階段に腰かけて抱いているめぐみんの顔を眺めていた。
白い肌。よく外に出かけている割には、箱入り娘みたいな白さだった。実際めぐみんを箱になど閉じ込めたら蹴破って出てきそうなのだが。
今は閉じられている目は、開けられるとどんぐり眼のようにぱっちりとしている。髪の毛はロングとショートの中間。ミディアム程度の長さの黒髪で、それが良く似合っていると思う。
彼女と会ってからそれなりの時間が経過した。
けどこうやって眺めていても、飽きないな。
美人は三日で飽きるという言葉があるが、美少女は別なのだろうか。
すっとめぐみんの目が開けられ、口が開く。
赤の瞳に映った俺の表情はどうしてか優しそうに見えた。
「……私の顔を見てて楽しいのですか」
「まあそれなりに」
「そうですか。それならいいです」
めぐみんはそう言ったきり黙ってしまう。
あんなことがあったのだ。気まずくもなるだろう。地下五階の試練は、魔法使いであるめぐみんにとって天敵みたいなものだった。
俺も想像もしていなかっためぐみんの姿。明らかに誰にも見せたくない姿である。
見た方としても気まずい。こういう時の対処法など思いつきはしない。そもそも状況が特殊すぎる。こういう時、どういう風にいえばいいのだろう。
悩んでいると、目線を逸らしながらめぐみんが呟く。
「……驚きでしたね」
「んっ」
「だから、驚きでした。まさか魔法陣に体力を奪う効果もあっただなんて」
「……うん?」
何の話を彼女はしているのだろう。
さっぱりわからない。
話についていけてない俺を置き去りにして、魔法使いは困ったような表情で俺の知識にない情報をすらすらと並べ立てる。
「体力はあなたに比べて私は少ないです。それが……致命的となりましたね。進めば進むほど私は喋られないほど疲労していきましたし、扉間際ではとうとう生命力を変換されすぎて失神までしました。まあたしかに……魔法陣は大規模すぎて、見えるピースだけでは全ての効果を見抜くことができなかったのは私の失策とも言えるでしょう! しかし。命の保証はされるというエロ遺跡ではありえない効果です。地下五階は欠陥品です。ダメダメです。責任者は誰でしょう。私から文句を言ってやります」
「……うーん、はい?」
彼女の言葉を理解しようとするも、意味不明だ。
事実としてはめぐみんは見事に魔法陣の効果を読み解き、それでも予想以上の性的快感によって彼女はその虜となり、俺の手を使って自慰をして絶頂した。これが事実である。生命力が変換されたなどはなかった。
しかし。ねつ造した過去をまるで本当のことのように喋っているが、彼女の中ではそれが事実ということになったのだろうか。
「えと。めぐみんはそういうことにしろってこと――」
「ユウスケ。そういうことってどういうことですか。これが真実ですよね。ついさっき起こった出来事ですよね。うん?」
にっこりと満面の笑顔で言葉の途中から被せてくる。
迫力満点だ。ドラゴンとてこの笑顔を見せ付ければ尻尾を丸めて逃げていくだろう。最後のうん? にとんでもないドスが込められていた。
ダメだこれ。マジだ。めぐみんの冗談抜きの本気の表情だ。一つでも反論しようものなら、キャインキャインと泣き叫ぶぐらい蹴りを入れられる。
「はい、その通りです。いやーめぐみんも大変だったですよね。お疲れ様ですよ。お体の方は大丈夫でしょうか?」
「言葉遣いが妙になっていますよ。ユウスケ、ふふふ。普通でいいのですよ普通で。なにもおかしなことは起こらなかったのですから。――それともユウスケは何か変わったことでも覚えているのでしょうか」
「何一つとして覚えてませんね。ハハハ」
底冷えする質問に俺は人形のように首を何度も横に振った。
キャインキャインと泣くようなことにならないように俺は記憶を封印することにする。怖いぞ。めぐみん怖い。単純に爆裂魔法を撃ち込むなどといった脅しを使わないのが怖い。
