パーティーなんて今後そんなにないと昨日は思っていたが、俺達は今、冒険者ギルドでパーティーをしていた。
「ひゃひゃひゃひゃ、笑いが止まらないとはこのことだな。一日でぼろ儲け! これだから冒険者は止められねえ!」
「これぞ盗賊の醍醐味だね! ダンジョンの宝物がガッポリ。くー、痺れるよ! お姉さん、追加でクリムゾンビール一つね」
「ふっふっふっ、ダンジョンとはロマンの宝庫! いっそダンジョンなんて滅びてしまえばいい、むしろ私が滅ぼしてやろうかと思っていたのですが、どうして捨てたものではありませんね。私もビール一つお願いします」
「はしゃぐ気持ちもわかるけど、ここは冒険者ギルドだからお前らはしゃぎすぎるなよ。ウェイトレスさん、クリムゾンビールは一つキャンセルで、シュワシュワにしてもらっていいですか」
「あー! ユウスケのいけず!」
宴会である。
パーティーである。
ガッツリ高いものまで頼んで食っている。飲めや歌えやの騒ぎである。流石に冒険者ギルドの迷惑になるので歌ってはいないが。
というのも――そこまで期待していなかったキールのダンジョンが大成功に終わったからだ。
今回の最大の功労者であるクリスを俺は褒める。
「めぐみんも手掛かりを発見したけど、クリスはよくあれで隠し扉を発見したな」
「そうですね。私の活躍でそこら辺に隠し扉があるのではないかと推測はつけられましたが、あそこまでバシッと当てるとは思いませんでした」
褒められたクリスは照れ臭そうに頬の傷跡を撫でる。
「いやー、まあ本職みたいなものだからね。ユウスケの勘も凄いと思うけど、あたしも負けてないでしょ」
そして――俺は今回の最大の功労者であるクリスに引いた。
「……クリスはよくリッチーにいきなり殴りかかれたよな」
「……そうですね。まさかこの世界では最強クラスの存在であるリッチーに右ストレートをかませる存在がいるとは思いもしませんでした。正直ちょっとチビりかけましたよ」
引かれたクリスは照れ臭そうに頬の傷跡を撫でる。
「いやー、まあ本職だからね。アンデッド系を見ると思わずこう拳がね。ガツンとね」
照れることではないと突っ込みたくてたまらない。
椅子に座っているリッチー相手にまさかの豪快な右ストレートをかましやがったのだ、この盗賊。
伝説の存在にワンパン食らわせた伝説の盗賊クリス。
温厚なリッチーだったから良かったものを普通に考えたら全員瞬殺されてもおかしくなかった。運が良かったとしかいいようがない。
そもそもクリスの本職は盗賊であって、アンデッドを、それもリッチーを殴る職業では決してない。……あのリッチー相手にグーパンかました相手に怖くて突っ込めないけど。
……しかし、俺の勘も万全ではないんだな。
リッチーがある程度近くにいても勘は働くことはなかった。敵意や殺意や実際に被害を受ける相手とかでないと勘は働かないんだろうか? あーでもウィズさんの時は一目でヤバいってわかったしな。あれは戦士としての勘なんだろうか?
