※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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十七話

 

 

 アクセル街の近くの町の飯屋。別に洒落たところでもなく、昼を過ぎた頃合いでは数人しかいない。

 そんなところが、待ち合わせ場所としては都合が良かった。

 

 俺はジュースを飲みながら約束の相手を待っている。

 それも端のテーブル。誰かに話を聞きとられにくい場所だ。

 まあこれから行われる会話もそこまで聞きとられてはいけないものではないのだが、用心することにこしたことはない。

 

 視界の上に映る普段とは違う完全な茶色の髪の毛を触りながら俺は十分ほどぼんやりと待っていると、俺の前の席にとある男性が座る。

 

「待たせたな」

「いやそんなに待っていない。何か飲むか? ここの代金ぐらいは俺が出すぞ」

 

 相手の方が随分年上だが、状況に合わせて俺は砕けた口調で答える。

 

「酒、と言いたいところだが、俺は仕事は早く済ませたくてな。それに男と眼前で飲み合う趣味もないんだ。……さっさと終わらせて飲むさ。それでにぃちゃん。これがあんたに頼まれていた資料だ」

 

 男は懐から取り出した薄長い封筒をこちらに寄越す。

 俺の求めている情報が入ってあるだろう大切な封筒である。

 今は冬も終わってすっかりと春の色に世界が変わったが、冬頃に俺はこの男に伝手を使って情報調査を頼んでいた。

 

 俺の知りたいことといえば、転生者。――それもとある神器を持つ冒険者である。

 

「黒髪黒目の商人か。ピッタリなのがいたぜ。お前さんも名前ぐらいは知っているだろうがな。なんせ――あの大商人だ」

「その商人は出身地が不明か、それとも東の方から来たとでも言ってたのか」

「黒髪黒目のやつがよく言う東の国ってやつだな。ああ、その商人は言ってたらしいぜ。……しっかし、本当にそんな国があるのかねー。たまに夢見た商人がその国を目指して東の海を渡ったという噂は聞くが、とんと成果は聞いたことがない」

 

 海で渡ったからといって異世界を渡れるわけないし、どこまで進んでも日本にはつくことはないだろう。

 ……その商人は本当に気の毒だ。心の底から気の毒という他ない。転生者の誤魔化しを真に受けて実行するとは。

 

 資料を読んでいくと、その大商人の一生がわかる。見かけは一見軽そうなノリの男だが、仕事は本物だ。丁寧で繊細な文章は彼の腕の良さを感じさせる。

 

 記録を見る限りでは、順風満帆としか言いようがない人生だ。

 商人となった彼はみるみるうちに頭角を現し、大きな仕事を動かし、時には国の事業さえも手をかけることさえした成功しか記されていない人生。交渉術が悪魔的とさえ書かれている。しかし、そんな裕福な彼の人生には、誰一人として傍にいなかった。

 

「この大商人は息子や娘どころか妻さえいないんだな」

「おう。大金持ちで選び放題だろうにその商人は結婚さえしなかった。あまりにすんなりと交渉を纏めてしまうからよ。信頼なんていう二つ名で呼ばれたくせに、本人は一体なにを考えてたのやら」

 

 あくまでこれは推測だ。過去の人間がどう考えていたかなんて今を生きる俺達は文章に残してでもしてくれない限りわからない。

 ……もしかすると、彼は信頼を簡単に勝ち取れたせいで、自分から信頼はできなかったのかもしれない。

 

「でもこの商人の稼ぎっぷりからして大量に遺産が残っていたんだろう? 妻も子もいないなら、遺産はどこにいったんだ」

「それはその次のページに書いてあるんだが……まあ、言ってしまえばその大商人は最後は蓄えたものを殆ど貧しい人のためにばらまいてよ。あまりの遺産に何故か平民より豊かになった貧しかった人なんていうのも出てきて、それは凄かったらしいぜ。羨ましいったらないわ。俺もその時代に生まれて恵んで欲しかった。ありがてぇありがてぇと拝んでやっただろうに。……後は価値のないものは、昔から世話になっていたあのダスティネス家に渡したらしい」

 

 ぴくっと俺の眉が動く。

 聞き覚えのある家名だ。というよりこの世界に住んでいるなら誰でも知っているような名前である。

 

「商人はいつも首が見えないぐらいの厚着してたらしくてよ。そんな商人の服や本や財布や長年使っていたペン、他には愛用していたコップに壊れた笛。そんなものが今もダスティネス家にはあるらしい。……おっさんの服なんか貰ってもどう飾ってるんだろうな。商人の嫌がらせじゃねえの。最初に色々世話してもらったダクティネス家に恩があるはずなのに、この商人には俺は絶対恩返しはして欲しくないな」

