幾人かの冒険者の目にも光が再度灯っていた。
会議が始まる前まではあんな沈鬱とした空気だったが、徐々にデストロイヤー襲来の時の勢いに戻りつつある。
機動要塞デストロイヤーを倒すのは無理だと考えていたが、不可能ではないという提案を見せられて、彼らのやる気も出てくる。
「これ、ひょっとしたらいけるんじゃ……」
誰か知らない人の呟きは、冒険者十何人かの心情の代弁でもあった。
しかし、いまだに半分が乗り気ではない様子である。
彼らはわかっているのだ。――そう簡単にいく話ではないということに。
「これで三つの障害をクリアした。魔法結界。弓矢部隊。移動能力の奪取。作戦が成功すれば我々の街は助かるだろう。今まで誰も成し遂げたことがなったことを成し遂げ、明後日もこの街で暮らすことができる。変わらない毎日をまた送ることができる。……ただそれは成功すればの話だ」
改めてダクネスが人差し指、中指、薬指と三本の指を立てる。
そして、一つずつ立てた指を曲げていった。
まず初めに薬指。
「魔法結界に関しての話はあくまで予想だ。実際に三発の爆裂魔法で壊れるなどという保証はない。二発で罅が入ったから三発目で壊れてくれればいいなという妄想に過ぎない」
薬指の次は中指を曲げる。
「魔法結界を破れて弓矢部隊を魔法で倒したとしても、他に接近する者を攻撃する兵器を持っているかもしれない。胴体内にはまだ大量のゴーレムがいるだろうし、次の弓矢部隊がすぐ用意されるかもしれない」
そして、最後に彼女は人差し指を曲げた。
「機動要塞デストロイヤーが操縦する者はおらず、ただ決められた通りに動くというのは事実ではない可能性がある。二度のジャンプの数字が酷似していたのはただの偶然で、三度目も同じように動く確実性など一切ない」
希望に縋ろうとも、現実はそう上手くいってくれる約束なんてしてくれない。
無慈悲に踏みつぶされるだけということも可能性として十分ありうる。
希望的観測を詰め込んだものと俺はめぐみんに言った。その言葉通りだ。こんなもの完ぺきな作戦と出せるものではない。僅かな勝算。それを引き出そうとしているだけの安っぽい案でしかなかった。
「とある男が言っていた。この作戦が全て成功しても本当にそれで終わりなのかと」
そして、俺が一番心配しているのがそこだった。
機動要塞デストロイヤーの底は――本当に今見えているだけのものなのか。
「足を壊しても、また新しい足をだしてくるかもしれない。いやいや、いっそ飛ぶかもしれない。作戦が成功した。それで終わりとも限らない、と彼はそう言っていた。ノイズ国の生き残りから動力に無限エネルギーのコロナタイトを使っていて、胴体にゴーレムがいることは伝聞として伝わっているが、作った時の設計図は残っていない。これだけ世界中で暴れたこの兵器の全貌を見たとは……言えないのだ」
誰も彼もがダクネスの話に聞き入っている。
冒険者も、冒険者ギルドの職員も、めぐみんもゆんゆんもウィズさんも、この作戦を作った俺でさえも。
彼女の話を一言も逃さないように集中している。
「ただ私はこれしかないと思っている。勝算があるとしたら――この作戦の他にない」
彼女は自分の手を胸の前に持ってきた。
そして強く、とても強く握って拳を作った。
「これが出せる全力だ。私達が限界まで出せてここだ。これがリミットだ。だからもうこの作戦が失敗したら運が悪かったとしか言いようがないじゃないか。しかし、運が悪いことなど起こるのが常というものだ。……その運が悪かったとき、失敗して多大な被害。人員が死亡するような被害が起きたとき」
ダクネスはどうしてかそこで区切ると、俺の顔を見た。
悪いなとでも言いたげに、僅かな時間俺にだけわかるような表情を作って、次の瞬間には貴族の騎士としての表情に変わっていた。
拳を胸に置く。まるで宣誓するかのように彼女は言った。
「――ダスティネス家の貴族として約束しよう。この作戦が失敗した時、すべての責任は私が取る」
……言ってない。
そんなこと喋ってくれと頼んだことはない。
話が違う! これは俺が立てた作戦だ。お前に被せる責任などなにもない! そんな重荷を勝手に俺から取っていくな!
