※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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三十九話

 

 

 二時間後と言ったのに暇なのでとあれから三十分後にはめぐみんは俺の部屋に来ていた。

 こっちで買った本を持ってきて読んでいる。

 

「――というわけなんだ」

 

 本を読みながらベッドで隣に座るめぐみんにゆんゆんと起こった出来事をかいつまんで話した。

 

 もちろんどちらも裸だったとか、背後から抱き着いてきたとかはなしである。あれは二人だけの秘密だ。彼女の友人であり、俺ともややこしい関係のめぐみんにどんな顔をして言えるのか。

 

 相槌を適度に打ちながら聞き終わっためぐみんは、パタンと本を閉じてこちらに視線をやった。

 

「へー、あの子も随分と攻めましたね。昔からある一定を越えると急に大胆になるんですよ。近所の人間からは普段はおとなしくてそんなことする子じゃないと思っていたのに……というやつですね」

 

 ゆんゆんを幼い頃から知っている彼女はまるで犯罪者みたいな表現する。

 特別騒ぎ立てることもない。絶対こんなことが起こったと聞いたら驚愕するだろうにと思っていたのに、めぐみんの反応は冷めたものだった。

 あまり好意的とも言えない目で、彼女はジロリと睨む。

 

「そのことを、私に伝えて何が言いたいのですか。仲を取り持てなどという馬鹿げた提案はあなたの口からはでないでしょうし、聞かせて私になにをやらせたいのです。もしやモテ自慢ですかこの野郎。……よりにもよって、この私に」

 

 不機嫌なオーラを隠そうともしない。

 まあ、こんなこと相談されても困るだけだろう。怒らせるのは百も承知だ。しかし、これを相談できるのはゆんゆんを一番知っている彼女にしかできなかった。

 

「ゆんゆんの勘違いを解きたいと思ってな」

「勘違い? なんの勘違いですか」

「……自分でこういうのは恥ずかしいんだが、ゆんゆんが俺に好意っぽいものを持っていることについてだよ」

 

 いや、本当に恥ずかしいな。

 ナルシストのモテアピールのように聞こえてしまう。

 でもどうやらゆんゆん自身俺に対してそういう風な感情があるのではと勘違いしかけているみたいだ。

 

「む、ユウスケ曰く違うと?」

「ああ。聞いただろう? ゆんゆんはデストロイヤーの一件でトラウマを背負った。吊り橋効果……は俺の地元でよく使われる例みたいなものだが、人は恐怖なんかを他の感情、例えば恋愛感情かと思うことがある。つまりな、ゆんゆんは緊張や恐れを恋のドキドキだと錯覚している。……その誤解を解きたいと思ったんだ。めぐみんはゆんゆんのことについて詳しいからな。ゆんゆんが勘違いしてるというのを傷つけずどう伝えたらいいものかご教授して欲しい。やっぱ恋愛感情とかだけにどう表せばいいか思いつかなくて」

「ふーん、そういうことですか。ほうほう。それでユウスケ?」

「なんだ?」

「恋のドキドキとか自分で言ってて恥ずかしくありません?」

「やめろ。そこを突くな」

 

 俺も口に出してからこんな背が高い男が発するのはどうかと思ったよ。キャラに合わないのは充分わかる。

 

 ゆんゆんが錯覚しているなと考えたのは、ゆんゆんに言われてすぐだった。俺のことを完全に恋愛として好きとか愛しているとまではまだ思っていないだろうけど、ひょっとしたら自分は俺を好きかもしれない程度には勘違いしている。

 いや俺も惚れられているなら嬉しい。誤解だとしても、飛び跳ねるぐらいの嬉しい出来事だ。

 

 うん、ゆんゆんみたいな美少女に好かれているというのは喜びしかない。できればその誤解を解きたくないと考えてしまうのも本音だ。

 

 それでも、その誤解によって関係が拗れるのも望んでいない。真実として好きならともかく、彼女は俺から見れば誤解でしかなく、そのことによってギクシャクするのも嫌である。

 だから解ける誤解はさっさと解いておこうと思った。

 

 そんな理由で頼りにしためぐみんはというと、芳しい感じではなかった。

 

