※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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一話

 

 

 夕方前の高校の通学路を歩く。

 通いなれた田舎道。たまにトラクターが走っているぐらいの田舎さである。

 地面には石が普通に落ちてるし、ろくに舗装されていない道も多い。

 

 バスに乗るには近く歩いて行くには遠い中途半端な場所にある俺の家。普通なら自転車通学をするはずだが、竹刀袋を持ち運ばないといけないせいでいつも歩きだ。竹刀袋を背負いながら自転車通学している人もいるが、危ない。どこかにひっかかりでもしたら事故る。ただ二年も通っていれば慣れる。運動部だし、体力は人よりはあるから然程歩いて登校するのも苦ではなかった。

 

 普段ならまだ学校の体育館にいる頃だが、明日の休日には朝早くに他校との合同練習に行かないといけないので、少し素振りをした後早めに帰っている。だから学生がちらほら見える時間に俺は家に向かっていた。

 

 凄まじくだるそうに歩いているジャージ姿の青年とその結構前を歩いている女子高生。

 女子高生は、頭を若干下げて何かを熱心に見ている様子から、携帯でもいじくっているのだろう。

 

「………………」

 

 突然エロいことをしたいという欲求に襲われる。

 

 下着を見たい。実に見てみたい。

 なんせ栗色の髪の毛のツインテールだ。こういうのは俺の経験則からして絶対に可愛い。

 あの髪の毛を嗅いだり触ったりあれをこすりつけたりしたい。

 

 まぁ――そんなことはしないが。

 

 唾をのみ込む。ヤバい妄想をいつものように無理矢理奥に押し込む。

 誰だってわかる。そんなことをすれば手錠のお世話だ。一度の過ちで、一生を棒に振るなどバカすぎ。

 リスクとリターンが合っていない。

 だからあくまで想像するだけだ。エロいことをする想像だけして、ま、実際そんなことしないけどね。と自分を騙す。

 

 慣れた自分の中のやり取りである。

 竹刀袋と鞄を背負い直し、また俺は歩きながら制服の女性をちらりと見る。

 歩行者側は青信号で反対側の通路に行く途中のようだ。後ろからは自動車が走っている音が聞こえる。

 赤信号だというのにトラクターがゆっくり走っているのが見える。田舎なだけあって信号を守ることへの意識が薄い。だが、普通に女子学生の前で止まるだろう。

 

 その時、なぜか。

 

「危ないっ!」

 

 前を歩いていた緑ジャージの男が道路側に飛び出そうとしていた。

 

「いやそっちのが危ないって」

「ぐぅ!?」

 

 咄嗟に襟部分を掴む俺。

 あまり運動をしてないのか、筋力が足りてない。余裕で掴んだままビクともさせない。

 流血沙汰なんてできれば見たくないわ。

 

 首が突然しまったせいで苦しそうにしていたジャージ男は、真剣な表情で振り返って俺に怒鳴る。

 

「あの子がトラックに轢かれるだろうが! 放せよ!」

「……トラックに轢かれるって。あのトラクターにか?」

「はぁぁぁあああ? トラクターなんてどこにあるんだよ。大型トラックが……あれ。トラクターですねはい」

 

 前をちゃんと見たジャージ男は自分の認識の違いを改める。

 トラクターは女子生徒の前を普通に止まり、彼女はトラクターに手を振りながら普通に歩いて行ってる。

 

 どこも大型トラックや轢かれそうな女の子などいない。平穏な光景があるだけだ。

 

「あーえーそのですね……」

 

 俺はもう大丈夫そうだと手を離すと、顔を真っ赤にして指をもじもじする男が一人。

 

「寝不足というか、買い物するのに遠出しすぎて疲れてたというか、なんか大きなものが迫ってきてると思ったら、実はトラクターとかなんだそれ! というか、マジですまん。あざっす!」

 

 頭を下げる彼からは、はっずという心の声が聞こえてきそうだ。

 ……勘違いとはいえ、誰かを助けるために走ろうとするこいつはきっと良いやつなんだろうな。割と軽そうな顔してるが、きっちりとした芯を持っている。

 おっちょこちょいな部分はあるとはいえ。

 

