水の都アルカンレティア。
その都市の名前はこの国の誰もが知っている。美しい景色。水と調和した建物の数々。
水とは人々と最も近しい物質と言えるだろう。人間が生きるということは水と接していくということだ。人としての根源的なものを思い出させてくれる都市である。
水だけでなく温泉街としても有名で、源泉から引かれた温泉は体を癒し、観光客を呼び寄せる。
疲労や体の痛み。何故か手先が微妙に器用になるなどいくつもの効能を持つ温泉には、一般人だけなく貴族なども入りに来るほどだ。後は職人とかも。
しかし、それだけでは国の誰もが知っているとは言いがたい。
この都市が誰に聞いても答えられるほど有名足らしめている理由は、アクシズ教の聖地だということである。
つまりはアクア様。
麗しと美貌と慈悲と水の女神様であり、俺を転生させてくれた神様の教徒達が住む場所でもある。
何故彼らが住んでいるからといってそこまで有名かというと……まあなんだ。あれだ。有名なのは間違いないんだ。うん、有名ってことが大事よね!
そんな聖地にとある目的を持ってたどり着いた俺とめぐみんとゆんゆん。
一日かけてこの都市に来たわけだが、着いて早々俺は馬車の人と揉めていた。
「お代はいらないって、そんなわけにはいきませんよ」
「いえいえ。あのダスティネス家のご紹介ともなればお代なんていただけませんよ」
「むしろ俺としては払わないのはダスティネス家の名前に傷をつけてしまう。そう考えているので、受け取ってもらえませんか」
「……本音を言わせてもらえれば、ダスティネス家というより、ララティーナお嬢様ですね。あのお方への感謝の気持ちです。私もそう考えています。だからこればっかりは受け取れません」
茶色の皮財布から金は取り出しているのだが、一向に御者さんからは手のひらを突き出されて渡すことはできない。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆんゆんに手を引かれて馬車から降りためぐみんは大きな欠伸をした。
「ふぁー。いらないといっているのだからいいのではないですか。無理矢理お金を払うというのも変な話ですし」
「まさしくその通りです。我が町の英雄ララティーナお嬢様への感謝の印とお思いください」
ここまで断固として拒否されては渡すことはできない。
だからといって、丸一日付き合わせてタダというわけにはいかない。無理を言って夜から馬車を走らせたし。
俺はパチパチとまばたきをして、ゆんゆんに合図を送る。
「んん?」
首を傾げるゆんゆん。
その姿は可愛らしいけど、気づいて俺の意思に!
「……もしかしてですけど」
私ですか、と彼女は自分を指差す。
気づいてくれたか。俺は御者の人と喋りながら小さく頷く。渡せないならこっそり馬車の荷車にでもお金を置いてくれればいい。
「…………っ」
そうすると、ゆんゆんは照れた表情でモジモジと体を揺らしてから――こちらにウインクした。
アイドルみたいに決まっている。パチンとウインクをした後は、顔を赤くしてちゃんとできましたか、みたいな視線を送っている。
……できてねえ! まったくできてねえ!
ウインクは完ぺきだったけど!