「……相談相手として私が言えるのはキツイ一言ですよ。それでもよければ、一つの回答を提示してもいいですが」

「めぐみんがゆんゆんのことを最も知っているからな。少々きつくても耐える。どんと来い」

 

 彼女は手に持っていた本を隣に置き、俺の瞳を直視する。

 赤の瞳が、こちらを刺すように見ている。

 

「では、遠慮なく。――なにを勘違いしているのですかこの勘違い男」

 

 目だけではなかった。

 言葉でも刺してくる。

 

「ちょっとばかりゆんゆんと……まあ私にモテてて勘違いしちゃったようですね。モテ男気取りですか。モテちゃって困っちゃうですか。あいつの恋は勘違いなど、よくも言えましたね。はー、これだからモテてこなかった人間は嫌になります。女性から好意を持たれているからと、有頂天、神様気取りしますよ。その無神経さには満点をあげましょう」

「うう……!」

 

 思った数倍のキツさだった。

 危うく倒れ込みそうなほどの威力のある毒舌である。言葉が剣となって体中が刺されたような痛みがある。こっちは勘違いでは確実にない。

 

 そこまで言う。そこまで言うの!?

 

 めぐみんはこいつ全然わかってないなとでも言いたげに大きく息を吐いた。

 

「……まあ実際多少は勘違いはあると思いますよ。あの子はそういう子ですから。そこら辺は……流石にユウスケはよく見てますね」

 

 俺の目を覗きこむようにして見つめながら、俺を否定する言葉を紡ぐ。

 

「だからといって、あの子の気持ちのすべてを勘違いですましてしまうのも間違いです。……例えばですよ」

 

 優しい瞳、とは違うか。

 なにかを思い出すように目は意思を変え、自分の胸に手を当てて彼女は言う。

 

「見ててもやもやする。危なっかしい人ですね。この人、とんでもなく意固地な人。頑固。実は馬鹿なんじゃないか。他の人に優しくする。ムカムカする。別に私がいなくても生きていけるんだろうけど、いてあげてもいい、か」

 

 ただ羅列していくのは、感情を持て余しているようだった。

 溢れ出る湖のように言葉が次々と彼女の口から漏れる。それはゆんゆんの代弁というより、また違うもののように感じる。

 

「一部分だけはないんですよ。メチャクチャです。少しが重なって一杯になるんです。僅かな感情が重なって、思うんですよ。ああ、そうか。私は」

 

 区切った彼女はまた俺の瞳を見つめる。それは彼女と視線を合わせるということ。俺もまた彼女の瞳が見るということだ。

 いつもの悪戯っ気はなく、ただただ真っ直ぐに。それこそこちらが恥ずかしくなって顔を背けたくなるほど、真っ直ぐな瞳だった。

 

 めぐみんは唐突にまるで逃がさないとでもいうかのように俺の頬に手を添えた。

 温かい手が頬に触れられるのは、なんだかホッとするような感覚だった。

 

「あなたがほしい」

 

 まるで告白のよう。

 可愛いとも美しいとも思う。

 とても柔らかい表情をしていた彼女は、一言を告げた後、頬から手を離して無表情に近いものに戻る。

 

「――なんて、思うんですから、すべてが誤解ということで斬って捨てるのは女心がわかっていないと言わざるをえませんね」

 

 めぐみんは俺の頬から手を離して、うんうんと自分の言葉に頷いている。

 

「どうです。わかりましたかこの勘違い男」

 

 いや、わかったかとわかってないかより、また勘違いを俺はしているようだ。

 

「……ちょっと、本当に告白されたかと思った」

 

 本気で。

 今告白されたのかと思った。それぐらい真に迫っていた。

 

「お、おや、何を言うのです。告白するならあなたからでしょう。私ですよ? 私の方から告白するはずありません。そういう決まりですしね」

「わかってるけど、演技派だな。マジで思ったわ。焦った。どう返すか迷ったもの」

 

 体が熱くなってしまっている。

 真に迫りすぎた。女優になれるんじゃないか。めぐみんの外見ならアイドルか。

 

「……もしこれが告白なら、ユウスケがどう返していたかは興味はありますが、話を脱線させずいきましょうか」

 

 決めつけていたのかもしれないな、と彼女の話を聞いていて俺も思いなおす。

 

