小奇麗な外装。掃除が行き届いているようだ。
普段なら閑古鳥が鳴いている場所。ただそれは店が悪いというわけではなく、店の取り扱う商品が特殊だからだ。
初心者の街にしては質が良い魔法道具。それによくわからない用途の道具が沢山置かれてある。接客態度が悪いや商品自体が粗悪ではない。
いやでもそれって店が悪いといえるか。
俺でもわかるが、売れる適切な商品を置くってのも店の大事な経営の仕方である。
「すみません。お邪魔します」
急いで残していたゆんゆんの昼食を腹の中に収めた俺は、ウィズ魔法道具屋の前にいて木の扉を開ける。
ドアの軋む音と共に俺はウィズさんの店に入った。
「……ユウスケさん? どうしましたこんな状況で?」
彼女はなにやら台車に瓶を敷き詰めているところだった。
割れないように気を付けながら入れているそれは、おそらくポーションだろう。それも上質の。
「ウィズさんに頼みたいことがあって来たんですが、忙しいですかね。そのポーションは冒険者に売るためのものですか? どの道、俺もこの後冒険者ギルドに行くつもりですから運ぶの手伝いますよ」
彼女は手を止めて、強く否定する。
ダクネス並みかそれ以上の巨乳が揺れる。
「まさかですよ、ユウスケさん! このような状況で商売なんてするはずないじゃありませんか」
「えっ!? も、もしやそのポーションただで配るつもりですか?」
「もちろんです! 皆さんが大変な時に商売はできません。皆さんあっての商売なのに私だけが儲けようとするなど商売人の端くれにも置いておけません。これは全部無料配布です!」
「……人が良すぎますよウィズさん」
そのたわわな胸を張って断言するウィズさんは、あまりにも商売人に向いてなさすぎた。
どれほどの赤字か考えるのも恐ろしい。
質が良いものを見抜く確かな眼力。美人な容姿があるのに、常に貧困に喘いでいるのは本人の性格と経営戦略のなさにある。
というかこの前買い物している時に出店で、腹を鳴らしながらリンゴ一個を買おうかずっと迷っている姿を見たときにはこちらが泣きかけた。思わず夕飯に誘ってしまったのは致し方ないだろう。
「それでユウスケさん。頼み事というのはなんでしょう。私にできることでしたら聞いてあげたいのですが」
「そうだった。話逸れてましたね」
大事な要件を忘れていた。
この世界の住民は、俺を驚かすことばかりするから困る。毎日が冒険のようだ。
俺は彼女にしかできないことを頼みにここに来た。
……緊張する。
俺がこの言葉を発した瞬間、何が起こるかわからないからだ。それでも、分の悪い賭けではないと信じて俺はその言葉を口にした。
「ウィズさんは爆裂魔法を使えますか?」
「…………」
その質問の意味。
熟練した魔法使いでも使えない、そもそもスキルポイントが勿体ないのでわざわざ取らない爆裂魔法。そんな魔法を使えますかと聞く時点で、ある一つの意味を言外に含んでいる。
彼女がどう出るのか。
覚悟を決めてきたつもりだが、それでも汗が出る。逃げたくなる。だけど、俺は逃げるつもりはない。
「やっぱりユウスケさん気づいてたんですね」
なのに、ウィズさんは普段と何一つ変わらない表情だった。
表情は変わらないまま気配だけ変わったとかではなく、本当にいつものままである。
「もー。気づいてたら気づいているって言ってくださいよ。相手は知ってるのに、私は知らないだなんて、なんだか恥ずかしいじゃないですか」
頬に手を当ててほんのりと当てて恥ずかしがっている彼女は、たまらない破壊力があったが、それとは別にこの反応は予想していなかった。
え? こんな感じでいいの!
こんなノリですませて良い話なのか!?
「か、軽いですね」
真実を突きつけたつもりなのに俺の方が慌てている。
「はぁ、ユウスケさんはそれを言いふらすようなことはしないでしょうし、特別騒ぐことでもないんじゃないですか」
「……そうなんですかね?」
「はい。そうです!」
自信満々ににこにこと答えられると、そうだという気に……ならないよ!
絶対俺の方が正しい。
彼女が――不死者だという事実をここまであっさり受け入れる方がおかしい。
「でもユウスケさんもよく気づきましたよね。私がリッチーということに」
「ん?」
あれっ、突然俺の耳がおかしくなったのだろうか。
「耳穴に指を突っ込んでますけど、どうしました」
「いやー、すみません。どうも耳の調子が変なようで、ウィズさんが自分のことをリッチーと自称したように聞こえたんですよ。はっはっは、そんなことあるわけないでしょうに」
聞き間違いにもほどがある。
きっと金持ちのリッチとでも言ったのだろう。ウィズさんはお金を持っているようにはとてもではないが見えないし、よくわからないギャグなのかな?
