机に向かって黙々とペン先を乾いた布で拭く。
先ほどまで水に濡らしていたペン先が錆びないように、拭き残しがなくなるまでしっかりだ。既に年代物なペンだが、手入れさえ欠かさなければまだ何年も使えるだろう。
これでペンの手入れは終わった。
次は財布である。
茶色の皮の財布。めぐみんからはおっさん臭いですよ、などと言われたが、俺は味があると思う。こういう財布が似合う男は格好いい。前の持ち主。大商人は、これが似合う男だったのだろうか?
「服を見た限りでは、少なくとも太ってはなさそうだけどな」
薄く満遍なく、クリームを塗っていく。あまりにベタベタつけると逆に痛みを早めるので、あくまで薄く伸ばしていく。
財布の手入れをしている俺は、もう体の調子はどこも悪くなかった。
機動要塞デストロイヤー。アクセルの街に突如降ってわいた災害は、もう九日前のことになる。
デストロイヤー討伐後。たった九日間だが、様々なことがあった。
キョウヤはデストロイヤー退治の二日後には、王都にデュラハンが出たとかで急いで王都に行った。実力のある有名人は忙しい。
ウィズさんは金が大量に入って、どういう用途に使うか不明なものを買い込んでいた。……一度、なんでそんなに使い道のない道具を買い込むのか聞いてみよう。
めぐみんは特に変わらずで、ゆんゆんは俺の看病をしてくれていたが、ある程度治るとなにやらウィズさんに頼んでモンスター退治をしているみたいである。
そのため、ゆんゆんは手伝ってもらっている代価として使い道がないような魔法道具を購入して持ち帰ってくる。ゆんゆんの部屋にいらない魔法道具が増えていく。
ダクネスはもうなんといっていいか、とにかく大変である。
デストロイヤーの様々な処理。家名の評判は益々うなぎ登りだし、ダクネスは見合いやらパーティーやらにひっきりなしに呼ばれるらしい。それにアクセルの街では、デストロイヤー退治の日をララティーナ記念日にする動きがあって、それを妨害していたりと忙しない。
ちなみにララティーナ記念日には蜘蛛型の木製人形を作り、それを燃やしながら囲んだ人達がララティーナと拳を突き上げ叫ぶ日になる予定らしい。……いつかアクセルの街にララティーナ像でも作られそうだな。
機動要塞デストロイヤー。
俺の同郷の人間が作った兵器は、ダスティネス家と冒険者ギルドの上層部が話し合った結果、中にあった研究資料などは全部焼却となった。デストロイヤーの中にあった精密機械なども全部潰して、外見だけが残っている鉄くずとなった。
これでもうこの世界でデストロイヤーの猛威が振るわれることはないだろう。
近々デストロイヤーを邪魔にならないように正門前から退けて、観光資源にしようという案が持ち上がっているのだから……もう本当にこの世界の住人は逞しい。
俺はというと、気絶した後、起きてみたらボキボキに左足が折れていた。最後の方は殆ど体の感覚がなかったから、コロナタイト石を投げた時に踏ん張りすぎたせいのようだ。コロナタイトを投げてすぐ倒れたのも生命力が尽きていたのもあるが、怪我の影響もあったのだろう。
感覚がなければ、体の調整が利かないのは恐ろしい。まあそのおかげで俺が爆発に巻き込まれない距離の遠投ができたのだから良しとすべきか。
ただその怪我自体は回復魔法ですぐ治ったのだが、生命力が尽き果てているのは不味かった。
死ぬ一歩手前なぐらいの衰弱っぷりで、何日かの休養を余儀なくされ、ようやくモンスター相手にしても大丈夫なほどの完全回復を果たしたというわけだ。
しかし、本当に命の危機だった。
「……今回は危なかった。真面目に、危なかった。こんなことに出会うなんて異世界は恐ろしいな。……まあでも、こんなこと宝くじに当たるぐらいの確率か。ははは、滅多にあるものじゃない」
どんな危機だろうと終わってしまえば大したことではないと笑い飛ばせる。
もうこんなことはないだろうと高を括った俺は、財布の手入れをすませた。
今俺が手入れをしている年季が入った道具は俺が買ったものではない。貰ったものだ。――それもダクネスに。
机の引き出しを開けると、同じくダクネスから譲られたホイッスルみたいな形をした笛がある。
ただの笛にしか見えないこれは、音も出ない。けれど前々から俺が欲しがっていたものだ。
「まさかこんなに早く手に入ってしまうなんてな。長期戦どころか諦めることも想定してたのに。日頃の行いは、むしろ悪いはずなんだけどな」
なんの変哲もないその笛は神器である。
名をヒュプノスの笛。催眠術のような効果を持つチート。前々からできれば欲しいなと思っていた神器だ。
この前忙しい中来てくれたダクネスに、良い機会だからと、あの大商人は俺と同郷の人間みたいで、遺品を少し見てみたいなと軽く言ったら、なんと貰ってしまった。
なんでも元々大商人から、欲しがる者がいて、ダスティネス家の人間が信頼した相手になら譲ってあげてくれという遺言があったらしい。
「信頼って……俺から一番遠い言葉だろうに」
お前ならば、とダクネスから貰った信頼はひどく重たく感じた。
かつてこの世界に来たチート持ちである彼は、なにを思ったか知らないが、実際に功績を残した。この力を使って世界を豊かにした。その足跡だけは残っている。
彼が何を考えていたのか、その胸の裡はわからない。
「一回だけでも話してみたかったかな……」
できないことを言う。まあそれならこの神器は手に入らないのだが、それでも構わないぐらいには夢のようなことだ。
