昼の二時。もう約束するだろう時間か。
俺は服装を整える。
着なれた服だ。いつもの服……に見えて、こっそりとポーションや聖水を仕込んでおく。もしものための用意はしておいて損はない。
マントの中には時間停止の神器は入れてある。今日止められる時間は……十分か。短いと思うべきなのか、長いと思うべきなのか。あくまでこれは保険だからな。できれば使わなくてすむのが一番良い。
身なりをきちんと整えてからは準備運動である。手だけでなく、特に足をしっかりと動かしていつでも動けるようにしておく。
「ぐいーと」
ストレッチでアキレス腱を伸ばして、足首を回す。
「違和感は……ないな」
湯治の効果は抜群で、怪我を治した後も感じていた違和感はなくなった。仕上がりは上々だ。地味にこっちに来てからもモンスターを退治してレベルアップしていたので、デストロイヤーの時よりも早く走れる自信がある。
あの時はかなりギリギリになってしまったが、今だと同じ条件ならもっと余裕ができるだろう。
「んー」
流石に剣を持って行くことはできない。といっても既に剣はこの部屋には置いていなく、めぐみんとゆんゆんに頼んで指定地に持って行ってもらっている。でもそれにしたって腰元に剣を差さないってのは怖いな。特に今の状況だと。
まあ俺の推理が正しければ、俺がいくら剣を振り回そうが、ろくに影響はないのだが。気分の問題だ。
俺は長いこと過ごした宿屋の部屋から出て、目的の人物を探すことにする。
「……長居しすぎた」
足取りは軽くも重くもなく、まるで日常生活送っているのと同じように足を動かす。――いざとなれば秘密兵器があるとはいえ、できるだけ平常心でいないと。
お目当ての人物は、ありがたいことに探すことなくあっさり見つけることができた。
目を合わせた瞬間、口を開きそうになるも、それでは相手を探していたのが丸わかりなので唾を飲み込んで一呼吸を置いた。
「あ、こんにちは」
「はい。こんにちは」
不自然な明るさにならないようにしながら会釈する。
「今時の時間だとやっぱ忙しいんですか」
「そんなこともありませんよ。この時間帯は丁度休憩時なんですよ。これから一時間ぐらいは暇しています」
うん、知っている。
でも今初めて知ったみたいな表情を顔に張り付ける。
「へー、そうなんですか。二時ごろは暇しているんですね。……なら、ようやく休みに入ったところ申し訳ないんですが、俺に時間くれませんか?」
「時間はありますけど、どうしたんですか。何か御用でも」
白々しくならないように気を付けながらも、俺は本当に申し訳なさそうに頬をかいた。
「いやこの前。三日ぐらい前に約束していた話ですよ。ほら、覚えていません? この街を一緒に会話しながら散歩しようという話。この前話していたときに、観光客にこの街の話を聞いて参考にしたいから考えておいてくれっていうの。やっぱ観光客相手にするためには観光客の話を参考にするっていうのは、良い案だと思いますよ。俺も明日ぐらいでアルカンレティアの街を離れようと思っていますし、今日しか空いてないんです」
「うーん、まあ……約束は約束ですしね。いいでしょう。三十分ほど、ユウスケさんの話を聞きながらこの街をぶらぶらしましょうか。では、外で少々待っていてください。今、外に出ると言ってくるので」
目の前の人物は一瞬悩むけれども、約束したことには逆らえなかったのか、あっさりと了承した。
俺の話が本当なら、相手から持ち掛けたことになっているので当然だろう。
「わかりました。玄関前で待ってますね」
パタパタとスリッパの音を鳴らしながら中に入っていく。
ということで、俺は一人で待つことになる。
「ふぅ……」
息を吐いたのは、肩に無駄に力が入っていることがわかるからだ。
「リラックスリラックス」
言葉にすることで効果の倍増を狙うもあえなく無駄になる。
「……はぁ、こんなの初めてだからな。どうしていいかわからん」
めぐみんは良いな。怒った時あんなにもストレートに出せて。ゆんゆんも感情に素直だ。俺だけが、こうもへそ曲がりだからどうしていいかわからなくなってる。……羨ましい。
