「おいしい…」
回転による遠心力で弱いながらも人工重力を発生させる船室でネリーは好物の入ったチューブを手に笑顔を浮かべていた。いくつになっても彼女を魅了し続ける魔物…プリンである。
「食べれなくなったら私やっぱり死ぬわ。」
「そう簡単に死んでほしくないな…。」
そう言って向かいの席に座るアークはコーヒーの入ったチューブを飲み終えて畳んで捨てようとしていた。
「ものの例えよ。」
「じゃあ俺とそのプリンが無くなるのはどっちが嫌?」
「そんなの決まってるじゃない。」
そしてチューブに口つけて一口啜ってから言う。
「プリンよ…」
「ん?もういっぺん言ってくれるかな?」
これ以上ない笑顔を見せつつ聞き返すアークたが目は笑っていないように見受けられる。ネリーはいたずらっ子のような笑いを見せて本心を吐露する。
「ごめんごめん、冗談よ。あなたが居なくなる方が耐えられない。」
そして2人の意識は初めて出会った時へと飛んだ。
巡洋艦あおば格納庫
「開けます。」
そんな声が響くと集まった面々はゴクリと音をたてて息を呑んだ。ここは地球連邦宇宙軍主力巡洋艦『あおば』の格納庫である。無事発見した脱出ポッドを乗艦へと持ち帰り格納庫を閉めて酸素を満たした状態でアーク達はポッドの解放を行おうとしていた。そして…
「!?」
ハッチを開き中を見たアークは思わず動けなくなってしまう。
無重力に舞うその髪、ジオンのパイロットスーツの前を大きく開き、淡い水色のブラジャーがずれて形の良い胸がさらけ出され2つの桃色の蕾が見てとれる。同色のショーツも完全に露出して瞳を閉じて眠っているかのように力なく座る少女の肢体…それを見たアークの心臓は高鳴った。
(…綺麗だ。)
素直な…そして場違いな感想を抱いた。
「どうだ?」
「生きてるか?」
中を覗き込もうとする整備員などの職達が集まってきたが…
「入らないで下さい!!カレン先生を早く!」
一瞬見とれてしまったアークが現状を思いだして彼らを制し中が見えないようにする。今の彼女を衆目に晒させるわけにはいかない。
「どきなどきな、医者のお通りだよ!」
そんな風にやって来た軍医のカレン・ジョシュワ中尉が野次馬を散らすのが見えた時アークは安堵をおぼえた。
「カレン先生!!」
「どんな具合だ?ん!?」
すぐに入って中を確認するとアークに訊ねる。
「お前の他に誰かここに入ったか?」
「いいえ、誰も入れませんでした。」
「ならよし、お前も出ていきな。」
それだけ言うとすぐに彼女の身体の腰のベルトを外して自らの白衣にくるんで外へ出た。用意されていた担架に白衣もろとも固定して医務室へ直行する。
「…」
所見を纏めたデータを見つつカレンは時おりベッドに横たえられベルトを絞められたジオンのパイロットを見やる。パイロットスーツは脱がされ下着も取り替えられて患者用の病衣を着せられた彼女は静かに呼吸している。肌艶も常人のそれであり傍目には病気とは思えない。
「とくに異状は無さそうですね。少し酸欠の心配はありましたが脈拍や脳波などは安定しています。意識は極限状態にいた可能性もあり戻るまで時間がかかることも考えられますね。」
一通りの検査も健常者であることを示している。その結果を彼女は医務室内にいた男性に伝えた。
「ありがとうカレン君。引き続き彼女のことを見ていてくれ。意識が戻ったら知らせてほしい。」
話を聴いていたこの艦の艦長であるマッド・コールマン少佐はそう言ってベッドに横たわる彼女を見やる。まだうら若い少女と言っても過言ではなさそうな姿を見て彼女がゲリラの一味をしていたという事実になんとも気持ちが沈みそうになる。
「わかりました。」
「さて…私はブリッジに戻るとするよ。」
カレンの返事を聴いた艦長が軍帽をかぶり直して医務室を出ていくと入れ替わりに入ってきた人物がいた。
「失礼します。」
「おぅ、アークか。」
パイロットスーツから制服へと着替えたアークだった。
