事が判明。ただちにエルフナインが調べた結果、一種の休眠状態であると推測された。理由として考えられるのはシキの来訪のみなので、それに関わる何かが影響しているというのが結論として出る。

 

 それに翼はすぐ思い当る事があった。シキにある特殊能力とも言うべき体質である。生命のスープを作り出せる存在である彼だからギャラルホルンも通過出来たのではないか。そう彼女は考えるも、それをすぐに報告は出来なかった。何せ内容が内容である。なのでまずは本人の許可を取るべきと翼は医務室へと戻るが、その途中でシキを連れて歩くマリアとクリスを見つけた。

 

「マリア? それに雪音も。要さんとどこへ?」

「ああ、彼が外出したいとね。司令の許可は取ったわ」

「あたしは念のための護衛だ。ま、必要ねーと思うけどな」

「そう言う事か。ギャラルホルンについては聞いたか?」

「いえ、何も。何かあったの?」

「それが……」

 

 翼の口から告げられた内容は三人を黙らせるには十分であった。だが、彼はいち早くそこから脱した。彼も翼と同じでその原因に心当たりがあったためだ。

 

「もしかして、俺の体質が原因?」

「「体質?」」

「私はそうだと思っています。要さん、外出してもいいのでマリアと雪音にあの事を教えても構わないでしょうか?」

「俺はいいけど……」

 

 やや微妙な顔でシキはマリアとクリスを見上げた。今、彼の体質を聞いて困るのはどちらかと言えばそちらだと翼へ告げているのだ。それを彼女も理解している。なので二人へ視線を向け、問いかけたのだ。中々気持ちのいい話ではないぞ、と。それに対しての二人の答えは決まっていた。

 

「別にいいわ。それに、正直彼関連は今更よ」

「だな。結婚、重婚、妊娠と来たんだ。今更もう驚かねーよ」

「そうか。では、まずは外に出るとしよう。要さん、いいですか?」

「俺に異論はないよ。ついでに話す場所は極力人に聞かれない場所でお願い」

「分かっています」

 

 こうして四人は揃って外へと出る。向かうはクリスの部屋となった。マリアの部屋は切歌や調と共同生活のためで、翼の部屋は言うまでもなく散らかっているからだ。シキも翼のそういう面を知っているから構わないと言ったのだが、彼女がそういう問題ではないと拒否。結果、消去法でクリスの部屋となったのだった。

 

 街中を歩きながら翼とクリスは一つだけ気になっている事があった。それはマリアがシキと手を繋いでいる事。しかも、シキはどこか困惑している風に見え、そこからそれを提案もしくは実行したのがマリアだと分かる。

 

(何故マリアは要さんと手を繋いでいるのだろう? 念のため、だろうか? はぐれるとは思えないが……)

(あいつ、何でどこか嬉しそうなんだ? ……今のあの野郎がガキになってるからか? とすりゃ……ああ、そういう事かよ)

(な、何か誤解されていないかしら? これは、勝手な行動を取られないためなのだけど……)

 

 不思議そうに首を傾げる翼と、若干勘違いをするクリスに、説明する方が余計怪しく思われると思って黙っていたマリアという構図。そんな中、シキはマリアの行動から自分が不安視されていると感じていた。

 

「えっと、さすがに俺も良く知らない場所で単独行動はしないよ?」

「ダメよ。それにここは知ってはいるけど貴方が暮らしていた場所ではないだけ。良く知らない事もないと言えるじゃない。だから絶対安全とは言えないわ。それに、今の貴方は頑張ってみても精々中学生。下手をしたら小学校高学年よ? 大人の保護下にあるべき状態なのだから大人しくして」

「……分かったよ。なら、マリアお姉ちゃんの言う通りにするよ」

「っ!? お、お姉ちゃん!?」

 

 思わずマリアが歩みを止めてシキの方を振り向く。視線の先では彼がどこか悪戯っぽく笑っていた。その笑顔が可愛らしく見え、思わずマリアが赤面する。

 

「だって、今の俺はそういう扱いなんだろ? なら、らしく振舞う事にする。だから、そっちの事をお姉ちゃんって呼ぶ方が自然だろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「俺としても、その方が本来との区分けみたいになるしさ。って事で、翼お姉ちゃんとクリスお姉ちゃんもよろしく」

「わ、私達もか?」

「な、何かむずむずするな、その呼ばれ方」

 

