こうやって魔王軍の幹部と敵対するのは初めてだ。
そもそもここまで知能を持った相手と敵対するのも初体験である。何故かモンスターとして最上級であるリッチ二人と知り合いになったが、その二人と敵対することはなかったからな。
ここまで強力で、高い知能を持った相手となると今までと勝手が違う。
そんな相手を敵に回したせいなのか、形勢は悪い。俺は片腕はほぼ使えない。めぐみんは倒れてる。ゆんゆんはデッドリーポイズンスライムを凍らせるときも上級魔法のカースドクリスタルプリズンではなく中級魔法を使っていたことから、自身の魔力はほぼ尽きていると察することができる。マナタイト石を使えば上級魔法を使えるだろうけど、テレポートに使わないといけないから戦力としては数えられない。
目の前には数十以上にもなるかというデッドリーポイズンスライムの群れ。その一番前には魔王軍の幹部が人間の皮を被って立っている。
不味い状況だ。
今すぐ逃げ出したくなる状況だ。
だが、絶体絶命には程遠い。
俺は二人を守るように位置を取りながら周囲を警戒する。どこから来られても対応できるようにである。テレポートの詠唱には時間が必要だ。その時間は俺が稼がないといけない。
「そう……殺気立つなよ。まだ俺は喋りたいんだぜ。なんせ俺としては腑に落ちない点がある。なに、お前が俺に消化される前に聞いておかないと聞けるものも聞けないだろ?」
「こっちとしては喋ることなんてないんだが――」
とはいえ、喋ることに利点がないわけではない。
流石にテレポートの詠唱をゆんゆんがしだしたら襲ってくるだろうが、ゆんゆんを休ませる時間ってのも必要だ。慣れないテレポートをもう一回、それも複数人を続けてというのは心配である。
そう考えると、無駄な会話に付き合うのも悪手というわけではないだろう。
ちっ、しょうがない。
「なにが知りたいんだよ」
なので俺は会話をしたいというよりも時間稼ぎのために付き合うことにした。
「おっ、乗れるな。冒険者はそうでなくちゃ。ああ、もしそっちにも質問があれば先に聞くぞ」
「へえ、公平ぶるんだな」
「余裕ぶっているんだよ。倒すまではいかなくてもここまで俺を追いつめた相手に余裕だからこそ、少々の敬意を払わないでもないからな」
……まあ俺としても聞きたい話の一つや二つは思いつかないわけではない。
分裂という手段をしたのは察することができたが、その手段を思いついたことについては疑問点がある。
「なら、その余裕に付け込まさせてもらうか。……お前が分裂して爆裂魔法から逃れたのはわかる。わかるけど、どうやってそれを思いついたんだ?」
「思いついたといわれても、有効な手だっただろう」
「そういうのじゃなくて、あの時お前、滅茶苦茶怒っていたから、どうやってそんな有効な手を思いついたのかと不思議に感じてもおかしくないだろう。冷静でなかったのはお前も認めるところじゃないか」
あれは演技では絶対ない。
そんな知恵を巡らせられるようなキレ方ではなかったように見えたんだが。
「うーん、そうだな。あの時の俺は怒っていた。何が何でも殺すと怒り狂っていた。その状況でこんなことができたわけか。……ちょっと人間であるお前には説明しにくいけどな。デッドリーポイズンスライムである俺の体は巨大だ。そして、そのすべてが俺でもある」
彼がさっと両手を広げると、周囲にいるデッドリーポイズンスライムの群れが様々な形に変わる。
まるでコンサートの指揮者のようであった。
「そんなすべてが俺ではあるが……俺の中にも濃い薄いってのがある。今この皮を被っている俺の意識の強さが十だとしたら、周りにいる俺は二か三ってところか。ま、こればっかりは独特な感覚だろうからわからないだろうが」
確かにそれは彼独自の感覚だろう。
俺達人間は一人で完結しているし、別れることはできない。違う自分なんて言うのはSFの世界だけのことである。
一体にして、群体。それが彼らの正体。
「比較的怒りが薄いところの俺は思ったのさ。このままでは殺せない可能性があるってな」
怒りが薄い場所でも殺すレベルの怒りなのかよ……。
「だから意識が濃くて怒りが薄い俺を軸に、かなり意識が薄い部分の俺達を引き連れて分裂したってわけだ。こうして、まともに喋ることができているのも、それのお陰だ。怒り狂っている部分の俺は蒸発させられたからな」
「……なる、ほど、な」
正直今一理解できていないが、まるですべてを理解したみたいにコクリと頷いてみせる。
こういう場面でえ? よくわからなかったがどういうこと? とは聞けるだけのふてぶてしさは持ち合わせていなかった。
そして、後ろで聞いていためぐみんはそんなふてぶてしさを持っている女である
「本気でそんな怒っている理由が知りたくなってきているんですけど。ユウスケでもそっちの毒男でもいいですから教えてくれません?」
「めぐみんっ! ここはそういう場面じゃないから! シリアスなところなんだから動けないめぐみんは見るに徹してよ!」
「じゃあ、ゆんゆんは気にならないんですか?」
「えっ!? そ、それは!」
「なんだ。やはりゆんゆんも口ではそんなことを言いながらも気にしているじゃないですか。体は正直ですね。ですから、どっちでもいいから教えてください」
「ああああああ! 違うから! 私気になっていないから! ユウスケさんはめぐみんを気にせずシリアスな空気を保っていいんですよ!」
……シリアスな空気を保てと言われてもな。
反応に困るというか、目の前の魔王軍幹部もかなり困ったような雰囲気しているぞ。
「……次は俺の質問の番だな」
しかし、さすがは魔王軍幹部。まるで今のことがなかったようにシリアスを保つ。……やべえ、笑いそう。
吹くなよ。そういう場面じゃないからな!