「気にするなよ。まあ何もなくて良かった」

 

 そう言って、俺は去ろうとして石に足を引っかけた。

 気が緩み過ぎていたのだろう。自分とは違った人間を見かけて。

 

 頭に熱い衝撃が走る。

 受け身すら取れずこけた先にあったのは、多分少し大きな石だったのだろう。

 そんなことを冷静な頭で考えながら、俺は意識が朦朧としていくのがわかった。

 

 おっちょこちょいなのは俺の方である。

 

 馬鹿みたいな怪我をした俺に必死に叫ぶジャージ男。慌てて携帯を取り出して、電話をしようとしている。多分、救急車を呼んでくれているのかな。

 誰かの危機と思うや走りだそうとしたり、咄嗟の危機対応はなかなか早いんだな。剣道をやっていればそこそこいけたかもしれない。ああ、俺は今何考えているんだろう。どうでもいいことばかり考えてしまう。

 頭から血が流れていくにつれて頭は冷静になりながらも靄がかかったようになるという矛盾した状態になる。

 流石にこれぐらいで死なないと思うが、どうなんだろう……。剣道で怪我をした時よりかよっぽど悪い予感がする。これでも勘は良い方なんだ。

 

 どんどん意識が薄れていく中。心残りが一つ思い浮かぶ。

 どうせならさっきのツインテールの子が傍に立っていてほしかったな。

 

 パンツ見えるし…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に意識が覚醒する。

 

「ここは……どこだ」

 

 起きたら俺は暗闇の中にいた。暗闇といっても離れた場所だけで、俺の近くには光が灯っている。うすぼんやりとした光の点が漂っているのだ。なんなんだこれは。まるで妖精に連れてこられたような幻想的な雰囲気だ。ここは俺のいた日本なのか?

 俺は椅子に座っていて、そんな俺の前にもぽつんと一つの白い椅子が佇んでいる。

 俺の記憶が確かなら俺はぶざまにこけて石で頭を打ったはずだ。それなのに病院の清潔さをアピールしたような匂いもない。なにもしない。いや僅かに食べ物のような匂いがあるような……。

 

「ミシマユウスケさん。――ようこそ死後の世界へ」

 

 穏やかな美しい。まるで森に流れる清流のような声。

 その圧倒的なまでの理解できないような力を持った声に。

 

 ああ。俺は死んだんだと納得する。

 

 楽しみにしているドラマの続き。お気に入りのバンドがラジオで来週発表すると言っていた新曲。次の全国大会も期待していると言ってくれていた剣道の恩師。もう二度と会話することがない友人。今後のどうなるかわからない未来。そして、俺を愛してくれていた父さんと母さん。

 そのすべてが、終わったから仕方ないんだと思うことができた。

 

 その女性は俺の背後から現れた。

 まず目につくのは水色の髪の毛だった。流水のように流れていく長い髪の毛に見惚れ、その次は人間離れをした容姿である。人間離れといっても不細工や化け物じみているという意味ではない。

 

 逆だ。

 

 美しすぎて現実感がない。

 容姿が整いすぎている彼女は、それこそ映画を見ているみたいに現実感をなくす。

 日本では見られない衣装を着ている。昔ちらりと見たことがある魔法少女を大人用にしたような服装といっていいだろうか。髪の色に合わせてか服も水色で統一されている。その服に天女のような薄い羽衣を彼女は身にまとっていた。

 なにより気になるのはミニスカである。かなり短い。もうそれはかなりギリギリ。ちょっと下から覗いたら見えるんじゃねえのってぐらい短い。

 地元の同級生のスカートの半分ぐらいの長さしかないのではと思うぐらいの短さだ。

 

 普段なら澄まし顔で内心大興奮のはずだが、客観視できているのは目の前の人物が普通ではないからだろう。

 

 ヤバい。

 

 メチャクチャヤバい。

 

 ……人間なのかこれ!

