元の世界では驚きとは無縁だった。
とまでは言わないとしても、そんなに驚くことはなかった。竹刀を振い、学校生活を送り、日常生活を送る上でそこまで驚きはない。へーというちょっとした驚きはあっても、本気で驚くことは少ない。
それがここに来てからは驚きっぱなしだ。
初めての体験、元の世界にいないようなアクの強い性格。彼ら、彼女達には心底から驚かされる。
今回はその中でも最大級だった。
むしろ、驚きすぎて冷静になっている。バンと一度爆発した頭は、すっきりしていた。
奇行に走った俺のせいで俺とゆんゆんは温泉に立ち会ってしまい、そこから逃げ出そうとした俺は今、ゆんゆんに背後から抱き着かれていた。
体を洗っていた途中だったのか、石鹸でぬるついた彼女の肢体が当たる。
熱っぽい吐息が背中を撫で、ふくよかな胸部が背中を圧迫し、彼女に纏わりついた石鹸の泡が俺にも引っ付く。
冷静になった頭でも理解しなかった。今ってどういう状況なんだ。
「……行かないで、ください」
彼女の言葉の意味をすんなりとは呑み込めなかった。
簡単な言葉。行かないで、離れないでということは、意味は簡単でもその裏の真意を見通すことは困難だ。
だから、俺はただ素直に返す。
「ゆんゆん。ごめん、俺よくわからないよ」
彼女の体を見ないように気を付けながらも、俺は彼女の表情を見るために振り返る。言葉だけでは足りていない。
「なにを言いたいのか教えてくれないか。少し、体を離してみて落ち着いて会話しよう」
ゆんゆんの表情を見ると、俺は心臓が掴まれたような気分だった。
泣いているわけではない。涙は流れていない。
「……でも、でも、離れて、いっちゃうんだもん……」
けど、泣いているように見えた。
あいつの顔が思い浮かぶ。あまり感情を顔に出さない無表情かと思えば、ドヤ顔や悪戯の時には感情豊かで、笑うととても可愛い少女。
めぐみん。
あいつの顔がどうしたって張り付いて離れない。
不思議な関係性。なんだかよくわからない関係性。事故みたいなことで体を関係させて、結局心までは関係しているのかわからない彼女。決着を待ってもらっているもう一人の魔法使い。
本当なら無理にでも、一度ゆんゆんから体を離してから聞くのが正解だ。
しかし、俺はクズだ。クズだから。
「――あ」
だから、ゆんゆんから離れることもできず、泣きそうに見えた彼女を抱きしめてしまった。
「大丈夫だよ、ゆんゆん。うん、大丈夫」
赤子を抱きしめるように、泣いている子供にもう心配はいらないと言うように、俺は繰り返す。
「大丈夫だから。離れないよ。ずっとここにいる。ゆんゆんが望むなら、俺は離れないさ」
ああ、まったく俺はクズ野郎だ。
こんなことまともな人間ならするわけがない。
それなのに俺は泣きそうな彼女を放っておくことができず、半端な真似をしてしまっている。
石鹸まみれのゆんゆんの体を軽く包み込む。ポンポンと背中をゆっくりと叩いて、彼女を落ち着かせる。君の側に俺はいるよ。
「…………」
「…………」
どちらも無言で体を絡ませる。
長い、時間に思えた。彼女の抱きしめた感触は、ひどく心地よかった。セミロングの黒髪が腕に当たる。彼女の荒い呼吸が耳を打つ。
ゆんゆんの強張っていた体が硬さが取れる。泣きそうだった表情も、少しは冷静さを取り戻してきているようだ。
「……どうしたのか、教えてもらってもいい?」
ようやく落ち着いてきたようなのでこんなことをした理由を尋ねる。
俺の胸の中にいる彼女はおそるおそる口を開いた。
「……こわいんです」
「なにが?」
「ユウスケさんが離れていくのが」
「どうして? 俺はいつもお前達と一緒にいるのに」
言おうか言うまいか迷ったのか、一呼吸置いた彼女は唾を飲み込んでから意を決して、こんなことをしたわけを喋った。
「だって、あの時は離れていったから」
「あの時?」
「……デストロイヤーのとき、です」