 若干の照れくささがあるのか頬を赤らめる翼とクリスも、してやったり顔で笑う少年に胸を騒がせる。実は、地味にこの頃のシキは写真にも残っておらず、奏や翼でさえ会った事のない状態であった。保護されていた頃は世話になっているからと大人しかった彼であったが、本来は悪戯っ子な面を持つ性格である。そのため、肉体面が若返った今こそ、それらしい部分がより強調されていた。

 

「いいじゃんか。俺はここじゃ十二歳ぐらいの子供だし、そっちは年上のお姉ちゃん達だ。だからさ、マリアお姉ちゃん、あの自販機でジュース買ってくれよ。ダメ?」

「っ……な、何て言う切り替えの早さ。でも、ダメよ」

「ちぇっ、じゃあいいや。翼お姉ちゃん、買って?」

「私!? そ、そうだな……」

「ちょっと翼? 何で拒否しないの?」

「いや、ここへ来てから水分を取っていないのかと思ってな」

「そうそう。実はそうなんだよ。こっちから催促するのもって思ってたけど、子供なら言うべきかなって」

「……成程な。大人としての配慮とかも全部やめたって事かよ」

 

 シキの言い方で彼の言い分を察して呆れるクリスだが、実はここで彼女もマリアも一つ感じている事があった。それは、彼女達二人に共通する部分と深い関わりがある。そう、面倒見の良さと母性本能の強さであった。

 やんちゃ坊主な振舞を始めたシキを、マリアもクリスも厄介なと思う反面、その素直な物言いは周囲の年下達と一線を画すものがあったため、若干嬉しくもなっていたのだ。特に妹分達が素直に甘えてくれないマリアには。

 

「ねぇ、翼お姉ちゃん、いいだろ~?」

「……仕方ないな。どれがいい?」

「やったあ! さっすが翼お姉ちゃん、気前が良い~」

「あっ……」

 

 自分から手を離し、翼の後ろへついて歩き出すシキにマリアは無意識の声を漏らす。その寂しそうな声にクリスが若干ジト目を向けた。

 

「んだよ、今の声」

「っ!? か、勝手に動かないの。今は私が一番の年長なのよ」

「そう言うなマリア。大体、要さんを子供扱いしたのはそっちだろう」

「そうだけど……」

「翼お姉ちゃん、これがいい」

「分かった」

「先輩が、完全に弟の面倒を見る姉ちゃんになってやがる……」

 

 苦笑しながらどこか嬉しそうな翼を見て、クリスは小さく呟いた。だが、そんな彼女も嬉しそうにジュースを飲むシキに気持ちがざわつくのを隠せなかった。自慢ではないが、この三人の中ではマリアと肩を張れるぐらい面倒見は良いと思っていたからだ。

 

「ほら、さっさと行くぞ。時間は限られてるんだ」

「雪音、どうした? 別に急ぐ必要は……」

「あるだろ。こいつが元に戻れるか分からねーが、そうしないといけねーし、これをあのバカ達に知られたら余計ややこしい事になるに決まってる」

「……そうね。特に響と切歌は喜んで世話をすると言い出しかねないわ」

「ま、あいつらの部屋は女子寮だから連れ込む事が出来ねーからいいんだけどな。とにかくだ。一刻も早くこのガキになっちまったこいつを家に帰れるようにしてやんねーと面倒なんだよ」

「く、クリスお姉ちゃん、ちょっと痛いって」

「あっ! ……わりぃ」

 

 気付けばシキの空いてる手を掴んでいた事に内心驚きながら、慌ててクリスは手を離す。そんな彼女へシキは首を左右に振って笑顔を返した。

 

「別にいいって。何なら案内してくれよ、クリスお姉ちゃん」

「っ!? そ、そうだな。その方がいいか」

「雪音?」

 

 今度は優しく手を握り、クリスはシキを連れて歩き出す。当然翼とマリアを置いていく形で。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

「……今日のマリアも雪音も様子がおかしいな。何かあっただろうか?」

 

 小さく首を傾げ、翼もそこから歩き出す。こうして彼らはクリスの部屋へと向かうのだが、その途中で彼女がふと思い出したように足を止めた。

 

「あ、そうだ。夕飯の買い物しないと何もねーんだ」

「そうなの? なら、スーパーに行こう。いいよな、マリアお姉ちゃん」

「そうね。この分だと私達もそこでご馳走になるだろうし、代金は少し持つわ」

「あ? 何でんな話に」

「だって、今日の彼の宿、貴方の部屋よ?」

「はぁ!?」

「え? そうなの?」

 

 大きく驚くクリスと対照的にシキは落ち着いていた。この辺りに本来の年齢差が出ている。

 

