※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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二十二話

 

 

 機動要塞デストロイヤーの内部は廃墟じみている。

 外見は遠くから見ると古ぼけた感じはしないが、それでも作られてから随分時間が経っている。内部に苔や錆びがあるのは当然だった。

 

 これでも機能性にはまったく影響が出てないのだから、それはもう大した科学者だったのだろう。俺の予想が正しければろくに整備されていないにも関わらず、この大きさの機械が長い間動いているだなんて常識外れにもほどがある。チートの意味を改めて思い知らされる。

 

 俺とゆんゆんはデストロイヤー内部を走っている。

 制御できるならこちらから制御してなんとかするか、もしくは動力源であるコロナタイトを外すためである。爆発までそこまで時間はない。

 

 俺とゆんゆんしかいないのは、他の冒険者から少し遅れたからだ。

 ウィズさんも流石に爆裂魔法の後に強い攻撃魔法を撃ったので限界が来た。意識が朦朧として気絶しかけていたので、木の影に隠れるように置いてきた。ちょっと透明化してたし、あのままではばれかねない。

 

 ダクネスは一目散に機動要塞デストロイヤーに突っ込もうとしていたが、俺がめぐみんを連れて逃げるように頼んだ。

 もしものことがあってもめぐみんだけは生きていてほしいし、ダクネスが死ねば俺達がなにをしたのかも伝える人はいない。ただダクネス本人は絶対めぐみんを避難させたら私も参戦すると豪語していたけど。……もしかしたら爆発してもダクネスだけは生き残る可能性はある。あいつの硬さ尋常ではないからな。

 

 先行した冒険者達によって破られた扉や壊れたゴーレムなどを見かける。

 特にゴーレム相手にキョウヤは大活躍のようだ。一振りで壊された跡がある。二本の足も宣言通り壊したようだし、やはりあいつは別格である。

 デストロイヤーの正面部分から中に入った冒険者達は破竹の勢いで進んでいるようだが、扉とゴーレムの邪魔はかなり時間を食っているようだ。ちらほらと冒険者の姿を見えるようになる。色んな扉の中を見ては違うと叫んでいる。

 

 俺達もようやく最前線近くにまで追いついたようだ。

 

 それにしても、大体は普通のゴーレムなのだが、たまに趣味が入っているような形の壊れたゴーレムを見かけるのは何なんだろう。

 今までは既に倒されたゴーレムばかりと出くわしていたが、最前線に近くなってきたので俺達も稼働しているゴーレムと出会う。

 

 それもそのゴーレムは俺の見たことがあるものだった。

 

「もしやガン――」

「ライトニング! ライトニング! ライトニング! ライトニング――!」

 

 指を差してその名称を呼ぼうとする前に、四連発中級魔法によって一瞬にして頭と左腕を消し飛ばされる。

 剣を振り上げながら立ち止まるそのゴーレムには、格好良さを感じる。詫び寂びだ。

 前々からそうではないかと思ってたがやはりこれを作ったやつは日本人だわ。

 

 鮮やかすぎる一方的な殲滅の様子に、俺はゆんゆんを心配する。

 

「ゆんゆん。少し気合い入りすぎじゃないか!」

「でもここで気合いを入れないとどこで気合いをいれるんですか! めぐみんとユウスケさんがあれだけ活躍したんだもの! 私だってこれぐらいできるんです!」

 

 鼻息荒く答える。

 これだけ興奮した彼女の姿を見るのは、めぐみんとのやり取り以外では初めてだ。

 

「やる気があるのはいいけど、無理してはダメだぞ」

「……ユウスケさんの方が無理しているじゃないですか」

「……うっ!?」

 

 それを言われたらどうしようもない。

 二回のあのスキル使用は俺としても限界が近かった。あれから一度時間停止を使って五分ほど休憩することで、無理をすれば軽く走れるぐらいにはなったが、生命力は尽きかけている。

 今でも気を緩めれば瞼が落ちそうな気配があった。

 

「だから! 私が頑張らなきゃ! 同じパーティーメンバーなんだから私だってできます!」

 

 覚悟は強く、俺には止めることができない。

 でも止められないなりにも言わなければならないことがある。

 

