「酷い目に遭いましたね」
めぐみんは自分に振りかかった災厄をそう表現した。
「……見渡してめぐみんがいなかった時はどれだけ驚いたか」
「ふふふ、調査されていない遺跡を甘く見てはいけないということですよ。常に気を配り、観察し、進んでいくのが一流の遺跡調査人ということですね。ユウスケも早く私の域まで登ってこられるよう精進してください」
「甘く見たのはお前だけどな」
甘く見た結果として、彼女は今俺の服を着ている。
とんがり帽子を残してほぼ全裸となってしまっためぐみんは、俺の半袖のシャツを身に纏っているのだった。
「ちょっとばかりミニスカート状態になってしまいましたが、あなたの体が私より大きくて良かったですね」
彼女は階段を降りながら自分の体を確かめるように動かす。
地下一階をなんとか通り抜け、扉の先にあった階段を俺達は下っていた。最初の階段と違ってこれは急に長い滑り台になることもないらしい。
「手を上げたりするな。今下着履いてないんだから」
「おっと、危ないです。いらないサービスをしてしまうところでした」
キュッと彼女はシャツの前の部分を下に引っ張る。
ただでさえ聖水で体が濡れていたから、シャツの一部が張り付いてエロいのに、余計に尻の形があらわになって、なんというかもう堪らなかった。
風が吹いただけで大事なところが見えてしまう服装なのに、気にせず隣を歩いているめぐみんに提案する。
「ズボンも貸そうか?」
「それは止した方がいいですよ。……おそらくここは俗に言われるエロ遺跡かと思いますが、まだエロモンスターが出てきたときにユウスケには働いてもらわないといけませんからね。ズボンがないといざという時に不利になるかもしれませんし。ユウスケはエロ遺跡って知ってます?」
知らないとは言えない。
探したのも俺だ。とはいえ、エロ遺跡は冒険者ギルドがある程度情報操作してるからな。興味を持って訪れる人を減らすためだろうが、そのせいで情報はそこまで多くない。
記憶を無くす前の俺が確認しにここにきたのもそのためでもある。
「まあ一般的な範囲ぐらいにな」
「そうですか。エロ遺跡。特殊なスライムを作った魔法使い……というよりあの避妊の魔法薬を作った人の方が有名ですかね。避妊薬で莫大な富とスポンサーを手に入れた彼は、友人と一緒に様々な技術をつぎ込んでいくつもの遺跡を作りました。今の王都があの場所にできたのもあそこに遺跡が多いから金持ち――後の貴族達が集まったせい、なんていう噂もあります」
「俺達が思い浮かべる貴族はダクネスだけど、あいつがまともに見えるぐらい変な貴族って多いな」
「実際ダクネスはかなりまともだと思いますよ。まあ貴族は普通の人よりその両の手が広く届きますからね。自分達だけが届かせられるなら、届かせなければ損だと思ってしまうのが人の性なんでしょう」
「それをいうならめぐみん達紅魔族もその手が届く範囲は広いだろ。その割にあまり伸ばそうとはしないように見える」
冬の間に紅魔族も調べてみたが、彼らの生態はかなり謎だった。謎というのもおかしいか。意味不明というべきか。
そんな彼らの僅かにわかったことは出世欲や権力欲があまりないということだ。
「稼いでやりたい放題するという行為は、紅魔族の能力的にはできなくはないですね。魔法や魔法薬。防具や武器でさえ一般の人達とのクオリティーでは格差があります。真面目に作って量産すれば金持ちになるのは楽勝ですし。それをしないのはうーん」
コツコツと階段を降りながら、めぐみんは頭を悩ませる。
「格好悪いからですかね。んー、ともちょっと違いますか。……ただ単純に面倒臭いからかもしれません」