 

 割と自信がある俺の勘が告げている。今まで出会ったきた存在と隔絶した生き物であると。

 剣道の八段のお爺さんを見たときも、ビビったものだが、今回のと比較にならない。もうエロいこととか考えられる余裕がない。

 

「あなたは先ほどその人生を終えました。不幸にも事故によってお亡くなりになられて今ここにいるのです。……あなたは、死んだのです」

 

 予想していた言葉だった。

 俺は失礼にならないように言葉を選びながら言う。

 

「そうですか。石に躓いて死ぬなんて、俺も随分格好悪い死に方をしましたね。それも知らない人におせっかいかけた後で」

「転んで死ぬっていうのは普通にあることですよ。若者だと珍しいですけどね。自分の髭で転んで死ぬ人がいましたが、それは流石に珍しい死に方でしたけど」

 

 いつの間にそこに存在したのだろうか。

 彼女の隣には小さな丸テーブルがあり、そこに分厚い本が置かれている。その本を彼女はペラペラとめくった。

 

「それにあなたのおせっかいがなければ、前を歩いてた男性は死ぬことになっていましたしね」

「えっ」

「トラクターを大型トラックと勘違いして女性を突き飛ばして、自分はトラクターの前で失神。失禁。日頃の不摂生が祟って心臓麻痺で死亡ですって。……ぷっ、くす」

 

 ……あまりにも悲惨すぎて俺が死んどいて良かったと思えるぐらいだ。――あれ? この女性今最後笑わなかった?

 

「関係のなくなった人のことはもういいでしょう」

 

 先ほどまでと変わらぬ威厳ある表情に、我慢できず噴出したように見えたのは俺のは勘違いかと思いなおす。

 

「私は女神。女神アクアです。日本の若くして死んだ人間の魂を導く女神よ。あなたには三つの選択肢があります。綺麗に魂を洗って、一から日本で再出発。何も覚えてない状態で赤ちゃんからやり直してもらうわ。これが一つ目の選択。次のが天国、とはちょっと違いますけど、それに似たところに行くのが二つ目の選択」

「天国というからには良いところなんですか?」

「良いところといえば良いところだけど、暇でぼんやりと過ごすしかない退屈な場所でもあるわ。やることないすることない体だってないのないないづくしの生活を。それをずううううううとしないといけないのよ」

 

 それはぞっとする話だ。体を動かすのが趣味と化している俺には恐ろしい。

 

「生まれ変わるというのは、人間限定なんですね? 虫に生まれ変わったり、鳥に生まれ変わったりはないんですか」

 

 輪廻転生。授業で習ったことによればとある宗教では人間は生まれ変わったら色んな生き物に変わるらしい。

 何度も何度も様々な生物に転生して、その中で俺達は今人間に生まれ変わっているというのを覚えていたので、尋ねてみると、何をいってるんだこいつという目を女神はした。

 

「玩具の電池でもそうでしょ。その玩具に合う電池は単三や単四というように決まっていて、違うのを無理矢理はめようとしても壊れるわ。なんでわざわざ人間専用の魂を他の生き物に入れないといけないのよ」

「なるほど」

 

 えらく俗っぽい回答である。

 女神様なんだよな。なんか口調もところどころ崩れかかってきてるし。

 

「それで三つ目の選択肢は――」

「うんうん。三つ目が大事よ! あなたも気になってきたわよね。今のところ一からやり直すといってもそれって結局自分がいなくなるのと同じようなものだし、ずっとぼんやり過ごすのもあれ。そんなあなたにピッタリのコースが一つあるわ!」

「は、はい」

 

 すごい圧力である。

 椅子から身を乗り出さんばかりだ。

 

「あなた剣道のインターハイで優勝したのよね」

「まあ、一応」

 

 なぜ知っているかと一瞬頭をよぎったが、まあ女神なら知っていてもおかしくない。

 運が良かったのか俺は、つまり二年生にして剣道のインターハイで個人優勝を果たした。

 

「腕っぷしに自信があるだろうあなたにおすすめの選択肢その三。異世界に転生することよ。それも今の記憶を保持したままね! ちょーっと危険はあるけど、剣一つで立身出世も思いのまま。汗臭いと人気のない剣道でもウハウハモテモテの日々! これはもう行くしかないわね!」