「俺達がコロナタイトを止めないといけないというわけではないんだ。ここにいる冒険者全員で止めればいい。あまりにも無茶しすぎるなら引っ張ってでも脱出するからな」

 

 注意したのに隣を走っている俺の顔を見て、ゆんゆんは嬉しそうな表情をする。

 

「ユウスケさんって……たまにすごく私達に甘いですよね。特にめぐみんにですけど」

「同じだよ。同じ。めぐみんとゆんゆん。どちらにもパーティーメンバーとしての当たり前の気づかいだ」

「くすっ。……そういうことにしておきますね。――ライトニング!」

 

 そこからはゆんゆん無双だった。

 雷が飛んでゴーレムが弾ける。雷が飛んでゴーレムが弾ける。雷雷が飛んでゴーレムが弾ける。

 

 この繰り返しだ。

 たまに雷が外れると壁に大きな穴が開く。足はあれだけの強度だったのに、脆い壁だな。

 

 彼女もまた優れた魔法使いである。めぐみんの派手さに惑わされるが、戦闘での有能さという意味では彼女は並外れている。一点突破であるめぐみんより上だ。

 上級魔法さえ覚えたゆんゆんは完全に一流の魔法使いの域にいる。最強になるだろう魔法使いがめぐみんだとすれば、彼女は魔法使いとしては理想形だった。

 

 しかし、この巨体だと中身はまるで迷路みたいになっている。どこかに案内掲示板でもつけとけという話である。

 

 何人もの冒険者を抜かす。段々と見かける人も少なくなっている。俺らが最前線を突っ走っているようだ。

 ゆんゆんが自信満々に走っているのについていっているが、この道で本当に合っているのだろうか。……駄目だ。疲れからかどうも頭が働かない。

 

「えーと、今右に曲がったので、中央に行くには左曲がらないといけないかな。もうすぐ中央につくと思います!」

 

 ここに初めてきたはずなのに、ゆんゆんは確信を持って断言した。

 案内掲示板が貼ってあるということはなかったし、もしかして推測したのか。

 

「お前辿ってきた道全部覚えているのか!?」

「大体ですけどね。デストロイヤーの大きさから考えたらそろそろつく頃です。めぐみんには負けますが、一応これでも紅魔の里で私も成績優秀者なんですから」

 

 そういえば、そんな話聞いたな。

 

「ユウスケさんはめぐみんのことばかり見てますけど。同じ仲間なんですし……もう少し私のことも相手してくださいね」

 

 恥ずかし気に微笑みかけてくるゆんゆんに俺はああと頷いて返す。

 めぐみんはああいう性格なので俺もグイグイいけるが、ゆんゆんは引っ込み思案なところもあるので、俺から話しかけることは少なかった。

 これが終わればいっそ三人で旅行でも行くのもいいのかもしれない。温泉旅行なんて疲れた体にはぴったりだ。

 

 ゆんゆんも魔法を連発したせいか、肩で息をしているようだ。これ以上彼女に無茶をさせるわけにはいかないが、俺達はとうとう目的地らしき場所にたどり着いた。

 

「あの奥っぽいけど……あそこを守っているゴーレムは他とは違うな」

 

 大きな扉を守っているゴーレムがじろりとこちらを見る。

 守護神のように立ちはだかるそれは、他のゴーレムと格が違う雰囲気がする。大きなヘルメットみたいなものを被って巨大な剣と盾を持つゴーレムは、今の俺では絶対に勝てそうにない。

 

「これは……他の冒険者がくるまで待つ――ってゆんゆん!」

「邪魔です! ライトオブセイバー!」

 

 止まることなく駆けるゆんゆんは、接近しながら上級魔法を放ってゴーレムを光の剣で扉ごと切り刻む。

 

 ここのボスっぽい雰囲気だったゴーレムは瞬殺された。

 登場して一瞬である。鉄製でできた防護帽がガタンと地面に落ちて転がっていくのは哀愁すら感じ取れる。

 

「ここで正解みたいです! 早く来てください!」

「お、おう。今行く」

 

 こわっ! ゆんゆんこわっ!