ああ。あの時か。
ゆんゆんから離れていったというと、コロナタイトを俺が持ってデストロイヤーから脱出したときだろうか。
あれが、どうしたんだろう。もう半月以上は経つ終わったことなのに。
ポツポツと彼女は語りだす。その声は雷雲漂う空から、降り始めたばかりの小雨みたいだ。
「……思うんです。どうして、私があの時もっと頑張れなかったのかなって。どうしてユウスケさんを行かしてしまったのかなって。私がもっと頑張っていたら、ユウスケさんがあんな目にあうはめになっていなかったのに。ほんとうに、あの時の私は、なんでもっともっと頑張れなかったんだろう」
彼女は自責の念をぶちまけていた。
「もっともっともっと、なんで――私できなかったの」
負うことのない責任を感じていた。
「それから……ユウスケさんの方をよく見てしまうんです。離れると思いだしてしまうんです。あの行かせてしまった背中が、私すっごく悲しくて、叫んでしまいそうになるんです。ごめんなさい、ユウスケさん……」
「そう、だったのか。言ってくれてありがとう」
彼女の濡れている頭にポンと手を当てる。
つまりは、こういうわけだ。
ゆんゆんは――俺のせいでトラウマを負っていた。
……まあ、良さげな台詞を吐いて見送った相手が、次に見つけたときに死にかけていたら割とショックだろう。それもこんな歳の女の子がだ。めぐみんはそういうのと無縁だとしても、彼女は自分がしっかり関わっていた事柄なだけに、いらない責任を負ってしまったのだ。
兆候はあった。
俺がまだ完全に治ってもいないのにゆんゆんは自分のスキルを習得するために冒険に行った。
そのスキルとはテレポート。あの時、彼女が覚えていたら俺が行かなくてすんだスキルである。
俺は無性に頭をかきむしりたくなる。今まで彼女が抱え込んでいる問題を見つけられなかった頭をだ。
……気づくべきだったな。
他の人は気づかなくても俺は気づけたはずだ。
なんといっても、俺もあの大事件後そういうトラウマみたいなものはあるわけだし。
俺の方はどういうものかというと、最近夢見が悪い。
その夢の内容が最悪で、コロナタイトがめぐみんやゆんゆんの近くで爆発してしまうものだ。俺は彼女達から離れないとと思っているのに足が動かなくて、よりにもよって彼女達の近くで爆破してしまう。それで飛び起きることもあった。
元の世界では平和ボケしていた俺だけが、こういう情けない夢を見てしまうのかと思っていて誰にも話せなかったけど、そういうわけでもなかった。
モンスター退治には平気で何気に芯が物凄い強いゆんゆんも、自分の失敗のせいで相手に不幸な出来事が降りかかったと思う事柄には弱い。それがまったくの勘違いだとしても。
「ゆんゆん。それは絶対に――」
間違いだ。責任を負う必要などない。
と、続けようとして俺は止めた。責任を感じている相手に、その理由となった人物から違うと言われても効果は薄いだろう。実際に間違いだとはいえ、彼女自身がそう感じてしまっているのだから。
アプローチは違う方向から行かなくてはいけない。
「じゃあ、今は大丈夫だよな」
「……へ?」
軽くなりすぎないように気を付けながらも朗らかな声を俺は作って、彼女に責任を負うなとは言わなかった。
「あの時は確かにテレポートがあったら楽できたかもしれない。まあ、過ぎ去ったことだし、あんなことが起こるなんて誰にも想像できなかったけど。うん、でももし……仮にだよ。またああいうことが次起こったとしたら、ゆんゆんは活躍できるよな。なんといっても、テレポートを覚えているんだ。コロナタイトは一発でどっかに飛ばせるよな?」
「……それは……できますけど」
「できたら俺がもう馬鹿みたいに走る必要性なんてないわ。ゆんゆんがテレポートを唱えている横でこーんなだらーんとした姿勢で待つしかないか」
「……ぷっ」