 

 俺は内心にやりとする。

 聞きたいことが聞けた。

 おそらくこれがビンゴだ。前々から戦闘向けの神器じゃないので、おそらくその転生者は商人辺りの職業をやっていたのだろうなと考えていたが当たったらしい。

 

「でも、こんな情報探ってどうするつもりだ。いや、俺が依頼主のことを探っているわけじゃないんだぜ。ただの興味としてだな」

 

 彼は情報を扱うものとしての目で俺を見ていた。

 表情に仮面を貼り付け、俺は微笑しながら肩をすくめる。

 

「俺も興味さ。最近では結構噂になっているので知っていると思うが、黒髪黒目の人間ってのはかなり興味深い存在だからな。興味本位で聞きまわっているんだよ。知的好奇心の欲求だな」

「あー、それはわからないでもない。かくいう俺も黒髪黒目には注目しててな。なんといっても、そういう姿で力を持ってるやつらが今王都で活躍してるからな」

 

 俺は自分の茶色の髪を触りながらの答えに、本当に納得しているかはわからないが一応彼は納得する素振りをした。

 

 懐から薄い封筒を取り出し、そこに財布から二万エリス加える。合計九万エリス。痛い出費だが、それだけの価値はあった。

 その封筒を差し出しながら、俺は頭を下げる。

 

「いい仕事してくれた。これ色つけてるから受け取ってくれ」

「それはありがてえこった。恵まれない俺に慈悲をか。大商人とでもお呼びした方が良かったか」

「ただの正当な対価だよ。また機会があればよろしく頼む――っとそういえば、もう一つ見つかるかどうかわからないが頼みたいことがあるんだ」

「ん。追加の依頼かい。今暇してるから条件次第では受けるぞ」

「自分でいうのもなんだけどかなり特殊な依頼になると思う。とあるものを探してもらいたいんだ。――ただこれは初めに報酬として払っておくから、その中で採算が合わなかったり見つからないと思ったらやめてもらっていい。その段階で報酬は懐に仕舞っておいてくれ。もちろん、その探しものが見つかれば成功報酬も別に払う」

「それはなんとも……随分俺の腕を信じた話だな。受けなくては情報屋の名が廃るってものよ。それで何が知りたい。紅魔族の秘密か? 魔王の幹部の弱点か? それともアイリス王女の側近であるクレアの下着の色かい?」

 

 俺はある遺跡を見つけるようお願いして、その情報屋に追加で十五万エリスを支払った。

 流石にそう簡単に見つかるとは思っていないが、彼の腕と俺の幸運を信じてである。

 

 口笛を吹いてやる気を見せる情報屋に別れの挨拶をして、俺は自分のジュース代と相手の酒代をテーブルに置いて席から離れる。

 

 飯屋の扉を開けて外に出ると、まだ若干冷たい風が肌を撫でていった。

 もう完全に春になったと思っていたが、冬の残り香は感じられるようだ。

 

 それにしても、収穫ある時間だった。

 俺はこれからアクセルの街に帰るために乗合馬車の方向に足を進ませながら、これからのことを考えていた。

 一応念のためにと隣町で情報交換したが、実に上手くいったと言っていいだろう。

 

 ――俺が探しているのは神器である。

 それも前から欲しいと思っている神器だ。もう暫く前になるが、かつてアクア様のところで見たヒュプノスの笛。あれが欲しいと考えて探していたのである。まだ神器の持ち主が生きているのなら無理だが、死去されているなら俺にもチャンスがある。

 おそらく商人になっているだろうと推測してたけど、俺の読みもなかなかのものだと自画自賛する。

 

「しかし――ダスティネス家か」

 

 俺は自分の拳を唇に当てながら呟く。

 一体、どうしたものだろう……。

 

 丁度、俺が住んでいるアクセルの街の中央に住む貴族の名前。

 それも普通の貴族ではない。

 清廉潔白。公明正大。そんな耳触りの良い言葉で語れるほどの素晴らしい大貴族の家系。昔から王家の信頼も厚く、本来なら始まりの街にいるはずのない貴族である。王様から受け賜った土地も王都に近い場所にあるしな。

 

 大商人が神器を渡した相手とはそんな貴族だった。

 浴びるほどの信頼を受けた商人が、最も信頼した相手としては相応しいといっていい。

 

 そんな相手から盗む、ってのは現実的じゃないよな。

 俺の神器は盗むのにかけては最強クラスの使い勝手だ。警備もなにもかも意味をなくさせる。盗ってくるだけなら可能かもしれない。しかし、大貴族ダスティネス家。神器になにかしら魔法をかけている可能性もあるし、俺が知らないだけでこの世界には追跡用の魔法道具が存在するかもしれない。