「そんなことはありますよ。私、リッチーです」
俺のむなしい希望は即座に否定される。
天然なところは大いに入っているが、元々嘘やギャグがいうタイプではないので、彼女の話していることは真実なのだろう。そう頭ではわかっているのに、俺は再度聞き返した。
何故なら信じがたい事柄だからだ。
「……真面目に?」
「真面目です。そこまで疑うなら冒険者カードを見せますよ。リッチーが覚えるスキルがばっちり書かれてます」
背中に嫌な汗が伝っていっていくのがわかる。脂汗が流れている。あれだけ逃げないと決めていたにもかかわらず、反射的に体がビビってしまっていた。
俺は一歩下がる。
二歩下がって、三歩下がったところで扉とぶつかる。キィーという木が軋む音がする。
「あれっ、ユウスケさんは私がリッチーだということは知らなかったのですか?」
「知るはずないでしょう! てっきり何かしらの不死者とは推測してましたけど、超大物すぎますよ!」
思わず叫びながら突っ込みを入れる。
最高で吸血鬼だと予想していたが、その上を遥かに越してきた。
リッチー。
アンデッドの王。魔法使いの真髄を極めた者。
かつて魔法使いからリッチーになった存在がいたが、国を相手取って戦ったという伝説が残っている。リッチーは国と同等、とまではいかないにしても、本気になれば近い戦力を有しているといっても過言ではない。
会えば死ぬ。そんな死神じみた伝説上の存在がリッチーだ。
「フフ……。超大物だなんて。たまにヴァンパイアがアンデッドの王様みたいな顔をしてますが、実際はリッチーがアンデッドの王様ですからね。真のノーライフキング。生命を持たない者の王様。私は女性ですから、女王様ですかね! うん! 女王様なのですよえっへんです!」
腰に手を当てて、その大きな胸を張って鼻高々な様子からはまったく信じられないが。彼女は凄い気持ちよくなっている。
それにしても大きなおっぱいだなーと現実逃避したくなる。
ここアクセルの街なんだよね? 冒険者達の始まりの土地なんだよね? それにしては天災である機動要塞デストロイヤーがくるし、不死の王であるリッチーが店商売してるしで滅茶苦茶だわ。
「少々予想は足りませんでしたが、ユウスケさんもよく私の正体をある程度まで把握できましたね。高位のアークプリーストでもなければばれないように魔力を抑えているのですが。初めて会ったときも、なにやら私のことを警戒してましたし」
「あー、俺は人よりは勘がいいので、ウィズさんが強いなというのはなんとなくわかったんですよ」
「ゆんゆんさんが来た時にユウスケさんの勘は凄いとまるで自分のことのように自慢していましたが、素晴らしい勘をお持ちなんですね」
「……ゆんゆんそんなことしているの?」
「たまに来てくれますけど、その度にめぐみんは凄い、ユウスケさんは凄いと、見ててもう微笑ましくて微笑ましくて」
花が開くように笑うものだから、自然と警戒心は和らいでしまう。
そもそもの話、俺は彼女に手を貸してほしくて来たのだ。こちらが警戒してしまっては、手助けなんてしてもらえるはずがない。
扉に預けていた背を離す。彼女の前までちゃんと来て、軽く謝る。
「すみません。ウィズさんは店の商売もあるのに。今度話しておきます」
「そんなことしないでください。ゆんゆんさんは私の話し相手になってくれて、むしろありがたいんですから。ポーション類などを買っていってくれる数少ないお得意様ですしね。邪魔になるわけありせん! なにしろ私の店には全然これっぽっちもお客さん来てくれませんから!」
そんなあっけらかんと悲しいこと言わないでほしい。
どう返せばいいかわからない。
不死者になった故にかはわからないが、ウィズさんの言動というか出す空気って独特なんだよな。
俺は慌てて話を戻した。
「……えっと、俺は勘がいいので、ウィズさんのことが強いとわかったのですよ。それで失礼ながら本当に失礼ながらウィズさんのことを調べさせてもらいました。……本当に申し訳ありません」
俺は深々と頭を下げる。
どうしても彼女の強さが気になってしまったのだ。彼女のような強さの持ち主がどうしてここで流行らない魔法道具屋なんてものをやっている理由が。
そう思って調べてみたら――わかってしまった。
「やだ。恥ずかしいです。昔の私ってそれこそ今と違って尖っていましたから。私は調べられても全然構いませんが、ユウスケさんはそのことについて引きました? 引いてしまいました? ……あの頃の私は、どんなことでも自分はできる! そんな自信にあふれてまして、ああ恥ずかしいです!」
まあ……引いたか引いてないかでいえば、引いた。
顔を真っ赤にして覆い隠している彼女の冒険者時代、それはもう半端なかったのだ。バランス崩壊しているとしか思えない強さを存分に振り回しまくってモンスターを根こそぎ退治する勢いだった。
とある依頼を機に急遽冒険者を辞めたが、それでも彼女の伝説は残っている。
「まあ、素晴らしい活躍をしていた記録は残っていましたね。でも、それだけじゃなくて俺が最も注目したのは年齢です」
「…………!」
あれっ、殺気がする?