「だって、そうするしかないでしょ。今からスーパーへ行って買い物をし、貴方の体質関連の話を聞いて料理を始めて、それを食べ終わった後に誰が本部まで彼を送り届けるの?」

「そ、それはお前が」

「悪いけど、私は明日朝から仕事があるのよ」

「なら先輩が」

「すまん雪音。マリアの仕事は私も関わっていてな」

「ぐっ……な、ならあたしが」

「未成年の夜歩きは推奨できないわ。しかも、今の彼は完全に子供よ?」

 

 言いながら少しだけ口の端を吊り上げるマリアにシキは気付いた。彼女なりにクリスをからかっているのだろうと。なので彼が取ったのはこういう行動だった。

 

「じゃあ、タクシー代を出してくれないか? 二人ならそれぐらい可能だろ? というか、緒川さんに事情を話したら送ってくれそうじゃないか」

「「あっ……」」

「んもぅ、可愛くないわね。子供はそんな気を回さないものよ?」

「そっちが雪音さんを面白がってからかうからだろ? こういうのは程々に」

 

 少しだけ大人の顔を見せてマリアへ告げるシキ。そんな彼にマリアは小さく息を吐き、翼は苦笑し、クリスは複雑そうな顔をした。それぞれに気付いたのだ。彼がこういう事を既に経験してきていると。つまり、あの自分達もやはりその関係性は大きく変わらないと改めて思い知らされていたという訳である。

 

(どうやら、あちらの私は余計こういう事をし易いようね。クリスや翼を相手に、かしら? ……少し羨ましいわね)

(要さんにはお見通しという訳か。私も途中まで気付かなかったが、どうやらマリアなりに雪音へ打ち解けてはいるらしい)

(あたしを助けたっつーよりは、あいつをたしなめたって感じか。にしても、あたしをあいつがからかう、か。……別に嬉しくはねーけど)

 

 この後の買い物は周囲の目をそれなりに引く事となる。マリアと翼がいるためだ。それでもシキの提案でギアを変装に使う事で騒ぎにはならずに済んだが。ちなみにシキがイメージさせたのはキャリアウーマン。二人は最初こそ無理だと拒んだが、先にクリスの部屋へ行って待つというのも気が引けたため、渋々挑戦。

 その際、シキからのアドバイスはただ一つ。潜入任務のためと思ってと言うものだった。それだけで出来るのかと思う二人へ、彼は更にこう付け加えた。

 

―――こっちのマリアと翼は出来たよ?

 

 暗に、それで出来ないと自分に負けるぞと告げたのだ。これに負けん気の強い二人が黙っているはずもなく、見てろと言わんばかりにギアを展開。こうして街中のスーパーに、デキる女然としたマリアと翼が現れたという訳である。眼鏡をかけ、髪は後ろで一つに束ねたグレーのスーツ姿のマリアと、同じくブラックのスーツ姿の翼が。

 

「それで、今日は何にするの?」

「人数が増えるからな。簡単にカレーにする」

「なら、俺はシーフードがいい」

「ふむ、私はチキンを推すぞ、雪音」

「じゃあ、私はビーフを」

「言ってろ。あたしはポークに決めてんだ。豚コマが安いんだよ」

 

 主婦のような返しをして、クリスはカゴを片手に店内を進む。傍目にはきっと仲良し姉弟のように見えているだろう。二人の姉が仕事終わりに妹や弟を連れて買い物をしていると。

 

「玉ねぎはあるの?」

「ある」

「人参はどうだ?」

「それもある」

「じゃがいもは?」

「あ? いるか?」

「「「いれないの?」」」

 

 揃って問い返す三人にクリスは思わずたじろき、ため息と共にカゴを差し出す。シキがそこへジャガイモの袋を入れて頷いた。そこでクリスは気付く。向こうの自分はもうそれでカレーを作っているのだと。それがどうしてかは言うまでもない。

 

(それがあの家での作り方で味って事か……)

 

 脳裏に浮かぶカレーを作りながら笑う自分。そこへ響達がじゃれつき始め、それを鬱陶しく思いつつもどこか笑みを見せるだろう己を想像し、クリスは顔を慌てて背けた。笑顔を浮かべそうになっていたからだ。そんなクリスにマリアと翼は不思議顔をするものの、シキだけはそれだけで彼女の心情を察して人知れず笑みを浮かべる。そんな和やかな時間を過ごしてクリスの部屋へ到着すると、翼がある事に気付いた。

 