目を細めて口元に微笑を讃えるめぐみんは、美しくもあったが、それは真剣が鈍い光を放っているような肝が冷える美しさだった。
そこからめぐみんはふっと表情を緩めて、元の無表情なようでどこか愛嬌がある顔に戻る。
「では、地下六階へと行きましょうか。今度こそこれで終わると信じて」
「わかった。じゃあ降りてくれるか」
本当に次で終わってくれればいいんだけどな。もう五回も試練を受けているのだ。終わってもいい頃だろう。
「嫌です。面倒くさいです。疲れました。ユウスケがこのまま運んで下さい」
めぐみんは俺にだっこされた姿で、ぴしゃりと拒否する。
俺の腕を掴んで断固として降りる気配はない。
「いやいや、危ないだろう。階段を降りるんだからこの体勢だと」
「あなたはこんなので落とすような人ではないでしょう。もし仮に私を落としそうになってとしても身を挺して庇うでしょうし、ほら、私は絶対に安全です。あなたが心配することはないですよね」
「……その時は俺怪我していると思うんだが。はぁ、わかったよ。ちゃんと捕まっていろよ」
「よろしい。……うーむ、楽ちんです。一つ提案があるのですが、今後移動時は全部これで移動しません?」
「調子に乗りすぎ」
めぐみんをお姫様抱っこしながら俺は階段を慎重に下りる。
いつものめぐみんに戻ったのか、小憎らしいようで何故か憎めないことを言う。ただでさえ最近腕の筋肉がつきすぎではないかと思っているのだ。
爆裂魔法での帰り時だけにして欲しい。
もうこれで何回目の階段か。
どんどん下へ下へと俺達は来ている。
それも試練は下へ行くほどエロ度が増している。俺もなんだか今日は疲れた。エロは十分すぎるほど堪能したし、これで終わりにして欲しいという気持ちになっている。めぐみんのエロい姿も見れたし。記憶に封印するといったが、何度も思い返してしまうだろう。
めぐみんを抱っこした俺は、地下六階へとたどり着く。
流石にめぐみんもここまで来たら俺から降りた。次の試練は何が待っているかわからないからな。地下五階はあれほど手間がかかったギミックだった。
地下六階はなにが待っているか考えるだけに今から恐ろしい。
最初は自分からスイッチを押していためぐみんも、嫌そうな顔をしている。
「いっそもうこの階段に住むというのはどうでしょうか?」
「ここにか」
「少し狭いですが、住み慣れればどうってことはないかもしれません。私もそれなりに料理ができますが、もっと覚えるので。なんていい奥さんなんでしょう。これはお得ですね。ユウスケユウスケ。二人で一緒にここに住みましょうよ」
「食材もないのにどうやって料理するんだよ。現実逃避もほどほどにな。行くぞ」
「うう……。先ほどは魔法使い殺しみたいな罠でしたが、今度は剣士殺しな罠でありますように……剣士殺しの試練でありますように……」
酷いことを熱心に祈る魔法使いを尻目に、剣士の俺は扉のスイッチを開ける。
次の部屋は既視感のある内装だった。
その部屋に入るが、足も口も重たかった。随分重たい口ぶりで、俺はめぐみんに今後起こりそうな悪い胸騒ぎを共有する。
「嫌な予感がしてきた……」
「私もですよ……」
そこは地下三階の内装に非常に似ていた。
水が流れていて、ティッシュもある。違うのは地下三階よりも大分広いことだろう。普通の部屋ぐらいの大きさである。他に上の時とは違うのはベッドが置いてあったり、端の方に瓶みたいなものが三本並べられているところか。ベットのシーツでも薄着のめぐみんに巻かせようかと思ったが、ベッドと一体化されているもので取ったりすることはできない。
細かいところまでよく考えているなと思わず感心してしまう。
後ろで扉が閉まる。後戻りはできない。なんとなくどんな試練か察しながらも。俺達は歩いて扉の前に来る。
ボタンを押すと、また扉に文字が出てくる。
浮き出てきた文字を感情がこもらない声で読み上げる。