 おっとりとした本気で怒ることがない優しい女の子だと思っていたが、こういう一面もあるのか。普段本気で怒らない分、もしかしたら怒っためぐみんより怒ったゆんゆんのが怖いのかもしれない……。

 

 中に入ると、様々な機械が並んでいる。ここだけSFの世界みたいな錯誤感。俺がいた世界よりも進んでいる光景。大量の本や資料が地面に散らばっており、コロナタイトが繋がれた機械と……白骨があった。

 

「今まで人は見なかったですし、この人だけが搭乗者なのかな」

「多分そうなんだろうな。開発研究者が乗っ取ったという伝聞があったけど、この白骨がその人か。アンデッド化している気配はやはりないみたいだ。この機械はあらかじめ決められた通り動いているというのは正しかったか」

 

 普通の女の子なら騒ぐかもしれないが、白骨化した死体を見てもゆんゆんは驚きもしなかった。この世界の人間は案外死が軽く訪れるし、そこまで騒ぐこともないのかもしれない。

 俺もあまりに綺麗な白骨すぎてどうも死体の感覚がない。理科教室の人体模型に見える。

 

 とりあえず目的地の場所にたどり着いたのでなにかしらできないかと、俺とゆんゆんは周囲を見渡す。

 

「機械が幾つかありますけど、これどう動かせばいいのかさっぱりです! 人体や計算には強い紅魔族ですが、ここまで高度な機械ですと流石に私では……」

「それはそうだ。これをいきなり操作しろなんて無茶だわ。めぐみんでも無理だろう」

 

 同じ日本人が作った機械だが俺もまったくわからない。

 明らかにこの時代に存在してはおかしいオーバースペックだ。時間があればめぐみんやゆんゆんなら使い方を習得できるだろうが、そんな時間存在しているわけがない。

 

「ゆんゆんはコロナタイトを見てくれ! まだ爆発しそうにないなら他の冒険者を呼びに行こう! 無理そうなら、俺達で解決するしかない! 俺はこの部屋で他になにがあるかざっと調べてみる」

「わかりました! ああもう! 私がテレポートを使えれば一発で済む話なのに! どうしてテレポートを習得しておかなかったの私! 馬鹿馬鹿! 過去の私の馬鹿! ……ユウスケさん。おそらくこれ、後十分ぐらいでボンっとなってしまいそうに私は見える気が――」

 

 コロナタイトの様子を見に行っている隙に俺は時間を止める。

 

 時間停止していられるのもコロナタイトが爆発する時間と同じく十分しかないか……。

 

 俺は本が地面に乱雑に散らばっている中、一番上に放り投げたように置かれている本を取ってパラパラと捲る。

 それは日記だった。

 転生者が日本語で自分がなぜ機動要塞デストロイヤーを作り、この兵器が暴走したかの理由が書かれてあった。

 

「はぁ?」

 

 思わず俺は本の内容について怪訝な声を発した。

 それほどどうしようもない理由だった。

 

「え。こんな理由で俺達死にそうな目に合ってるの? ……もうなんだろう。なんなの。うわ、初めてこんな気持ち。頭痛いわ」

 

 ただでさえ疲れているのにこんなパンチのある内容を見せられるとショックで倒れそうになる。

 簡潔に説明するなら、上司の無茶振りと本人がムシャクシャしたのと僅かな設計ミスでこの兵器は暴走し、世界中を荒らしまわった。

 

「……あれだな。無茶ぶりってよくないね……」

 

 でもまあ大きな事件が起こる理由なんてこんな些細な出来事が理由なのかもしれない。

 どちらにせよこの本には解決策は載っていない。例えどこかに載っていたとしても操作してこの機動要塞デストロイヤーを止めるのは難易度が高い。……やはりコロナタイトをどうにかする方が話が早い。

 

 それはわかっていた。

 今の時間停止の理由としては体力の回復と思考を纏めたいからだ。

 