悲しいぐらい意思の伝達はされていなかった。
話で引き留めるのも限界で、御者の人は帽子をパッと取ってお別れの挨拶をして去っていく。
「ご利用ありがとうございます。ララティーナお嬢様の加護がありますように」
「あぁ、待って……」
止めようとするも止まらないので、俺はバッグを置いて大きく手を振りながらお礼を言う。
「ありがとうございました!」
荷台で彼の姿はもう見えないが、そのお礼は受け取ったとばかりに御者さんは突き出した手をひらひらと動かしていた。
その馬車の姿が見えなくなるまで見送った俺に、ゆんゆんは少し興奮した素振りで聞いてくる。
「ユウスケさんの指示通りできてましたか!」
「……あ、うん。できてたよ」
できていたのはウインクだけど。
「良かったです! いきなり合図送ってくるからビックリしましたけど、私できていて!」
まあ、そうだな。
もう過ぎ去ったことだ。
今更掘り返すこともないだろう。しかし御者の人には悪いことをしたな。
「ふぁあー。んにゃ」
大きく欠伸をしためぐみんは猫のように体全体を使って伸びをしていた。
服はエロ遺跡で手に入れた服ではなく、いつもの服である。ただいつもと違ってマントがないので、どこかしっくり来ない。
帰りは元気なように見えていたが、疲れは俺以上に溜まっていたようだ。馬車の中ではゆんゆんの膝を枕にしてぐーすか眠っていた。道中爆裂魔法を一度使った以外は、殆ど横になっていた。
これまた猫のようにくしくしと目頭を擦っためぐみんは、ダルそうな声で教えてくれる。
「心配しなくとも私が置いときましたよ」
「本当か。ありがと」
さすがはめぐみん。俺とゆんゆんがアイコンタクトを失敗している最中にお金を荷台に置いといてくれたか。
以心伝心である。
「へっ?」
言葉の意味がわからなそうにしているゆんゆんだが、敢えて勘違いをしていたことを突っつくのもあれなので、見て見ぬ振りをする。
それよりか気になることがあったし。
「――なぁ。ダクネスって今どんな存在になっているんだろう……」
去っていった馬車の方向を見ながら呟く。
まさか彼女の友人というだけでタダになりそうになるとは思ってもみなかった。
「今や時の人ですからね。記念日にするのはダクネスの執拗な妨害で頓挫しましたが、アクセルの街では大ブームですよ。非公認のグッズも出ていたりしますし」
「私もララティーナティーシャツ持ってるよ! ダクネスさんの鎧が欲しいという人いるけど、オーダーメイドっぽくてどこに売っているのか探している人も多いんだよね」
「私も実はマグカップを持ってます。この前ダクネスに自慢していたら危うく割られそうになりました」
「あんまりからかってやるなよ。あいつ実は結構繊細なんだし」
デストロイヤーを倒すのは、超大事件だった。
あれだけ無敵で最強で無双していた兵器を倒したのは、アクセルの街でも誇りとなる出来事で、それも大貴族の一人娘であり冒険者なダクネスの指示によるものだ。
彼女が作戦を作って、指揮をして、あのデストロイヤーを破った。
そりゃ人気にもなるか。
あまりにも話題になる要素が揃い過ぎている。
冒険者からも貴族からも人気沸騰である。
その名声は遠く王都まで届いているようで、ダクネスの家に王都から使者が来るらしい。
ダクネスにめぐみんの事情を説明して紹介状を貰ったのだが、次の日に王都からの使者が来るというのに仲間思いの彼女は、自分も旅に同行すると言いだして、屋敷中の使用人から必死に押さえつけられていた。
俺は使用人達に謝罪しながら逃げた。
化け物に襲われるのを仲間達が食い止めるみたいな感動的なシーンになっていたのが目に焼き付いている。
十人ほどの使用人を引きずりながら待てー! と叫ぶダクネスの声が耳にこびりついている。
――ありがとう。ダスティネス家の使用人さん達。帰ったらお土産持って行きます。
「なにやら遠い目をしながら合掌していますけど、今日はこれからどうするんですか。もう夕方になるぐらい遅いですし」