そういえば、爆裂魔法を持っているめぐみんも、放てる威力だけなら魔王軍幹部クラスに届きかねないだろうに勘で脅威を感じたことないな。
感覚的なものだけにはっきりと理屈付けて答えは出ない。
頭の中で考えていると、機嫌が良いダストは俺の肩に肘を置いて絡んでくる。
「おいおい。とにかく今日は豪勢にいこうぜ。クリスのお陰でこうして連日パーティーできるんだからよ」
ダストも今回は活躍した。チンピラみたいな外見にチンピラのような言動の彼だが、腕は本物である。たまに歴戦の戦士かというような眼光をするし、冒険者としては初心者を越えている。
そんな彼だが、いつもみたくクズ的行動をしたとクリスが笑いながらダストに嫌味を言う。
「真っ先に逃げようとしてこけたくせに」
「リッチーと出くわした直後に右ストレートを仲間がぶちこんだら俺でなくても逃げるわ! てめえなにしているんだよ!?」
「あの逃走するタイミングは見事でしたね。こけたのは無様でしたが。逃げるなら一目散。華麗に消えるのが美しさというものですよ」
もぐもぐとめぐみんはカエルの串焼きを食べながら辛辣な言葉で刺す。
まあ、あれに関しては誰も責められない。どっちかというとリッチーに出会った時点で逃げようとしたダストの方が正しい。普段のウィズさんの言動を見ているとわからなくなるが、リッチーとはそれだけ恐ろしい魔物だ。
二度自分の手のひらを叩いて、その喧騒を落ち着かせる。
「はいはい。結局なにもなかったんだから喧嘩しない。……こうしてリッチーから宝物も貰ったし、結果良ければすべてよしだ」
本当にこれである。
結果は良かった。それなら満足すべきだ。
そのリッチーはクリスが不意打ちで殴りかかったにもかかわらず、一千万エリスにはなろうかというお宝を気前よくくれた。
もちろん、ただではなくある条件と引き換えにだが。
その条件を思い出したのか、ダストは露骨に嫌そうな顔をする。
「はぁー。でもよー。アークプリーストを派遣しないといけないのは面倒くせえよな」
「リッチーを成仏させようとしたら、相手が何の抵抗をしてないとしてもセイクリッド・ターンアンデッドは必要だからね。それはしょうがないんじゃない」
一瞬考えたダストは、何か悪いことでも思いついたようにニヤリと意地の悪い笑みを零す。
「アークプリーストに依頼してここまで来てもらうとなると百万エリスぐらいはかかるだろうし、どうだ。いっそこの宝は持ち逃げするというのは……」
「ダストは怒り狂ったリッチーに死ぬまで追いかけられるってのが好みなのか? 俺は嫌だぞ」
「じょ、冗談だよ! 本気にするなよ。おっかねえな」
こっちが震えるわ。
神をも恐れぬというかリッチーさえ恐れぬ所業である。さすがはこの街クズトップスリーの一人。
国に喧嘩を売った魔法使い。国と互角に戦った伝説のリッチー。
あのリッチーの伝説は真実だったようだが、細部は違った。その国に喧嘩を売った理由というのが不遇な扱いを受けていた王の妾の一人を救い出すためだった。そんなリッチーは、彼女が幸せに暮らし天寿をまっとうした後も存在し続ける気はないらしく、自分を浄化できるアークプリーストを派遣してもらうことと代わりに、俺らに残っている宝物をくれたのである。
その約束を違えようなど、俺には無理だ。
「でも、ユウスケの聖水剣ってのは良いやり方だな。あれは真似させてもらうわ」
この話題を続けるのはどうかと思っていたのかダストは強引に話題を変える。
「……聖水剣。悪くないネーミングですね。神の使途の技って感じです」
「実際はただ聖水を剣にぶっかけて振り回しているだけだけどな。むしろ罰当たり感さえある」
聖水剣。
ダンジョンにはアンデッド。それもスケルトンやゴーストなんかが住み着いている。そいつらを退治するのに聖水を投げて使うのは勿体ないし、投げて外してしまえばなお勿体ない。
だから剣に聖水をかけてぶった切れば、当てるのは簡単だ。それにそれなら沢山もいらず聖水を一瓶持って行けばすむ。当然、使い終わった剣は錆びないようにする手間を忘れてはならないが。