……ほんとシリアスにさせてくれない女性達である。
「この周りにお前達以外いないだろう?」
「それは……わからないぞ。もしかしたら大勢が森に隠れてるかもな。今も弓で狙っているかもしれない」
「俺の熱探知でいないことはもう確認済みだっての。……いやな。不思議なんだよ。――実際そうしていないのが」
魔王軍の幹部は人間みたいな表情を作りながら、顎に手を当てていた。
不思議そうに俺がやらなかった手段をあげる。
「ここまで用意を決めていたなら普通は森の中に伏兵を何十人も隠しておくべきだろう? アクシズ教のやつらがビビったとも考えにくい。なのにお前以外誰もいないってのは……不気味だ。この作戦を考え、実行できるやつがそれを考えつかなかったというのも違和感だからな」
「別に……これで終わると思っていたから用意していなかっただけさ」
彼の言う通りアクシズ教徒はビビっていない。
ビビったのは……俺だ。
万一のことを考えるなら森にめぐみんとゆんゆんだけでなく、アクシズ教の人達を配置した方が倒せる可能性は上がっていただろう。……そうするのが一番良いと考えながらも、人員を割かなかった理由としては、怖かったのだ。――人が死んでしまうのが。
宿屋の主人は殺された。もしまたそういう人が出るかもしれないと思うと、俺は冒険者でもない彼らに戦えとは言えなかった。自分の居場所を守る役割を押し付けることしかできなかった。
最善手ではないとわかっていながらも……。
「それで――質問は終わりか?」
「ああ。少し腑に落ちない点はあるが、まあいいさ。溶かす前の余興としてはこんなものだろう。本当にあいつらは来てないのを確認できただけでも収穫があった。……正直な。分裂という方法を考えついたのも、あいつらへの対策というのがある。あいつらだけは本気でなにするかわからないからな。――さあ思いのままに食らってやろう」
じりじりと全てのデッドリーポイズンスライムが近づいてくる。
絶望的としか思えない光景だが、俺は一歩も引く気はなかった。
「お前の相手をするのは俺だけだ。……ゆんゆん、テレポートでめぐみんごと移動しろ」
「ユウスケさん! また自分だけ行くつもりなんですか!」
背後からゆんゆんの怒鳴り声がする。
「あの時だって勝手に行っちゃったのに。今回も自分一人だけするつもりなんですか! ……そうしないために私は……私は……覚えたのに」
こういう風に彼女に真面目に怒られるのはもしかしたら初めてかもしれない。ゆんゆんから怒られるのはマジでへこむな。
「あの時とは大きく違うさ」
「どこが、ですか。……デストロイヤーの時みたいに一人だけ大怪我して。死んじゃうかもしれない目に会って……」
「いやあの時は死ぬかと思ったけど。今回はそんなつもりは一切ない。かるーくこいつの相手して逃げる。だから大丈夫だ」
俺だって死にたくないんだ。
誰が好き好んで痛い目に会わないといけない。心配してくれているのは嬉しいが、その心配は不必要だ。
「……まあユウスケがそう言っているならそうなんでしょう。ゆんゆん、足手まといの私達はさっさと逃げましょう」
「でも、めぐみん!」
「私にはユウスケは嘘ついてないように見えました。知りませんけど何かしら逃げる自信があるのでしょう。ゆんゆんの目からはどう見えました?」
「それは! ……それは、私も……本当に大丈夫そうに見えたけど」
ナイスめぐみん。
上手いこと説得してくれている。
実際逃げる方法はある。時間停止の神器を使えば余裕で逃げることができる。倒すことはできなくとも、楽々逃げることは可能である。
逃げることに関しては俺の神器は無敵の域に達している。
それに、だな。
「呑気に喋っているが、俺が簡単に逃がすと思ったのか」
ダンと彼は地面を踏みつけた。
それを合図としてデッドリーポイズンスライムがめぐみんとゆんゆんを守っている俺の元へと飛びかかる。地面を這いつくばって移動しているのに、その跳躍力は一体何なのか。
合計六のデッドリーポイズンスライム。
俺は片腕はほぼ動かず、一振りの剣しか持っていない。六つの毒の塊は一つでも触れれば今度こそ俺は死ぬだろう。
六つ。たったの六つか。
「――フローズンソード」
だから俺は三度剣を振ることにした。
