俺は暗闇の中、そこに佇んでいた。
なにも見えない。まったく光のない場所。音もない。まるで終わってしまった世界。
遠くの方からなにかが近づいてくるのがわかる。
それはひたすら巨大だ。いつかの宝島。神獣玄武を思い起こすようなとてつもない巨体。
だからこれは夢だった。
光源もないのにそんなことがわかるのだから夢の他ない。見るでもなくただ俺はわかっているのだ。
近づいてくる。
巨体が俺に近づいてくる。
このままでは踏みつぶされる。それは自明の理よりも明らかだった。
あの宝島のような大きさに勝てる? そんなはずがない。あんなのに比べたら人間は矮小でちっぽけだ。せいぜいできることといえばその恩恵に必死に授かるか、逃げまどうしかない。
なのに俺はボーと突っ立っているだけだ。
逃げることもせず果敢に立ち向かうこともせず、どうしてかその場所に留まっている。……本当にどうしてだろう。
勝てるわけがない。
逃げてしまえ。
そう判断することは簡単なことで、俺はその簡単なことが――嫌だった。
しかし、立ち止まっていてばかりでは事態は好転するわけもなく、その巨体はとうとう俺のすぐ目の前まで来て。
ぐちゃり。
俺は踏みつぶされたのだった。
――そこで目が覚める。
見慣れた天上。俺達が買った家の内装が目に映る。もうこの家に来てから数ヶ月経った。この家にも愛着を感じ始めている頃である。なんせ初めて自分のお金で購入した家だし。
俺は体を起こし、手のひらで顔面に触る。
よほど焦りでもしたのか、俺の顔は汗が噴き出ていた。べっとりした嫌な感触が伝わる。
「……嫌な夢を見たな」
あまりはっきりと覚えていないが、なにかとてつもなく大きなものに踏みつぶされたような感覚が体に染みついている。
喉もカラカラだ。
「昨日夜遅くまで起きていたせいかな。もう……昼近いみたいだし」
窓から入ってくる光的に、朝早いということはないだろう。
一緒に依頼を終えたダクネスが家に来て、あいつと夜遅くまで話していたものだから寝過ごしてしまった。早起きを信条をする俺としては珍しい時間での起床である。
めぐみんとゆんゆんに起こしてくれたらいいのにと思うが、一度起こしにきたか寝かしておいてやろうと思ってくれたのかもしれない。
「下に行って、水でも飲むか……」
俺は顔の汗を腕で拭ってベットから降りる。
あまりに踏みつぶされた感触がリアルだったから少し調子が悪いようで、ちょっとふらつきそうになる。
風邪か? と思ったが風邪特有の喉への違和感がないので、病気ではないだろう。
一階に行くために俺は扉を開けると、そこでばったりとめぐみんに出くわす。彼女はパジャマではなくいつもの魔法使いスタイルだった。
「おはよう」
「おはようございます。……といっても、時間的にはこんにちはですけどね」
「……やっぱそんな時間か。ごめん、寝すぎたわ」
「お昼ご飯ということで呼びに来ましたよ。……なんだか今日はユウスケ元気ないですね。ダクネスも朝は二日酔いで唸っていましたが、今は元気になっていますよ」
「あいつほんとタフだな。プリーストの回復魔法をかけたわけではないだろうに」
「人間離れしているというか、もしかして爆裂魔法さえ耐えきるのではと内心ちょっと怖いです。人間なら流石に耐えきれるはずがないと思いますが、この前聞いたユウスケの冒険話からしたら、ひょっとしたらと……」
まだ体の調子が今一なので、俺は閉めた自分の部屋の扉に寄りかかる。
「ないだろうと笑い飛ばせないのが怖いところだよな。一度あいつの冒険者カードのスキル欄だけ見せてもらったが、えぐいぞ。あそこまで防御ガン振りした人間は見たことがない」
「大岩が頭に落ちてきてもろくに怪我しなかったんでしたっけ?」
「これ死んだなという石が直撃したにも関わらず気絶。それですぐ起き上がってきてたんこぶぐらいしか怪我がないんだから、あれはホラーだよホラー。何度倒されても起き上がってくるタイプの」
めぐみんはそれを聞いて、グッと拳を握る。
「まあ個人的にはその尖り具合は好きではあるんですけどね。爆裂魔法一筋の私としてはシンパシーを感じなくもないです」
「いやでもあいつのその尖り具合はお前も知っての通り性癖から来てるぞ」