遺品は当然この神器だけではなく、ペンや財布や本、そして服などもある。
本は本棚に。ペンと財布は俺が大事に使わせてもらうとして、服は流石にサイズが違うから着れないので、時折陰干しをして長く保存するつもりだ。俺が生きている内は続けようと思っている。
神器の方も使い方は大体わかった。
完ぺきとはいえないが、ある程度の制約と効果は把握できた。
ここ何日か例の宿屋のおじさんの下に足しげく通い、試したのだ。この力は人間相手でないと効果を発揮しないからな。
「そういや俺。時間停止の神器もあのおじさんが最初に試した人間だよな」
実験した日は宿屋の高い料理を頼んでいたが、これからも機を見ては食べに行こうと心に決める。
実験してみた結果としては、キョウヤが言ってたように随分スペックは落ちていた。本人またはその人に連なる血を持つ者にしか本領を発揮しないというのは事実だった。……とはいえ、まったく使えないということもない。
その神器を駆使するのとデストロイヤー戦での報酬の幾らかを使うことにより――ある薬を手に入れることができたのだから。
「もう時間か」
まだ昼前だが、情報屋から連絡が来たので近くの町まで行かなくてはならない。
もしかして遺跡が見つかったのだろうか。
それなら成功報酬を渡さないといけないが――長年世界中を荒らしまくっていたデストロイヤーの賞金は膨大で、作戦に参加した冒険者全員に分けられても一人当たり千六百万エリスとなった。職員もボーナスが出たみたいで、ほくほく顔である。
めぐみんが気にしていたマナタイト石のお金も貰うどころか二百万エリスの上乗せをしてもらった。俺としては全員が全員頑張ったのだから俺達だけ贔屓してもらうのは違うと思うのだが、貰えるものは貰っておきましょうというめぐみんに押し切られた。
実際めぐみんとゆんゆんはデストロイヤー戦では欠かせない役どころだったしな。見舞いに来たウィズさんに頼んで王都から五百万エリスのマナタイト石は取り寄せてもらっている。もうお金は払っているので、明後日ぐらいに着くらしいから、暇な時にでも取りに行こう。
とにかく遺跡が見つかってたとしても、成功報酬を渡せる充分な額があるのは確かである。
「夜にはパーティーもあるし早めに帰ってこないと」
今日は忙しくなりそうだ。
なんと俺の全快祝いに冒険者がちょっとしたパーティーを開いてくれるらしい。
仲間と知り合いの何人かによる大きなものではないが、滅茶苦茶嬉しい。
といっても、機動要塞デストロイヤーの報酬を冒険者が貰った後のアクセルの街は、そこら中の酒場で宴会だらけになっているらしいし、今回のパーティーも騒ぎ足りなくて俺の快復にかこつけたものなんだろうが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。
充分な金額を財布の中に入れ、マントを羽織る。いつもの時計を左側。新しく加わった笛を右側のマントの内ポケットの中にいれる。神器を二つも持っているだなんて反則だなと思う。
剣は当然いらないので持って行く必要はないが、腰元がすかすかなのは落ち着かない。
コロナタイトの時に剣は溶けた挙句折れたからな。拾ってきてもらった剣の残骸は俺の手元にあるが、ほぼ柄しかない剣を差して歩くわけにはいかない。
「明日にでも買いにいくか」
そう決めて俺は自分の部屋から出る。
最近ゆんゆんはウィズさんと一緒にどこかに行くとかで家にいないことが多いが、今日はめぐみんも昼過ぎから街に出るらしい。
戸締りはしっかりしてくれよとめぐみんに声をかけてから、俺は情報屋が待つ近くの街に急ぐのだった。
夕方である。
ほくほく顔で俺はパーティーをすると言われていた場所に足を運んでいた。
前回のは痒くなったので、違う髪染めを使って茶髪にしていたから頭も痒くなく元気一杯である。
……あの人は本当に優秀だ。
持っていたお金は成功報酬として惜しげもなく払わさせてもらった。
俺はウキウキとした気分で約束していた店の扉を開ける。
酒というものはとにかく人のテンションを上げる。その酒を盛大に振る舞われているだけあって、中の賑わいは凄い。喧騒に殴られたような感覚がする。
その喧騒を作っている一角。見覚えのある面子の一人が立ち上がって手を振る。
「おう。ユウスケ。こっちだこっち! 皆今日の主役のお出ましだ」
「時間にちょっと遅れたかな。悪い」
「そんなことないぜ。時間は……約束五分前だな。俺達は先に用事があって集まってたからよ。用事が早く済んだおかげで時間より早目にこっちに来てやっているってわけ」
テイラーリーダーのいつもの四人パーティー。
アーチャーであるキースがこっちに来いよと手招きしてくれている。
「さあさあ。今日の主役は早く座ってよ。ここの料理美味しいんだからね」
ポニーテールの赤毛魔法使いであるリーンに腕を取られて、俺は空いている席に連れられる。
「……なあ、リーン」
「なに。このカエルの唐揚げなんて絶品なんだよ。フカヒレスープなんてすごい奮発でしょ」
俺は空いている席を指を差して嫌な顔をする。
「主役の俺をここに座らせる気なのか?」
「んー……」
腕を持ったまま目線を逸らす。
「がぶがぶ。何が気にいらないのですか。私の隣の席ですよ。いつからユウスケは私の隣でも満足できないほど贅沢になりましたか。あむあむ」
「食べながら喋るのは行儀悪いぞ」
唐揚げを鷲掴みで食べていためぐみんは注意されると、黙って唐揚げを食べるのに熱中する。……普通食べるのを止めるところでは?
