※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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四十一話

 

 

 

 日本では部活でたまに剣道着で運動場を走らされていたっけ。

 それも大声で叫びながらだ。

 

 道着は普段の服より走りにくい。下は分厚くて長いスカートみたいなものだから、走りにくいのは当然で、いかに足を上げずに走るかということを工夫して走っていた記憶は強く残っている。

 ただ今日に限っていえばそんな心配はしなくていい。俺は足を大きく上げて思いっきり疾走していた。

 

 なんせ現在俺は、魔王軍の幹部に追われているからだ。

 

「……でかいな」

 

 速度を落とさずちらりと後ろを確認すると、俺を追っている魔王軍の幹部であるデッドリーポイズンスライムの体はとんでもない大きさだった。

 

「いい加減にしてほしいわ。……あんなの収まるわけないだろ。物理法則どうなっているんだ」

 

 文句ぐらい言わせてほしい。

 そのデッドリーポイズンスライムの大きさは確実に家を越すぐらいはあった。玄武やデストロイヤーの小山クラスには劣るとはいえ、三階建てのアパートぐらいはありそうである。

 決して人間の皮に収まるものではない。物理法則を無視しすぎだ。

 

 そんな怪物が俺だけを目当てに追ってきている。

 

 ……うん。まあね。追われるだけの暴言を吐いたからな。

 相手の地雷を踏みぬいた。普段なら敵とはいえ幾らなんでもこれいうのもどうなんだろう、と俺も悩んでしまうような暴言であった。

 

 エロモンスターの失敗作って……。

 

「しかし……つくづく転生者の創作物に縁があるな俺も」

 

 デストロイヤーに引き続きデッドリーポイズンスライムの亜種。

 どちらも転生者の仕業である。

 

 デットリーポイズンスライムの亜種は本来の目的としては都市攻略エロ兵器だっけか。

 かつての転生者はダンジョンにくる冒険者だけでは我慢できなくなったのか、高い知能を持たし、都市に潜入してエロいことをするスライムを作ろうと思った。

 日常突発的エロを目的としたスライム。

 元来スライムにしては高い知能を持つデッドリーポイズンスライムを改造してその目的を果たそうとしたわけだが、その改造途中で転生者は食われた。なので、非常に高い知能と幾らでも合体できる性質、それに魔法耐性などを持つ、危険性を遥かに増したデッドリーポイズンスライム亜種が爆誕したらしい。

 

 何度でも思う。ほんーっとろくなことしねえな転生者!

 マジで何なの! 馬鹿なのか。馬鹿なんだよな!

 

「……ガチャポンのように次から次へと転生者の不始末が襲い掛かってくるけどさ! 幾らなんでもこれで転生者の後始末させるのは打ち止めにしろよ!」

 

 嫌な運命に俺は叫びながらも、足を止めることなくアルカンレティアの街の外を走っている。

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 正体を現した今、本能に近い存在だろうに殺意を滾らせて追いかけてくるスライム相手に、愚痴を叫びながら俺は更に足に力を込めて、逃げる。

 この追いかけっこの時間も無限ではない。流石に俺もいつまでも逃げ続けることはできないし、どうやら相手は地の果てまで追いかけてきそうなのでいつかは捕まるだろう。

 そんなに付き合ってはいられない。俺もそこまで馬鹿でもない。

 

「見えた! ゆんゆん!」

 

 何週間か前に俺はこのアルカンレティアの街に到着した際、街の外で一泊した。それはめぐみんが爆裂魔法をいつぶっ放すかわからなかったし、いつ暴発してもいいような場所を俺は警察の人に教えてもらってそこでテントを張って一夜過ごした。

 作戦を実行するには都合の良い場所だ。

 

 森の近くの場所。とある負担が大きい魔法を使うために、魔力消費を軽減させるための魔法陣が描かれている上にゆんゆんはいた。

 テントが張っていたところに少し目元を赤くしたゆんゆんがぴょんぴょんとジャンプして俺を待ってくれている。あんな短いスカートだと見えるんだが。

 

「ユウスケさん! ここですここですよ!」

 

 こんなに危険な状況で彼女の下着に目をいきそうになる自分に案外余裕があるのかと思いながらも、俺はゆんゆんの前で立ち止まり、次の作戦に移行する。

 