「異世界に、転生?」

 

 剣道ってそんなイメージなのか。まあ俺もそんなにモテてるわけではないけど。恋人もいたことないけど。……きっとそれは男子校だったから。

 それにしても彼女の話は、どうもピンと来ない。異世界。異なる世界か。

 

「あまり漫画とか見てないからわからないかもしれないけど、魔王軍といってわるーい平和を脅かす軍団がいてね。そいつらを鍛えた腕でばっさばっさと切り倒してほしいってわけ」

「期待されているところ申し訳ないんですが、そこまで俺強くないですよ」

 

 人より体力がある自信も運動神経がいい自信もある。

 しかし、多人数相手に勝てる自信はない。あくまで一対一の剣道というルールに則ってそれなりに強いだけで、武器持った多人数に囲まれたらボコボコにされる確信がある。

 

 ニヤリと彼女は笑う。それは相手に不利な契約を承諾間近と見た悪徳営業マンのような笑みである。

 

「そんなあなたにおすすめなのがそうこれ! チート!」

 

 どこから取り出したのかそこそこ分厚い本だった。

 

「すごい装備やすごい能力を一つだけ持っていくことができるのよ! 今、あの世界は魔王軍と人間側はこう着状態に陥っているわ。だからこそ記憶とすごい力を持ったあなたが救世主なりえるのよ。さあ、あなたもこの転生でレッツモテモテよ!」

 

 雑誌の裏側に載っている怪しい広告みたいだ。

 けど、選択肢としては悪いとは断言できない。むしろ良いのではなかろうか。前世、死ぬ前のことを色々諦めた俺だが、一つ諦めきれてなかったことがある。

 

 それはエロ!

 人には言えないようなエロ!

 つか、せめて童貞のまま死ねん。死にきれん!

 

 だから俺にとっては選択肢なんてないようなもので、その内容について詳しく聞くのだった。

 

「食べ物とかはどうなるんですか。あっちと俺がいた世界では全然食べ物も違いますし、消化できれないのばかりだったら、地獄すぎます。後言語。向こうで新しく覚えないといけないんですかね」

「それも問題ないわ。異世界に対応できるように体を作り直すし、よほど酷いものを食べなければ腹を壊すこともなし。そもそも同じ体で行って異世界に日本のウイルスなんかを持ち込まれても不味いしね。そして言語については、これを見てもらえればわかるわ」

 

 手品のようにささっと薄い本を取り出してこちらに見せてくれる。

 

「神様の完ぺきな対応サポートを舐めてもらっちゃーこまりますね」

 

 どこの商売人だよ。

 

「あなたの頭に負荷をかけて簡単に言語習得。これで駅前のなんちゃら留学も必要なし! 運が悪ければ頭がその負荷に耐え切れずパーになっちゃうけど、これは些細な問題ね!」

「…………」

 

 完ぺきな対応サポートとは一体……。

 まあでもそれぐらいのリスクはあってしかるべきか。リスクとリターン。そこまで釣り合ってないとはいえない。

 覚悟はすでに決まっている。

 

「それで、そのすごい装備やすごい知識を見せてもらってもいいですか」

 

「ナイス判断よ。これがそれね。期待しているからじっくり見てもらっても構わないわ。剣が得意だろうし、ここら辺の聖剣や魔剣がいいんじゃない?」

 

 彼女はそう嬉しそうに言って、先ほど取り出していた本をペラペラとめくりながら見せてくる。

 

「済のハンコマークを押してあるのは使えないってことでいいんですよね」

「そうね。これとかこの前の人が持って行ったのね。魔剣グラム」

 

 書いてある内容は確かにチートとかいうだけあってすごいものだ。

 

「神や悪魔を倒せるって――いや、神まで倒せてしまったらまずいんじゃ」

「神といっても下級神や亜神や邪神ぐらいよ。私みたいな力を持った神には通用しないわ。ほら、えらぶえらぶ」

 

