足には注意する。
もし噛みつかれたりでもしたらそのまま足が持っていかれてしまう。
聖水を湖の中にぶっかけて怒って出てきたところ悪いが、流石に代わりに足をあげるわけにはいかない。
地面を這う敵には攻撃しにくい。剣道というのは胴体が攻撃していい一番下の範囲で、足元を攻撃することなんてないからだ。しかしいつまでもそうは言ってられない。
小型モンスターは今までに何匹も狩ってきたわけだし、モンスター退治で生活するためにも四本足で歩く生物への剣の使い方を慣れていかなくてはいけない。こんな時、身長が大きいのが仇になるとは。
ワニ型のモンスター。正式名称ブルータルアリゲーター。
「――フレイムソード!」
剣の火力を上げる。
剣が赤く染まる。外皮が硬い相手には効果的なスキルだ。
聖水で釣られたのは三匹。三匹の内の一番接近しているワニ型のモンスターを掬い上げるようにして斬る。顎から刃先を入れて、頭の部分まで真っ二つだ。
普通のワニは陸上でなら遅い。人間ならば走って逃げきれる速度である。長距離移動も苦手だ。しかしそれは地球のワニの話。この世界のワニも長距離移動は苦手だが、こと短距離においては地上でも速い。どういう体の構造してるんだろうね、本当。
俺は斬った直後の体勢。瞬間的に隙ができる。
次のワニが襲ってくるが、慌てることはなかった。
「ライトニング」
頼もしいアークウィザードがついているからだ。
射程距離が長く魔力の消費も少ない、魔法使いが好んで使う中級魔法。ゆんゆんによる雷が俺を噛み殺そうとするワニを撃つ。
特に水棲の生物には昔から雷が効くのはセオリーだ。
雷を食らったモンスターは、俺に襲い掛かることもなくプスプスと音をさせ、ワニの丸焼けの出来上がりだ。
最後の一匹は俺の獲物である。
「――接近。ウインドソード」
速く、速く、どこまでも速く俺の剣は相手に届く。
上から剣先をワニの口に突き刺し、
「おりゃああ!」
持ち上げるようにして斬る。
気分はゴルフに近い。パターゴルフしかやったことないけど。
これでワニの三匹は駆除。だが、ここからが本番だ。
ブルータルアリゲーターは汚い水質に群れで棲む。たった三匹で終わりなわけがない。強敵と認められたようで、汚染された湖から続々とブルータルアリゲーターが地上に這い出てくる。
映画だったら絶望的なシーンだろう。緊張感とこれからの凄惨な未来を予感させる不穏なBGMがかかる場面だ。
それぐらい迫力ある絵面である。ワニって外見からしてすでに化け物じみているというか、怖いんだよな。生前、こんなのを見たら尻尾を巻いて逃げていただろうに、こうして立ち向かえるのは経験を積んだのと、才能ある仲間がいるからだろう。
五匹、六匹、七匹、続々とブルータルアリゲーターが陸に姿を現す。この汚染された湖は自分達の住処だ。それを邪魔する外敵の肉を食いちぎろうと行列となす。
これは俺だけで対処するのは無理だ。大量の敵――こういう時はめぐみんの出番である。
振り返ることなく、背後で呪文を唱え終わっているだろうめぐみんに声をかける。
「めぐみん準備はできてるよな!」
「もちろんです。いつでも大丈夫ですよ」
「できるだけ空中で爆発させて湖には影響でないようにしろよ!」
「注文の多い人ですね。……まあでもそれができるのが、大魔法使いたる所以ですか。ドンと任せてください」
「はっ、信頼してるぞ。……よしじゃあ行ってくるわ!」
まだ出てきているワニは少ないので、湖から俺をおとりにしてワニを連れ出す。
先ほどとは違って警戒をしているのか、じりじりとにじり寄ってくるモンスターに自然と口の中が乾く。
大体のワニが出てきたと判断してからは俺の役目は終わりだ。……まだだ……まだだ。
「今だ!」
充分な数のワニが出てきたと判断した俺は合図を送る。しかし、このままでは敵と俺との距離が近すぎるので、距離をあけなければならない。
だから俺は、哀れな生贄のように目を閉じる。まるで死刑を待つ罪人のようにだ。
「フラッシュ!」
目をつむってすぐに、背後から強烈な光が放たれる。
作戦通りだ。ゆんゆんナイス!