めぐみんは空いている席の右隣。そしてゆんゆんはそんなめぐみんの右隣に座っている。ゆんゆんは今日も朝からモンスター退治をしていたらしくなにやら疲れている様子だった。
「お前の隣は良いけどさ。反対側がこれだし、正面があれじゃないか」
めぐみんの隣なのは不服を言うわけがない。
だが、それ以外の面子の様子があまりにもあれすぎるのである。
「なにおー。私の隣が不服と言うのキミ!」
「あああ!? お前こっちが祝ってやるって言っているのにその態度はなんだ!」
「……だって、二人とも泥酔間近ぐらい酔ってるじゃん」
隣にいるクリスと正面にいるダストは完全に出来上がっていた。
顔は真っ赤で、目はとろんとしており、頭が小刻みに揺れている。酔っ払いの兆候がありありと見える。これでは前門の虎後門の狼だ。挟み撃ちにされて食われてしまう。
「じゃあ、ユウスケも楽しんでね! 私もあっちで楽しんでくるから」
「え? 俺主役だよね! 今日の主役に一番大変な席に座らせる気かよ!」
必死の叫びに頑張ってねと軽い返事をしたリーンは、少し離れた自分の席に戻っていく。緑のマントから出ている狸のような尻尾がふりふりと振っていた。
俺のお祝いだよな……。
なんでお祝いに酔っ払い二人の相手をしなければならないのかと思うも、渋々俺はその空いている席に座る。
右の席を座っているめぐみんは、ジュースを飲みながら食事のお手が止まっているゆんゆんに声をかける。
「ゆんゆんはお金払うのですから元取るぐらい食べないと損ですよ。最近ウィズさんと出かけてますけどなにをしているのですか」
「疲れていてあまりお腹に入らないのよ。ウィズさんには……テレポートで迷宮に連れていってもらってモンスター退治を手伝ってもらっているわ。覚えたいスキルがあるの」
「迷宮!? そこは強いモンスターが出てくるのですか!」
「紅魔の里周辺並みのモンスターばかりよ。そんなのがわんさか湧いているんだから。魔法耐性が高くて大変で……って先に言っておくけど絶対連れていかないからね!」
「ゆんゆんのケチ」
「めぐみんの爆裂魔法なんか撃ったら迷宮が崩壊するでしょ!」
「わかってます。それはわかっていますが、迷宮はロマンですからね。ドキドキハラハラが詰まった夢物語。……うう、爆裂魔法を取ったことに欠片も後悔していませんが、羨ましい気持ちはあります」
新スキルか。
ゆんゆんがモンスター退治に出かけていくのはそのためなのか。ただでさえ万能なのに更に使えるスキル増やす気なのかよ。
俺はこれ以上覚えたいスキルは特にないんだよな。しいて言えば反撃ともう一つのスキルぐらいか。予想外にフローズンソードは使えるし、接近と共にスキルポイントを注ぐのもありだな。
俺は今後の自分の戦闘方法を考えながらも腹が減っているのは確かだし、スプーンを持ってスープを飲もうとする。
「聞いて。キミ聞いてよ!」
そこに酒飲みから横やりを入れられる。
嫌な顔をしないように気を付けながらも、俺はスプーンを下して尋ねる。
「……少し食べてからでいい?」
「ありがと。聞いてくれるんだね。優しい好きになっちゃう! もー驚いたよ。あたしの驚きわかってくれるかな!」
「全然俺の話聞いてないんだな……」
酔っぱらいという存在は無敵だ。
その酔っ払いに捕まった俺は観念してこの身を投げ出すしかない。
「機動要塞デストロイヤー。あのデストロイヤーが襲撃だよ。あたしが話を聞いたときは驚いたよ。思わず倒れそうになったね。なんといっても今まで倒したことがない兵器。まるでチートなんだから」
そこまで言って彼女は酒をまた腹の中に収める。
チート? その単語は転生者へのアクア様からの贈り物のことを思い出させるが、まあ酒飲みの話をまともに聞かなくていいだろう。
「ごくごく。……んっぷ。でもデストロイヤーだろうが、この街が壊されるなんてダクネスが黙っているわけなかったよね」
「それはまあ。あいつは一人でも突貫していただろう」
彼女は誰よりも街を愛している。
誰もが逃げてもあの貴族だけはデストロイヤーに立ちはだかっただろう。
「そうならなくてほんとーに良かったよ。何やらあのダクネスが作戦立てて大活躍したんだよね。今日も祝いのパーティーに来られないぐらいそのことで忙しいらしいし。街の皆も英雄ララティーナとか呼んじゃっているし」
「あいつは恥ずかしがるけどさ、呼ばれてもおかしくないほどの活躍はしていたよ。皆を纏めてデストロイヤーに立ち向かった姿は、まさにお話の英雄って感じだった」
「……うんうん。あの友達のいなかった子がね……。奥手で友達できなかったあの子が皆を纏めて、か。立派になっちゃったな」
クリスは感慨深そうに何度も頷いていた。
またあの視線だ。彼女は時折母親のような視線でダクネスのことを見ている。
しかし、そんな母性のような表情を見せていたのは一瞬だ。
ドン! と険しい顔でコップをテーブルに叩きつける。
「そんな大事な時に、あたしはまさかのいないっていうね! 親友の一大事に忙しくしていたお馬鹿さんだよ!」
「……あー、確かにいなかったな」
「ユウスケ忘れてた!? もしかしてあたしがいないの忘れてたの!?」
「そ、そそそんなことないよ! 覚えてた! 頼りになるクリスがいないのは心細かったとも!」