縦。斜め。横。全方向から襲い掛かってくる六つの死を俺は片腕を負傷しながらも切り裂いた。
「お前……」
冷気が漂う。
斬った相手を凍らせるというフローズンソード。ただの氷の塊となったデッドリーポイズンスライムがぼとぼとと地面に落ちる。
所詮は――六つ。
これなら無限かと思えた触手の方が数倍難易度は高かった。今は片腕がほぼ使えないにしてもな。
唯一の心配としては剣が触れた瞬間に剣を食われることだったが、聖水を纏わせてめぐみん達から貰ったこの腐食などに強い剣なら心配がいらなかったようだ。
「簡単に逃げるつもりだよ。お前にもう少し痛手を与えてからな」
何度も言ったが、俺は怒っている。
俺もモンスターを退治している身だ。この世界に殺し殺されがあるのも知っているし、なんなら俺の世界でも日本はともかく外国では人が簡単に殺される場所があるのは知っている。俺みたいなクズが言えることでもないのかもしれない。
だけどな。許せない。
身を焦がす怒りに突き動かされる。怒りが髪や爪先にまで届いているよう。
「……許せないんだよ」
人をな。
人を、殺すのはダメだろう……。
培ってきた常識が、初めての人死に震えている。
怒りに。
怖さに。
悲しさに。
震えている。
俺の心から産まれる熱が、ほぼ動かないはずの片腕を無理矢理突き動かして剣を強く握りしめる。義憤でもない。正義感でもない。ただの身勝手な感情の爆発から俺はこいつと敵対せずにはいられなかった。
「覚悟しろ。倒せないにしてもその報いは受けさせてやる」
「……誰が」
一瞬、地面に視線を落とした敵は人間とは思えない不気味な眼光で俺を貫く。
「誰に向かって覚悟をしろなんていう言葉を使っているだと!」
火蓋は切って落とされている。
背後からゆんゆんのテレポートの詠唱が聞こえる。何秒かかるかはわからないが、絶対に守り通さなくてはいけない。
息を整えながら、俺は相手の行動すべてを見落とさないように大きく見開く。そうすると、相手が不自然な行動をしているのがわかる。
彼は戦闘中だというのに、あろうことか俺から注意を逸らしたのだ。
「……今、なにか」
俺よりか先に敵の方が気づいた。
全てのデッドリーポイズンスライムに俺を襲い掛からせようとしていた彼は、まるで俺との戦闘が終わってしまったかのように振り返る。
その不自然さに俺も気がいってしまうのは仕方のないことだろう。
「まさか。……まさか!」
驚きなのだろうか。それとも恐怖なのだろうか。彼の声は会いたくないものに出くわしたように大きかった。
後ろだけではない。彼は周囲を次々に見回していった。
俺の後ろにも注意を払っている。流石に俺は戦闘の最中には振り返ることはできないが、めぐみんが声を発した。
「あれっ、何か聞こえてきません?」
その声によって俺も耳をすませてみると、それは聞こえてきた。
まるで地獄の亡者のうめき声。人間を地獄へと引きずり降ろそうとするかのような絶対に聞きたくないような合唱が四方八方から聞こえてくる。
『あく……べし。まお……』
その合唱はどんどん近づいてくる。
『……倒すべし。……しばくべし。……でに……』
いつの間にかゆんゆんのテレポートの詠唱の声が止まっていた。そうするのも当然なほどその合唱は耳に突き刺さってくる。
「なんでだ。なんでお前らが!? いないんじゃなかったのか!」
そして俺なんかよりよっぽどその声に驚いている相手がいる。
はっきりと彼らの声が聞こえる。
『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』
どすんどすんとテンポよく地面を揺らし、彼らは全方位から集まってくる。
『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』
望もうが望まなかろうが彼らはやってくる。
台風などよりも比較にならないぐらい恐れられる彼らがやってくる。
『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』
あの最強兵器デストロイヤーですら倒せない不滅の存在として恐れられる彼らがやってくる。
曰く、酒の席で魔王軍よりヤバくね、と誰かが冗談で言ったら、誰も否定できずに酔いがさめた。