 本当ならゆんゆんが言うようにテレポートが出来たら解決する。

 しかしウィズさんが魔力切れなのはこの際命がかかっているからドレインタッチでどうにかしてもらおうとしても、今は木陰で気絶している。

 ゆんゆんの推測が正しいなら十分程度で爆発する。冒険者は全員デストロイヤー内で暴れている。ウィズさんが気絶から起きているか起こしたとしても、十分でテレポートが必要な魔力を確保するのは難しい。爆裂魔法を除けば最も魔力が必要な魔法だからな。

 魔法使いを何人か残しとけばよかったと今更ながら思うも、その魔法使い達にどう説明すればいいか悩むし、疲れた頭ではそこまで考えが回らなかった。

 

「くそ!」

 

 結局解決策なんて一つしかなかった。

 本来ならもっと良い解決策があるかもしれないが、俺の疲労して時間がない頭では一つしか浮かばない。

 

 嫌だ。

 嫌だと思うのに、俺はスイッチを押していた。――もう覚悟は決まっていた。

 考え込んでいる時間はない。

 はは、ったく、時間を停止できる俺が時間がないだなんて皮肉なものだ。

 

「ゆんゆん! 今すぐありったけの魔力で外壁まで貫通できる魔法を準備してくれ!」

「いきなりどうしたんですか! それにこの外壁までとなるとかなりの距離がありますし、間に壁も沢山ありますよ」

「ライトニングが当たった箇所が大穴が開いていたのを見た限り、この壁はそこまで硬くない。元々魔法への耐性なんて考えてないんだろうな。外にあれだけの魔法障壁があるんだ。当然のコストダウンだな」

「そう言われると思い返してみたらかなり脆い気が……もしかしてですけど、ユウスケさん。コロナタイトを外まで運ぶつもりなんですか! 無茶ですよ!」

 

 確かに無茶だ。

 走ってコロナタイト石を運ぶだなんて無茶にもほどがある。馬鹿丸出し。そんな馬鹿なこと俺ぐらいしか考えつかないだろう。

 

「……頼むよ」

 

 それでもこれしか思いつかなかったのだ。

 俺だってしたくない。けど、しなくてはならない。

 

 ゆんゆんに真摯に頼み込む。彼女はこういうのに弱いのを知っていて、卑怯な俺は使った。

 それでも思うところがあるのか一瞬悩むも、解決策を思い浮かばなかったのか、ゆんゆんは唇をグッと噛んで、俺の瞳を見て、力強く頷いた。

 

「……わかりました! 間違いなく外壁まで私が撃ちぬきます。あなたの道は私が作ります!」

「ありがとう!」

 

 そういう他ない。

 彼女は魔力を極限にまで溜めていた。今までの道も彼女が作ってくれたようなものだ。あれだけ無双してくれた彼女は残り少ないだろう魔力を限界まで高める。

 迸る魔力は爆裂魔法を撃つめぐみんを思い出させる。

 普段は表情がコロコロ崩れることがある彼女の瞳は、何物にも負けない強さがあった。紅の瞳が興奮によって光る。彼女は戦乙女のような綺麗さと苛烈さを併せ持っていた。

 

 俺はというと、扉の外に転がっているヘルメットを取って、コロナタイトの前にまで行く。

 熱い。

 本当に熱い。

 

 コロナタイトに近づくと、太陽がそこにある錯覚に襲われる。素手で持って行くなどは明らかに不可能だった。

 

「フレイムソード」

 

 俺はそんな熱さにも負けないように剣を同じく赤に光らせる。

 威力を上昇させ、コロナタイトを囲む格子を斬って露出させる。

 そして俺は剣の先をコロナタイトに引っ付ける。熱によってぐにゃりと剣は曲がる。しかし条件は満たした。剣が触れていればあのスキルが使える。

 

「……フローズンソード」

 

 コロナタイトを凍らせる。

 凍った伝説の宝珠を取り出して、俺はヘルメットの中に入れ、いつも着ているマントで手を巻いてからそのヘルメットを持った。

 

『コロナタイトの取り外しを確認。コロナタイトの取り外しを確認。自爆の可能性は微少に変更。もし自爆が希望ならばもう一度取り付けをしてください』

「誰が付けるかよ!」

 