俺はその間違いを訂正するために叫ぼうとして、ダクネスの瞳に見られて叫ぶことができなかった。
彼女の迫力に押されてしまって声が出ない。
それはただの普通の人として今まで暮らしていた俺と貴族として暮らしてきた――彼女との覚悟の差だ。
「これは貴族としての私の約束だ。……ただもう一人の私。つまりは冒険者としてだが、ダクネスとしてお前達に頼みがある」
俺が止める暇もない。
彼女は勝手に話を進めていき、普段の彼女みたいな言葉遣いに戻った。
貴族ではなくダクネス。いつもモンスターには突っ込んでいってはボコボコに殴られながらも楽しそうで、結構エッチで、悪人を許せず街が好きなダクネスとしての素だった。
「貴族としてではない。ダクネスとして、一人のこの町が好きな人間としてお願いしたい。絶対に成功するなどとは言えないのだ。死ぬかもしれない。それでもどうか、どうか、お前達街を守るために手を貸してくれないだろうか……!」
深々と彼女は頭を下げた。
俺が彼女に頼んだ二つ目の理由。最後の理由がこれだ。なにより大事な理由。
ダクネスが俺が知っている中で一番この街を愛している。
おそらく勝算などなくても機動要塞デストロイヤーに立ち向かっていくほど、この街がただただ好きなのだ。それは愛着があるといっても、昨日今日来たばかりの俺では敵うことことができない理由だった。
クズの俺では逆立ちしても無理である。
冒険者達は苦笑する。
こんな光景を見せられて彼らの内の一人が頭をかきながら言った。
「おいこらてめえ、ダクネス。それは違うんじゃないかよ。冒険者としてのお前のお願いなんていやらしい体としての価値しかないからな。……貴族じゃなくて冒険者としてか。チッ、貴族として上から命令すればいいものをわざわざ冒険者としてのお願いだと」
次々に冒険者が発言していく。
「言われるまでもねえよ。なんせ機動要塞デストロイヤーは莫大な賞金がかかっているんだぜ。倒せれば一気に小金持ちだ。むしろ俺らの方が手を貸させてくださいって頼み込むところだろうが」
「筋違いにもほどがある。てめえなんかに責任を負ってもらってたまるか。いや、失敗したらおっぱい揉ませてくれるならいいけど、そうでないならいらねえ。街を守れて賞金もガッポリ。わざわざ勝算があるこんな美味しい作戦に乗らない馬鹿がどこにいるよ」
「……ったく、俺達を馬鹿にしてるのか。嫌だと言っても手伝いにいくわ」
やれやれとばかりに肩を竦めて発言する彼らの言葉には力があった。
見せかけではなく、内から出てくる彼ら自身の力があった。
ああ、そうだ。
……いつだって人間を真に動かすことができるのは、心の奥底からの言葉だ。
「お前達……」
ダクネスは冒険者達に感動しているのか、手で目頭を押さえていた。
俺だってつられて涙を零しそうになる。
彼女の気持ちが、この結果を生んだのだ。俺ではこうはならなかった。
男の冒険者の一人が、他の冒険者達に叫びかける。
「てめえらもそのつもりだよな! 機動要塞デストロイヤーをぶっ潰すつもりだよな!」
「おう!」
「よっしゃ! 良い返事だ! 景気づけにこの馬鹿で愛すべき冒険者であるララティーナコール行くぞてめえら!」
「おっしゃあ!」
「……へ?」
盛り上がる冒険者。
なにを言っているのか理解できないダクネス。
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
冒険者ギルドがララティーナコールで埋まる。
俺達とぷるぷると体を震わせているダクネスを除いて、全員が拳を天井に突き上げ、ララティーナと彼女の本名を叫んでいる。
「あれっ? いつの間にこんな状況に」
俺としても不思議がる。
何故にこんな状況に?
