「間に合っているので」
この言葉ともう一つ、急いでますので。
二つの言葉を自由に操ることができれば、道すがらのキャッチセールも家に来る押し売り営業もさらりとかわすことができる。使うだけで、私は完全に興味を持っていませんと終わりにできるのだ。
それが、ここではなんと通用しない。
「ちっちっち。間に合っているで終わらせてはいけません! 意識が低くありませんか? 昨今、最早間に合っているのではなく、今から間に合わせるものですよ!」
「……そんな格好いいこといわれても、ほんといいんで」
「本当に良い? つまりは改宗してくれることですか。あっざーす!」
「ちっげーよ!」
俺はゆんゆんの手を取ってそのタフでしつこい勧誘から逃げる。言葉で通用しない相手には物理的に遠ざかるかしかない。あまりにも言語は無価値であった。
石の床を小走りで駆ける。後ろから呼び止められる声がするも、まったく後ろ髪を引っ張られない。普段はキャッチセールを断るのにも、少し嫌だなと思う俺にも罪悪感とかそういうの一切なかった。
流石に追ってはこないようなので、立ち止まって隣を確認する。
あどけない顔つき。その少女のあどけなさに合わない恵まれた体を持つゆんゆんは、なにを発するでもなく、ボーとした瞳で自分の手に視線を落としていた。
俺の野暮ったくてゴツイ手と繋がっている彼女の柔らかな手に。
「ごめん。咄嗟に手を掴んでしまった」
「えっ。あっ。そんな!? か、かかか構わないんですよ! 私なんかの手なら幾らでも取っても! まさかうわー、男の人の手ってこんなに逞しいんだと内心ドキドキしてませんし! ……ただ突然握られると私の心臓が爆発しちゃわないか心配で」
爆発する前にゆんゆんの手を離す。
繋いでしまった手が嫌なのか、彼女は自分の手を合わせてその感触を確認しているようだった。
いきなり握ったのは悪かったけど、今回ばかりは勘弁してほしい。俺はゆんゆんの手を握った手で頭をかいた。
「しかし、ここまで勧誘が激しいとは思わなかった。めぐみんとゆんゆんは一度この街を通ったんだよな。その時もこんな感じだったのか」
アクシズ教の聖地アルカンレティア。
ここで観光のためにゆんゆんとぶらりと歩いていただけなのに、もう何人もの勧誘に出会ってきた。それも皆が皆妙に手が込んでいる。子供を使った勧誘は反則だと思うの。断るのが大変だ。
「うーん、そういうわけでもなかったです」
「違うのか?」
「はい。私がめぐみんを追ってこの街に来た時は、ここまでその……ひどいって言い方をするのもどうかと思いますが、こんなに色々な手を使ってくるわけではありませんでした」
「それなら、めぐみん達が出ていってからこんな風になったのか。……それかめぐみんがいる最中になったのか。もしかしたら、めぐみんが入れ知恵したりしたせいだったりして」
冗談で今は宿屋で寝ているだろう魔法使いの責任にすると、ゆんゆんは笑いながら嗜める。
「あっ、いけないんですよ。めぐみんが聞いたら怒っちゃいますよ」
「激怒だよな。うわ、怖いわ。……なぁゆんゆん、ここだけの話にしてくれよ」
ゆんゆんには珍しい悪戯の片棒を担ぐ悪い子の表情で、ぺろりと小さな舌を出して頷いてくれる。
「絶対私にも被害が来ますからもちろんです。……そういえば、今ふと思い出しましたが、めぐみんがアクシズ教の人達となんか怪しいことを町中でごそごそやっていたような。そこの偉い人が指導してもらってたと言ってた覚えが……でも、まさかこれ全部めぐみんのせいのはずがないですよ」
「宿屋の主人が、アクシズ教の連中は小さな魔法使いに勧誘方法を教えてもらったと言ってたが、あいつもそんな迷惑なことしてるわけないよな。悪い癖だよ。俺達の。うんうん。あいつをトラブルメイカーにしたがるのはよくない」
「何を言っているのですか、ユウスケさん。実際長年付き合ってきた私としてはあの子はトラブルメイカーです。幼馴染の私が断言しちゃいます。けど、毎回毎回めぐみんがトラブルを起こしたと思うのはいけないことですよね」
「はははっ……は……」
「ふふふっ……ふ……」
どちらも笑いだして、途中で力のない笑みに変わっていく。俺の顔にもゆんゆんの顔にも冷や汗が額に張り付いていた。
行動パターンをある程度把握していて、あいつの賢さを知っている俺達の頭脳には、一つのアンサーが導かれてしまった。
……ありうる。
あいつならやりかねない。むしろやるやつだ。
「は、腹減っていないか? そこら辺の喫茶店でなにか食べようぜ!」
「そうですね! 私も小腹が空いてきたところです! 行きましょう是非行きましょう!」
これ以上考えない方がいいと俺とゆんゆんは判断して、話題を変えて違うことをすることにした。考えても仕方がないことは考えない方がいいよね!