 俺は叫びながらヘルメットを運ぶ。

 これで自爆の心配はいらなくなった。後はもうすぐ爆発するだろうこれの処分だけだ。

 

 ゆんゆんを見ると、そこには魔力を溜め切った魔法使いの姿があった。既に準備はできているといった風だ。

 

「俺達が入ってきた方向と逆の方向。機動要塞デストロイヤーの背後から抜ける。そこなら人もいないだろうしな!」

「ここ辺りですね」

「ああ、頼むゆんゆん!」

 

 こちらを向いて微笑む。

 既に彼女の瞳は泣いているようだった。

 

「……絶対に。絶対に無茶だけはしないでくださいね。私はユウスケさんの葬式なんて行きたくないですよ。私、折角のケーキを食べられないぐらい泣いちゃうんだから。だから、絶対に帰ってきてください! 約束です約束ですよ! ……貫いて私の雷。ユウスケさんの道を作って! ――カースド・ライトニング!」

 

 貫通力のある黒い稲妻が飛び放つ。

 押しに弱く、他人と話すのを怯える。けれど、その嘘偽りなき綺麗な心と真っ直ぐとした性格のように稲妻が突き進む。止められるものなどいない。

 

 遠くに弱い光が見える。――ああ、あれはきっと外だ。

 

 俺の無茶を実現させてくれる二人の魔法使いの内の一人は、杖を頼りになんとか立っているといった様子だった。

 

「……私には、これだけしか、めぐみんのようにはいかないけど……後はお願いします」

「充分すぎるよ。お前は俺の理想とする魔法使いだ! 後は任せろ!」

「その言葉は……すごくうれしいな……」

 

 魔力を空にまで使い果たしたゆんゆんは崩れ落ちる。

 

 俺はそれを見向きもしない。彼女の覚悟は受け取った。だから、なによりも速く俺は進む。

 コロナタイト石をヘルメットから落とさないように注意しながら、俺はゆんゆんが作ってくれた道を疾走する。

 途中、壁に引っかかった剣が折れる。熱で随分脆くなっていたのだろう。根元近くからぽっきりと折れていた。これでは小動物すら倒すことができない。

 

「丁度いい!」

 

 しかし、今の状況には都合が良かった。

 条件さえ揃えばスキルは発動できる。俺は片手にヘルメット。片手に折れた剣を持ちながら、その折れた剣で凍ったコロナタイトに触れる。

 

「フローズンソード!」

 

 持ち運びがしやすくなった分、むしろ良いように働いている。

 でも危険だ。

 このコロナタイトは予想以上にヤバい代物だ。

 俺のスキルでは抑えきれない。さすがはあの機動要塞デストロイヤーをこれ一つで動かしていただけはある。

 いやそもそもこれはスキルで抑えられるようなものではない。程なくしてなんのスキルも受け付けず爆発するだろう。できれば魔法使いの人達と協力して安全な場所まで運びたかったが、それも無理だ。

 

 直線に走っただけあって、来た時間よりも大幅に短く俺は外壁までたどり着くことができた。

 

「コロナタイトを落とすのだけは止めろよ!」

 

 自分に言い聞かせながら、片腕でしっかりとヘルメットを抱きしめて俺は宙へと出た。

 

「アースソード!」

 

 もう殆どない剣の刃を硬くして、機動要塞デストロイヤーの外壁を剣で削りながら速度を落として俺は下まで降りる。

 着地した途端、肩になにか重たいものが乗っかったような錯覚がする。

 おそらくそれは疲労だ。ダークライトソードを二回。休憩も挟んだし、ここにくるまでゆんゆんに助けてもらったが、それでも限界だ。

 

 本来ならこれを誰かに託して俺は休みたい。

 でも俺はこの重荷を捨てられないでいた。俺一人で行くしかない。

 

「行け! 行け!」

 

 自分を叱咤して走りだす。

 ある場所を目指して俺は足を動かす。孤独にこのいつ爆発するかもわからない時限爆弾を、誰も被害にあわないように持ち運ばなければならない。

 改めて俺の置かれている状況を考えると心が折れそうになる。ただの冒険者には重すぎる。臆病で小心者な俺には辛すぎる。

 