 ゆんゆんが俺の事を恋愛的な意味で好きになるのは考えにくいから、そうじゃないかと断定してしまっていた。それと、俺の気が大きくなっていたというのもあるだろう。

 やっぱ可愛い子から好きみたいな扱いされると舞い上がってしまうものだ。

 

「だからですね。恋心なのかはそうでないかはゆんゆんが決めることです。ユウスケができることといったら、まあ、あの子のことはもう少し見守ってあげるぐらいですよ。私の方でも今度話を聞いてみますし。……あの子も私もやっぱりまだ子供ですけど、なにもかもわからないほど子供ではないんですから。少なくともユウスケよりかは大人です」

「俺はめぐみんよりかはかなり大人だと思ってるけど」

「子供ですよ。……妙なところで頑固でわからず屋で私達のことを大事に思っているだけの。ほんと、大人なのは下半身だけですね」

「下ネタかよ」

 

 突然ぶっこんできためぐみんは、俺の肩に頭を乗せる。

 そして、彼女にしては珍しくゆんゆんのためにお願いしてくる。

 

「ただ幼馴染としては、ユウスケはあの子のことを泣かさないでもらえるとありがたいです」

「……めぐみんが何度かその幼馴染を泣かしているところを見たことあるけど」

「私はいいのです。幼馴染ですから」

 

 便利だな幼馴染。

 

 なんといっても一番ゆんゆんのことを泣かしているのはめぐみんである。

 ぶっちぎりのゆんゆん泣かし世界王者だ。二位や三位とは桁が違う。ゆんゆんがうわあああんと泣きながら逃げていくのも、涙目になって震える姿もめぐみんの手によって何度か見てる。

 

 最近だとこの宿屋にあった卓球みたいなもので泣かされていたっけ。

 こいつ勝負に対して本気すぎるんだよ。まあ反射神経には自信がある俺も、負けたのだが。卓球と同じだと思っていたら、ルールはちょこちょこ違うんだよな。そこの差異を突かれてボロ負けして泣きそうになった。

 けど、彼女が言う泣かすというのはそういうのではないのだろう。お遊びではなく本気でゆんゆんを泣かす……いや、めぐみんもたまにゆんゆんをガチ泣きさせているような。

 

 まあそこら辺はあまり考えないようにしよう。うん。

 

 ……でもめぐみんはいいのだろうか。

 こんなこと聞くのはまたうぬぼれに当たるかもしれないが、聞かざるを得なかった。

 

「……めぐみんは、それで大丈夫なのか」

「それでと言われても、なにがそれなのかわかりませんよ。夫婦じゃないんです。それあれでは通用しませんよ」

 

 夫婦というと、テントでの会話を思い出すな。

 

「まあ、話はこれぐらいですか。有意義とは言い難いですが、興味深い話でしたね。まだなにかあります?」

「いや、これだけ」

 

 これだけというには大きな話だと俺は思っているのだが。

 なんせゆんゆんのことである。めぐみんが言うように俺もひとまずは静観しておくのがいいのだろうか。あっちの判断を待つのが俺のできる最善なのだろうか。

 

「では私も部屋に戻らせてもらいます」

 

 めぐみんは本を片手に持って俺の借りている部屋から出ようとする。

 その時、本のタイトルがちらっと見えた。

 

「あー、そういえば言うのを忘れてました」

 

 彼女は止まることなく出ていくが、俺の部屋の扉を閉める前に一言だけ残していく。

 

「当然ですが……私は、幼馴染に負けるつもりはありませんから」

 

 お休みなさい、ユウスケ。

 

 その柔らかい声と共にパタン、と扉が占められる。

 残されたのは俺だけだ。

 そしてふと頭の中に残っていることがある。

 

 彼女の持っていた本は料理の本だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察に呼び出された三日後。

 またまた呼び出された俺。今度は面子が勢ぞろいであった。

 

 めぐみんとようやくいくらかはまともに話すようになってくれたゆんゆん。アクシズ教徒であるゼスタさんとセシリーさん。全員が警察署内部にいる。

 

 この警察署に来るのは何度目だろう。すっかりここの警察官とも顔馴染みになってしまった。一昨日は仕事終わりの警察官にばったり会って飯食いにいったりもしたし。

 