「金を稼ぐのが?」
「ただ働くだけならいいですが、そうやって大量に稼ぐという行為自体が面倒臭いです。濡れ手に粟なら構いませんが、大量に稼ぐためにコツコツ頑張るというのは、格好悪くて面倒くさい」
「なんというか……ロックスターみたいだな」
「ろっくすたー? 初めて聞きましたが、悪くない響きです」
遥か昔のロックスターみたいだ。
そう表すのは不適合かもしれないが、パッと思い浮かんだ俺の印象はそれだった。
俺達日本人はコツコツ稼いで少しでも上を目指そうという人種だが、紅魔族は違うらしい。その割り切った性格は、付き合っていて心地よさを感じる。
階段も下り終わると、また同じ光景が見える。
「……次の扉ですね。定番としては、一つの階につき一つの試練が待っているというものです」
「地下一階は服食べスライム。次は何が出てくるか……めぐみんは俺の後ろをついて来いよ。もしものために聖水を渡しておくから、いざとなったら自分に振りかけて逃げろ。効果はあるはずだ」
俺は半分ほど残った聖水をめぐみんに押し付け、剣先でボタンを押す。
エロモンスターの種類は合計で十五種類ほどか。
彼らが生み出したスライムや触手など。触手なんかは用途によって三種類ほどある。記憶を失う前の俺も確かめたし、初級というからにはそれほど難易度が高いエロモンスターは出てこないと思うが。
ボタンを押したことで扉が開く。
そこは地下一階と違って広い部屋だった。地下一階は横に狭かったが、この地下二階は横に十分な幅がある。
地面は平らだが、壁はごつごつとしている。敢えての意匠だろう。――壁には幾つか穴が開いている。
その穴を見て、体が震えた。
「めぐみん。後ろに下がれ」
「どうしました。見た限りではなにもないですが。また落とし穴でもあるのでしょうか」
「下がれ」
「……ユウスケ。なんだか怖いですよ。そんなあなたを見るのは初めてでちょっと驚いています」
「すまん。でも、無性に嫌な感じがするんだ」
俺の硬質化した声に驚いている彼女に謝りながらも態度は変えない。
警戒心を張り詰めながら俺はめぐみんを後ろに引き連れ、次の扉までゆっくりと歩いて行く。
勘、ではない。
俺はわかっていた。知らないのに知っている妙な感覚。昨日見た夢を既に忘れているのに、頭に微かに残っているような奇妙な残像。
穴から出たそのモンスターを見たとき、その残像はひどくイメージだけを伝えてきた。
「うわ、今度の相手は触手ですか」
触手。
エロモンスターの一種。スライムを作った友人が作成したモンスター。蛸みたいな足を無数に持ち、それを自在に操る。核のようなものが中心にあるが、無数の足を掻い潜って核を潰すのは難易度は高い。
雷や水は効果が薄く、魔法使いによって遠距離から炎で燃やし尽くすや氷で凍り漬けにするなどといった対処法が薦められる。
今回出てきた触手は初級なだけあって、三種類ある触手の中でもこの色は大人しいものだ。
特に乳首を重点的に狙ってくる。
「ふぅーはぁーすぅー!」
息が荒くなる。
叩きつけられるイメージに膝を屈しそうになる。
「大丈夫ですか!? なんかヤバ気な呼吸が聞こえてくるのですが!」
「はぁ、はぁ、大丈夫だ……。それよりかしっかり周囲を警戒しておけよ」
「もしや私のこのあられもない姿に興奮を!? 確かに私は一般よりか大分可愛くてあなたのシャツを着ているだけというグッとくるような格好をしていますが……こんな色気もムードもないエロ遺跡で初めては遠慮したいです」
「ちげえよ!? 触手に緊張しているだけだ!」
いや、実際その姿には密かに大興奮しているけどね!