敢えて気が緩み切った顔を作ると、ゆんゆんはそれを見て笑ってくれた。
「……テレポートには集中力がいるから、そんな顔されたら、集中できないかも」
「げっ。マジか。それならこういう風にビシッと真面目な顔しておく方がいいな。どうよこれ。この真面目な顔」
「真面目ですけど……ぷふっ。さっきのあの顔見た後だとおかしいです」
「ひっでぇな。こんな真面目な顔なのに」
「ごめんなさい。ですけど、ギャップがすごいんですよ」
真剣な表情をすればするほど面白いようなので、無駄に格好をつけてみる。
ツボに入ったのかそれを見てゆんゆんはクスクスと笑っていた。
めぐみんもだが、ゆんゆんも笑顔が似合う。
かわいい女の子には笑顔が似合う。なんていう台詞はまためぐみんに馬鹿にされてしまうよな。
「なあ、ゆんゆん。前はできなかったかもしれないが、今はできるならなにも心配する必要ないだろう。テレポートさえあれば、今心配をすることはない。俺は大丈夫だよ」
過去のことではなく、現在と未来のことを喋る。
俺の過去の背中を見ている彼女に、今すぐ傍にいる俺のことを見せる。
「今のお前さえいれば、俺は大丈夫だ」
お前の側にいる限り、なにも心配はいらないと改めて言う。
自信がないゆんゆんは消え入りそうな声で、自分を恥ずべき人間かのように告白する。
「私は……めぐみんみたいに、天才ではありませんよ。……特別じゃないんですよ」
「はは、確かにあいつは天才だけど魔法といいむらっ気が強すぎて安定感に欠けるだろ。……お前が、助けてくれ。俺もあいつも頼りにならないからな。どんどんできることが増えるゆんゆん。こんな時に言うのもなんだが……正直嫉妬もしているんだぞ。接近も遠距離も万能とかズルい。でも、仲間ならこれ以上のやつはいないよ」
いつだって言おう。
自信のない君に代わって、俺は君が凄いやつだと言い続けよう。
「頼りにしてるよ。万能の魔法使い」
本心をぶつける。
恥も外見もない。本音だけの言葉。
俺の頼りになる仲間はいつものあまり自信はないといった表情をする。そんな顔をしながらも結局本番ではちゃっかり成功させてしまうくせに。
「私も……特別なんでしょうか」
「当然だろう。俺の特別さ」
言ってしまえ。
後々で茶化されるにしても、馬鹿みたいなことと相手に思われてたとしても、伝えたい言葉が胸の奥から押し出される。
お前みたいな他人をよく見てくれる性格も、多種多様な能力の人間なんて滅多にいない特別だ。
「……ユウスケ、さん」
なんだか熱っぽい。俺の恥ずかしい台詞を聞いた彼女は、病気に犯されたみたいに顔を赤くする。
耳まで赤くした彼女は、潤んだ瞳で俺を見つめる。そこには悲しみとは違うものが混ざり込んでいた。
彼女の声が耳に入る。
吐息が、漏れる。
熱い吐息。なにかに興奮している吐息が。
耳をくすぐり、体を溶かし、まるでそれ自体が言葉のようだ。
他に誰もいない温泉で、体を絡ませ、互いに見つめ合う。そこには誰にも入り込めないような錯覚があった。
何をすればいいのか。何をするべきなのかわからない。しかし、お互いに今だけはこの状況を悪いようには思ってはいないよう。
ぺちょっと俺の胸に自分のおでこを押し当てた。
こちらの顔を見ないようにしたゆんゆんはボソッと呟く。
「――その割に、めぐみんばかり見てますよね。……特に私がウィズさんと旅から帰ってきてから」
「いやそれは……あれだ!」
あれなんだ!
あれとしか言いようがない! あれだよあれ!
語彙力足らない人みたいになってる!
「私あれからあなたのことよく見てるんですよ? めぐみんと一緒の布団に入ってたのは、あの子ああ見えて案外甘えん坊なところがあるからわかるけど……あぁ、ユウスケさんがめぐみんのことを罪悪感と好意どちらもあるような目で見てるな。どうしたんだろうな。不思議だな、なにかあったのかな、と思ってました」
うわ、本当によく見てる!?