「ん、ああ? 今日のところはそうだな……一先ずゆんゆんには手紙を届けに行ってもらってもいいか?」
「速達で、ですね。馬車の中で書いていたので紅魔の里への手紙はすぐ出せます。多分、明日の夕方には転送屋さんがくると思いますよ」
書き終わった手紙を両手にしっかりと持って遠慮がちに見せびらかしている。
めぐみんが寝ていたし、俺は前の席だったので会話をしていなかったがそんなことをしていたのか。
「はー。ゆんゆん準備良いな。流石だわ」
「えへへ、そうでしょうか」
褒められると素直に笑顔になるゆんゆん。
俺が割と抜けているところがあるので、こうやってフォローしてくれる彼女にはよく助けられている。
「ふむ、ちまちまと点数稼ぎですか。私は一気にドバっと稼ぐのが性に合ってます」
「……言っておくけど、これめぐみんのためにやっているんだからね! ちょっとは……感謝の言葉言ってくれてもいいんだから」
「はいはい、ありがとうございますありがとうございます」
「投げやり!? その二度繰り返すのは明らかに気持ちが込められていない証拠よ!」
めぐみんが悪いというより今回は俺が悪いので、俺としてもかなり気まずかった。
なんだかんだ理由付けてめぐみんのマント代とここの滞在費は俺が出すことにしよう。……とはいえ、今日一日は宿に泊まるというのは無理なのだが。
「俺達はこの街の警察署に事情を説明してテントの用意をしておくよ。今日は街の外で泊まらないといけないしな」
「えええええー!?」
めぐみんが露骨に嫌そうな顔をして驚く。
ゆんゆんも声には出していないが、嬉しそうではないのは確かだ。
「なんでですか!? 宿に泊まりましょうよ! 折角の温泉街なんですよ!」
「もし睡眠中にめぐみんが魔力が貯まり切ってしまったら、爆裂魔法を放たないといけないだろう。街の中でぶっ放すわけにもいかないし今日ばかりは仕方がない。……我慢してくれ」
特に睡眠中は魔力の吸収が激しいらしいし、ありえないことではない。
元々疲れていて、魔力の自然放出が上手くいかないせいで体に熱が籠って体調が悪そうなめぐみんにはすまないが、こればっかりは本当に仕方ないのだ。
めぐみんは納得はしているようだけど、それでも不満そうに口を尖らしている。
「既に温泉に浸かってふかふかのお布団で寝る体になっていたのに」
「私も……一日中めぐみんを膝の上に載せてて体痛いし。……あっ、めぐみんは街の外で野宿しないといけないけど、私は温泉宿に泊まることも可能……?」
「うん? ゆんゆんは宿に泊まっても大丈夫だぞ。めぐみんには俺がついているから心配いらない」
ゆんゆんもどこを旅をしてきたかは知らないが、旅をしてきたばかりだしな。後五、六時間ぐらい外で待っていたし。
外でテントをして野宿をするにしても、俺一人いれば十分だ。美味しい料理でも食べてゆっくりしても構わない。
「ゆんゆんっ」
「えっ、なに、そのめぐみんにあるまじき笑顔。そういう時のめぐみんって大抵ろくでもないこと考えてて嫌なんだけど」
長年の付き合いであるゆんゆんはめぐみんの表情だけでなにかを察したようである。
そうは問屋が卸さないとばかりにめぐみんが話しを続ける。
「私達、幼馴染ですよね」
「紅魔の里はそんなに大きくないから、ある意味同世代の子全員幼馴染というと思うけど、そうね」
「それなら幼馴染はどんな苦労も分かち合うのも当たり前ですよね」
「あっわかったわよ! めぐみんの言いたいこと! どうせ一緒に野宿してくださいってことでしょ! 私がいてもいなくても同じなら一晩だけ私は宿で休んでもいいじゃない!」
「ゆんゆんはそんなこと言うのですか……」
めぐみんは顔をうつむけて、あからさまにしょんぼりとする。
普段が普段なだけにそういう仕草をされると、こちらがいたたまれない気持ちにされる。
「私はボン! となるのが怖いから、幼馴染のゆんゆんが一緒にいてくれたら心強いなと思ったのに。……ごめんなさい。ボンとなるかもしれない儚い命の私にしては過ぎたお願いでしたね……私のことなんか忘れてゆんゆんは宿で休んでください」