真正面にいるクリスが少し腑に落ちないような顔で尋ねてくる。
「あの聖水ってアクシズ教のものなんだよね」
「そうだな」
「んん。キミはエリス教の聖水を使わないんだね」
正面に座っているクリスは、靴を脱いだ足で俺の膝小僧辺りをツンツンと突く。
クリスという女の子はかなり悪戯っ子である。
その行動を無視しながらも俺は反論する。
「使わないってわけではないぞ。けど、質としては同じぐらいだし、アクシズ教の方が安いからな。それならアクシズ教の聖水を買った方がいいだろう」
「うむ。安いのは正義だよな。ただほど高いものはないっていうのは嘘だぜ。ただなら完全に儲けじゃねえか」
同じような質でも人気は遥かにエリス教の聖水の方が高いので、アクシズ教の聖水は売れにくい。というわけでその分幾らか安く売られている。
まあ安いのはいいんだが、美人だけど変なアクシズ教のプリーストに他にも色々売り物を押し付けられそうにはなるのは毎回困る。
「むー。エリス教のならあたしだったら割引してもらえるのに。いや、いいんだけどさ。そっちで買ってもいいんだけさ」
クリスは若干不満そうな表情をする。
俺の太もも辺りをくすぐるように彼女は足を動かしていた。くすぐったいな。
そういえば、クリスってつけられた名前も似ているぐらいだし。やっぱり熱心なエリス教の信者なのかもしれない。初めに会ったとき、エリス様の胸でも大激怒してたもんな。
昨日と同じように右隣にいるめぐみんは自分の手についた肉汁をペロッと舐めた。
「言っても無駄だと思いますよ。ユウスケはどうやらアクシズ教を贔屓しているようですからね」
「贔屓ってそんなことしているかな?」
「怪我を治してもらうときにはアクシズ教に行って治してもらっているじゃないですか」
俺は前衛なので怪我をすることもある。
その時にはアクシズ教会を使うことが多い。贔屓と言われても確かに仕方がなかった。
「私として不思議なのが、自由を重んじるというか……まあ自分の好き勝手するアクシズ教に肩入れするのがですね。ユウスケならエリス教の方が似合っているように思います」
「え? ユウスケ。お前って。アクシズ教徒なのかよ」
俺の肩に乗せていた腕をばい菌でも入ったかのようにそっと上げて離すダスト。
「もしやあのアクシズ教のプリーストに興味でもあるのですか? ……あの人だけはやめておいた方がいいですよ。確かに美人ですが、あの人だけはやめておくべきです。それに、あれぐらいの美人なら私が大きくなったら軽く越してしまいますよ」
「違う違う。俺はアクシズ教徒じゃないよ。そして、あのプリーストに惚れているってことはない」
きっぱりと断言する。
アクセルの街にいるアクシズ教のプリーストは確かに美人ではあるが、美人美少女なら誰でも興奮できる俺が唯一興奮できない相手だ。あの人だけはない。
アクシズ教徒でもないのにどうして贔屓しているかといえば、アクア様のためである。
アクア様。素晴らしきアクア様。女神様に恩があるので、俺はアクシズ教に贔屓しているだけであって、俺自身はこの世界の宗教には入っていない。
「ふーん、違うんだ。でもそれなら浄化に頼むアークプリーストもアクシズ教の人を頼むってことはしないよね」
こそばゆい。
クリスは喋りながらも内股辺りを足で撫でまわしてくる。
どうやら油断していたようなので、タイツ越しに俺の内股を弄っていたクリスの足をガシッと両足で挟み込む。
「んんっ!?」
足を抑えられたクリスは目を白黒させるが、俺は気にせず説明する。
「それは今ルナさんに調べてもらっているアークプリースト次第だな。プリーストは元々少なくてアークプリーストなんて更に希少だし。近場にいる実力があるアークプリーストなら誰でもいいさ」
こればっかりは金の問題だし、俺の贔屓では決めることはできない。
ある程度ルナさんにリストアップしてもらった中から全員で相談して決めるということになるだろう。
「王都から呼び寄せるなんて洒落にならないことは勘弁してほしいよな。幾らかかるやらわからんぞ」