「まあいいのではないでしょうか。戦争で勝つのは熱狂している方だと言いますし。士気が上がれば作戦の成功率も上がりますよ」
「いやそうなんだけどさ」
「……私だったらこんな状況。恥ずかしくて動けなくなっちゃうよ。すごいなダクネスさんは」
いまだに俺の体に隠れたままのゆんゆんは、ひょっこりと顔を出してそんなこと言った。
体を震わせているダクネスに、最初にコールをしようと呼びかけた冒険者が声をかける。
「主役がどうした。そんな顔を俯かせて? こっちに来てお前も混ざろうぜ。さあ、一緒にララティーナコールだ。あーわかったぞー。もしかして感極まって泣いてしまって見せられないとか?」
それが最後の一押しになったらしい。
彼女の震えていた体が止まった。
顔を上げてくわっと目を見開く。
それは覚悟を決めた表情であり、怒りと羞恥で塗り固められた彼女の感情の爆発であった。
「作戦が始まる前に――お前達全員ぶっ殺してやる!」
「ララティーナお嬢様のご乱心だ!?」
ぶちギレたお嬢様から逃げ回る俺達含めた全員。
こうして絶望的な状況の中、やたら明るく作戦が始まった。
次の日。
作戦決行日である。
空には薄っすらと雲が漂い、太陽が浮かんでいた。異世界だろうと太陽には変わりがないらしい。空の風景がかつての世界と変わらないのは落ち着くものである。
晴れて良かった。
もし雨が降ったりでもしていたら地面が泥となって計算が狂ってしまうだろうからな。
時刻は十六時十分。
作戦の準備は終わっていた。
アクセルの街の正門に一番近いところには、八個の穴。飛んできた機動要塞デストロイヤーの足だけを拘束する穴である。
その近くには大勢の冒険者と下級職の精霊使いや上級職のエレメンタルマスターがいる。精霊使いやエレメンタルマスターは昼近くまで穴を作っていたからお疲れ様すぎた。彼らにはまだ穴に足を突っ込んだデストロイヤーを拘束するという役割があるので、疲労しているだろうが頑張ってもらうしかない。……ごめんね。
正門から二番目に近い場所には正方形に切り取られたような穴が、わからないようにシートと土で隠されている。ここにまずはデストロイヤーを落としてからジャンプさせる。
冒険者職員やダクネスはこの近くに即席で作った高台の上にいる。初めは私が前に出ると騒いでいたダクネスだが、この作戦はタイミングが命だ。お前しかその責任を負えるものがいないということで魔法道具による拡声器を使っての、指示の役割を渋々受けた。
元々前に出て戦う役割なんてこの作戦にないからな。タンクとしては最強クラスだが、攻撃役としてはへっぽこな彼女にはそれ以外役割がないし、実際ダクネス以外やらせられないのも確かだった。
三番目は高台が二つ。魔法結界を剥がすためのものである。爆裂魔法を使用できる二人、めぐみんとウィズさんがここに立って撃つ。作戦の起動ともいえる爆裂魔法を攻撃を加える場所である。
最も正門から遠いところには魔法使い集団がいる。爆裂魔法で魔法結界を剥がしてから、弓矢部隊を中級魔法ライトニングで倒すためだ。彼らが上手いこと倒してくれなければ俺達は足を斬り落とす前に殺されかねない。拘束できる時間も短いだろうし、なんとかここで弓矢部隊は倒さなければならない。
爆裂魔法のように魔力消費が大きいというわけではないので、あらかじめ弓矢部隊にいる辺りに撃てるように何度か練習していた。その練習は実ってほしい。
俺とめぐみんとゆんゆんとウィズさんは、三番目の高台が二つある場所にいる。
『機動要塞デストロイヤーを確認できた。爆裂魔法予定位置まであとおおよそ七分で到達する! 各々覚悟を決めろ!』
拡声器を使ったダクネスの声が響き渡っている。
「……ユウスケさてはビビっているでしょう」
「馬鹿言うなよ。わざわざこんな作戦を立てた俺だぜ。欠伸が出るぐらいよゆー」
「へぇーその割には手首握ってみたら震えているんですけど。これは恐怖にビビっていると取られてもおかしくありませんよ」
「俺の腕を握っているお前の手が震えているからそう勘違いしているだけだろう。あれービビっているのはどちらなんだろうなめぐみん」