いくらなんでも喫茶店では落ち着いて過ごせるだろう。
また忍びかかる勧誘の手を掻い潜り、俺達は喫茶店に足を運ぶ。そんなに大きな規模ではないが、落ち着いて座れる喫茶店に俺達は入った。
予定していたより食事をするには随分早い時間になったので、中は空いている。ちらほらと客が見える程度だ。
客として訪れた俺達に、褐色の耳がピンと尖ったウェイトレスさんが対応してくれる。
「お二人様でしょうか? もしかしてカップルさんですか?」
「か、かかかカップルだなんてそんな!?」
あわわと可愛らしい狼狽するゆんゆんを傍目に、嘘を吐くわけではないがなんとなく尋ねてみる。
「カップルですと何かしら特典がついたりするんです?」
割引かコーヒーのサービスでもついてくるのかな。
ニコッと胸元を大胆に露出したウェイトレスさんは笑顔を作る。
「カップルのお客様は純粋に反吐が出るほど妬ましいので、お飲み物にこっそり私の唾がついてきます」
「俺達全然仲良くないです。カップルなんてとんでもない」
「他人寄りの仲間ですよね」
「わかりました。では、カップルではないお二人方、こちらの席にどうぞ」
アクシズ教の人なら実際にやりかねないと感じた俺達は真面目な顔で否定して、小さな丸テーブルに案内される。……小粋な冗談だよね?
俺はサンドイッチとジュース。ゆんゆんはホットケーキとジュースをオーダーした。
時間帯的に客が少ないだけあって、然程待つこともなく注文したものが出てくる。お皿に並べられているのは食べやすいよう小さく切ってあるサンドイッチだ。
サンドイッチにかぶりついた俺は、その味に唸った。
「悪くない。いや、これ口に合うわ」
「こっちもふわっとしてて今までで一番おいしいホットケーキかも」
店員がちゃらんぽらんなのに、料理はいける。
水の街アルカンレティア。
街並みは美しい。しかし、アクシズ教徒はヤバい。温泉は最高。しかしアクシズ教徒の勧誘はヤバい。料理は美味しい。しかし、アクシズ教徒はすごくヤバい。
ほんともうギャップが激しいんだよ!
「このサンドイッチ一つ食ってみろよ。美味しいぜ」
「うわ。幾らでも食べれそうな味ですね。こんなの幾つも摘まめます」
食器を押して、小さなサンドイッチの一つをあげる。値段も安めな割に、マジでいける。
「こんな軽食がなかなか美味しいってのはあまりないよな。普通はパサパサのサンドイッチとかが出てくるだろうに」
「ふわー。紅魔の里にも喫茶店はありますけど味では負けてますね。……ユウスケさん。お返しにどうぞ」
「おお、ありがと」
ゆんゆんはホットケーキを切り分けて、渡してくれると思っていたら、切り分けたホットケーキの欠片にフォークを刺して、こちらに差し出す。
……これはもしかしてあーんして食えということなんだろうか?