首を後ろに傾けると、空は曇天に覆われていて、その雲を見てふと思う。
吸ったことも、これから吸うつもりもなかったが、俺は煙草が吸いたいと思った。
その紫煙をたゆたわせれば、この感情も紛れるだろうか。わからねえな。
「ほんと、長居しすぎたよ」
俺は待っている。まるで恋人を待つ人のように、内心そわそわしながらも相手にばれないようにいつも通りの表情をしながら。
二人で街を散歩している。
散歩といっても、俺は目的地があるから移動といっていいのかもしれない。無言なのもおかしいし、俺達は当たり障りのない会話をしていた。
「旅行者のユウスケさんにとって、街はどんなものでした?」
「……んー、大変な街でしたね」
口から出てきたのはこんな言葉である。
「食べ物は美味しいし、景観も結構好きですよ。水の街というコンセプトはそこら辺ふらっと歩いていても神秘的で見栄えしますよね。けど、やっぱ大変な街ですよ」
「そうでしょうそうでしょう」
強く頷かれる。
何度も何度もだ。頷きすぎである。
俺の歩きに連れられて、街の中央通りに出る。中央通りにはいつもと変わらない喧騒が飛び交っている。耳を澄まさなくても、店員達の声が否応なしに入ってくる。
「この街に来たのならこれ買わないと損だよー。損したくないでしょ。ならこれ買わなきゃ!」
「そんなもの買う方が損ですね。他の街にはないこのお土産を買う方が喜ばれますよっ!」
「はー? そんなものただのお菓子にアルカンレティアの印をつけただけだろ。そこら辺のお菓子を買った方がまだ美味しい分特だ」
「なんですとてめえ」
「やるか!」
「やってやりましょうじゃないか!」
アルカンレティアの街はいつも通りの活気に満ちた客引きである。
旅行者は若干少なくなるとも、客引きには衰えがないどころか客が少ない分、更に熱烈になって過激さを増していた。怖い。
俺はともかくもう一人は顔は覚えられているので、客引きに掴まれることなく街を歩くことができていた。
「……元気ですね」
「俺には猛獣の群れに見えます」
「危機的状況というのに、こうも変わらないものなんですね。もっと……危機的になれば変わりますかね」
隣を歩いているものは、顎に手を当てながら彼らを見回していた。その視線にはどのような感情が込められているのか。
「いやー、そう変わらないと思いますけどね。むしろ解き放たれてより危険になるんじゃないですか」
「……怖いこと言いますね」
「実際ありえることだと思いますよ。というか、アクシズ教の恐ろしさについては俺よりも貴方の方が知っているんじゃないですか。なんせアクシズ教の一員ですし」
「まあそうですね。私は本当によく知っています」
今度のは同意だと、簡単に読み取ることができた。このアルカンレティアでのアクシズ教徒の付き合いは俺とでは比べ物にならないほど長い。
「ユウスケさんの方は付き合ってどうです。うんざりしたでしょうか、旅行で来た人はやはりそういう人が多いんですよ。ユウスケさんみたいに二週間ほどの滞在期間は長いですね」
「うんざりといえばうんざりですね」
まあ、カルピスの原液を一気飲みさせられるようなものである。
何度も何度も原液一気飲みはマジで死に関わってくるぐらいだ。コップ一杯でも辛いのにな。
「でも、いなくなればなとは思いませんかね。ほら、なんだかんだいってあの人達って嫌いになれないじゃないですか」
底抜けの明るさ。悪戯小僧の悪戯にしては度を越えて大人になって何をやっているんだと思うが、俺は彼らを嫌いになれない。
めぐみんが言ってたことと同じだ。
うんざりすることはあれど、彼らには悪意が薄い。いやどっちとかいうと、そこは逆に恐怖を感じるところなのかもしれないが、その自由さは、アクア様抜きでもちょっと憧れる。
ちょっとだけな。
「ユウスケさんは特殊なお人なんですね。そんな考え方をしている人は珍しいですよ」
「かもしれません。……実際問題ただのはた迷惑な人ですからね」
俺としては憧れる部分もあるにはあるが、そこは否定できなかった。マジで迷惑だからな。ただどんな人でも、アクシズ教は恐れてはいても本気で嫌っている人はいないような気もするのは、俺だけなのだろうか。