俺が焦っているのはこの触手に対してである。
触手が近寄ってくる。
その事実に逃げ出しそうになる。怖い。怖い。デストロイヤーよりか怖い。過呼吸になりそうだ。
しっかりと剣の柄を握り、その行動を欠片でも逃さないように睨み付ける。
見逃さないように注視していた。そうしていたにもかかわらず、俺は次の攻撃を食らいそうになっていた。
「はやっ!?」
間一髪で触手の一本を剣で斬り落とす。
いや、速いのではない。速さよりも動きの起こりがわかりにくいのだ。普通の魔物なら攻撃にもある程度動作が必要となる。
その動作がない。そのまま触手を伸ばしてきてそれ自体が攻撃となる。
最初は一本だったが、次は二本の触手が伸びてくる。
なんとかその触手を同じように剣で両断する。
「フローズンソード! く……!? これでも駄目か」
攻撃は止まない。
次から次へと無数にある触手を伸ばしてくるので、俺はタイミングを見計らってその伸びてきた一本を凍らせるスキルを発動する。
しかし、核までは到達しない。魔法使いはその体全体を凍らせるが、剣士は剣の触れたところしか凍らせることしかできない。その違いがもろに出た。
けど、俺の相手への敵意は消えない。
簡単にいうなら俺はこの触手のことが嫌いだった。もう滅茶苦茶嫌いである。
元来嫌いになるということ自体が少ない俺にしては珍しいことだった。この前ダストに怒ったが、あれも本気で怒ったわけではなく、ここで怒らなければ不自然といった演技も込みだ。
なんせまあ――誰よりも俺がクズだ。
嫌われるとしたら俺で、そんな俺が誰かを嫌いになるのはおこがましい。
そんな俺がこうしてはっきり嫌いと思うのだから、おそらく記憶を失う前の俺はこいつによほどのことをされたらしい。
ならば、あの方法はどうだろう。
「キョウヤ直伝。地面フローズンソード!」
一歩下がって、地面にへと剣を当てる。
地面が凍る。
その凍る範囲を絞り、前方面へと凍らせる範囲を伸ばす。日が落ちて影が細長く伸びるように、地面が一部分だけ凍っていく。
たまにキョウヤとは飯を食べに行くが、あいつに教えてもらったのがこの方法だ。
スライムは人や獣みたいな熱を感知する。触手はそういうものはなくて振動をその多い手で感知している。
これでコアまで届かせることはできないが、地面に引っ付いている多くの触手を一度に凍らせることができた。
触手は存外に賢い。自分である程度考えるだけの知恵がある。
今回はその知恵が悪手となって、混乱する。突然予想外の場所から多くの触覚が凍らされれば当然だ。
当然、俺が隙を見逃すわけがない。
「これで最後だ」
氷の上を滑るようにして前進して、核の部分に剣先をぶっ刺す。
そしてスキルを発動して氷漬けにする。
悪趣味なオブジェの出来上がりだ。
周囲の気温が下がり、吐く息が白さを帯びる。楽勝で勝てたような結果だが、それにしてもこいつは強かった。
「ゆ、ユウスケッ」
「ん、なんだ? なんとか仕留めることができたな」
「……次から次に穴から触手が出てきているのですが」
「……あー、本当だな。これは困った」
真面目に困った。困ったなんていう言葉でしか表せないぐらい困った。
新たにできた三匹の触手に警戒して、俺は更に下がっているとその触手達は氷漬けとなった触手や地面をペチペチと触っている。……あれは多分、どうしてこうなったかを把握しているのだろう。
彼らには知恵がある。
ということは学習する。地面に突き刺して凍らせる攻撃に、この触手達は驚くことはないだろう。そもそも地面フローズンソードをまともに食らってくれるかどうかも怪しい。
……というか、だな。
さっきの触手を相手にしていても思ったのだが。
「こいつらただのエロモンスターのくせに強すぎだろう!?」
心から叫ぶと共に三体の触手が襲い掛かってくる。
「――ウインドソード。反撃」
二つスキルを発動させる。
一つは単純に剣の速度を上げる効果がある。もう一つは自分が剣を構えている場合、相手からの攻撃からの対応を早める効果がある。後の先や後の後を取りやすくなる。
普通の相手ならこれで鉄壁だろう。ソードマスターになった俺は接近戦で単純に強い。強いにもかかわらず、こいつらはそれ以上に強い。
「お、押されてますよ! 頑張って下さい。肉盾の見せ場です!」
わかっている!
