家の中は外よりはマシだが、それでも寒い。
応接間にいる俺とめぐみんと客のクリスとダクネス。お客のために俺は薪と火打石で暖炉に火を入れようとした時、めぐみんが尋ねてくる。
「今日は掃除はもういいのですか」
流石にもうめぐみんは引っ付いていない。俺も這いつくばった姿ではなかった。スカートを覗く変態になってしまうしな。ただそれでも寒いのかめぐみんは俺の側にいた。
「あー、まあそうだな……」
暖炉の火を一度つけてしまうと消すのには時間がかかる。
だから、昼頃である今、暖炉の火をつけてしまうと、暖炉の掃除はできなくなってしまう。
「お客様が来てしまったしな。今日のところは仕方ないだろう」
折角、あれだけのお土産を持ってきてくれたお客様だ。当然相手をしなくてはいけないし、掃除しながらというわけにもいかない。
延期するべきだ。
理屈ではわかっているのだが、内心煮え切らない気持ちがあった。
一度やり始めようとしたら、どうも途中でやめるのも気持ち悪い。これはもう生理的なものであった。
すぐ隣にいるめぐみんが俺の服の袖をクイクイと引っ張る。
「ユウスケ。そもそもの話、わざわざこんな寒い日に掃除しなくとも、春頃に掃除した方が効率的ですよ。その時なら水も冷たくないでしょうし」
「大掃除を延ばそうとするな。明日には絶対やるからな」
最初に考えていたのは、新年までに掃除をすることだ。
それならこの年末中に掃除すれば最初の目的は果たしたといえる。今日は大掃除をしないが、途中で諦めたわけではないと自分を納得させる。
「それでは私のホワイトドラゴンのような肌が赤くなってしまいますよ」
「俺は冷水でいいけど、めぐみんは温水使えばいいぞ。それなら肌荒れもしないだろう」
「はぁー、そんなの勿体ないです。掃除なんていうものは冷水で充分ですよ」
「どっちなんだよ」
普段の言動とは打って変わって、変に節約家なとこあるからなめぐみん。話を聞く限りではそれほど裕福な家ではなかったらしい。その癖がついてしまっているのか。
ソファーに座ってもらっているクリスとダクネスは俺とめぐみんの話に入ってくる。
「私達は掃除の時に来てしまったのか。それは……タイミングが悪かったな」
申し訳なさそうな顔をするダクネスに向かってめぐみんは親指を立てる。
「むしろナイスタイミングです」
「いや、ナイスではないだろう」
「……私達も家に入れさせてもらってなんだが、出直させてもらうぞ。事前に言ってなかった私達が悪かった。新年あけてしばらくしたらまた暇な時を見計らってくるしな」
「構わないって。掃除なんていつでもできるし。知っていると思うが、特に冒険者なんて冬は暇なもんだ。時間がある時にでもすればいいから気を使わないでくれ」
「あれだけ必死に言ってたくせに、またそんなことを言って。ユウスケってほんと他の人の前では良いように言いますよね。良い格好しい」
「うるせ」
薪と火打石で両手が塞がってなかったら、めぐみんの鼻をつまんでいたところだ。
火打石を横に置いて、薪を暖炉の中に規則立てて積んでいく。
ここに来たときに教えてもらったが、ただ単に薪は積んでいけばいいということではない。その薪の大きさや太さ、そして積み方によって火の付き方や薪の消費量も全然違う。上手に作らなければ煙だけが出てくるとかもあるしな。
暖炉自体に触れるのもこの世界に来たのが初めてだが、俺はこの作業を気にいっていた。薪の乾き具合や大きさを見抜かなければ上手いこと火はつかないし、単純にして奥が深い世界に魅入られかけている。
いっそのこと常に冬だったらいいのに。冬だと俺達は冒険にいけないので、餓死するけど。情報集めるので、結構金飛んでいってるんだよな。時は金なりとはよく言われるが、情報も金なのだ。
せっせと組んでいると、背中に声がかかる。
「あたし達も掃除手伝おうか。冬で暇しているのはキミ達だけじゃないんだよ。同じ冒険者のあたしも暇してるからね」
「私の場合は挨拶から逃げてきたんだが。……ちょっとこの時期は面倒でな。まあだから私も暇を持てあましているから手伝うぞ」
「そういうわけにもいかないだろう。ありがたい申し出だけど、遠慮するよ」