「なにを!? じゃあこうすればどうです! ほら! ユウスケの手汗凄いですよ。あなたの手をぎゅっと握ってみたらぐちょぐちょです!」
「だから震えも汗もお前のものだろうが!」
こう両手をがっしりと組み合って俺とめぐみんはよくわからない意地を張っていた。
多分、どっちもビビっているで正解だと思う。
機動要塞デストロイヤー。めぐみんは爆裂魔法をこれから二発。俺はあの蜘蛛野郎の足を八本の内二本を担当する。プレッシャーは大きい。
「ユウスケはどんと構えていたらいいんですよ。あなたはいつものこれは予想していたみたいなドヤ顔を決めていれば私としても安心するんですから」
「誰がドヤ顔を決めてるって! やったぜ! 作戦が上手くいったという爽やかな笑みだろうが」
「――はっ」
「あっ、お前今鼻で笑ったな! ドヤ顔ドヤ顔言うけどお前の方がドヤ顔凄いからな! 爆裂魔法を撃った後なんて凄まじいドヤ顔決めている時があるぞ」
「私は可愛いからいいのです。可愛ければドヤ顔も許されます。私は……その、可愛いの、ですから……」
「お前……そんなに恥ずかしいなら言うなよ」
「恥ずかしくなど、ない!」
真正面から見合っているのだから赤面しているめぐみんの顔がよく見えるのに。
どちらも緊張している俺達は、じゃれあうことでなんとか緊張を解そうとしているのだった。
ウィズさんは流石に修羅場慣れしているのか普通な様子だが、案外落ち着いているように見えるのがゆんゆんである。
俺は落ち着いた様子のゆんゆんの顔を見て、心配そうに聞く。
「ゆんゆんは大丈夫なのか? めぐみんはこんなにもビビっているのに」
「そうですよ。ユウスケはこんなにも怯えているのに」
再度、両手に力を入れてにらみ合う馬鹿二人。
ふふふと笑いながら、ゆんゆんは答えた。
「私は大丈夫ですよ。なにしろ作戦は上手くいくんだからそんなに心配してもらわないでもへっちゃらです」
ゆんゆんは心の底から言っているようだった。
作った本人が心配するような作戦を完ぺきな作戦と信じ込んでいる。
「ゆんゆんはお花畑ですか。いざという時は高笑いして誤魔化す準備しておくんですよ」
「お前マジで実行させる気かそれ。……もしもの場合があったら一目散に逃げるんだぞ。立てた本人が言うことではないと思うが、ろくな作戦じゃないからな」
彼女は首を振って、彼女が信じていることを口に出した。
「大丈夫ですよ。だってユウスケさんが作った作戦で、めぐみんが作戦の要なんだもの。――上手くいかないはずないんだから」
あまりにも真っすぐに言うものだから目が焼けそうになる。
彼女の言葉には信頼が込めれるだけありったけ込められていて、こっちが恥ずかしくなる。
「あー。でもそんな作戦も私の失敗で崩壊しちゃったらどうしよう。わ、私も心配になってきた。ユウスケさん! 私先に持ち場に行ってイメージトレーニングしておきますね!」
彼女は急に顔を白黒させたと思ったら声をかける暇もなく走っていった。
あんな信頼を真っすぐぶつけられると、失敗したくないと改めて思ってしまう。
「もしかしたら、俺らのパーティーで一番強いのはあいつかもしれないな」
能力とかではなく、心の強さでいうなら普段はびくびくしていても彼女が最も強いかもしれない。
「……私の方が強いですよ」
すねるようにめぐみんが呟いていた。
ゆんゆんが一方的にライバル視しているように思うかもしれないが、案外めぐみんもゆんゆんのことをライバル視しているのだ。
そういう意味でもこいつらは本当に仲が良かった。
手を離して、デストロイヤーの来る方を見てみるともう目視できる距離になっている。
残り四分ぐらいか。
クイクイと袖を引っ張られる。身長差があるからめぐみんによくやられるものだ。
「ねえねえユウスケ」
「なんだ。もう少しで作戦決行だ。高台に上がって用意しておかないといけないぞ」
普段とんがり帽子を被っている魔法使いは、その手に帽子を持って俺に上目遣いで見ていた。
「抱きしめてください」
「え、なんで?」
いや本当に何故だ。