背後でかつ目を閉じていてもその光は感じられる。これによって俺の目のダメージはないが、ワニはそういうわけにはいかない。
俺はその間に距離を取って、彼女の魔法を待つ。
習得している者は極稀にしかいない、彼女がいつも最強の魔法と言ってはばからないとある一つの魔法。
「――エクスプロージョン!」
今となっては見慣れた爆裂魔法。
最初出会ったころより更に大きくなった魔法がワニを消滅させる。
「……やっぱ凄いな」
本当に消失だ。跡形もいなくなる。杖をマナタイト石で改造してからは益々爆裂魔法のキレが上がっているな。これに巻き込まれるのは、考えたくない。
見慣れたけど、この威力は絶大だ。
風がビシバシと体に当たってくるし。
爆裂魔法の位置調整を完ぺきに制御しだしているめぐみんは、上手くやったようで湖の被害も殆どない。まあといっても湖は汚れたままなのだが。
「ふにゅ」
そして、いつものように魔力切れでめぐみんが倒れ込みそうになり、ゆんゆんが支えていた。
「……レベルが上がった感がビシバシしますね。やはり大量のモンスター相手に打ち込む爆裂魔法は最高です」
嬉しそうににんやり顔のめぐみん。
ブルータルアリゲーターはそこそこの経験値があるらしい。
七匹以上は倒したであろうめぐみんのレベルは上がっているだろう。これで更に爆裂魔法の威力が上がるのか。本当に魔王倒せるぐらいになるんじゃないかこいつ。
可愛らしい冬服を着ているとは思えない凶悪な破壊力である。
まあ――めぐみんの冬服もそれに劣らない破壊力があるのだが。白いふわふわした帽子に赤のマフラーを首に巻いて、白のコートを着ている姿は素直に可愛いという他ない。なぜかその下は黒のタイツだけど。いやエロいから俺は好きだけど、寒くないのかな。本人曰く大丈夫とのことだが。
湖の様子を見ていると、俺達に喧嘩を売ろうとするブルータルアリゲーターはいなかった。依頼は終了といっていいだろう。殆どのモンスターは片づけたようだ。
俺は剣を鞘に納めて、二人に笑いかける。
「めぐみんもゆんゆんもお疲れさま」
「ユウスケさんお疲れ様です! 怪我しなかったですか? 気になるところはありますか? 私ちゃんと補助できてましたでしょうか」
「見ていただろう。楽勝だよ。触れられさえしなかった。これもゆんゆんが俺の攻撃の合間にちゃんと魔法を撃ってくれたからだろうし、そんなにちょくちょく聞いてこなくても大丈夫だぞ」
ゆっくりとめぐみんを地面に下ろしてから、優しいゆんゆんは俺を思ってか傷ついたような表情をする。
「うっ、だってユウスケさんはいつも前線で悪いような気がして……。私後ろで魔法撃つだけですし」
いやそれがありがたいんだけどな。
ゆんゆんがいてくれるからこそ俺が自由に動けているというのに。この自己評価低い癖はいつか抜けるのだろうか。
「なあゆんゆん。後衛で魔法を使うのがゆんゆんの仕事で、前に立つのが俺の仕事だからな。どっちも大事な仕事で、それを果たしているだけなんだから気兼ねする必要ないさ」
地面にだらーと倒れているめぐみんは、下から俺の言葉に同意するようなことを言う。
「そうですよ。ソードマンなんて前線で体を張る以外役に立たない職業ですから。私達のように色々なスキルを扱える職業ではないのです」
いやでもお前って一つのスキルしか使えないじゃん。
基本、接近して斬る以外ないのがソードマンなのは俺もわかっているけど。
「……実際そうなんだが、人から言われるとムカつくな!」
最近では珍しく眼帯をつけてきた動けないめぐみんに俺は悪戯をする。
顔に手をかけて大事なものを無理矢理奪う。
「あー、眼帯取らないでくださいよ!」
「罰だ罰。少しの間没収だ!」
「ちゃんと返してくださいよ。まったく。子供ですか」
お前が言うな。
子供そのものの外見したやつから奪った眼帯を俺がしてみると、当然片目は真っ暗で見えなくなる。
うーん、格好いいんだろうかこれ。
不便なだけだなと思い、俺は外してポケットの中にいれる。
何匹か討伐できてないワニがいるが、それも数少ない。ブルータルアリゲーターは群れで生きるモンスター。群れの維持ができなくなった彼らは居心地の良い湖から離れていった。爆裂魔法の影響も大きいだろう。あれを至近距離で一度放たれると、モンスターでもビビる。
依頼は完ぺきにこなしたといえよう。
汚く濁った湖を見ながらゆんゆんは悲しそうな顔をする。