 その時、聞くはずのない声を聞いた。

 余裕がないにもかかわらず反射的に顔だけそちらの方向を見てしまう。

 

「……ユウスケ」

 

 聞こえる距離ではないはずなのに俺にはそんなめぐみんの声が聞こえた。

 ダクネスの肩に乗せられ、運ばれるめぐみんが小さく見える。

 何故まだこんなところにとも思うが、おそらくここから離れたくないと散々駄々をこねたのだと一瞬で思いついてしまって、なんだかおかしくなる。それは非常にめぐみんらしい。

 

 だから俺は走りながら頬を緩ませ、彼女を安心させるために、

 

「――心配するな」

 

 そう機動要塞デストロイヤーの襲来を告げる時にビビって言えなかった言葉を形にした。

 

 聞こえない距離? でも俺にめぐみんの声が聞こえたのだから、届いているさ。

 必ず、届いている。

 もう視線はぶれることはない。

 

 俺は森の中。

 ある一つの目的地にめがけて走っている。

 

 あの地図を思い出す。

 爆裂魔法を撃っていい箇所として警察から貰った地図に書かれてある赤い点。冬に何度も通ったことがあるめぐみんが爆裂魔法を撃つ場所。

 ――アクセルの街から近いもう使われていない大きな湖。

 

 俺が目指す場所はそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 痛みがある。

 森の中を疾走する俺は痛みを感じていた。本来ならこの距離程度楽勝だというのに、極度の疲労と今も続けているスキルの使用で体が痛覚によって限界を知らせてきた。

 

「フローズンソード」

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 最早棒と化した足をひたすら動かして俺は大きな湖まで急ぐ。

 良かった。めぐみんと冬も毎日爆裂魔法の練習に付き合っていて。道を完全に覚えている。

 良かった。めぐみんと出会った日からあいつを抱っこして運び続けていて。何かを運ぶのは得意になった。

 

 走るごとに景色が変わる。だが、それは見慣れた景色だ。いつもあの魔法使いと通った景色だ。

 春になって木にも葉が付き、小動物も走っている。ここであんな話をしたな。ここでこんな話をしたなと思いながら俺は走る。走るしかない。

 

「は! はぁ! はっ! かは!」

 

 心臓が痛い。脇腹が鈍器で殴られたようだ。剣道の練習でもここまで大変だったことはない。三日も走らされているようなどうしようもない体の限界。

 

 ああ、辛い。やめてしまいたい。

 俺だって死にたくない。一体、どうしてこんなことをしているのか。

 

「ハァ! はっ! はひ! はぁ!」

 

 時間停止最中でも俺のすぐ傍にある物は動いてしまう。時間を停止しながらこれを運ぶなんていうズルはできない。そもそもそれほど停止できる時間も残っていない。四分程度だ。

 ……けど、いますぐここに置いて逃げれば俺は助かるかもしれない。一度死んだ。だからって死になれているわけではないんだ。生きたい。生きたいよ!

 

 ああそれなら、なんで爆裂魔法で危険度が高いめぐみんと俺は組んだのだろう?

 

「……ふろーずん……そーど」

 

 どうしてか景色が悪くなる。もし転んだりでもしたら不味いと思うも、その理由はすぐわかった。

 俺は泣いているのだ。

 

「……あ……ぁ」

 

 体が先に参ってしまっている。降参してしまった。一歩も動きたくないと叫んでいる。それに俺も従いたい。なのに、俺は意思でそれをねじ伏せる。

 耳まで聞こえなくなった。極度の疲労で聴覚が麻痺してしまっている。なにも聞こえない。聞こえないのは集中できるからいいけど、俺はフローズンソードのスキルをちゃんと唱えられているのだろうか。

 

 息が吸えない。

 あれだけ生活の中で当然にやってきたことができなくなっている。

 呼吸ができないならスキルも唱えられなくなってしまう。だから俺は必死に空気を肺に取り込むとする。

 

 空気が足りないと脳が働かない。

 思考もぼやける。意識が朦朧とする。ただ行き慣れた道を。通った感覚を頼りに俺は走る。

 

 考えが纏まらない。混濁する。ぐちゃぐちゃと脳みそがかき回される。現実と妄想の垣根が薄まる。

 そのせいかどうでもいい過去のことを思い出す。これが走馬灯だろうか?