「あー、えー、と。男が一人以上。女が一人以上の限定クエスト。――満足するまでセックスすること」
今度はあまり驚かなかった。
地下三階が射精させろだ。今回はベットがあることで、どういうものかと想像はできる。
この危機を脱出するにはどうすればいいかと考えていると、ある方法が頭によぎってしまった。
セックスという言葉がどうも頭にこびりついている中、試練を楽に突破できる方法を俺は呟く。
「……もしかして、この限定クエストってある条件下においてしか発動しないんじゃ」
「要するに?」
自分の顎に手を当てながら、もう遅くなってしまった具体的な解決策を提示する。
「俺が先にこの部屋に入ってから出て。その後めぐみんが入ってから出れば、そもそもこの限定クエストが発動しないのでは」
「そんな、そんな素晴らしい妙案を今頃考えつかないでくださいよ!?」
めぐみんの叫びももっともである。
何故記憶を失う前の俺がこの試練を突破できたかと考えたときに思いついてしまった事柄だ。俺が一人でも通り抜けることができたということは、それで大丈夫なのだろう。一人だけならここを楽々通過できる。
おそらく前来たときの俺はこんな限定クエストがあることすら知らなかったのではなかろうか。
しかし、俺という男性とめぐみんという女性が一度に入ってしまったので限定クエストが始まってしまった。
普段のめぐみんなら同じことを思いつきそうなものだが、内心かなりテンパっているのだろう。
俺はめぐみんを見ると、なんだか恥ずかしそうに彼女は地面に視線を逃した。
「あ……ぅ……。な、なんでしょう」
彼女は自分の腕をギュッと掴んで、モジモジとしている。
恥ずかしそうにしているめぐみんに、俺は肩を竦めた。
「こうなったら仕方がない。救出がくるまでここで待つか」
まあ、セックスはない。ないな。
やりすぎだ。めぐみんも了承するわけがないし、こんなところで俺とめぐみんがするなんてありえない。この試練は実質突破不可能である。
視線をあげてめぐみんはどこか縋るように聞いてくる。
「救助を待つといっても時間かかるのではないですか。あまりに時間がかかると色々と不味いんですが……」
「依頼を受ける時に晩には調査を終えて報告すると言っておいたから、明日の昼頃には来てくれると思うんだけどな。ゆんゆんも今日ぐらいもしかしたら旅から帰っているかもしれないな」
「明日の昼ですか……それぐらいでしたらいけなくもないのかな」
何を彼女はこんなにも心配しているのだろう。
水もあるし、一応俺が固形の保存食料を持っているから明日までは充分持つと思うが。
お手洗いだろうか? 確かにここにトイレはない。でもそれは仕方がない。水が流れている場所があるからそこを水洗トイレと思って我慢してもらうしかない。
「冒険者が剣さえ持って地下六階にきてくれれば、扉なんて俺が切り刻めるしこの階からの脱出は簡単だ」
俺にはダークライトソードがある。
まさかデストロイヤーさえ斬ったスキルが、通用しないことはないだろう。
「エロ遺跡の施設自体に傷つけると災厄が訪れるなんていう伝承もありますが、まあこうなっては仕方がありませんか」
「その伝承は怖いな……。災厄が訪れたらその時対処しよう。とにかく今はジッと待つとしようぜ」
ベットに座るのもなんだし、俺は壁際に座って一休みをする。
疲れてるから一休みはしたいのだが、だからといって一日丸々休憩は逆に大変だな。
めぐみんも俺の隣に座って休んでいるようだった。
順調というにはあまりにもあれだったが、地下六階まで来た俺達はどうしようもない試練を前にして立ち往生するはめになったのだ。
まだ昼の二時頃だろう。
やることもない手持無沙汰の俺達はダラダラと喋り合っていた。
「やっぱりユウスケは良いところの出なんですね」
「良いところの出なんていっても貴族ではもちろんないけどな。まあ貧乏ではなかった。当時はなにに感化されたのか、外の世界が知りたくなってな。俺って割と知りたがりなところあるだろ。旅をして、この街に流れ着いたというわけだ」