 嘘発見器の魔法道具があるぐらいだからな。

 あの大貴族を敵に回す可能性がある行動を取るのは悪手にもほどがある。

 そもそも彼らはあの神器の効果を知っているのだろうか。それとも知らないのだろうか。それさえわかっていない。

 

 さて、本当にどうしたものか。

 俺は歩きながら難しい顔で思案する。頭を悩ますが、なかなか上手い案は浮かんでこない。

 

 そもそもの話。

 この前あれだけ格好良く別れたキョウヤと道端でばったり出会ったのだが、気まずそうな彼が言うには神器は本人でなければその力は格段に落ちるらしい。とはいっても、裏技があるようで王家が神器らしき力を完ぺきに振るっていることから、血の繋がりがあれば使えるのではないかと王都の転生者では議論されているとか。

 当然商人とは血の繋がりがない俺では、その力をスペックそのままで振るうことはできない。

 しかし、催眠の効果をある程度でも使えるとなるとやれることは増える。

 

 なのでどうにかしてその神器が欲しいのだが、どうすればいいのか。

 

 ダスティネス家の人間が神器の力をまったく知らなくて、譲り受けるのが理想だ。しかしどうやって譲り受ければいいのか。

 

「一応手がかりになりそうなのは、いるにはいるんだよな……」

 

 ガシガシと薬で染めたのでなんだか痒い頭をかきながら、俺はある人物を思い浮かべる。

 俺は茶髪の頭で悩みながら乗り合い馬車の場所まで行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は乗り合い馬車の近くで頭を洗って茶髪から元の茶色がかった黒の髪に戻し、アクセルの街を歩く。ハンカチを何枚も携帯しといてよかった。頭がびしょびしょで歩くことになるところである。

 

 頭の中身は催眠の神器のことで一杯だった。

 

 そんな思案の中、ちらほらと見慣れた姿が依頼を終えて俺を追い越していくのが見える。

 冬が過ぎてようやく暖かくなってきた季節。宿屋や家に引きこもっていた冒険者の姿も見えるようになっている。冬眠から這い出た冒険者の懐は、冬の間につけた脂肪とは裏腹にそれほど温かくなく、必死にモンスターを狩りに出かけてるのだ。

 

 そういう俺もそんなに金があるわけではない。臨時報酬の百万エリスにめぐみん達との依頼の他にも冒険者と依頼をこなしたりと、冬までの収入は大したものだった。しかし、今日ぐらいの散財は初めてだとしても、情報収集はとにかく金がかかる。

 

 本を取り寄せるのにもかなり金がかかるし、そこら辺は現代日本が懐かしい。

 

 そこまで利用していたわけではないが、ネットでなんでも調べられるし、僅かなお金で遠くからの宅配も可能だものな。今考えると、日本では当たり前のように享受していた文明だが、どういう理屈であんなシステムが構築されていたんだろう。……魔法より魔法だわ。

 こっちの世界にも転移魔法なんていう登録した場所に瞬間的に移動するまたはさせる魔法があるが、魔力を物凄い食うらしいしな。

 

 そういう理由もあって金欠間際だ。昨日久々に冒険に行ったが、これからまた稼がなくてはならない。

 ただそこまで心配もしていなかった。

 

 パーティー全員上級職というのは王都でしか見ないような戦力過多であるし、なんと――ゆんゆんが昨日の冒険でのレベルアップで上級スキルを覚えたのだ。

 控えめにいって始まりの街にいる戦力ではない。

 

 帰りの道に冒険者ギルドがあるので、明日受ける依頼でも見て帰ろうかと思って寄ると、よく見た顔があった。

 

「ダクネス。どうした一人で依頼板を見たりして」

「……ん、ああ。ユウスケか。いやなに。どうもクリスが忙しいとかで四日か五日いなくてな」

「春は冒険者が稼ぐ季節なのに、不思議だな。まあクリスも色々とあるか」

「それで一人でも受けられる依頼がないかと見ているんだが……うーむ」

 

 依頼板を見てみると春頃というのでモンスター達も元気なのか、大量の依頼が貼られてある。

 しかし、元気なのは金欠の冒険者も同じようで、手頃な依頼はもうなくなっていた。俺としても長期の休み明けだし、高難易度の依頼は受けたくない。

 

「明日は久々にカエル狩りでもするかな。ダクネスも一人しかいないなら少しの間、俺のパーティーに付き合うか? めぐみんとゆんゆんも歓迎するだろうし、お前のタンク力はなんだかんだいっても超一流だ」