「カレン先生、彼女は?」
「ああ、大丈夫だ。とくに怪我なんかは見受けないね。」
「よかった…。」
カレンの答えに安堵したようにベッドを見やる。静かに、しかし確かに息をしている彼女の姿がそこにあった。
「ちょいと、よからぬこと考えて無いだろうね?」
「い、いえ、自分はただ心配だっただけで…」
と言いつつアークの脳裏に先ほどの彼女の肢体が浮かび上がってしまう。
「わーってるよ!!お前さんにそんな度胸なんて備わっちゃいないことくらいね。」
少しからかってカルテのデータを整理しながら言ってのける。そんな彼女の脳裏には1人の男の顔が浮かんだ。
「なんだか誰かさんみたいだよホント。」
彼女が信頼していたかつての上官の姿がアークに重なる。彼は今でも生死不明のままだがなんとなくくたばってはいないと直感が告げる戦友だった。
一方でアークは自らの記憶に焼き付いてしまった画像を必死に意識の外へと追いやってから質問する。
「あの…カレン先生。ここにいてもよろしいですか?」
「うん?あー…まぁ良いだろう。そのかわり絶対に変なことをするなよ。」
改めて釘を刺すカレンであった。
その日彼は時間の許す限り医務室で彼女に付き添った。
「ん…?」
閉ざされた意識が戻ってきたネリーが目を開く。そこはあの死の恐怖が忍び寄るコックピットではなかった。
「えっ?」
まず目に入ったのは白い天井だ。少なくとも見覚えはない。そして自分の姿であるがパイロットスーツでも私服でもなかった。
「気がついた?」
その声に脇を向くと一人のまだ少年とも言えそうな男性がベッドの脇から微笑を浮かべてこちらを見ていた。少なくとも彼女の記憶の中にはいない人物であった。
「あなたは?」
「僕はアークライト・ブルー。ここは地球連邦宇宙軍の巡洋艦『あおば』の中だよ。」
「連邦宇宙軍…」
彼の言葉に自分がどうなったのかをネリーは悟った。仲間達は全滅して自らは漂流の果てに連邦に保護されたと…。そこに至り俯いたネリーにアークは続ける。
「君のポッドが漂ってたのを偶然見つけたんだ。それでここへ。」
「…」
「ともかく意識が戻って良かった。すぐカレン先生を…」
「…どうして?」
彼の言葉を遮り発言する。少し震えながら発したその声にアークは疑問を浮かべた。
「えっ?」
「どうして放っておいてくれなかったの…」
静かに、そして絞り出す様な調子で続ける。
「敵に捕まるなんて…いっそ死んだ方がよかった…」
「何を言うんだ!」
あまりの言い方にアークは少し声を荒く返したが顔を上げた彼女の怒りと悲しみの表情に固まってしまう。
「私は連邦にお父さんを殺された!おかげで私達の生活は滅茶苦茶になった!」
「…」
「そして今度は私が殺されるのよ!!」
アークは何も返せなかった。実際に彼女は罪は免れないだろうとは予想もできた。反連邦ゲリラの存在を知ればティターンズは女だろうが容赦はしないと皆が言っているとアークの耳にも入ってきていた。
「…出てって。出てってよ!」
激昂して涙目になりながら怒鳴る彼女に声をかけることができずにアークは医務室を出ていった。それを見届けて彼女は震えるように自らを抱き締めると静かに泣き始めた。
「ん?」
所用で医務室を留守にしていたカレンは戻る途中でアークと出くわした。。
「よぉアーク、彼女どうした?」
なに気なく片手を挙げて聞くと少し下向きに彼は返す。
「起きましたよカレン先生…」
「そうかそうか!それじゃ早速診察結果を…て、なんか暗いけどどうかしたか?」
ひとまず意識を回復したという報せに安堵したカレンであったが幾分暗く、そしてカレンと目を合わさない反応に疑問を抱いた。
「何でもありません。」
「?」
静かに答えたアークはカレンの来た通路へと去って行った。その背中を見送りクエスチョンマークを浮かべながら彼女はとりあえず自らの仕事を優先して。医務室へと向かうのだった…。
「失礼するよ。」
ネリーがやっと興奮状態から鎮まった頃に医務室へと主であるカレンが戻ってきた。