「マリア、あの話は本当なのか?」

「あの話?」

「要さんの宿の話だ」

「さすがに冗談よ。いくら何でもクリスが嫌がるでしょうし」

「あたしは構わねーぞ」

 

 あっさりとそう返してクリスは冷蔵庫へ買ってきた物をしまっていく。その姿をマリアと翼が呆気に取られながらしばし見つめた。

 

「クリスお姉ちゃん、本気?」

「……考えてみりゃ、あっちの事を詳しく聞くまたとないチャンスだ。向こうのあたしとは違う視点からあたしの事を教えてもらうのも、悪くねーかもしれないからな」

「雪音、だが要さんは男性だぞ?」

「今はガキだろ。それに、そいつは向こうのあたしらへ操立ててるんだろ?」

「そう、だね。いくら何でも同一人物だからってそういう事は出来ないししないよ。俺の奥さん達と君達は別人だ」

「な? だから心配いらねーって。いざとなりゃギア使ってでもぶっとばしてやる」

 

 しまい終わるや振り返り、クリスは冷蔵庫のドアを閉めてそう締め括った。その顔はどこかからかうような色が見える。シキはそこからクリスの本音を察して感謝するように微笑みを向けた。

 

「ありがとう、クリスお姉ちゃん。じゃあ、今夜一晩お世話になります」

「ん」

「要さんまで……」

「はぁ、もういいわ。自分で言っておいて何だけど、本人達がいいのなら外野が何を言っても無駄でしょうし」

「なら次は翼お姉ちゃんの部屋かな?」

「ええっ!?」

「……考えてみたら、本部にも彼のための部屋なんて余裕ないわ。エルフナインだって研究室を自室との兼用という形で与えられているし」

「そう言う事。だからマリアお姉ちゃんもよろしく」

「私? 私は無理よ。切歌達と同居で」

 

 不思議そうに答えるマリアへ、シキはにっこりと微笑んだままでこう告げた。

 

「またまた。そう言って一人用の部屋借りてるでしょ?」

「っ?!」

 

 それは、シキの世界のマリアからの情報によるもの。マムやセレナがいたから全員で一軒家で暮らす事にしたマリアだったが、実は時折一人の時間を作るためにホテルなどに宿泊する事もあった。そこからシキはこちらのマリアならもっと進んで秘密の部屋ぐらい持っているのではと思ったのだ。

 

「マリア、そうなのか?」

「そ、そんな訳ないじゃない。大体必要ないでしょう」

「どうだか。たまには一人で好きなように過ごしたいって思う時もあんだろ。あの後輩達を可愛がってはいるが、それだって年がら年中一緒じゃお前の時間ってもんがない。なら、ごくたまに一人きりになれる場所が欲しいと思っても不思議じゃねーよ」

「実は、こっちのマリアも似たような事を考えてた事があってね。まぁ、こっちでは自分の部屋があったし、俺の部屋もあったから逃げ場はあったんだ。でも、こっちじゃ俺はいないし、あの二人と同居だとどうしても面倒を見てしまうだろ? だからさ」

「…………敵わないわね。分かったわ。ただし!」

「あの子達には秘密にして、だね。分かってるよ、マリアお姉ちゃん」

 

 笑みを浮かべるシキにマリアは小さくため息を吐いて頷いた。そんなどこか和やかになった空気で翼が彼へ話を振る。ここへ来た最大の目的のために。

 

「それでは要さん、例の話をお願い出来ますか?」

「あー、うん。えっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

 

 そこから語られるのは生命のスープの正体。それにクリスとマリアは唖然となった。精子がそんな効果を持つと思いたくなかったのか。あるいは、それをもう一人の自分が常飲していたと思いたくないのかは分からない。だが、シキの話が終わると同時に二人は翼が何故ギャラルホルンの異常を理解したかを察した。

 

「な、もしかしてギャラルホルンが機能を停止したのって」

「ああ。私は要さんの体質関係だと思っている」

「生命のスープ、だったわね。それを吸収したから?」

「いや、それが直接の原因ではないだろう。おそらく、要さんが通ったからだと思う」

「俺が、か……」

 

 翼の言い方でシキもどこか気付いていた。きっと彼女は自分の失われた記憶か、その存在そのものに今回の謎を解くカギがあると言いたいのだと。

 

「要さん、貴方のその体質は明らかに普通ではありません。そんな貴方だからこそ、ギャラルホルンを通過出来た。ただし、代償が肉体の若返りとは少々納得が出来ませんが。何か、その辺りに心当たりは?」