新居祝いにお客に掃除させるなど、どんな横暴な家主だ。
だが、それを聞いてはいそうですかとは彼女達はしなかった。
「これぐらいはさせてくれても罰は当たらないと思うぞ。なんといっても、ユウスケには世話になっているからな」
「世話になっているって……ユウスケさんはなにかしたのですか」
貰った食材を詰め込んでいたゆんゆんがリビングからひょいっと顔を出す。
酒などの重たいものは俺が運んで置いたが、食材などはゆんゆんが管理している。めぐみんも料理を作ることはあるが、基本的にはゆんゆんが台所に立つ。
「俺もわからん。世話ってそんなことしてたっけ?」
思い当たる節がないので、俺は素直に尋ねる。
俺がわからなかったのがよほど不思議だったのか、何を言っているのかという口調で突きつけてきた。
「わからないことはないだろう。ユウスケは冒険者の依頼にたまについてきてくれるではないか」
「……ああ、そのことか」
俺は薪を組んでいた手を止めて振り返る。
立っているめぐみんは驚いた表情でこちらを見ていた。
「そういえば冒険者と依頼に行ってくるとは聞きましたが、あれって最近はダクネス達とも行ってたのですか」
「へ? 私聞いてないんですけど……」
「あれ? ゆんゆんには言ってなかったっけ」
「話したのはまだ二人っきりで冒険している時でしたからね。ゆんゆんには伝えてなかったと思いますよ。それからもちょくちょくどこに行くとかは私には言ってましたが」
そういえばゆんゆんには言ってなかった気がする。
もちろん俺のパーティーメンバーはめぐみんとめぐみん曰くいまだ臨時のゆんゆんだ。何より彼女達を優先する。しかし、彼女達の時間が空いてなかったときには助っ人として他の冒険者の依頼に参加することがある。
特にクリスとダクネスのパーティーは二人だけしかいない。ダクネスが上級職であるクルセイダーだけど、たまにクリスが忙しくてパーティーに参加することができない時があったりして、流石に一人で依頼を受けるわけにはいかない。
なので俺はダクネスと一緒に依頼を受けたり、クリスとダクネスと三人で時折冒険をしていた。
「ほら、めぐみんは爆裂魔法を撃ったらもう戦えないだろう。ゆんゆんも強力だけど魔力を消費しすぎたら次の依頼に行くってわけにもいかないし。……この前風邪引いて説得力に欠けるかもしれないが、俺は体は丈夫だからな。朝に依頼に行って昼早くに完遂した時とかは、他の冒険者に混ぜてもらったりしてるってわけ」
「ユウスケには何度も助けてもらっていてな。強敵が遠くにいてもすぐわかったりするし、鍛えているだけあって動きにキレがある」
「いやあたしとしては盗賊より早く敵を見つけられても困るというか……。ソードマンに先に見つけられるなんて商売あがったりだよ。……それ……なにか不思議な力働いてない? 何かから授かったみたいな」
勘に関していえば完全に自前です。
「ユウスケさんってそんなことしていたのですか……。何度か依頼終わってすぐに出ていっているなと思っていたのですが」
「知らなかったら俺に聞いてくれたら良かったのに」
隠すようなことではないし、俺も聞かれれば素直に喋っていただろう。
「でも……めぐみんに聞いたら、ユウスケが普段見せない獣のような欲望を開放しているから聞かないようにしてあげましょうねって。ユウスケも男ですから色々溜まっているからなんて、あれは嘘だったんだねめぐみん……」
「え!? お前なに吹き込んでいるんだよ!?」
「てへっ」
ペロッと舌を出して、めぐみんは嘘だと言う。このお茶目め。ちょっと洒落になってない冗談はやめてほしい。この顔されると許してしまう俺も俺だが。
……まあそれは冗談とも言い切れないような。
クリスとダクネスにはなんとなく手を出したことはないのだが、他の冒険者には時間を停止させて悪戯をしたことも二桁に届かないぐらいはあるので、むしろ事実か。
「私達とは別の冒険者と……うぅ……別の冒険者」
ゆんゆんは僅かに形の良い眉をしかませていた。
こういうゆんゆんの表情を見るのは珍しい。どうかしたのだろうか。
「ゆ、ユウスケさん」
「なんだ。どうした?」