「いるわ! 一緒にいるわ! めぐみんとずっと一緒にいるわ! 絶対離さないんだから!」
大事な杖も落としてゆんゆんはめぐみんに強く抱き着く。
美しい友情がそこにはあった。
「そう言ってもらえて嬉しいですよ……ふふふ」
抱きしめているゆんゆんの方からは見えないが、俺からは邪悪な表情で笑うめぐみんの顔が見える。
一人だけ宿で休ませるかという邪な考えがそこにはあった。
悪魔か。
小悪魔めぐみんか。
……実際、大部分はその悪魔みたいな思考から来ているのだろうけど……少しはゆんゆんが一緒にいてくれて心強いと思っていたりするのだ。彼女はそういう女の子である。
「……ユウスケ。その顔はなんです、にやにやして」
そんな考えが表情に出てたのか、不愉快そうに尋ねてくるめぐみんに、俺は微笑みながらなんでもないと首を振った。
「まさか寒そうにしているエリス教の若いプリーストに温かくしてあげようと思いやる気持ちが犯罪とでも?」
「それは犯罪ではないな」
「では、くしゅんとクシャミをしたエリス教のおっぱいが大きいプリーストに私の服を分け与えるのは犯罪とでも?」
「マフラーなどなら気持ち悪いかもしれないが犯罪ではないな」
「もしや最近気になる男ができてスカートを少しだけ短めにしたエリス教のプリーストに私が公共の場でズボンを脱いで渡したのが犯罪とでも?」
「それは犯罪だな」
「……はい」
「留置所に一日入っていてもらおうか」
「……わかりました」
アルカンレティアの警察署に俺とめぐみんは来ていた。
ゆんゆんには手紙を出しに行ってもらっている。
……見ていない。慣れた様子で警察の人に連行されるアクシズ教の信徒なんて見ていない。
アルカンレティアが有名な理由を実感しながらも、無理矢理見て見ぬ振りをした俺は、警察の人に若干嘘が混じった説明をして許可を貰おうとする。
「ここにいる魔法使いはアークウィザードなんですが、上位悪魔に呪いをかけられまして」
「ほう、呪いを……」
「それがなんとも困った呪いで、大量に魔力を放出しなければ死ぬ呪いというものです。見てのとおり彼女は紅魔族ですから、紅魔の里に呪いを抑える道具を持ってくるように頼んでいるのですが、今日は間に合うことは無理なので、街から少し離れた場所に野宿をする許可を貰えないかと。とんでもない威力の魔力が放たれても大丈夫な場所で」
「そんな可哀想な呪いを受けた薄幸の魔法使いが私です」
「は、はぁ」
マントがないのでボンとなりそうですというのはあまりにも信憑性に欠ける。事実なのだけれど、信じてもらえるとは少し思いにくい。
なので、まだ呪いなどといった方が受け入れやすいかとめぐみんと話し合って説明しているわけだが、すんなりと受け入れられないようだった。
「うーん、呪いですか……」
明らかに疑わしい目で見られている。
当たり前だよな。俺もそんなこと言われたらこいつ怪しいやつだと感じるわ。
こうなれば奥の手を出すしかないか。
御者さんのおかしな反応からしてそんなに出したくなかったのだが、俺は鞄から高級な紙を取り出して、警察の人に差し出す。
「一応貴族からの紹介状があるので、俺達の身分は怪しいものでないとわかってもらえると思うのですが……」
「貴族からですか。それなら身分は保証されますね――って、え? だ。ダスティネス家!? ダスティネス・フォード・ララティーナの紹介状!?」
誰からの紹介状かを確認した警察の人は、警察署内部に響き渡るような大声を上げる。
凶悪犯を見つけたときにも出さないような叫び声だ。近くにいる俺達は耳がキーンとする。
「なんだなんだ?」
「すごい単語が聞こえたがマジかよ!?」
「俺にも。俺にも見せてくれ!」
警察署の人が彼の声に反応して押し寄せてくる。
え、アクシズ教を連行していた人も来ているけどいいの? 連行されていたアクシズ教徒も普通に見にきているけどいいの?