「……俺が保護された時以前の記憶がない事は話したっけ?」

「初耳よ」

「記憶が無いって……名前は?」

「これは了子が付けたんだ。要ってのは、そもそも名前自体を付ける必要が出たのが俺が要人って扱いを受けるようになったからなんだ。で、そこから一字取って要なんだよ。それと、シキって名前は自分の研究の士気を上げてくれたからだって」

「つまり、櫻井女史が思いつきで命名した名だと?」

「そ」

 

 あっさりと認め、シキは何でもない事のように笑った。それが三人には痛く胸に迫るものとなる。自分というものを形成する大きな要素。それを深い考えも強い想いもなく決められた。それを目の前の男性は、いや少年は気にもしていない。もしくは、気にしないようにしているとそう感じて。

 

「作り話とかみたいだって思った。だけど、あの日から俺はやっと本当に俺になったんだって思う。それまでは、数字か記号で扱われたり、君とか僕とかで呼ばれるしかなかった。俺は、物に近かったんだ。それがあの日、名前をもらってようやく普通の人になれた」

 

 噛み締めるようにシキは語る。当時を思い出しているのだろう。それが三人にも伝わる声だった。懐かしむようなそれに、彼女達は何も言えなかった。特にクリスは近い思いをした経験がある。だからこそ、余計シキの気持ちに共感した。

 

「これ、誰にも話した事ないんだ。向こうじゃ、俺の事をある程度みんな知ってるからさ。記憶喪失だったって事と名前が了子命名って知ってるもんだから、深い事聞けないんだと思う。俺も、今みたいになるって分かってるから自分から言うのも何だしね」

 

 その言葉で三人が揃って息を呑む。彼の家族でさえ知らない事を話させてしまったと思って。だが、それをシキも分かっているのだろう。すぐに柔らかい笑みを浮かべて彼女達へこう締め括った。

 

「だから、秘密でお願い。話す機会もないと思うけど、ね。ほら、こんな事知られると了子が気に病むかもしれないし」

「要さん……」

「これが、今回の事で俺が君達へ迷惑かける事への御代、かな? まぁ、なってないかもしれないけど」

「いえ、たしかにもらったわ。そうね、私の秘密と同価値と言ってあげる」

「そりゃ良かった」

「おう、あたしもだ。宿泊代にはちと多い気もするけどな」

「おつりはいらないよ」

 

 軽い感じで返していくシキに少しずつ三人の顔にも笑みが戻る。それを見て彼は改めて話を始めた。

 

「で、多分今回の事は俺の生まれか、もしくはどういう存在かに大きく関わってるんじゃないかなって思う」

「失われた記憶……」

「もしくは、最初からないのかもしれないよ。だからこの姿に戻ったのかも」

「どういう意味です?」

「まさか、お前が名前をもらう前に戻ったって事か? お前がその世界に認識された以前の姿に」

 

 クリスの意見にマリアと翼が言葉を失う中、シキだけは深く頷いた。彼はいつかの時にナスターシャから言われた事がある。精液だけでなく唾液や血液さえも何らかの効果を持ち、それが真価を発揮するには彼の気持ちが必要不可欠。そんな人間はいないと思う方が普通だと。

 

「俺は、そう思ってる。もしかしたら、俺は最初からこの姿で生まれたのかもしれない。いや、生み出されたのかもしれないんだ。記憶も失ったんじゃなく元からなかったとすれば、あの当時色んな事をやって調べても痕跡の一つもなかった事が納得出来るし」

「……要さんは、普通の人間ではない?」

「下手をしたら人類じゃないのかもしれないよ。発見された時、俺はノイズ達の中心にいたそうだ。だけど、何故か一切ノイズ達は俺へ手を出さず、しかもノイズを駆除しにきた部隊が現れるや、それらは逃げるように去って行ったらしいし」

 

 また、重たい沈黙が流れる。そしてマリアは思い出すのだ。弦十郎がこちらでシキらしき存在がいたかどうかを調べてみた結果を。それは、該当者なし。それらしい存在も事件もなく、実在した事のない人物だと弦十郎も認めていたのだ。

 

「こちらでは、貴方らしき人物は存在どころか痕跡さえ完全に見当たらなかったそうよ」

「やっぱりか」

「なら、もう要さんは以前の状態に戻れない?」

「いや、そうとも限らない。これが、俺の基本状態だとしたら、向こうに戻れば向こうで過ごした外見に戻るのかも」

「……荒唐無稽な話ですが、何故か信じてしまいそうですね」

「本当よ。でも、もしそうだとするなら貴方の正体は……」

 