「……シンパシーというのは撤回させてもらいましょう。そんな変態ではありません。私は別に爆裂魔法で快感は……快感は、いや最近……」
めぐみんはちょっと悩みだした。
あれだ。たまに爆裂魔法を使った直後、時間停止で悪戯をしたりしているので爆裂魔法使うとちょびっと濡れだしてきているんだよな。条件反射である。
めぐみんはダクネスとは仲がいいようで、結構会話しているのを見る。案外馬が合うようだ。
それにしても喉が渇いた。早く水でも飲みに行くか。
そうしていると、めぐみんは下から心配した顔で見ていた。
「やはりユウスケは元気ないみたいですね。顔色悪いですよ? 風邪ですか」
「そういうわけでもないと思うんだが……」
「わかりませんよ。ユウスケは他人のことはよく見ているくせに、自分のことには鈍感なところがありますからね。前に風邪引いた時も大丈夫大丈夫と言ってて無理矢理ゆんゆんにベッドに連行されてましたし。あの子にもあんな頑ななとこあるのですね。……ほら、少しの間ジッとしていてください」
「なに……を?」
どうするのか聞く前に、彼女は俺の頬に手を当てる。
小さな手で俺の頭を自分の方に引っ張る。そして、彼女は爪先立ちをする。
かなりの身長差がある俺とめぐみんだが、そこまでしたら距離は縮まる。
彼女の顔がどんどんはっきりと見える。
それは俺の顔と彼女の顔が接近しているからで。めぐみんの真紅の瞳が大きく見えてくるわけで。ああやはりこいつ可愛いなと再確認するわけで。
「なにを!?」
俺は彼女の手を外して、おもいっきり仰け反った。
必然、今までもたれかかっていた扉に頭を強打する。
「うぎ!?」
痛い。もう本心から痛い。
脳に熱した棒を突っ込まれたみたいに痛い。
「ぐ……! ぐぅううう!」
俺は屈んでその激痛になんとか耐えようとする。
後頭部を触ると、ダクネスのように大岩に当たったわけではないがたんこぶになっていた。
それを呆れた目でめぐみんが見下ろしている。
「……なに一人で勝手に暴れているんですか」
「なにって、お前がなにをしているんだよ! いきなり顔近づいてきて俺もびっくりするわ!」
パチクリと彼女はまばたきする。
驚かれた理由がわからないといった表情だ。
「別におでこで熱を測ろうとしただけですよ。ユウスケ。一体なにを想像していたんです」
「いや! ……そうか。そうなんだな。それなら先に言ってくれよ!」
まさか俺の口からキスされると思ったなどと言えるわけがない。
しかしおでこで熱を測るなんて本当に幼い頃母親にしかしてもらった記憶がない。そういえばめぐみんは小さい妹がいるんだっけか。彼女からしたら普通のことなのかもしれない。
「そうユウスケがして欲しいなら先にいいますけど。今から熱測りますからね。もうどこにも頭をぶつけたりしないでください。熱とかではなく痛みで倒れられたりしたら、そっちの理由で看病が必要となってしまいます」
屈んだ状態の俺に対して、めぐみんは邪魔にならないように片手で自分の髪をかきあげながら腰を曲げていく。
また顔が接近する。
彼女の柔らかな唇に視線がいく。めぐみんの年若い瑞々しい唇。ふと触りたくなるような衝動にかられる魅力がそこには詰まっている。
先ほどと違ってその接近は非常に遅いものだった。
もしかしたら俺が集中しすぎてスローになっているのかもしれない。時間停止中なんてもっと凄いことをやっているのに、どうしてこんなに心臓が高鳴るのだろう。ドキドキと飛び跳ねる自分の心臓をわしづかみにして止めたいぐらいだ。
……いや、本当に彼女の近づく速度は遅いのではなかろうか。
俺の視線を彼女は逸らしていた。こんなに顔は近づいていっているのに、彼女の視線は少し横を見ている気がする。
それでも顔は最も近くまで来て、ピトっと俺のおでこと彼女のおでこは合わさった。
彼女の肌は子供みたいな温かさで、その温もりが心地よい。
「……熱は……ないみたいですね」
「それは、良かった」
「……体の節々の痛みとかありますか?」
「痛いのは今のところ後頭部だけだよ」
「…………」
「…………」
おでこをくっつけたまま俺達は黙ってしまった。
どう動けばいいのかわからなくなってしまっている。早く彼女が退いてくれたらいいのだが、どういうわけか彼女は動かなかった。