「ありがたい申し出だが、遠慮させてもらう」

 

 ダクネスははっきりと拒否する。

 躊躇う素振りもない彼女に俺は首を傾げる。俺とは普通に冒険に行くし、ダクネスはめぐみんやゆんゆんとも仲良さそうなのに。

 

「俺達に気を使っているならそんな心配はいらないぞ」

「そういうわけではなくてな。……お前達のパーティーの噂は耳にしているが、ユウスケの実力は確かなものだし、かつてはヤバいやつと言われていたが最近は爆裂魔法の使い手としても有名なめぐみんと優秀なゆんゆん。……近々王都にでも行くのかと噂されるぐらい完成度の高いパーティーだと聞く」

「……褒めてくれてありがとう?」

 

 ダクネスはそこでバンと壊れない程度に依頼板に手を打ち付ける。

 魂の発露。感情を嫌というほど込められた声音で彼女は俺達のパーティーに参加しない理由を叫ぶ。

 

「そんなパーティーに参加しても私がモンスターに嬲られる機会なんて訪れないではないか!」

「……あ、ああ」

「私とユウスケとクリスなら一人は戦闘職ではなくて、私とお前のどちらも前衛職だから良い具合にモンスターの攻撃を受けられる。全力を出していい勝負をしながらもそれでも私はモンスターに嬲られてしまう! ……しかし、お前達と一緒ではモンスターをすぐに殲滅してしまって私のお楽しみがないではないか!」

「ダクネス。お前というやつは……」

 

 まあこういうやつなのだ。

 ダクネスという人間は。

 これがなければと思うが、同時にこれがなかったらダクネスらしくないなと思う程度には俺もこいつと付き合いがある。

 

 まあ確かに今の俺達はよっぽど油断でもしない限りはピンチに陥ることは少ない。彼女が望むような危機的状況なんてそれこそ国家の一大事でも起きない限りはないだろう。まあ――国家の一大事なんてそうそう起きないしな。

 

 いまだ若干の痒みがある頭をかきながら、俺は見てわかるぐらいのわざとらしいため息を吐いた。

 

「はぁ……。まったくお前らしいよ。それなら明日の朝はカエル退治で無理だが、昼頃にでも俺と一緒に冒険でも行くか」

「んー! ユウスケは話が分かるな! そういうところ好きだぞ。これで禿げて脂ぎった体型をしていてげへへと常に言っているような男なら惚れているところだ」

「なにその典型的な悪役。……まあ褒め言葉として受け取っておくよ。実際に受けるのは明日だが、どんな依頼がいいかあたりをつけておいてくれ。明後日もめぐみん達との冒険があるから、日帰りで受けれるやつな」

「日帰りか……残念だ。なんでも紅魔の里の周辺にはドラゴンゾンビがいるらしくて、そいつの攻撃の威力は並みのドラゴンさえも叩き潰すらしいのだが」

「死ぬからな。お前はともかく俺は即死するからな」

 

 潰れたカエルのようにぺしゃんこになるわ。

 カエル退治した後にそうなるとかカエルの祟りを感じながら死んでしまう。

 

 俺は依頼板のなにも貼ってない端にもたれかかりながら、嬉しそうに依頼を物色するダクネスを見ていた。

 

 ハリウッドモデルのような美貌と体を持つ抜群の女性。

 並外れた才能を持ち、防御力と誰かを守ることに優れた神の騎士であるクルセイダー。そして何故か攻撃のスキルに振らず、防御系のスキルだけに振りまくっているドエム。

 

 実をいうと、神器の手掛かりというのはこいつなのだ。

 

 なんといってもダクネスとダスティネス。

 名前に繋がりを感じられるし、貴族特有の金髪碧眼もある。たまに見せる所作なんかも、俺らのような一般人とは違う誰かに見られていることを意識した振る舞いがある。専門の教育を受けていた片鱗があるのだ。身に着ける道具も高いものみたいだし、そこら辺の普通の貴族とは違うものを感じる。

 これは俺の推測なのだが、彼女はダスティネス家の親戚なのではなかろうか。

 流石に本家のお嬢様が冒険者などしているわけはないが、親戚ならなくはないのかもしれない。まあ、親戚といってもかなり血は遠いかもしれないけど。

 

 それでもあの大貴族ダスティネス家との繋がりがあるのなら凄い。

 もし本当に親戚なら、ダスティネス家の人間と話す機会を作ってくれるかもしれない。

 