返事もできず俺は触手の対応に追われている。一体でも大変だった。三体ともなれば大変というよりか無茶だ。速度で相手よりも勝っているにもかかわらず、圧倒的に手数で負けている。
俺の腕は二本で、剣は一本。
相手の攻撃は無数。
それならもっと速く。速く。速く。目で見て対応するのが間に合わなければ、先を見ろ。触手は無数にあれど俺を攻撃できる触手は限られている。目標となっている俺の横幅はそこまで大きくないし、三体といってもある程度には絞ることができる。同じところを攻撃しようとして触手が絡み合うこともある。
本能だけで動くならどうしようもないが、彼らには知恵がある。事の起こりを察知するのではなくて、どう動くかを予想しろ。
普通ならば無理だ。それを可能にするのは皮肉なことに――俺は彼らの動きを頭では知らなくても、体で知っている。
カチンとスイッチを入れる。
ギアを上げていく。イメージだ。最高のイメージを作り上げて、それに合うように体のギアを上げていく。
空気を取り込んで、心臓へと酸素を送る。心臓で強く血と混ぜ合わせ、爆発的に力を増加させる。あくまでただのイメージ。一種の自己暗示。そうすることによってリミッターを外す。体を限界以上に動かせる。
「ふっ!」
ギアを上げる。
相手の攻撃は雨だった。
暴風を伴った雨。この攻撃を凌ぐことは雨を全部叩き落すことに等しい。
ギアを上げる。
使えるのは両の手だけ。足を止めて真っ向から凌ぎきる。
ここより先は通さない。
食いしばり、目を見開き、相手の先の行動を読む。瞳が渇き、瞬きをしたくなる。その瞬きをする間に自分は負けている。だから瞳が渇くのも無視して目ん玉を見開き、ひたすら剣を振う。
貴族や紅魔族とは違う。届かないものに届かせようと俺はつま先立ちをして、無理をして手を伸ばす。そこまでしてようやく俺の指先は、木に実った林檎ぐらいなら届かせられる。
ギアを上げる。
体に熱がある。
燃えるような熱さだ。楽しくなってくる。何もかも忘れる。痛みは強さであり、強さは痛みだ。
体の悲鳴をBGM代わりとして体の回転数を上げる。速く速く速く。くるくるとコマのように回れ。
しかし足りない。まだこれでも足りない。もっともっと回転させろ。
――ギアを、上げる。
イメージと体がようやくここにきて合致する。
全能と錯覚する酔い。勘違いが暴走する。みすぼらしい人間が、力を振り絞って手を伸ばす。
俺の剣が――届いた。
「段々押し返してきました……どころか押してきていますよ! あれっ、ユウスケってこんなにも強かったでしたっけ」
限界以上の力を出すのは簡単だった。
俺の体を虐めればいい。なりふり構わなければ人は一時的に身の丈にあってない力を手に入れることができる。
臆病者で死にたくはない俺だが、俺は俺のことが少なくとも好きではないし、こうやって限界以上の力を出すのは難しいことではないのだ。
というか、めぐみんをこの遺跡にわざわざ連れてきて一体俺はなにをしているのか?
エロいことはしたい。もうとにかくエロいことはしたい。しかし、めぐみんの体が傷ついたりましてや死ぬといった目に会わせたくない。
面倒臭いと自分でも思う。どっちかにしろよな。中途半端なんだよ。
それがわかっていながらも、どっちも抱えて走りたいと考えているからこそ、こんな意味不明な状況になっている。
とにかくこの触手だけはなんとかしよう。
嫌いだし。嫌いだし。ほんと嫌い。
そう考えていると、めぐみんから言うか迷ったかのような声がした。
「あの……もう一体触手が近づいてきているのですが……あなたなら大丈夫ですよね? ね?」
……うん。そうだな。
後もう一体ここから追加か。三体だろうが、四体だろうが然程変わらない。限界を超えた俺はこの程度ものともしない――はずもない。
「無理に決まっているだろおおおおおおおお!」
三十秒も持たない。
更に複雑化した攻撃は先読みさえ不可能だった。
段々と痺れてきた俺の手から剣が奪い取られてしまう。
「あっ、もけもけ号がっ!」
「えっ! 俺の剣の名前ってそんな銘なの!?」
「言ってませんでしたっけ。もけもけ号。もけもけ号です。見事なネーミングセンスが爆発しましたね。芸術点は満点を確約です」