俺も動けなかった。
こんなに近くで彼女の顔を見たのは初めてだ。本当に綺麗な瞳だ。紅魔族に与えられた瞳。それは初めてであったときと同じく宝石のように輝いている。
「めぐみんー。ユウスケさんはなかなか起きないの? お昼ご飯はもうできちゃっているんだけどな。でも、ユウスケさんがしんどそうならまだ寝かせてあげてね。ユウスケさんって朝から私達と依頼をこなして昼からはダクネスさんと依頼で、夜遅くまで話していたみたいだし」
階段からゆんゆんが上がってくる。
それがわかっているのに、俺達はいまだに見つめ合ったままだった。
「返事がないけどどうし――ええ!? 二人でなにしてるの!? どどどどういうこと!」
ゆんゆんの叫び声でようやく俺達は硬直から解き放たれる。
まるで石化したように、いや時間を停止させられたみたいに動かなかった体の自由が利くようになる。
おでこを離しためぐみんは普段の表情通りでゆんゆんをからかう。
「どういうこともなにも、廊下で私の顔とユウスケの顔をくっつけていただけですよ」
「それって!? 私が知らない間にどんなロマンスが! ねえねえめぐみん! どうして私に言ってくれなかったの!」
わざわざ勘違いするようなことを言うなと俺は注意しかけた。
その言葉が出なかったのは、声がしたからだ。
街中に響き渡っているような拡声器の声。それもあの宝島の時より切羽詰まったような叫び声。
「特別指定モンスター機動要塞デストロイヤーの接近を確認しました! デストロイヤー! デストロイヤーが接近中です! ただちに冒険者は冒険者ギルドに集まってください!」
それは非日常の知らせ。
人間に訪れた恐怖。
「機動要塞デストロイヤー接近! いますぐに冒険者ギルドに集合してください! いますぐにです!」
俺達は今までのことも忘れて顔を見合わせる。
めぐみんとゆんゆんの不安そうな顔に俺は心配するなの一言もかけられなかった。
今の状況に対して、気休めにすらならないことを知っているからである。
……その兵器の名前を俺はよく知っている。資料で何度も読みこんだ名前だ。忘れるわけがない。
今日見た夢はもしかしたらそのことを知らせていたのかもしれない。
「くそ。初めてだ」
勘が当たってこんな嫌な気持ちになるなんて!
機動要塞デストロイヤー。
昔から今まで大暴れしてきた兵器。何度も倒そうとされ、いまだに猛威をふるい続け人間が倒すことを諦めた厄災。
今、天災が――始まりの街であるアクセル街を襲おうとしていた。
俺とめぐみんとゆんゆんとダクネスは急いで冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドに来るまでにすでにこの街から逃げようとする人もかなり見かけた。家を置いて逃げるなんてと思うが、この世界の住人なら当然の行動だった。
機動要塞デストロイヤーが襲来したなら、とにかくそこから逃げる以外に道はないのだ。
そんな絶望的な状況にも関わらず、冒険者は意外に集まっている。
魔剣使いのキョウヤ達やテイラーをリーダーとした冒険者三人組。リーンはこちらを見つけたのか手を振ってくる。ダストがいないのは……うん、まああんなことが起こったからね。
始まりの街なのにあのデストロイヤー相手にこれだけの人数が集まるなんてな。
何故か男冒険者が多いのは気になるが、この街の男冒険者は不思議なことにレベルが高い人も多いので頼りになる。
「この街だけは守る! 守ってみせる!」
「もちろんだぜ! 命に代えてもサキュ――この街の人間は守りきる! 天災なんて粉々にしてくれる!」
「アクセルの街には俺は夢を貰った! その恩返しもできずなにが冒険者だ。なにが冒険する者だ。無茶無謀? 知るかよ。それを踏破しての冒険者! この夢をずっと見続けるためにもデストロイヤーなど俺の魔法で一撃だ!」
「他人とろくに喋れない。女の子と目も合わせられない。そんな僕にはここしか! ここしかないんだよ! ここ以外だとどうやって幸せになれる! 誰が僕に幸せをくれる! こんな僕に誰が幸せを分けてくれるんだよ!? ……機動要塞などというボケカスが――! 我が絶技によって血祭りに上げてくれよう!」