 その瞬間、両手を打ち鳴らす音が響いた。シキ達三人の視線が一人へ集まる。そこにいたのはクリスだった。

 

「そこまでだ。とりあえず、そろそろ飯の支度するぞ。先輩、野菜の皮むき頼む。そっちは米とぎだ」

「あれ? 俺は?」

「子供は黙って飯が出来るまで大人しくしてろ。あと、うちのキッチンはそんなに広くねー」

 

 言い終わるとクリスはキッチンへと向かって歩き出す。それに少し遅れて苦笑しながら翼とマリアが続く。シキは一人リビングに残され、頭を掻きながらソファへと座って言われた通り大人しく待つ事にした。クリスの不器用な優しさに感謝しながら……。

 

 

 

「それで、俺はいつ戻っていいと言われそうかな?」

 

 食事も終わり、後片付けを引き受けたシキがそんな事を尋ねる。当然ながら答えを持っている者はここにいない。

 

「もし、先程の話を事実とすればすぐにでも。ですが、確証もない上に検証も出来ませんので」

「だよねぇ」

「貴方はすぐにも戻りたいかもしれないけれど、さすがにそれは司令も頷かないと思うわ」

「あの人ならそうだろうなぁ」

「てか、先輩達はまだ帰らなくていいのかよ?」

「あら? もう二人きりになりたい?」

「はぁ?」

「マリアお姉ちゃん、からかわない。クリスお姉ちゃんもあまり反応しない」

 

 シキの言葉にマリアが苦笑し、クリスが息を吐く。そんな様子を見て翼は小さく微笑んで思うのだ。

 

(これでは、本当に家族のようだ……)

 

 女系家族の中に一人だけいる末っ子の少年。それが時折姉達を嗜めたり御したりする、そんな一家を想像して。

 

「そうだな。雪音の言う通り、今日はこれで暇するとしよう」

「まぁ、そうね。切歌や調の顔も見ておきたいし」

「ではな」

「お邪魔したわね」

「気を付けて帰れよ」

「じゃあね~」

 

 手を振るシキに小さく微笑み、翼とマリアは部屋を出て行った。少しだけ静かになる室内。と、そこで彼はクリスを見た。

 

「ん? 何だ?」

「クリスお姉ちゃんは、卒業しても一人暮らし続けるの?」

「……そもそもそれ以外に選択肢がねーだろ」

「エルちゃんと同居って手があるよ。あるいは翼お姉ちゃんとかね」

「エルフナインはともかく先輩はなぁ……」

 

 そうなったら完全に家政婦の役割を担いそうだ。そう思ってクリスは苦い顔をする。正直家事をやるのは嫌いではない。だが、もしそうした場合の周囲の反応が面倒だと思ったのだ。

 

(絶対にあのバカ達は夫婦だとか言ってくるだろうし、マリアの奴も今日の感じだと似た事を言うだろうな。おっさんは……分からねーが、あまり愉快な事にはならねーだろうし……)

 

 と、そこで彼女は気付く。同居の提案自体を嫌がっていない自分がいる事に。むしろ、今はそれをする前提で物を考えていたとも。慌ててクリスが顔を動かすと、そこにはニヤニヤと笑うシキがいた。

 

「てめぇ……」

「いいじゃんか。ここにいるのはガキで、しかも本来はここにいない人間だよ。なら、少しは素直になってもいいさ。それに、俺は君の抱えてるものをクリスから教えてもらっているようなもんだし」

「……あったかい場所とあったかいものをくれた、あったかい人だってな」

「そんな風に言ってくれたんだ。そっか」

「お前から見たあたしは、どんな風に見えてるんだ? いや、見えてたんだ?」

「それは、今の君? それとも」

「ここにいるあたしだ。それで頼む」

 

 その言葉にならばとシキはありのまま感じている事や思っている事を述べた。上手く隠してるつもりの優しいところや照れ屋な面が思いっきり見えている事。本当は寂しがり屋なのを隠して強がっている事。それら全てをひっくるめてこう締め括ったのだ。

 

「だから、クリスお姉ちゃんはもっと素直になって、甘えられる相手を作ればいいよ」

「……向こうのあたしと似たような事言いやがって」

「あー、そうなんだ。じゃ、やっぱりクリスもそうなりたかったんだなぁ」

「は?」

「ん? えっと、自分だけ甘えられる人と幸せにって事。ほら、俺はクリスとそうなった時にはもう奏と翼がいたから」

「ああ、そういう事か」

 