勘が警報を鳴らしている。……けど、ここには俺とウィズさんしかいないしな。
不自然に思いながらも、俺はウィズさんの記録によってわかったことを言おうとした。
「実年齢まではわからなかったんですが、大体の外見年齢は知ることができました。ウィズさんが表舞台から姿を消すときの年齢は二十歳程度で、今の外見年齢と変わりません。普通に歳を取っていったならばウィズさんの実年齢は大体――」
「二十才です」
「えっ? そうではなくウィズさんの年齢は」
「二十才です」
「……今もウィズさんの実年齢は二十歳ですね!」
「はい! わかってくれて嬉しいです」
くそう。負けてしまった。流石は歴戦の魔法使い。
にこやかな表情をして押しが強い。まあ女性に年齢を言うのは失礼なことだし、俺がもやもやした気持ちで話が収まるなら安いものか。
「――そういうわけで、高名なアークウィザードということとそこから不死者になったウィズさんなら爆裂魔法を使用できるかなと考えたんです。爆裂魔法を取る人というのはよっぽど才能があるめぐみんみたいな物好きか、他は強力な不死者ぐらいですから」
そもそも不死者は取るスキルが爆裂魔法以外なくなることで取ったりや、不死者になれば魔力量が上がるし、吸血鬼などは他人から魔力を吸い取る方法がある。そして、自分は滅多に死なないということから――強力な力を持つ不死者は、自分でさえ危険な状況に陥る可能性がある爆裂魔法を取ることがあるらしい。
ウィズさんはそれに肯定するように頷いてから、両手で可愛らしい小さな丸を作った。
「花丸をあげちゃいます。ユウスケさんの勘とそれを信じて、実際に調べて結果までたどり着くことができる手腕。どちらも冒険者としては大事なものです。先輩冒険者としては、後身が育っていると微笑ましい気持ちになりますね。良い冒険者になりますよ。――いえ、既にもう良い冒険者ですね」
「それはいい過ぎですよ。まだまだこの世界のことをわかっていない若輩者です」
氷の魔女とまで恐れられた凄腕冒険者にこうまで言ってもらえるとは恐縮だ。
リッチーにまでなったこの人の観察眼は本物だろうしな。経営センスはないとしても……。
「ただ不思議なのは、そこまでして一人で乗り込んできたということですね。私が本当に不死者なら、こうぐわーと襲われる心配はしなかったのですか? 敵側のスパイという可能性もありますよね」
「実力が桁違いであれだけ有名な冒険者であるウィズさんが悪いことをすれば、間違いなくその評判が伝わってます。それが俺の調べた中でなかったということは、今まで悪い行いをしてこなかったと思いました。少なくとも冒険者になった時は登録する必要があるので人間でしょうし、魔王軍に与えた損害からしても少なくとも人間の敵ではないかな、と。後は……」
「後は?」
……言いにくい。
とても言いにくい。
しかしこれが判断する重要な参考ともなったので言わないわけにはいかない。
「これだけ貧乏してまでスパイするんだろうかと思ったので」
彼女はこけそうになっていた。
「そんな理由で! そんな理由で私味方認定されたのですか! 複雑。すごく複雑です! 合っているだけになにも言えないのが特に複雑なところですよ」
他にも俺が出会った中で悪い人だとは一度も思ったことはないのもある。
それと――そもそも冒険者ギルドは彼女の正体を掴んでいるのではないかという予想があった。俺が想像できることだ。冒険者ギルドが想像できないはずない。あの当時冒険者のエースともいえる彼女の動向を掴まないはずがない。
だから冒険者ギルドが捕まえないということは、悪ではないということなのかと考えたりもしたのだが……ウィズさんがリッチーなら、捕まえるには被害が大きすぎるから見逃していたという可能性もある。
……危なかった。
リッチーの可能性はちらりと考えたことはあったが、すぐに馬鹿らしいと打ち消した。彼女が実際にまさか生ける伝説だと決めつけて動けるわけがない。どっちかというと死せる伝説か。
「うう……何気にかなりショックでしたよ。味方だと思ってもらえたのならいいんですけど……」
「ほんとすみません」
「まあいいです。気にしません。気にしないことにしました。……それで話を戻しますけど、私はリッチーですし爆裂魔法は使えますが、この状況で爆裂魔法が必要というなら、もしかしなくても機動要塞デストロイヤーを攻略するおつもりですよね? 私も一度資料は読んだことあります。同じ箇所に爆裂魔法を撃ち込むなどという真似はいきなりは無理ですよ。おおよそのところに撃ってその範囲で相手を殲滅するというのが爆裂魔法の使い方です。規模が規模なのでそこまで私もあの魔法を撃つ機会はありませんでしたが、コントロールは非常に難しいんですから」
「ああそれに関しては――」
俺はウィズさんに説明をしようとしたとき、扉が勢いよく開けられる。
