『敵の弓矢部隊は全滅! ライトニング組は間に合わないだろうが、もしものために落とし穴組のところまで移動してくれ! こちらから確認を取っているが、弓矢部隊の補充はなし。もし動きがあれば逐一知らせる!』
ダクネスの放送を聞く限りでは、今のところ弓矢部隊の補充はされることはないようだ。
接近武器があれ以外ないとは限らないが、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
泣いても笑っても残り六分で作戦の行程が終わる。
それでも終わらなければ、その時はその時だ。やれるだけのことはやる。当たり前だ。めぐみんがあれだけの偉業を成し遂げたのだし、同じパーティーの剣士としても負けてられない。
機動要塞デストロイヤーは進行方向は変わらず、一直線に隠された落とし穴に向かっている。
六分。残された時間は短いのか、それとも長いのか。俺の奥の手。最大の攻撃に必要な時間はおおよそ三十秒。スキルに必要な時間はあるが、心の方はどうだろうか。
「ふぅー」
息を吐いて吸う。単純な緊張を和らげる行動。
肩に力が入っている。これでは十全な力を発揮できない。
俺は右の二番目の足と三番目の足を担当する。移動時間もかかるので、足と足の距離が一番短い真ん中の場所を担当するが、他の担当する人達は緊張した様子が見れる。流石にここから詳しい表情は見れないが、雰囲気から察する。
ここまでは上手くいっている。上手くいきすぎている。
よりにもよって最終段階の俺達で失敗したら、という緊張。
俺の近くにいる足を拘束する役割を持つエレメンタルマスターも強張った表情をしていた。
そんな緊迫した中で、一人プレッシャーなどなにも感じていない様子で声をかけてくる男がいる。
「君は二本の足を担当すると聞いたが、本当にできるのかい」
ミツルギキョウヤである。
魔剣の人として有名な冒険者で、俺と同じ転生者。かつて剣道の試合で戦ったことがある。
髪をパッとかきあげて余裕な仕草は、この状況で神経が通っているか怪しさを感じるが、素直に凄いと褒める箇所かもしれない。
さすがは処女相手にあれだけの調教を施しているだけのことはある。
「お前だって知っているだろう。俺達ソードマスターは最高の攻撃力を誇っているってな。大体拘束できる時間は良くて十秒。最短で五秒ってところらしい。俺は敏捷は高いし、それだけの時間があれば十分だ」
「……あのスキルを使うんだね。あれは集中にえらく時間がかかるし、間に合わないと思うんだが……まあ君ならそんなこともなんとかしてしまうんだろうな」
いや実際は間に合わない。
俺は反則、チートを使って無理矢理間に合わせるだけだ。
「それにしても、この作戦はどういうつもりで作ったのか僕に教えてほしいな」
「そんなものダクネスに聞いてくれよ。俺はある程度案を出したが、作ったのはあいつなんだから」
ということになっている。
もし作戦が成功しても俺が作ったということは、墓の中まで持って行くつもりだ。知っているのは俺は当然として、めぐみんとゆんゆんとダクネスとウィズさんだけである。
「作戦を教えてもらった人に聞いても、なんのことかさっぱりわからないんじゃないのか」
含みのある言い方。
真実を知らないはずのキョウヤがまるで真実を知っているかの口ぶり。
「お前……なんで知っているんだ。どこで聞いた」
必然、この情報が漏れているなどと思っていなかった俺は、エレメンタルマスターに聞こえないように声を抑えながら詰問する。
「いや、ただカマをかけただけだけど。やっぱりそうだったんだね」
さらりと自分は知らなかったと答える。
こいつ……。
まんまと騙された俺はというと恨みがましい目で睨み付ける。
「……お前、この前俺のことを意地悪だと言ってたけど、人のこと言えないだろう」
「意趣返しさ。僕としてはあれが偶然か故意かを聞きたいのにユウスケは隠したまま。これぐらいの仕返しをしてもアクア様も罰を当てなさらないよ」
剣道の試合でのことをいまだに気にしているらしい。
別にそこまで隠すような理由はなかったが、こうなってくると意固地になって断然秘密にしておきたくなる。
「それで。この作戦は色んな人を頼った作戦だよね。こんな作戦を作った理由を僕は聞きたいんだが」
「理由もなにも、俺一人ではできないから人を頼っただけだ。それだけのことだぞ」
少なくとも俺には爆裂魔法みたいな強力な魔法攻撃を持っているわけがない。
弓矢部隊を倒せるような遠距離攻撃も持ってないしな。悲しいことにソードマスターに使えるのは近づいて斬る。この戦法しかないのである。