「最近森に現れるはぐれトロールか」

「良い選択じゃないか。あいつらの振り回すこん棒は当たればそこそこ痛いが、俺とお前なら倒せる敵だしな」

「こん棒責めか。……確かにユウスケの言う通り、悪くないチョイスだな」

「改めて言っておくけど、別に俺はお前の性癖を満足させるためについていくんじゃないからな……」

 

 まあそれはおいおいでいいだろう。

 今すぐヒュプノスの笛を求めているわけでもないし。神器がダスティネス家にあるかもしれないという情報と、ダクネスがダスティネス家と繋がりがあるかもしれないという、まだどちらも確定ではないあやふやな情報だしな。

 万一ダスティネス家と接触できる幸運に恵まれても、どう神器を譲ってもらうかなんてのもさっぱり考えていない。

 

 とりあえず今しないといけないのは、こいつの厄介な性癖。ドエムをなんとかコントロールすることである。いやほんと推測しておいてなんだけど、本当にこいつは貴族なんだろうか……。全部俺の勘違いで、ただそれっぽい容姿をしているだけなんじゃ。

 

 とりあえず明日の依頼はトロールで決定することにして、俺とダクネスは飲み物でも頼んでちょっとばかりに世間話でもしようとしたところ、冒険者仲間が俺達の前をすれ違っていった。

 

「うん? 今のリーンだよな。……やっぱあの後姿はリーンだ。どうしたんだろ、あんな真剣な表情して」

「連れのやつ見たか?」

「ああ。多分貴族だよな」

 

 ダクネスと違って普通の貴族の男性といった感じだった。

 

「貴族にしてはあの細さははっきりいって怠慢としか思えない。太れ。もっとぶくぶく太れ。平民の血肉で贅肉をつけろ。もしくは細い貴族ならもっと変質的でマッドサイエンティストのような誰もかれも見下した目をしろ。……まったく嘆かわしい。あれでは四十点もやることができない」

「そんなの聞かされて俺が嘆きたいわ」

 

 それに……貴族が平民を痛めつければ実際は激怒するくせに。ややこしいやつである。

 

「点数はともかく、リーンが他の男と歩いているなんて珍しいな。女の友達とは仲良くやっていることはあるが、男だといつもの面子以外は見かけないのに」

「そうだな。キースやダスト達はいないのか」

「リーンが男と会話なんて、特にダストが見たら怒り狂いそうな光景だわ。ああいう少しなよっとした感じの貴族を何故か親の仇みたいに嫌っているし、あいつ若干リーンに気があるみたいだし」

 

 リーンとは冒険者の女性である。

 テイラーをリーダーとしたダストとキースという三人の冒険者とチームを組んでいる紅一点のウィザードだ。ちなみに結構可愛い。

 たまにチームの一人が調子が悪かったりや都合が合わない時にでも、パーティーに参加することがあるのでそこそこ程度の知り合いだ。ダクネスやクリスは俺の繋がりで彼らと友人になった。たまにダクネスはリーンと買い物に行ったりするとこの前聞いたことがある。

 

「気があるか……。もしかしたらリーンは、あの貴族の男とは恋愛関係の話でもしているのだろうか」

「え、リーンが? 彼女の趣味とは合わないと思うけど」

「いやいやいや、わからないぞ。私はああいうやつはごめんだが、リーンはあれで結構姉御肌なところがあるからな。ああいう軟弱なタイプにコロッといってしまうかもしれない。……興味あるよな?」

「……かなり」

 

 あるかないかでいえば普通に興味がある。

 

「でもそういう話にダクネスが興味あるのは意外だったわ」

「……私も女性だぞ。色恋話が嫌いなわけはないだろう」

 

 落ち着かなさそうに髪の毛をかきあげる仕草をするダクネスは照れているようで、なんというか普通に可愛かった。

 

「それじゃあ偶然を装ってリーンに話しかけてみるか。もし本当に大事そうな話をしていたらすぐに退散するということで」

「ほーう。ユウスケもノリノリではないか。普段は恋愛話に興味はありませんって顔してむっつりタイプだな。このこの」

「いたっ。マジでいたっ!」

 

 ダクネスが脇腹を肘で可愛らしく叩いてくるが、威力が冗談ですまない。

 攻撃スキルは取ってないので攻撃自体は当たらないが、ダクネスの力自体はかなり高い。スイカを片手の握力で潰せるぐらいに。

 

 こうして俺達はよせばいいのに、リーンに野次馬根性全開で話しかけることにした。

 

 ――それは、禁断の愛。

 聞かなければ良かった愛。

 俺の勘違いから起こった貴族の女性ダストへのラブレター事件。俺がダストに深く反省と謝罪をした事件。

 聞くも悲惨。語るも悲惨な事件は――特に意味がないので割愛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 春の季節。