 そこでクリスも思い出したのだ。もう一人の自分から受けたアドバイスを。要シキじゃないシキを見つけても声を掛けるな。あれは、逆を考えればあの雪音クリスからのせめてもの意地悪だったのではないかと。

 

「……な、そっちのあたしは幸せだと思うか?」

「どうだろう? まぁ、不幸ではないと思うよ。いつだったか恨み言みたいに言われた事があってさ」

「恨み言ぉ?」

「うん。こんな状況を作り出しやがってあたしは複雑だ。シキを独り占め出来ない悔しさと、シキを中心にみんなで繋がれる幸せ。その両方を感じさせやがってって」

 

 クリスには、その気持ちが痛い程分かった。きっとあの自分はいつもあったかさを感じているのだろうと。シキがいれば彼から、いなければ家族の誰かから。常に誰かが居てくれる。笑いかけて、気に掛けてくれる。そんな環境にもし自分もなったら。その仮定の答えは決まっている。

 

「だろうな。ま、もし不幸なら子供作ったりしねーか」

 

 旦那を愛するからこそ子を望み、家族を愛するからこそそこに居る。それが、答えだ。そう察してクリスは笑う。そしてこう思うのだ。いつか自分も旦那を得て家族を作りたいと。あの風景にはならないが、似た事は可能かもしれない。そう、他の者達も伴侶を得て子を成し、それらと繋がりを持ち続ければと。

 

「そう、だね。うん、きっとそうだ」

「さてと、じゃあたしはシャワー浴びてくっから」

「俺はソファ?」

「ったりめーだろ……と、言いたいとこだがベッドで寝るのを許してやる」

「え? ホントに?」

「ああ。ただし、おかしな真似すんじゃねーぞ」

 

 それだけ言ってクリスは着替えなどを取りに移動する。その背を見つめ、シキは小さく微笑むのだ。やはり雪音クリスは優しいのだと、そう心から確信して。

 その後、シャワーから出たクリスへ牛乳が入ったグラスを差し出したシキを、彼女はどこか戸惑いながら見つめてそれを受け取る。

 

「あ、ありがとな」

「どういたしまして。それで、俺の寝間着みたいなのを貸してもらっていいかな、クリスお姉ちゃん」

 

 今の彼はとりあえずで用意した格好のため、当然ながら替えなどない。そのため、クリスはそれを洗濯しないといけないと思い、グラスの中身を飲み干して小さく息を吐いた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 そうして彼女が用意したのは自身のシャツとハーフパンツであった。所謂部屋着用というものだ。それを手渡し、クリスはバスルームを指さした。

 

「後で着てるもんは洗っといてやるから洗濯かごの中に入れとけ」

「分かった。ありがとう、クリスお姉ちゃん」

「いいからさっさと汗流してこい」

「はーい」

 

 楽しげに笑いながらバスルームへと向かうシキを見送り、クリスは小声で呟いた。

 

「ったく、何がはーいだ。……やっぱ、どっかあのバカに近いよな、あいつ」

 

 人懐っこいところや気付けば心を許してしまっている事。それらがクリスには響との日々を思い起こさせる。だが、けっして同じではない。響では踏み込む事を躊躇う事も、シキは踏み込んでくる。それは、やはりもう一人の自分達との日々があるからだ。ある意味前もって実験というか経験しているため、踏み込んでもいい距離ややり方を知っているのだから。

 

「クリスお姉ちゃん、か……」

 

 装者の中で下の存在がいたのはマリアだけである。つまり、彼女達は姉として扱われる事に慣れていない。だから、クリスも翼も若干ではあるがくすぐったさを感じながら嬉しく思っていたのだ。

 

「もし、このままあいつが戻れないならいっそ……」

 

 シキから提案された事を思い出して無意識にクリスは呟く。平行世界の自分が行った条件を満たしていると思ったのだろう。要シキであり、ここではハーレムなど夢見る事もない。しかも、見かけは少年だが中身は年上である。そこまで考え、クリスは慌てて首を振った。

 

「何考えてんだあたしは。あいつは、奥さんも子供もいるパパなんだ」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言うと、クリスは立ち上がってグラスを一つ取り出すと牛乳をそこへ注いだ。シャワーから上がってくるシキへ飲ませるために。先程同じ事をされた時、彼女は嬉しかったのだ。誰かが居てくれる事。その良さとあったかさを実感させられて。

 

(ま、してもらった事の礼はしとくか……)

 

 そうしてシャワーから出たシキもグラスを渡される事となる。が、彼は慣れているのか戸惑う事もなく笑顔を返して受け取り、それが逆にクリスの顔を赤くする事となるとは、この時彼女は予想もしていなかったのだった。