 呼び出された理由はわかっている。

 事件は少なからず収束を迎える。そう信じていた俺達の予想は簡単に裏切られたせいだ。

 

「お集まりいただいて礼を言わせてもらいます。この度、集まってもらった理由としては一つです」

 

 警察の人の口ぶりは重かった。

 事件がまだ続いていることを否応なくわからされるものである。

 

「また新たに毒に汚染された温泉が出ました」

 

 自分でも歯を噛みしめるのがわかる。

 昨日俺が泊まっている宿屋の温泉が汚染されていた。

 俺が入ろうと足をつけそうになった時、嫌な予感がして調べてもらったらやはりだった。調べて貰った時、知り合いの警察官が俺達が泊まっている場所以外の温泉施設にも同様に、汚染が再発していることを教えられた。

 犯人が捕まるかはともかく犯人らしき長身の男を探している今、まさか新たな被害が生まれるとは思ってもみなかった。だが、事実として事件はまだ終わってはいない。

 

 ゼスタさんが落ち着いた声で、詳細を尋ねる。

 

「ふーむ。ということは、また長身の男性が悪戯をしたというわけでしょうか。しかし、町中に貼り紙がされている今、私達の目を掻い潜ってとなると現実味がありませんね」

「多分共犯者がいたんじゃないの。これは大きな陰謀の臭いがしてきたわね! 私の予感でははじめにエがついて最後にスがつく三文字の宗教が怪しいと思うわ」

 

 もうそれ完全に言ってるよね。

 エリス教だと言ってしまっているよね。

 

 警察の人は困惑した表情であったことを喋る。

 

「共犯という線も考えにくいのです。ユウスケさんの宿屋は対策はしていなかったのですが、あの事件が起こったということで、被害に遭われた他の温泉の店主は、温泉に入る人間を見張っていたらしいのです。事件が表面化したせいで客足も大分減ってきていますし、温泉に毒を入れられた時間内では、どうも温泉に入った客に不審な人物はいなかったと証言しています。全員泊まった客や見知った人達だと」

「その彼らが共謀したという可能性はないのですか?」

「もちろん彼らにも事情聴取しましたが、それらしき痕跡はまったく見当たりませんでした。嘘発見器でも彼らは真実を言っていると出てます。これは……一体どういうことなんでしょう」

「うわっ。まるで推理小説の密室トリックみたい」

 

 ゆんゆんの呑気な感想が耳に入るが、俺も困惑だ。

 

 テレポート使いだとしても、温泉のところにテレポートの登録していたというのはおかしな話だしな。謎だ。

 魔法使いとしての知識を持つめぐみんは、そっちからの知識を取り出す。

 

「姿隠しの魔法の可能性はありますかね。あれを使えば、他人から見れなくなりますし」

「そんなのもあるのかよ魔法って。なんでもありだな」

 

 本当になんでもありすぎるわ。

 折角そういう魔法があるのに使えないめぐみんはというと、ドヤ顔をかましていた。

 

「ふふふ、羨ましがってもいいのですよ。来年の全職業なりたいランキング一位は貰いましたね」

「剣士だって負けてないからな。来年こそは必ず……」

「来年もプリーストに決まっているわよ! わかる? プリーストこそ選ばれし職業! 癒し系女子がトレンドね!」

 

 魔法使いや僧侶は剣士より才能が露骨に出るせいか、どうも毎年のなりたい職業で勝てていない。後は泥臭いとかいう理由で人気が今一だ。

 

 前衛で戦う剣士職業って大事なんだからな!