 冷たく体を刺すような風は温かく体を撫でるような風に変わろうとしている。

 新しい生活。何かを始めるには絶好の時期。外に出て遊びたくなる季節。そしてなんといってもカエルの繁殖期。

 

 カエル。ジャイアントトードの繁殖期である。

 

 この季節は冒険者にとってあいつらを狩る期間ともいえる。

 今の俺達は戦力的にはカエル狩りは楽な仕事といえる。いつぞやみたいに保険となる鉄も持ってきてないが、どの道めぐみんとゆんゆんの杖はマナタイトが混ぜ込まれているから杖を手放さない限りは消化されないし。

 

 そんな俺達はというとカエル狩りの前にゆんゆんの新しいスキルを見ていた。

 

「ライト・オブ・セイバー!」

 

 ゆんゆんの手刀から光が生まれる。

 分厚い大剣のような光が彼女の指先から生成される。まるで光の剣。一時的にこの世界に出現したそれは、敵対するものをすべて両断する輝きを持っていた。

 

「ふぅー。これが紅魔族が接近戦でよく使う上級魔法ですね。本当に優れたこの魔法の使い手はどんなものだろうと切り裂くと言われているんですよ。……え、ど、どうしたんですかユウスケさん。そんな体を震わせて……」

 

 体が震えていたのか。

 それは……仕方がない。

 あんな魔法を見せられたら、俺の体だって震える。

 

「魔法使い便利すぎる……。俺の存在意義とは……一体、なんなのか」

 

 そのあまりの使い勝手の良さに俺は膝から崩れ落ちる。

 彼女は体術は得意とはいえしれたものだった。それなのにこんな接近戦でも高火力を叩きだす魔法を使えるようになるなんて、これでゆんゆんは遠距離だけでなく接近戦まで無敵になったのだ。

 

 ズルい! 剣士はソードマスターになったとしてもろくに遠距離攻撃ないんだぞ!

 魔法使いだけ贔屓だ!

 

 万能と言われるにしたってこれはスキル配分のミスに違いない。バランス調整が必要である。

 

「あわわわ。ゆ、ユウスケさんそんなに落ち込まないでくださいよー!」

 

 同じくゆんゆんの魔法を鑑賞していためぐみんは腰を曲げて、崩れ落ちた俺の耳に口を近づける。

 

「……ユウスケ。あなたもとうとう理解したようですね。……感じたそのままですよ。ゆんゆんはあなたのポジションを取ろうとしているのです。ポジションを守るためには……今の内にゆんゆんを追い出すしかありません。一番初めに見せたカースドライトニングなんかは、貫通力ある遠距離にまで使えるような強力な魔法で、私のポジションを奪おうとしているに違いありませんし。――さあ、役割を奪われないためにも我らの力を合わせて立ち上がりましょう!」

 

 あまりに口を耳元に近づけるものだから、耳にめぐみんの柔らかい唇が何度か触れる。

 俺はお払い箱なのか……。そうならないためにゆんゆんたおす? それしかない? 

 

「悪魔みたいな誘惑しないでよめぐみん! それに! 上級魔法ってめぐみんの爆裂魔法までとはいかないけど魔力消費激しいんです! そう何発も気軽に撃てませんよ。絶対ユウスケさんは必要です!」

 

 救いの言葉を聞いて俺は頭を上げる。

 

「本当? 俺いる子?」

 

 そこにはゆんゆんがにっこりと笑っている。

 

「はい、当然です。ユウスケさんは私にとっている子ですよ。――だからそんなに落ち込まないでくださいよ。私どうしていいかわからなくなってしまいます」

 

 慈愛を見た。

 彼女の差し出された手を取って俺はすくっと立ち上がる。まさに天使としかいいようがなかった。

 

「ちっ、もう少しのところでしたのに……」

 

 舌打ちする悪魔めぐみん。

 危うく悪魔の誘いに乗ってしまうところだった。もう大丈夫だ。俺は必要とされている子なのだ。

 

「悪い。ちょっと取り乱してしまった」

「ちょっとという割には、足をガクガク震わせてこの世の終わりみたいな顔をしてましたけど」

「やめろ言うな。そこは人として見逃せ」

 

 取り乱した原因はお前の悪魔の囁きもあるんだからな。

 

 離れた場所にジャイアントトードは何匹かいるが、俺達は余裕を持って茶番をしていた。

 めぐみんなんて距離感が狂うからと、最近は戦闘の時にはしていない眼帯をしている。

 ゆんゆんは上級魔法を覚えたところなのに落ち着いているな。俺なんて念願のソードマスターになった時は滅茶苦茶浮かれてたのに。

 