中央通りを過ぎていき、客引きも人自体も減っていく。本来ならここも人は多いはずだが、今日だけは少ない日なのである。
少ない人通りに、俺と相手は会話しながら真っすぐに歩いて行く。相手は器用にこちらに笑いかける。
「珍しい人であるユウスケさんに質問しましょうか」
「そういえば、参考にしたいという話でしたね。どういうこと聞きます?」
「はい、お願いしますよ。では簡単に、私の店はどうかということを聞いておきましょうか」
「んー、店ですか」
この二週間のことが頭に浮かんでは流れていった。大変だった。うん、大変だった。
「……良いと思いますよ。料理は美味しい。掃除も丁寧。お目当てのあれも少し前までは大満足。でもこればっかりは仕方がないことですしね」
他には、少し前までは大きな欠点が一つあったのだが……そっちはもうその心配はいらないだろう。
「言うことありませんよ。素晴らしいです」
「そんなことを言ってもらえるなら私としても嬉しいですよ」
俺の最大限の称賛に、にっこりと恵比寿のような笑顔を作るのには、器用なものだともう一度思ってしまう。
益々人は少なくなっていく。
まだ時間も昼過ぎたところだというのに、この街自体の玄関付近は殆ど人が見えなくなってしまった。そういう日もあるだろう。
「…………」
あー、ここから先どうやって話を繋ぐか。
色々考えていたのだが、勝手にしゃべるならまだしも場の空気ってのがあるからどうスムーズに会話を成り立たせるか難しい。
しかし、そんな心配もいらなかったらしい。
相手の方から話を振ってきてくれた。
「それでですね。ユウスケさんは」
食器洗いの時などによく会話して聞いていた声が。
少し太った感じがある落ち着いた声が。
「どこから気づいていたんだ?」
張りのある三十代かそこらの声に変わる。
その声は、俺が一度だけ聞いたことがある声だった。なのに、よく覚えているものだな。
……まあ、ここら辺が限度だろう。
相手も馬鹿じゃない。街の外に出ようとしているのは、明らかにおかしいと違和感を持って当然だ。人もめっきり少なくなっているし。相手が馬鹿で気づいてくれないのが最良だったんだけどね。そこまで上手くはいかないだろう。相手には知性がある。
俺は見慣れた相手を睨み付ける。
「最初から、とここで言えれば格好いいんだが。……実際は少し前からだよ。気づくのが遅すぎた。本当に遅かった。よくも……宿屋の店主の姿を奪えたものだ」
「アクシズ教の連中はどいつも血眼に俺を追いかけまわしていたからな。タイミングが良かった。俺もこの店主は狙ってたというのに、見つけた瞬間俺に襲い掛かってきて――ペロリよ」
彼は俺が二週間ほど泊まっていた宿屋の主人の皮を被っていた。
見慣れたように見せかけているだけで、何もかもが違っていた。中身に入っているのは化け物である。
俺が泊まっていた宿の店主の姿を借りているだけのモンスターを、様々な感情が込められた目で睨み付ける。
俺もお前の感情がわからないように、きっとこの感情は相手はわかるわけがない。
アルカンレティアの出入り口近くで俺達は対峙する。
冒険者とモンスター。戦い合う役目を受け持つ間柄である。
「口振りからして、お前さんが見つけたんだよな。どうやって気づけたのか俺も興味があるんだが。優秀な冒険者さんよ。ちっとばかし教えてくれないか」
なのに相手には余裕があった。ここからでも逆転できる方法があるというのが見え透いている態度で、こちらを称賛してくる。
これに付き合う義理などないのだが、そうといってもいられない理由がある。
「いくつか不自然なボロをだしてくれたからな。あれだけヒントを貰えれば知識のある人間ならわかるさ」
今すぐ袋叩きができないのは、こいつが普通のモンスターと明確に違うからだ。
「ほーう。言うね。奪えたという言葉からして俺がどのモンスターまでも特定しているんだよな」
敵にべらべらと喋るのも、相手にこちらのことを知ってもらうためだ。端的に言うなら感情移入してもらうためである。
誰かも知らない相手では、俺が持っている秘密兵器は効果が薄い。ある程度対等な相手とみてもらうために、俺はこいつの解説をする。