「はっはぁ、よし。ゆんゆん頼む!」

「わかっています。……それではユウスケさん! 落ち着いて、息を吸って吐いてしてください!」

「深呼吸すればいいんだ! すー」

「いい感じですね。はい、力を抜いて楽にしてくださいね。ユウスケさんなにも心配することありませんよ。はいよしよし。ユウスケさん。大丈夫、大丈夫ですよー」

「すーはぁー……ふぅ……」

 

 言われるがまま俺は背後から猛突進してくるデッドリーポイズンスライムを無視し、

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 俺に向けられた殺意の塊を気にも留めず、深呼吸してリラックスを――

 

「できるか! そんな余裕あるかぁ!」

 

 無理に決まっている。下着に目が釣られる余裕があったとしても、そこまでゆっくりできるわけない!

 後ろ! かなり後ろに迫っている! 無理!

 

 ゆんゆんは杖を不安そうにぐるぐる回しながら涙目になる。

 

「……だってだって私、他人と一緒にテレポートするの初めてなんですよ! 私が失敗するのはいいけど、もしユウスケさんが失敗してこう……空のお星さまになったらと思うと不安で!」

「それならそれでお前達を遠い夜空から見守っているから! ゆんゆんの力を信じているから早く!」

 

 何を言っているのかわからずテンションだけの言葉で急かす。テレポートは魔力の消費が激しいので、試している暇がなかった。本番で使えないということになってしまうからな。

 

「わ、わかりました! ユウスケさんやりますからね! しっかり私に掴まっていてください!」

 

 俺のテンパった言葉になにをわかったのかは知らないが、彼女は俺を引っ張って体を寄せ合う。

 

 ギュッと体が引っ付く。その豊満な胸で俺の頭を支えながら後数秒でデッドリーポイズンスライムに襲われるかなりギリギリ目に彼女は唱えた。

 

「テレポート!」

 

 視界の前方に広がる彼女のたゆんたゆんとした豊かな胸は変わらないが、視界の端が突然切り替わる。

 

 テレポート。

 ゆんゆんが使える魔法使いの瞬間移動。あらかじめ登録していた場所に自分や人や物を飛ばすことができる。これによってすぐ傍にまで来ていたデットリーポイズンスライムから俺達は離れることができた。

 

 飛んだ先で、視界の端にあるのは木々。そして、呆れたようなめぐみんの目だ。

 

「……こんな時でも男を誘惑とは、その見境なしさは私のあなたへの評価を改めなくてはいけませんね」

「ひゃっ! これはち、違うのめぐみん! この前二人で話したじゃない! 私も本当にそういう気持ちなら正々堂々と戦うって」

「はぁ……いいですから、とっととその手を離しなさい。いつまで男を胸に押し当てているんですか。……ユウスケも私にはわかりますよ。にやついてますよね」

 

 慌てて俺達は離れる。

 二人してまるで悪いことをしたかのように弁解する。

 

「に、にやついてないから!」

「うんうん。これは緊急事態ってやつよ!」

 

 めぐみんは杖を持ち直しながらため息を吐いた。

 ジトーとした彼女の目は、俺達を非難する色がある。

 

「あからさまに狼狽しましたね。……いや、二人共わかっています? い、ま、の、状、況。猶予がない切羽詰まった状態です。それなのに、何をしているんですか? はしゃぐにしても時と場合を考えてください。私もため息を吐きたくもなりますよ」

 

 なにも言い返せない。正論である。ゆんゆんはめぐみんの正論力の高さにわなわなと震えていた。

 そして、ゆんゆん以外、地面も若干震えている。スライムは見た目の通り柔らかいのだが、あの魔王の幹部に関してはあまりの大きさと質量に移動する時に音がする。その音がこちらに向かってくるのがわかった。

 

「……おや、デッドリーポイズンスライムもこちらに近づいてきていますね。一応私達も隠れているのに。それにしても、敵からは臓腑からにじみでてきているような殺すという叫びが聞こえますが、ユウスケ……あなたどうやってそこまで怒らせたんですか」

「スライムってことは周りの状況を体温で察知しているから、俺らの体温を見つけたんだろうな。……どうやって怒らせたかは、まあ秘密だ」

 

 幾ら怒っているとはいえ俺にだって武士の情けぐらい存在する。

 調べればわかることかもしれないが、俺の口からは説明するのは流石に躊躇われた。

 

 テレポートした先はテントの場所から幾何か離れた森にちょっと入った場所である。逃げるにしては中途半端な場所だ。

 