「お、おおお大掃除。私はもしかしたら……参加しないかもしれません!」
「そうなんだ。わかった」
「ユウスケ……。私の時とえらく対応が違うのはどういうことでしょう。ゆんゆんの時だけあっさりと了承するなんて酷いです。贔屓ですか贔屓ですよね。これは私も憤慨です。納得いく話を聞かないと裁判物ですよ。もちろん、私が裁判官でユウスケの弁護士はなしで」
「それは私刑というんだよ。俺の勝ち目ないじゃねえか。……だってゆんゆんだぞ。ゆんゆんが言うならよっぽどの理由があるんだろう」
「私だったらないと? ――裁判官として被告人ユウスケに判決を下します。判決は顎で頭頂部グリグリの刑です」
「痛い。それ地味に痛い!」
俺の体の横からしなだれかかっためぐみんは、俺の頭に自分の顎を載せて、判決通りグリグリとする。
結構これが痛いのだ。あまり力を入れてないのはわかるが、普段する怪我の痛みとかとは別種の痛みがする。
痛がる俺をよそにゆんゆんはというと、何故か慌てていた。
「え!? なにも私は本当に大掃除に参加しないと言ってるわけじゃなくて! そうじゃなくてえっとあの! 私は大掃除に参加するのは嫌かと――嫌っていうのは本当に嫌というわけではないんですよ。そういうわけじゃなくて! あのその!」
「要領を得ない子ですね。結局何が言いたいのですか」
めぐみんの言葉はもっともである。
一人でテンパって慌てているゆんゆんだが、何が言いたいのか今一わからない。後めぐみんは早く俺の頭から顎を退けろ。
付き合いの短い俺にはわからなかったが、幼馴染ともいえるめぐみんは何かに気付いたようだ。はっとした顔をした後、バカバカしいといった表情に変わる。
めぐみんは俺の肩に自分の顎を置いて、ゆんゆんがどうしてそんなことを言い出したかの理由を俺の耳元で暴く。
「おそらくゆんゆんは友達が取られたような気がして嫉妬しているのですよ。……この子、友達はそんなに多くないですから。嫉妬の仕方が下手くそですが」
あんな下手くそな嫉妬ってあるのかと思って、ゆんゆんの顔を見たら流石付き合いの長いめぐみんは的確に当ててたようだ。
沸騰させたヤカンみたいにゆんゆんはなっている。
「しー! めぐみんしーっ!」
必死に唇に人差し指を当てて黙ってという合図を送る。
もう聞いてしまったんだが……そんなことがわからないぐらいテンパっているようだ。頭から湯気は出ないようにはしてほしい。ゆんゆんが倒れたりでもしたら凄い心配する。
しかし、嫉妬の方法は独特だが、嫉妬するゆんゆんは可愛いな。あまり負の感情を出さないゆんゆんの新しい一面を見た気がする。
やり取りを聞いていたダクネスはおもむろに立ち上がった。
「そうだな。友達を借りたお詫びとして、やはり私は掃除を手伝うよ。ユウスケへの借りも返したいからな」
「おいおい、借りだなんて大げさなことを――」
俺はダクネスと行った冒険を思い出す。
クルセイダー。かつては下級職だった俺はダクネスを頼りになる仲間と思って手伝った最初の日。そして無残にも打ち砕かれた日。
「大げさ――」
彼女のおかげで上級職になるためのレベルに、これだけ早くレベルアップできたといえば聞こえはいいが、それだけ敵を俺が倒さなくてはいけなかったということでもある。
スタイル抜群。容姿も見目麗しいダクネスとの依頼は、まあ世話してなかったといえば嘘になる。
それもこれも彼女の悪癖のせいで――。
「……まあそんなに大げさでもないか。それじゃあ手伝ってもらうかな」
掃除を手伝ってもらうだけの借りは確かにあった。
なので普段は絶対断るだろう掃除の手伝いの申し出をありがたく受けることにした。
「うむ。頼りにしてくれ。騎士としての役割を果たそう」
「あたしはできるだけ簡単なところがいいかな」
「そんなに大変なところは流石に頼まないさ。俺がトイレ掃除と暖炉の掃除をするから、ダクネスは一階の廊下の床拭き、クリスは外を掃いてもらってもいいか。クリスにはそれだとまだ寒いだろうから、風邪引かないように手袋とコート貸すから」
「わ、私ももちろん掃除手伝います! 何でも言ってください」
よほど恥ずかしかったのか、いまだに顔を赤くしたままのゆんゆんは必死に言ってくる。