あれだけついさっき格好つけたくせに、しどろもどろになる。
「あれだよあれ。呪いがというか、うん。あのね……あのね……ゆんゆんが旅行に行ってる間ダンジョン入ったんだけどね」
「はい」
ジッと下からこちらの目を直視してくるゆんゆんに脂汗を流しながら、どう説明していいか迷う。
めぐみんとセックスしました。今も性的関係は続けていますというのは大ぶりな右ストレートだ。カウンターでマットに沈められてしまう。俺の口からはあまりにも言いにくい。
「本当に呪いというかなんというか、めぐみんとはエッチなことをする呪いにかかったというか。うん、俺がエロを発散しないといけなくて、めぐみんにそれを手伝ってもらっているというべきなのか。男はそういうのがあってほんと嫌だよねー。エロいことしないと収まりがつかないなんて嫌だわ嫌」
もう俺何喋っているの!?
脈絡がないにもほどがある。現代文のテストだと絶対点がもらえない要点の得なささだ。
呪いなどと口走っているのはきっとアルカンレティアの警察に説明した嘘の話が頭によぎったんだろうなと、焦る頭で過った。
引かれるわ。これは引かれる。もしくは厳しい追及がくると覚悟して、頭脳を回転させる準備をしていると、予想外な方向からカウンターを食らった。
「えっちなこと、をしないといけないんですね……」
「そうじゃなくてね! それはだな!?」
「……めぐみんができるんですよね。めぐみんができることなら、私も少しぐらいはえっちなことできると思うんですよ」
「……はぁ?」
彼女の言葉のパンチは見えない場所から後頭部への強い衝撃。
予想外すぎてかわすこともできず、ノックアウトだ。もちろん反則である。
「えっちなこと、しましょうか?」
……ゆんゆん、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
俺はなにも言うことができず固まっていると、彼女の熱に浮かされたような表情が段々と元に戻っていく。
なにを言ったのか理解したらしい。
「……あっ。……ああああ。あああああ!」
彼女も口に出した直後に自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付いたのか、顔が今までより更に赤くなる。目が興奮で光っている。その目よりも赤い。病気っぽいとかではなく、ただの羞恥の赤面である。
「私今、すごいことを言ってしまいましたよね!?」
「言った」
「わ、忘れてください! え、えっちなことなんて。私、どうしたんだろ! えっちなことをするなんて……あっ!?」
俺の腕を掴んで必死に訴えていた彼女は、自分がえっちな姿をしていることに今更気づく。
石鹸の泡はもう流れてしまっている。
ゆんゆんの綺麗な鎖骨も、その胸も見えてしまっている。
本当に見惚れてしまう。そして、興奮してしまう。それほど強烈な刺激。視覚による暴力だった。
ピンク色の乳首が見えるが、大きな胸のせいで上からでは下半身の大事な部分までは見えない。
彼女の体はひたすらエロかった。
「いやああああああ!? 違うんですよ! ユウスケさん! 普段考えていたこととそうじゃないことが思わず暴走してしまったんです! 違うんです! 私痴女じゃありません!」
ピンクの乳首がツンツンと俺の胸板に当たる。
行動はどう見ても痴女だった。
くっ、下半身が大きくなりそう!