「ちょっと可愛らしい名前だとは思うけどさ。というかよくこのタイミングでギャグかませるよな。俺滅茶苦茶汗かいて怖いんだけど」
何歩か下がって、めぐみんを背にしながら触手を見る。
じりじりと近づいてくる彼らに俺はというと泣き叫びそうである。どれだけトラウマ植え付けられているんだよ記憶を失う前の俺。
「ここまできたらなるようになりますよ。がたがた騒ぐのもエネルギーの無駄です。消費は少なく。これ世の真理です」
「お前のそういうところ惚れそうだよ」
「既にべた惚れのくせによく言いますね」
「はは、そうかもな」
こんな時だというのに感心してしまう。
並大抵のタフさではない。緊急時に焦るかと思えば、この諦めの良さ。格好いいとすら思える。
「そのメンタルは見習いたいけど……まだ足掻かせてもらう」
「絶体絶命だと思うのですが、打開策はあるのですか」
「失敗するかわからないがやってみる価値はある。少なくともデストロイヤーの時よりかはな。聖水を渡してもらっていいか」
「はい、どうぞ」
後ろから渡される聖水を受け取る。
「で、どうするのですか」
「混乱させる。それも滅茶苦茶混乱させる」
半分まで減った聖水の瓶の口の部分を握りつぶす。レベルアップした俺の手はゴリラのような握力を誇っていて、手がいくらか切る程度で口の部分を破壊した。
こうすることによって聖水を撒きやすくする。
「触手は知能を持っているからな。最初に倒した触手も氷で混乱した」
「聖水をかけて混乱させるということでしょうか?」
「それだけならちょっとした混乱で終わるかもしれないから、同時に俺の野太い声を浴びせる。触手は振動で周囲を把握しているからな。低周波の大音量と聖水の組み合わせならば、大混乱を起こすかもしれない」
ある意味呆れたようにめぐみんは呟いた。
「あなたって、ピンチに弱いようで意外に逆境に強いですよね」
「それは俺もお前に思っていることだよ。耳を塞げ。大声で行くからな。相手の動きが変になったらすぐに走って向こうの扉にたどり着くぞ」
「わかってます。どうぞ」
まるで掃除機にでもなったつもりで、息を大きく吸い込む。
肺を拡張しながらどんどん空気を中に入れ、用意を終える。
俺は聖水を全部の触手にばらまいて、その聖水が触手達に当たる直前に大声で叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ビリビリと大声が遺跡内を振動させる。
腹の底を震わせながら、血反吐を出す勢いでただ叫ぶ。
ジュッと聖水によって触手が僅かなりとも溶ける。接近してきていた触手が止まる。聖水と男の大声の二つの攻撃を食らった触手は今までの冷静さを保てなかった。彼らの欠点としては目が見えないことだ。
視界さえあれば簡単にわかることがわからない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
狙い通り触手はパニックを起こす。右にふらふら左にふらふらと、あれだけコンビネーションを組んで包囲していたというのに、右往左往している。
叫んで触手達に振動を叩きつけながら、俺はめぐみんを連れて真っすぐに次の扉へと走る。
喉が痛くなってくる。
それでも俺は叫びながら扉へとたどり着く。
今までと同じように扉の横についているボタンを押し、めぐみんだけを中に入れて、俺は触手のところに戻ろうとしたら――ガシッとめぐみんに腕を掴まれて扉の奥へと引きずり込まれる。
軽装にもほどがある彼女に腕を掴まれた俺は、苦笑いをしながら痛む喉を抑えた。
「……バレてた?」
「バレバレですね。剣を取りに行こうとしていたなど、それはもうバレバレです」
めぐみんを次の扉に入れてから、俺は取られた剣を触手から取り戻そうとしていたのだが、事前に阻止されてしまった。
したり顔で告げるめぐみんの声は俺を非難する色が込められていた。
「あなたのやることなどお見通しですよ。わざわざ剣一本のためになにをしようとするのですか」
「だってあの剣は皆が買ってくれたものだし。いきなりなくしたというわけにはいかないし……」