曰く、カラスさえこの連中が出したゴミは食べようとしない。
曰く、隣に教会ができた家の人は全員三日で発狂した。
「悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし。……おや。どうやら良い場面で間に合ったようですね」
――アクシズ教がやってきた。
「ど、どどどどどおどどどど!?」
……うーん。
なんでかはわからないけど、自分以外の人が狼狽していたら落ち着くことってあるよね。
魔王軍の幹部は右往左往という言葉がぴったりな行動をしていた。
アクシズ教に囲まれる。その状況は彼にとって特別なものなのだろう。……いや誰にとっても特別なものだな。
あれだけ余裕ぶっていたのに若干可哀想になるぐらい狼狽する敵のおかげで、俺は落ち着いて聞くことができた。
「……なんで来たんですか。ゼスタさん」
大勢いる内の先頭にいるのは、アクシズ教の最高責任者である。
微妙に安心できない笑顔を張り付けている彼は、俺の腕に手をかざした。
「はははは、そんなことよりももまずはその腕の方を回復しておきましょう。セイクリッド・ハイネスヒール」
彼が唱えるだけで、俺の腕はみるみる内に治っていき、すぐに怪我などしていなかったかのようになる。
回復魔法の最上位。石化や毒すら治す使い手の少ない魔法である。
「……うわ、まったく動かしても違和感がない」
「それなら良かったですね」
この人、本当に凄いんだな。
あれだけ感覚が鈍かった片腕が、剣をしっかりと握れるぐらいにまでなっている。一つの宗教の最高責任者の立場は伊達ではなかった。まあ普段からただものではない感は漂っているが。別の意味で。
「ありがとうございます」
「いえいえ。聖職者は人を癒すのが仕事みたいなものですね。お代としては一枚の紙に名前を書いていただくぐらいで構いませんよ」
「それはちょっと……」
悪魔の契約書にサインをするようなものである。どうせ例のあの紙だろう。この人は間違いなく本物のアクシズ教徒である。
「めぐみんさんってばそんな地面に倒れ込んでお姉さんが看病してあげますからね! もしかして誘ってる! 私を誘ってるの!? いやらしい子だわ!」
「消耗している相手に卑怯ですよ! そっちがそう来るならくらえゆんゆんバリア!」
「え、えええ?」
「説明しよう。私の必殺技ゆんゆんバリアとは消耗した私に代わってゆんゆんが盾となってくれる友情技なのである」
「えーと、私がめぐみんのことを守ればいいの?」
「ぐっふふふふ、所詮は少女の盾なんて脆いものよ。現実の厳しさを今私が教えてあげ――痛い。力強い! 手が折られる!? 少女強い!」
現実の厳しさを少女に教えられているのはアクシズ教のプリーストであるセシリーだ。
彼や彼女だけでなく、本当に大勢の人が集まっている。近場に住んでいるアクシズ教の人が全員集合しているのではなかろうか。
ようやく状況を飲み込めた魔王軍幹部は叫ぶ。
「どうしてお前たちがここにいるんだよ! 来ないんじゃないのか!」
周囲にいる全員に向けての全力の疑問だった。敵に同調するのはどうかという話なんだが、こればっかりは俺も同じことを言わざるおえなかった。
「……俺も同じことを思っていますよ。……言いましたよね、皆さんは源泉を守るか避難してくださいって」
「言われました」
「頷きましたよね?」
「はい、わかりましたと頷きました」
作戦を伝えたとき、神妙な顔をして全員が全員納得しているようだった。だから俺は安心していたのに。
「……それならどうしてこんなに全員が揃っているんですかねぇー」
嫌味がましくなるのも仕方ないと思ってほしい。
俺は彼らを死の危険に巻き込みたくないと考えていたのにこれだ。
そんな俺の嫌味に、アクシズ教の彼らは次々に言葉を返してくる。
「まあ、わかりましたと言っても、それに従うかは別ですからね」
「ボクなんて真剣な顔をしていたからとりあえず頷いていただけだしぃ」
「俺も俺も。シリアスっぽい話していたからなんとなく話は合わせていた。話長いよな」
「…………っ!?」
あまりにもな反応に俺は絶句する。俺の表情は他から見ればきっと面白いことになっているだろう。
こ、こいつら。俺があんなに真剣に喋っていたのにそんなこと考えていたの!?