話を聞きながらもキョウヤは腑に落ちない顔をしている。
「僕が言いたいのはなぜそんなに誰かの力をあてにした作戦を立てられたのかってことだよ。……怖くなかったのか。他人を作戦に組み込むことが。思い通りにいかなかったりすることが。今は上手いこといっているがそもそも能力が足りてないという可能性もあったわけだろう」
「機動要塞デストロイヤーがこちらの予想外の動きをするってことは……確かに怖かったが、能力が足りないってことは考えなかったな」
うん、考えることはなかった。
何故なら彼らの能力を知っているからだ。もちろんこの街の冒険者全員というわけではないが、それなりの人数が戦っている姿を見たことがある。
「たまに俺は他のパーティーに混ぜてもらったりしているんだけどさ。この街の冒険者がどれだけできるかを俺はわかっている。だから俺の作戦のことぐらいはできると踏んだし、心配はしてなかった」
小心者の俺だ。
なにができるかわからない相手、それも初心者と言われる冒険者にここまで重要な役割を任せられるわけがない。
実際ここは初心者のための街だが、ここの人間は本当に逞しい。多分居心地がいいせいで適正レベルを越えても外に行けない人も多いのだ。たまに滅茶苦茶レベル高いのにこの街にいる謎な男冒険者もいるが。
「能力は理解できるよ。この世界ではスキルという目に見えて実力がわかるからね。……でも君のパーティーの魔法使いの子がやった計算なんて僕らの世界の人達でもなかなかできるものではない。知力というステータスはあるけれども、そこまで高度な計算をできると踏んだ理由が僕にはわからない」
「そんなもの――あいつとパーティーを組んでいたらわかる」
天才という言葉がある。
俺も冗談交じりに言われたことがあるし、テレビや映画でもよく使われる安っぽい言葉だ。俺は生きてきた生活を殆ど剣道に捧げてきたし、それなりに努力はしてきたつもりだ。それを天才という言葉で片づけられるのが好きではなかった。
ただそれは本物を知らなかっただけのこと。
めぐみんにはそれ以外の言葉で形容するのは俺は無理だった。
俺の見てきた世界は狭く、実際の世界は広かった。なんせ異世界まであるぐらいだ。本当に広大で、天才としか言い表せない傑物もいる。
「もう一人の魔法使いであるゆんゆんほどではないにしても、俺は彼女を信頼している。あいつの能力ならできると思った。やってくれると思った。理由としては本当にそれだけだよ」
ふっと魔剣の男は笑った。
それはいつもの自信の表れではなく、羨むような響きがあると感じ取った。
「……君は本当に仲間の実力を頼りにしているんだね」
「お前も仲間はいるだろうが。名前は知らないけど、戦士っぽい女の子と盗賊っぽい女の子。あの二人のことを信頼しているんじゃないのか」
緑痴女と赤痴女だったか。
あの二人はキョウヤと担当範囲が違うので一緒ではないようだが、今も同じパーティーを組んでいるようだ。
それにキョウヤほどの腕前にルックス。仲間になりたい実力者なんて山ほどいるだろうしな。
「クレメアとフィオかい? あの二人は……僕みたいなチート持ちとはだいぶ実力に差があってね。高難易度のクエストに行くときは宿屋で待ってもらっているし。仲間としては好きだけど、頼りになるとは……」
「……それパーティーなのか? まあ他人のパーティーにとやかくは言わないが、そうだとしてもまだ三人パーティーだし、誰か一人良い人をみつければいいんじゃないか」
「僕もそう思っているんだけどね。男の冒険者は僕のことを戦力的には頼りにしてくれるけど、頑なにパーティーには入ってくれないし、女の冒険者は何人かは僕のパーティーに入りたいという子もいるんだが、クレメアとフィオが女性だけで面接すると言って実際にしたら、何故か途端に手のひら返されるんだよね。不思議なこともあるものだよ。女性の考えなんて男性としてはわからないものだね」
「お前それは……」
真面目に悩んでいる様子のキョウヤに俺は真実を話すのは躊躇われた。
多分男の冒険者はクレメアとフィオの存在を知って、入ってくれないんだろう。
俺でもわかるぐらいあの二人はキョウヤに好意を寄せているからな。そんなパーティーに男が入るなど針の筵だ。窮屈なのは目に見えている。
女性に関してはあの二人がまあ色々やっているのだろう。ライバルを増やすわけにはいかないということか。
……こいつ、もしかしてかなり天然なんだろうか。
俺は冗談でありえないだろう出来事を話す。