「そうだね。うん、ごめん変なこと言った。アクシズ教でもエリス教でもいいから、あのリッチーが心地よく浄化できるような腕の良い人が来てくれたらいいね。それが一番大事だよ。そして、二番目に安さ。……後、悪戯して悪かったから離して!?」
仕方ないので離してやる。
でも、多分。ここら辺でアークプリーストをといったらアクシズ教になるんだよな。
ここから馬車で一日ほどで着く水の都アルカンレティア。
そこはアクシズ教の聖地だ。数少ないアークプリーストとはいえそこにならいるだろう。
ちなみになぜ俺達が冒険者ギルドで飲み食いしているかというと、ルナさんにこの街の近くにいるアークプリーストを調べてもらっているためである。その待ち時間にここでパーティーをしてるというわけだ。
神器ではなく普通の時計を見ると、調べるのに必要とすると言われた時間に近づいていた。
「もう時間だし、俺がルナさんのとこに行って聞いてくるよ」
「おう。頼むぜ。安いとこを隠すなよって言っておけよ」
そんなダストの返事を受けて、俺は宣言通りルナさんがいる受付の窓口に行く。
……丁度良い機会だ。
ルナさんにはアークプリーストを聞くだけでなく、あれの仕込みもやってしまおう。
流石に夕方なので、並んでいる人もいない。こんな時間だというのに仕事をしている冒険者ギルドには感謝だ。俺ら冒険者より大変なのではないかと思う。
「えっと、ルナさん。結果はわかりましたでしょうか」
「はい、ユウスケさん。出てますよ」
「それで、結果の方は……」
ルナさんは紙に書かれた文字を見る。
「やはりアルカンレティアの司祭を務めるゼスタ様が宜しいかと。アクシズ教の最高責任者なだけあって実力でいえば、おそらく人間のアークプリーストの中で最高峰の実力です」
想像していたより随分大物が出てきて驚く。
最高責任者って、アークプリーストの数が少ないのは知っているが、そんな大物でないといけないのか。
「そんな凄い人をここに呼び出してしまっていいんですか! 一宗教のトップの人なんですよね!?」
ルナさんは少し言いにくそうに答える。
「……このお方は責任ある立場な割には随分暇なようで、こういう依頼には快く了承してくださるんですよ。なんといっていいか自由な人で、呼び出したら呼び出したで大変なのですが。特に悪魔は死すべしというアクシズ教の教えがありますから喜んでくると思います」
「そんな人で大丈夫なんでしょうか……」
「い、いや。腕は確からしいですよ! 本当に凄いお方なのです! 王都でもゼスタ様クラスは一人か二人いるかというぐらいの。お金も多分格安の七十万エリスぐらいで引き受けて下さるでしょうし、ただちょっと私の立場からは言いにくいのですが、それはもう自由な人らしくて……」
この街のアクシズ教のプリーストといい、なんでアクシズ教は変わった人が多いのだろう。
アクア様の教義が自由を尊重しているせいだろうか?
しかし、実力者で金も安くすむと言われたらこの人にするだろう。ダストが。
「今から仲間に相談してみますが、おそらくその人にさせてもらうと思います。時間を取らせてすみません」
にこりと営業スマイルをルナさんはしてくれる。
「これが私の仕事ですから。大丈夫ですよ」
……切り出すとしたらここか。
俺は布石を打つためにある言葉を告げた。
「それで仕事以外のことで話したいことがあるのですか」
「はい? なんでしょう。……もしかして、食事のお誘いですか」
パチンとウインクして冗談混じりにルナさんは喋る。
「その通りです。初めて冒険者になる時に約束しましたよね。稼げるようになったら奢るって。その約束を果たそうかと思いまして」
「……へ?」
ルナさんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。
いつもしゃんとした顔をしているからこんなルナさんを見るのは珍しい。営業スマイルを絶やさない彼女の素の顔だった。
彼女は周囲で誰も聞いていないことを確認してから上ずった小声で尋ねてくる。