こんな時間がない状況でいきなりなにを言っているのだろうこいつ。
「それは……紅魔族の掟です。大事な作戦の前に仲間から抱擁してもらう。こうすることで士気を大幅に上げることができるのです。言ったでしょう。作戦の成功率に士気は関わってくると――というか、面倒くさい人ですね。ごちゃごちゃ言わずにさっさと抱きしめてください」
「頼んでいる立場なのにすごく偉そうだ! ……まあ構わないが」
爆裂魔法を彼女が撃った後、何十回も抱っこしてたからな。今更恥ずかしがることでもない。
少し離れた場所にいるウィズさんのすごいニヤニヤ顔が気になるけど。
「じゃあ抱きしめるからな」
「……はい」
俺は了承を貰ったので、めぐみんの体に近づいて軽く彼女の体に腕を回した。
ひどく小さい。
「んっ」
彼女の声が耳にかかる。
たまに忘れそうになる。彼女は天才で、それこそ世界に数少ないような優れた頭脳の持ち主だが、こんな俺の腕にすっぽりと収まってしまう少女だということに。
俺のような巨体の男でもこの重圧に負けそうになるのだ。この小さい体にどれだけの重圧を俺はかけてしまっているのか。
やっぱり俺はクズだな、と再確認する。
「……もういいですよ」
「ああ」
「だからもういいですって。時間が来てしまいます」
「……ああ、そうか」
彼女の体から手を離すと、彼女はトレードマークともいえるとんがり帽子を被って、高台に上がっていった。
『後三分で範囲にまで到達する! 準備はできているな』
高台にあがった彼女と同じように、俺も高台に昇る。
機動要塞デストロイヤー。
こうやって高いところから見ても本当に大きい。
あの宝島と同じぐらいの大きさか。人間ではどうやっても勝てないような巨体。八本足を動かしこちらに向かっている様は絶望しか感じない。大怪獣といったところだ。到底太刀打ちできない災害が物質となって襲ってくる。
俺一人だったら恐怖に打ちひしがれていただろう。
すぐ傍にいるめぐみんは、こつんと地面を杖で叩いてこちらを見る。
「ユウスケはさっさと持ち場に行かないのですか」
「俺は魔力切れで倒れためぐみんをそこら辺の木に避難させないといけない役目もあるからな。特等席で俺のとこの魔法使いの凄さを見せてもらうよ」
彼女は杖を格好良く振った。とんがり帽子をグッと押さえる。
めぐみんの胸元にはマナタイト石がぶら下がっている。
「ええ! 特等席で見ててください。あなたの魔法使いがぶちかますのを!」
気合いは充分だった。
緊張など欠片もない。ふてぶてしく彼女は叫ぶ。
「ウィズさん! 先に撃ってください。こちらで合わせます!」
「……もし死んでも、アンデッドになれば案外幸せになれるかもですよ、などと緊張を解すつもりだったのですが、あれを見せられたら――私も久々に熱くなりました。有望な後輩冒険者達にはもっと前まで進んでほしいですしね。はい、氷の魔女ウィズ! 全力でいきましょう!」
魔力が迸る。
強大な魔力。他の魔法使いが一生をかけても追いつけないような魔力が彼女達二人の周囲にざわめき立つ。
「真紅に奉る。赤竜より紅く、黒竜より黒く。乾きし血の如き赤黒たる姿」
「真紅に奉る。赤竜より紅く、黒竜より黒く。乾きし血の如き赤黒たる姿」
可視化される魔力は、暴風のようだった。
ただの準備の段階で、最早嵐のように荒れ狂っている。
「濡らし沁み込みその大いなる力を以て侵略せし。侵せ侵せ侵せ」
「濡らし沁み込みその大いなる力を以て侵略せし。侵せ侵せ侵せ」
凄腕冒険者の果てにリッチーとまで化した怪物。
膨大な才能をただ好きな魔法だけに捧げる天才。
彼女達の才能と努力の結晶が世界に降臨する。やめろと叫ぶように世界が震える。ビリビリと大気が震える。世界を壊すかのような力が空気を狂わせる。
「ここは我が国。この血は我が国と等価である。血に纏いし力にて愚かな反逆せし地をも我が物とせよ」
「ここは我が国。この血は我が国と等価である。血に纏いし力にて愚かな反逆せし地をも我が物とせよ」
詠唱が終わる。
剛腕にて弓の弦は引かれた。後はこの力の塊から手を離すだけ。
「ウィズさん!」