「いっそ俺とお前がパーティーを組んでもよかったな」
「ゾッとする話だね。僕と君がパーティーだなんて。どちらかといえば敵にならまだわかるけど」
彼は即答する。
冗談で言ってみたとしても俺も少しだけ傷つく。まあ好かれるようなことはした覚えがないから当然か。
「俺嫌われているな」
キョウヤは俺の目を見て、軽く首を振った。
そこに敵意や憎しみはない。剣道の試合、あの日で見た時の彼の瞳よりか澄んでいた。
「――いやむしろ君のことが嫌いでないからだよ」
それほど喋っていた感覚はないが、元々時間は残されていなかった。
次の作戦の準備を確認するダクネスの声が飛んでくる。
『落とし穴までデストロイヤーは三分! 全員持ち場についているよな! 初めの大きな落とし穴に落ちた後、移動して次の落とし穴の地面に足が着くのがそこから七秒。エレメンタルマスターや精霊使いは足を拘束する瞬間を間違わないでくれ!』
三分ほど喋っていたのか。
同じく放送を聞いていたキョウヤは息を吐いた。
「そろそろ僕も持ち場に戻らないといけないね。作戦について話す機会がなかったから一度僕達の番が来るまでに話しておきたかったんだ。邪魔したね」
「俺もめぐみんのあれを見て気負いすぎていたから良い感じに肩の力を抜けてよかったよ。……そういえばお前も足を二本担当すると自分で申し出たけど、大丈夫なんだろうな」
魔剣使いはふっと今度は自信満々に笑う。
髪をかきあげ、余裕の笑みを作り、グラムの柄を撫でた。
「誰に言っているんだい? 君ができるというなら僕にだってできるさ。当然だろ? それじゃあ作戦が終わったらまた会おう」
気障な台詞と格好が嫌味なぐらい似合っている。
お話の登場人物のように彼は格好をつけ、背を向けて一歩二歩と進む。
……これでそこから全力ダッシュしなければ完全に決まっていたのだが。
キョウヤが必死に持ち場に向かって走っている後姿が俺からは見える。
というかキョウヤの持ち場は反対側で結構距離があるのだから、三分ではあんなにゆっくりと歩いて間に合うわけがなかった。あいつ本当に大丈夫なのかと心配になる。……まあキョウヤなら心配はいらないだろう。
俺が心配するのは俺にすべきだ。
「本当に、皆はよく俺に二本も担当を許してくれたな」
冒険者ギルドでララティーナ事件があった後、皆が落ち着いてから足の担当をどうするかという会議があったのだが、俺は二本いけるかもしれないと言ったら、あっさりと決まってしまった。王都で活躍するキョウヤはまだしも俺の案がこう簡単に通るとは思っていなかった。
それだけソードマスターの攻撃力が別格と考えられているのだろうか。
「なんにしろ――失敗できないな!」
俺は腰に差している剣を取り出して構える。
失敗できない。
作戦を立てた張本人が言ったこともこなせないようでは話にならない。
『一分! 残り一分だ! 全員悔いなく一撃にかけろ!』
俺は精神を集中させる。
このスキルに必要なのは集中力だ。白紙のキャンパスに決められた色を順番に塗っていくように、集中して集中して色を作っていく。
力を練り上げて、意識を束ねて、一つの剣へと成す。
違う色同士を無秩序に掛け合わせると、雑な色になる。それでも構わずひたすら一つへと描き殴っていく。
汗が額から噴き出す。一秒一秒に生命力の水が蛇口から大量に流れていくのがわかる。魔法は魔力を使うが、それ以外のスキルは生命力を使うものも多い。疲れる。一秒ごとに俺は疲労する。
歯を噛む。瞬きもしないものだから目が乾いていく。剣を握り締める。まるで自分という存在を注ぎ込むように剣を強く握り締める。
未熟な俺にはまだ手に余るスキルが完成する。
準備は整った。いつでも大丈夫だ。
『デストロイヤーが穴に落ちた! カウントダウン行くぞ! 七! 六! 五!』
ソードマスターは魔法使いと違って万能とは程遠い。
遠距離攻撃なんてないし、できることといえば接近して斬る。それだけだ。近距離、中距離、遠距離とオールマイティに攻撃ができる魔法使いには正直少し嫉妬する。
『四!』
だが、誰もソードマスターを弱いなどとは言わない。
魔法使いと比べて弱いなどと聞くことはなかった。
『三!』
ソードマスター。剣を極めし者。
この剣の届く範囲なら――俺達は最強だ。そう思って俺達は剣を振う。いつだって剣士なんていうものは傲慢である。
『二!』
エンチャント系。その最果て。最終奥義。
全ての属性を同時に叩き込むスキル。それをまともに食らえば耐えられるものなど、世界中に存在しない。
『一! 着地する! 今だああああああああ!』