 俺はモンスター退治にも関わらず、そんなどうでもいいことを考えている余裕があることに気付く。

 

「しかし、俺達も緊張しなさすぎかな。一応モンスター退治するんだし、不測の事態のために緊張感を保たないと」

「そうはいっても今更カエルですからね。守衛の人でも軽く退治できるぐらいですよ。私達のレベルだと相手にするのは簡単すぎて、これで緊張感を保てと言われましても……」

 

 まあ、そうではある。

 昨日は久々の戦闘だったが、若干連携にぎこちなさがあった。

 だから弱い相手で修正しようとしたのだが、今の俺達相手では弱すぎたか。でもカエルは金属製の物を帯びていたら死ぬことはないし、稼ぎが良いんだよな。

 

「それじゃあ緊張感を保つために勝負でもします?」

「カエルの討伐数でも競うのか」

「はい。クリスの時みたいなのではなく本当に軽いものですが。まあ私は一人では無理なので、どちらかとチームを組ませてもらいますけど……」

 

 とんとんとゆんゆんはめぐみんの肩を叩いて注意を引く。

 

「めっぐみんー」

「ユウスケと組ませてもらいましょう」

「な、なんで!? 一緒に魔法使いチームとして組もうよ! 紅魔族チームでもいいから!」

「グイグイ押されると引きたくなるのですよ。なに満面の笑みでチーム決まったねみたいな顔して。私はユウスケと組みますよ。黄金タッグ。初期メンバー組です」

「私だって、このアクセル街に来たときに初めにチーム組んだのはめぐみんとだし、私も初期メンバー組だもん!」

「……悪い子ですねゆんゆん。私とゆんゆんは初期メンバーってことなら、ユウスケは仲間外れですか。可哀想ですよ。また落ち込んでしまったりしないか心配です。……ユウスケ、大丈夫ですか? 心痛くないですか? 我慢できないなら私の胸を貸しますよ。存分に使ってくれても構いません」

「そ、そそそんなつもりじゃなくて私……って、最初に初期メンバーとか言い出したのめぐみんじゃない!?」

「おや。気づきましたか」

 

 騒がしくなってきた。

 いつものやり取りは落ち着くようなサウンドでもあった。

 というかめぐみんは地味に胸を好き勝手使ってもいいとかエロいことを言わないでほしい。そういう意味ではないのはわかるけど。

 

「まあ今回は俺一人でいいよ。そっちでチーム組んでくれ」

「ほら、ユウスケってば臍を曲げてしまいましたよ」

「そうなんですか! ごめんなさい!」

「そんなことで臍曲げるかよ。めぐみんはゆんゆんを脅かすようなこと言うんじゃない。ちょっと体が鈍っているから一人でモンスターに突っ込みたいんだ」

 

 目の前でゆんゆんに頭を下げられると、おっぱいが凄いことになっているのでやめてほしい。まためぐみんにおっぱい見ていると言われてしまう。鉄だ。鉄の精神力だ。

 

「……む。それでは私がいらないと言われているみたいでなんだか嫌です。……ゆんゆん! 絶対勝ちましょうね!」

「いきなりめぐみんがやる気に!? よくわからないけど、めぐみんがやる気なら私も頑張るわ!」

 

 そんなことを言いながら、カエルに突っ込んでいく二人。

 おいお前ら魔法職だろう。

 ……まああの接近戦でもゆんゆんは強いから心配いらないか。改めて思うが魔法職強すぎである。もしめぐみんが爆裂魔法に魅力を感じていなかったらどんな万能魔法使いになっていたか。

 

「さて、俺もやるか」

 

 剣を鞘から抜き取る。

 鈍っているというのは真実である。この冬でも毎日素振りと走り込みはしていたが、戦闘には遠く離れていた。腕も勘も鈍りっぱなしだ。

 意識を戦闘に切り替えるための呼吸をする。

 

 錆びついているソードマスターのスキルも磨きなおそう。

 

 俺は大剣を携えながら、ジャイアントトードに近づいていく。地面を蹴る。軽く小走りで俺はモンスターへと接近する。

 相手も俺に気付いたのかドスンドスンと俺目がけて飛び跳ねる。

 こちらもあちらも向かい合って目指しているのだから、自然その接触は早いものとなる。

 

 ソードマスター。

 上級職になろうが俺のやることは変わらない。近づいて斬るだけだ。結局剣士はそれぐらいしか能がない生き物だ。

 

 しかし、ソードマスターはその相手への肉薄が――ソードマンとまるで違う。

 