「えーと、じゃー、めぐみんは階段と二階の廊下掃除で、ゆんゆんは風呂掃除をやってもらうか。風呂掃除が終わったらゆんゆんはもう掃除はいいから」
「私だけクビ!?」
「そうじゃなくて、晩御飯を作ってほしいんだ。いつもと違って五人だし、時間かかるだろうから。お願いできるかな?」
「任せてください! 一杯食材をいただきましたから、今晩の料理は美味しいものを作りますよ!」
「おう。楽しみにしとくよ」
「いつもこの男はゆんゆんのご飯は美味しいゆんゆんのご飯は美味しいとうるさいからね。あたしもそんな噂の晩御飯期待しているよ」
「えへへー。もうユウスケさんってば……」
本人を前に言わないで欲しい。ゆんゆんは照れてるけどこっちも恥ずかしい。
一度や二度……もしくは三度。いや五度ぐらいしか言ってないだろう。――充分自慢してるわ。
「今からお腹が空いてきました。……途中ちょっと摘まみに行ってもいいですか」
「だめだからね! 摘まみ食いはなし!」
バツ印を両手で作るゆんゆんだが、めぐみんの猛攻を防ぎきれるか心配である。
最初の時より予定していた人数は多くなったが、予定していた通り大掃除を今日終わらせれるということで俺としては嬉しい。
各自持ち場について、新年のための大掃除を開始するのだった。
応接間の暖炉の中を掃除している。
結局雑巾は古めのタオルで代用することにした。
呼吸器に煤や灰が入ったら大変なので、頭に巻いていたタオルを口を隠すように移動させていた。
もう何年も掃除していなかっただけに煤や灰がこびり付いている。これを今日中に掃除してしまうのは大変だろう。すっかり忘れていたが、暖炉というのは当然煙突がついている。煙突の掃除ともなると、手持ちの掃除用具だけでは無理だ。
屋根に上がらないといけないし、専用の道具が必要となる。
こればっかりは仕方がない。
今日の大掃除は煙突までは無理だ。春ごろに一人で掃除しておこう。めぐみんやゆんゆんに煙突の掃除させるのは、危ないしな。モンスター退治しといてなんだが、まあ避けられる危険は避けるべきだ。
キュッキュッと丁寧に暖炉の中を掃除していく。力を入れて拭っていくのは、本当に暖炉の掃除は力仕事だなと感じる。
最新の暖房器具。ろくに手入れをする必要もなく、暖炉よりすぐに温かくなる。そんな日本の機械が懐かしいことはあるけれど、こうやって手間暇かけた分、直に返ってくる暖炉も好きだ。
黙々と掃除していると、ガチャンという音が鳴った。
不吉な音。まるでなにかが割れたような音色だ。
「はにゃ!」
そして、ヘンテコな声。
俺は掃除の手を止めて、暖炉に突っ込んでいた体を外に出す。口を塞いでいるタオルを外して、音がした方向に叫ぶ。
「どうしたんだ!」
暖炉を掃除していたタオルを置いて、俺は事故が発生した場所である廊下に急いだ。
一階の玄関に続く廊下の担当はダクネスである。
リビングの扉を開けて、様子を見るとダクネスが慌てていた。
下には元は壺であったものの残骸が転がっている。大体の状況は理解した。
「ど、どどうすればいいんだ、ユウスケ。この壺を綺麗にしようとしたら手が滑ってしまってな! 普段掃除は自分ではしないが、私は別段不器用というわけでもないんだが……」
床に破片が散らばっているかもしれないので、うかつに近づけない。
「そんなこといいから、お前は大丈夫か? 怪我してないか? 手とか切ったりしてないか」
パッとみる限りでは怪我はしてなさそうだが、俺は心配の声を投げかける。
彼女は両手を上げて元気のアピールをする。
「それはこの通りなんともない」
「はぁ……良かった。無事なら何よりだよ。割れ物を触るのは気を付けろよ」
いつもはしている手袋も今日は外しているが、手はなんともなさそうなので安心する。
まあ元からこいつの防御力に関しては並外れているので、たかが破片ごときで傷つけられるとは思っていないが、それはそれとして心配してしまうのは人としての反射だった。
「なにやら下から物凄い声がしましたけど、何かあったのでしょうか?」
「いや大事にはなってないから気にしないでもいいぞ。ちょっと物落としただけだ。そんな心配することないから掃除続けてくれ」