目の前を通り過ぎていく鉄の塊。
踏みつぶされれば一巻の終わりだったそれを俺はまったく焦る気持ちなく見送る。ここまで飛んできているということはデストロイヤーはインプットされたプログラム通り動く機械で、それなら俺の魔法使いが計算を間違うわけがない。
着地と共に振動が走る。
緩衝材を充分に敷き詰めておいたが、完全に衝撃を吸収できるわけがない。だが、こんな地面の振動。毎日爆裂魔法で味わっている。
エレメンタルマスターがスキルを唱える。
こちらからはわからないが、穴の中で足を拘束しているのだろう。時間は五秒から十秒。しかし、俺には次の足の担当がある。
だからここは一秒で終わらせる。
剣が黒く染まる。剣が黒く輝く。ブラックダイヤモンドのような怪しく魅了する危険な輝き。全ての属性で塗りつぶされたそれは――ただの黒でしかなかった。
単純明快。
そのスキルの名前は――
「――ダークライトソード!」
振う。
剣を振う。
手ごたえ――すらない。
僅かに接着されていたのを剥がすように俺の剣は、強固に作られたはずのデストロイヤーの足の中を素通りする。硬さを感じない。これだけの巨体を動かすために丈夫に作られているはずの足は、まるで空気のようだった。
ソードマスターが最も攻撃力があると言われるようになった所以。
全属性を剣一つに収束して、一瞬の内に叩き込むというソードマスターの奥の手が炸裂する。
宣言通り。
一秒にして俺は一本目の足を二つに分割した。
「……くっ!」
襲い掛かる虚脱感。
生命力を食われている。実戦で使うのは過ぎた代物なだけあって、俺が日に撃てるのは限界で二発だろう。実際に試したことがあるが、二発目の後は爆裂魔法を使っためぐみんのように倒れ込みそうになっていた。
「――接近!」
その疲労を気力で振り払い。俺は次の足の下へと駆ける。時間はほんの僅か。一息つく暇などあるわけがない。
これで二秒。
残り四秒か五秒ぐらいで同じように斬らないといけない。最大で十秒拘束できると言っていたが、最大をあてにするほど俺も楽観的ではなかった。
「一歩短縮!」
一歩でも速く。
俺はスキルを使って距離をほんの少し短縮する。
二番目から三番目の足に俺は風を切り裂いて走る。もう一発大技を使ってしまったので、休憩したいという言葉が頭に思い浮かぶが、まだ無理だ。その思いを跳ね除けて俺は走り――三番目の足に辿りつく。
四秒目。
俺は構えながら――マントの中に入れてある神器のスイッチを押した。
時間が止まる。
俺が持っているチートが発動する。この最終局面。切羽詰まった場面としても、時間停止の効果は発揮する。機動要塞デストロイヤーさえこの能力には抗えない。
「はぁ……はぁ……!」
息を必死に整える。
誰もが自分の役割に夢中な今。時間停止を使える場面はここしかないと俺は思っていた。
できることなら――時間停止してデストロイヤーの中に入って機能停止して終わりなら手っ取り早く済むのだが。機械を使って機能を停止させる信号を送るのは俺では無理にしても、動力源であるコロナタイトを抜き取れば確実に止めることができるだろうし。
神器によって止めた時間を動けるのは一人だけ。俺だけなら神器を使ってデストロイヤーに乗り込むだけならできると思う。ただ当然コロナタイトがあるのはデストロイヤーの中でも中央の場所だろうから、そこにたどり着く前に死んでしまう。
扉は全部閉まっているだろうし、中には大量のゴーレムがいるそうだから、今日が十九日で十九分間使えるとしても無理だ。倍あったとしても不可能に近いだろう。
「ふぅふぅ……。そろそろ息整ってきたか」
だからこれしかない。
三分でなんとか体をまともに動かせるまで持ち直した俺は、また集中する。
体力の回復とスキルの準備時間にまで使えるのだから俺の神器も大概チートだ。エロだけではないな。戦闘でも使える。
「あぁ……!」
必死に集中するも、なかなかスキルが上手く纏まらない。
というかめぐみんはすぐさま二発目の爆裂魔法を放てるとかマジでどんなスペックしているのか。集中するのは得意な方で、爆裂魔法より随分消費は軽いこれでも二発目は辛い。全身が湯で煮られ、脳が沸騰するような気分だ。
三十秒を軽くオーバーして一分間でようやく俺はスキルを完成させる。
時間を再開させる。時はまた動き始める。残った時間はもうあまりない。
これで五秒。
「――ダークライトソード!」
腰をひねる。手の力だけでなく、体全部を使って黒く輝く剣身をデストロイヤーの足に斬り込む。
手ごたえは――ある! あってしまう!