 だからこれは逃げではなく攻めの一手だ。

 

 デッドリーポイズンスライムを倒すためのテレポートである。それが証拠にめぐみんの体からピリピリと他者を圧倒する威圧が発されている。あの魔法の詠唱は終わっていた。

 

 めぐみんはガックリと肩を落としているゆんゆんに活を入れる。

 

「……うう、めぐみんにまともなことで説教された」

「ゆんゆんは失礼なことでショックを受けていないで、やりますよ! シャキッとしなさい! ……こんなこと言うのも癪ですが、あなたのこと頼りにしているんですからね」

「やるよ! 私すっごい頑張るから! すぐに詠唱を終えるからめぐみん何時でもいいよ!」

 

 めぐみんに頼られて鼻息荒く、杖を構えるゆんゆん。ゆんゆん頑張れ。

 

 ここからは俺のできることはない。

 俺は邪魔にならないように一歩引きながらも、彼女たちの活躍を見守ることにする。

 

「……くく、頼るといっても私という主役を引き立てるためのモブとしてですがね」

 

 微かに黒い言葉が聞こえるも、実際今回の主役はめぐみんである。デストロイヤーといい大物になればなるほど活躍するようなやつだ。

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 マントを翻しながら、めぐみんは敵である巨大なスライムを睨み付けた。

 

 本当に巨大なスライムだ。ちっこいめぐみんと比べたら蟻と象である。しかし、なにか少し違和感があるような。

 

「どうしてそこまで怒っているかは聞きたいところですが、その叫びを辞世の句としておさらばさせてもらいましょう。まあ殺意に充ち溢れすぎて辞世の句とするには、風情もなにもありませんが」

「めぐみんって、風情とかわかるの?」

「わかりますよ! 私は紅魔族随一の風流人と名乗ってもいいぐらいです」

「じゃあめぐみん。風情はどういうものなのよ」

「……川に大量に泳ぐ魚、のような感じ、ですかね……」

「それは風情じゃないわ」

 

 どっちかというと食欲とかそういうのだな。

 

 彼女が地元の川では魚取りの名人だと自慢していてたのを思い出した。大きな石を落としてその衝撃で気絶した魚を取っていたとか。魚取りの名人に謝ってほしい。

 

 なんだかんだいっても彼女達は一流の魔法使いである。能力はとびっきりの自慢できる俺の仲間。

 

 準備は終わっており、もういつでも発射できる大砲だ。特にめぐみんの導火線は短い。

 

「いきますよゆんゆん! フォローは任せましたよ!」

「テレポートした後だからこっちは結構つらいんだからね! けど、やるわよ、めぐみん!」

 

 デッドリーポイズンスライム。

 転生者が生み出した悲しき業の討伐が始まる。――結果だけみれば、彼女達は本当に優秀で、呆気ないほど簡単に俺がした説明をこなしてくれた。

 

 まずはめぐみんによる一撃。当然彼女ができる魔法は一つしかないのでもちろんあれである。

 

「エクスプロージョン!」

 

 空気を割るような空白が生まれる。

 その一瞬の空白の後、彼女の一撃は丁度、魔王の幹部の巨体の真ん中に加えられる。

 

 爆音と爆撃。並みの魔物なら消し飛ぶ。強い魔物でさえ、この一撃をまともに食らったら退治されるだろう。しかし、相手は紛れもない魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライム。生まれはあれだとしても、その性能は計り知れない。

 高い対魔力を持つそのスライムにとって致命傷にならない。いや、間違いなく効いているし、その体の半分以上は焼き尽くすとしても、その全身を消滅させることは無理だった。

 

「ゆんゆん逃がさないでくださいよ!」

 

 高温で熱されたデッドリーポイズンスライムはどうなるだろう?

 

 その巨大な体躯の三分の一は残しているだろう毒の塊である彼は、一体どうなるのか。

 

 当然――周囲に触れただけで死に至らせる猛毒は弾け飛ぶ。

 

「纏めるからね! トルネード!」

 

 それを――ゆんゆんが逃がさない。

 

 風の上級魔法であるトルネードは名前の通りに竜巻を作る。周囲に飛び散るはずだった毒という名の死を一欠けらすら逃さず風で閉じ込める。繊細で難しい仕事を疲れた体にいとも簡単なようにしてみせるのは、ゆんゆんは本番に強い。

 

 めぐみんはいつぞやみたいに地面を杖先で叩いた。

 