 

 ――幼い頃、俺は普通の少年だった。

 それが違うということに気付いたのは九歳の頃だ。その歳にして俺は性欲が強かった。何故か可愛い女の子に誰彼構わずエロいことがしたかった。何もかも放り投げて俺はエロいことがしたかったのだ。

 何故しなかったといえば、俺には既に家族がいたし、友人がいた。家族はなによりも大事なものだったし、友人と会話をすることは掛け替えのないものだった。俺はもう大切なものを持っていたのだ。

 幼い俺でもわかった。俺がその衝動に負ければそういう大切なものを捨ててしまわなければいけないことに。

 

 だから俺はエロいことを拾わないことにした。

 

 拾わなければ、味を知らなければ、我慢ができる。

 押さえつけ、今ある大切なものだけを抱え、生きていくことにしたのだ。

 親孝行して、剣道を真面目にして、友達と馬鹿みたいに喋って、エロいことなんてまったく興味ありませんよという振りをして生きていくことを決めた。

 

 でもそういうものだろう。

 人はだれであれ自分のなにかしらの部分を押さえつけて生きていく。俺はその押さえつけているのが反吐が出るような最低のものだったという話なだけだ。

 

 それが狂ったのは、二度目の人生を迎えることになった時である。

 

 時間停止なんていうチートを貰い、次こそは悔いのない人生を送ろうと思った。

 

 だから俺はこうやって大好きなものをすべて抱きしめて走る。自分では持ちきれない大事なものを抱えて走り続ける――例えいつか何もかもが溢れ落ちようとも、それまでは走ろう。

 ああ。街も街の皆も自分の家も、関わってきた全てのものを持つために俺はこうやって死の塊を運ぼう。誰のためでもない。自分だけのために。

 

 ……気づけば、湖に俺は来ていた。涙も止まり、俺は湖のことを見ることができていた。

 

 役目を終えた剣を地面に落としてしまう。

 やはり途中からスキルを唱えられていなかったからか、コロナタイトは既に氷は殆どなくむき出しに近い状態だった。赤く脈動するそれは今すぐ爆発してもおかしくない。熱さで金属と手が張り付いてないのは、マントを途中で挟んでいるおかげだった。

 

「――――っ!」

 

 叫んだつもりだが、声にはならなかったと思う。

 野球選手になった気分で俺は全力で遠くまでヘルメットごとコロナタイトを投げ捨て、手に巻いてあるマントの中の――神器のスイッチを押す。

 

 時間停止。よし、後は限界まで逃げるだけだと振り返ってみたら、俺の視界は地面を見ていた。草や土の茶色が目に映る。

 

 あれっ、なんで? どうして地面がここに?

 ……ああ――つまりそういうことなのか。

 

 当たり前の話だった。

 限界なんてとっくに越えていた。

 走り始めた時点で俺の限界は越えていて、今までそれを騙してなんとか動いていただけだ。その代償はすぐにでも払わなくてはいけない。

 

 急激に意識を失いかけるが、俺は這ってその湖から少しでも離れようとする。

 これぽっちの距離を進むごとに一時間以上かかったみたいな感覚。俺の体内時計は完全に壊れてしまっている。

 他から見たら亀のような遅さだろう。惨めにもほどがあるだろう。

 俺はそれを自覚しながらもなんとかして生きようと這いずって進む。

 

 聴覚を失い、体の制御もろくにできない。そんな体で俺は帰ろうと。自分たちが買った家に帰ろうと進む。居心地の良い家だ。本当に良い場所を買った。あそこで休みたい。客間のソファーに座ってめぐみんやゆんゆんと馬鹿みたいな話をして、笑いたい。楽しいな。楽しかったな。なんて――楽しい時間だったのだろう。

 

 また――視界が変わる。

 ぐるんぐるんと視界が回転する。縦に横に回転する。

 