「……あっ」
彼女も自分のしている行動に気付いたのか、フォークを差し出したままみるみる内にその顔を赤く染める。
「いえ、これはあれです! あれなんです! いつものめぐみんとの癖で!?」
目に涙が貯まっていくので、こっちも慌てそうになる。
「いつも一口下さいと言うとあげるんですけど、フォークであーんしないで皿を差し出したら、めぐみんってば料理の殆ど全部持っていくんです! 口一杯に詰め込んでこれで一口ですなんて言うんだもの! だからあーんするのが癖になっていて! ……ち、違うんです」
彼女はテーブルに乗り出して必死に俺に弁解する。
大きな胸の谷間が見えて若干興奮しそうになる。
「違いますからね! ……あれ、これ本当にデートっぽい。きゃ、もしかして私デートしてる? しちゃっている? なんていう風に心の中で舞い上がってて思わずデートのような憧れていた行動をしてしまったわけではないですからね!」
「お、おう」
勢いに押された俺はというと、生返事するだけだった。
顔を俯かせて、真っ赤になっている自分の顔を彼女は隠す。
「ううぅ……。恥ずかしい……。こんなに恥ずかしいの、新品の服でめぐみんと遊んで帰り際に服に値札がついていることを指摘された以来のことです……」
めぐみんももっと前に指摘してあげればよかったのにな。
深い穴を掘ってその穴に自分を埋めかねない勢いのゆんゆんは、フォークとナイフを使って切り取ったホットケーキを俺の皿に移した。
話題を変えるためにも俺はさっさと口を開けてもらったホットケーキを食べた。
「柔らかいな。口当たり最高だわ」
「……ですよね。ユウスケさんもサンドイッチで足りないならホットケーキを頼むのもいいと思いますよ。私はこれでお腹一杯になっちゃいますけど」
「ここでこれ以上頼むのは……ちょっと無理かな」
だってウェイトレスさんが今地面に唾吐いてるのが視界に入ったし。
絶対次の料理には唾を入れられる。小粋な冗談ではなかった。
傍から見るとカップルみたいなイチャつきに見えたらしい俺達は、サンドイッチとホットケーキを食べ終え、ジュースを飲みながらとりとめのないことを喋っていた。
こびりついた汚れのようにアクシズ教徒のことが頭にあるせいか、自然とそっちの方の話になる。
「紅魔族って信仰している神様はいないのか?」
「何人かはエリス教を信仰している人もいますけど、基本的にはしていない人が多いですね。ただ……勝手に自分達で作った神を信仰しているという人は結構います。三軒隣の人は邪神ヒポポタマスを信仰していると言い張っていますし。えと……そんな神はいませんよね?」
「いないだろうな」
それカバの別名だもの。
「でも、神様を信仰していないというのは珍しい。それだけで僅かとはいえ不利になるのに」
この世界では神様がいて、実際に力を持っている。
だから、信仰することによって力を与えられる。エリス教が人気になるものそれが大きい。運というあやふやなものを得られるエリス教は、商売人にとっては重要な物であるし――こう思いやすい。
運が良ければエリス様の加護を得られた。運が悪ければ信仰が足りなかった。
これでは、アクシズ教じゃなくてエリス教の信者が増えるわけだ。
……まあ単純にエリス様は慈悲深いのが有名で人気があるだけというのもあるが。
「紅魔族は力が強いから神様の力を必要としないというのもありそうだな」
「本当に……私の里の人達って、無駄に力がありますからね……。めぐみんを筆頭に」
万感の思いで放たれた言葉は殊更実感がこもっていた。
紅魔の里にはめぐみんが大量にいるようなものかと思うと、ゾッとする話である。今頭の中で大量のめぐみんが杖を掲げて爆裂魔法を唱えている姿が浮かんだ。国が亡ぶ。
ストローを回して氷をからんからんと音をさせながら、ゆんゆんは可愛らしく首を傾げる。
「ユウスケさんはどこかの宗教に入っているのですか?」
「地元のマイナー宗教に一応な」
日本人は自分のことを無神論者と言っている人も多いが、大抵はどこぞの仏教や神道に入っている。
といっても、それを感じるのは葬式ぐらいなもので、普段自分の宗教についてなにもしていないから、無宗派と自分のことを言うのは決して間違いではない。大人になるまで自分が入ってる宗教がどこかさえ知らない人も多いぐらいだ。