 それにしても、つくづく魔法使いって優遇されすぎじゃないかと思う。

 

「だめよめぐみん。あの魔法は外からは見えなくなるけど、ある程度近づいた距離では見えちゃうし。流石にバレるんじゃないかな」

「そうですよね」

 

 めぐみん自身も論の欠点には気づいていたのか、あっさりと引っ込める。

 

 そこからは各人が思い思い案を発表していく。

 だが、正しいと思えるような案はまったく出てこなかった。

 苛立ったセシリーさんが、ムッとした顔で怖いことを言う。

 

「アクシズ教徒に恨みを持っている連中を全員しめていけばいつか犯人にたどり着くんじゃない」

「紅魔族より物騒な考えしていますね……」

 

 あのめぐみんが彼女の案には呆れ顔である。

 当たり引くまで回すガチャポンではないんだぞ。

 

 場の空気が停滞している中、ゆんゆんがボソッと呟いた一言に、俺は耳を取られた。

 

「でもアクシズ教徒にこんな凄い喧嘩を売る人ってどういう人なんだろう。仕返しが怖くないのかな」

 

 そうだ。確かにそうだ。

 普通の人間なら、アクシズ教徒にここまで喧嘩を売るなんて考えられない。

 

 それならば。

 

「犯人は……人とは限らない?」

「急に何をいっちゃってるのよ、ユウスケさん。ボケたの? 急に白昼夢? リスが毒を盛ったとでもいうの。既に長身の男というのがはっきりしているのに、寝ぼけたこと言わないの」

「いえ。ユウスケさんの言いたいことはわかります」

 

 ゼスタさんは頷きながら、俺の言葉をわかってくれたようだ。

 

「魔王軍かもしれないということでしょう。確かに人間とよく似た魔族や人間に化けれるモンスターなどいますからね」

「なるほど。ここまでアクシズ教に喧嘩を売るなど凄い連中だなと心の中でちょっと感心していましたが、恨みがあったとしてもこんなにアクシズ教に喧嘩を売るのは割に合いませんね。やったのは、魔王軍だというなら合点はいきます」

「めぐみんさんの認識おかしくない! そんなに怖いところじゃないからね! アクシズ教はほのぼのとしたアットホームな人達です!」

 

 納得するめぐみんに突っ込むセシリーさんだが、アクシズ教徒をよく知っている警察の人達は深々と頷いていた。

 

 こうなると大分話は変わってくる。ギルドでテレポート登録者を探しているが、空振りに終わるかもしれない。わざわざ魔族がテレポート登録するわけないしな。

 それにモンスターが相手ならば変身ということも考えられる。擬態するモンスターや姿を変えられるモンスターなどもいるのだ。泊まっている客に一時的に姿を変えたりなどして誤魔化す方法がある。

 

「高位魔族……の変身というのは考えられないと思われます。一度長身の男らしき人物を私も見たことがありますが、他の人ならともかく私が高位魔族を見過ごすというのはまずないでしょう」

 

 ゼスタさんがさらりと凄いことを言う。

 なんだかんだいっても、アークプリーストとしての力は本物のようだ。

 

「それならモンスターの変身なのかな? 確か何種類かいたよね。えーっと確か。ドッペルゲンガーとか」

「ドッペルゲンガーなら私も噂を聞いたことがありますね」

 

 ゆんゆんのあげたモンスター名にゼスタさんが食いつく。

 ドッペルゲンガーなら俺もこの世界のことを色々調べたときに小耳に挟んだことはある。

 

「あの噂なら俺も聞いたことがありますよ。エルロード国のことですよね。……なんでも今は優秀な宰相が国を立て直しましたが、長い間ポンコツな王族ばかりで実はドッペルゲンガーに成り代わられていたのではとかいうものでしたっけ。眉唾ものですけど」

 

 そんな噂がこのベルセルク王国の近くにあるエルロード国にはある。魔王軍と密接した国であるベルセルク王国はあの国の支援がないと危ないと言われるぐらいだ。

 立役者の宰相は、この世界の影の英雄といっても過言ではない。

 

「他にはなにがいるでしょうね」

「他か……」

 

 皆も考え込んでいる。

 俺もなにかしかないかと考え込んでいるが、妙に引っかかるものがある。

 

 思いつきそうで、思いつかなければいいとなにかが蓋をしているような感覚だ。

 

 なんだそれ?