「わかりました! 中央にぶつけます! エクスプロージョン!」
初めの爆裂魔法が解き放たれる。
世界を切り裂く破裂音。魔法で最も威力のある一撃が機動要塞デストロイヤーに直撃する。
リッチーによる渾身の爆裂魔法。おそらく現時点でこの世界で最強の破壊力を持つ攻撃だ。
それでもなお――
「無傷、か!」
憎らしいほどに魔法結界はなんともない。今の攻撃さえもまるでそよ風のようにデストロイヤーは行進する。
絶望の災害は嫌になるぐらいのスペックを見せつけてくる。もし製作者のアンデッドがまだあの兵器の中に存在していたならぶん殴ってやりたいぐらいだ。
「――ユウスケ。見ててくださいね。私の凄い活躍をあなたはずっと見ててくださいね」
ふと振り返った彼女は笑っていた。自信あるとでも言いたげにドヤ顔をかましていた。
そして、彼女はまた前方を見て、手を前に突き出して、その力の塊を放つ。
「エクスプロージョン!」
二撃目。
先ほどウィズさんがぶち込んだ場所と完全に一致する場所に彼女は爆裂魔法を撃ち込んだ。
威力ではウィズさんの爆裂魔法に負けている。だが、その精度。同一箇所に寸分違わず当てるその技量に、完成度で負けていると誰が言えるだろうか。
爆炎が魔法結界を包み込む。
どうなった! 罅は! 罅が入ったのか!
俺は目を凝らし、彼女達の成果を必死になって見る。
「……ひびが、罅が入っている!」
それも資料に残っているような罅ではない。
まるで蜘蛛の巣のように直撃を受けた場所から広がっていっている。デストロイヤー、蜘蛛型の兵器の周りに長きの間守護をしていたその結界は、脆い姿を晒していた。
触っただけで壊れそうで、強固な鎧とは今となっては見えない。
「……もういいでしょう。あなたのその結界は長年我々魔法使いの壁になって立ちはだかって来ました。硬い壁とて最後には崩れます。いつまでも遮ってはいられません」
彼女は胸元に細い糸でつるしていたマナタイト石を糸から引きちぎる。
拳に近いマナタイト石。五百万エリスもした超高純度の魔力だ。今のめぐみんの魔法量でならこれによってもう一発爆裂魔法が撃てる。
左手はそのまま。
デストロイヤーに向けて。
右手でマナタイト石と杖を持ちながら彼女は言う。
「終わらせます。その結界を。我が一撃によって」
宣言をし、魔力が再度放たれる。
マナタイト石の魔力がめぐみんに注がれる。大量の魔力。並みの魔法使いならパンクしそうな魔力をも彼女の紅魔族の体は余さず受け止め、それを操る。
受け止めた魔力を手足のように操作し、ある一つの魔法を完成させる。
彼女が愛した魔法。彼女の最強魔法。彼女が使える――たった一つしかない魔法。
「これが――! これが――! もしかしたら自腹になるかもしれない私達の五百万エリスだ――! エクスプロージョン!」
台無しにもほどがある台詞と共に爆裂魔法が魔法結界を襲う。
三撃目の爆裂魔法。
史上初。資料にも載っていない三発同箇所爆裂魔法による攻撃。
結果はすぐにわかる。
何故なら、今まで長年魔法を遮断していた魔法結界は、呆気ないほど――バリンと割れたのだから。
『やった! やったぞ! めぐみんがやった! ライトニング部隊! めぐみんとウィズが結界を! あの誰にも破れたことがない結界を今破った! 次はお前達の出番だ! 二分後に目的位置にたどり着く。それぞれ練習通り準備をしろ!』
ダクネスの歓喜の声と次の作戦が拡声器によって飛ぶ。
史上初の偉業を達成した片方はというと、魔力切れで倒れる。
「ふにゃ……」
それを俺は倒れる前に受け止める。
……そういえば、あくまで成功報酬でマナタイト石の分のお金がもらえるのであって、失敗すればなしだもんな。気にしていたのか。この状況で気にできるなんて、まったくこいつは大物だよ。
「お疲れ」
「疲れましたよ。……ウィズさん、私が見た限りでは四番目のやつで良さそうです」
「わかりました。伝えときますね。私は後一発ぐらいなら魔力消費が多くない魔法を使えそうなので、デストロイヤーの足組に合流させてもらいます」
めぐみんと違って、倒れることもなくウィズさんは重要な情報をダクネスへと伝えに行った。