めぐみんがダクネスの腕を引き連れて最初に入ってきて、それからゆんゆんが飛び込んできた。
「ユウスケ! ダクネスを連れてきましたよ! ……ゆんゆんはおまけです」
「なんだ、ユウスケ! 非常に大事なことがあるからついてこいとめぐみんに連れてこられたが、今の状況からして本当にそれは大事なことなのか?」
「だって見るからに重要そうなんだもん! 私も仲間外れにしないで!」
とにかくめぐみんにはダクネスを連れてきてとお願いしていたが、ゆんゆんも連れてきてくれたのなら話は早い。
俺は一歩隣に移動して、全員の顔が見える位置にいる。
「皆が揃ったみたいなので、全員に説明します」
良いタイミングだ。
会議まで残り二十分ほどか。ここで説明して、ギルド職員に手まわしてと考えたらギリギリだが、いけなくはない。
だから俺はこの作戦に置いて重要な彼女に直球をぶつけた。
「ダクネス。連れてきた理由があの兵器に関係するといったらどうする?」
めぐみんの手を離したダクネスは俺に駆け寄る。そしてガシッと俺の肩を掴んだ。
「倒せる方法を考えついたのか!」
「ああ、と格好良く言えるほどの作戦でもないけどな。成功率はおそらくかなり低くて、ダクネスのお眼鏡にかなうかどうかはわからない代物だ」
肩に加えられる力がすごい。
普通に痛いぐらいだ。それほど彼女は機動要塞デストロイヤーを倒すことに――街を守ることに意識を向けていた。俺では到底及ばないほどに。――だからダクネス。お前がこの作戦の主役の片割れだ。
「それでも可能性があるなら充分だ! やったな! 前々からお前のことは頼りになるやつだと思っていたんだ。……ん、待てよ。それだと直接冒険者ギルドに言えばいいではないか! ……もしや私をここに連れ出す理由があるのか」
「もちろんある」
何故ならば――
「めぐみんとお前。二人がこの作戦に置いての鍵なのだから」
ダクネスのきょとんとした顔。
いつも驚かされてばかりだが、こうやって驚かせるのも楽しいな。
ただ驚かしたのではなく、今の言葉は事実だ。この作戦にはめぐみんとダクネスが絶対不可欠。
彼女達が主役で、俺はその下で必死に支える土台にしか過ぎない。
これから俺は彼女達に作戦を伝えるわけだが――俺は、ダクネスを説得できるだろうか。
俺達は冒険者ギルドの中で待っている。
めぐみんとゆんゆんが隣にいて、他には大勢の冒険者がいた。
予定されている時間が来たので、二回目の会議のために集合している。しかし、もう会議の時間が始まってから十分ほど経っているが、まだ始まることはなかった。ギルドの職員はダクネスと一度奥に引っ込んだままなかなか出てくる気配はない。
それに文句を言うような冒険者は誰一人いなかったが。
明るい表情をしている人はまったくいないし、うなだれるように顔を下に向けている冒険者が多い。会議が始まってほしくはないと思っているようにすら見えた。
「……まるで葬式みたいだな」
ボソッと発した独り言。
しかしそう言いたくなるような沈鬱とした雰囲気だった。
「これが葬式? どこがですか。こんな暗い葬式は存在しませんよ」
「は? 葬式だぞ葬式。死者を悼んで湿っぽくするのが普通だろう」
お経を唱えるなんていうのは日本独自の文化だが、ここでも死者への悼み方は然程変わらないはずなんだが。そんなに詳しいことまでは知らないが、そうだった覚えがある。
とはいえ、実際に神の存在が確認されている世界なので、日本よりは悲しむことはないらしい。エリス教の熱心な信者なんかは、死期が近くなればモンスター退治によく行くことになったりするとか。モンスターに殺された人間は死後エリス様の許に送られるからな。
「外ではそうでしたっけ。紅魔の里では葬式は盛大なパーティーが行われるのですよ。死者を送り届けるのは派手に。とにかく派手にが信条です」
「結構前にめぐみんと行った葬式ではこんなに大きなケーキが出て、それもスポンジもふわっふわで。頬っぺたが落ちるかと思ったよね」
「毎回葬式が終わりかけになったら泣き出す人がよく言いますね。ゆんゆんが取ったケーキが涙でびしょびしょになってましたよ。勿体ない。そもそも葬式相手なんてゆんゆんはまともに喋ったことない人でしょう」
「あうぅ……、なんだか悲しくなるからしょうがないじゃない。もしかしたら私が知らないだけでとても良い人で、仲良くなれた人かもと思うと無性に悲しくなるの」
「まあ私としても最低限あれだけの大きさのケーキは欲しいです。ユウスケ。もし私が死んだらケチケチせずに二段重ね……いえいえ、夢の三段重ね! のケーキを作ってくださいね。約束ですよ。もししなかったらアンデッドになって夜な夜な爆裂魔法の呪文を唱えに行きますからね」
お前ぐらいのクラスの魔法使いだとリッチーになりそうだからやめろ。これ以上伝説の存在を増やすでない。
しかし、紅魔の里とこっちでも色々違いがあるんだな。