「別に神に力を与えられているプリーストではないんだからコロコロ宗派を変えても構わないが、まあ変える理由もそこまでない」
「プリーストの改宗は一度切りでしたっけ。私も特には入ろうとは思わないですね。……ちょっととある理由で悪魔を呼び出そうとは思ったことはありますけど」
気になるなー。どういう理由で呼び出そうと思ったのか凄い気になる。
気になるけど、聞かない方がいい事柄なんだろうなー。
宗教に関しては父さんからは宗教には気を付けろと言われてるし、数少ない元の世界の接点だ。いるかどうかもわからない神様に俺はつこう。
そういう意味では俺も紅魔族と似ているかもしれない。……まあもしかしたら俺達が知らないだけで、アクア様達のように俺の世界の神様も本当にいるのかもな。いつの日かまた死んだときに会ったら聞いてみたい。
「ご馳走さん」
「満腹です。ご馳走様でした」
ジュースも飲み終わって話題も一段落したので、俺達は喫茶店から出ることにする。
元気が戻った。これでまた観光するための気力がわいてくる。
なんで観光にこんなに気合いを入れていかないといけないんだろうという深い悩みを抱えながら、伝票を俺は持って会計を払いに行こうとする。
ゆんゆんはさっと俺の小脇に近づいて、かなり高級な財布を取り出す。
「ごめんなさい。私の分のお金は今すぐ出しますから、待ってくださいね」
「いいよ。今回は俺の奢りだ」
「そういうわけにもいきませんよ。むしろ私が奢らせてください!」
「え。女の子に払わせるとか俺でも無理だわ……。それにデートっぽいことをしたしな。ほら、デートなら男の方が払うのが普通だろう」
「で、デート!? でででデート……!」
ゆんゆんが思考回路をショートさせている内に俺は伝票を持って会計を払いに行く。
あれだな。ゆんゆんにとっては雷みたいに効き目のある言葉なんだな。デートって。実際は親しい友人と遊んでいるだけだが。
そこにはウェイトレスさんとは別の人が立っていて、俺はその男の店員に伝票を渡した。
煌めくような歯を出して、男の店員は伝票を受け取る。
「お会計お願いします」
「お会計ですね。……その前にお客様はこの店の会員になりませんか。今なら大サービスでこちらも破産寸前になりそうなお得な特典がありますよ」
「観光客だからそんなに何度も来ることはないと思うので、大丈夫です」
時間をかけて会員カードを作ってもらっても何度も使うことはないので、そう言葉で拒否すると男性は手を軽く振った。
「会員になると今回のお支払いにも特典が使えますよ。なんと五パーセント引きさせてもらいます」
「へえ、それだと会員にならないのは損ですね」
「そうでしょう。会員になるのもこの紙に名前と住所を書くだけでいいんですよ」
店のサービスとして安くなるのなら、使わない手はないだろう。悪いことでもない。会員になるか。
店員は細長い紙とペンを渡してくるので、ペンを受け取って紙に手を当てる。
会員になるだけで五パーセント引きは上手い話だ。それにしても、こういう会員になる時に名前を書くのってすごい緊張するんだよな。俺は書き損じないようにしっかりと紙を押さえる。
抑えた手が違和感を発していた。勘が知らせている。
「なんかこの紙膨らんでる……というか折り曲げられてる?」
「くっ!?」
しまったという顔をする店員で、大方予想をつけながら俺は折り曲げられた紙を丁寧に元の形に直していく。
きっちり折られた紙を戻すと、さっきから何度も見た紙が出現する。
そこにあるのは予想していた通りアクシズ教入団の紙である。
「…………」
どういうつもりだこの野郎と俺は店員を睨むと、彼ら特有の瞳孔が開いたような笑顔を張り付けて。
「さて、ここに名前を書くだけで五パーセント引きですね。どうぞ書いてください」
「書くかー!?」
俺は値段きっちりの代金をその机に叩きつけた。
観光地なだけあって宗教勧誘だけではなく、客引きも激しい。
暑くなってきた気温にも負けず劣らずだ。その中の客引きの一つに俺は陥落させられてしまった。