だって、あの時は俺も切羽詰まりすぎていたんだもの。
クリスのことを思い出す暇さえなかったというか、最後意識を失う前もクリスのことは一切名前出していなかったな。
それが理由で荒れているらしいクリスは、グイーと酒を飲みほす。
「しょうがないじゃん! あたしもアクセルの街を離れたくなかったよ! でも頼んで仕事を代わってもらうのも限界があるし、春頃はただでさえ肌荒れするぐらい忙しいんだから! 春に焦ってモンスター退治する冒険者は……気の毒だから何も言わないけど、そんな時に来るデストロイヤーがわるいよ!」
「今回の事件は誰も予想つかないことだし、クリスのせいじゃないよ。デストロイヤーが悪い」
「わかっているねユウスケ! その通りだよデストロイヤーがわるい!」
言っている意味はさっぱりわからないが、酔っ払いの返答なんて相槌を打っておけばいい。この世界に来てから一番身に着いたのは酔っ払いの対応かもしれない。冒険者はよく酒飲むからな。
「でも、そんなこと言うユウスケも活躍したって聞いたよ」
ヒートアップしていたクリスは急に落ち着いて喋りだす。この脈絡のなさが酔っている人の言動である。
「え、誰から?」
「ゆんゆんから。私の仲間が凄いんだって。四十分ぐらい聞かされたよ」
じろりとそちらの方を見ると、めぐみんと喋っていてこちらを向いているゆんゆんの視線が、明後日の方向にすーと動いた。
いやいや、四十分って。長時間すぎるだろう。えっ、そんなにも話すことある?
「俺の活躍なんて些細なことだよ。ダクネスとめぐみんがMVPで、その次にウィズさんとゆんゆん。そこら辺の遥か後方かな」
クリスは俺の肩を拳で軽くポンポンと叩く。
「またまたー。謙遜? 冒険者はね。――自分のしたことに誇りを持つのものですよ。ユウスケさんは頑張ったのですから、それは胸を張って誇っていいのですよ。……うん! あたしは頑張った! と言っても罰は当たらないんじゃない」
「途中口調が変になっているぞ。そろそろ酒もやめといた方がいいんじゃないか」
凄いことをしたという風には思えない。
俺のやったことはよくいっても詐欺師みたいなものだからな。確率の低い作戦を口で実行させるようにして、後コロナタイトを運んだのはその尻ぬぐいみたいなものだ。
決して褒められるようなことはしていない。
「コロナタイトを運ぶだなんて今思っても正気の沙汰じゃないしな。上手くいったものの一歩間違えればどうなっていたやら……」
「――まったく馬鹿みたいなことしやがって」
悪態を吐いたのは、ずっと酒を飲み続けていたダストである。
コップを置いて俺を睨み付ける。
チンピラのような風貌をしているダストは、チンピラのように俺に因縁をつけてくる。
「馬鹿間抜けだよな。コロナタイトを持って走るとか。アホのような発想だ。知力ゼロじゃねえのか」
「……俺も良い案だと思ってはいないが、あの時はそうする他なかったんだよ」
「そうする他なかっただって。はっ、それしか思いつくような頭がなかったの間違いだろうが」
ペッと唾を吐く真似をするダストに俺は睨み返す。
カッとなる。本気で怒ったわけではないが、イラッと来てしまったのは自然だろう。
「いくらなんでも言い過ぎだろう。酒の席だって程度はあるぞ」
「こわーい。もしかしたら僕チンもコロナタイトみたいに運ばれてしまうのかなー」
「お前の頭はコロナタイトより小さいだろうから。運ぶの楽だろうな。――なんといっても脳みそが少ない」
「あっ!? なんて言ったてめえ!」
「馬鹿という方が馬鹿って言ったんだ!」
どちらも椅子から立ち上って睨みつける。
酒の席だというのに俺達は一触即発だった。
そんな中、クリスは隣で眠りかけている。ダストの仲間のテイラー達はいつものことかと気にせず酒を飲んでいる。刃物さえ持ちださなければじゃれ合いみたいなものだといった素振りだ。
「まあまあ。ユウスケのお祝いに喧嘩することもないですよ。落ち着いてください。……というか、ダストも一体どうしたのですか。私のユウスケにそこまで突っかかって」
めぐみんがすかさず仲裁に入る。ゆんゆんは突然の事態に驚いて固まっている。
ガラは悪いが、決して悪いやつ……いや悪いやつではある。
俺に負けず劣らずのクズがダストだ。この街のクズのツートップ、領主も入れればスリートップの一人である彼だが、そんなクズだとしても今日のダストはおかしい。
ダストは睨んだ顔を下げる。
「だってよ。……だってよ!」
体を震わせながら絞り出す声は、涙が滲んでいるように感じられた。
「俺はあの貴族のせいで危険なことになるわ! それで塞ぎこんでいたらデストロイヤー戦に参加できないわ! 皆が自分の功績を褒めたたえているのに俺だけ仲間外れだぞ! 金もないしパーティーに参加できないし。あれっ、お前なにしてたっけ? 逃げたの? ダストらしいなとか言われてたんだぞ! 他のなんにでも逃げる俺だが、このアクセルの街、あの店の危機に逃げるかっていうの!」
「誠に! 誠に! 申し訳ありませんでしたあああああああああああああ!」
俺はテーブルに平伏して謝罪する。