 俺は渡されたカタログをめくってその内容を確かめていく。

 剣はさほど能力が変わらない。下級神まで倒せるというグラムほど強力なものはないが、どれも装備しただけで一気に強くなるものばかりだ。鎧は絶対防御やらそんなのばかり。能力は知識が山ほど湧き出るものや竜を召喚できるようになったり種類は多い。

 

「済のマークも結構ありますが、そんなに異世界への転生者って多いんですね」

「それは回収できてないのもあるわ。転生者がチートを持って行って、そのまま向こうで死んでしまってチートも置きっぱなしになってるの。剣や鎧や装の備に済マークが多いでしょ」

 

 ……こんなとんでもない力を身に着けさせた転生者達を結構前から送っているのに、それでも平和にならない世界なのか。

 気合を入れていかないと即死もありえるかもしれない。

 

 装備欄のページをめくっていくと、とあるページにたどり着く。

 

 ――ヒュプノスの笛。

 

 内容は簡単に略するとこうだ。

 この笛は音を発さない。しかし息を吹き込めば一メートル以内の人間に効果を発揮する。その効果を使う時には言葉の最初に契約を行使すると告げなくてはいけない。効果は発動者の言葉を信頼しやすくなる。よっぽどのことではない限り疑わず、その信じた使用者の言葉に後々疑問を覚えることはない。成功確率は発動者への信頼の深さやかかった者の警戒心のなさに比例し、成功しなかった場合相手はいいえと答えてその時の記憶を違和感なくなくす。

 この笛は相手がかかってから三十分以内のみ特殊な能力を発揮する。一度使った相手には一週間後まで使用することはできない。

 

 なかなか素晴らしい効果だ。

 

「あー」

 

 しかし、それも済マークが押してあったら意味がない。

 俺はその道具を諦めて、次のページをめくろうとすると何か爪にひっかかるものがあった。

 もしかして、二枚のページがくっついてる?

 

「どうしたの?」

 

 つまらなそうに爪をいじくっていた女神は、こちらの様子を伺ってか尋ねてくる。

 

「いやなんかここページがくっついてしまってるんですよ」

「そんなことあるわけないじゃない――ほんとね。くっついてたわ」

 

 本をかっさらった女神はそのページを無理矢理開けた。

 ビリッと少し嫌な音がしたが、ちょっと破ける程度でページそのものはきちんと見れる。なぜページ同士がくっついてたかというと、ページの端にご飯粒みたいなものがいくつかくっついていて、それが糊の役割を果たしてたせいみたいだ。

 

 思わず女神の顔を見ると、脂汗を流し、

 

「……これは……そう! エリスのせいね! 私の後輩にいつも世話をしてあげている貧乳女神がいるけど、そいつにこの本を貸した時にご飯を食いながら、本をてきとうに読んでたせいだわ! その時にご飯粒を落としてたのね」

 

 力説する。

 なんて、意地汚いやつだエリス。

 女神とはとても思えない所業である。恥を知れ恥を。

 

「気づいてくれて感謝だわね。後輩の不始末は私の不始末。これも私が悪かったと謝罪するわ」

「女神様が謝ることないですよ。そのエリスって神様のせいじゃないですか」

「そうね! エリスのせいね! あの貧乳女神のせいだわ!」

 

 本当にそうだ。

 まったく困った神様もいるものである。

 そのページを開いたまま再度俺は本を受け取る。

 俺は開かれたページを見た瞬間少し動作が止まってしまった。

 

 それこそ、時が止まったような衝撃。

 

 ――クロノスの時計。

 

「時間を、止める神器」

 

 内容はこうだ。

 

 この神器は壊れることはない。使用者が明確に効果を知っていて発動を意識してスイッチを押さない限り、神器の効果が発動することはない。これは時間を止めることができる。ただしその月の日の数の分しかその日止めることはできない。生命に致命傷、またはそれに類することも不可能。開始するときはスイッチを押し、止めるときにはスイッチを押さなければならない。効果を発揮中でも制限時間が過ぎれば自動的に止まった時間は動き出す。

 例えば今が六日なら六分間、二十日なら二十分間、それだけ時間を止めていられるということか。

 

 この神器は……使える。

 