「フシューフシュー。オデですとろいやーコロス。オデですとろいやーコロス」
「やるぞ! やるぞ! お前らわかっているだろう? 俺達はやるぞ!」
おおおおと男の冒険者達の野太い声が地鳴りのように響き渡り、拳を振り上げ気合をはち切れさせる。
それもこの盛り上がりようはどういえばいいのか。親の仇にでも出会ったとき以上の戦意に溢れている。今すぐ殺させろと殺意が漲っていた。
切実さを通り越して半狂乱の人までいるぐらいだ。
ここまでこの街を愛している人がいるなんて、俺はここの冒険者を見直さなければならない。少し涙が出そうになる。こんなにも熱い人間が集まっているとは。
まだこの街に来て一年も経っていない俺だが、この街は第二の故郷だ。ここで俺はまた新たに生まれた。
その気持ちがわかるだけに俺は目頭を熱くしそうになっていた。
「ここの冒険者は本当に頼もしい人達だなめぐみん……」
「私としては怖いんですけど。なんなんですかこの熱気。異常としか思えませんよ。あの人達、実際に状態異常にでもかかってませんよね?」
「めぐみん言い過ぎだよ。私も……ちょっと怖いけど」
「ここまでこの街を愛する人間がいるとは……私としては嬉しい限りだ。クリスもいてくれたら良かったのだが、あいつはいないのか? 少し遠出すると言っていたみたいだし来れないか」
男性陣のあまりの盛り上がりように引いている女性陣はかなり多かった。
大分人も集まっていると見たのか、ルナさんが前に出てきた。
「皆さん。落ち着いてください! そのやる気はありがたいですが、これからのことを説明するために一時的に静聴をお願いします!」
そう言われるや否や一気に男連中は沈黙して耳を傾ける。
女性冒険者などはまだ喋っていたので、そのあまりの静寂っぷりに慌てて黙る。
まさに歴戦の戦士のような切り替えだった。この作戦にどれほどのかけっぷりかわかるというものだ。
「ありがとうございます! ……ここまで皆さん真剣になってくださっているなんて。冒険者ギルドの職員として感謝を言わせてもらいます」
「……ルナさん。その感謝の言葉は後でいい」
「ああ。機動要塞デストロイヤーを倒した後に聞かせて貰えればいいさ。俺達の戦いはまだ始まってすらいない。そうだろう?」
男冒険者達の言うことが一々格好良かった。
どことなく顔の彫りも濃くなっていて、劇画でも読んでいる気分になる。
「わ、わかりました。では説明させていただきます。――機動要塞デストロイヤーが確認できたのは今から一時間ほど前です。正確とまでは言えませんが、正門に向かって真っすぐと突っ込んでくることが予想されています。被害は甚大なものとなるでしょう。その巨体にも関わらず馬並みの移動速度から……おそらくは、明日の十六時から十七時辺りに直撃すると思われます」
「猶予は一日と少しか……」
かなりの時間はあるが、あれを相手にするならとても長いとはいえない時間である。
今までどれほどの時間があっても勝てなかった相手なのだから。
「殆どの冒険者が知っているとは思いますが、忘れていることや詳しいことまでは知らない冒険者も多いでしょうし、改めて一から機動要塞デストロイヤーの説明をさせていただきますね」
ルナさんのそんな言葉から始まった兵器の説明は、俺にとっては既に知っていた事柄である。
魔導技術大国ノイズが生み出した最強最悪の兵器。
生み出したノイズをも破壊したその兵器は、それからも長い時をかけてこの世界を蹂躙した。国々を破壊し、街を蹴散らし、村を踏みつぶした。魔王の城は強力な魔力結界に守られているが、そんな場所を除き、どこであれこの兵器は暴れまくった。
神獣並みの大きさを持った八本足の蜘蛛型の外見をしていて、その周囲には魔法を遮断する結界が張られており、大量のゴーレムが配備されている。
二度落とし穴に落としたが、すぐに脱出されてしまう判断力とジャンプ力。
これだけの被害を出しておいて、なお無傷な理由がわかる隙のなさだった。
……人から話として聞いてみると、本当に無敵だな!
強いところだけを煮詰めて作りましたという具合だ。プレッシャーで気が狂いそうになっている研究者や子供が考えそうな最強の兵器である。同郷のやつめ! 何作っているんだよ!?