「冒険者なら装備の消費は当然ですよ。……まったく。今度私とユウスケで似たような剣を買いましょう。それで良しとしてください。名前はもけもけ号マークツーですね」
おもちゃをなくした子供をたしなめるような彼女に、俺は頷くしかなかった。
しかし、敢えてめぐみんは指摘しなかったが唯一の武器がなくなってしまった今、どうすればいいのか。
俺が殴るだけでかなり威力はあるけれども、触手などといったモンスターが出てくれば対処は不可能だ。
今後のことを悩んでいる俺とは正反対に、めぐみんはまたあった階段を突き進み、次の扉へとたどり着く。
なんとか俺に残された武器とは言い難い鞘でそのボタンを押して、地下三階の扉を開ける。
そこは今までと違う小さな部屋だった。
えらく小さい。戦闘なんてできないほどの小部屋だ。トラップを仕掛けている様子もない。
「モンスター、が出てきそうな場所ではありませんね。端には水が流れている場所があったり、ティッシュが置いてあったりなんなんでしょうか、ここ?」
「休憩するところだったりするんだろうか」
記憶を失う前の俺からの知らせもない。まったくトラウマを感じなかった。
休憩場所というのが正しいのかもしれない。水が流れている場所。ティッシュにゴミを捨てるような小さな穴。敵意はなさそうだ。
めぐみんは首を傾げて俺に聞いてくる。
「休憩していきます?」
「手が痺れていたけど収まったし、大声出して喉が痛いのは少しの時間で回復するものでもないから俺は別段いいぞ」
「私もそんなに疲れているわけではありませんね。早く次の部屋にいきましょうか。ポチッとな」
「だから勝手にボタン押すなよ。まだ鞘があるしそれで押す方がいいだろう。今のところボタンに罠はないけどな」
「はて? ポチっとなポチっとな。ユウスケ。ボタンを押しても、扉開きませんよ。なにやら扉に文字は浮かんできましたけど」
今までボタンを押せば扉が開いていただけに焦る。
もしや故障だろうかと焦りながら、俺は扉に浮き出た文字を読む。
「本当だ。こんなところで立ち往生とか勘弁だぞ。えーっと、なんて書いてあるのか。――男が一人いて合計二人以上の限定クエスト。……しゃせいさせろ? 射精させろ!? しゃーせいさせろ!?」
意味が分からない。
意味が分からないぞ。どういうことだよ。
「意味不明だよ! なにこれなんだよこれ!?」
触手をパニックに陥らせたが、触手以上に俺がパニックになる。思わず叫んでしまうぐらいには書かれてあることに脈絡がなかった。
なんて書いてあるのか。
そんなパニックになる俺とは反対にめぐみんは、ここに書かれてある意味を普通に喋る。
「つまりはユウスケが自慰しろってことではないですか」
「…………」
女の子が自慰など言うものではありません。
俺は壁に向き合っていた。
部屋は小さい。大体三畳あるかどうかの大きさだろうか。端と端で別れていても二メートルほどの距離しかない。
物音などが確実に聞こえる距離である。
「もう出ましたか」
「……そんなに早くは出ない」
めぐみんの問いに無機質な声で答える。
俺は後ろでめぐみんがいるにもかかわらずズボンを下ろして下着をずらして男性器を手で掴んでいた。
それを手で擦る。
絶対にめぐみんにその音が聞かれないようにゆっくりとだ。
俺とめぐみんは反対側の方の壁に視線を向けて、俺はめぐみんに聞かれないようにオナニーをしているのだった。
……真面目にこれ、どういうシチュエーションなんだよ!?
作ったやつ馬鹿だわ。こんなの考えたやつは馬鹿に決まっている!
というか勃起するわけないだろ!
「まだですか?」
「……まだだ。時間かかるかもしれない」
俺は片手にティッシュを持ちながら、片手で竿を握って上下させている。
時間停止最中では露出をちょっとだけできるようになったが、この状況で勃起するには特殊性癖の持ち主でないと無理だ。俺も変態ではある。スケベ変態クズ野郎ではある。
しかし、今勃たせるのはどうも無理だった。
幾ら擦ってもいつもと違って全然大きくならない。ふにゃちんだった。
もう十分が経つのにこれだ。俺はエロいことなどなにも考えられず今まで送ってきた恥多い人生のことを考え出していた。どこで間違ったのか。この世に生まれたことだな!