「あなたにしては随分大胆な行動に思われます」
「……というのも、ある日。神様からのお告げみたいなのを聞いたんだよ。幻聴だろうけど、良い機会だと思った。その後押しもあって旅に出たんだ」
「あー、そういえば私と最初に出会ったときの紹介は、神に選ばれしとか言ってましたもんね。それが理由だったのですか」
「お前よくそんなこと覚えているな」
「あなたと初めて会った時ですよ。よく覚えています」
こけて頭を打って死んだので転生してきましたというわけにもいかないので、前々からこんな時のために設定は作ってある。
辿ってきた道のりや地名とかそこの風習とかも調べたり決めたりしているが、めぐみんに突っ込まれるとボロを出してしまいそうなので、こちら側からも尋ねる。
「めぐみんはどうやってアクセル街に来たんだ?」
「私ですか……」
彼女は視線をあげて過去の光景を思い出しているようだった。
流暢に派手派手しい過去を語り始める。
「学業優秀な私は学校を卒業し、地元の店からは雇うから残ってくれという声を冒険者になるために振り切って、テレポートでアルカンレティアに着きました。里の転送屋のアクセル街に一番近い登録場所がそこだったので。そこでも大活躍した私は、自信を大きくして意気揚々と馬車でアクセル街に乗り込んだというわけですよ。……いやー、まったくアルカンレティアの人からも残らないかと言われて大変でした。こういうのは優秀な人間の罪ですかね。ふっ……」
格好良くたそがれるめぐみん。
うん、大分話に誇張が入ってそう。
自信満々に話していた彼女だが、そこからは声が少し抑えめになる。
「……まあ、私の快進撃もそこまでだったといいますか。アクセルの街でも一度活躍はしましたが、それ以外はさっぱりでした」
俺も彼女の言葉は覚えている。
爆裂魔法だけしか撃てないせいで、パーティーに入れてもらっても上手くいかず、段々とパーティーを組んでもらえなくなったんだったか。
この街であの魔法は戦力過多なのは事実だ。パーティーを組まないと判断した人達を責めるわけにはいかない。
「…………」
体育座りをして膝の上に手を組んで、その上に頭を乗っけていためぐみんは首を傾けて俺に視線を向ける。
「……ユウスケは、私に爆裂魔法以外の魔法を覚えろとか言わないんですね」
「お前……前もそんなこと聞いてなかったか」
デストロイヤーと対峙した時だ。
彼女はその時もこんな質問を投げかけてきた。
めぐみんは純粋にわからないといった表情を浮かばせていた。
「だって気になるんですよ。パーティーに入れてくれた理由はわかりました。でもあなたは一度も爆裂魔法以外を覚えろと言ったことないですよね」
「そうだっけ?」
「はい。最初に爆裂魔法以外を覚える気はないのかと聞いたぐらいです。私が失敗したときには嫌味程度は言われましたけど、それで爆裂魔法をやめろや他の魔法を覚えろなどは一切言いませんでした。――どうしてユウスケは私に他の魔法を覚えろと言わないのですか? 大抵のモンスターは今の爆裂魔法でも倒せます。それならこれ以上爆裂魔法に傾倒せず、他の魔法を覚えるように言うのが普通です」
彼女は真剣に言っているようだった。
真面目に変なことを言ったり、素の表情で冗談を言ったりすることがある彼女だが、今回は心の底からの質問に見えた。
彼女の言葉は至極真っ当で、俺は肯定する他ない。
「確かに、めぐみんが他の魔法を覚えれば大助かりだよ。俺達のパーティーは楽ができる」
「そう、ですよね……」
「でもな。めぐみん。今楽ができたからってなんだっていうんだ」
「え?」
勘違いをしている。
彼女は大きな勘違いをしている。
確かにめぐみんはちょっとでも他のスキルを覚えた方が楽になるだろう。けれども楽になったとしてそれがなんだというのだ。