「これでも構いませんか?」

「どれ? ああこれね。時間停止のやつね。そういえばこんなのもあったわね。わかったわ。はいはい。あなたのチートはこれに決定ー」

 

 あっさりと了承する。

 かなりヤバいものだと思うんだが。

 まあ致命傷を負わせられない分、危険度でいえばそこまでではないのかもしれない。他のは常時無敵に近いみたいなのもあるし、危険度でいえばそこまででもないのか。

 

「今からあなたを送るけど、もういいわよね」

「えっと、そうですね……いや、ちょっと待ってください」

 

 死んでいる身だ。用意も何もできることはない。

 ないが、あれがないのは流石に困るかもしれない。

 

「そんなに多くなくていいんですが、お金とか用意してもらえないのでしょうか」

「お金なんてチートでちょいちょいっと稼ぎなさいよ。時間を止めれば、他の財布から抜き放題じゃない」

 

 ……何言ってんだこの女神。

 

「そんなことのために使うのはちょっと……。悪いじゃないですか」

 

 本音をいえば悪いというより無駄なリスクを負うのが嫌なのだ。時間を止める。他人のお金を盗む。それは自分の情報をばらまくようなものである。

 時間を止めることはすごいようで無敵ではないし、リスクを如何に減らすということは大事だと思う。

 

「真面目ねー。それならちょっと待ってなさい。エリスにもらうから。あの子、しょっちゅうあの世界に降りてるみたいだしね」

「うわ!」

 

 女神は振り返ると、どこかに顔を突っ込んだ。どこかというのは何もない空間にである。

 顔の前半分がどこかにいっている姿には、驚かざるおえない。

 声は聞こえてないが、後ろ頭が動いてることからどこかで何かを言っているらしい。数分もしない内に彼女の右腕には袋が握られていた。

 

「はいこれ」

 

 ポンとその袋を放ってくる。キャッチすると中にお札や硬貨みたいなものが入っていることが感覚でわかる。

 

「中に十五万ちょっとのエリスが入ってるわ。一ヵ月ぐらいならそれで余裕で持つらしいわよ」

「ありがとうございます」

 

 椅子から立って丁寧に頭を下げる。

 少々この人というか本当に女神かと思うような言動があったが、俺からすれば得が多いことをしてもらった。

 

 魔王軍。強大な敵なんだろうが、できるだけは俺も力になることを決意する。

 

「まあ頑張りなさいな。じゃあ魔法陣から出ないでね」

 

 おざなりな台詞と共にここでできることはもうないことを知る。

 下を見ると、緑の幾何学的模様が出現する。

 

 浮遊感。

 俺はゆっくりと浮き上がっていた。

 

「さあ。新しき勇者よ。願わくば幾多の勇者候補の中から見事魔王を打ち滅ぼし、その栄誉を受け取ることを願っています。魔王討伐のあかつきにはどんな願いでも一つだけ叶えましょう」

 

 女神は両腕を広げて宣言する。

 こう真面目な顔してると、本当に美人だな。

 

「さあ――旅立ちの時です!」

 

 その言葉と共に俺はどこまでも上に昇っていき、何もかもなくなった。

 

 旅だ。新しい門出だ。

 

 ああワクワクする。滅茶苦茶ワクワクする!

 

 生前俺はクズなのを自覚していた。人を殺したりとかは嫌だが、人には言えないようなクズいエロな趣味を持っていた。

 しかし、それを実行することは一度もなかった。

 捕まったりするのは嫌だし、当然親には恩や愛があったから迷惑をかけるのが嫌だった。誰かに嫌われるのは苦手だった。だからこそ、突発的な性欲に負けないよう剣道で発散してた。いやまさか打ち込み過ぎてインターハイに優勝できるとは思ってもみなかったが。

 

 だけど向こうでは何のしがらみもない。

 

 親もいなければ、俺には時間を止める時計というせこいアイテムでうまく立ち回れば誰にもばれない。

 ここからだ。ここからが俺の楽しい人生である。

 

 

 

 

 行こう。――まだ見ぬ素晴らしきエロを求めて。

 

 

 

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