だって暑くなってきたし、ソフトクリームの誘惑には負けるよ。俺とゆんゆん。二人分のソフトクリームを買っていた。
「お兄ちゃん、ありがとね!」
おばさんから二人分のソフトクリームを受け取る。シュワシュワ味らしいけど、どんな味なんだろう。
「ゆんゆんはどこに?」
片方を渡そうとするも、連れが見当たらなかったので周囲を視線で探索する。
そうすると、二人のちぐはぐなコンビの前で立ち止まっているのを見つけた。客引きによく捕まるゆんゆんだ。俺は心配になって早足でその場所に到達する。
そこにいる彼女は客引きされただけとは思えない混乱した様子だった。
「ゆんゆんどうかしたのか?」
「ユウスケさん!? 丁度良かったです! 助けてください! この二人が喧嘩しているようで! 私では止められません!」
喧嘩って。どうしたんだろう。
片方は先ほどの喫茶店の女性店員と同じく耳が尖った男性だった。すらりとした長身痩躯である。映画に出ても遜色のないイケメンだ。
もう片方は正反対な――敢えていうなら低身太躯だろうか。ずんぐりむっくりという言葉がよく似合う男性である。もじゃもじゃとした髭が生まれてからずっとあると錯覚するほど合っている。
その二人がゆんゆんを前にして言い争っていた。
「はぁ。あなたのその物言いがレディを怖がらせていますよ。これだから下賤なドワーフは困りますよね。客商売の何たるかをわかっていない。物腰は丁寧に。勢いだけで押し通せるとは思わないことです」
「カー。高慢ちきというんじゃよ! お前さんの口振りわ! 福を呼び込むには威勢が大事だって教わらなかったようだな! まあ森で孤高に暮らしているエルフはそんなことは教わらないか」
「洞窟で雑魚寝で暮らしているドワーフに言われたくないですね。ああ、ツルハシを振る以外教えてもらえないドワーフに道理を理解するなど無理ですね」
彼らは顔を突き合わせて、喧嘩真っ最中である。
ゆんゆんはそれを止めることもできず、俺の袖に必死に掴んでいる。
「どうしましょう! どうしたらいいんでしょう!?」
んー、そうはいってもな。
本当に喧嘩しているなら早く止めないといけないが、俺の感覚はそう言っていなく、どうしたものかと頬をかいた。
まだ彼らは言い争いを続ける。
「あなたのドワーフ族特製肉団子。肉を隙間なく詰め込み、これでもかというほどの旨味を皮で閉じ込めた代物程度でしょう。そんなものをわざわざ観光に来たお客様に買わせるほどのものですか」
「は!? オメエの方こそたかがエルフ族特製のアルカン饅頭だろう! 小豆をじっくり煮て作られたあまーい餡を上品に包んだ饅頭! 女性には繊細な味が大人気の饅頭如きがワシのと張り合おうなど十年早い!」
「ふん。そんな肉団子。せいぜい遠いところから来ているお客様にも充分に持つ程度の賞味期限でしょう」
「オメエの饅頭なんてエルフみたいに長々と日持ちするぐらいだろ!」
髭がもじゃもじゃしている男性は、今にも長身の男性を殴り飛ばしそうな勢いである。
心優しい魔法使いはそれを見て、袖をグイグイ引っ張ってくる。ソフトクリーム落ちちゃう。
「ユウスケさんなんで止めてくれないんですか!」
いや、そんなことを言われてもな。
だって。
「本気で喧嘩しているわけではないと思うぞ。敵意みたいなのは感じ取れないし、なにかしら劇みたいなものなんじゃないか」
「……ふぇ?」
ゆんゆんは俺の言葉がよくわからなかったのか、小動物じみた鳴き声をあげる。
喧嘩をしていた二人は顔を見合わせて、にこやかに笑った。先ほどまでの喧嘩はなかったようなやり取り。やっぱりそういうことか。
イケメンは気の良い兄ちゃんみたいな顔をして、髭もじゃもじゃの男性は獰猛な表情が大人しいをする。
軽い口調でエルフの店員は喋りだす。
「あれー。ばれてたっスか。勘の良いお客さんですね」
「俺が不器用だからかな。悪い。やっぱ演技なんて似使わないのかもしれないな」
「そんなことないっしょ。これに気付くのは滅多にいないし。今回はお客さんの方が一枚上手だったってことじゃね」
急に喧嘩の矛を収めて、二人が仲良く肩を叩き合っているのを見て、俺の連れは非常に混乱していた。
「へ。へへへ、ど、どういうことですか?」