デストロイヤー戦に参加しなかった冒険者は隣にいるクリスだけではなかった。正面にいるダストも参加できなかったのだ。
「俺の気持ちがわかるか! ララティーナ凄いララティーナ凄い。お前なにしてたの? と言われる俺の気持ちがよぉ!」
「マジですまん! この通りだ。あれに関しては俺が悪い。今日のお前の代金は俺が奢るから!」
心を込めて謝罪するしかなかった。
彼がデストロイヤー戦に参加できなかった理由は、かなりの部分で俺が関係しているのだ。
クイクイっとめぐみんに袖を引っ張られる。
「……何が二人の間にあったんですか。物凄く気になるのですが」
「それはちょっと俺の口からは言えない……」
言えるはずもない。
あの事件。ある意味デストロイヤー襲撃よりも闇が深いあの事件のことを、俺とダストとリーン以外に知られるわけにはいかない。
貴族の女性ダストへのラブレター事件。
デストロイヤー戦の前にリーンと貴族が話しているのに興味を持ってしまったのがいけなかった。
リーンが持っていた手紙が悪夢の始まり。勘違いした俺はダスト宛という貴族からの手紙をいち早くダストの下に届けてしまった。
貴族の女性からの手紙ということで盛り上がった俺達二人は、文面の通りワイルドな格好をダストにさせて、その貴族がいるという宿屋の二階に送り出した。
貴族の女性が恥ずかしがって、兄か弟がその手紙を持ってきたと俺は勝手に思っていた。――まさかその貴族の男が手紙を出した張本人だなんて……。
薔薇を口に咥えて、胸元を開けっぱなしのワイルドスタイルのダストは貴族の男からすれば最高の獲物だった。ポトリと薔薇は落ちたのだ。
こればっかりは早合点した俺が百パーセント悪く、平謝りするしかなった。
「当たり前だ! 春になったばかりだし全然金持ってないんだからな!」
それは飲むわ。むしろ俺のお金で浴びるほど酒を飲んでくれ。
あんなに強烈な事件だったというのに、デストロイヤー戦があったせいで完全に忘れていた。
「今度、いや明日でも何か埋め合わせをするから!」
「モンスター退治でも手伝ってくれるのか? そんなはした金で俺が満足するとでも? リーン達は私達お金持ちだから二度目の冬眠に入るーとか言いやがってよ! 冒険者なのに冒険にも行かねえ! くそう俺も冬みたいにダラダラゴロゴロしててえ!」
「一攫千金か。うーん……」
病み上がりの体だ。機動要塞デストロイヤーを倒したばかりだというのに、命の危機があるようなモンスター退治には行きたくないんだよな。
そもそも命の危機に出くわすとか真っ平ごめんだ。俺は本来臆病で、ある程度の安全は確保しておきたい。例外的行動であって、コロナタイト運ぶなんていうのは元々するわけがない蛮勇である。
俺は頭を悩ませる。
思い浮かぶのは先ほど情報屋と話していた遺跡、そしてゆんゆんの口から出てきたウィズさんと行っているという迷宮だ。
そういえば、あんな噂あったな。
「キールのダンジョンって知っているよな」
「初心者向けのダンジョンだろ。この街の冒険者なら誰でも知っている」
「そうだ。リッチーがかつて作ったというダンジョン。あのダンジョンの噂なんだけど。リッチーのダンジョンにしては今まで出てきた宝の数が少ない。まだあのダンジョンには財宝が眠っているんじゃないかという噂だ」
遥か昔にリッチーが王国を相手に戦ったという話。そのリッチーが作ったのが、キールのダンジョンと今は名づけられている初心者向けダンジョンである。
色々情報収集している時に聞いた話で、嘘か本当かはわからないが、この近くで危険をおかさず一攫千金を狙える話はこれぐらいだろう。
ダストも先ほどまでの恨み節も忘れて、真剣に検討する。
「ふーん。あそこならここから近いし、無駄足になってもそこまで苦じゃないな。お前の勘は大したものだし、案外あっさりみつけてしまうということもありえるか。……そのダンジョンには俺とお前で行くのか? さっき言ったけどリーン達は頼りにならないぞ」
「ダンジョンだし、盗賊が必要だろう。丁度盗賊は隣にいるしな。なぁ、クリス。こんなところで寝るなよ。キールのダンジョンに明日ついてきてくれるか?」
「ふにゃ……うん。うん行くから。……行くので先輩はそんなに袖引っ張らないでください……。服やぶけます……」
眠っているクリスを揺すりながら尋ねると、寝言が返ってくる。
今日はもうダメそうだな。仕方がないし俺達の家にまでおんぶで運ぶしかないか。クリスも酒に弱いわけではないのだが、そこまで強くもないんだよな。
テイラーパーティーは全滅なので、俺は自分の仲間に質問する。
「ゆんゆんは明日どう? 空いている?」
「ごめんなさい。私、明日からウィズさんと遠出の約束をしていて。自分から頼み込んだものだから流石に破るわけにもいかないんです。三日後には帰ってくると思うのですが……」
「いや、こっちからの突然のお願いだから気にしないでくれ。めぐみんはどうだ?」
「えっ!? 私ですか!?」
絶対にお呼びの声がかからないと思っていたのか、ひどく驚いた様子である。
正気を疑うかのようにめぐみんは疑問の声を飛ばす。
「私ですよ……。爆裂魔法しか使えない私ですよ? 向こうまでの荷物持ちぐらいなら可能ですが、自分でいうのもなんですけどダンジョンで役立ちません。なにを思って私に来いというのですか」