「……どうしても無理なようでしたら、少し手伝いますか?」
「手伝うと言われても、どうしようもないだろうこれ」
「応援するとか。がんばれーがんばれー、みたいな」
「はは、気持ちは嬉しいけどそんなので……そんなので……」
彼女の微笑ましい言動に思わず笑って否定しようとして、自分の股間に反応があって言葉を濁す。
スケベで収まらないわ。ドスケベ変態クズ野郎だわ、俺。なんで大きくしているの……。悲しくなる。生まれてきてごめんなさい。
「もしかして効果ありましたか?」
「ない! ない! あるわけない! どんな変態だよ! 俺がそんな変態だと思うか?」
「効果あったのですよね。私としても早く次に進みたいですから正直に答えてください」
屈辱だ。ここまでの屈辱は初めてだ。
俺は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら肯定する。
「……あった」
「はぁ、わかりました。では応援するのでとっととすませてください」
彼女は盛大なため息を吐いてから、彼女はこほんこほんと咳をした。
死にたい。俺はとっとと死にたい。
「がんばれー。がんばれー」
めぐみんの可愛らしい声で応援されながら大きくなった男性器を擦る。
人生最大の汚点を増やしながら俺は自慰をしていた。
「フレー、フレーです。あなたの……その性器……といいますか……ああもうおちんこ! おちんこ! がんばれー!」
流石にめぐみんも恥ずかしいのか、途中で言葉を止めながらも卑猥な言葉を発言する。
「おちんこをおっきくしてください。小さくて粗末かもしれませんが、がんばってがんばっておっきくしてください」
あの子供っぽくて可愛い顔からそんな言葉が出てくるなど想像もできない。
彼女は必死になって、俺の男性器を大きくしようと応援しててくれた。
「ゆんゆんのおっぱいでも考えながらシコるんですよ。私は……ちょっとだけ足りていないので使えるかわかりませんが、今回だけは想像するのを許しますから。しこしこしこしことおっきくしてください」
物凄く恥ずかしい思いをしながら言ってるのが、後ろから伝わってくる。
「どびゅっと射精してください。おちんちんから白いのを出してください。がんばってがんばって」
その応援に益々あそこが大きくなるのがわかる。
特殊な状況下で俺は射精しようしていた。
「ああもう本当に馬鹿です! 馬鹿馬鹿ですよ! こんな状況作った連中もこうやっている私達も!」
恥ずかしさに我慢できなくなったのか、めぐみんは地団太を踏む。
その服装でと思うが、誰にも見られていないので構わないだろう。
「むぅ……仕方ありません。大サービスですからね」
彼女はどんな表情をしているのだろうか。
わからない。
ただめぐみんはひどく甘えた声で。
子供が親にお願いするみたいに。
娼婦みたく媚びるように。
「ユウスケ。お願いですからあなたのを」
可愛い魔法使いが俺に性的におねだりする。
「――射精してください」
艶っぽい声でのおねだりに俺は快感が最高潮になった。
とんでもなく興奮した。
たった一言で達してしまった。今までのが嘘だというぐらい出してしまった。
それをなんとも言えない気持ちでティッシュで受け止め、端の方にある穴に落とす。手を流れている水で洗って後始末を終える。
射精した瞬間に気持ちはどん底にまで落ち込む。
縄があったら首に巻いていたぐらいだ。
「…………」
「…………」
条件をクリアしたというのに、どちらも無言だ。
気まずい。気まずすぎる。
めぐみんはこちらに顔を見せようともしない。ただ耳は赤くなっていた。
俺は早く次の階に行きたい一心で鞘でボタンを押す。しかし、反応しない。
「は? あそこまでやって開かないとかなんなんだよ! マジで壊れているんじゃないか!」
俺は鞘で何度も何度もボタンを押すが、うんともすんとも扉は動かない。
なにか思いついたのかめぐみんは困った表情で言う。
「今考えると射精させろって言葉おかしいですよね。しろなら自慰ですけどさせろって誰かにしてもらうという意味になります。……まさか私がユウスケのを直接射精させることがこの部屋のクリア条件?」
……エロ遺跡の地下三階。
ここを通るにはこれからが本番だった。