「つまりは……演技ってことだろう」
言い争っているようで、相手の商品褒めていたしな。俺も正直肉団子と饅頭食べたくなった。
どういうわけかはわからないが、この二人は喧嘩をする振りをしていたらしい。
どちらもゆんゆんに頭を下げる。そして、どうしてそんな真似をしていたか説明してくれた。
「すみません。お嬢さんをちょっと怖がらせてしまいましたね。……こんなことを俺達がしているわけといいますと、世間ではエルフとドワーフが仲が悪いみたいなイメージがあるのが強いんですよ。私達はそれに乗っかって客寄せの方法とさせてもらっているんです。他と一緒の客寄せをしてても、この観光地区ではやっていけませんから」
「これが……結構効果あるスよね。普通の人が喧嘩していても、逃げる人も多いですけど、こうやってエルフとドワーフの喧嘩となると物珍しさからか目に留まる人がおおいんでスよ」
「そこまで効果あるんですか?」
気になって思わず尋ねると、エルフの店主は顔を近づけてこっそり教えてくれる。
「……こういっちゃなんですが、これで客は十倍に増えましたス」
へー、そんなにも効果あるのか。
そういえば、昔テレビで指輪の物語の映画を見たが、そこでもエルフとドワーフは最初は仲が悪かったような気がする。そういうものなんだな。
「ということで、肉団子か饅頭のどっちか如何ですか。味は保証しますよ。……どうです。一つ試食してください」
ドワーフの人が店に一度戻ってから食器の上に肉団子を一つ盛って差し出してくる。
彼らの言い争いの時から食べたいとは思っていたのだ。その肉団子に俺の手は伸びる。
「うまっ!」
これは美味しい。
肉団子がこの美味さなのだから饅頭にも期待できる。これは、買いだわ。
「まだしばらく観光するつもりですので今買うわけにはいきませんけど、帰りに絶対買わせてもらいます」
丁度、ダスティネス家へのお土産が必要だったけど、これで良さそうだ。やはりお土産といえば消えモノ。食べられるものが一番である。
「わかりました。次の来客をお待ちしております」
「饅頭もよろしくお願いしまスね!」
「絶対寄りますからー」
帰る時にまた来る約束をして、俺達はその場から離れる。
ここでは本当に色んな驚きがあるな。喧嘩まで商売の道具に使うというのは面白い発想だった。
……うーん、それにしても俺達は一体いつまでここに滞留するんだろうか。まあ金にも困ってないし、ここら辺はアクセルの街より幾分か強力なモンスターも多いからゆっくり湯治しながらリハビリするのもいいだろう。
俺としては面白い発想が見れて楽しめたのだが、騙されて慌てていたゆんゆんはというと珍しくぶすっとした表情をしていた。
「むー。ああいうのは、良い趣味とは言いません……」
「うん。悪趣味ではあるよな。俺としてはああいうやり方もあるのは面白いけど。ほら、口直しにソフトクリーム」
「悪趣味とまでは言いませんけど。心臓が驚きます。……わっ、口の中シュワシュワして美味しいですね! パチパチ弾けるようです!」
ゆんゆんちょろかわいい。
ソフトクリームで簡単に機嫌が直ったようだった。
行儀は良くないが、俺達はソフトクリームを舐めながら歩道を進んでいた。
食べて、会話して、出店の商品を見て、二人で楽しく喋りながらアルカンレティアの街並みを見る。
この街はどこを歩いても水の気配がする。
生活に水が同居している。ここの住人は水と一緒に生活している。街の中央付近には大きな噴水があった。そして、噴水にはアクア様の石像が立てられている。
この街ではアクア様の石像はよく目に入る。といっても、石像ではアクア様本人の何万分の一しかその美しさを表現できていないが。
噴水の近くには子供たちが走り回っているし、恋人と語り合っている人もいるし、なにやら大量の紙を持ってぼんやりと立ち止まっている長身の男性など様々だ。
ふと息を吸い込むと、清浄な空気が肺に流れ込む。
住人が変わっていることを除けば、ここは観光客にとって過ごしやすい場所だった。住人が風変りというのが一番大変なのかもしれないが。
「はぁ……」
さっきまでは機嫌が良さそうにソフトクリームを舐めていたゆんゆんは、肩を落としている。
どうしたんだろう?