 残り三歩。

 俺はスキルを発動する。

 

「一歩短縮」

 

 その瞬間、俺はその場所から消える。

 まるでコマを一つ飛ばしたみたいに、俺はジャイアントードに剣が届く位置に移動していた。

 接近系のソードマスターのスキル。間になにも障害物がない限り、その発動者の進行方向上に一歩分の距離を短縮する。使用した後インターバルを置かなければいけないが、相手のタイミングをずらすことには有用なスキルだ。

 

 ソードマスターになって貯めていたスキルポイントで獲得したスキルは四つ。

 その内の一つは一歩短縮で後の三つは剣スキルである。

 

「ライトニングソード!」

 

 俺は雷を纏った剣で巨大カエルを横に切り裂く。

 硬い皮膚だろうが異に解さない一撃。一瞬もしない内にあれだけ元気に飛び跳ねていたジャイアントードは死体へと早変わりする。

 これは相手に当たれば問答無用で雷の攻撃を食らわせられる。

 

 どこぞの魔剣持ちのソードマスターは、どうせ剣さえ当たればどんな相手だろうが斬れるのだから取るのはスキルポイントの無駄だと言っていたが、これも有用なスキルだと思っている。……正直なところ、その言葉にはムッとした。

 

 今倒したジャイアントトードの敵討ちというわけではないだろうが、少し遠くの場所にいる巨大カエルが俺の方に向かってきている。

 

 次は俺は動かなかった。

 ジッとそこで待って、ひたすら練り上げる。

 

 ――そもそも何故魔法使い職を置いといて、ソードマスターが最高の攻撃力と言われているのか。

 その理由は今から俺が放つスキルにある。

 スキルポイントをろくに振っていないのと、使い込みが足りていないせいで発動まで非常に時間はかかるが、発動して当てることさえ出来れば――相手は死ぬ。

 それだけの威力がある全職業中最高の攻撃力スキル。

 

 練り上げる。

 遠くの方で爆裂魔法が放たれた衝撃が俺の体に加わるが、それにもまったく気にすることなく俺はスキルの発動を準備していた。

 

 カエルがもう目の前まで来ても練り上げて、カエルが止まっても練り上げて、カエルの口が開いても練り上げて。

 

「あっ、これ間に合わないわ。フローズンソード!」

 

 咄嗟にスキルの発動を切り替えて、俺へと伸びた舌に刃を食い込ませる。

 刃が食い込んだ場所からどんどんと凍っていくジャイアントトード。

 フローズンソード。つまり氷の剣。斬った相手を凍らせていくソードマスターのスキルである。

 

 体を半分ほどかちんこちんにしたカエル。重くなったのでギルドに持って帰るのが大変になるだろうが、新鮮なままで送り届けることができるに違いない。

 

「……はぁ。結局、使えずか。あのスキルは今のところ実践的じゃないな。時間がかかりすぎる」

 

 大技を一つ俺も持っておこうかと思って取ってみたが、溜める暇がない前衛職では持て余していた。

 あの硬いアダマンタイトさえ豆腐のように斬れる威力。けど、そんな威力とはいえ範囲自体は結局剣先までしかないので、めぐみんの爆裂魔法みたいに使えば倒れたりするということはないにしても消耗は激しい。

 使い込むこととスキルポイントを振ることで、幾らか発動は早くなるらしいので、このスキルは将来に向けての投資だな。

 

 まさか――こんな始まりの街周辺で必要になることはないだろうから。

 

 俺は自分の思った言葉に、どうしてか嫌な予感がしたが、気にすることなく次の獲物を探す。

 

 そういえばめぐみん達の様子はどうだろうと見てみたら、下半身しかなかった。

 

「は?」

 

 ゴシゴシと目を擦ってみると、もう足までしか見えなくなっている。

 

「はい?」

 

 彼女達のそれ以外の場所はジャイアントトードの口内に収まっていた。

 既視感のある光景。

 いつぞやとそっくりの場面である。

 

「はぁー。すぅ」

 

 深く息を吐き、吸って、

 

「――接近! 一歩短縮!」

 

 俺はあいつらを助けるために爆走した。

 カエルの唾液でぐちょぐちょになった二人を助けてそうなった理由を聞くと、ゆんゆんの魔力が切れていたらしい。カエル退治の前に披露した上級魔法で結構消費していたとか。

 あまりこっちにはわからなかったが、上級魔法を覚えてゆんゆんも浮かれてたようだ。

 それにしても改めて思う。

 

 ……油断って怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 




本番に向けて少し急ぐために若干省略
春になったということであれの出番です
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