「あの子達が出ていっても湖が濁ったままなんですね。大事な水源なのに……。私達でどうにかできないのかな」
「ゆんゆん、それは……難しいかな。あいつらが汚染したんじゃなくて、既に汚染された湖だったからあいつらも住み着いたわけだし。しかし、この湖を浄化するのは骨が折れそうだ」
「このぐらい大きい湖ですからね。この前の大雨で山の土砂が崩れて水源が汚染されたようですが、聖水使ってだとどれぐらいかかるか途方もないですし、プリースト一人だと多分一週間以上はここの浄化に時間が必要じゃないですか。――あっ、ユウスケありがとうございます」
俺はめぐみんをお姫様抱っこする。
おんぶでもいいんだが、最初にこれをやったからなんとなくその流れで、連れ帰る時は抱っこになっている。初めてこの姿を見たゆんゆんは顔を真っ赤にしてたのは忘れられない。
めぐみんも慣れたもので、緊張に体を硬くすることもなく完全に俺に体を預けきっている。
俺としては黒タイツの感覚が新感覚で、股間に不味いんだが。タイツ教にはまってしまいそうだ。
「その間、プリーストを護衛するのは大変だろうしな。まあ俺達がワニ共を追い払ったし、今週中にでもプリーストが三人ぐらいでここの浄化でもするだろう。あまりに間をあけるとまたあいつらが群れとなって戻ってくるだろうからな」
プリーストではなくアークプリーストなら一人でも四日ぐらいまで期間は短縮できそうだが、アークプリーストになれる人は稀だと聞くしな。少なくともアクセルの街には存在していない。
最初は湖の浄化が依頼だったが、あまり割に合わない依頼に受ける人はおらず、まずはブルータルアリゲーターの退治という依頼に変わった。ちなみに今回の報酬は十五万エリスである。
家を買って宿屋へ払う支払いもなくなったし、貯蓄もあるが、本格的に冬が来て稼げなくなる前にもうちょっとは稼いでおきたいんだよな。
依頼も終わったことだし、俺達はその場から離れる。
ここからアクセル街まではちょっと遠い。三十分以上はかかる距離だ。
しかし、俺はめぐみんを抱いているし、特に急ぐこともないので、俺達三人は会話をしながらゆっくりと帰りの道を辿る。
「ユウスケって今レベル幾つなんでしたっけ。私は今回ので十五になりましたけど」
「私はこの前十六になったよめぐみん!」
「ゆんゆんには聞いてません」
「酷い!」
「ふん、当てつけのように私より高いレベルになって。今からリッチーにでも会ってレベル下げてきてください」
「リッチーを探すなんて湖に落ちた透明のビー玉探すよりも難しいよ……」
小耳に挟んだ程度だが、リッチーの状態異常スキルにレベルを下げられる効果があるんだっけ?
伝説の魔物。吸血鬼の王。真理に到達した魔法使いが成るという化け物。そんな滅多にいない強力なモンスターには、冒険者をやっていて会うことはあるのだろうか。まあできれば生涯出会いたくないものだが。
めぐみんとゆんゆんは隙があれば口喧嘩みたいなやり取りをするが、どちらも本気ではなくただのコミュニケーションみたいなものだ。
相変わらず仲の良いことである。
当然自分のレベルぐらい覚えているので、俺はこちらを見つめるめぐみんに自分のレベルを明かす。紅の瞳が純粋に俺だけを見ている。それにしてもこいつ睫毛長いな。
「俺のレベルは十四だな」
「確か……ユウスケさんは十五レベルで上級職に上がるんですよね。後一レベルじゃないですか。もうすぐですね!」
「そうなんだよ。だから結構楽しみでな」
嘘。滅茶苦茶楽しみにしている。
上級職。
憧れだ。ソロでやっていたときはいつかはなれるだろうと気楽に思っていたのだが、周囲の人間が上級職すぎてな。早く俺もならないとという気持ちが焦る。めぐみん達と依頼をすまして時間があったら、他の冒険者と依頼をこなしたりと頑張っているが、なかなか十五までの道のりは遠かった。
あー、なりたいな。
「十四レベルですか。あのワニ共は経験値高いですし、もしかしたらレベルアップしているかもしれませんよ。そうなればパーティー全員上級職という一流パーティーです。どれどれ、私が見てあげましょう」
「めぐみん。ちょっとやめろって。そこはくすぐったいって。ちょ……そこは!?」
神器はマントのポケットの中にいれてあるので、大丈夫だ。めぐみんは俺の肩に頭を預けながら、俺のズボンのポケットにあるだろう冒険者カードを探している。やべ、めぐみんの手が僅かにちんこに当たった。