「そ、そそれはもしやデートのお誘いでしょうか?」
「デートってほどではないですよ。今回のだけでなく普段からお世話になってますからね。特にデストロイヤー戦の時では、お世話になりました。だから、昼飯を少しばかり良い店で奢らせてもらえませんか?」
これだけ美人なルナさんだ。
仕事もできて巨乳な彼女は誘われることなんて多々あるだろうに、何故こんなにも焦っているのだろうと不思議に思う。夜のデートに誘うならまだしも、軽くご飯を食べに行こうと誘ったぐらいなのに。
「す、少し待ってください!」
彼女はそう言うと、こちらから見えないように屈む。
窓口には誰もいないように見える。座り込んでなにをしているのかと耳を澄ますと小声でなにやら呟いているのが聞こえる。
「……ど、どうすれば。容姿には自信がありましたが、ここでは何故かモテません。もしや私の容姿が悪いかなと思ってたけど、誘われるなんて。……ユウスケさんはロリコンの噂がありますが、見た目は悪くないですし冒険者としては実力者です。いつも丁寧な仕事で感心させられる優良物件。ああでも! そんなに簡単に返事をしてしまったらふしだらと思われるかもしれません。けど、チャンスをみすみす逃すのも! ど、どうしましょう!?」
なにやら苦悩の声が聞こえてくる。
すっと腕が伸びて、窓口の内側に置かれている手鏡を取っていく。
二分ぐらいしてから髪の毛を整えて、いつもより二割増しに綺麗なルナさんが余裕たっぷりの表情で出てきた。
「……こほん。お誘いありがとうございますね。私としても仕事と私用が忙しいのですが、明日なら偶然空いていますね。どうしてもとユウスケさんが言われるなら、その、お付き合いさせてもらってもよろしいかと」
「…………」
なんといっていいのか。
うん、そうだな。
この人、物凄く可愛い人なのかもしれない。
リッチーのダンジョンに行ったのが昨日のこと。
朝はめぐみんと一緒にクエストをこなし、爆裂魔法でモンスターを退治してレベルが上がったので、反撃のスキルを取ってから昼にはルナさんとの食事をした。
昼過ぎに俺は鞄を担いで、森に隠された洞窟の中に来ていた。
洞窟の中を入っていくと、そこには貴族によって隠された遺跡の入り口がある。情報屋に聞いた通りだ。
元々冒険者ギルドの一部は知っていたことだが、ここに転生者とその支援者達によって作られた遺跡がある。俗称エロ遺跡と呼ばれるものだ。
魔法技術大国ノイズの技術も使われているという熱意と富と技術をぎっしりと詰め込まれた馬鹿な遺跡である。
目の前にある遺跡は、貴族によって冒険者ギルドの中では話を一部だけでとどめられており、閉鎖されることも管理されることもなく貴族達が使う遊び場となっていた。しかし、貴族達が森の中に入っていくなんていうのは不自然なことである。エロ遺跡を見つけたければ貴族の跡をつけろとは、この世界の言葉だ。
情報屋はそれに鋭く気づき、俺にエロ遺跡の場所を知らせてくれた。
ナイスジョブである。
惜しみのない称賛を。
既に手は打ってある。使える布石は全て蒔いてきた。後は回収するだけ。
どうしてここに俺一人だけいるのかというと、この遺跡を明日使うためであり――安全かどうか確かめるためだ。
「貴族の連中が使っているのだから安全なんだろうけど、実際に試してみないとわからないしな」
万一命の危機でもあって連れてきた女性に最悪の事態なんて起こしてしまえば、クズトップスリーで一番クズだと思っている俺とはいえ自殺してしまうだろう。安全を自分の体で確かめてみないことにはこの遺跡を使うことはできない。
神器は二つとも部屋に置いてきた。
というわけで、俺は皆から貰った剣と魔法薬や着替えが入ってある鞄をゆっくりと石の壁に立てかけ、意気揚々と洞窟の中にある遺跡に入っていく。
どんなものか楽しみだ。
「期待はずれなものでないといいが」
五時間後。
元来た道と違ってエレベーターのような箱に乗って、俺は遺跡から脱出して洞窟の中に出る。
「う、ううぅ……ぐす! うぅうう!」