「……ザリガニ釣りには、釣ったザリガニの体を千切って餌にすると食いつきがいいのですが、それを思い出しますね」
その例えはどうかと思うが、この紹介状の効果には感心してしまう。
流石は大貴族ダスティネス家。
知名度は抜群だ。ダクネスには悪いが、紹介状による家紋の効果を思い知らされる。
しかし、俺が予想していた彼らの驚きの理由は違ったものだった。
「――ララティーナお嬢様の紹介状ですか!」
あっ、そっち?
警察の人達と連行されていたアクシズ教徒は物凄い興奮した様子で、熱量たっぷりに語りだす。さっきの疑ってかかっているときの冷静な様子とはまるっきり反対だ。
「アクセルの街! いやこの国の大英雄ララティーナお嬢様!」
「貴族でありながら冒険者として活躍し、街を守るために立ちはだかった真の勇者!」
「弱きを助け。強きを挫く。マスラオの中のマスラオ! その名もララティーナお嬢様」
鼻息荒く、まるで憧れのトップスターを語るみたいに興奮する彼らに俺とめぐみんは引いた。熱度が違い過ぎる。タジタジである。
それとダクネスは女性だからマスラオはおかしい。
無数の顔が近づいてきて、まるで犯人を詰問するかのように彼らは次々と質問をぶつけてくる。
「あの機動要塞デストロイヤーを一睨みで止めたって本当なのか!?」
「えっ」
「誰も怯えて立ちすくんでいる中、彼女一人がデストロイヤーに突っ込んでいこうとしたのは真実なんだよな!」
「えっ。ええ」
「指先であの世界中で暴れまくった兵器をひっくり返したという噂は出鱈目じゃないんだよな!」
「えっ。えええええ!?」
勢いに押されるばかりだ。
ちょっと待ってくれ。ダクネスってどういう存在にされているの? デストロイヤーよりよっぽど化け物にされているのだが。
二歩ぐらい彼らの勢いに押されて下がっていると、警察の一人がポツリと呟いた。
「……これは流石に嘘だと思うのだが……ララティーナお嬢様の腹筋が割れているというのは話を盛っているよな?」
「それは本当です」
「おいめぐみん!?」
「ですが、事実ですし」
俺も時間停止中に風呂で見たことあるからそれは知っているが、そんな女性の体のことを勝手にばらすんじゃない!
ぷるぷると彼らは震えだす。
とうとうおかしくなったのかと思ったら、彼らは喜色満面で互いに頷き合った。
「うおおおおおおおおお! やはりララティーナお嬢様の噂は全て真実だったのか!」
「英雄だ。……俺達はなんて英雄と一緒の時代に生まれてしまったのだ……!」
「我慢ならねえ。もうララティーナコールするっきゃねえ!」
そこから沸き起こるララティーナと名前を叫びながら拳を突き上げる儀式を彼らは始める。
すごい既視感だった。
いつぞやの冒険者ギルドを思い起こす旋風である。
完全についていけてないのだが、ここで突っ立っているわけにもいかないので、最初に対応してもらった警察の人におずおずと声をかける。
「あの……街の外に野宿できるかどうかの件はどのように……」
「もちろんララティーナお嬢様の紹介状ならオッケーです! どうぞどうぞ! これが地図で、ここ辺りなら大きな音を立てても大丈夫ですよ!」
「明日からは宿に泊まるようですが、この街で一番の宿の主人とアクシズ教徒繋がりで知り合いなので私からその宿への紹介をさせてもらいますね! あっペン貸してください。よしっ、これを渡せば少し安くしてもらえて良い部屋に通してもらえますよ!」
警察の人から許可と地図を。連行されていたアクシズ教徒からは何故か宿の紹介状を貰う。
ありがたいけど、何かしら腑に落ちない感が半端ない。
「…………っ」
……ついていけない。このノリにさっぱりついていけない。
それでもやってもらったことは確かなので、俺は頭を下げる。