「説明は終わりますが、どんなことでもいいです。どんなささないなことでも構いません。機動要塞デストロイヤーを倒すヒントとなるようなことを思いついた人はどんどん言葉にしてください!」
そうはいわれてもこの説明を聞いた後に話すのはなかなか難しい。
よほど自分に自信がある人でないと無理だ。
「僕に話す時間を貰ってもいいだろうか?」
「魔剣さんですね! どうぞ思いついたことを言ってください」
手を上げたのは自信家なキョウヤだった。
これ見よがしに自分の魔剣を見せつける。
「僕の魔剣ならその足を斬れると思うんだ。進行方向上のすぐ横で僕が待ち構えて、横を通り過ぎるところを斬り飛ばすってのはどうだい? それを繰り返して足の数が半分ほどにでもなれば、その巨体を支えることはできなくなるだろう」
「うーん。ただでさえゴーレムは巨体で移動速度は速いですし、なによりゴーレムは機動要塞デストロイヤーの胴体内に大量に。真上には空からくるものを撃退する役割のゴーレム。そして――上半身の外側には全方向に弓矢部隊ゴーレムがいて、接近する生命体に矢を撃ちまくるんですよ。それに一つの足だけでもかなりの長さがありますからね。私達の身長で斬れる範囲とするなら……足の本当に先っぽぐらいです。……もし大量の矢を掻い潜りながら大ジャンプしてかつ足を斬り落とせるというなら、その作戦で行きたいのですが」
なにその超人。
機動要塞デストロイヤーより恐ろしい化け物である。
「キョウヤならそんなことも可能だよね!」
「普通の人なら無理だ。しかし、キョウヤなら! ドラゴンも屠るキョウヤなら容易いことである!」
無駄にプレッシャーをかける周りの二人に比べて、期待を寄せられたキョウヤはというと端正な顔に汗をかいていた。
「……それは、流石に僕でも無理かな……」
出る言葉は情けないものだったが、その余裕の表情だけは崩していないのは見事という他ない。
うん、いくらなんでも不可能だ。キョウヤの実力は非常に優れたものとはいえ、それができるようになればもはや人間ではない活躍ぶりである。
無茶苦茶な期待を背負わせるのは見ていて辛いから止めてあげてほしい。
「他に。他になにかありませんか!?」
キョウヤで発言できる雰囲気になったからか、他の冒険者も口を開き始める。
「魔法を遮断するといっても、幾らなんでも限度があるんだろう。とてつもなく破壊力のある魔法なら或いは……」
「……そういえば、今新進気鋭のパーティーがいて、その中の一人が有能な爆裂魔法の使い手と聞いたぞ」
「確かあのユウスケのパーティーだよな。確か身長は小さい。紅魔族の……」
視線が紅の瞳を持つめぐみんに集まる。
突然視線が集中したことにめぐみんは慌ててとんがり帽子で顔を隠す。
「わ、私ですか!? その噂は嬉しいですけど、あの……期待されても……私の爆裂魔法としても……」
いきなり注目の的になって慌てているめぐみんに代わって、俺は一歩前に出た。
注目されるのは好きなくせに、不意打ちには俺のとこの魔法使いは弱いんだよな。
「爆裂魔法を結界に直撃させた資料は残っていますが、傷一つつけられませんでした。とある時代に爆裂魔法の使い手が二人もいて、その二人は何度も練習して同じ場所に撃ち込めるようにして結界の同じ場所に食らわせましたが……それでも罅が入ったのが限界です。なので、めぐみんの爆裂魔法一発では、残念ながら……結界を割るのは困難だと思います」
丁寧に説明すると、めぐみんに期待を寄せていた人達もその説明に納得したのか顔を俯けた。
「伝説の威力だけはある爆裂魔法でも……無理なのか」
俺としてはかつての爆裂魔法使いよりもめぐみんの方が優れているとは思っているが、それでも彼女だけの爆裂魔法で結界を割ることは不可能だろう。
深く被っていたとんがり帽子を上げながら、めぐみんは俺の顔を見ていた。
「ユウスケって機動要塞デストロイヤーのことすごく詳しいんですね。あれだけすらすらと出てきたので、驚きました」
「俺が本とかを集めている時に言っただろう。情報収集が好きで、色々と調べているって。特にあの兵器は興味深いからな。何度も資料を読みこんでいたんだ」
「本当にただの情報収集だったんですね。そう見せかけたエッチな本かと思ってました」
「……お前、一度会議しようか。大金叩いて俺は何買っているんだよ。そんなものは本棚にはない」
というかめぐみんとゆんゆんという美少女がいるので、本の世話になることはなかった。
それからも様々な意見が飛び交う。
男性冒険者達の熱意は本物で、操作している人がいるかなど。正確な大きさや機動性能。
機動要塞デストロイヤーの資料は大量に残っている。
なので、体の大きさや足と足の幅の長さや様々なことがわかるが、結果として出てくるのは――これを倒すのは無理という現実を突きつけられる。
「……どうしたらいいんだ」