「わかりましたー! ふふふ、我が深淵なる瞳からはどんな埃も逃れられない!」
二階にいるめぐみんにも声が聞こえていたのか、心配げに階段のところまで降りてきて聞いてきたが、実際に大丈夫そうなのでそう返す。クリスは外だし、ゆんゆんは風呂の中だから聞こえてなかったか。外にいるクリスはこの寒さなので厚着と手袋させたけど、大丈夫だろうか。
「周りには破片が落ちているだろうからダクネスはしばらくじっとしていろよ。雑巾貸してくれ。外から破片を集めていくから」
まあとりあえず片付けるべきはここだ。
「うむ。わかった」
ダクネスが投げた雑巾をキャッチする。
屈んで俺は壺の破片を一か所に集めていくように拭いていく。
「……それでユウスケ。あの壺は弁償させてもらえるだろうか。もしくは……こういう時は体で支払った方が良いのだろうか」
「弁償なんてしなくていいよ。あれって前の人が置いていったやつだからさ。いつかは片づけようと思っていたのに、廊下になにもなしというのは寂しいからと置いていただけだし気にすることないぞ。もちろん、体で支払う必要もねえよ」
また彼女の悪い癖が出てきたようだ。
前の家主が持って行かなかったことは本当にこの壺は二束三文の価値しかないだろう。弁償どころか体で支払ってもらうってなんだよ。
「なに!? 家宝の壺だと! それはもうこの体を堪能してもらうしか私に返すことはできない!」
「言ってねえ!」
あまりにも都合の良い聞き間違いに俺は激しく突っ込む。
「――しかし家宝を壊した罪はあまりにも大きい。お前の心の痛みは相当なものだろう。察するぞ。金では心の痛みを治すことはできない。お前の心の悲鳴が聞こえてくるようだ……。やはりここは……私の体しか!」
「……おい、なにがなんでも家宝の壺ということで話を進めるのやめてもらっていい?」
豊満な体を胸を強調させるように自分の胸を腕で押し上げるものだから、視覚的に不味いことになっている。
エロい。本当に体だけはエロいんだよな。それだけに惜しいというかなんというか。
彼女の体は男好きする淫猥なもので、容姿も抜群なだけに、なんというか美味しすぎる餌を無造作に渡されると怖くなって拒否ってしまう。
俺は思わずため息を吐く。
――こいつの悪癖。それはつまりどんなものでも許容する。現代日本で使われる言葉としては、ドエムだということだった。
痛みに喜ぶ。嬲られるのに喜ぶ。元々防御力が硬いのもあってこいつは本当に無敵すぎた。
最初出会ったときも爆裂魔法から逃げなかったのはそれが理由だったらしい。ヤバいやつと思ったのは間違いなかった。冒険でも散々敵に突っ込むし、なぜか攻撃スキルに振ってないので相手への攻撃は当たらないため、もう大変だ。借りも作るというものである。
でも悪癖を抜けば正義感溢れる良いやつだし、デコイとしては本当に優秀なんだよな。
ドエムなのを除けば理想の騎士なのである。
めぐみんといい才能ある人ほど、どこか変な方向に振り切りたがるのだろうか。
しかし、ドエム騎士ってなんなんだよ。属性盛りすぎだ。
「まあ趣味どうこうは別に俺も言わないけどさ」
というか俺の方が趣味については酷い。どの口が言うのだって感じになってしまう。
「クリスをあまり心配させるなよ。あいつお前のことをいつも心配しているんだからな」
「うぅ……。そんな普通に心痛むことは言わないでくれ。それは私が求めている痛みではないぞ……」
根が善人なので、こういう風な攻撃は効くらしい。
無敵というわけではなかったようだ。
「前の遺跡の依頼を覚えているか。お前がどんどん先行った時の」
「あの遺跡には触手があると言ってたのに完全にデマだったあれか。あの憧れのモンスターにやっと会えると思ってたのに! ギルドの情報もいい加減なものだ!」
「そうそう。触手があるという遺跡。あの時、ダクネスが上から落ちてきた岩が頭にぶつかったのは覚えているよな。……大変だったんだからな。お前は気絶するし、クリスはえらく狼狽するし。それもクリスは回復魔法を唱えるぐらい慌てていたんだぞ」