 ベッドでは特に何の問題も起きなかった。むしろシキは眠気が強くなってきたと言って早々に寝てしまい、クリスの緊張をあっという間に解かせてしまった程である。若干の肩透かしを食らったような気分になりながらも、ならばと彼女も目を閉じてこの日は終わった。

 

 翌朝、目を覚ましたクリスは隣で眠るシキを見て一瞬驚くも、すぐに状況を思い出して息を吐く。

 

「そうだった。こいつを泊めたんだった」

 

 時計を見れば普段起きている時間より少し遅く、そこから自分が疲れていたと察してクリスは大きく伸びをした。それにその豊かな胸が揺れる。

 

「うし、起こすか」

 

 自分は学校があるが、彼は本部へ行って色々と検査などがあるはずだ。そう思ってシキを起こすクリスだったが、ここで彼女の予想していなかった問題が起きる。

 

「んんっ……」

「ほら、起きろ。で、顔洗ってきやがれ。その間に飯作っておくから」

「……お姉さん、誰?」

「あ? 何寝惚けてやがる。もうそういうのはいいからさっさと」

「えっと、ここ、どこ?」

「……おい、止めろって。今のお前がやるとシャレに」

「お姉さんは、僕の事知ってるの?」

 

 その瞬間、クリスは思わず息を呑んだ。冗談で言ってる風ではないと分かったからだ。それに一人称も違うし昨日はお姉ちゃんと呼んでいたのがお姉さんと変わっている事にも気付いたために。言葉を失うクリスへ、シキは小首を傾げる。

 

「あの、お姉さん?」

「……話は後でしてやるから、とりあえず起きて顔、洗ってこい。洗面所はあっちだ」

「あ、うん。分かりました」

「っ……」

 

 丁寧語を使うシキに何とも言えない気分となりながら、クリスは通信端末を手に取った。

 

『はい、どうかしましたか?』

「エルフナインか? おっさんはいるか?」

『えっと、司令はまだです』

「そうか。なら、伝言を頼む。平行世界からのお客さんがもっと面倒な事になったってな。今からそっち連れて行くから」

『え? 分かりました。でも、クリスさんは学校が』

「呑気に授業受けていられる問題じゃねーんだ。それで分かってくれ。じゃ、また後でな」

 

 それだけ言い切ると通信を終え、クリスは無言でシーツを握り締める。

 

(どーすりゃいいんだよ? 本気で記憶まで戻っちまったって言うのか? これじゃ、一人でギャラルホルンを通すのは絶対に無理だ。それに……)

 

 寝室をゆっくりと出てリビングへと顔を出すクリス。そこには、所在無さ気に立ち尽くすシキの姿がある。格好も相まって本当に少年を預かっている気分となり、彼女は出来るだけ柔らかい声で話しかけた。

 

「とりあえず好きに座ってくれていい。腹、減ってるだろ? ちょっと待ってな。すぐに用意するから」

「あ、あの、お姉さんは僕の何なんですか? 起こしてくれたし、ご飯も作ってくれるし、僕の、家族なんですか? だとしたら、ごめんなさい。僕、何も思い出せなくて」

「気にすんな。それと、あたしは」

 

 家族じゃない。そう言おうとした時、それを言われた後のシキの事を想像してクリスは言葉を飲み込んだ。記憶もなく、居場所もない時、他者から拒絶されたように思える言葉はいけない。そう思った瞬間、クリスは自然とこう返していた。

 

「……あたしは、お前の姉ちゃんだ。クリスお姉ちゃん」

「クリス、お姉ちゃん?」

「おう、そう呼んでたぞ。ほら、いいからさっさと座れ」

「わ、分かりました」

「違うっての」

「え?」

「……分かった、でいい。姉ちゃんに敬語や丁寧語はなしだ」

「……うんっ! クリスお姉ちゃんっ!」

「っ!?」

 

 向けられる笑顔。その眩しさとあったかさにクリスの心がときめく。今更後には引けない。全てが終わるまで嘘をつき通すんだ。そう堅く誓ってクリスは料理へと取りかかる。心なしか最初よりも雰囲気の明るくなった、シキの眼差しを感じながら……。




と、言う訳でおねしょたですね。初日は体だけで済んでいた現象が、一晩経って記憶というか心にも及んだという訳です。
次回は、皆様お待ちかねのクリスお姉ちゃんとのラブエロ。それに、翼お姉ちゃんとマリアお姉ちゃんもいますのでね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。