気落ちしている様子を見て取れたので、俺はその理由を推測して、話を持ちかける。
「ソフトクリームが足らなかったか? 走ってもう一つ買ってこようか」
「……ユウスケさん。私そんな食いしん坊ではありません。……ただちょっと思ったんです。私ってなんてダメな紅魔族なんだろうって」
なんだなんだ。いきなり重いこと言いだしたな。
俺は肩を竦めて、至極もっともなことを彼女に返した。
「ゆんゆんでダメならこの世界の住人の殆どが駄目なやつってことになるぞ」
本当。
むしろゆんゆんは出来すぎているといっていい。能力といい性格といい……後、体つきもエロいし。マジでエロい。
体つきがエロいゆんゆんはというと、俺の言葉では納得できないようで顔をゆっくりと振った。
「そんなことはないですよ。私……さっきの騒ぎでも全然話しかけられなくて、ユウスケさんに頼ろうとしていましたし。こんな私ダメダメです。自己嫌悪です」
慌てるだけだったエルフとドワーフの演技喧嘩について思うところがあったらしい。あれに関してはもう気にしないのが吉だと思うけどな。
ソフトクリームの持ち手を包んでいたコーンスリーブをくしゃっと丸めて、ゆんゆんは更に表情の暗闇を増やす。
そんな彼女から出る言葉も暗いものばかりだ。
「はぁ……。どうして私はこんなのなんだろ。知らない人の前に出てしまったらどうも頭が真っ白になってしまうんです。このせいで全然、あんまり……ちょっとだけ友達もできにくいですし」
あっ、少し見栄を張った。
「知らない人ではないですけど、ユウスケさんも私と話す時、めぐみんの話ばかりしますし……」
こっちに流れ弾が……。
「紅魔の文化祭でも最終日にダンスがあるからめぐみんに奢ってダンスの練習を必死にしてたのに、結局誰も誘えず先生と一緒に踊ってましたし」
やめて。
普通に悲しい話。
「本当にどうにかしたいです……」
頭をガックリ傾けて意気消沈させている姿は痛々しい。
しかし、こうやって素直に自分の恥をさらけ出しているゆんゆんの姿は俺からすれば珍しいものだった。めぐみん相手だったらまだしも俺相手には滅多にない。
彼女は自分の良いところを見せようとして空回ることが多い。
こうして素直に打ち明けてくれるのは、ほんの少しでも俺の事を信頼してくれた証拠なのだろうか。可愛くて優しい彼女が俺の事を頼ってくれているのだろうか。そうだとすると、嬉しいな。悪いと思っているけど、ちょっと頬が緩みそうになる。
なら――それに応えるだけの返答をしないと。
落ち込んでいるゆんゆんに俺は明るい声で呼びかける。
「ゆんゆん」
「はい?」
「引っ込み思案な人にも理由が二つある。それがなにかわかる?」
指を二本立てる。
普段めぐみんに比べて手がかからず、フォローしてくれているゆんゆんもまだ年齢的には幼かった。クズな俺も彼女達より歳を取っている分、見えることもある。
「……やっぱり臆病だから、でしょうか」
「うん。臆病だから人見知りというのはわかりやすいよな。しかしでもな、この理由でゆんゆんが人見知りというわけではないだろう。臆病は、ないない」
「むっ。ユウスケさん。そんなことはないと思いますよ。私が臆病だからという理由もすっごくありえると思います」
頬っぺたをリスみたいに膨らまして自分は臆病だと言う彼女。
そんなことを自信満々に言うのもどうかと思うが、ゆんゆんが臆病というのはありえない。
「だって、ほら。ゆんゆんってあのめぐみんとわざわざ一緒にいるんだろ。臆病なわけないじゃん」
「うぅ……」
ゆんゆんはその大きな胸を矢で射貫かれたかのように抑える。
「なんて有無を言わさない説得力……!?」
あいつと好んで傍にいるゆんゆんが臆病者なわけがない。
あの爆裂魔法大好きっ子トラブルメイカーと一緒にいて臆病なのは俺ぐらいなものだ。俺はあいつが容姿、性格共に可愛いから一緒にいるだけである。
「だから、理由としては一つだ」
俺は残ったコーンを口の中に入れて、ゆんゆんが人見知りな理由を喋った。
「優しいからだ」
その理由だけとは言わないけど、彼女が人見知りな理由として主たるものはそれだろう。
優しいから。
彼女はそういう理由で人見知りになってしまっている。
「へ? 優しいからって、どうして?」
ゆんゆんが俺に愚痴ってくれるぐらいに親密さを持ってくれたのと同様に、俺も彼女との付き合いはそこそこの時間が経った。
これだけ一緒にいるとこの魔法使いのことも少しは理解できるようになっている。
「だってゆんゆんは相手と話すときは、相手を傷つけないかどうかを考えるだろう? 自分の言葉で相手が気を悪くしないか。いつも考えている。考え過ぎて、上手くいかない」
「そんなこと……そんなことは……」
ゆんゆんは自分でも心当たりがあったのだろう。強く反対することはなかった。