どうも先入観があって、知識では様々な文化があるのは知っているが、自国以外はどこも似たような文化という感覚はなくさないといけない。転生前に外国に行ったこともないし、あまり興味もなかったせいで視野が狭い。
しかし、こういう時に使える言葉は知っている。
「文化の違いだなぁ」
これさえ言っとけばなんでも丸く収められる便利な言葉である。
後、めぐみんが言うケーキは作ってやってもいいけど、多分俺は泣いてまったく食えないぞ。
こそこそと喋っていると、ようやく職員内で話が纏まったのか、ギルド職員達とダクネスが出てくる。
冒険者はというと、なぜ明らかに冒険者の格好をしているダクネスが一緒に出てくるか不思議そうにしている。
「誰だあいつ?」
「俺は何度か見たことあるぞ。美人だし。よく盗賊のねえちゃんと一緒にいるやつじゃないか」
「ああっ、あの胸がデコボココンビか」
……やめろ。やめてあげて。
ボコの方が誰かなど聞くまでもないが、悲しくなるぐらいあれな表し方である。
デコな方のダクネスは、中央。職員達の中でも真ん中にくるように立っていた。
当然、明らかに職員ではなくて真ん中にいるダクネスに視線は集中する。
彼女は注目を集めても、うろたえることはなく、堂々と注目を浴びることになれている風に毅然とした態度を取る。
「遅れて申し訳ない。職員の皆と私が話し合いをしていたせいで、遅れることとなった。それというのも――機動要塞デストロイヤーを倒す作戦が完成したためだ」
「――――っ!」
全員が驚きの声を上げる。
もう誰もが諦めた時、そんな希望の糸をおもむろに投げられるなど思ってもみなかったからだ。
冒険者は冷静でなどいられるわけがないし、職員も興奮がまだ収まっていないと感じだ。あの発言を受けて平静なのは、あらかじめ作戦の情報を共有していた俺とめぐみんとゆんゆんとウィズだけだろう。
「あの天災を倒せるってマジかよ! 本気なのか!?」
「それ本当なのかよ! どんな作戦なんだ!」
「まさか盛大なドッキリとか言わねえよな! 早く教えてくれ!」
ヒートアップする冒険者を尻目に、ダクネスは手を前に出して押しとどめる。
「――少し待ってくれ。作戦を伝える前に作戦提案者である私の自己紹介をしておこう」
その言葉に白けたような雰囲気を作る冒険者。
一刻も早く作戦内容を聞きたいのに、作戦を作った人間のことなんて聞きたくないのだろう。その気持ちはわからないでもないが、彼女の存在自体が機動要塞デストロイヤーを倒すための作戦に組み込まれている。
ダクネスは一度目を閉じてから開ける。
そこにあるのは美しい碧眼。彼女の金の髪色と合わせて貴族の象徴ともいえる身体的特徴である。
「冒険者としての名前はダクネス。ただのダクネスだ。……貴族としての私はダスティネス・フォード・ララティーナ。簡単に説明するならダスティネス家現当主のダスティネス・フォード・イグニスの一人娘にあたる。これが家紋だ」
「……冒険者ギルドで確認しましたが、紛れもなく本物です。この方はダスティネス家のご息女です」
ルナさんがダクネスが出した家紋に手を差しながら、彼女の説明が嘘ではないことを立証する。
その名前は知られていないわけがない。子供だろうと知っている家名だ。
「はぁ? ダスティネス家の現当主といえば王の懐刀と言われている人だろ?」
「滅茶苦茶大貴族じゃねえか。今の領主は気にいらねえやつだが、あいつが悪さできないのもダスティネス家の人がここにいるからだと聞いたことあるぞ」
「そういえば、お前の息子遊んでもらったことがあるって言ってたよな?」
「ああ。俺らのようなやつにも優しくてよ。貴族はその高級なお召し物とやらにゲロ吐きかけたいぐらいだが、あの人は別だわ」
先ほどまでどうでもいいといった風だったのに、一変して彼女の家の話題になる。
それほどまでのビッグネームだった。
紅魔の里にいたゆんゆんとめぐみんも聞いたことがあるぐらいの人である。
「め、めぐみん! 私そんな人の朝ご飯に晩御飯の残り出しちゃったよ!」
「ゆんゆんの食事にケチつけるようでしたら、学生時代ゆんゆんの弁当で命を繋いでた私が黙ってませんよ。しかし、ユウスケはダクネスに血の繋がりがあるかと尋ねて、ダクネスも肯定していましたが……まさか娘だなんて。てっきり親戚かと思ってました。……ユウスケ。あの時は急いでいるようなので聞けませんが、そんなことよく知ってましたね。……えー、そのですね。確かに私はあなたの間抜けな顔が好きと言いましたが、それは家で私の前だけでやってください。こんなところでされると……私としても恥ずかしいのですが」
俺は口を大きく開けて間抜けな表情をしていた。
驚愕の新事実を前に俺は馬鹿面を晒していた。先ほどダクネスを驚かせた百倍は俺は驚かされていた。
ご息女!? 一人娘!? なんで! どうして!?
わけがわからない!