「そうですよ! 洞窟内のめぐみんなんてむしろ邪魔です。いつ爆裂魔法使うかわからない危険物ですよ!」
「……最近私の恐ろしさをゆんゆんは忘れているみたいですね。前にも言ったと思いますが、真実だろうが言ってはいけないこともあるのですよ」
「うっ、ごめんなさい」
一睨みしためぐみんに素直にゆんゆんは謝罪する。
確かに彼女が持っているスキルは一つだけだが、彼女が役立つのはそのスキルだけというわけではない。
「もしものために爆裂魔法は事前に撃ってもらって使えなくすればいいし……真実かはわからないがダンジョンを作ったのがリッチーだからな。めぐみんは優秀な魔法使いだし、リッチーの考えもわかるかもしれないだろう? もし本当に財宝があるなら、お前がいたら何かしら良い着眼点をくれるかもしれない」
「ま、まあ、確かに私ほどの魔法使いなら同じく深淵を覗いただろうリッチーのことをわかるかもしれませんね。そこまでいうなら優秀な、優秀な魔法使いであるこの私めぐみんが参加しようじゃないか!」
ちょろい。
めぐみんちょろいぜ。
実際俺が説明した理由がめぐみんがダンジョンに来てほしい目的でもあるが、その奥には更にもう一つの目的を隠してある。
布石だ。二人への布石である。
「話は纏まったようだな。クリスはどうなるかわからないが、お前らは来てくれるってことでいいんだよな。日時はお前が言ってたように明日でいいか? よっしゃー。稼ぐぜ!」
「――ああ。……いやちょっと待ってくれ」
ダンジョンに入ることにあたって大事なものを持っていないことに気付いた。
ダンジョンはアンデッドやスケルトンが多いので聖水を買うのは当然としても、今俺の腰元は軽かった。
「は? どうした?」
「実は今、剣を持ってなくてな。行く前に新しい剣を用意しないといけないんだ」
「ほほーう」
なにやらおかしな声をめぐみんはあげる。
顔を見るとニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。気づけばダストと眠っているクリス以外はそんな感じだ。
「な、なんだよお前ら。普通に怖いんだが」
「いえ、別にー。剣がないとはお困りですね」
「まあ俺は剣士だからな。剣がない俺とかろくに戦うことができないだろう」
ソードマスターのスキルは剣を主体としたものが多い。
接近や一歩短縮や小デコイなんかはなくても使えるが、剣を持っている時でなければ使えない条件のスキルが殆どだ。
「では、ゆんゆん。手筈通りに」
「わかったよめぐみん! ユウスケさんごめんなさいね」
パチンとめぐみんが指を鳴らすと、ゆんゆんは俺の背後に回る。
そして後ろから両手で目隠しされる。
説明もなしにいきなりだ。わけがわからず俺は尋ねる。
「なんだ? どうした? どういうつもりだよゆんゆん」
「しー、ですよ。ジッとしてください。めぐみん! ユウスケさんの耳も塞いだ方がいいの?」
「まあついでに塞いでおいてください」
「ええと、両手は塞がっているからどうしたら……そうだ! こうやればいいんだ。ユウスケさん。ちょっと不快かもしれませんが、我慢してくださいね」
突然ゆんゆんはその豊かなおっぱいを後頭部に押し付けてくる。
むにゅっという擬音語が聞こえてくる錯覚がするほどのたわわなものが頭に当たっている。
なにこれ!? どういうサービス!?
ギュッギュッと巨乳が押しつぶされるぐらい強く当てるものだから、俺の顔の前で腕を回して、腕で目を手で耳を塞いでいるのなんてまったく気にならない。
不快どころか最高のサービスである。
状況が把握できず固まっていると、めぐみんの声がする。ゆんゆんは耳を塞いでいるつもりだろうが、手で覆い隠す程度ではどうしたって声が聞こえなくなるまではいかない。
「ゆんゆん。私達より先に何故にエロい贈り物をしているのですか」
「し、してないよ!」
腕が離される。
後頭部の柔らかくも重量感がある感触も離れていくのは残念ではある。
こうした理由を聞こうと俺はめぐみんの方を見ると、彼女はものを差し出していた。
「はい。これがあなたの新しい剣です」
そこにあったのは大剣だ。
彼女の小さな手の上にあるものは、一振りの大剣である。
「……新しい剣って、もしかしてこれプレゼントか」
俺はひどく驚いて、おそるおそるその剣を受け取る。
前のより少し重たいだろうか。手にずしりと来る感覚は頼もしさを感じる。
俺の周囲には冒険者が集まっていて、その誰もが照れ臭そうに笑っていた。
「ユウスケはこの前のデストロイヤー戦で剣をダメにしてしまいましたからね。これを皆のカンパで注文して、今日できあがったんですよ。私とゆんゆんは皆より多めに出しましたし、存分に感謝してください」
「恩着せがましいよ! ……ユウスケさん。アダマンタイトも混ぜているらしいので、単純に硬いですし腐食なんかにも強いらしいですよ。いつも私達を守ってくれてありがとうございます。……ただあの時みたいな無茶はしないでくださいね」
めぐみんとゆんゆん。
俺の仲間である二人がにこやかな笑みでそう言ってくれる。
キースはいつもよりも髪の毛で顔を隠すようにしながら、リーンはニコッと明るい笑みだった。