「あなたは?」
「私はカレン・ジョシュワ中尉。この艦の医者さ。」
彼女の目が覚めたことを自らの目で確認して書類棚の方へと向かう。
「さてと…カルテを作らなきゃいかんからまず名前を教えて。」
「あの…ネリーと言います。ネリー・ハーマインです。」
さっそく聞き出した名前を棚から取り出して手元に用意したカルテに書き込みつつ質問を続ける。
「気分はどうだい?気持ち悪いとかここが痛いとか?」
「とくにありません。」
その時だった。
『ぐぅぅぅ~』
部屋に響いた緊張感に欠ける音。その出所が自らの腹であることを即座に察したネリーは顔を赤らめた。
「うぅ…」
「ははは、あんたほぼ1日寝てたんだよ。そら腹も減るだろうさ。」
笑いながらカレンは備え付けの冷蔵庫を漁り始めた。
「アークのやつも少し休めってのに聴きやしないし…」
「?」
何気ないカレンの呟きにネリーは小首を傾げる。先ほどの若い自分と同じくらいの男性の名前だ。
「あいつね、あなたを宇宙で見つけてここへ連れてきて着替えてからずっとここにいたんだよ。」
「え?」
「大丈夫だっつっても離れないし…その間ほとんど寝てなかったみたいだよ。」
いくつかストックしてあるパックを適当に選んでベッドに背を向け備え付けのレンジにぶちこむ。ネリーはその背中を見ながら固まってしまった。
「やっぱりあのアマちゃん思い出すねぇ。」
「…」
そんな言葉を発するカレンに反応せずに俯くネリー。さっきの自分を思い出すと心が苦しくなってきた。自分の休む時間を削ってまで彼はここにいてくれたのか…。
「あの…彼に酷いこと言ってしまいました。そんなにも心配してくれてたのに…私は…」
「気にしなさんな。」
そう言うとカレンは温めたスープのパックと付け合わせと思われるクラッカーを渡して続けた。
「後悔するより挽回を狙え。それが長生きの秘訣だよ。」
「…」
カレンはそれだけ言うと再び医務室を出ていった。それを見届けたネリーはスープのパックに口をつけた。
「はぁ…」
とりあえずの食事を終えてベッドに座るネリーは溜め息を吐いた。知らなかったとはいえ自分を助けてくれたうえに心配してずっと付き添ってくれた彼を怒鳴り付けてしまったのだ。連邦への恨み辛みを、直接は関係ないであろう彼に当たり散らしてなんと酷いことをしてしまったのだろう。
「失礼します…。」
「あっ…」
そんなことを考えていたら当のアークがやって来た。
「あの…さっきはごめんなさい…」
すぐに彼女は謝罪の言葉を述べて頭を下げる。
「私…酷いこと言って…助けてくれたのに…」
その態勢のまま続けるネリー。まともに彼の顔は見れそうになかった。すると彼女の眼前に
「これ良かったら食べてください。」
宇宙食のパックが差し出された。
「?」
よく分からない展開に顔を上げると少し頬を紅くしたアークが微笑んでいた。
「プリンなんだけど…嫌い?」
『とりあえず余計なことを考えるな。相手も自分もな。とりあえず甘いもんでも食っとけばいい。』
たまたま食事を摂りに入った食堂で自分の尊敬する隊長と整備班長からのアドバイスに従った結果だった。唐突な展開に2人とも若干のフリーズを挟んで…
「…大好きです。」
思わず受け取ったプリン入りのパックをまじまじと見つめるネリー。しばしの無言の後…
「ぷっ…くくっ…」
なぜか急に笑いが込み上げ始めた。そして…
「くっ…くっ…」
それはアークも同じだったらしい。
「「あっはっはっはっはっはっ」」
ついに2人は堪えきれずに笑い始めた。何故なのかは2人にも分からない。だが今は心地よいこの空気が2人を笑わせ続けるのだった。
「やれやれ…ほんとにあのアマちゃんみたいだよ。」
そう言いながら入り口からことの次第を見ていたカレンは2人に気づかれないように医務室に入ろうとした自らを翻したのだった。
次回はネリーがアークに襲いかかります(行為ではありません。ギャグです)