「これは私の眼帯ですね。うーん、財布と……あ、ありました。どれどれ」
眼帯を自分のポケットの中にいれた後、ようやく見つけたのか、俺のズボンのポケットから小さな長方形のカードを取り出す。
彼女は冒険者カードをじろじろと眺める。
まあ俺が上級職になれるのはまだだろうと思いながら、話の流れとして一応めぐみんに聞く。
「んー、レベル上がっていたか?」
「はい。上がってます」
「ほら、まだだろう。俺も十五レベルになれる日を楽しみにしててな。たまに朝起きて上がってないか確認したりするんだぜ。夜に上がってるはずないのにな。はは、子供かっての」
めぐみんは俺の肩をとんとんと叩いて注意をひく。
「いやですから上がってますって。十五レベルになっていますよ」
「そうか。上がってるか。俺もとうとう十五レベルか。――はっ! 上がってる!?」
「だからそうさっきから言ってるじゃないですか。ほら、見てください。自分の冒険者カードの欄」
めぐみんが俺の顔の前に持ってきた冒険者カードを食いつくように見てみると、確かに昨日の夜見たときとレベルが違う。
ブルータルアリゲーターを倒すことで僅かに、ほんのたった一レベルだが、上がっている。――俺は十五レベルになっていた。
「本当だ……」
とうとう……俺も上級職業か。
突然のことに感情が止まっている。
しかし、その止まった感情が胸にまでようやく伝わり、熱い気持ちがわく。嬉しさや興奮といった、ただひたすらの喜びだ。
「い……やったー!」
俺は興奮のままめぐみんを抱きしめる。
体を預けている小さなめぐみんに熱い抱擁をする。
「んぅ!?」
なんか変な声が耳に入る。
めぐみんとは思えないピンク色の声に俺は驚き、めぐみんを離しそうになって――また抱きしめる。タイツなのでめぐみんのお尻の感触がもろに伝わってくる。
あっぶな! まだろくに動けないめぐみんを地面に落とすところだった。石に頭をぶつけて死んだ俺だからこそ、地面と激突する怖さを知っているのに。
ホッとしていると、めぐみんの怒声が飛ぶ。
「ユウスケ! 危ないじゃないですか!」
「ごめんごめん。でもめぐみんが変な声出すから……」
「いきなり抱き着かれたら変な声も出しますよ! もう。ほんと嬉しいからってはしゃぎ過ぎです。自重してください!」
うん、本当にはしゃぎすぎたわ。
これは反省だ。今度めぐみんの好物でも買ってご機嫌取りでもしよう。
落ちかけためぐみんは、また俺の胸の中に戻っていたが、さっきまでと違ってこちらから顔色が見えないようにか、めぐみんは俺の胸に顔を押し当てていた。
こちらから見えるのは彼女の髪の毛とちらりと出た耳だけだが、どうしてかその耳が――赤く染まっているように見えた。
「重ねて悪い。いや俺だけ下級職なのを気にしてて、ようやく上級職になれたのが嬉しくてたまらないんだ。それにしたってテンション上げ過ぎたよ」
「それは……おめでとうございます。でもゆんゆんじゃあるまいし気にしすぎですよ。……別に下級職だからって変わりません。ユウスケはいつも役目はきちんと果たしてくれていましたよ。それは私は知っています」
「そう言ってくれると嬉しい」
ちょっと泣きそうだぞおい。
たまにズバッとくるよねめぐみん。
こう撃ち落とされてしまいそうな気分になるわ。
しかし、それで終わらせないのがめぐみんの良いところというか悪いところというか。
顔を見せためぐみんには悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。
「まあこれで前衛がもっと体を張ってくれるなら、私達も楽できますからね」
「はいはい。後衛さん。前衛の俺としては上級職となったこの体で敵は通さないように頑張りますよ」
めぐみんと軽口を叩きながらアクセル街までゆっくりと歩いて行く。
上級職になるのが楽しみで仕方がない。めぐみんが歩けるようになったら下ろして上級職になろう。俺もこれでソードマスターだ。
時間は夕方に入る前で、冬の太陽は俺達の行く道を照らしていた。
俺の隣を歩いていたゆんゆんは何故か立ち止まっていたので、振り返って後ろを見ると、肩をガックリと落としている。……そういえば、ゆんゆんは途中から全然会話に入ってこなかったな。
「なんだか、私。蚊帳の外……」
長いので分割。今日二話投稿