一人の冒険者の呟きは、皆の思いと同じだった。
一体、どうすればいいのか。
それがわかった人はいなく、わからないからこそ今も機動要塞デストロイヤーは残っているのだ。
あの兵器相手に僅かでも勝算があって動ける人はそれこそ一握りだろう。……本当に僅かであれば――俺はそれを持っている人物を知っている。
今まで意見を精力的に投げかけていたダクネスも、黙ってしまっている。
このままではどうしようもないと思ったのか、ルナさんが冒険者の偉い人らしき人物と会話した後、沈痛な面持ちで彼女は冒険者に向かい合った。
「少し休憩にしましょう。今から二時間後にまた会議を開きます。それまでに各々でどうか一つでも、どんなものだっていいので思いつくようお願いします。私達はここで引き続き会議を開いているので、二時間後でなくても案があればここに来てください」
ルナさんは一度言葉を区切ってからその言いにくいだろう言葉を俺達に伝えた。
「……もし二時間後の会議でもデストロイヤーへの作戦が立てられなければ、私達も……ここからの撤退を考えます」
その言葉を口にするのにどれだけ勇気が必要だったか。
俺達が言わせてしまったその言葉に、俺達がどれだけ情けなかったか。
来た時とは反対に、冒険者は肩を落とし、顔色を悪くして帰ることしかできなかった。
勝てる案が出せなかったから当然である。
戦う前からすでに敗残兵のような感情で俺達は一先ず家に帰ることにする。
そんな俺達とは反対に冒険者ギルドに入ってくる人も見かける。
「すみません! 遅れました! ちょっと外に商品の受け取りに出かけていて……え!? 会議は一時中止。それで二時間後なんですか!」
……そういえば、ウィズさん見てなかったな。
元凄腕冒険者という噂。冬の間調べた限りでは、実際にとんでもなく強いことを示す情報が出てきて驚いた。勘は正しかったようである。
「……ダクネス。どうしたのです」
俺達のように帰ることもなく立ち止まっているダクネスに、仲がいいめぐみんが尋ねていた。
いつもと違ってひどく真剣な表情をした彼女は、ぎこちなく笑う。
「私は会議に参加させて貰う。何もできないかもしれないが、それでも参加したいのだ。……私はこの街が好きだからな」
そう言って会議に残るダクネスは、まるでおとぎ話に出てくるような騎士だった。
食べていなかった昼ご飯を腹に収めようとしても、ろくに入ることはなかった。
俺は客間のソファーで一人考え込んでいる。
ゆんゆんは料理を作って会議している冒険者ギルドに持って行っていない。流石にどこも飯を作るような状況じゃないし、気配りできる良い子である。
「はぁー」
ため息ばかり出てくる。
だってあんなの反則だ。
機動要塞デストロイヤー。まさか自分の住んでいる場所に来るなど思いもしなかった。しかし、天災なんていうものは大概そうなのかもしれない。脈絡なくなにも関係なくとも襲われる。
残り一時間。
どうすれば。どうすればいいのか。
やれることは限られている。
俺にできることなんて知れている。
本当に――俺が動いていいのか? それともただ何もせず逃げるだけでいいのか
「わからない。……誰か教えてくれ」
正解が見えない。
俺は必死に闇の中でもがこうとして、結局なにも動いていなかった。がんじがらめにされたように動けないままだ。
あの夢と同じように――。
「なにしているんですか。そんなしかめっ面をして。眉をこんなに曲げて、こんな顔しているとブサイクに……あれっ? こっちの方が渋みがあって格好良くはありますね」
夢と違うのは、俺は一人ではないということだった。
普段と何も変わらない表情で、めぐみんは俺の前に立っていた。
「……考えているんだよ。これからどうすればいいのかを」
「ふーん。そうなのですか。それで難しい顔しているのですね。……でも、私としてはこの間抜けな顔の方が好きです」
彼女は唐突に人差し指を俺の口に突っ込み、横にグッと引っ張った。
にぃーと俺の口は広がる。
はぁー、まったくこんな時だというのにこいつは通常運転だな。
「おひゃへ、こんなことひているひゃいじゃひゃいだろう」
「ふふ、何を言ってるかさっぱりわかりませんよ。まさに間抜け野郎ですね。ユウスケも、なにもそんなに真剣に考え込まなくてもいいじゃないですか」
彼女は人差し指を頬内から取り出す。
そして、俺の横にひょいと座った。
「真剣に考えないわけないだろう。デストロイヤーだぞ。デストロイヤー。あんなやつを相手にして本当にどうすればいいのか頭を悩ませているのが普通だ」
「だって、それは意味がないではありませんか」
めぐみんの次の言葉に俺は驚く。
「――ユウスケは機動要塞デストロイヤーを倒せる方法を思いついてはいるのでしょう」
「なっ!?」
予想もしていない言葉。
誰にも知られてないと思っていた俺の心を彼女は容易く突いた。