俺は泣いていた。
涙が止まらなかった。
「嫌だ……嫌だ……ああ! うぁー!」
デストロイヤー戦でも折れなかった心がぽっきりと折れていた。根本からへし折られた。
舐めていたのだ、俺は。
エロ遺跡のことを舐めていた。心構えができていなかったのだ。
確かに安全面では問題なかった。地下四階のところでは試しに落ちてみたが、なんともなかったし、出るモンスターも試してみたがまったく軽傷も加えられていない。貴族が通っていただけはある。どのエロ遺跡も命の危険はないという伝説は事実だった。
しかし、辛い。
「うぐ! うぐ!」
あれだけ凌辱されるのが辛いとは思ってもみなかった。
それも普通なら抵抗するところを俺は黙って何時間も受けていた。全部余すことなく受けきった。同じ種類のモンスターでも全部の個体を体で確かめた。アトラクションを全制覇だ。それがこれだ。このありさまだ。
服は何一つとして残っていない。全裸の俺はトラウマを抱え、こうして遺跡から這い出たのだ。
最後はもう笑っていた。不気味に笑うしかなかった。もしかして俺が一番馬鹿なんじゃないだろうかと真剣に考えることで現実逃避していた。
だが、このエロ遺跡が使えることは実証された。
「いける! これならいける!」
処女をどうこうするものもなかった。
ただ単にそこそこエロいことをするだけの遺跡だったし、これなら彼女を連れてきても大丈夫だろう。
――少し気になるといえば、二つの階も水があったり紙があったりする休憩所が存在したのは不思議ではある。多分あれは盛り上がった男と女がセックスでもする場所のつもりなんだろうか?
まあいい。
どの道、貴族が通っていた時点で安全は保証されている。それを更に確認しただけのことだ。
俺は目を擦って涙を拭う。
無理矢理もう欠片も残っていない気力を奮い立たせ、鞄に入れてあった服を着る。休憩所で水を使えたのは良かった。べとべとで服を着なくてすむ。
そして、俺は魔法薬を取り出す。
これは王都でしかこっそり流通してないご禁制の記憶を失う薬である。持っているだけで犯罪になるものだ。禁忌になる前も、よほど憎い相手から危険な相手にしか使われなかった、飲みすぎると頭がパーになるというヤバい魔法薬である。
そんな薬を神器を使ってなんとかして少量だけ手に入れることができた。
はっきりいって奇跡である。もう二度と手に入らないと思ってもいいだろう。
本当に少量で六時間ぐらいの分しかないが、それで充分だ。
これを使う理由としては、初めて入るはずの遺跡に俺の記憶があればバレる可能性があるのではという考えのせいだ。来たことがあるとどうしたってリアクションは変わる。二度目のお化け屋敷なんて驚くこともできない。
だからこの時のためにと用意していて持ってきたわけだが。
「どっちかというと、俺のトラウマを消す方が大きいな」
記憶を消して、トラウマも消去しよう。一刻も早く。もう本当に早く飲もう。
俺は一滴も落とさないように気を付けながら、その魔法薬を飲みほす。
美味しくない。良薬口に苦しとはいうが、魔法薬も美味しくないのか。
「これで記憶が――あれ。なんだここ?」
きょろきょろと辺りを見回すも、まったく記憶にない場所だ。
「確か、今俺は遺跡に向かおうとして……なるほど。成功したというわけか」
同じ服を持ってきただけに着ている服は変わっていないが、鞄の中身は空だし、手には俺が飲み干しただろう魔法薬の瓶がある。
どうやら成功して俺は記憶をなくしたようだ。
予定通りである。
俺は瓶を鞄の中に直してから鞄の紐を肩に引っかける。腰に剣を引っかけて帰る準備をする。
なにやら体が物凄く疲れている感じがするし、今日は帰って寝よう。喉も痛い。
「記憶に残ってないけど……エロ遺跡も期待はずれなものでないといいが」
いくつも布石を蒔いた。
明日はいよいよそれを回収する日だ。
折角前々から探していたエロ遺跡だというのに、見ているだけで頭痛がしてきた俺はまるでそこから逃げるように去るのだった。
次話から暫くエロ回