「俺もあの時にデストロイヤー内部にいたからな。あのまま爆発すれば死んでた。気持ち程度で悪いが出させてもらったぞ。ララティーナお嬢様も金出してくれてたぜ。そこのダストは出さなかったが」
「まあ私もそんなに出したわけではないよ。でも、デストロイヤー戦に参戦していないクリスも出したんだから私が出さないわけにはいかないよね。そこの金髪男は出してないけど」
嬉しさで感極まることなんてあるのか。
俺はというと少し泣きそうだった。しかし、こんな場所で大人の男が泣くわけにもいかないし、グッと堪える。
俺は一人一人の顔を見渡した後、頭を深々と下げて感謝の言葉を述べる。
「ありがとう。――ダスト以外!」
「だから俺は金がないって言っているだろう!?」
机を叩いて突っ込む金髪冒険者。
冗談冗談とそんな彼を落ち着かせる。俺としてもこんなプレゼントを貰って恥ずかしくて照れ臭くなってしまったのだ。
照れ隠しとしてダストを使ってしまった。
「……いや、本気で嬉しいよ。こんなに嬉しい贈り物を貰ったのは初めてかもしれない。皆ありがとうな」
改めて感謝の言葉を口にしてしまう。
それだけ嬉しかった。皆からの贈り物というのが特に嬉しい点だった。もちろん先ほどのゆんゆんのエロい贈り物も嬉しかったのだが。
「これでいつもみたいに私を守ってくれればそれでいいですよ」
「めぐみんめぐみん。そういう時は私達と言ってよね」
「頼りになる前衛がいるってのはアーチャーとかには楽だからな。また組んだ時にも楽させてくれよ」
「俺のみたいな魔剣とまではいかないが、精々その剣で頑張れ」
「……いや、ダスト。なに金出した側にちゃっかり回っているのよ。あんたはびた一文出してないでしょ」
「俺にも恩着せるようなこと言わせてくれよ!」
ワイワイガヤガヤと皆がそれぞれ喋りだす。
俺はというと少しテーブルから離れた壁際のところに移動する。
誰も座っていないテーブルの椅子を持ってきて、そこに腰を落ち着ける。
それは何故かというと、贈り物として貰った剣身の部分が見たいからだ。流石に食事をするテーブル近くでやるわけにはいかない。
当然、鞘から全部抜き取るということはしないが、僅かに鞘から抜き出すと光沢が表れる。
剣の良し悪しなんてまったくわからない。しかし、皆からの贈り物と考えると途轍もなく良いものとして見えてくる。
「気にいりましたか?」
「ん、めぐみんか。気にいらないわけがない。まさかこんなことをしてくれるとは想像もしていなかった」
めぐみんも自分の席から離れて、こちらに来たようだ。
俺の反応が気になったのだろうか。文句なしに嬉しいプレゼントだ。
「それなら良かったです。ゆんゆんがクリスに私達の活躍を話している最中に思いついたものですが、結構お金は集まりましたよ。コロナタイトの感謝の表れというのもあるのですが、単純に皆お金の余裕がありましたからね」
「切羽詰まっている人になにかやられてもこっちとしても辛いしな。結局俺は俺のためにやったことだけど、こんなことしてくれるならまたやってもいいな」
「この男。……ゆんゆんがどれだけ心配していたか。私もちょっとは心配しましたし」
「冗談だよ。俺としてもあんなのはこりごりだ。……改めて死にたくないんだなと思い知らされた」
「人なんて呆気なく死んで、余程の幸運と金を持っていないとそれで終わりなんですからね。多くても二度の人生。コロナタイトの爆破で死ぬというのは終わりに相応しい派手な死に方ですが……終わりにするのは早いですよ。まだまだ私達の活躍は続くのですから。そうしてくださいね」
この世界は危険に溢れている。
俺がいた世界では世界中を見渡せばそうでもないかもしれないが、日本では誰かに殺されるなんてのは極僅かだ。モンスターという危険性には、今後も俺は付き合っていくことになるが、できるだけその危険性は減らして生きたい。
カチンと剣を鞘に完全に納める。帰ったら寝る前に素振りして、剣を手に馴染ませないといけないな。
「ユウスケ。なんだかあなた……」
めぐみんは突然顔を近づける。
そして、俺の臭いを犬のように嗅ぐ。
「くんくん……くんくん」
「なにしてんの……もしかして臭い? 風呂はちゃんと入っているはずなんだが。はずじゃないわ。ちゃんと入っている」
突然の奇行に驚きながらも、俺も自分の腕の臭いを嗅ぐが、別に臭いわけではなかった。
でも、自分の臭いはあまり気にならないものだからな。他人からしたら我慢できないものかもしれない。
彼女は俺の顔から胸、そして股間付近まで顔を近づけて臭いを嗅いでいたらと思えば、俺の右胸辺りで顔を止めた。
「臭いというより魔力の流れですかね。元々ユウスケはそんなに魔力の流れを感じないのですが、今日はするような気がしまして」
「……へー、それは不思議だな。なんにしろ俺が臭いわけではなくて良かったよ」
あれだ。多分あれに違いない。
気づいた? 何故? どうして? 神器の存在に気付かれた? 右胸? 今まで気づかれなかったのに。気づかれてしまった。
汗ばむ手。喉が渇く。切羽詰まった状況に俺の頭はフル回転する。
悪戯っぽく笑いながら、俺は必死に取り繕った台詞を言う。
「もしかしたら俺にも隠れた才能があって、それが出てきたかもしれないな」
