マリア・カデンツァヴナ・イヴはとあるオーディションを受けるため、会場へと案内されていた。
普段であれば向こうから参加を熱望される立場であるマリアであるが、今回は事情が違う。
開催の規模も、勝者に与えられる栄誉の質も、そして醜悪なまでに過酷なオーディションの内容も。
「到着しました」
案内人の言葉でマリアは足を止め、装着していた目隠しと耳栓を外す。
司会に広がった光景は、大規模な誘拐現場か集団避難かと疑うような光景だった。
百を超える女性──新人アイドルから有名歌手までがコンクリートの壁に囲まれた空間に集められている。
全員が目隠しを外したタイミングで、黒服に身を包んだスタッフからの説明が部屋に響いた。
今回のオーディションは多数の仕事内容の合同である。
複数段階に分かれた審査を行い、落選した人間から順に待遇の悪い仕事が割り振られる。
仕事に拒否権はなく、必ず受けなくてはならない。
オーディション内容は会員制動画サイトにて有料生配信される。
審査内容に対する不服申し立ては一切受け付けず、運営側の指示に従わない場合は即落選となる。
それは既に通達済みの内容。
この場の全員が、その醜悪極まるオーディションの見世物となることを理解し、この場に集まっている。
誰一人として文句を言う者はおらず、誓約書へのサインを済ませると一人、また一人と鉄製の扉を潜り一次オーディションへと向かった。
一次オーディション会場は、先程と同じような殺風景なコンクリート壁に囲まれた小さな部屋だった。
一組となって部屋に案内された参加者五人と黒服スタッフが三名、そしてカメラなどの配信用機材や小道具。
それだけで手狭に感じるほどに小さな部屋には参加者達の熱意や悲壮感などが渦巻き、居心地の悪いピリピリとした空気が充満していた。
「では、一番の方」
「──はい」
マリアは短く返事をすると、指示された通りに部屋中央のお立ち台へと足を進める。
深夜の低予算バラエティでよく使われるような、安っぽいデザインのお立ち台にはマイクがセットされている。
そのコードの先にあるのはカラオケ機器。
一次審査は歌唱審査だった。
スタッフ曰く、一次審査は事実上の足切りらしい。
カラオケで好きな曲を歌い、八十点以上を取れば通過。
余裕と言うのも憚られるほどに緩い条件である。
通常であれば、の話だが。
改めてルールの説明をされ、準備は出来たかと促されたマリアは無言で頷いた。
そして、指示された通りに服を脱ぎ、全裸になる。
服を脱ぎ下着姿になっても、ブラを外し豊かな乳房が丸見えになっても、ショーツを脱ぎ秘部があらわになっても、部屋の中は静かなままだ。
スタッフは事務的に準備を進めるままだし、残りの参加者は次は我が身だと覚悟を固めたように強く目を閉じている。
配信用のカメラに裸体を晒し、その状態で平常心を保って歌わなければならない。
マリアは右手でマイクを持ち、左手で乳房を隠す。
そして両足を閉じて秘部が見えないように身を捩じらせると同時に、イントロが流れ出した。
「~~~~♪」
歌姫と表現されるだけあって、マリアの歌声は素晴らしいの一言に尽きる。
だが、この一次審査の相手は人間ではなく、カラオケマシンだ。
表現力ではなく、いかに正確に歌い続けられるかが求められる。
時折カメラを意識してしまい、羞恥心で歌声がぶれる。
少しでも裸体を隠そうとして左手に力が入り、マシュマロのように乳房がその形を変える。
配信先でどれだけの精子がティッシュの中に放たれたのか、マリアは知る由も無い。
無事に最後まで歌い切ったマリアはマイクを置き、両手で乳房と秘部を隠したままカラオケマシンの画面を見つめる。
表示された点数は九十三点。
無事に合格したマリアは小さくガッツポーズをすると、案内されるままに一次オーディション会場を後にした。
休憩室へと案内されたマリアは、テーブルに置かれていたお茶を紙コップに注ぎ、一息に飲み干した。
衣服の返却はされなかったため、マリアは今も全裸のままである。
ふぅ、と一息つくと、隣の部屋から微かな歌声が漏れ聞こえてきた。
二番目の参加者のものだろうそれは、羞恥と緊張で明らかに震えている。
歌声が途切れ、次に聞こえてきたのは悲鳴だった。
「嫌だ、いやだぁッ!」
「やったッ……!」
「やだ、助けて、助けッ……!」
悲鳴や歓喜、そのどちらもが絶叫となって扉を貫通し、マリアの元へと届いてくる。
歓喜の声の後には参加者が一人休憩室にやってくるが、悲鳴の後には誰もやってこない。
何とも言えない気分で待機していると、スタッフが再びやってきて一次審査の終了を告げた。
二次審査の会場へと案内される参加者たち。
マリアは、決意や不安に満ちていた空気に覚悟や怯えの感情が加わったような気配を感じながら、休憩室を後にした。
二次審査会場までの通路で、マリアは異様な光景を目にする。
十数人の女性が、一列に並んで連行されていたのだ。
全員がマリア達と同じように全裸であり、しかし違うのは自由が完全に奪われている点だった。
目隠し、耳栓、首輪、手枷に足枷。
よたよたと歩く以外の自由を奪われ、彼女たちはマリアとすれ違っていく。
何人かは激しく暴れ鎮圧されたのだろうか、背中などに痣が見えた。
マリアを含む一次審査通過者たちが絶句していると、彼女たちを案内していたスタッフは無感情に説明した。
「彼女たちは足切りされた面子です。似非に回せる仕事は無いんですよ」
一次審査不合格者は速やかに帰宅。
ホームレスが不法滞在する公園の男子トイレや、性被害が問題視される街の裏路地へとこの格好のまま放置されるらしい。
その話を聞いて、審査通過者たちの瞳がより一層険しくなる。
もし自分が合格していなければ今頃はあそこに……。
そんな想像を振り払うかのようにマリアは二、三度首を振り、歩みを再開したスタッフの後を追って歩いて行った。