俺に愚痴を言ってくれたのは、そういうことを喋っても俺がなにも傷つかないと確信を持ったからだろう。彼女が特に初対面に自分の良いところ。無駄に明るい姿を見せようとするのも、相手を嫌な気分にさせないためである。
「積極的になりたいならそう努力してもいい。なりたい自分になるのも大事なことだからな。……でも、俺はそういう優しさが理由での人見知りってのは良いと思うぞ」
優しい。それだけで彼女には大きな価値がある。ゆんゆんの飛びぬけた能力よりも更に輝く宝石だ。
俺はそのことを知っている。だから彼女が自分をダメダメだと言うと傷つくさ。違っているよと言いたくなる。
彼女は大きな瞳でこちらをジッと見つめている。
「ダメだダメだなんて考えないでくれ。俺達が持ってない素晴らしいものをゆんゆんは持っているじゃないか。ああ、今でも充分お前は――」
それに続く言葉を頭に思い浮かべて、俺は途中で言葉を強引に区切った。
ゆんゆんは手を強く握りしめて、下からググッと俺の言葉を待っている。
「……お前は?」
「いや、なんでもない」
「えええ!? そこで止めるんですか!」
「ん。まあそういった理由なら俺は悪いと思わないぞってことだ」
俺はその先の言葉をどうしても言えなかった。だって恥ずかしすぎる。
まさか流石に――魅力的な女の子と続けるのは臭すぎた。
めぐみんにエロ遺跡での臭い台詞をちょくちょくからかわれてるからな。同じ間違いは二度踏まないようにしないと。
俺の下手くそにもほどがある慰めにも少しは効果があったようだ。ゆんゆんは今はもう暗い表情はしていなかった。……さて、めぐみんも起きた頃だろうか。
設置してあったゴミ箱にコーンスリーブを捨てて、宿屋に戻ろう。
「そろそろ俺達も帰るか」
「……ません」
「うん?」
何故かゆんゆんは手をぶるぶると震わせて俯いていた。
力強い瞳で俺を睨み付けてくる。
「なんて言うつもりだったのか教えてくれるまで私帰りません!」
「えっ! いやだから悪くないと言うつもりだったって」
「絶対違うこと言おうとしてたもん! ねえねえ、ユウスケさん! どんなこと言おうとしていたんですか!」
更に俺に詰め寄って彼女は俺に問いただす。
ゆんゆんのやわっこい体がふにゅんと当たる。完全に体も触れているのにも気にせず、俺から止めた言葉を無理矢理引きずりだそうとしていた。
「しつこいぞゆんゆん! 引っ込み思案はどこいったんだ」
「積極的にいってもいいとユウスケさん言ってくれたじゃないですか。だから今は積極的にいっているのです!」
「うっ」
励ますつもりが墓穴を掘った!
こんなにしつこくするゆんゆんは初めてみた。……いや、そうか。めぐみんに何度も何度も負けても勝負を持ちかけるのがゆんゆんだ。
元々これと決めたことには譲らない頑強な精神を持っているのである。
「なんて続けるつもりだったのですか! すっごくすっごいことを言おうとしていた予感がします!」
ぴょんぴょんと跳ねながら粘り強く聞いてくる。
豊満な肉体の先端部分が何度も当たる。
その時おっぱいがダイナミックに揺れるものだから、あまりの迫力に俺は何歩か後ろに下がってしまう。
一歩。
二歩。
三歩。
そうして――俺はなにかにぶつかった。
「あ……!」
焼けた。
背中が焼けた。
なにかとぶつかった瞬間、俺の背中は硫酸をかけられたかのように焼けた。背筋にマグマを流し込まれたかのように焼けた。
勘が痛い。
……なにが、起こった?
その刺激に俺は言葉をろくに発することができず、黙ってしまっているとゆんゆんが代わりに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 私がはしゃいでいたせいでユウスケさんがぶつかってしまって」
「ちっ。気を付けろよ」
ぎこちなくロボットのように振り返ると、ぶつかったなにかとは男だった。
筋肉質なただの男だ。
殺気だっているわけでも、今すぐ攻撃しそうというわけでもない。俺と然程背の変わらない男は怒ることもなく、それだけ言って去ってしまった。
敵意も殺気もない。さっきの喧嘩していたエルフとドワーフの男達のように、そこに俺に対しての敵意はなかった。
「……どうして」
背中を触る。なにもなってない。当たり前だ。別に攻撃されたわけでもないのだ。
なのに、まるで背中が焼け焦げたかのような感覚がした。
しきりにゆんゆんが謝る中、俺は背中をじんわりと汗で熱くして、ポケットに大量のアクシズ教の勧誘の紙を詰め込んでいる男が去った方角から目を離せないでいた。
あけましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いします
誤字報告や感想本当にありがたいです
章も中盤近くになってきました
終盤はエロ多い予定