 思いついた方がいいに決まっているだろう。

 

 俺は意味の分からない勘を振り払い、要点を纏めていくことにした。

 長身の男が怪しいというのが最大のものだろうか。

 その長身の男は筋肉質だが、体が柔らかい。普通なら無理だろう隙間をまるで柔らかい生き物かのように通り抜けた。そして、そいつは人間でないこともありえる。

 そうそう。忘れてはならないのは、そいつが毒を使っていることだろうか。温泉一つ汚染する毒というと、かなりの量で強い効果だ。そんなものを大量に持ち込んでいる。

 

 頭をかく。なにかか繋がりそうである。

 俺はこちらの世界に来たばかりだ。めぐみんやゆんゆんとは知識の差があるのは当たり前。そんな俺でも本を読み漁り、資料を買い漁り、身に着けた知識がある。

 

 転生者である俺だけがわかっていることもある。

 

 その知識を総動員して、なにかを繋げていく。

 

「あっ」

 

 ふと――転生者のことを頭に過らせたことで、俺は一つの繋がりを持つ。

 持てば一瞬だった。何度もやったパズルみたいに、次々とピースがはめ込まれていく。繋がる繋がる。今までまったく要領の得なかった事柄が、一気に確信を持った予想が立てられていった。

 

 それはどこか快感にも似ている。

 わからなかったことをわかることは、ある種の喜びが付きまとう。

 

 しかし、そのパズルが完成したとき、俺は笑っていなかった。

 

「……ユウスケ。どうしたんですか」

「……ユウスケさん。大丈夫ですか」

 

 めぐみんとゆんゆんが二人とも同時に俺の異変に気付いたようだ。

 気づきたくなかった理由はそういうことか。そういうことだったのか。

 

 くそ! そういうことだったのかよ!

 

「もしかして、怒っていますか」

「悲しんでいるんでしょうか」 

 

 どちらも正解だ。

 怒って、俺は悲しんでいた。

 まったくこいつらは俺の事がよくわかるものだな。

 

「は……ふっ……」

 

 息をすることさえ躊躇われる。

 解決方法が幾つも頭の中に浮かばせる。早く早く、最良の道を。もう一分たりとも我慢できない。

 いくつも頭の中に案が浮かんで、俺は最も良いと思われた解決策をある欠点から外して、二番目に良い作戦を思いついた。

 

「……大丈夫、ではないけど、そんなに心配することはない」

 

 俺は不安そうに見守っている二人に、声をかける。

 怒りや悲しみが表に出ないようだ。

 

「どうやらわかったようですね」

「え、ええ!? ユウスケさん。敵のことについてわかったのですか! 凄い! 私なんてさっぱりなのに」

 

 ……こればっかりは俺がめぐみんやゆんゆんよりも偶然知識があった部分ということだ。

 

 全員が俺を見ている。視線を集めているのは、いつぞやのデストロイヤーの作戦会議のことを想起させる。あの時は、頼りになるダクネスがいた。

 しかし、今はあの貴族の冒険者はいない。

 

「ほう。良い案を思いついたのですか。私達にも教えてほしいですね」

「ずばりと当てたら私も断腸の思いでめぐみんさんとゆんゆんさんと一緒にお布団で寝るぐらいのサービスはしてもいいわよ」

「いや、私が嫌です」

 

 ここが勝負だ。

 かつてのダクネスみたいに俺は上手くできるだろうか。彼女のように責任を負って作戦をできるだろうか。いや、無理だな。

 

 俺は彼女のようにはできない。あの彼女みたいに誰も彼もの責任を背負えない。格好良く、すべての責任を背負えるような背中をしていなかった。

 体の大きな俺の背中が持てるのは、せいぜい俺の命一人分だ。

 

 だから、俺が責任を負えるところだけ、戦おう。

 

「皆さん。少しばかり話を聞いてもらってもいいですか。今から作戦を提案させてもらいます。これ以上、なんの被害も出すわけにはいきません」

 

 地獄のようなマグマの上に薄氷が引かれている。それに立っているような気分だ。今すぐに激情にかられたいという思いを俺は必死に押し殺す。じわじわと消えていく氷。それでも、俺が冷静にならないといけない。

 しかし、そんなの、難しい。

 時間はもうない。猶予があったのは少し前まで。事態は最悪を越している。

 

 一分一秒惜しい。

 本来なら今すぐにでも作戦を実行したいぐらいだ。

 我慢が、ならない。

 

 血が出るほど手を強く握りしめる。

 さあ――今すぐにでもその傲慢で薄っぺらい敵の化けの皮を剥がしてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネタバレ
敵の名はハから始まる
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