ダクネスがダスティネス家の娘だなんて予想しているわけがない。いや親戚だろうというのも俺の勝手な思い込みだったのだが、まさか直系の娘と考えるわけがなかった。
ウィズさんがリッチーだという事実よりも衝撃である。
というか大事な一人娘を冒険者にするってどういう放任主義なの!? 護衛の一人もついてもいないし、俺の理解の範疇外だ。
俺は手であんぐりと開いた口を閉じる。
……まあ結果的にいえば、これは悪いことではない。二つの理由から俺はダクネスに作戦提案者になってくれと頼み込んだが、片方の理由に関してはこれでより有利になる。
普段なら家の力を使うのは不本意だが、このような理由なら私の本意だ。と彼女は快く了承してくれたけど、てっきり親戚として家名を使うのは恐れ多いからだと思っていた。
本来冒険者は貴族のことを毛嫌いしているが、やはりダスティネス家だけは特別なようで、冒険者の反応もすこぶる良い。
「ゴホン」
ダクネスが咳払いすると、ざわついていた冒険者もピタッと静けさを取り戻す。
彼女は片手の指を三本立てる。
「感謝する。この作戦は私が主だって作戦を作り、ユウスケや様々な人が色々と知識を出してくれたわけだが、皆も今一度デストロイヤーのことを思い出してくれ。さて――機動要塞デストロイヤーを攻略する上で三つの障害があるのを覚えているだろうか?」
彼らも真剣に機動要塞デストロイヤー対策を考えていたのだろう。
あの兵器を攻略するにあたって困難な点がすらすらと出てくる。
「……それは多分魔法を遮断する結界じゃないか。爆裂魔法をも防ぐっていう強力な」
「素早く移動している長い足を斬り落とすのが大変ってのもあったよな」
「おいおい、お前ら。重要なの忘れているぞ。外側の上半身にずらりと並んでいる弓矢部隊。そのせいでまったく人が近づけないってのは致命的だろう」
ダクネスは彼らの言葉を噛みしめるかのように頷く。
「その通りだ。胴体内と上にもゴーレムはいるが、機動要塞デストロイヤーを止めるにはその三つが障害になる。足を潰して機動力さえ奪えればいいのだが、それもままならない。その三つの障害を我々は攻略する作戦を今から言うわけだが、まずは一つ目。魔法結界についてだ」
これを聞き逃してはならないとばかりに冒険者全員固唾を呑んで聞き入る。
予想外にダクネスの喋りは上手かった。
貴族、それも大貴族の娘なだけはある。大勢の人相手に話すのに慣れているし、身振り手振りが見る人を惹きつけるものになっている。嫌味なく表れるその仕草は、彼女の受けた高い教養を感じさせる。
普段時折出る変態さの欠片もない。言葉もいつもよりかたいものにしているし、貴族のお嬢様という経歴を納得させるだけの空気がある。
「二発の同場所爆裂魔法で罅が入った魔法結界。それならこちらは三発同じ箇所に撃つことでその結界を破壊する。――というのも、めぐみんで一発。皆が知っている魔法道具屋の店主も爆裂魔法で一発。残り一発は高級マナタイト石を使ってめぐみんにもう一発撃ってもらう」
名指しされためぐみんとウィズさんに視線が集まる。
突発的な出来事ではないので、めぐみんは自信満々に胸を張っている。
ウィズさんは少し照れくさそうにはにかみながら、小さく手を振っていた。
「店主さんか。そういえば有名なアークウィザードらしいな。商品は買ったことないけど」
「凄腕アークウィザードと俺も聞いたことがあるな。一度貰ったポーションは凄い効き目だったよ。物は買ったことないけど」
「俺たまにあの店の中を窓から見たりしてるぜ。退屈そうにしている貧乏店主さんがなんだかエロく見えてな。買ったことないけど」
「俺も買ったことない」
買えよ。
いや、この街にしては上質すぎるポーションや魔法道具だというのはわかるんだが。値段も高いしな。……質にしては今でも安すぎるぐらいなんだけど。利益率は低いと思われる。……あの人、儲ける気あるのだろうか。
後こっそり覗いているやつはやめろ。まあ人のことは言えないんだが。
「店主さんが爆裂魔法を撃てるのはわかるけど、マナタイト石で爆裂魔法が連発できるならどうして過去の爆裂魔法使いは使わなかったんだ? それぐらい考えつくだろ」
至極当然の疑問が冒険者から出てくる。
それにウィズさんが丁寧に答えた。
「マナタイト石が高いというのもありますが、街を破壊されることに比べたら安いものですね。だから無理だったのは、そもそもマナタイト石が魔力代わりしてくれるとはいえ魔法発動時、魔力は体の中を通って発動されます。爆裂魔法ともなると一気に莫大な魔力が体の中を駆け巡るので、二発目ともなると負荷に体が耐えられません」
「そうなると、そこのお嬢ちゃんは大丈夫なのか」
「はい。彼女達紅魔族。それもめぐみんさんはとても優秀な体質をお持ちなようなので、現状一発だけならマナタイト石で爆裂魔法を撃てると思います。魔法結界自体に修復機能持ちなようですが、その前に三発目を撃ち込めます」
完全に結界が壊れたとしてもすぐに魔法障壁は復活する可能性はあるが、記録を見るにそんな一瞬ということはないだろう。
ちなみに作戦に使われるマナタイト石は俺達がストックしていたものである。
こんな始まりの街に爆裂魔法に使えるような純度の高いマナタイト石は、俺らが持っている分だけだろうしな。
めぐみんは仕方ないことだとはわかっていても勿体なさそうにしていたが、機動要塞デストロイヤーの討伐に成功した暁には経費としてその分のお金を貰うということをダクネスが冒険者ギルドに約束させることを理由に、手放すことに同意してくれた。