「正体に関するヒントは二つかな」
今まで聞いた話を総合させる。重要なのは警察の人から聞いた話と、温泉で起こっている被害である。
「逃げる時細い通路を通ったよな。人間ではとても通れない場所を軟体生物かのように通り抜けたというのだから、柔らかいモンスターってことは間違いない。例えばスライム、みたいな。そして、もう一つはこの温泉の事件だ。破壊されるでもなく、混入されていたのは毒だ。軟体で毒を使い人の皮を被って擬態が可能なモンスターというと、俺はデッドリーポイズンスライムしか思い当たらない」
かつて冬に家で調べていたスライムである。
その生態は脅威の一言だ。魔法の抵抗力が高く、触るだけで猛毒に侵されるという敵対したくないモンスターの中でも上位に入る危険度。まともにやれば剣士の俺が勝てる相手ではない。
「それでは半分だな。どうして俺が宿の店主の皮を被っていることがわかったという話が肝要だろう? この街でこの人数の中からピンポイントで当てるってのは難しい。俺はこう見えて結構器用でよ。ちゃんと宿屋は運営していたと思うぜ」
実際問題運営状況についてはなにもおかしな点はなかった。短い日数とはいえ、それなりに大きな宿屋を初めての人が経営するってのは無茶な話で、それを成し遂げたこのモンスターは素直に凄い。確かあらかじめ宿屋の店主に色々聞いていたらしいが、それだけでできるかと言われれば俺には無理だ。
経営については問題がなかった。
でもそのことについてはあっさりわかったんだよな。
「これも手掛かりが二つあってな。一つは彼の立場。温泉危機管理対策チームのリーダーという立場なら色々動きやすい。実際被害があった宿は見回っていたと確認した」
「正解だ。拍手あげたいぐらい見事なもんだな。そこまできっちりと推理された俺としてもお手上げするしかない。なら、もう一つは何なんだ」
「もう一つの方は……」
モンスターである相手に言いにくいことで俺は少し言いよどんでしまう。
「その……アクシズ教入信を勧めてこないってのはおかしいことだから……」
「……はぁ!? 自分の宿に泊まっている相手にか!?」
心の底から驚いたのか、表情をろくに動かしもせず彼は叫ぶ。彼の驚きは自然なものである。普通なら自分の宿に泊まっている客に入信の紙を何度も書かせようとするなんてことはやらない。
「するんだよな……アクシズ教徒なら」
やるやつなのだ。
一番気づいた理由としてはいつぞや警察から帰ってきた後、宿泊の延長の手続きにアクシズ教徒入信を絡めてこなかったのが決め手である。
こんなの俺も言いにくい。モンスターの方がまともにしていたって。
この街の温泉に散々な被害をもたらしたスライムはというと、髪をかきむしる。
「うおおおおおおおおおおお! これだからこれだからアクシズ教徒は嫌なんだよ! モンスターでもやったらいけないことを至極普通にやるってなんだなんだよお前ら!」
ぐちゃぐちゃっと心の膿を吐き出すようにして、絶叫する。
「わかるか! この潜入任務の大変さが!? 人間に擬態できるから魔王の幹部である俺がこのアクシズ教徒の財源を潰すという大役を魔王様から受け賜わったが、この街のやつらどいつもこいつもいかれてやがる!」
どれほどの鬱憤なのだろう。
腹に貯まった不満はあまりにも大きくて噴火したそれは火山のマグマのようだった。
「入信の紙は次から次に押し付けてポケットの中はパンパンになるし、客引きはグイグイと押して離そうとしないし、財源を潰す前に俺の心が潰れそうになったわ! きっと初めてだぞ! 心労で死にそうになるモンスターって!?」
……こいつもマジで苦労したんだろうな。
絶叫があまりにも真に迫りすぎていた。擬態とかではなく本音なのは一目瞭然である。アクシズ教徒って半端ないわ。
改めてアクシズ教の恐ろしさを感じていると、目の前のモンスターはまるで人間のように呼吸を荒くしていた。
「はぁ……はぁ……はぁ。そんな苦労をしてできたのが精々財源の半壊程度だが。もういい。これ以上ここにいると頭がおかしくなるしな。一先ずはこの程度の成果で満足しておく」
温泉の秘湯の幾つかは毒で汚染されている。