「今回ばかりは私もゆんゆんにナイスな仕事と言わざるを得ません。褒めてあげましょう。……ふふふ、まさかそんなに日も経ってないのに一日に二度も爆裂魔法を使えるとは」

 

 めぐみんのテンションが上がっている。

 なによりも彼女が嬉しがることといえば爆裂魔法のことである。

 このアルカンレティアに来る前にウィズさんからもしものために取り寄せしていたマナタイト石を受け取っておいて良かった。

 彼女はそれによって爆裂魔法をもう一発撃つことができる。

 

「締めは私の攻撃というのが特にいいですよね。……ユウスケ。あなたもナイスな仕事です。戻ったらご褒美にかなりエロいことをしてあげましょう」

「あっ、めぐみんズルい!」

 

 ズルいって……ゆんゆん自分がなに喋っているかわかっている!?

 

「お子様は黙っていてください。なにはともあれ、とっととこのモンスターは退治してしまいましょう。……ユウスケみたいに特別喋ったわけではありませんが、私も宿屋の店主は嫌いじゃありませんでしたからね。この爆裂魔法にも、いつもより気合いが入っています」

 

 彼女にしてはひどく真面目な顔で、手のひらを前に差し出した。

 距離を測り、もっとも適した位置で最大限の威力の魔法を叩きこまれるのは、現世界では数えるほどしか習得していないという伝説の魔法。

 

 詠唱は軽やかに、そして朗々と響き渡る。

 

「千歳に祈りし黄昏の夢館」

 

 彼女の綺麗な声によって紡がれる。

 

「虚構に虚無にして虚礼。嘘偽りによって構成されしこの世界。ならば偽りをもって実と化せ」

 

 鎮魂歌に似た響き。

 なにを思っているのか。目を閉じて、詠唱するその姿からは、うかがい知れない。

 

 風の牢獄に囚われた毒の塊は、判決を待つ容疑者のようであった。

 

「残夢となった儚き力。しかしてこの世界を一変せしものなり。我が前に立ちふさがる確固たる現実よ、我が力によって夢幻となれ」

 

 カッと目を見開く。

 そこには真紅に染まった瞳が輝いている。

 

 彼女の裁判はいつも一方的で、なのでこれはあらかじめ決まっていたことだ。

 

「――エクス、プロージョン!」

 

 判決は言うまでもない。

 容疑者は受刑者へと地面に穴が開いたかのように真っ逆さまに転がり落ちる。

 

「うわ!」

「きゃ!」

 

 爆裂魔法は風ごと――竜巻ごと燃やし尽くす。

 

 上級魔法といえど、伝説の魔法には勝つことができない。

 風さえも、そして残ったデッドリーポイズンスライムをも焼き尽くす。まるでこの世界にいなかったように、なにもかも消してくれる。

 

 その様は残酷で、美しい。

 

「さようなら」

 

 だからそれは別れみたいで、俺は何度か喋った宿屋の店主に向かって呟いた。

 

「うん。さようならだね……」

 

 追随するようにゆんゆんも呟く。

 めぐみんも色々思うところがあったようだが、ゆんゆんは感受性が強い。彼女の目元が瞳と同じように赤くなっているのは、きっと俺が見ていないところで涙を零したのかもしれなかった。

 

「……っと、報告にいかないといけないか」

 

 感傷に浸りそうになっていた。感傷に浸るのはいつでもできることだし、俺もこの後のために動かないと。

 

 巨大なクレーターを見ながらなんとなく立ち尽くしていた俺達三人だが、アルカンレティアの街の人達に倒したと報告しないといけない。彼らにはもしものために街の大事なところや温泉の源泉を守ってもらっていたり、避難をしてもらっていることになっている。

 

「言っておきますけど、私は無理ですよ。もう一歩も歩けません」

 

 くてっといつものようにめぐみんは倒れ込んでいる。

 爆裂魔法二発というのは体への負担が大きいし、そもそも一発撃てばへろへろになるのがめぐみんだ。

 

「お疲れさん。報告には俺がいってくるよ。あの宿屋は流石に使えないし、警察署にでも運ぶから休んでいてくれ。ゆんゆんもテレポートと上級魔法で疲れただろう?」

「実は……少し」

「テレポートは他とは格段に魔力消費すると聞くしな。ゆんゆんも頑張ってくれた。お疲れさんだな」

「えへへ」

「……私の爆裂魔法の方が魔力消費が激しいし疲れますけど。ユウスケもそこら辺わかっていると思いますが、一番頑張ったのは私です。ほら、早くその無骨でむさ苦しい腕を貸しなさい」