「ゆんゆんなんかは更にスキルを覚えて万能と言えるよな。幅広く対応できるようにするのは確かに価値がある。きっと誰からも求められる強さだ」
ゆんゆんは凄い魔法使いだ。
でもめぐみんにだって俺はそう思っている。
「それと同じぐらいに究極の一ってのは価値があると思っている。万能にはできることが多くなるかもしれないが、それは他の人もできるだろう。俺の強さだって所詮は誰かのできることでしかない。――ただめぐみん。お前が更に爆裂魔法を磨き上げれば、お前以外にはできなくて、お前にしかできないことがきっとある」
楽になれない分だけ俺が苦労しよう。
ゆんゆんだってめぐみんの爆裂魔法の威力は認めているので、ライバル意識があるから口では素直に言わないかもしれないが、認めてくれるだろう。
「だから誇ってくれ。誰がなにを言おうとお前には価値がある」
それだけしかできない?
いいや、彼女にしかできないだ。
今の話では分かりにくかったかと、俺はぽりぽりと頭をかきながら結局一番伝えたかったことを形にする。
「……ごちゃごちゃ話したが、俺が言いたいのはお前は凄いやつだってことだ。ずっと前。出会った当時から俺はそう思っている」
めぐみんみたいに他の人に反対されるような生き方を俺はできない。臆病者の俺は誰かの視線がどうしても気になる。
時間停止なんていうのがなければ結局エロいことなんてろくにできないのが俺だ。
必要とされるのは喜ばしい。誰かに求められるような強さを目指してしまう。目先の誰からもわかりやすい強さに飛び付いた。
それを浅ましいとも人として当然だとも思う。
でも、好きだからという理由だけでそうしないめぐみんのなんと格好良いことか。
その眩しい生き方。人の目を奪うような生き方に……憧れを抱いてしまう。
まるで月を見るかのようだ。
決して届かない少女に俺は憧れたのだ。
二回りも小さいこの魔法使いに尊敬の念を抱いている。
彼女は一体どこまで高みに上がっていくのか。今でも高嶺の華。いや高嶺の月みたいなものだが、この魔法使いがどこまで行くのかは、少し寂しくて、とても楽しみにしている。
まあクズな俺の褒め言葉に価値があるとは思えないが、それでも言わざるをえなかった。
俺のヘンテコな演説を聞いためぐみんはクスッと笑った。
「……臭いセリフです」
「俺もそう思う」
言っててかなり恥ずかしくなった。
これで少しの間めぐみんにからかわれるかもしれない。
「誇ってくれなんて初めて聞きましたよ」
「俺も初めて言ったわ。……二度と使わないので、勘弁してくれる? ノリで思わず。……まあ言ったことは本心なんだけど」
「どうしますかねー」
根が悪戯っ子なめぐみんは実に楽しそうだった。鬼の首を取ったようである。
早まった。熱い気持ちをそのままぶつけるものではない。それもめぐみんに。
「誇れ。誇れ、ですか。……私に価値があるですか。凄いやつですか……」
それが証拠に彼女は飴玉を転がすように味わいながら呟いている。
あー、これ長い間使われるわ。少しの間できかないかもしれない。できれば他の人には言わないでほしい。
「もう、ユウスケは……本当にユウスケなんですから。しょうがないです。はい、しょうがないですね」
呆れたように、かつとても嬉しそうにしながら、めぐみんはすくっと立ち上がった。
一歩二歩と斜め前に移動して、俺の目の前に立つ。
裾がかなり短いので、座った状態の俺からあそこが見えそうになっているのだが……。
「なにをしているのですか。早くしましょう」
「は、一体なにを?」
突然、立ち上がったと思えば、どうしていまだにそうしているのかといった具合に疑問をぶつけられた俺はというと、意味も分からず聞き返す。
若干乱れている髪の毛を手で整えて身なりを気にした様子のめぐみんは、当たり前のことを喋るように説明する。
「ですから。――性交ですよ」
「はー、成功か」
告げられた言葉をオウム返しする。
成功? なんの成功? なにかを成功させるのか?