「出ます!? 今すぐ出ます! ごめんなさい! 風呂にのぼせてしまったので私今すぐ出ます!」
「……あの……ゆんゆんさん?」
「出ていきますから! 私はすぐに視界から、この世からいなくなりますから!」
そこからの彼女の行動は嵐のようだった。
律儀に自分のタオルを回収してから風呂場から大慌てで脱出する。
あまりの急速なドタバタ劇で俺は口をはさむことができず彼女のお尻が風呂場から出るのを眺めていた。
扉の向こうではなにかを倒したような音がする。大丈夫だろうか。
「えっと、ゆんゆん」
いない彼女に向かって呟く。
「……風呂入ってないのにのぼせたはおかしくない?」
ただ俺以外誰もいなくなった風呂場で突っ込みを入れていた。
半月の下、月で狂わされたようにおかしな出来事だった。いや、ほんとなんだったんだろう。
それこそ月の魔力に当てられていたのかもしれない。
――不思議なことに、この日から俺はあの悪夢を見ることはなくなった。
警察に協力をお願いされてから二日後。俺はまた警察に連行されていた。
前回と違うのは今度はめぐみんが隣にいることだろうか。
連行された理由も事件に関係することらしいが、流石に外で言える話もないので警察署内部で詳しい事情を語ってくれるらしい。
警察署はかなりバタバタしている状態だ。
いまだに犯人が捕まっていないのだろうか? 会議が始まるまで待ってくれと言われたものの、もう五分は待っている。
モンスター退治してきたばかりのせいか、めぐみんはいつもの戦闘の時に使う服を着ており、杖を袖でキュッキュと磨いていた。
「この前はついてこなかったのに、今回はついてくるんだな」
「まあ、暇なので」
ここにも六日ほどいるからな。
観光するといっても限りがある。ここは温泉が目玉だが、めぐみんも色んな温泉入るほど温泉好きなわけではないし、やれることもない。
他にもここ二日。どうもアルカンレティアの街自体が騒がしくて観光するのに適していない。観光客自体は減っているらしいのだが。
「それにゆんゆんの様子が明らかに変ですからね」
続く言葉にギクッとなる。
温泉であんなことをしたゆんゆんは、あれから俺の目から見てもかなり変わった行動をしている。
「昨日なんて枕に顔突っ伏して足をバタバタさせてかと思えば、うわああああんと叫びだしたりといっそ病院連れていこうと思いました。本気で」
彼女達とは隣の部屋を取っているから、ゆんゆんの呻き声は聞こえてきていた。あの悪夢を見なくなった代わりに別の悪夢を見そうである。
「流石に今日になればある程度は落ち着いていましたが、あなたの顔を見たらホワッチャー! と叫びだしましたし、私としても普通に怖いのであんまり近くにはいたくないです。元気がないわけでもなく、元気すぎるのでそれほど心配はしていませんが、あの子になにがあったのでしょうね」
まるでカンフー映画のような叫びだった。
一瞬殴られるのかとガードの構えをしたほどだ。
杖の宝石部分にふーと息を吐いためぐみんは、磨きながらも尋ねてくる。
「なにかに関係しているだろうユウスケはどう思います? あれで切り替えは早いゆんゆんですから、結構な事件があったのだと予想しますが」
うん、俺が関係しているとばれている。
まあばれないわけないか。
どう見ても俺に対するゆんゆんの行動は不自然だからな。俺もあんなことがあった後だと、普段通りに接するのは難しい。ギクシャクするのも当然だ。
「あー、そのことについて夜にでも相談したいことがあるから、部屋に来てもらってもいいか」
「いいですよ。夜お邪魔しますね」
警察署の人も集まってきて、どうやら会議が始まりそうなので、俺はめぐみんとの会話をこれで終わらせる。
警察の人はパンパンと注目を集めるために自分の手を叩いた。
どうやら会議が始まるらしい。ただそうはいっても忙しい人が多いのか、俺達の他には警察が三人ほどしかいなかった。そういえば、ここにくるまでの街中にも何人か見たな。
「出払っているのが多いので少人数での会議となります。ユウスケさん達は協力してもらって感謝しますね」
「いえ、俺もこの事件は解決して欲しいと思っていますから構いませんよ」
「そう言ってもらえるとありがたいです。では、事件の方に話を進めさせてもらいます」
前回来た時から進展はあったのだろうか。