 

 めぐみんは倒れた姿で競争心を燃やす。

 ゆんゆんはというと、形容しがたい表情をしながら息を吐いた。

 

「……めぐみんってたまに可愛いこと言うわよね」

「勝負ですか。勝負を吹っ掛けているということでいいですか」

「私怒られるようなこと言った!? というか、めぐみんは威勢がいいけど、そんな倒れ込んだ姿でなにができるっていうのよ」

「唾ぐらいは飛ばせますよ。ぺっぺ」

「汚っ!? やったわね! それ女の子がすることじゃないからね! こっちも反撃に飛ば――せるわけないでしょ!」

 

 倒れ込んだ姿勢で頭だけを上にあげながら器用に唾を長距離飛ばすめぐみんに、必死に回避するゆんゆん。

 先ほどまで魔王軍の幹部を相手にしていたとは思えない。

 

「お前ら、元気だな……」

 

 まあこんな元気にやり取りできるぐらいで終わって良かった。

 

「……もう一つのマナタイト石の出番はなかったか」

 

 というのも、引き取った超高級マナタイト石とは別にゆんゆんにマナタイト石を買ってもらっていた。もちろんめぐみんの爆裂魔法の肩代わりはできないが、大抵の魔法はできる値段だ。

 もし万が一の時にはテレポートで紅魔の里に逃げるつもりだった。

 そうしなくて済んだのは良かったとしか言いようがないな。

 

「怒ったわ! そっちがその気ならこっちは砂をかけてやるんだから」

「おいやめろ。砂なんて投げたら私が汚れるだろう」

「唾を吐いてきている人の台詞じゃないわね! 覚悟しなさい。ここからは私の一方的勝利よ。生涯二度目の勝ちを貰うんだから。……でも倒れてる人になにかぶつけるのは気が引けるんだけど。うう、できない。私にはそんなめぐみんみたいな真似できない」

「甘いですね。ゆんゆん。……だけど私もゆんゆんのそういうところ嫌いじゃないですよ」

「めぐみん……」

「クク、だから甘いと言っている。ぺっぺっぺ!」

「うわっー! 馬鹿。めぐみんの馬鹿! ちょっと感動したのに! もう私も容赦はしないからね! 私も怒る時は怒るんだから!」

 

 

 それに、気が付くことができたのは、理由としては一つだ。

 

 

「ゆんゆん――」

 

 最初に会ったときはぶつかるまではわからなかった。

 相手の殺意や敵意がなかったからだ。

 ただ今回は違う。

 

「――テレポートの詠唱をしろ!」

 

 相手に明確な殺意や敵意が俺達に向けられていた。だから勘の鋭い俺はわかることができた。

 

「え? ユウスケ、さん?」

 

 狙いはめぐみんである。

 動くことができないめぐみん。爆裂魔法を二回も使用した彼女は当分は動くことができない。そんな彼女に小さい黒いゴムみたいな物体が飛びかかる。

 

 俺の横を毒の塊が通過しようとしている。

 剣? は無理だ。抜く時に動作が必要。時間停止は? ギリギリだ。間に合うかもしれないし、間に合わないかもしれない。確実性に欠ける。それなら最後の手段だ。

 

 というか、そもそもの話――勝手に体は動いていたから考える意味はなかった。

 

「ガッァ!」

 

 焼ける。焼ける。焼ける。いや、溶ける。俺は、死ぬ。

 

 俺は無意識にめぐみんに飛びかかる死に向かって腕を差し出していて、そのデッドリーポイズンスライムを腕で受け止めていた。

 

「ああああああああああああああああぁァァ!」

 

 片腕は毒に犯される。

 蹂躙される。

 脳を直接刃物で突き刺されるような強く激しい感覚。この感覚だけで死ぬ人さえいるだろう、突きつけられる自分が毒によって死ぬ未来。

 

「ユウスケ! この! 今行きます! って、くう! う、動けません!」

 

 めぐみんの叫び声が聞こえる。やめてくれ。めぐみんのそういう叫び声聞くと、痛い。

 

 は、はは。ちょっとこのままでは死にそうだが、こういう場面を想像していなかったわけではなかった。

 

 もう片腕は空いていて、俺は服の内側に差していた聖水の瓶を取った勢いで毒がかかった腕に瓶ごと叩きつけた。

 