勝手に俺のポケットからハンカチを取り出し、拭いている彼女は、見事なまでに俺の心の内を読む。
「もうそれなりの付き合いですからね。ユウスケがこうやってジッとしているなんて、大体予想はつきますよ。とりあえず行動するのがあなたという人ですし、まったく倒せる可能性が思い浮かばないならどうにかして被害を減らすためにもう動いているでしょう。……そうしないということは、機動要塞デストロイヤーを倒せる作戦は思いついた。けれどもその作戦が成功する確率は低い――といったところでしょうか」
「…………」
こいつには……ほんと驚かされてばかりだ。
ビックリ箱と形容したのは正しかった。なにが出てくるかわからない。いつだってこいつと付き合っていると驚きと新鮮さに出会う。
彼女の言う通りだった。
俺は、機動要塞デストロイヤー相手に勝算がある。俺が知っている勝算がある人物とは――俺の事だ。まさか自分があの兵器に出くわすことなんて想像だにしていなかったが、それでも前々からどうすれば勝てるかを考えていた。
一つだけ。こういう手順なら勝てるのではないかと思う作戦がある。
「やっぱお前賢いんだよな。……そうだ。一応思いついてはいるんだ。――でもな。希望的観測を詰め込んだもので、とてもではないが勝てるといえない代物だ」
ああ。その作戦に勝算はある。しかし、その勝算自体はあまりにも低い。やる価値があるだなんて胸を張って言えるものではない。
「真面目ですねユウスケは」
「この作戦が会議に通っても、悪戯に希望を与えるだけ。被害を増やすだけ。それだけで終わるかもしれない。それならまだいいけど、もしかしたら死ぬ人が出てくるかもしれない。……そんなの、俺には辛いよ。逃げだせば絶対に命だけは助かるんだ」
「…………」
「…………」
俺達は沈黙する。
状況は袋小路なのである。ただ一つ確実な方法があるとすれば、尻尾を巻いて逃げることだけだ。
大変な状況で、それでもここだけは時間がゆるやかに流れているように思えた。
そんな中、唐突にめぐみんは懐かしいことを言ってくる。
「そういえば、ユウスケってどうして私とパーティーを組んだのですか? 自分でいうのもなんですが、あの時の私、かなり地雷だったと思うのですが」
「いきなりだな……。まあいいけど。それは、お前の爆裂魔法の威力は凄かったからな。将来性だよ。いつか役に立つと思ったし、やり方さえ工夫したら今でも使えると思ったからだ」
「それだけですか?」
聞いてくるめぐみんに俺は照れ臭いものを感じながらも一つの理由を応える。
状況が状況なのできっと俺の心が自暴自棄になっているのだ。
「……後は……お前が可愛かったのもある」
恥ずかしい。こんな切羽詰まった場面でまったく俺はなんてことを言っているのか。
めぐみんはそんな俺の答えに笑って、なぜか肩にもたれかかってくる。
もうそんなに寒くはないのに、彼女の温もりがひどく安心する。
「ふふ、今日のユウスケは随分素直ですね。……どんな理由があるにせよ。あなたが私をパーティーに入れてくれて嬉しかったですよ。……はい、本当に嬉しかった」
いつものめぐみんとはまるで違うようで、彼女はどこか大人に見えた。女性というのは、時折まるで男が届かないような大人に見えることがある。
彼女は心から言葉を紡ぎだしているようだった。その飾り気のない言葉は、心に沁み込んでくる。
「それにパーティーを組んでからも私の爆裂魔法を改良しようとしたり――こうやって手のひらを使っての位置調節を考えついてくれたりしましたよね」
前方に手を突き出して、彼女は言う。
覚えているさ。まだ冬の前、おもいっきり突っ込みを入れたのを覚えている。
「あの時は確か腹が立つと言われたよな?」
「当然ですよ。爆裂愛に関しては私が一位。それも二位とはとてつもなく離れているはずなのに、会ったばかりの人が改良法まで考えつくのですから。まったく、空気読んでください。空気を。私としても嫉妬ぐらいします。――そして」
彼女は前方に突き出していた手を自分の胸元に持って行く。
「嬉しかったです」
まるで宝物を抱いているようだった。
大事な大事なものが今も胸に残っているように、めぐみんは本当に嬉しそうだった。
「好きなものと向き合ってくれて。好きなものと真正面から向き合ってくれて、嬉しかった。あなたと出会う前まではパーティーからのけ者にされていた私が、今日は爆裂魔法の使い手として皆から見られていました。……知っていますか? 自信がなくなっていた私に、自信をくれたのがあなたなのですよ」
……想像もしていなかった。
彼女は俺からしたらあまりにも天才で、そもそもそこまで興味を覚えられていることにさえ気づかなかった。
自由奔放。豪快で、目立ちたがり屋で、突発的な出来事に弱い、そして可愛い魔法使いにここまで思われているなど、気づこうとすらしなかった。