クリスの職業は盗賊だ。なので当然回復魔法は使えない。それなのに手慣れたかのような口ぶりで、回復魔法をかけようとするのだから、本当に凄いテンパり具合だった。
――当然、回復魔法など唱えても効果が発動するはずがなかったし、ひたすら丈夫なダクネスがすぐに目を覚ましたのだが。
「私が意識をなくしている間そんなことがあったのか……。まあ私もクリスだけならある程度自重するが、ユウスケがいたらいけるだろうと思って突っ走ってしまってな」
「お前……そう無責任に頼るのやめろよ。俺もできないことが多い一介の冒険者なんだからな。……できるだけフォローはするけどさ」
「頼りにしているぞ、助っ人冒険者。……いっそお前が一人ならパーティーに誘ったのにな」
残念そうな口ぶりで言ってくれる事柄は普通に嬉しかった。
戦力としてお前は必要だと言われて喜ばない冒険者はいない。
「俺も今は三人パーティーだからな。これが二人ならお前のとこのパーティーと合流して四人パーティーでも良かったんだが……まあめぐり合わせが悪かったということで」
流石に五人ともなると、パーティー個々の実入りが悪くなってしまう。咄嗟に動きにくい。連携も大変になる。
なにより今の俺達三人パーティーは完成していると思っているので、今のところはまだ新しいメンバーを必要としていない。
こいつもめぐみんに負けず劣らず面白い力を持っているので、本格的にパーティーの仲間だったとしても楽しくやれたと思うが、そういう機会が先になかったに尽きる。人生ってそういうものだ。まだ若輩の俺がいうのもなんだが。
そうこうしている内にある程度ガラスは片づけられたと思う。袋を二つ持ってきて二重の袋にして、纏めてた壺の残骸を入れて口をきつく縛る。
「多分足を傷つけるような大きな破片はもうないと思うけど、気をつけて移動しろよ。ここら辺はもう一度濡れ雑巾で拭いといてくれ。細かな破片はまだ落ちてるだろうしな。俺は暖炉の掃除がまだ残っているからそっちやってくるわ」
さっきからずっと屈んだ姿勢のまま掃除しているので、俺もちょっと疲労を感じ始めてきている。鼻下に汗が浮かんできたので、手の甲で擦る。
そうして顔を上げるとダクネスは噴き出した。
「ぷっ」
「あ? どうした? 俺の顔になんかついている?」
「すまん。見事な髭がついているから笑ってしまった。ユウスケも一気に偉くなったな」
ああ。暖炉掃除の途中だったからな。手の甲についてた煤が顔を拭いた時にでもついてしまったんだろう。
特に肘なんてのは酷いもので真っ黒である。
「ん。少しジッとしていろよ」
ダクネスは近づいてくる。
黒に近い群青色の服にネクタイをして、膝ぐらいまでのスカートをしている彼女は素直に綺麗だ。美人秘書感がある。おそらく綺麗さでいえばアクア様の次。出会った人としてはトップである。
ハリウッド映画のヒロインと比べたとて彼女は見劣りしないだろう。
ポケットからハンカチを取り出して、優しく顔を拭いてくれる。
「よし取れた。これで悪くない顔に戻ったぞ」
「……なあお前。そのハンカチって……滅茶苦茶良いものじゃないか?」
「そうか? 私の家にあるものを無造作に選んで持ってきただけだが」
「いや良いものというかもう……最高級のものというか」
彼女が俺の髭を消すのに使ったハンカチの感触はとんでもないものだった。ゆんゆんの服も布地が良いとわかったが、クラスが違う。高いだろう服と小物であるハンカチと比べてみても、ハンカチの方が更にゼロが一桁多いぐらいの。
非常に凝られた意匠は、腕のある人が時間をかけて作り上げた逸品物を予感させる。
決して煤で汚れた男の顔を拭うために使うものではない。
ダクネス。
ドエムにして高そうな防具を身にまとうクルセイダー。貴族特有の金髪碧眼という特徴を持っていたりと、底が知れない謎の女だった。
「そ、そんな熱い目で見つめて、発情したのか! 大人になり始めたその体を持て余して、私にぶつけたくてムラムラしているのか! 青少年の熱き劣情。ねっとりとしながらマグマのような噴火しかけの性欲。少しだけ年上の私が受け止めるしかないのか! うむ、ないのかもしれない!」
……彼女の底は別に確かめない方がいいのかもしれない。
長いので分割。次回エロ