くっ! 試した時は問題なく発動していてわからなかったが、実際に硬いものを斬っているとわかる。明らかに先ほどの時よりも威力は弱まっている!
収束が足りていなかったのか! 疲れ? それとも緊張からくるものでミスか? わからない。……理解できることはこの一撃を逃せば後はないということだ。
六秒。
俺は感触を思い出す。
――さっき抱きしめためぐみんの感触を。
俺より二回りは小さい女性。元気で子供で、たまにとても大人っぽくなる魔法使いの女の子の感触を。あれだけ小さな体で、彼女は堂々と戦った。
なんと勇ましい。その細い足で踏ん張って、怖い気持ちを必死に抑えながらあのデストロイヤーに立ちはだかった。まるで最強の魔法使いのように俺には見えた。
……めぐみん。
めぐみんめぐみんめぐみんめぐみん!
心の中で叫ぶ。
俺の中では最強の魔法使いである彼女の名を。
めぐみん。いつかきっと本当に最強の魔法使いになるだろう彼女。俺はそんな彼女のパーティーの一員。ただ一人しかいない前衛職だ。
お前が最強の魔法使いなら――俺が最強の剣士だ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
吼える。恥も外聞もなく雄たけびを上げる。獣のように腹の底から力を取り出す。後先考えない。
――全力をここに。
スキルによる強さではない。俺の体に残るありったけの力を振り絞り、無理矢理切り裂いていく。
最初の時と違って優雅さの欠片もない。
ただの力任せの一撃。
だが、本気の一撃だ。
俺という剣士。幼いころから剣を振ってきた男の全力を賭けた醜く汚れきった――それでも自分なりには必死に努力した剣。
神様は微笑まない。俺などというクズに微笑んでくれるのは転生があった時の一度きり。あれで充分。あれだけで身に余る。気まぐれとして一回が限度だ。
だからこれは不純な動機であれ、剣を振ってきた俺の力なのだろう。
「俺もやれるもんだな……」
八秒にして俺は二本目の機動要塞デストロイヤーの足を真っ二つにした。
機動要塞デストロイヤーから少しの距離を取ってからぺたんと座り込んでしまう。
ごっそりと生命力を奪われている。大きな怪物に生命力を丸ごと齧られたような気分だ。
「ぐふぅ! かはぁ!」
息が上手くできなくて咳き込む。
苦しい。何百メートルも全力疾走したみたいだ。
いきなり実践で使用するにはやはり無茶があった。
しかし、ソードマスターの攻撃力は飛びぬけているし、キョウヤやゆんゆんなどを除いた他の足は複数で当たるとしても、俺が二本担当をしなければ作戦の遂行は厳しかった。なんせアクセルの街にいる魔法使いの殆どが弓矢部隊相手に使われている。
予想外のことは起こったが、大言だけ吐いて失敗するということにはならなくてよかった。
作戦は成功した。
俺だけでなく他の冒険者達もしっかりと仕事をこなしてくれたらしい。
デストロイヤーはその巨体の腹を地面につけて前に進む気配はない。
足は根本近くから切り取られ、最早ひっくり返った亀と相違なかった。移動能力は完全に奪った。これでは決して今までのように村を、街を、国を潰すことはできないだろう。
しかし、俺達はいまだ兵器から視線をそらすことはできなかった。
作戦は思い通りにいき、魔法障壁を潰し、足を斬り落としたとしても、まだなにかあるかと予想して動けないでいた。
予想だけではない。
俺の勘も告げている。
――これで終わりではないと。
むしろ今までより危機を感じるぐらいだ。首の後ろ辺りがビリビリと電気が走っているようだ。不味い。なにが起きているのかわからないが、とにかく不味い。
その予感に応えるように――機動要塞デストロイヤーから女性の声がする。機械で合成されたような無機質な声が流れる。