機動要塞デストロイヤーには高額の懸賞金がかかっているからな。
「それに爆裂魔法といえども資料からして同箇所でなければその魔法結界に通用することはありません。……私としても信じられないのですが、本当に一瞬であの爆裂魔法を撃つ場所をそこまで正確にコントロールできるのですか」
「ええまあ。どれだけ私が爆裂魔法を撃ったと思ってますか。一日一爆です。ウィズさんが撃った場所に合わせるぐらい朝飯前ですよ」
「――なるほど。使い込みに関していえば私では勝てませんね」
爆裂愛に関しては誰もめぐみんには勝てない。
撃った回数が違い過ぎる。
今の段階ではリッチーであるウィズには威力で負けているかもしれないが、その他の爆裂魔法の精度や詠唱速度ではめぐみんに分があるだろう。……うん。一日一回しか使えないような爆裂魔法を毎日使っているのは俺のとこの魔法使いしかいないものな。
特に手を使うようになってからは撃つ場所の精度は跳ね上がっている。あのおかげで今や彼女が撃つ場所に関しては百発百中だ。
あれがなければめぐみんもあれだけ胸を張って言えないだろう。というか張りすぎである。調子に乗るのは良いけど胸を張りすぎて後ろに倒れるなよ。
「そういうわけだ。これで一つ目の障害をクリアした」
また注目がダクネスへと移る。
めぐみんがふんぞり返りすぎてとうとう倒れそうになっていたので、あらかじめ伸ばしていた腕で俺はキャッチした。
「二つ目の障害は弓矢部隊だが……まあこれは魔法結界を壊した時点で特に難易度の高いものではなくなる。魔法使い系職による攻撃――ゆんゆんが提案してくれたのだがそれも射程距離が長く攻撃速度が速い、使用者の多い中級魔法ライトニングを周囲から浴びせればいいだろう」
これについては皆異論がなかった。
こちらの弓矢の速さと威力では馬並みの速度を持つデストロイヤーにはなかなか当てることができなかったが、魔法が使えるとなれば話は別だ。
ゆんゆんのことを知っている人は話に出てきたゆんゆんを見ようとするが、肝心のゆんゆんは俺の体の影にさっと隠れる。
これで二つ。
二つ目まではまだウィズとめぐみんがいるからそこまで難易度が高いものではない。
特に最難関なのが――三つ目である。
「残りは如何に足を壊すかだが――まず三つ目の障害をクリアする前にある仮定の前提を納得してもらわないといけない。機動要塞デストロイヤーを誰が動かしているかは覚えているか?」
「昼聞いた話だと……設計者だったか」
冒険者の答えにそれを彼らに説明したルナさんは頷く。
「はい。主流な説としては設計者がアンデッドになって動かしているというものです」
俺は内心ダクネスを応援する。
頑張ってくれダクネス。この作戦が行われるかどうかはここにかかっている。
「しかし、それにしては機動要塞デストロイヤーは動きに目的性がなさすぎるのではないだろうか。もう何十年以上もただ無意味に蹂躙している。襲う場所に法則性が見られないし、なにより落とし穴に二度落とされた時の記録を見てみると、非常に似ている。落ちてからジャンプを開始するまで。そして落とし穴の深さには違いがあるので、ぴったりとまではいかないが、そのジャンプした距離。――まるであらかじめ決められていたことによって動いているようだ」
誰かが唾を飲み込む音がした。
緊迫感が場を包み、誰もがダクネスの次の言葉を待った。
「仮定による結論だが――機動要塞デストロイヤーは今はもう誰も動かしておらず、こういう場面ではこうするという法則によって動く人形にすぎない」
その言葉に誰も声を上げることはなかった。
どういう意味かと彼らなりに呑み込もうとしている。ゴーレムなどこの世界にも存在するが、本人が操作していない限り受け付ける操作は簡単なものだ。あれだけ複雑な動きをする機械仕掛けの兵器が、これだけ長年世界を荒らしまわっている天災が、まさか何物の意思をも受けてないなど考えにくいのだろう。
めぐみんのあっと何かを思い出した声がした。
「そういえば紅魔の里に紅魔族のことをよく見る変な習性をした鋼鉄の変わったゴーレムがいるのですが、あのゴーレムもかなり複雑な動きをしていましたね。朝見ると何故か体操をしていたり。紅魔族の成り立ちからしてあれもノイズ国製の可能性は高いです」
「紅魔の里の守護神に失礼だよめぐみん。体操を終えた後、紙に自製のハンコを押したりしているのを見かけたときは、私も二度見しちゃったけど」
それ多分ラジオ体操。
間違いなく転生者が関わっている。
「……とまあ、めぐみんが言うようにノイズが作った兵器だ。なにがあってもおかしくないのはわかってくれただろうか」
「体操しているぐらい無駄機能ついているなら、納得しにくいことはあるが、それもあるのかなという気分になっている」
「俺もだ……。ゴーレムが体操ってなんなんだよ。意味ねえだろ。絶対作ったやつの趣味だわ」
別の意味でショックを受けている冒険者もいるが、なんとか完全に否定されることはなかった。
日本人の俺としてはSF映画でよくあるような展開なので、そうではないかと一番初めに疑ったが、彼らにしてみれば思いつきにくい事柄だったのだろう。
あれだ。
文化が違うってやつである。
ダクネスはというと、俺達の方に一瞥した。
「ここから先のことは――まあ知恵を貸してくれたユウスケとそれとめぐみんに応えてもらった方がいいだろう。彼らの方がこれについては専門家だしな」