彼女の言葉がわからず俺は頭を回転させていたのだが、ベッドが目に入り、彼女の真意を理解する。この試練のことを思い出す。
え? は。つまりそういうことなのか!
俺は座りながらも前のめりになって、彼女を問いただす。
「せ、性交? 性交って、意味わかっているのか、お前!?」
口から出る言葉が震えていた。
それだけありえないと思っていたものだったから。
いや聞き間違いだ。めぐみんの方からそんなことを言うわけがない。彼女は俺の事を特別に好きでもない。一体何を勘違いしているのか。
驚いた表情をしている俺に、何故だかその顔を見て一度にんまりと笑った後。
「ふぅー。ユウスケの方こそ意味がわかっているのですか。経験なさそうですし。……こういうのは女性から言わせるものではありませんよ。これ男として恥ずかしいことですからね」
呆れたように息を吐いためぐみんは彼女らしい勝気な笑顔を作る。
ぐるぐると混乱した目ではない。自分でしっかりと考えて結論を下したからこそ出せる自信のある表情。
彼女はいまだに座ったままの俺に、手を差し出してくる。
「――セックスを今から私とあなたでしましょうと言ったのですよ」
ありえないことに。
届かないはずの月が、そうスッポンに誘いかけてきた。
――本人が余裕がある表情をするのを心掛けているようなので、それだけにこうやって仮面を剥ぎ取って間抜けな顔を見るのは、楽しいです。
……自分でもとんでもないことを言っている自覚はあります。
こんなこと一時的な感情にすぎません。私達の種族は賢いのだからそれぐらいは理解できます。
私の初めてなんてプレミア中のプレミア。王国の全財産と同じぐらいの価値があります。
付き合ってすらない男に簡単にあげられるものではありません。
結婚の約束と爆裂魔法の付き添いに一生付き合うのが最低条件ですね。それなら私もこの体をほんの少し使わせてあげても構いません。
しかし、困ったことに賢いのと同じぐらいに私達の種族は刹那的な感情で生きてしまいます。
はぁー、まったく難儀なものですね。
目の前の男は私のことを大好きですが、他の皆も好きです。
どんな人であれ、どこか好意的に見るといいますか、眩しいものに憧れるように見上げてくるんですよね。顔も悪くないし、背だって高い。冒険者としての才能もあるくせに、あんな目で見てくるのですから嫌味ですか? 嫌味ですよね。
私もこの男のことが嫌いではありません。むしろ好きです。いつも期待してくれて、私の実力を認めてくれて、常に前で戦ってくれるこの人のことを好きになるのが自然でしょう。
一緒にいて落ち着きます。喋っていて笑顔になります。触れられていて心臓が高鳴ります。ふと、その腕で抱きしめられたくなります。
ただこれが愛情なのかはわかりません。まだ私も子供なのでしょうか。
でも、しょうがないじゃないですか。
悔やむのも反省するのも未来の大人な私がやってくださいということで。
……ユウスケ。
なんにでも好きになってしまう頭が幸せなこの男。
頑固者で常識人振るくせに妙に子供っぽさが抜けていないこの男のこと。
私のなんでもかんでも肯定する。何もかも包んでしまう安心感と危うさを併せ持つ出会ったことのない人物。
わかりやすい性格をしているのに――どこかわからない部分がある人。
いつも保護者気取りのくせに実は一番危なっかしいこの男となら、いいかと思ってしまいました。
初めてを捧げても、まあいいか、と思ってしまったのですから――。