ことの重大性がわかっていないんだろうか。
俺は嫌味を忘れて直球なことをぶつける。
「もしかしたら死ぬかもしれないんですよ!」
「……といわれてもなぁ?」
「おう。それならそれで構わないよな?」
「まあな」
緊張感もなさげに彼らアクシズ教徒同士で顔を見合わせて頷き合う。
「は、はい?」
どういうこと?
なにを言っているんだこの人達は。
「あのですね。ユウスケさん。私達にとって死は恐れではないのですよ」
ゼスタさんは俺の尻をポンと触る。
そこ普通は肩だよね? せめて背中とかならわかるが尻ってのは明らかにおかしいよね?
「私達アクシズ教徒は死ねばアクア様の元に送られます。そこでニホンという国に転生させてもらうわけですよ。死を恐れる理由がなにをありましょうか?」
「ああ、憧れのニホン!」
「らららー。様々な趣味を受け入れてもらえるニホン。そこではどんな趣向だろうが満足させてくれる最高の国」
「上手いことやりやがったなー。あいつも上手いことやりやがったな-」
「向こうで猫耳女性との薄くなっている本でも集めているでしょうね。らららー」
何故急にミュージカル口調。
……あー、そうだ。忘れていた。
かつてめぐみんに紅魔族の葬式のことを教えられて、エリス教徒の知識のことを考えていたのを思い出す。
俺とこの人達では――死生観が違うのだ。
それにしたってこの人達は特殊すぎる死生観だけれども!
「で、出てきたからってなんだ。丁度良い機会だ。もうまどろっこしいのはやめにしてやる! 恨みの分までお前らを食らってやる」
「ほほう。スライム如きが大きく出ましたね」
「うっ!?」
やべえ。めぐみんやゆんゆんの目よりも爛々と光っているように錯覚する目つきで魔王軍幹部を見るものだから、敵まで引かせる。
「もしや……私達がなんの準備もなしに来たとお思いですか?」
そう言った彼は懐から中に液体が入った瓶を取り出す。
瓶は見覚えがある。俺がついさっき自分の腕に叩きつけたものだ。
「いやー、大変でしたよ。これを全部持ちだしてくるのに私達も時間がかかったんです。なんせ物凄い余っていますからね。私達の方こそ丁度良い機会です。あなたで在庫処分ができますね」
彼以外にもアクシズ教の人々は、次々に中に液体が入った入れ物を取り出す。
大きな樽みたいなのを持ちだす人もいる。
中に入っている液体は当然高品質の聖水なのだろう。これ……全部かよ。プール何杯分もあろうかという在庫だった。
ゼスタさんは益々胡散臭い笑顔でこれ見よがしに聖水が入った瓶を振りながら、優しい口調で敵に語り掛ける。
「あなたがいくら強かろうが、耐性があるだろうが、これだけの聖水の海と浄化魔法の合わせ技では退治することができますよね?」
「うぐ、うぐううううううううううう」
完全に勢いはこっちにあった。
数の上では互角以上。なおかつ準備までしっかりした死を恐れない精鋭共。
敵に回すとここまで恐ろしいのかアクシズ教!?
自由自由と言ってたが、なんというか、自由過ぎない!?
「……悪魔倒すべし」
彼は唱える。
『魔王しばくべし』
彼らは唱える。
爛々と瞳を輝かせながら彼らはこれから起こる惨状を予感させる暗黒に満ちた合唱をする。
『ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし!』
誰一人として恐れを知らぬバーサーカーがデッドリーポイズンスライムの群れに襲い掛かる。
それは子供の遊び場にズケズケと入ってくる大人げないにもほどがある大人のようであった。
「これだから! これだから! アクシズ教は大嫌いなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
迎え撃つのは魔王軍の幹部。まともにやれば大抵の相手に完勝するだろう難敵だ。
味方だと面倒くさい。
敵だと滅茶苦茶面倒くさいと言われるアクシズ教徒の本領が発揮された。