「えっと……この度は本当に感謝致します」
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」
あっ、ダメだこれ聞いてねえわ。
コールに夢中で誰も俺の感謝など耳に入っていない様子である。
猛烈な熱狂を背に、おそるおそる俺とめぐみんは警察署から脱出する。ゾンビ映画で信頼できるはずの警察署に辿りついたら、もう時すでに遅く警察署もゾンビウイルスが感染していたみたいな気分だった。
「……なんか思ったより大事になっているな」
真面目にどれだけダクネス旋風は巻き起こっているのだろう。
汗をかきながら魔境から脱出した俺に、めぐみんは問いかける。
「ダクネスを英雄にした陰の立役者としてはどのようなお気持ちですか?」
「……物凄い高価なお土産買っていこうと思うよ」
ダスティネス家の使用人だけではなく、ダクネスへのお土産も必須である。
どうやら帰りの荷物が大変なことになりそうだった。
二つのテントの周りに聖水を撒いていく。
この街では更に安価に売っていたアクシズ教の聖水である。街の外なのでモンスターが出る可能性は充分あるので、少しでも襲われる心配を減らすためだ。
「ユウスケさんユウスケさん、お休みなさい」
「……ふぁー、では、お休みなさい」
ゆんゆんはわざわざテントから顔出してきて、めぐみんはテントの中から声をかけてくる。
俺は最後に二つのテントに聖水をかけながら返す。
「おう、お休み」
用意が終わったので、小さい方のテントに入る。
向こうには下に長いタオルを敷いて薄い布団を用意しているが、こっちには薄いシーツを体にかける程度だ。地面の硬さを感じながらごろりと寝転がる。
「ふぅー」
それでも体は休ませることができる。
たまに遠出したりするクエストの時なんかは野宿もあるので、随分テントを用意するのにも慣れた。昔は手間取っていたりもしたが、今は一人で十分もしない内に二つのテントを組み立てることができる。
狭い空間。
あまり金がない時に買ったので、こちらはあっちのテントと違って中古だ。
ぼろっちい天井が見える。
腕を枕にして俺は睡魔が訪れるのを待ったが、なかなか来ない。
デストロイヤー戦後はただでさえ夢見が悪いのだから、さっさと眠りたいのだが、どうも眠ることができない。
めぐみんの体が大丈夫か心配ばかりしていたが、ここまで来たら大丈夫そうなので、俺は彼女との関係について思いを巡らしていた。――めぐみんとの関係。
彼女と俺は過ちをおかした。
昨日結ばれてしまった。
めぐみんのボン事件で頭が一杯になっていたけど、これから彼女とどう付き合っていけばいいのだろう。時間停止の時はなかった悩みだ。彼女は生きている。彼女は喋っている。彼女は俺と話している。
「……どうすればいいんだろうな」
時間停止最中ではない。
めぐみんという意識のある一個人と俺は関わった。
人と関わるということは責任を負うということだ。
セックスをした。
彼女の小さい体を存分に抱きしめた。あの柔らかくもちっこい魔法使いと体を重ねた。可愛らしいめぐみんは俺の腕の中にいた。
それは事実で、変えようがないことだ。
時間を停止できても、時間を戻すことはできない。
「――ああ」
手を天井に掲げる。あまりにも薄汚れた手。クズの手。彼女を抱きしめた手は、穢れている。
こんなクズな俺が――めぐみんにどうしてあげればいいのだろう。
「ユウスケ。起きてますね」
名前を呼ばれて驚いて、テントの入り口を見る。
ひょこっと見慣れた顔が覗いていた。
「少し……話に付き合ってもらえませんか?」
悩みの種だっためぐみんは、小さなテントの入り口に小さな顔だけを突っ込んで、俺を訪ねてきた。
長い――夜になる。