いきなり振られて内心では少し焦るが、確かにこれについては俺とめぐみんが言った方がいいだろう。
俺は頼りないように見られないように背筋を伸ばして、この作戦について語る。
「結論から先にいえばデストロイヤーを二度落とし穴に落とします」
「はぁ? 落とし穴はジャンプして逃げてしまうんだろ。ただの時間の無駄遣いじゃねえか」
良い反応が帰ってきた。ただあくまでそう言われるのは想定の範囲内。
その言葉を待っていた。
「もちろん、普通に落とすのではなく、最初はただの落とし穴に落とします。当然今までの行動からしてデストロイヤーは穴から逃げるためにジャンプします。その着地地点に――八本の足だけ嵌るような落とし穴を個別に作っておいて、足だけをすっぽりと落とします。地面の中には緩衝材を入れて着地の振動を抑え、エレメントマスターにその嵌った地面を閉じるように力を加えてもらえば僅かな時間拘束することができるでしょう」
ダクネスに作戦提案者になってもらった理由の一つ、片方の理由がこれである。
既に落とし穴作戦は二度やって失敗したという悪い実績がある。即席で落とし穴を作れる精霊使いやエレメントマスターなどの必要不可欠な人材は、この街だけでは足りない。近場の街から急遽来てもらわないといけないが、俺が作戦立案したと言ってもそこまで動かせる可能性は高くない。
勝算があるといっても確定ではない作戦に、そこまでできる力は持てない。
しかしダスティネス家の名前は絶大だ。
それが受け入れられる可能性が高くなる。
「そうなればこちらのものです。胴体に潰されないようにしながらその穴の隣にいる冒険者達が、足の付け根近くに手が届きます。そうなれば残り全員の力で足を砕けば移動能力を奪うことができます」
ゆんゆんのライトオブセイバーやキョウヤの魔剣はそこで大活躍してもらう。そして俺の実戦ではろくに使えなかったスキルとあの力を使えば、俺だけでも足の二本はもぎ取れる。
本来ならめぐみんは無理としてもリッチーであるウィズさんに爆裂魔法がもう二発使ってもらえれば話は早いのだが、そんなに高品質なマナタイト石はもうない。
あの時は宝島があったおかげでウィズさんの手元にあったのを買えたが、そんな高品質なのは王都から取り寄せないと無理で、一日では無理だ。ウィズさんが難易度のせいで少ないテレポートの使い手だが、王都への設定はしてないらしい。
他に手としては爆裂魔法を使うためにリッチーの能力で吸ってもらうことだが、それだけの魔力とか死人が出るし、そもそも彼女がリッチーだと公にするわけにはいかない。
「はーいはーい」
元気な見覚えのある女冒険者が手を上げている。
「なにか疑問があるのかリーン」
「うん。事も無げに次の落とし穴に足をすっぽり納めるように落とすというけど、無理があるんじゃない。そんなこと可能なの?」
「正しくいうなら、デストロイヤーから見て少し横長にはなるけどな。デストロイヤーは直進方向に進んでいるので正確な向きはわかっているが、進行ルートはそこまで完ぺきというわけじゃないから、そこら辺はその場でめぐみんが判断して穴の近くにいる冒険者の位置を調節はしないといけない」
可能かと言われれば普通は無理だ。
こんな短時間でそんなことを可能にできるはずがない。ただ俺のパーティーには負けも見事に勝ちにひっくり返す反則手がいる。
俺はわざとらしくめぐみんに尋ねる。
「……めぐみんこれは可能なのか?」
「まあ、できると思いますよ」
彼女は、俺のパーティーにいる魔法使いは、呆気ないほどその無茶な質問にできると告げた。
「これほど正確な記録が残っているなら、掘った落とし穴の深さ。ジャンプの距離。足の長さや一つの足と足の幅。こういった数字を計算していけばそんなに難しくないですね。……正直な話、ここまで正確に記されているとは思いませんでした。この記録した人達の執念を感じます」
そこで彼女は一呼吸置く。
突然ある考えが浮かんだ。
今まで国家主導だからこれだけ正確な記録が残っていると考えていたが、この記録を記した人達は街を壊された人かもしれない。……その可能性は低くはなかった。
「落ちたときの傾き加減やここなんかは足の一本一本が突き刺さった角度やそれぞれの深さまで書いてくれてますからね。これでデストロイヤーの体のバランスや重さまで計算することができますし、私が例え幼い時にでも間違える問題ではありません」
あまりにその自信がある言葉に冒険者にも伝わる。
すらすらと述べたあまりにも馬鹿げた発言も、当然のように述べればまるでできる事柄のように思える。
「簡単なのか。……おまえ何言ってるのかわかる?」
「いや俺はさっぱり。けどまあ、爆裂魔法撃つぐらいの魔法使いが難しくないと言ってるんだから本当に難しくないんだろう」
こんなにも簡単に納得してくれる。
実際――簡単かと言われたらまさかそんなわけはない。
めぐみんの発言を理解しているウィズさんはというとひどく驚いている。
難しくないのはめぐみんお前だけだ。俺達の世界の人間でもこの計算をするのには、機械の手を借りても時間がかかるだろう。様々な要素が加わるこれは、非常に複雑な計算だ。
――この天才め。
手という要素が加わるだけで距離を正確に計るほどの計算能力。
でたらめな頭脳。
生まれ持った――あまりにも残酷なほどの才能の輝き。
鍵になると俺が言った理由も当然だった。
こう今すぐ抱きしめてやりたいぐらい頼りになるやつだよ。俺のとこの魔法使いは!