あの時は長身の男に事情聴取をしてみるという話で終わったんだったよな。
「次の日、宿屋を探したところ、長身でワイルドっぽい男は見つかりました」
「え。見つかったんですか。でも、解決しているみたいでもなさそうですし、じゃああの男は犯人ではなかったんですか」
てっきり何かしら関係していると思ったのに。俺の勘もあてにならないものだな。
警察の人はかなり罰が悪そうな表情で言う。途中からは恨み骨髄といった口調だ。
「そういうわけではなくて、見つかったのはいいんですが、事情聴取をする前に逃げられてしまったんです。……くううぅう! 人間が通れないような細い道だったのに、その男は体がやけに柔らかいのかとするりと通っていったんですよ! 酢でも朝晩と飲んでいるんじゃないかあいつ! 女子かよ!?」
「昨日、俺達が泊まっている宿屋を徹底的に調べていったのはそのせいなんですね。……いまだに見つかっていないのですか」
「……はい。あらかじめ門の衛兵にはこういうこともあるかと出さないように連絡しておきましたし、外には出ていないはずなのですが。どこを探してもいないのですよ。警察総出で探しているんですがね」
「逃げるってことは、なにかしら捕まりたくない理由があるんでしょうね」
めぐみんの言う通りだ。
彼がアクシズ教徒なら何の理由もなく警察から逃げるかもしれないが、彼はアクシズ教徒でないらしい。それなら彼が犯人の可能性は随分高くなる。事件は大幅に進展をみせたといえるだろう。
めぐみんが地味に辛い過去を挟みながら、会話を進める。
「ですが、ここはそこそこ大きい街ですし、一日二日探していなかっただけでどこにもいないと判断するのは早くありませんか。どこかに息を殺して隠れていれば一日二日は我慢できますよ。私も学校の休みでゆんゆんにたかることもできない時とかは、それぐらい絶食したことありますし。動かなければなんとかなります」
「普通ならそうですね。しかし、今回はあのアクシズ教徒が絡んでいますから、彼らも血眼になって探しているのですよ? 三十分もあれば見つかってもいいぐらいです」
「もうこの街にいないんでしょうね」
本気になった彼らから逃れられるものはいないという共通認識だった。
宿屋の主人もヒートアップしてたからな。……怖いのは実はアクシズ教徒に捕まっていて、今はアクシズ教徒の教会の地下にでもいる可能性があることか。
こわっ!
ぶるりと背筋を震わせる。
しかし、怪しいやつがいたとしても捕まえられないと意味がないな。
高精度な嘘発見器があるこの世界では、偽証などは通用しない。犯人か犯人かでないかはすぐわかる。だから捕まえられるかどうかが鍵なのである。
「アクシズ教徒に本当に捕まっていないとしたら、もしかすればその人は魔法使いかもしれませんね」
「ああっ。テレポートか!」
「優秀な魔法使い……どこぞのおっぱい魔法使いは除く、が使えるテレポート。あれさえあれば登録していた場所にどこにでも一瞬で逃げることができますからね」
「なるほど。外見から魔法使いっぽくありませんでしたし、杖といった魔力媒体を持っていませんでしたが、その可能性はありますね。希少価値が高いテレポーターですか。そいつが犯人なら、随分厄介ですね」
警察の人達もめぐみんの案に一理あるかと思うのか、思案しているようだった。
テレポートというと、ゆんゆんに教えてもらった話が浮かび上がってくる。
「仲間の魔法使いから聞いた話ですが、あれだけ外見に特徴があるようでしたら、冒険者ギルドに聞いてみるのもいいと思いますよ。テレポート取得者はギルドに登録しないといけませんし、魔法使いであれだけムキムキなのは滅多に見ません」
「ギルドですか……。こちらから借りを作るのはあまり好ましくないですが、そうも言ってられない状況ですか。このまま犯人が見つからずアクシズ教徒の不満が爆発でもしたら、大事ですし」
俺と喋っていた三人いる内の一人は、自分の隣にいる警察官に顔を向けた。
「よっ、そこら辺の細々とした書類やギルドへの依頼は頼んだ」
「なんで俺が!? というかだな、お前が長身ムキムキ男を逃がしたんだからお前がやれよ」
「あんな柔軟マッチョマンと思うわけねえだろ! 絶対あいつ風呂上がりにストレッチとかしてるぞ!」
警察とギルド。どちらも公的機関とはいえ、情報の開示をお願いするのは手続きは面倒みたいだ。