はっきりといってこの街の財政はこれからかなり厳しいものになるだろう。彼らの企みはかなり成功してしまっている。
「またお前達が忘れた頃に残りの温泉に同じようなことをしてもいいしな。なんせ俺はお前達と違って何十年も何百年も生きる。少しの間ぐらいわけないさ。……だが、結局お前はここに俺を連れ出して何がしたかったんだ」
彼は周囲を確認もせず、事実を告げる。
「周りは誰もいないようだ。こんなところに俺を連れてきて、お前一人でなにがしたいんだ。まさか俺を倒せるというわけでもない。それにこんな街の中で――やるつもりかよ?」
街の入り口付近とはいえ、俺達の周りには家もいくつもある。こんなところで戦えばどれだけ被害が出るかわからないし、そもそも俺ではこいつに勝てない。将棋でいうなら王手をされているようなもの。この盤面の上では決して勝てない。
「お前が優秀な冒険者ってのはわかるよ。こんなにきっちり当てられた記憶俺にはない。……できればそんなお前を始末をしておきたいがよ。正体がばれているとしたら――そうもいかねえ。さっさとこんなところからはおさらばさせてもらう。長々と話を聞いておいてなんだが、またなユウスケ。次会えるとしたらお前の皮もいただいて――」
「――はんだ。この名前に聞き覚えがないか」
俺はエロダンジョンで避妊薬に刻まれていた名前を口にした。
次の相手の声は叫びではなかったが、充分感情が込められていた。
「その名前を、なんでお前が」
表情は借りものだからわからないとしても、そこに込められているのは怒りだとわかる。
でも流石は魔王軍の幹部。知性ある生物。激昂して襲い掛かってくることはなく、落ち着きを取り戻す。
「……どこかでデッドリーポイズンスライムとその名前の関係性を聞きかじっていたとしても不思議ではないか。カマをかけたってわけだな。お前冒険者より商人とかの方が向いているんじゃねえか。駆け引き上手だわ。ま、あ。俺に何をしたいのかわからないが、お前では止められないさ」
落ち着いてもらっては困る。わざわざ話に付き合っていたのも怒らせることが理由なんだから。
俺という存在を少し理解したことで、俺の発言を無視できなくなってしまっている状況を作り出したかった。
俺は憎たらしい口調にしながら、敵を挑発する。
「カマかけでもない。お前がいつも使っている長身の男性の皮。あれってはんだのものだろう。特徴がピッタリだ。避妊薬を作ったはんだに生み出されたのが、お前という存在ってわけだ」
「……何が言いたい?」
怒っているのか? 怒っているんだろうな。
トラウマってものがある。俺とゆんゆんがこの前までかかっていたトラウマというのは厄介なものだ。理性をなくす。当たり前のことができなくなる。そこを突かれればいつもの自分ではいられなくなる。
「いや、別に。何も。そんな大それたことを言いたいわけじゃない。ただ逃がしてやるみたいな口ぶりは気になると思ってな」
知性のある生き物だからの欠点。
デッドリーポイズンスライム。製作者を殺したスライム。わざわざ殺した製作者の皮を被り続けていて、きっと今もその中の皮に押し込められているだろう、執着。
彼の作られた理由は特殊である。
「人間の俺にだよ。なあ――」
ここにきて俺とモンスターの意思は合致する。生まれも何もかも違う相容れない存在である俺と彼。しかし、一つの感情によってわかりあえる。
お前は怒っているのだろう?
だが、俺も怒っているのさ。
「エロモンスターの失敗作が」
それは引き金である。
秘密兵器である。本来なら秘密にしておきたいような兵器だが、俺は怒りによってその引き金を引いた。
世界が鎮まる。
この近くには俺と彼しかいないので、必然どちらの口も閉じれば誰も言葉を発することはなくなる。しかしそれは嵐の前の静けさなのはわかりきっていた。
「――――っ」
彼の姿が不自然にまで膨張する。
物理法則に縛られない明らかに内と外があってないように被っている皮の中から膨れ上がっていく。それと同時に彼の意思は一つ。
ただ一つ。
「――ころす」
それだけだった。
さて。二度目ともなる命を懸けた逃亡劇の始まりである。