『本兵器の熱量排出機能が停止間近です。コロナタイトによる熱量を消費できません。コロナタイトによる熱量を消費しきれません。警告です。警告です。今すぐ退避してください。緊急事態マニュアルに則り、B1からD5までの扉を自動開放します。A1からA3、E1からG6までの扉は機密上、安全上、開放できないので職員カードによる開放をお願いします。搭乗者はただちに緊急事態マニュアルに則り退避してください』
けたたましいサイレン音と共にアナウンスされる。
それはいますぐ逃げろという警告だった。
『コロナタイトによる熱量が排出できません。限界値まで残り三十五分三十六秒。搭乗者の退路時間確保のためにコロナタイトの熱量を一時停止を要求。長期間稼働によりコロナタイトの熱量操作受付不可。コロナタイト爆発直後、零コンマ五秒で本兵器も過剰熱量により自爆します。搭乗者はただちに緊急事態マニュアルに則り退避してください。これは訓練ではありません』
何度も警告が流れ続ける。
……この後、どんなことが起こるかと予想はしていたが、まさか自爆とは。
宝珠とも呼ばれるコロナタイトの爆発とデストロイヤーの自爆の合わせ技。おそらく街一つは吹っ飛ぶに違いない。
ここまで頑張ったにしてはあまりにも悲惨な結末。
最後に微笑んだのは死神だった。
俺は他の足を担当していた冒険者の様子を伺う。
冒険者もそれぞれ渾身の一撃を放った後だ。疲れていないはずがない。辛いわけがない。
それなのに――誰一人として諦めていなかった。
「……自爆か。俺はてっきりもっと恐ろしい姿に変形すると思ってたけどな」
「僕なんて人型兵器になるかとワクワクしてたのによ。自爆とは芸がないよね。せめて浮いてビームを乱射するぐらいはして欲しかったよ」
「天災だっけ? 最後の最後でそれとはたいしたことねぇよな」
「どっちにしろまだ終わっていない、か。よくわからねえけどコロナタイトとかいう石を外せばいいんだな。てめえらガッポリ稼いで疲れ果てて今日は良い夢見ようぜ! 豪勢に姉妹丼の夢とか見てぇな!」
まったく心は折れていなかった。
見ててわかる強がりだが誰一人として諦めていない。
あらかじめわかっていた。機動要塞デストロイヤーがこれぐらいで終わらないことを。
ただ最初のような絶望感はない。どうしようもならないという絶望感は渦巻いていない。自爆なんていうのはただの悪あがきにすぎない。絶対負けるという感覚は俺達にはもうなかった。
「なら――俺も行かないと」
剣を杖にして疲労した体でなんとか立ち上がる。
剣に頼って立ち上がるなんて、まるで映画の主人公のようでちょっと笑ってしまう。
俺が普段やっていることは悪役で、主人公などはとてもではないが無理だが、今日だけは見せかけだけでも主人公振ろう。悪役を倒す主人公のつもりで立ち上がろう。
絶望的な状況で、なおも前に進んでいこう。
「……それにしても、俺の心配性にもほどがあるな。自分でも嫌になる」
なにが新しい足を出すだ。なにが飛ぶだ。
なにが――底は見ていないだよ。
「機動要塞デストロイヤー。お前の底は俺が思っているより浅かった」
俺は疲労が溜まった体なのも忘れて睨み付ける。
機動要塞デストロイヤー。
誰もが勝ったことがない相手。長きにわたる無敗の王者。
しかし、剣道でいうならもう一本を取ったのも同然で俺達は勝利間近。今更卑怯な手で引き分けに持ち込まれてたまるものか!
冒険者全員がデストロイヤーに駆けていく。ちっぽけな人間があれだけ強大な敵に臆することなく駆けていく。
それがどれほど心強いか
遥か昔から続く人間と兵器の戦い。それにようやく終止符が打たれる。
機動要塞デストロイヤーとの決着は――近い。
明日か明後日デストロイヤー編最終話更新