俺はクズで、本当にクズで、これからもクズであり続けるだろうに、ただただ不思議だった。
「……めぐみんはいつも自信があると思っていた」
「そんなわけありません。私も人の子ですよ。拒否されたら傷つきますし。それになによりお金がなかったら食事もできませんからね。……ユウスケに拾ってもらわなければ危なかったんですからね。本気で。次のパーティーでも無理ではないか、爆裂魔法しかないと知られれば拒否されるのではないかと自信はまったくありませんでした。こうやって指で爆裂魔法以外のスキル欄を隠したりしてですね。――でもきっと、自信があるように見せないと自信はつかないから。私はいつだって自信があるように見せるのです」
よくめぐみんのことを子供扱いしているが、彼女の内面は大人だった。
俺の方がまだ子供だったのだ。
だから迷っている。選択肢はある。機動要塞デストロイヤーを皆を巻き込んで倒しに行くか。それとも尻尾を巻いて逃げるか。
選択肢はあるのに、どちらも選べなくて突っ立ったまま。
まるで迷子の子供だ。
「……俺はこの家が好きなんだ」
「知ってますよ。掃除よくしてますし」
「俺は臆病で、死者なんて見たくないんだ」
「あれだけ事前準備をするのもそれが理由ですよね」
「俺は――この街が壊れてほしくない。最後まで捨てられない。諦め……きれない」
「あなたは頑固者ですから。きっとユウスケのそれは死んでも治りませんよ」
その通りだ。この性格だけは死んでも治らなかった。
ふと――子供の頃を思い出す。
まだ俺が小学校低学年の頃だ。今まで住んでいた家を引っ越しすることになった。両親は嬉しがっているし、家も大きくなるということで悪い点などなかった。
だから俺も喜ぶふりをしていた。実際引っ越しした後はその家が大好きになった。でも引っ越し前日に俺は一人で夜泣いていた。愛着がある家から離れることが嫌だった。仕方ないにしても、それが悪いことでないにしても、俺はそれが無性に悲しかったのだ。
俺達が初めて買った家。それを天災だかに壊されてたまるものか。この住みやすい街を壊させてたまるものか。
そう思う一方、失敗した時のことをやはり振り払えない。
「でも、作戦が失敗すればどうなってしまうかと思うと――」
彼女が俺の側から離れる。その温もりが離れることに少し不安になる。
ソファーから立ち上がっためぐみんは、俺の前に立ってにんやりと笑った。
「そんな時はですね、ユウスケ。高笑いしとけばいいんです。失敗してしまった。ふははははっと笑って誤魔化しましょうよ」
「……ぷっ、なんだそれ! はははは、そんなので誤魔化されるのか!」
あまりの言葉に俺も笑ってしまう。
腹の底から笑ってしまった。
こんな絶望的な状況で、こんなことが言い合えることが楽しかった。
「アクセルの街の人達は良い人ですからね。誤魔化されてくれますよ。その時は私も全力で誤魔化す側になりますから。当然、ゆんゆんも巻き込んでやりましょう。あの子を相手にするとこの街の人って優しいんですよ。この前なんてお肉を割引してもらってましたし」
笑い過ぎて涙が出そうになる。
本当、こいつとパーティー組めてよかった。
「お前ってほんと良い魔法使い――いや、良い女なんだな」
「その二つなら私としては前者の方が嬉しいですよ。なんといっても私は」
めぐみんは帽子を格好良く決める。
ソファーの横に置いていた杖を手に持ってビシッと格好をつける。
彼女は見慣れたお決まりのポーズをする。
「紅魔族随一の魔法使い! パーティーの要となる爆裂魔法の使い手! ……そして、あなたはそのリーダーともいえる剣士でしょう?」
「いつの間に俺がリーダーになったんだよ。でも……そうだな。紅魔族の天才二人もパーティーにいる剣士としては、こんなもの解決できる仕事か」
……まったく。本当にまったくだ。
ここまで言われては仕方がない。
逃げることなんてできないじゃないか。
俺もソファーから立ち上がる。
足に力が入る。頭が燃え上がっている。何もなくても叫びそうな熱量が俺の体に渦巻いている。
まるでインターハイの決勝戦。
ここで戦わなくては、いつ戦うというんだ。
――相手は天災。
誰一人として敵わなかった相手。金を賭け、人を懸け、時間を掛け、それでも誰一人として届かなかった相手だ。
しかし、俺は知っている。
ゆんゆんの凄さを。
ダクネスの凄さを。
ウィズの凄さを。
ミツルギキョウヤの凄さを。
そして目の前にいる――めぐみんの凄さを。
古来より天災によって人は打ち砕かれてきた。
しかし、そんな天災をもコントロールしよう。いつか打ち勝つために努力するのが人間だ。矮小な人間の強さだ。いつだって人間は自分一人では倒せない相手を、協力して打ち勝とうとしてきた。
「かるーく機動要塞デストロイヤー退治でもやってしまうか!」
なに――同郷のやつの失敗作だ。
転生者の後輩として先輩の後始末ぐらいしてやるとするさ。