 洗濯機の中に閉じ込められて回されているみたいだ。海流に呑み込まれたかのように俺は存在する場所を見失う。

 こんな時だというのに俺の中で冷静な部分が、多分時間停止が解けて、コロナタイトが爆発した爆風で飛ばされているのだろうと俺は思った。爆発慣れした俺だからこそわかることである。

 

 木にぶつかって、ようやく俺は止まった。後頭部に木が接触していて、木によりかかってるみたいな体勢になっているらしい。

 最早ろくに体の感覚はしないが、視界に入ってある限りでは、どうやら体が欠けているということはないようだ。

 

 運が良い。もしかしたらこんな俺にもう一度アクア様が微笑んでくれのかもしれない。

 

 雨が降っている。

 いや、爆発した際に吹き飛んだ湖の水だろうか。

 大規模な爆発を肩代わりしてくれた湖の水は、上空へと打ち上げられ、俺の頭に降ってきて、顔を流れ、口の中に入ってくる。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、回復する。

 だから俺はこう言った。

 

「……やったな、俺」

 

 言った直後に違和感があった。

 言葉が間違っている。これはどう考えてもおかしい。まるで俺だけがやったみたいではないか。

 正確にはこうだ。

 

「……やったな。俺達」

 

 これが正しい。

 機動要塞デストロイヤーの相手なんて俺にできるわけもなく、ただ踏みつぶされるだけだった。それが今こうして退治できたのは、皆のお陰だった。

 

 彼らがいてようやく勝てた戦いだった。 

 

 ゆんゆんがいなければ勝てなかった。一つの足を潰して誰よりも早く制御室を見つけ、俺の道を作ってくれた。いつも本当に頼りにしてる。

 ダクネスがいなければ勝てなかった。俺の作戦を素直に信じて、自分の家柄までかけてあれだけの演説をしてくれる貴族なんてお前しかない。

 ウィズさんがいなければ勝てなかった。結界と一つの足を潰すなんて流石はリッチー。嫌だと言っても無料で提供したポーション代押し付けてやる。

 ミツルギキョウヤがいなければ勝てなかった。俺があれだけ必死にやった足を簡単に二本破壊するなんて凄い。悔しいが自信を持っているだけのことはある。

 皆がいなければ勝てなかった。冒険者ギルドの職員や冒険者がいなければこれだけの作戦を実行することはできなかった。深く感謝を。

 遥か昔の犠牲者がいなければ勝てなかった。結局のところ、こんなに詳細な記録をしてくれた彼らの執念の勝ちだ。昔、確かに彼らは負けたが、今この時彼らは勝者になった。

 めぐみんがいなければ勝てなかった。彼女の功績など語るまでもない。ただきっと最後まで俺が捨てられなかったのは、走り続けることができたのはあの魔法使いのおかげだ。

 

 眠たくなる。

 この世界に来た夜の時みたいだ。猛烈な眠気に勝てなくてあの時は寝てしまった。

 風呂に入ったりとやることがあるのに、その眠気に負けてしまった。

 

「……寝ても、いいよな」

 

 しかし、今はもう憂うことはなにもない。俺が寝ても責める人もいないし、俺も責めることはない。あの夜のように瞼を閉じて、意識を遮断させよう。

 

 次に目を開ける時はどんな光景が待っているだろう。できれば笑顔がいい。めぐみんやゆんゆんの笑顔でも見れれば最高だ。人を不幸にすることしかできないクズな俺にも誰かの笑顔を見て喜べる気持ちは残っている。

 ……そうだな。夜の食事の予定も立てなければならない。あいつに文句を言われないような最高の食事にしないと。次に起きたらやることは山積みだ。

 

 そのことを楽しみにしながら俺は意識を闇に落としていく。

 

 最後に。

 ただ一人のことを思い浮かべて。

 

 ――勝ったよめぐみん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一章デストロイヤー編終了
一章はキャラ紹介みたいなもので、二章からは本番を解禁してキャラの関係にも変化が加わります
ただ二章のためにプロットの見直しと書き溜めをさせてほしく、次の更新まで少々時間を貰うことになります。申し訳ありません
お気に入り、感想、評価、読んで下さる皆様に感謝の言葉を

では二章でお会いしましょう
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