 ガラス瓶が割れるガシャリという音と共に中身が俺の腕にぶちまけられる。

 高品質の聖水。魔法耐性と物理耐性が高い毒の塊であるスライムにも効くはずであり、そのスライムもポトリと俺の腕から落ちる。

 

「クリスタルプリズン!」

 

 その隙を見逃さず中級の凍結魔法でゆんゆんが凍らせる。

 流石は一番頼りにできる魔法使いである。いつだってフォローは完ぺきだ。感謝してる本気で。

 

「ユウスケさん!」

「来なくていい!」

 

 魔法を使用した直後、動けないめぐみんはともかくゆんゆんは俺に駆け寄って来ようとしたのだが、声で止める。

 

「こちらにくるんじゃなくて周りを確認しろ! 敵はどこに来ているかわからない! そして、安全を確認できたらすぐテレポートの準備だ!」

「そんな! ユウスケさんの傷が! デッドリーポイズンスライムに攻撃されたんですよ!」

「すぐに聖水を叩きつけたら問題ない! それよりかめぐみんは動けないんだ! お前が守ってくれ!」

 

 ひらひらと攻撃された手を動かして大丈夫だとアピールしながら、彼女に役目を押し付ける。

 痛い――とも思えない。というか殆ど左腕の感覚がない。引っ付いたのは一瞬だったのに、俺の左腕はほぼ死んでいた。手を動かしたように見せたのも、肩の動きによるものが大きかった。……左腕がどうなっているか、あまり見たくないな。

 

 だが猛毒を食らったとはいえ、直後に高品質の聖水をぶっかけたおかげかすぐ死ぬといった気配はなかった。この性能であの値段は安すぎるよな。皆アクシズ教の聖水も買え。

 

 右手で剣を引き抜きながらも、辺りを見回す。

 どこからくるのかはわからない。

 

 爆裂魔法の二発。確実に巨大なデッドリーポイズンスライムは消滅したはずだった。しかし現実問題として、俺達に襲い掛かってきたということは、もっといるかもしれない……いるのだろう。

 

 そして思い出すのは違和感だ。再度デッドリーポイズンスライムを見たときの違和感が頭にちらつく。

 

 俺達が警戒態勢に入っている中、パチパチと気のない拍手が聞こえてきた。

 三十代後半ぐらいの声がする。

 

「……お前の他にそこにいるのは二人だよな? 爆裂魔法を撃った方は魔力は空だろう。もう片方も一度テレポートはしているというのに、もう一度できるってことはマナタイト石でも用意していたのか。二発の爆裂魔法といい凄い金をかけているな。よくそんなマナタイト石準備できたものだよ。……いや、お前は何百と殺しても飽き足らないアクシズ教の次に嫌いなやつだが、褒めてやるよ。よくもまあそこまで考えて、戦力を用意したものだ」

 

 転生者の皮を被った魔王軍の幹部はゆうゆうと姿を現した。

 その周囲には、多くのデッドリーポイズンスライムの群れとなしている。元々の彼からすればごくごく僅かだろうが……今の俺達を相手にするなら戦力としては過剰である。

 

 ようやく俺は違和感の正体に気付く。ネタ自体は簡単なトリックだ。

 

 スライムの特性は――合体と分裂。

 

「めぐみんならともかくお前に褒められてもなんの嬉しさもない。むしろ反吐が出るからやめてくれないかな」

「おいおい、嫌われたものだな。俺はともかくお前がそこまで俺を嫌う理由あったか? 魔王軍幹部である俺には多額の報奨金かかっているからそれ狙い、ってことでもないよな」

「わからないならそのままわからないでいればいい」

 

 俺は殆ど動かない左手も剣に添えて、吐き捨てる。

 

 ……おそらくだが、敵は俺を追いかけながらも、俺が見えない場所である自分の後ろ側から分裂していたのだろう。俺達が倒したのは彼の大部分でしかなかった。

 トカゲの尻尾切りとはいうが、切られた尻尾の方が重要だなんてな。

 

 自分を心の中で罵りたくなるが、それに気づけという方が無理だ。

 追いかけられているという状況かつあの大きさで減ったことに気づける方がおかしい。俺はめぐみんのような天才ではないんだから無茶である。

 

 

 だからこれはただ単純に。

 相手の方が俺より上手だっただけ。

 

 

 

 

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