作戦の時にも言ったが、着地地点に少し誤差があるだろうから、若干穴を横長に作っておいたので冒険者達の立ち位置の修正である。
「さすがはリッチーですね。あれだけの高威力の爆裂魔法を叩き込みながらもまだ動ける余裕があるとは……。しかし、いつかは私が抜いてやります。その時には……威力精度共に最強の爆裂魔法使いに!」
「お前ならいつかはなれるさ」
「もちろんなりますよ。……さあ、早く離れましょう。時間もそれほどあるわけではないでしょう」
俺は彼女をいつもみたいに抱き上げる。
この体勢にも慣れた。近くの木の側にでも下そうか。
『ライトニング部隊! デストロイヤーが作戦目的場所に入る! 五、四、三、二、一、発射!』
めぐみんを木にもたれかかるようにとゆっくりと下した直後、次の作戦が遂行される声がする。
当然、どんな様子かと俺とめぐみんは離れた場所で目を向ける。
「……綺麗、ですね」
「ああ、綺麗だ」
それはとても綺麗な光景だった。
叫びのようだ。
地から天へ。矮小な人間が災害に向かって光の矢を発射している。
何十もの雷が下から斜め上に伸びている。壮観な光景である。神話にでもありそうだ。今まで虐げられてきた災害へのわかりやすい反逆の叫びである。
「俺もそろそろ行くか」
「行くのですか?」
「まあ、もう時間だからな。お前があれだけやってくれたように俺も頑張らないとな。負けてられねえよ。最大の功労者はここで休んでおいてくれ。……本当に助かった。俺の無茶な作戦をここまで形にしてくれて。今度なにか欲しいものでもあれば言ってくれ。できるだけのことはやるから」
希望的観測でしかないハリボテの作戦を、僅かなりとも中身が入っているように見せかけてくれたのは間違いなくこいつのお陰だ。
「そうですね……では、一つ頼み事をしましょうか」
一瞬思案しためぐみんはとあることを思いついたらしい。
少し頬を赤らめながら、彼女はその頼み事を言う。
「私達が三人パーティーとなってからもうそこそこ経ちました。私とあなただけのパーティーというのは少ない期間でしたが、ゆんゆんがパーティーに入ってからはあまり二人っきりというのは少なくなりましたし、今度二人っきりで夜の食事にでも連れていってくださいよ」
ご飯を奢ってくれというものではなく、夜のディナーに連れていけか。
あれだけの偉業を成し遂げた割には可愛らしい頼みである。
「あのな。めぐみん。夜の食事なんて子供には早いだろう」
「……またそんなこと言って。いい加減私も怒りますよ。朝起こすときにおもいっきりダイブして起こしますからね。いつもいつも子供扱いして」
めぐみんはふてくされたような表情をする。
子供には早い。
その通りだ。
しかし俺は今回のことにめぐみんの認識を改めた。こんな小さな姿。こんな幼い姿をしていて、内面は俺よりも冷静だった。格好良かった。
ニヤリと笑って、俺は続きの言葉を告げる。
「だから大人なめぐみんにはとびっきりのご馳走を味わわせに夜に連れていくよ」
「……もう。余程美味しい食事しか許しませんからね」
彼女はふてくされた表情ながらそれでも嬉しそうに。
「わかってるって」
知り合いの冒険者に良いお店を聞いておかないといけないな。テイラー辺りはなんだかそういう経験ありそうだし、参考にさせてもらうか。
もう時間もない。
そろそろ俺も最後の作戦のために持ち場にいかなくてはならなかった。
彼女をここに置いていくのは少し心配だったが、まあ俺達よりかはここの方が随分と安全である。なんせ今から俺達はあのデストロイヤーの足のすぐ近くにいることになるのだから。
「じゃあちょっくらデストロイヤーの足ぶったぎってくる」
けど、あれだけめぐみんが格好いいところを見せたのだ。
俺も負けてられない。作戦に応えてくれたという感謝の気持ちと対抗心が湧き上がる。彼女ほどではないにしろ、俺も負けん気は強い。
めぐみんは自分で動くのも億劫そうだったが、なんとか片手だけ上げて、軽く振った。
「はい。行ってらっしゃい、ユウスケ」
デストロイヤー編も残り二話