「瀕死になることでパワーアップ!? なんですかそれ! すごい王道展開じゃないですか! 目からビームとか放てませんか! 試してくださいよ!」
「興奮しすぎだ。……しかし、折角治ったと思っていたのに俺の体に異常あるのかな」
俺は壁方面に体を回転させる。めぐみんから見えないようにしながら自分の体を確かめる振りをして――すかさずマントの右ポケットにある笛を左ポケットに移動させる。
また回転させ、めぐみんの方に戻る。
「見て触ってみた限りでは異常はないんだけどな」
「そうはいっても、実際に魔力の流れが……すんすん。……はて? くんくんくんくん」
めぐみんは俺の胸元。顔。股間。足とかなり顔を接近させて臭いを嗅ぐも、首を捻った。
「しませんね。あれー? 確かに不思議な魔力を感じたと思ったのですが、勘違いだったのでしょうか」
「……まあ勘違いならそれでよかったよ。安心した」
「面白くないです。角とか尻尾とか生えていたら格好いいのに」
「魔族じゃないか。退治される対象なんて嫌だぞ」
「はぁー、わかってないですね。魔族に生えていたらただのアクセサリー程度のものですが、人間にいきなり生え出したらとんでもない過去を持っている選ばれし者ですよ。伝説の香りがしますね」
俺はめぐみんの妄言に苦笑する。
内心は冷や汗ものである。
神器自体が魔力を発するのか。家でだらだらとしている時に、俺の知り合いのキョウヤの剣から強い魔力がしますねと言ってたのを思い出す。
それがあまり気になっていなかったのは、俺が今まで持っていた神器。クロノスの時計にはそんなことを言われたことがないからだ。だからあくまであの魔剣が特別だと思っていた。
――それがクロノスの時計の方が特別だったなんて。
咄嗟にヒュプノスの笛をクロノスの時計の場所に一緒にしたが、それが幸をなしたらしい。推測にすぎないが、時計に魔力の流れを遮断させる効果でもあるのだろうか?
はっきりとわからないが、今後はヒュプノスの笛を持ち歩くなら時計とセットにして持ち運ばないといけないな。
………後、焦っていてスルーしてしまったが、めぐみんは俺の股間を嗅ぐのやめてほしい。
他人からの見栄えが悪いし、臭うなんて言われたらショックだし、もし万一勃起してしまったら、あれだけ顔を近づけられてると、大きくなったあそこと彼女の顔をズボン越しに当ててしまう。
危機から脱出した俺は安心して息を吐いた。
めぐみんは座っている俺の顔に自分の顔を近づける。
「そういえば、忘れてないですよね」
なにをと聞き返すことはない。
デストロイヤーのことでクリスやダストのことは忘れていてもそのことは忘れていない。
「わかっているって。約束したもんな」
「覚えているなら構いません。色々とごたごたとしたものがありましたし、いつでもいいですよ。一か月後でも二か月後でも。セッティングができたら教えてください」
あの日。
デストロイヤーを討伐した日に彼女とした大事な約束である。
「もしかしたら、正装じゃないと入れない店にするかもしれないからそういう時はあらかじめ服借りないといけないな」
「そ、そこまでのお店にするつもりですか。ユウスケもかなり気合が入ってますね。まあ、嬉しいですが」
貴族しか入れないような高級店でも、ダクネスにお願いしたら入れるかもしれない。
めぐみんを夜のディナーに連れていく。そのためにできることはなんでもするつもりだ。かける意気込みが違う。めぐみんがぶったまげるような豪勢なものにしてやろう。
そんなことを考えていると、めぐみんが俺の名前を呼んだ。
「――ねぇ。ユウスケ」
俺の足にめぐみんは自分の小さな手を置く。そんなことでドキッとする。
彼女は元々近くにいるのに、更に俺の顔に近づける。
それこそキスしそうになるほど接近したかと思うと、少し顔をずらして俺の耳元に唇を持って行った。
彼女の柔らかな頬が、俺の頬にあたっている。
「楽しみにしていますからね。――あなたとの大人のデート」
脳がとろけるような声音でささやかれる。
ゾクッとする。
座っていなければすとんと腰を落としていたかもしれない。
甘い雷が体中を駆け巡るような、危険で色香を漂わせた一言だった。
その電撃に俺が痺れていると、なにもなかったようにしれっとした顔をしながら自分の席にへとめぐみんは戻っていく。
神器の存在を勘づかれそうになった時よりも早くなった鼓動をなんとか俺は落ち着かせる。
……あいつ、たまに大人みたいな色気を出すよな。
あんな幼い外見なのに。ゆんゆんと幼馴染だし年齢誤魔化しているってことはないはずなんだが。
身長でも随分差がある女の子に、僅かなボディータッチと言葉だけであれだけ焦らされるとは……。
年下に心を弄ばれた俺はというと、罰の悪そうに頭をかいてから、鞘を腰に差して俺も自分の席に戻るとする。
アクセルの街も流石にデストロイヤー戦の熱気も冷めてきている。今後こんなパーティーなんて滅多にあることではない。酒飲みに邪魔されず俺も腹いっぱいにしよう。
――まさか俺は想像もしていなかった。
俺が仕掛けたこととはいえ、今この店にいる女性と、数日後あんな関係になっているだなんて。
本当に……知る由もない。