数分こっちを待たせて言い争いをして、二人は書類作り、一人はそれを持って行って許可を貰う係に決着がついたようである。
一度咳払いをしてから、彼らはやっと今後の方針を語ってくれるようだ。
「……とりあえず、ギルドには警察側から連絡させてもらいます。アクシズ教徒にもわからない隠れ方をしている可能性は極小でありますし、テレポートを使う可能性があるってことは戻ってくることもあるので、街の警戒態勢は暫くの間続けるべきですね。ふぅ……休日返上か」
社会人として世知辛い。
「後は、アクシズ教徒にも連絡しておかないといけませんね。ゼスタさんはいまだにアクセルの街に行っているらしいが、そろそろ戻ってくるはずなのですが……あの人も、いてほしい時にいなくていてほしくない時にいますね。大体いてほしくないんですが」
うんうんと強く頷く他二人。
よほど日頃から迷惑をかけられていると見た。
めぐみんが袖をクイクイっと引っ張る。
「会議も終わったみたいですし、私達はお暇しましょうか。ユウスケユウスケ。帰りに何か食べていきましょうよ」
「それなら喫茶店で……いや、あの喫茶店はダメだわ」
「どうしてですか?」
「次にめぐみんみたいな子連れていたら唾入りサンドイッチを出されかねない……」
「どんな喫茶店ですかそれ。そんなマニアックな料理初めて聞きました」
まだ唾だけならマシかもしれん。
今度は違う可愛い女の子を連れているとバレたらなにをされるのか。
他のところにしようと一瞬考えると、突然ドーンと警察の扉が勢いよく開かれ、ここで聞くはずのない声がした。
まるでここを我が家のように女性なのに大股で入ってくる。
「すいませーん! 今こっちに辿りつきました。いやー、アルカンレティアが危険に私が颯爽と到着! ゼスタ様だけでなく、アルカンレティアのアイドルセシリーちゃんの帰還よ! もちろんわざわざ呼んだからには馬車代とこっちでの食事代は警察持ちよね! 違うと言ったら、警察署の前で善良な市民を無料でこき使うケダモノと書いた看板で宣伝してやるわ!」
初っ端からアクセル全開。
エンジンを回し過ぎでカーブを曲がり切れず車が大破して、それでも運転手は無傷。そんな矢継ぎ早の言葉が飛び出てくる。
俺はその相手を見た瞬間。
「げっ!?」
「げっ!?」
露骨に嫌な顔をして、相手もこちらの顔を見て露骨に拒否感を現した。
俺だけでなく、隣にいるめぐみんの反応もあまり好意的とは言えなかった。心なしか俺に若干近づいている。
「うわ……」
「傷つくわ。そこのロリコンペド男ならともかく、あなたのその普通にこんなところで出会うのは嫌だなー出会いたくなかったなーという感はお姉ちゃんすごく傷つくわ!」
「私の姉妹は妹のこめっこ一人です。セシリーなどという姉はいません」
「めぐみんさんってば妹がいるのね! いい情報を手に入れたわ……ぐふふ、めぐみんさんの妹ならさぞ可愛いんでしょうね……」
「うっ、渡してはならない情報を相手に渡してしまいました。一生の不覚です。これは……もう闇討ちで爆破しといた方がいいのでは」
ガチで闇討ち計画を練るめぐみん。
ゆんゆんから実はめぐみんかなり妹離れできてないんですよと聞いたことがあるが、本当だったらしい。
……俺もまさかここでこいつに出会うとは思わなかった。
警察署に入ってきたのは彼女だけではなかった。髭の生えた見るからに高位な立場についていそうな神官も入ってくる。
そして、にこやかな顔でとんでもないことをめぐみんに話してくる。
「おや。めぐみんさんではありませんか。これはこれは……久しぶりですね。半年ぶりですね。今度会えば言おうと思っていたのですよ。あのアクシズ教徒勧誘方法をあなたが考えてくれたおかげで、勧誘がスムーズになりましたよ。お礼をしないといけませんね。デート十回でどうですか?」
「絶対嫌です」
女性は見知った相手だ。
アクセルの街に住むアクシズ教徒のプリーストである。不良プリーストというか。相も変わらずのやりたい放題だ。
もう片方があの噂のゼスタさんだろうか。出会った瞬間、デートに誘うという破天荒っぷり。本当に噂に違わな過ぎた。
……なんというか現れるだけで一気に場をかき乱していくアクの強い連中である。
それと、やっぱめぐみん。
お前がアクセルの勧誘方法を入れ知恵したんだな……。
なんだか泥沼